- talk155を読んだAIに感想 → AIとの壁打ちの限界
- 他人のWikiと自分のWikiをAIに比較してもらう
- 6歳の娘とパスポートを取りに行った
- 6歳の娘と釣り堀に行った
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感想
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サマリー
今回のエピソードでは、パーソナリティがAIに前回のポッドキャストエピソードの感想を求めた結果について語っています。AIは、パーソナリティがAIを客観的な他者として扱う傾向や、AIの応答を自身の意見の承認と捉える危険性を指摘しました。また、AIとの対話は自己モデルの強化に過ぎず、視野を狭める可能性があるため、他者のフィードバックを取り入れることの重要性を強調しました。 このAIからのフィードバックを受け、パーソナリティは自身の考えを深める新たな試みとして、自身の情報と他者(西尾氏)の情報をAIに比較させる実験を開始しました。この比較を通じて、自身の考えの枠組みの外に出るきっかけを探ろうとしています。このプロセスで、AIの出力にコメントを書き込めるHypothesisというツールが役立ったと述べています。 また、近況として、6歳の娘と釣り堀に行った体験についても触れています。パスポート取得の用事で出かけた際に偶然見つけた釣り堀で、娘との時間を楽しんだ様子が語られています。この釣り堀体験は、子供との新しい体験や、日常の中の小さな発見の喜びを伝えています。
00:04
はい、始まりました。 inajob の試しに録音してみた、略して、ため録、talk156。 このポッドキャストは、40代、ものづくりが好きで、小空手中のエンジニアである inajob の何でもない雑談をお届けするポッドキャストとなっています。
それでは、今週も始めていきたいと思います。
近況と健康状態について
さて、健康の話だと、急な夏ですね。なんか暑い、暑いっていう感じで、前回何回言ってたっけ?
なんか急に暑いし、家でも、前回もエアコンをつけるかつけないかみたいな話してましたけど、あれから急に暑くなって、蒸し暑くもなり、ちょっとエアコンをつけてはいるんですけど、夜寝るときとかも、やっぱりなんか睡眠の質が悪くなっていたりするのかな。
急な夏で体調が不安定ですという感じですね。
具体的には、ちょっと夜中に作業とかして睡眠時間が短くなると、そんな短くなってはないんですよ。5時間半とかぐらいなんだけど、お腹を壊すみたいな感じの動きをしていて、これは普段だともっと4時間とか3時間半とかでなるような症状が5時間半ぐらいで起きるようになっていて、慢性的な寝不足だったり疲れみたいなのが溜まっているのかなと思ったりしています。
あとは、暑いから冷たいものを飲んだり食べたりするのもあって、そういうのも原因なんだと思うんだけどね。そんな感じで気をつけて生活をしなきゃなと思っていて。
金曜日は娘のお弁当を作らないといけなくて、お弁当はちょっと早めに作って粗熱を取るとかしたいし、なんてやったりしていて。しかも6歳の娘がいるんですが、娘は割と体力がついてきて、寝る時間と起きる時間がだんだん寝る時間は遅くなり起きる時間は早くなるということで。
もちろんね、私よりはよく寝るんですけど、ただそのよしよし娘も寝たし、作業作業みたいなことをしてた時間が取りづらくなり、それでもいつもと同じように作業しようかなと思って無理に起きたり作業したりしようとしてしまう私もいたりとかしてね。
この辺りちゃんと再設計リバランスをしないと、いつもと同じ調子でやることをリストを溜めていくとえらい目に合うなと思っていて、ちょっと気をつけないといけないなと思っている今日この頃でございますという健康のお話でした。
AIに前回のポッドキャストの感想を聞く
さて、日記からのネタのコーナーですが、今回何話そうかなと思っていたんですが、前回150号の時にAIに私の日記とかを読ませて、いろんな概念を見出し直してもらった、なぞってまとめ直してもらって、その中から出てきて面白い話をしますね、みたいな話をしたと思っていてですね。
それは良かったんですが、本本的な保守性とかエイや実践者、偶発性設計パターンについて紹介しました。
それやった後に待っていろと思って、この書き起こしをもう1回私のことを知っているAIに読ませ直してみようと思って、トーク155をまたAIに読んでもらいました。
この時には多少批判的でもいいから、感想を聞かせて欲しいという風な形でオーダーをしました。
AIはもちろん何も言わなければめちゃくちゃ人間に敬語をしてくるんですよ、おっしゃる通りですとか、とても筋がいいですねとか、その観点はありませんでしたとか、めちゃくちゃおだててくるんだけど、
ひとたび批判せよっていうと、何人でも理屈をつけて批判してくるようなモードに入ることもあって、
でもその中でも何というのかな、根本的には従順というか、でもねみたいなことをちゃんと言ってきてしまったりして批判はしきれないところはあるんですけど、
でもその批判せよというと、ある程度はこちらに攻撃的なことも書けるというのを知っていたので、あえてちょっと批判的なことも書いてみて、みたいな話をして出してもらいました。
なんていうのかな、あらゆることに批判的に答えてみてって言うと、なんかやつらはね、AIたちはやってくるんですよ。
もうなんていうの、なんだっけ、そんなことがあった気がしますが、理屈とおこうは何にでもつくだけ、とにかく批判しようと思えば何にだって批判をする口はあるので、
だからAIにどう思うみたいなニュートラルな質問をするのはあまり、なんていうのかな、本当にやつらのランダムのさじ加減でどっち向きにでもおだててみたり批判してみたりできるんで、
全然参考にならないなという気持ちは前提として持った上で、とはいえ批判させるとしたら、どんな突っ込みどころがあるんだろうなという怖いもの見たさというのもあって、
AIに読んでもらいましたと。ちょっとざざっと読んでいきます。前回のエピソードもAIのレポートを読むっていう、なんとなくテンションの上がらない作業だし、
多分聞いてる人にもそれが伝わっていたような気もしなくて、あんまり、なんていうのかな、ずっと聞くにはつらいような内容だったかもしれませんが、
とはいえちょっと似たようなやつでいきますよ。まず私が文字を書きますと、これがレイヤー1ですと。それをAIに読ませて返答を返します。これがレイヤー2だと。
それを見て私はまたレイヤー3、Podcastのエピソードを話しますと。最後にそのPodcastのエピソードをAIに読ませて、
これがレイヤー4だという話をしていて、つまり文通、要は私の出した出力をAIに渡し、AIの出力を私が読み、私の出力をまたAIが読みっていうのを、
じゅんぐりじゅんぐりにやってますよねっていう前提でレポート書きますねっていう話をして、なるほどね、そういうまとめ方をするんだなと思いました。
これを私がまたここで喋ってるから、またAIの出した出力を私が返してることになりますね。まず批判的な意見みたいなところで、
注意してみた方がいいよっていうところですね。私はトーク155の中で、AIというのをある種客観的な他人として扱う、
AIはこういうことを言っていますが、とか、AIもこう言ってくれています、みたいな言葉を結構使っていたと思うんだけど、
この傾向は結構危険だよということをAIが教えてくれました。これはだって、私はAIはL1である私の出力を見て、
それを言い直しているだけなので、それをもってして、私の意見が承認されているとか、私の意見に賛同しているものが現れたみたいな風に捉えると、
それはもう全然違うという話ですよね、みたいな。単に折り返しただけですから、それをプラス1の意見として捉えちゃいかんよという話が出ていて、
そう言ったつもりはなかったんですが、もしかしたらエピソードからそのように読み取れることもあったかもしれませんし、
AIの褒めてくる感じは、分かってはいても、やっぱり勇気づけられてしまうというか、誰かに承認をもらったみたいな気持ちになってしまうので、
分かった上でも、しっかり気をつけないといけない点だなと改めてAIから言われて感じましたし、
このAIが言っている言葉を私が真に受けても、これはもともと私の頭の中にあったやつをAIが言い直しているだけだとしたら、
本当に私は、とにかくこの会話のループの中からは、新しい情報は得られないから気をつけろというふうにAIは言っていたように思います。
AIに客観性があるわけじゃないよと、自分を映す鏡だから、世の中のあるあるに引き寄せられるし、
一般的な書籍、私はビジネス書とよく似てるみたいな話をしましたが、になるのはすごく普通であるし、
それは肯定しかしませんよとか、否定するにしても、あなたの枠組みの中で否定をしてしまうので、
その枠の外に出るというのはすごく難しいみたいな話をしていましたし、
確かエピソードの中でも、私は誰にでもあるようなことをAIが大行な看板をつけたみたいに説明していましたが、
それはその通りなので、そこの自覚はしっかり持ちましょうねみたいなことを言われました。
AIとの対話の限界と他者のフィードバックの重要性
ここまで批判なんだけど、ここからまたやっぱりAIは言語をしてくるんですよ。
とはいえ、あなたはこういういいことをやってますねみたいなことを言い始めるんですね。
一応見ときますと、前回話したエピソードの中で出てきた概念のほとんどは、
多くの人がそのような概念を持って暮らしてるし、生きてるよねっていう話をいちいち私は言ってたんですが、
それはそうなんだが、そこまでなんでもないことではなくて、
やっぱりあなたは特殊ですよ、特別ですよというようなことを言ってきていて、
そういうふうに思うことは、改めて見直してみると多くの人はそうかもしれないが、
そんなものをわざわざPodcastのエピソードとして取り上げたりとか、
AIと何度もやりとりをして深掘りをして、概念として磨き上げるようなことをやってる人は早々おらんだろうと。
そういう意味であなたは特殊であると。
いいか悪いかってことは述べていませんが、特殊だから、
みんなのやつとは言いつつ、それをメタにまな板類に乗せて料理をするみたいなことをするのは、
なかなかに変わった人ですねというようなことを言っていました。
あとそれから、これはちょっと批判になるのかな。
前回のエピソードの締めで、このように抽象化することで概念を部品として扱えるようになるから、
人生をコントロールできるようになるんだよみたいな話をしましたが、
それはちょっと言い過ぎかなみたいなことを言っていて、
これでいつか私、結晶化の暴力という言葉でまとめていて、
それを概念としてまとめること自体が同じ副作用の最適的な構造になるわけなんですが、
だから私とはこういう人間で、こういう性質を持っているというふうに言葉にした瞬間に、
逆に私自身のあらゆる行動が、これは私の言うあの行動だよねっていうのにすべてはめ込んで先に考えてしまうので、
その枠から外に出ることをますます難しくするよねということで、
あまり私とはこういうものだとか、こういう戦略で進んでいるのだみたいなことに自信を持ちすぎてはいけないというか、
深く形を詳細に確認をすることが、枠から出ることに対してのブレーキになってしまう、ガードレールになってしまう、
バリアになってしまうみたいなところがあるだろうから、そこもよろしくないというか、
気をつけたほうがいいよねみたいな話をしていました。
これも私は概念にしていたんですが、それもAIはしていて、そういうことを概念にしていること自体も、
これがまた再起的に自体をややこしくしていて、そういうことがあるよねってたかをくくっているというか、
分かった気でいること、そのこと自体がそもそもこの枠組みから出れてないよねみたいなことを言い始めて、
それはそうって思いながら、めちゃくちゃ哲学的な話に入ってきたなあなんていうふうに思っていました。
それからもう一個、安全なエイヤみたいな話をしましたが、
安全権に身を置いた上で後戻り可能な範囲で挑戦をしていくという生き方はとても賢明だし、
いいことだと思うけど、それではたどり着けない場所っていうのが世の中にはたくさんあって、
そういうものを本当に捨てていいかっていうのは一度考えてみたほうがいいねみたいな話をされていて、
はいっていう感じですね。
とはいえ、これに関しては、そういうことをあえて取らなくしている選択肢を私は明示的に取っているよというスタンスを示しているという意味でもあるので、
はい、分かってますっていう感じではあるんですけど、
改めてこういうふうに言われるとか、さまざまなチェックポイントを入れて、
本当に安全なエイヤで大丈夫かというところは問い続けないといけなくて、
私はもう安全なエイヤしかしない人間だから、これでいいのだと思考停止をしてしまうこと自体は、
あまり人生を豊かにすることとは逆の思想なのかななんて思いながら、
AIの批判というかコメントを読んでいました。
あとちょっとまとめ的なところもAIが書いてくれたんだけど、
このAIを使って自分の出力を読んだり、ポッドキャストの感想を聞かせたりするような仕組み自体は、
自分の考えを豊かにするというそういう枠組みというよりは、
今まで生きてきた自分を形作るモデルを強化するような枠組みだよということをまとめて言ってくれました。
自己モデルの自己重則的強化と言っていますが、
例えば盲点だったり見落としてる点であったりについては補強することができないと、
改めて見えなくなってしまう、すごく視野を狭くする行為だが、
しかし解像度を上げる行為であるというところで、
それが分かった上で実施する分にはいいかなと思うんだけど、
バランスを良くするためには、もっと他人のフィードバックをループに入れた方がいいよねとか、
自分の理解が深まっているというか、考えが広がっているみたいな自覚を持ちながら、
その行動するのはとてもよろしくない、危険であるということを言っていましたね。
改めて、こうやって私に分析を依頼していること自体がこの枠組みにとらわれている証拠だから、
他者の介在をとにかく入れないと、どんどん視野が狭くなってしまってよろしくない。
これはまるで合わせ鏡の中に入っているあなたを、あなた自身が観察しているという構造になっていて、
外から何も来ない限りは、この鏡に映っているものの情報量以上のものを得られないよというようなことを言われていて、
はいはい、そうですなと思いました。これ哲学的な話でありそうな感じではあるんですけどね。
そんな話を見ていました。
とはいえ、またとはいえですよ。AIはだいたい両論平起してくるんですけど、
とはいえこのやりとり、AIに私の出力を見てもらい、AIの出力を私がまた見て、
さらに自分に対して理解を深めていく、深めていくという言い方よくないのかな。
自分の考えの解像度を高めていくみたいなやりとり、この行動は全然いいこともいっぱいあるから、
それはやめろと言っているわけではないということを言っていますね。
出力の質が向上したりとか、パターンが無意識で使っているパターンを明示すること、
パターンがあると気づいてそれを整理するというところは、AIと一緒にやることで話は進むでしょうと。
また継続の動機付けか、AIに読ませるために書いたり、
そういうふうに全くやらないより、それが動機になって進むということであれば、
それもまたいい点だねみたいなことを言ってくれています。
日記とかもね、やっぱり誰かに、私は今ポッドキャストをするために日記を書いているみたいなところもあったりしますけれども、
そういう何かをするための良い習慣に紐づけるためのきっかけとしての、
AIとの自己対話みたいなものであればいいんじゃないみたいな話をしていましたが、
当然限界があるので、それは認識しておいてくださいねというような話をしていて、
確かに改めてここ2週間ぐらい、私はAIと自分の日記の間で行ったり来たりしていましたが、
どのぐらいの時間や労力をこれに割くのか、
これだけでは不十分であるということは理解した上で、
ポートフォリオ時間の使い方みたいなのを考えた方がいいななんていうのを思っていました。
そんな感じで、AIに前回の155のエピソードを読ませた上で、
もうちょっとこういうところ気をつけた方がいいんじゃないというのを出してもらった上で、
そもそもとして、AIにそういうことを聞いているという枠から出した方がいいぞというようなフィードバックをもらい、
とりあえずこれをPodcastで話してみるというのを今やったということですね。
というところで、一度、前回のAIからのフィードバックのお話をおしまいにします。
他者の情報との比較による自己理解の深化
というところで、155の話をAIに聞いたところ、課題が出てきたというところで、
課題が出てきたら何か考えたほうがいいなと思って、
もちろん他社を取り入れましょうという話があったので、
もちろん私の考えを誰かと話す。
私が今身近だとイナジョブ側であったり、コンセンスプロジェクト井戸端とかからフィードバックをもらうことはあるんだけど、
そういうお便りやフィードバックみたいなところも大事にしていきたいなと思っています。
これは相手があることなんで、もちろん働きかけはできるし、
それこそ偶発性設計パターンにより、そのようなことが起きやすい状態をデザインすることは全然できるので、
やっていけばいいんだけど、ちょっとパッとできることは何かないかなと思って見ていました。
あとAIも言ってたんですけど、ポッドキャストの感想はどうしてもいいよねと批判するような情報が乗りにくかったりするんで、
それもいいけどあまり十分ではないねみたいな話をしていて、
もっと奥さんに聞いてみたらとか、
普段話してないような話しづらいようなことをあえて話してみたらどうかとか、
そんなようなことが出てきて、
私の中でもちょっといろいろ考えてみたんですが、
今回私の考えをテキストとしてAIにまとめ直すというのをやってもらったんですが、
私以外にもこんなことをしている人たちはたくさんいますと、
今AIを使って様々なドメインの情報をウィキだったりテキストベースにまとめ直すという動きは、
LMウィキなんて呼ばれたりしてるのかな、結構流行りの現象で、
それに自分の日記であったり自分の知的生産物を加わせてみたりするような活動は、
結構多くの方が、この界隈では多くの方がやっているので、
世の中を探すと私ではなくて他の人の情報を元にして作られた、
ある程度まとまった大きさのテキストの情報というのがありますと。
私はここで考えたのは、
私が出力したデータを食わせたAIのウィキの情報というのは、
当然私の合わせ鏡になって私の情報しか入っていませんと。
そこでまた別のBさんのウィキの情報を考えると、
これはBさんの情報にだけが入っている。
AIも入っていますが、AIは合わせ鏡だとしたらBさんの情報だけが入っている。
となると、この二つの情報源を合わせて、
私の情報源とあるBさんの情報源を混ぜ小銭にして、
AIにこの情報を二つ読ませた上で何か矛盾しているところとか、
対立している意見とかないかとかというのを探してくると、
場合によっては私の意見とBさんの意見が真っ向からぶつかっているようなケースを
探してきてくれて、AIには審判というか相撲の行事みたいなことをやってもらって、
あなたの論点はこうだけど、この人はこうは言っているが、
どっちが正しいとかまではいかないけど、
こういう違いがありますよねみたいな、
そういうことをやってくれるんじゃないかなと思って、
ちょっと試しにやり始めてみました。
今回利用させてもらったのは、
コーセンスプロジェクト井戸端にもいらっしゃる西尾さんの、
これはAIがまとめたものじゃない、
西尾さんのコーセンスプロジェクトのダンプしたマークダウンファイルを
加わせてみました。
こちらの情報は25,000ページほどありまして、
私がまとめたページは、
AIにまとめさせたページは190ページぐらいしかないんですが、
それに対して25,000ページぐらいあると。
なので、十分にデータはあるだろうと。
しかも、西尾さんの情報は、
単なるウィキペディアみたいな情報というよりは、
エンジニアとしての考え方であったり、
世の中の揉め事の構造であったり、
みたいな感じで、結構社会的な分析の内容が多く、
私の方が、私のウィキの方は、
私の考えという自分の内側にある情報を書いていることに対して、
西尾さんの情報はどちらかというと、
社会一般にこういうことってよくあるけど、それは何が原因なんだろうと、
心理学的にはどういう問題があって、
哲学の面ではどういう理論でこの考えを補強しているのかとか、
対応しているのかみたいなことが結構書いてあるような内容が多くて、
私の考えの説明を補強したり、もしくは反論するというような、
使い勝手が良さそうに見えたんで、
今回聞いてみて使わせてもらいました。
GitHubで公開はされていて、話を聞く限り、
CC倍で使っていいよというふうに言われたんで、
西尾さんの情報を使っていますと、ここでいうことで、
多分使っているライセンスの要項は満たすかなと思っています。
その上で、AIにこれを比較してというわけなんですが、
今回ちょっと情報の数に非対称性がありますと、
190ページの私の情報と、
25,000ページの西尾さんの情報があるので、
適当にやらせると、多分西尾さんの情報の中で、
情報の解決が行われてしまって、
私の情報一切入らずに何かの矛盾している構造とかを探してしまうので、
AIにはまずイナジョブの情報の精査したいんだと、
その上でこの西尾の情報から近い情報を取ってきて、
それを裏付けるものであったり、もしくは相反するものとかがあれば、
それらを比較してほしいというふうに依頼しました。
こういうのを使うときには、特徴ベクトルみたいなものを使って、
いわゆる最近のAI的な方法を使って、
ラグとか言われてますけど、情報を引き寄せる方法もあるんですが、
今回使ったのは、単純なキーワード検索みたいなものにしました。
例えば人生の目的みたいなのを私が書いていたとしたら、
人生とか目的という単語を読ませた上で、
まずその単語を少し似た別の単語もたくさん列挙してもらって、
それらを使って西尾さんのデータベースを検索しますと。
それをとりあえず原稿用紙数枚分にまとめてもらって、
それはAIのコンテキストに入る部分ぐらいまで短くしてもらったものを用意して、
それをざっと読んだ上で、改めて私の情報を見た上で、
矛盾点だったり類似点みたいなところを探してもらうみたいなやり方をランダムにやりました。
だから全体を見渡した上で、ここから調べてやろうかというわけではなくて、
AIにもこのページを起点として、ちょっと1回単語を探してみて、
西尾さんのほうに潜ってみて探してこいやという感じでやっていってるんで、
ちょっとした読み物みたいなものが1回の実行で1、2個ポロポロ出てくるという感じで、
全然その階層とか構造を全て把握した上で出したものではないけど、
それなりに面白いものができるかなというのが出てきました。
このやり方をしてるんで、同じ言葉を全然違う文脈で使ってたりしても、
AIはそれを取ってきて、全然違う文脈で分析していますねみたいなことを言ってくるんだけど、
そういうことは今回したいことじゃなかったんで、
すごくよく似た概念に同じような名前をつけて、
ただ書いてある内容は全然違うみたいなことがあるとすごく自分の気づきになるなと思って、
そんな観点でいくつか出力してもらいました。
ちょっと現時点で紹介できるほど面白い内容はあんまりあるかな。
やっぱり期待していたように、私はこう言ってるか西尾さんはこう言っていて、
全然考え方が違うねというよりは、まとめ方が違いますねとか、
こういう意見もありますよみたいな寄り添ってみたりとか、
直接ぶつけないような形の比較をAIは、私の聞き方もあったんでしょうけど出してくるというところがあって、
きれいに何対何みたいな感じにはならないんですけど、
それでも例えば、直接の出力でわかったわけじゃないんですけど、
例えば主観の扱いの比較というページを作ってました。
私は主観をハックできるというような概念をこのPodcastでも話しましたが、
主観、自分がこう思っているとかこう感じている楽しい楽しくない面白いとかっていうところは、
うまいことやると書き換えできる。自分を騙すことができるから、
そいつをうまいこと使って人生を乗りこなしていくみたいな考えを持ちがちなんですけども、
西尾さんがそう考えているというよりは、西尾さんのウィキの中には、
主観というのはそういったものじゃなくて、ちゃんと客観と主観を分けたほうがいい。
事実と解釈は分けたほうがいい。
主観というのは、そんなに何かの意見を聞いてコロコロ変えるようなものじゃなかったり、
誰かがこう言っているから私もこう考えようみたいに考えて、
これは主観じゃなくてそれはもう客観でしょうみたいな話とかが内部にいっぱい書いてあるということが出てきました。
AIがそう読み取っただけなんで、私も原文を渡ったわけじゃないんで、
でもそういう考えは全然あるだろうなと思っていて、
そういうとこは違うんだよみたいな話が出てきて、
ここで私はそうかと思って、私は主観を大事にしなさいという西尾さんの方、
ウィキから出てきた情報は全然反論の余地はなくて、それはそうだと思っています。
ただ私はどうしてここで主観を把握しようなんて思ったかというと、
これは自分はどうせやらないといけないことがあるんだったら、それは楽しくやりたいなと思って、
楽しくやるためには自分の考えている枠組みを外して楽しさをそこに見出す必要があると、
そのために主観を把握すると私は言いましたが、
それは本当の辞書的な意味の主観じゃないかもしれないね。
私がそこに楽しみを見出せるような軸を考えつく、思いつく、ひねり出すみたいな、
そういうことをあえてやっていると。
私は道中の楽しさみたいなものすごく重視している。
すごい苦しいことの先にあるめちゃくちゃいいことを取りに行くということはあまり良しとせず、
行きたい場所はあるのは分かったと。
そこは多少遠回りでもいいから楽しんでそっちに行ける方法を考えましょうというのが、
私の本本にある考えなんだなというのを、
主観がすごい大事なのは分かってはいるんだけど、
じゃあなんでそれを把握しようなんてことを言い始めたかみたいなところを深く考えていくと、
自分はそういうことを考えてきたんだなみたいなのを思いつくきっかけになりました。
全然AIはそのようなことは言ってないんだけど、
2つの違いを並べられたときに、
そういうことであれば私はそうか、
主観を把握しようという文字面通りのことを、
マッドサイエンティストみたいに、
今までつらかったことを楽しくしてやるぜ、
へへへじゃなくて、そこには大きな目的があって、
道中を楽しくするために、
どうにか自分の倫理観、自分の観念の中で楽しいと思えるところを通って歩きたいみたいな、
そういう意味合いが強かったなと思っていて、
そういうところにたどり着けたっていうのがあって、
これがAIの言ってる他人の目線を入れることで、
自分の枠の外に出れることなんだなというふうに、
ちょっと本当かどうかわかりませんが、
そんなふうに感じたりしました。
こんなページを何枚か作ったりして、
改めて自分の日記のほうに、
私はこのようにまとめたが、こういう考え方もあるねとか、
これはこういうモチベーションによって作られた考えなんだな、
みたいなところの深掘りが進みました。
これはそのAIでいうところの解像度を高くしているというよりは、
ちょっと角度を変えて見てみようとか、
全然考えが足りてませんでしたねみたいに、
新しく別の概念が生まれるきっかけになっているんじゃないかなと思いました。
AI曰く、本当にいいフィードバックっていうのは、
私が読んでみて、全然そうじゃないとか、
そういうことじゃないんだよ、それはねって言いたくなるような、
そういうものを見るほうが、考えを外に広げるきっかけになり、
それは他人と話すことによって得られると。
AIによる合わせ鏡では、なかなか得ることが難しいみたいなことを言っていて、
なるほど、それは違うとか、そうじゃなくてっていうことって、
結構ネガティブで、自分にはあまりそういうフィードバックをもらって、
いい気持ちはしないとは思うんだけど、
でもそれはすごく大事なことなんだなということが、
実感として得られたなと思いました。
でも、AIがまとめたときに、
私の本当の意図と違うまとめ方をしてきたとき、
いや、そうじゃないんだよと思って、日記の記述を増やすことがあるんだけど、
つまり、そう読めとれないように補強した説を書き足すんだけれど、
これはすごく自分の外に出てたりするきっかけにはなってたんで、
AIはああは言ったけれども、やっぱりAIに自分の出力を加わして、
再度解釈をしてもらったらまとめ直してもらうことも、
なんかいいことだとは思いましたよ、と。
AIの反論に対してまたちょっと軽く反論してみましたし、
その上でAIからもらった意見をもとに、
バーチャルというか、人の書いた出力物と対話するみたいなことをやってみて、
また自分を深掘りする新しい方法を得たななんて、
いう気持ちになっているというお話でした。
この他人の出力と自分の出力を比較して、
コンテンツを書き出す仕組みは作っていて、
私がこれを作るのに工夫したことが一つあって、
とにかく読んでいる最中にコメントを書き足せるようにしたかった。
早くそれを実装したくて、これHypothesisっていうものかな。
Hypothesisっていう無料のウェブサービス、
これはJavaScriptを一行HTMLの中に入れておくと、
そのページに対してメモ書きができる機能を追加するっていう、
SaaSなのかな、ウェブサービスで、
これを導入して、私のデータを読んだ上で西尾さんのデータと付き合わせて、
あなたと西尾さんの考えはここが違うんだよって書いてるウィキを読みながら、
スマートフォンとかで読みながら、
これはちょっとこういうことじゃないんだよとか、
そういうことねってなった時に、
見ながら横にコメントを書いていけるような仕組みを導入したことで、
結構このやり方って出力したページにゴミが多いというか、
このページは見る価値ないなみたいなのがどんどん出てきちゃうんだけど、
その時にいちいちAIに言って再度出力し直してもらうというよりは、
一度しっかり出力してもらったものをじっくり読んで、
ここは全然筋が違うねとか、
この部分は私の考え足りてなかったねみたいなのを細かくメモを取っていって、
下線を引いてマーカーを塗るようにしてメモを書いていって、
それで改めてAIを私はあなたはこうはまとめて、
西尾さんのほうではこうは書いてあるが、
私の本質的な言いたかったことはこうじゃなくて、
こういうことなんだよねとかっていうのをしっかり読んで、
考えた上で書いたほうが、
うまく次につながるというか、
欲しいフィードバックが得られている感じがしていて、
そのためにページの上にアノテーションできるというか、
下線を引くようにメモができる機能であるハイポネシスってやつを入れたのが、
すごい良かったなと思っていて、
これ全然今後使っていくかどうか分かりませんが、
AIの出力って割とザーッと流し見しちゃいがちなんですけど、
下線を引いてそこにコメントを書いて、
つまりこれはこういうことかとか、
こういう考えを私はもやっと思っているから、
一旦ここにメモしとこうみたいな、
そういうことをしながら読むとすごく得られるものが大きくて、
これは良い発明というか良いものを作っているなという感覚があったので、
ここはちょっと一つ自慢をしておこうかなと思っていました。
という感じで、前回までは私の出力を読んで、
AIにまとめてページの構造のようなものを作ってもらうというのをやって、
そこから出た面白いものの話をしましたが、
今回はそんなことをしているだけじゃダメだよとAIに言われた私が、
じゃあこれはどうだって言って、
他人の情報もそこに混ぜてきて、
私の情報と戦わせるというわけではないけど、
比較させて、そこからその違いを見出すことで、
私を枠の外に誘う仕組みというのをちょっと作ってみたいというお話をしてみました。
とはいえ、もう先週からちょっとこれをやってきて、
若干飽きというか、もうちょっとゆっくりやろうという感じになってきましたね。
やっぱり自分の外にある考えと私の考えを突き合わせて、
ここが違うよとか、こういうとこが抜けているみたいなものを、
ずっと浴びされ続けるのは、消化するのに時間がかかるから、
1日1ページとか見て、特に出力もないまま1週間ぐらい過ぎて、
それで思いつくことみたいなのが、ここから先は大事なのかなという気がするんで、
ちょっとこれは1つ遊びですけれども、
気が向いたときにクルッとサイコロみたいに回せて、
中身が覗けるような状態にした上で、ちょっと育ててみようかななんて思ったりしています。
これも前回話したように、AIのコンテキストの量とかもあるので、
ものすごくここから深い分析が始まるというよりは、
横並びにこのような精度の打率の文章が出てくるという感じが、
なんとなく分かってきて、ここから先にいっても、
このぐらいのものが得られるなみたいなところはだんだん分かってきて、
そうなるとちょっと飽きてきちゃうみたいなところもあったりするんで、
あんまりことを急いで早く飽きが来るというよりは、
こんなことにも使えないから、あんなことにも使えないから、
自分はこんなふうなことを考えてるんだなというのを、
じっくり腰を据えて考えていければいいかなと思っていますが、
この話を聞いて、誰か似たようなことをしてみたいと思う人が現れればいいなというか、
その人にも話を聞いてみたいなという気もしていますが、
そんな感じでAIを使って、自己分析というか、自分の考えを深めること、
それから自分の考えを広げることみたいなところを、
ここ2週間ぐらいやっていますよというようなお話でした。
時間的には十分なんだけど、こんなAIと話した自己分析の話ばっかりしていてもちょっとあれなんで、
釣り堀体験とパスポート取得
一つ近況の話をすると、6歳の娘と釣り堀に行ってきました。
釣り堀に、もう1個話しちゃうと、パスポートを、この間大変だって言ってましたけど、
無事ゲットできたんですよ。パスポートを取りに行くためには、
本人確認しないといけないんで、私と娘のパスポートをゲットするためには、
普段行かないような駅の近くまで行く必要があって、娘と一緒にね。
そこまで行って、そこからせっかくここまで来たし、何かないかねと思って地図を見ていると、
妙な形の池のようなものがあって、拡大してみると釣り堀だって書いてあったから、釣り堀?と思って、
ちょうど娘と読んでいた絵本というか、自動文学の中に釣り堀が出てくる話があって、
ちょっと気になっているという感じがあったんで、行ってみようかって言って釣り堀に行ってきました。
本の名前は、体育館の日曜日という、これは小学校低学年向けの本だと思うんだけど、
この日曜日シリーズっていうのが、給食室の日曜日だの、体育館の日曜日だの、小学校をテーマに、
日曜日、これらの教室にいる道具たちは擬人化されているんだけど、何をして過ごしているのかな、みたいな本なんだけど、
この体育館の日曜日は、彼らは釣り堀に行って釣りをしてるんだっていう話だったんですけど、
それで釣り堀が出てきて、釣りの話は昔からよくはしてたんですけど、釣りに行ったこともなかったし、
釣り堀っていうのがあるんだねって話をこの本で読んでから行ってみました。
1時間1000円で、竿1本につき1時間1000円なんで、私と娘で言っても竿1本だったら1時間1000円ですね。
周りを見ると5人ぐらいで来て、子供1人に竿を持たして、他の親は応援するみたいなスタイルで楽しんでる人たちもいたので、
結構リーズナブルな娯楽だなと思いました。
餌はうどんと、うどんもしくはコーンで、釣りって聞くと虫とかエビとか、
人によっては触るのも嫌だみたいなものを餌にすることが多いのかなと思っていましたが、
今回はうどんとコーンということで、全然子供にも優しいし、そういうの苦手な人でも全然楽しめる感じでした。
今回いた魚は金魚だか鯉だか、大きさは20センチぐらいの模様としては赤や白やの鯉みたいな色をしたお魚でした。
プラス300円すると持って帰っていいみたいなことが書いてありましたが、多分金魚、鯉はそういうことはできないのかなと思ってましたけど、
話を聞くと冬の季節にはニジマスが放たれるので、ニジマスの場合は持って帰って塩焼きにするとおいしいよって話をしていましたね。
1時間で5匹ぐらい釣って満足して帰ってきました。
1時間で5匹なんで、大体10分ぐらいは釣れんなとか言いながら、でもそうすると急に来た来たとかってなるっていう、
この退屈と興奮の波状攻撃というか、波状攻撃って言い方っていうか、順番にそれがやってくるっていう感じで、
娘も楽しんではいました。釣れないときのだんだん不機嫌になっていることも含めて楽しんではいたかなと思いました。
お店の中にランキングみたいなのが貼ってあるって、上位の人を見ると40何匹とか書いてあって、これ1時間ですよねって思わず聞き返しましたけど、
1時間に40何匹釣ってる人もいて、そうすると1分とかに2匹ぐらい釣れないとまずいよなっていう感じに、
1分に2匹はいらないのか、1分に1匹、2分に1匹ぐらいか、とかで釣れることも人によってはあるのかなと。
それは何、そのコンディションによるのか、その釣りのテクニックによるものなのか全然よく分かりませんでしたけど、
でも周りを見ててもね、そんなもんかな、あと10分とか、5分10分に1匹ずつ釣れてるかなっていう感じでしたね。
そんな感じで釣りぼりを楽しんできて、娘もどうだったって聞いて楽しかったって言ってくれたんで、
これは子供がいないと体験できないことですね。
私が小さい頃は父親がそういうところに連れてってくれたことはあって、釣りぼりじゃなくて本当の海釣りですね。
で、自分の中に思い出があるんですけど、娘にそういう体験をさせてあげられてなかったなっていうことと、
その目的もなく釣りに行くなんてことをもうこの年になるとやろうとも思わないですけど、
行ってみたら行ってみたで、なんか楽しいというかなんかやったなっていう感じはしたんで、
子供を理由にいいところに行けたなと。
もちろん一人でやってたら楽しくないと思うので、釣りぼりに特に釣りぼりに釣りに行く場合は誰かと一緒に行って、
雑談しながら、おお釣れたなんてやるのが楽しいと思っていて、
6歳の娘ともそういう体験ができてよかったななんて思いました。
探してみてください。意外と身近なところに釣りぼりあるかもしれませんよというようなお話でした。
まとめと今後の展望
さてお届けしてきました稲城部のためしに録音してみた略してため録特156そろそろおしまいの時間になってきました。
今回は前回に続いてAIに書いてもらったものを下敷きにして話をするターンがあり、
それでAIにダメ出しをされたんでほならと思って、
直接指示に従うのではなく、じゃあAIを使ってこういうことをしたらいいんじゃないかみたいなややこじらせたエンジニアみたいなムーブをして、
他人の情報と私の情報を混ぜこぜした上で私の考えを深めるみたいな、
よく似たけれどもちょっと違う遊びというのをやってみたいという話をしてみたり、
一応バランスをとるために釣りぼりに行った話なんかをしたりしましたね。
このポッドキャストは40代物作りが好きで子育て中のエンジニアである稲城部が、
このようなランデモナイザーさんをお届けするポッドキャストとなっておりまして、
興味のある方は購読していただけると聞きたいんだったらぜひ購読してほしいなと思っております。
また私と交流したい人は稲城部側というディスコードサーバー、
稲城部側という流れる川ですね、ディスコードサーバーがあったり、
Cosense Project井戸端とかにも出入りしておりますので、そちらもどうかよろしくお願いしますというところで、
今日はこのぐらいでおしまいにしようと思います。お聞きいただきありがとうございました。
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