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はい、では、いちです。今日も始めていきます。というわけで、まあ今日もね、ちょっと雑談からいきたいんですけど、で、今、まあちょっとね、ヨガの方に舵を蹴らせて、音声もね、撮らせてもらってるんですけど、まあちょっとそれも、なんかこう、違和感が残ってて、それが何かちょっとわかったんですけど、まあヨガのね、こう話、もうもちろんしていくんですけど、ヨガの話だけがしたいんじゃなくって、やっぱり日常、人生、生きてる中でも、まあいろんなことをヨガに変換できるよね、みたいなことですよね。
ちょっと新たに問いを、ヨガ的に考えるとどうかな、みたいなふうな問いとかも付け加えながらですね、いろんなことをね、話していきたいなというふうに思ってます。だから、ヨガの話だけするっていうわけじゃなくって、まあヨガの哲学とか、まあ仏教もね、好きなんで、そういう哲学からですね、レンズ、そういうレンズを使って世の中をね、見て話していきたいなというふうに思ってるんですけど、で、僕今ですね、あの、グリッドって言われてる、結構まあ高強度のトレーニングですね、
を、あのスポーツクラブのレッスンに参加させてもらってて、で、まあそれがですね、まあ30分のレッスンなんですけど、心拍数が180とか190とかに行くようなやつなんですよね。で、これって、まあ僕はこれもヨガだと思ってるんですよね。で、なんでかっていうと、まあヨガって自分の体と向き合ったりとか、自分の気持ちですね、感情とかと向き合ったりしていくんですけど、こういうまあ高強度のやつってしんどいって思った時に、
しんどいってね、結構ざっくりした感覚だと僕思ってるんですよね。それは、あの、すごく息が上がってきてもう動けないっていうふうに思ってるのか、筋肉が辛くてもうこれ以上動かせないっていうふうに思ってるのか、またまたその両方かとか、まああと筋持久力がきついのか、まあ瞬発力が足りないのかみたいな、
という風なところで、しんどいっていうのも結構ね、その、うーんと、まあ解像度が低いかなってしんどいっていう感想は。なので、これ、もう今しんどくて休みたいと思ってるけど、本当にもう動けないのかなって、まだちょっと動けるんじゃないかな、まだもう1回しっかり持ち上げることができるんじゃないかなみたいな、その自分の壁を越えていくみたいなことを練習してるっていうふうに思ってるんですよね。
なのでそれは、じゃあヨガかヨガじゃないかって言ったら、僕はヨガだと思うんですよね。なので、まあヨガのポーズをとるってことはヨガの中の一部でしかなくって、なので、まあヨガって結構8段階あるっていうふうに、まあそういうふうに書いた教科書があって、最初の1段階目は、まあやってはいけないことを、まあやらないように守りましょう、日常生活の中で守りましょうっていうところで、そういうところでね、摂肖とかあったりするんで、まあお肉を食べないみたいな人がヨガの中に多いっていうのは、
まあそういう影響があると思うん、あるんですよね。まあそれだけじゃないと思うんですけど、まあそういう影響もあって、なので摂肖はいけない、だから虫も殺しちゃいけないし、まあそういう豚肉とか牛肉とかは、もう動物をね殺してるんで、まあ食べないでおきましょう、みたいなふうになっていくと思うんですけど、僕自身は全然食べるんですけど、
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僕はですね、まあなんで食べるかっていうと、まあなんで食べるかっていうと、普通に生きてたら食べるんですけど、まあそういう教えも、教えを受けたわけじゃないですよ、そういうことも知ってる上でなんで食べるかっていうと、まあスマナサーラ長老っていう、まあ仏教の、まあ初期仏教ですね、教えてる、まあブッダが、まあブッダの考えに一番近いとされてる考え方ですね、まあ今のこの日常、日本の中の日常にある仏教と初期仏教、
ってかなり違いがあって、初期仏教ってまあ祈っても無駄ですよとか意味がないみたいなところとか、人生は苦しみであるみたいな、そういうまあちょっと面白い感じなんですね、僕それがすごく好きで、でそのスマナサーラ長老が言ってたのは、あの
あなたがお肉を食べなくても、世の中では毎日豚肉が、豚が殺されてて、それがスーパーに並んで、まあ豚だけじゃなくてね、お肉が並んでてっていうところで、
気にしても意味がないみたいな、どうせそれは毎日行われていくからっていうところ、であとはあのボボーさんていうかブッダとかもお肉食べないっていうんじゃなくて、
えっとその殺すことはしないですよね、もちろん、だけど例えば畜産農家の人とか昔だっているじゃないですか、そういう人がじゃあそのお坊さんにありがとうございましたって言って、まあ今のお坊さんもそうだと思うんですけど、そのお礼として持ってくる品、お供え物が
お肉だったらそれはちゃんと食べるらしいんですよね、だから実はお供え物でお肉持ってきてくれたらラッキーって思ってる人もまあたくさんいるかなと思ったりもするんですけど、まあそういうわけでまあそれは気にしても無駄っていうことをずっと気にするっていうのも仏教の中では悪だったりするんですよ、なのでまあ
確かにですね、まあ摂取は良くないからどうなんだろうっていうところもあるかもしれないんですけど、まあスーパーで並んでる肉を買うことも罪になるかと言われればまあそれは違うんじゃないみたいなことなんですよね、なのでまあそういったところで、まあでもそれもヨガなんですよね、だからそういうことをまあ考えてまあ人の時間を盗むとかね物を盗むとかっていうことをやってはいけないとかっていうところからヨガなんですよ、
なのでそのポーズを撮る撮らないとかっていうのはあんまり関係なくて、じゃあその話戻るんですけどグリッドですね、高強度のトレーニングをすることがヨガかどうかって言ったら僕はヨガだと思うんですよ、自分の体と向き合うとか自分の考えを向き合うとかまあ自分のことをまあちょっと一歩離れて見てみるこの感情は本当に無理なのかな、まだ動けるんじゃないかなとかしんどいっていうのは本当に解像度が低い感じかなというふうに思ってるんでじゃあまだ動けないかなっていうところを考えて
もっと動いてみるみたいなことを練習してるんですよね、それも練習だと思っててで やっぱりヨガのレッスンとか見ててももうなんかしんどい無理ですみたいな顔をしてる人っているんですけど
絶対にまだ動けるなっていうふうに僕は思うんですよ、なんでかというとねメンタルを超えて体を動かせる人って
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なかなかいなくて実際ですねメンタルのしんどいっていうその先に肉体的な本当の限界っていうのは来るらしいんですけどそれを乗り越えて体を動かし続けるっていうことです
まあ梶場の草地からみたいなものを常日頃から出せる人ってまあいないまあもちろんまあその本当に危機的な状況じゃないと多分出せないって思うんですよね
なのでその本当に普段のヨガのレッスンとかそういうグリッドの練習とかで思うのは僕たまに思って運動してるのは今津波が来てもお前は本当にここで休むのかと
後ろに津波に迫ってたらもっと走れるんじゃないかとかっていうふうに考えながらトレーニングしてたりするんですけどまあそれもある意味ヨガだなっていうふうに思ってやってるんですよね
なのでまあそういうところもですねそういう目線ですね世の中のこととかもいろんな自分の目線 考えたことを話していけたらなというふうに思っていますはい
でまぁそれそういうふうな方向で行こうかなとてそれって日常のことすべてがまあネタになるというか 発信になっていってそれを ai に加工してみ
8まあこの音声だったらそのまま ai は関係なく出してるんですけどじゃあそれを スレッツに変換したりストーリーに変換したりですね x に変えたりサブスタックに
変えたりみたいなところを ai にお願いすることによってまあ今までも音声でとってたんですけど まあ正直音声とったらもう
ストーリーズに音声取りましたっていうふうに流すぐらいが精一杯でそこからリール作るとか まあその音声で話した内容を連れてたり x なに投稿するっていうのもとてもじゃないけど
できなかったんですけど今それはね ai がうまいくその媒体に合わせてね切り取って あの編集して書き直してくれるんでまぁそれで
やっぱりそういうところから売り上げにつながったんかなとかっていうふうに思うので まあこれからもですねまぁやっていきたいんですけどでその ai の使い方今の
僕のこの自分の考えとかとかを話して ai に編集して出してもらうっていうのが多分今の ai の一番正しい使い方なんじゃないかなと思っ
ててその ai にいろんなことを聞いてそれを焼いてこうやって使えますよって発信するより かは今のこの形自分が話したいことを話してそれを ai にいろんな形に加工して
出してもらうというのが多分自分の中で一番しっくりする形なんかなというふうに思っ ててだその中で
ヨガの話だけするとかっていうのはまたそれも違うなっていうふうに思ったんで まあそういうグリッドとかいろんなことに絡めながらですねヨガの視点
まあ仏教の視点みたいなのを使いながらですね話していきたいなというふうに思って ますで
えっとそれで今日のえっと ai からのまあこんなことを話したらどうみたいなテーマなんです けど
体が硬いから無理ですって言われた時実際どう返してたかですねで まあこれはやっぱりねいろんなヨガをしてない人の中で興味があるけどっていう人も
多いしこのうんと悩みを持ちながらもヨガに来てくれた人もたくさんいると思います で僕もカーだ方かったんですけど僕の場合はですね
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それでなんでヨガに行ったかって言ったらもう予約しといたからっていうふうに言われた からはいっていう2つ返事でもうついていくだけみたいな形だったんでまぁそのように
興味があるとかないとか体が硬いとかそんなことは関係なくやりましたでやって まあそれでハマってまあ部活みたいな感じでね楽しくてハマって
インストラクターにまでなったんですけどなのでまぁ結論から言うとヨガ をするにあたって体が硬いとかはまあ関係ない
ですねまぁそれは自自自分の実体験として関係ないんですけどでもやっぱりねどういう ふうに返すかっていうふうに言われた時はヨガを
体が硬い人の方が楽しむ部分が多いんですよって体硬いところからまず柔らかく なっていくまあ
うーんとまぁ普段ですね体がの硬さが人並みより 人並み以下の硬さ人並み以上の硬さですかね
1より硬かった場合ですねそれが人並みになっていくだけでもうわぁ体柔らかく なったって喜べるしそっからさらに柔らかくなったらめちゃくちゃ
体硬かったのに柔らかくなったわーっていうふうに喜べるんですよでもともとや 体柔らかい人って
そのそっからの伸びってあんまり少ないじゃないですかって考えた時にじゃあ体が 硬い人の方がヨガを楽しめるし
痛いのを頑張って伸ばす頑張るっていうのはあの呼吸を止めずにですね まあその自分の体と向き合いながらここまであったら痛いなぁとかっていう
風なのと向き合いながらあのポーズを取るっていうこと自体がヨガなのでまぁ体柔らか くってやってもやっても伸びる
まだまだいけるみたいな人ってある意味こうヨガをしにくいポーズの方に執着しやすいん ですけど
体が硬かったらできない前提でまぁいつもより体が伸びたとかっていうところですね がまぁ楽しいっていう風になるんでまぁそれが
いいですよねで体が硬いからヨガ無理ですってよく言われるんですけど まあ硬い人の方が楽しめるんでそれがね
絶対 まあいいかなっていうふうには思うんですよ硬いからこそ楽しめる部分はもちろんあるで
これって何でも一緒だと思うんですよね 何々だから無理っていうのは僕はもう何を言ってるのかなっていうふうにちょっと
まあきつい方で言うと言うんですけどじゃあ例えばですね自転車を乗った時に最初 あの車輪ついてるじゃないですか補助輪ついてるじゃないですかで補助輪外すときに
補助輪外すとこけるんで無理ですって言ってたら 一生補助輪つけて走るんかっていう話になるじゃないですか
もちろんそれはこけてもおまけがするかもしれないけどやっぱりできないことにチャレンジ するっていうことがまあ人生のテーマとしては僕はすごく大切です
大切だと思うしそれはヨガにもつながるっていうふうに思ってるんですよねまぁそこまでね あの深い話をしてもですねまぁやっぱりあの体験できた人からしたらこの人何言って
んやろっていうふうになるかもしれないんでまぁ体が硬い方がまあ楽しめる 硬いところからあの人並みになるだけでも楽しめるんでまあそういったところね楽しみながら
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やっていただいて体硬いとか柔らかいっていうのは全然関係ないんでまぁ自分ができる ところまで頑張っていきましょうみたいな風にね話させていただいていますはい
そうですねまぁそんな感じで良かったね体 まあそういうには話させていただくんですけど体が硬いとか硬くないとかは関係ない
ですしヨガっていうのはそのポーズを取ることだけじゃないっていうところですねまぁ ちょっと思ってもらったらいいと思いますしヨガのポーズとってる時だけが
ヨガじゃないので別にヨガ興味ないし まあ別にポーズもとってないけどヨガをしてる気づいてないけどヨガをしてる人みたいなところ
人もいっぱいいるかなというふうに思いながらですねはい今日はね思っていきたいと思い 終わっていきたいと思いますというわけで今日も聞いていただいてありがとうございました