1. ベテランジプ看 “いえのん" の 溌剌ラジオ
  2. なにかを手放すと違うものが入..
なにかを手放すと違うものが入ってくる
2026-09-18 14:48

なにかを手放すと違うものが入ってくる


---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/68f4457f71fa3adc9789e8a4

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:05
おはようございます。
看護師と漢方と私、今日は9月18日金曜日。
お天気は結構晴れてきました。
なんか太陽がね、あの、太陽の光がちょっと輝いている感じなんで、
いいお天気じゃないかなと思ってます。
さて今日はですね、
うん、あの、話そうと思っていることは、
今日はお話ししようと思っているのは、
えーとね、なにか、よく言いますよね。
こう、手放すとまた違うものが入ってくる、みたいなことを言いますね。
あの、まあ、エネルギーって、
まあ、自分の中に飽和しているとしたら、
それ以上入ってこない。
新陳代謝が必要なんですよね、きっとね。
で、自分のこの何かを手放していくと、また違うエネルギー、新しいエネルギーが入ってくるというね。
そういうことで、きっと、そうやって、
あの、自分自身をアップデート、アップデートしていくのだと思うんですけども、
まあ、何か一つのことをやり続けていても、
その中でももう、あの、もう、
手放していって、また違うものが入ってくるっていうようなことが、
きっとある。
あ、ある、ありますよね。
なんかこう、若い時は、
どんどんどんどん何でも吸収していったらいいかなっていうね。
なんか吸収力っていうのはすごいあるけれども、
まあ、年齢重ねていくと、
それが結構飽和したりするのかな。
どんどんどんどん蓄えていく人もいるのかな。
うーん、その容量っていうのが人によって違うのかもしれないですけど、
まあ、どちらにしても、
やったことがなくなるっていうわけではないので、
あの、なんだかの形でこう、
遺伝子というかね、その細胞に取り入れられてる感じはありますけど、
細胞じゃないかもしれないですね。
何かわからないですけど、
自分自身に取り込まれている記憶に。
そして、
それが、
物質的というか、
目に見える形というか、
エネルギーという形では、
どうもこう、
それ以上入らないっていうのがあるみたいでね。
で、
まあそれはこう、
何かこう手放すと違うものが入ってくるっていうね。
03:01
何が入ってくるのかっていうのは、
まあ自分が決めたらいいけど、
なんかおのずと向こうから寄ってきて、
寄ってきてというかね、
おのずとこう、何もせずとしても、
こう、迎え入れているっていうね。
なんかそんな感じもあるのかなって。
まあ、あれじゃないですか。
だから彼氏と別れて、
でもまた次、すぐ違う人ができるとかね。
何でもできない場合もありますけど、
それはそれでまた別のエネルギーが入ってたりとかしますよね。
なんか私の場合は、
今看護師してるんですけど、
やっぱ体のことがすごいこう、
体のことを勉強するっていうのがずっとやってきたことで、
で、その方法っていうのが、
西洋医学だけじゃなくて、
やっぱりその、
何ですかね、それ以外のもの。
それはなんかきっと看護っていうところだと思うんですよね。
看護って、本当に手と目で使って、
患者さんを癒していくと人を癒していくっていう、
そういう力があるんじゃないかなっていうことを信じていて。
で、本当に災害があった時とか、
それこそ本当に、
今なんか何が起こるかわからないって思ってるんですよ、私ね。
本当にその、
本当に天災だけじゃなくて人災というかね、
なんかそういうことで、
本当にこう生きて、生き延びていくためには、
何が必要なんだろうってね。
何もなくても生きていける。
そういうシミュレーションというかね、
そういうことをしていくときに、
やっぱり何もなくても人を癒せる力っていうのがあれば、
いいなっていうところが私の発端だったんですよね。
で、それが手を使う、手の身を使う。
そんなことでね、災害看護とかにもすごい興味があったんですけどね。
災害もね、災害看護という災害の現場に行くっていうこともあったんですけど、
自分が思っている感じではなかったですね。
やっぱり自分が思っている災害の時の生きて、生き延びるっていうのとは、
だいぶレベルが違ってましたけど、
私は本当に何かね、
06:05
何だろう、薬も何もないようなことをね、
若い頃は想像してたんですよ。
その時にどうしていくかみたいなことを考えてたんですよ。
でも、実際はいろんなCNBCの中に、
医療者も応援に来てくれるし、
医療を継続させるっていうね、
いかにそこを届けていくかっていうところなんですけどね。
それでも、やっぱりどちらにしてもね、
本当に何もできないって思う時っていうのってあるんでね。
そういう時にやっぱり、本当に人対人っていうか、
その関わりっていうことが、
すごい人と人との関わりっていうのが、
繋ぐっていうことをしてくれるのかなって思っていますけど、
まあ、そんなことで。
そう、なんかまあね、
そのペン、人を見るっていうことをしてきたわけですよ。
本当に手で、人を癒す方法っていうの。
それもね、
漢方もそうですし、
ポラリティっていうのもそうですし、
とてもすごい大事なものなんですけど、
いろいろこう、
考え方とか思想とか流派とかね、
そういうのがいろいろあってですね。
特に専用医学っていうのは、
本当に医学って本当に一貫したというかね、
それを学んで一貫したやり方っていうのが、
どちらかといってはあるけども、
東洋医学とかになってくると、
その人の腕とかね、
そういうところに重きというかね、
そこが患者さんを治す一つの大きな要素というか、
09:11
この先生にっていうね、
循環器内科に行ったら何とかなるとかじゃなくて、
この○○先生に見てもらったらっていうね、
そういうところが結構大きいと思うんですよね。
同じ流派の中でも、
系統的にはその同じ筋をたどってるんだけども、
やっぱりこう、
上の先生にはかなわないみたいな。
そういうのが色濃いというか、東洋医学の場合は。
その中で一人一人自分の経験なり○○を
積み重ねていくわけなんですけど、
その中で、
私も私の道を行ってるんでしょうね。
いろんな学びがあり、
なかなか難しいなっていうところがあってですね、
もうちょっとここは、
学びには時間を費やすの難しいなっていう感じになってきてたんですよね。
もうちょっと離れさせていただこうかなというところだったんですけど、
そういった言葉を伝えて、
そしてもうほぼすぐ、
まさかっていうところから、
師匠が現れるみたいな感じで、
すごい師匠が目の前に現れてですね。
ちょっと学びに行くことになったっていうね。
なんかそれがね、あまりにも不思議な経緯というか、
旦那さんがたまたま腰を痛めてですね、
それを紹介してもらった先生っていう先生が、
12:04
なんかもう私が、
私にドンピシャやったってことですよね。
そのまま弟子にしてくださいっていう感じでね、
お願いしたんですけど、
あれよあれよとまたその道に入っていこうとしていてですね。
なので、なんやろこれみたいな。
もうちょっと一回お休みしようかなっていうところだったんですが、
その間もなく体のことをまた勉強することになるっていう。
何に動かされているのか、自分がそうしているのか、
自分がそうしているんでしょうけど、
なんかそういうことですわ。
なので、人生って自分で動いているようで何か動かされているような気もしてね。
なので、自分が動かしているようで必要なものを何か自分に与えてくれているのかもしれないですけど、
それが自分には思ってはないことをやったりしますよね。
最近すごいあくびが出るんですけど、何でしょうか。
すみません。
ゆるい感じでいいかなっていうところ。
今日も一日が始まります。
実はちょっと頭が痛いですよね。
どうしようかなと思いながら、
いろいろちょっとぼちぼち、ぼちぼちといきたいと思います。
良い一日を皆さんもお過ごしください。
じゃあまた。
14:48

コメント

スクロール