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2024-07-18 25:58

1960年生まれが変化の最前線説

1960年(昭和35年)生まれの私の個人的な感覚なのですが、ほんとうにほんとうにほんとうに、年齢が私より上か下かで、意識がものすごく違うというか、時として真逆ってことがあるので、それについて話してみました。



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こんにちは、自由で楽しい毎日を。IKUKO Laboの金田 伊久子です。このポッドキャストは、私の音声日記です。
毎日の暮らしの中で気になったあれこれを気ままにおしゃべりしています。よかったら最後までお聞きください。
こんにちは、IKUKO Laboの金田 伊久子です。7月18日木曜日の朝8時21分に収録をしています。
晴れました。 昨日まで雨だったんですけど。
それで多分ですけど、梅雨明けかという感じで、もう今朝からいきなりもうセミがすごい勢いで鳴いてます。
最近ずっとね、自分の中でトピックだったことがあって
同年代かそれ以上の年齢の女の人としゃべると本当に違和感があるんですよ。
でも私が知っている70代のご夫人はいい人なんですよ。すごい明るくて。
だけど、夜は出歩かないって言ってて、なんでかっていうと旦那さんがいるから。もう定年してるんでずっといるんですよ。24時間。
なんですけど、夜は晩ご飯しないといけないから、もう5時に出たんじゃ遅いみたいな感じで、4時半ぐらいになると急いで帰っていかれるんですけど、その方いわく私たちの年齢ではもう男の人の方が偉いって思ってるからってズバッと言われましたね。
男の人の方が女の人より偉いから、だから言うことを聞くのは当たり前だって。私はそういうふうに育てられたし、今もそう思っているし、それが正しいと思ってるって、そういうようなことを言われたんです。
それはね、一本筋が通ってて、美しくさえあったんですよね。そういうポリシーが思って生きているってことがね。
だけど70代だから、私からしても一回り上なんで、まあまあそうだよねって。
ほのが私と同い年ぐらいになっても同じこと言う人がいるんで、ちょっと待ったって思います。
まあね、私一生は35年、1960年生まれなんですけど、
この間もお話ししたように、学校の授業でさえ習ったんですよね。男女が平等だと。なぜなら日本国憲法に明記してあると。
性別とかそのいろんなもので差別されないって書いてあるじゃんって。
なおかつ法律的には、課長制度、長男が家を継いでみたいな、それも消えてるでしょ。
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だいたい少子化なんだし、長男というか女兄弟しかないっていうのは本当にいっぱいいるし、何言ってるのって。
家を継ぐって言うけど、そもそもみんな核家族で、継ぐ家っていうのは田舎にしかない。
その田舎の家は、もう農業だけやってたけど立ち行かないから、みたいな。
継いでどうするのって、いらんその家、いらんその墓、みたいになってるわけじゃん。
課長制度というもの、制度として崩壊してると思うんですよ。
だけど人の心の中には根深く残ってるんだなっていうのが恐ろしいなと思うんですが。
私70代の男の人の方が偉いって言ってる人とお付き合いできるんですけど、普通に。
普通にっていうか、そういう人としてお付き合いできるんですけど、同年代でその同じことを言う人がいたら、ちょっと普通に友達とは言えない。
通過で何でもわかるよね、みたいな感じで、同じ土俵の上に立ってないので、別の世界の人としてお付き合いするっていう感じになるので、
それ、友達とは私はちょっと言えないなっていう感じです。
さて、そんな感じで、世代的な分断をすごく最近は感じてるって言ったらいいのかな。
一方で、ずっとお話ししているように、ダンスの趣味のダンスの関連で、
10月5日に5人でチームを組んで、発表会で一曲踊るっていうプロジェクトが始まってます。
チームの名前はもうついて、無限っていう、そういう名前がつけてもらってます。
今度8月4日に別のイベントの別のステージで、私じゃない、私の入るところに別の人が入った状態で5人で同じ曲を踊ると、そっちのプロジェクトが先に始まってたんです。
でもその一人の人は10月5日は出ないので、そこに私が入って5人にして同じ曲を踊ろうということになっていて、
ですから今交代要員の私も入れて6人でグループラインがあって、それで振付のこととか練習日程のこととか色々相談してるし、
Zoomでの練習会もやっているという状況です。
そしてそのグループラインの中で、昨日ね、不意に突然、その中で一番踊れるプロの、教えたりもしている人がいて、その人がなんか振付の話から始まったんですけど、
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結局昔の振付というか、先生がビシッと決めた振付をきちんとそのまま踊るっていうのが、昔から続いているダンスの基本的な考え方かと思うんですけど、一方で
20年前、30年前ぐらいから入ってきて、ヒップホップってそういう文化じゃないんですね。
だってみんな勝手に踊りたいなんですよ、基本は。で、今それとこれが融合してて、いろんなアーティストのアイドルとかの振付見てても、もしかして感じるかもしれないんですけど、割と緩めに作られてる振付ってあるんですね。
ここの部分はみんな各自好きなように動いていいよとか、全員が同じ動きじゃなくなってる、そういう振付が多くなってるかなと思うんですよ。振付は一緒だけど、なんかテイストは自分で決めていいみたいな。
で、今回の私たちの曲も、もともとの振付がそんな感じになってる曲なので、その話をグループラインでしていて、そしたら教えたりしてる中心的な彼女がね、この時代になりましたねって言って、やっぱり2024年の12月までに何かが変化が
大きな変化が始まって、これからやっぱり時代が変わっていくよね、みたいな話を。多分ちょっとスピリチュアル寄りのノリでそういう話をされたと思うんですけど、今年の、違うった、2020年にその変化が始まって
で、2年、20年、21年、4年かけて、その変化の始まりが始まったみたいな、始まり終わったというか、っていう感じになっているみたいな話をしてて、で、あとすると思い出したんですけど、それを見て、2020年といえば私が腰痛になって
引きこもって、引きこもるっていうか動けなくて、家にいて、それをきっかけに、それ以前にやってたいろんなお付き合いとかいろんなお仕事とかも全部ストップして、で
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腰痛から回復した後に、ダンスを本気で始めて
今や、なんかダンス中心の生活をしてるって言ってもいいぐらいの感じになってるんですよね。めちゃくちゃ大きいっていうか、2020年より前はダンスを習ってはいたけれども、全然本気でやってなくて、自分がそういうことをやっていくとも思ってなかったんですよね。
でも、当時の日記をね、この間ちょっと見返していたら、腰痛になるより前だから、たぶん2019年の頃にすでに、こういう動画YouTubeに上がってるみたいなね、インスタとかああいうダンス動画とか
それ撮れたらいいなっていうようなことが書いてあって、昨日それ見つけてびっくりしたんですけど、そんなこと思った記憶もないんで、でもこんな昔からそういうこと思ってたんだと思って、だけど自分の中では無理に決まってるし、どうやってやったらいいかとかも全然、ダンスも真面目にやってなかったんで
でもそのうちみたいな話で、そのうちハワイに行きたいなぐらいのそんなノリだったんだと思います。本気じゃないっていうか。ところが腰痛になっちゃって動けなくなっちゃって、やばいと思った時にしまったと思ったんですよね。もっとちゃんとダンスやっとけばよかったって。こんな風に動けなくなる前に。
腰痛が治ったらダンスをもう一回やろうって、もう一回取り組んでみようって思ったっていうか決めたんですね。
お話ししてるように、その時にエリクソン催眠の自主練があって、被験者の役を手を挙げて私にかけてくださいって言って、今話したようなことを話して、腰痛痛いから治りたいけど治っただけじゃダメなんですみたいな。
ダンスを踊れるようになりたいんですみたいな話をして、で、催眠かけてもらったんですね。たぶん2020年の1月だと思うんですけど1月末ぐらい。それから今に至ってるわけで、気がつけばその東京の会ったことがほとんどない4人のメンバーの中に入って、
そのうち1人はユウさんですからね。この間1回だけ会いましたけど、それにしてもね、いつも一緒にいるとかじゃないメンバーと、そのうちの1人はセネガル人ですよ。セネガル人男性がブレイキングをするんですって曲の中で。ちょっと意味がよくわかんないけど、そんな中に私が入って踊らせてもらえるっていう風になってる。
この展開どういうことっていう。本当人って本気でそういうふうに決めると物事そういうふうになっていくんだ。
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催眠術でさえ受ける機会が回ってくるんだ。私よく催眠によってこれが起きたというふうに説明して、確かにそういう効果はあるんですけど、そもそもそれを催眠かけてもらおうと思った私。
私の中にあったそのダンスが踊れるように回復したいんだよっていうその思いの方が先にあったから、じゃあ催眠術の被験者やりますって言ったわけで、どっちが先って言ったら私の気持ちの方が先ですよね。
願うことをなりたいと思うことが先で、その手段として催眠があって、その他のことも出会いが起きてくるとかっていうことも、そもそも私が望んだからそういうふうになっているわけで、これっていうのはすでにもう止めようがないわけですよ。
私が今一個一個努力して必死に探してやらせてくださいって言ってオーディションを受けてやってるかって言ったら、そんなことじゃないわけですから、流れがそういうふうに、そういう流れに乗っかったんです多分。だからもうそういうふうに行くしかないっていう。
これを止めようとする人がいたら、私は超えていっちゃうだろうと思うし、止められてても、ほら川ですから、せき止められるだけで、止められれば止められるほどもっとやりたくなる。
で、ある日ダムが決壊するように、その止めてる人を乗り越えて流れていくと。そんな感じな感じがするんです。自分でね。今までやってきたいろんなことと比べて、努力してそういうふうになってるんじゃないっていう。
ただ私が努力をしてるとしたら、練習はするようになった当然。新しい演目をやるってなった時に、必ず家で練習するって練習のための鏡も買いましたし、去年。それから鏡だけじゃなくて、ちゃんと自分を撮影して、撮影したものを後で見て、ここを直そうとか、ここがおかしいんじゃないかとか。
そういうふうに自分で自分をチェックしてるし、ここはやっぱり努力ですよね。
普段、それまでの自分になかったルーティン、なかったこと、そんなのやったことがなかったことなんですけど、去年、何度かイベントに出るうちにそういうやり方を見つけたっていうか、探したっていうか、そうやってやらない限り練習できないって気がついたっていうか。
サイズ値ワークショップ、オンラインのワークショップも去年の5月から受けてるので、それで自分で自分を撮影して自分で見るっていうことも、オンラインのワークショップでは普通にやってるから、だからそういうやり方があるのかと身についたっていうこともありますよね。
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いずれにしても個別のことについては、その時その時にどうやったらいいかみたいな情報が入ってきたり思いついたり、でもそれを実行するのは私なんで、やるかやらないかっていうとこが大きくて、やる量が前より増えているっていうところで成長もあるのかなと思うんですけど、
全体の流れ的に言ったら、私はもうベルトコンベアに乗ってるような感じで、ただ来てる話から逃げないようにはしようと、チャンスやったほうがいいかなって思ったら、あるいはこんなのがあるよっていう話が来たら、乗るようにはしている。
逃げないように。やっぱり自分の得意分野ではないので、毎回すごくチャレンジなところがあって、チャレンジってやっぱり私にとってもチャレンジはチャレンジなんですよ。ハードルが高いわけですよ、ハードルが。
だからえいやーみたいな、ちょっと気合を入れないと乗り越えられないので、ともすればサボりたくなる。もう今度はいいかなとか、なんか大変そうだしなとか、ただそれをなるだけしないようには気をつけてます。
でもそうやって一個新しいのに乗ると、そこからまた新しい出会いがあったり、新しい刺激がもらえたりするし、本当に最初の1回っていうのが本当に勇気がいるんだけど、ここは乗り越えていかないと、流れに乗ってるって言ったって流れに取り残されちゃうんですよ。自分でそこに留まったら。
当然そうじゃないですか。流れに乗るためにはやっぱり自分がこう木の葉っぱみたいになって軽くなって、ある時は右にある時は左にってこうすごく揺さぶられるわけですけど、それで怖いからって言って石ころみたいになって川底に沈んでたらいくら川の流れだって言ったって、その流れのスピードにはついていけないですよね。
川に例えるとそんな感じかなと思います。本当に私このポッドキャストで多分くどいだろうなって思いながら、チャレンジがあってずっと言ってたような気がするんですけど、新しいことにチャレンジしたいとか、しなければいけないとか、チャレンジするのがいいんだとか、何回チャレンジって連呼したかと思うんですけど、
でも毎回録音するたびにそういうふうに思っているのでしょうがないです。思っていることしか喋れないから。ただチャレンジをしてきた結果、見知らぬ人たちのダンスのグループにも入ったそこの先でもやっぱり時代が変わっているよねみたいな話を聞くと。
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で、みんなで同じことをしなければいけないっていう時代が終わって、子の時代になる。個人の時代。
それぞれバラバラな個人がそれぞれの人生を楽しんで生きていて、そういう人たちが集まった時に調和して、新しいものが生まれる。
そういう意味での子が活躍する、子が自立しているというか、私はこういうふうですっていうのを輪として表現している、そういう人が集まって作る社会に変わっていくっていう、そういう話だったんですけど、確かにそうだなって思いますね。
周りを見てみんながやるからやっていこうって、みんながやるようにやっていこうっていうのが、以前の古い昭和って言ってもいいし20世紀って言ってもいいと思いますけど、そうだったんですけど、難しいことは偉い人が決めるものみたいな。
私たちはそれについていくだけって、それが良しとされた時代、それがいい生き方でいい人だ、いい子だねって言われた時代が確かにあったんですけど、私も昭和35年の生まれですので、当然そういう空気の中で育ちつつ、でもなんか違うよねって思いながら、
私はまだこの一生を生きてきて、今63歳、もうじき64歳ですけど、もうこれで残り少ないのかなって思ってたら、どうやら昨今の流れでは、今時90歳ぐらいまでは元気だよって、年寄りだねって言われるのは100歳だよっていう話を聞いたんで、
口ではまだ寿命は30年って言いつつも、でも実際動けるのってあと10年ぐらいだろうなって私内心思ってたんですよ。
だって身の回りの70歳の人って、女は男についていくものだからとか言ってるじゃないですか。どうと思って、みんなこういう人たちが70歳なんだと思うと、まあ頑張れても70歳までかななんて思ってたんですけど、いやそうじゃないと。
この自分で自分のやりたいことを自分で頑張るっていう、自分で表現していく、自分でやっていく、実際に自分でやると。男の人に頼るんじゃなくて、自分でそれをやっていくっていうのが当たり前っていう、そういう生き方をしてる第一世代が私なんだ、私の年齢なんだと。
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1960年生まれなんだというふうに、こんな仮説を立てたら、とりあえず年上の人全員と話が合わなくても当然だし、年上の人全員と話が合わないからといって何も問題ないし、そして自分がその年になった時彼女たちのようになってない。
今の自分がそのままいくだけだから、ってことは70代になっても80代になっても、それこそ90になっても、今のこの流れだったらテクノロジーがいろんなことを補うので、
あちこちで歩けなくなったからとて発信力は失ってない可能性がありますよね、90歳でも。私今63だけどこうやって喋ってるじゃないですか。
家で自宅で自分のところのキッチンで喋ってるんですけど、何にも問題なくないですか。これがキッチンだろうがどこかのオフィスだろうが何の違いがあるっていうんでしょうか。
っていうようなことのもっとすごいバージョンがこれから始まっていくわけ。本当に始まるわけですよ。そしたら90歳の時の自分はどういう環境で生きてるかってもう想像もできないんですよね。
ものすごくこのAIのようなものが至るところに実装されているはずで、それが全員がそういう環境に暮らせているかどうかはこれからの社会制度次第と思いますけれども、可能性としては今より100倍ぐらい便利になっている可能性があるじゃない。
だとしたら90歳の私がまだこうして何かしらの活動をしている可能性は十分にあるし、それによって収入を得ている可能性も十分にあるし、だったら何を遠慮することがあるんだろうって。
今の70代の人たちのように私もなるっていうふうに頭から信じ込んでいる面があったんですけど、その認識は明らかに間違っているっていう。私はそういうふうにはならない。10年経ってもならないし、20年経っても30年経ってもならない。
私がなる80歳90歳は今のその人たちは違う人、年寄りだからって言って、はいはい年寄りは関係ないって言われてない可能性があるよっていうことですよ。
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そんな新しいイメージが浮かんだのは今日が初めてなので、ちょうどその東京の無限グループのダンスのね、そのLINEグループの雑談を見てて、時代が変わったらこの時代になるんだっていうような話を読んで、
あ、そうだよねって自分の人生も確かにそういうふうになってるなと思って、私が変わらなきゃって思ったけど違うんだ。時代が変わるんだしもう変わり始めてしまったと。変化が始まっちゃったと。もう元に戻すのは手遅れ。
それが確定するのが今年のこれぐらい、12月ぐらいには変化が、変化の始まりが終わるっていうか、そういうふうに書いてあったんですけど、何の情報かわかんないですけど、でも確かに今までは変わる変わるって言ってもどう変わるのかなみたいな。
今の自分を維持したままなんかふわっと変わっていくのかなみたいに思ってたかもしれないんですけど、今の自分っていうのがどんな自分かによりますよね。
70代以上の人はそのまんま、人生が終わるまでそのまんま行く可能性がありますけど、1960年生まれより若い人たちは、もしかしたら自分が思ってた親やおじいちゃんおばあちゃんのようにならない可能性が本当にあるっていうことですね。
ちょっとどんなふうに変わっていくのかなって楽しみになってきました。
本日は以上です。
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