-
-
近藤淳也
IBUKIーステーション
近藤です。
石尾和貴
石尾です。
近藤淳也
IBUKIーステーションです。
こんにちは。
石尾和貴
こんにちは。
近藤淳也
会わせていただいてありがとうございます。
石尾和貴
はい。緊張しますね。
近藤淳也
はい。えー、ビッグゲスト回です。
石尾和貴
いや、全然です。
近藤淳也
はい。えー、今年のトランスジャパンアルプスレースで見事優勝された石尾和貴さんに来ていただきました。
石尾和貴
ありがとうございます。
いらっしゃいませ。
石尾和貴
はい。2回目ですね。
近藤淳也
あ、そうですか。2回目?
石尾和貴
あ、こちらに。
こちらで話させてもらうのが。
近藤淳也
大シガイチの報告会の時の。
石尾和貴
そうですね。ちょうど1年ちょっとぐらい前でしたね。
ですよね。
近藤淳也
はい。まさかこの部屋でやっていた報告会からトランスジャパンのあるチャンピオンが出るとは正直僕も思っていなかったと言ったら失礼ですけれども。
石尾和貴
いえいえ。
近藤淳也
はい。すごい嬉しくって。
石尾和貴
はい。
近藤淳也
私もあの時はそもそもまだ怪我が治ってなかったんで出場できるともあんまり思ってなかったんで、1年前の自分はびっくりしてるなと思いますね。
あ、そうですか。
近藤淳也
はい。
あの頃はね、大市さんも出るのかなとか。
石尾和貴
他にも早い。竹村君とか。
近藤淳也
竹村さんも出るのかなとか。いろいろそういう中で石尾さんどういう走りをされるだろうみたいなぐらいには思ってましたけど。
はい。
見事優勝されてということで本当におめでとうございます。
石尾和貴
ありがとうございます。
ちょっとタイムは前々だったんで、悔しい気持ちの方が強いところでありますけれども。
そういう感じです。
今日が9月の5日なので1ヶ月は経ってないですけど3週間ぐらい。
石尾和貴
ちょうど3週間経ったぐらいですね。
近藤淳也
ですよね。
石尾和貴
はい。
近藤淳也
スペースが終わってから3週間経ちますけど、いかがですか?体はちゃんと戻りましたか?
石尾和貴
戻ってないですね。
近藤淳也
戻ってないですか?
石尾和貴
戻ってないですね。
近藤淳也
どんな感じですか?
石尾和貴
やっぱりなんか真の疲労が取り切れてないなっていうのがありますね。
心の方では目標が定めてないっていうところはあると思うんですけれども、走るモチベーションがあんまり上がってきてないなっていうところですね。
近藤淳也
そうですか。
じゃあトレーニングとかもまだそんなに本格的には?
石尾和貴
そうですね。あんまり詰めてないですね。
1時間走ろうかなと思って30分でいいやみたいな感じとか。
奥さん全然運動しない人なんですけど、ちょっと去年ぐらいから私に刺激されててか時々走るようになってはきてるんですが、大会終わっての2週間奥さんが43キロ走ったかなって言ってたんですよ。
大浜海岸にいらっしゃった。
石尾和貴
そうですね。だいたい1日3キロぐらい走ってそれで十分だみたいな感じの人なんですけど、多分私よりも耐え変わってからの2週間走ってるんじゃないかなっていう。そんな感じですね。
近藤淳也
あれだけのことされたで別にしばらくゆっくりしてもいいと思いますけど、だって何年かけのっていうことでしょ?
石尾和貴
そうですね。ゆっくりしすぎて2週間で3、4キロ太っちゃいました。
近藤淳也
本当ですか?レース中は痩せたんですか?
石尾和貴
レース中はどうだろうな。多分そこまで体重減ってないんじゃないかなっていう。それなりにはしっかり食べてはいたので。
近藤淳也
じゃあ結構腹筋がうまくいってたんですね。
石尾和貴
だと思いますね。大シガイチの後の方が多分痩せてたと思います。
近藤淳也
なるほど。で、どうですか?他に変化はありますか?
石尾和貴
そうですね。やっぱり私自身、正直あんまり気持ちが大きく変わったってところはあんまりなくて、やっぱり周りの方が若干変わってるのかなっていう印象が強い。
周りが?
そうですね。それこそやっぱり今お話ししたように近いところで言えば奥さんもそうですし、奥さんの家族も私が走ってるのを刺激されて運動を始めたとかっていう話を聞いたり。
近藤淳也
それは石尾さんに触発されて自分を走ろうっていう方が周りに増えてるっていうことですか?
石尾和貴
そうですね。であったり、やっぱり一緒にトレーニングしてる人とか近しい人にお祝いとかをしてもらえたり、これからお祝いっていう機会が増えたりっていうところなんで、
私自身は一つ終わったなっていう印象でしかないんですけど、結構周りの方がいろいろと動いてくださってっていうところですかね。
近藤淳也
じゃあこれからもちょっとお祝い会みたいなのが予定されている?
石尾和貴
はい。いただく予定です。
近藤淳也
マルトで会社のランニング仲間の方々に会いましたよ。
石尾和貴
話されたんですか?
近藤淳也
はい。あのTJARコーナーみたいな休憩場所みたいなところで、なんか座ってる方がいて、僕たちも昼ご飯かなんか買って、そこ横でご一緒していいですか?とか言って、買い食いしてたんですよ。
そうしたら、ちなみに何人で来られてるんですか?って言ったら、石尾さんの会社の同僚で。
3人いらっしゃいました。
石尾和貴
そうですよね。わざわざ来ていただいてですけど、あの方々めっちゃ偉い方々なんで。
近藤淳也
そうなんですか。いや、なかなか、はい、あのお仕事っぽい話聞いたら、かなりのご活躍の感じというか、お忙しそうな、なんかちょっと隙間できそうだったんで、今ならいけるって言ってきましたね。
どんな仕事?
石尾和貴
いや、そうだと思いますね。お忙しい方々だと思いますね。
はい。ちょっと聞きましたよ、石尾さんすごいなっていう話を。
石尾和貴
あ、そうなんですか。全然ですよ、私は別に。
近藤淳也
いやいや。
石尾和貴
それはあれですか、会社でってこと?
近藤淳也
えっと、そのランニングクラブの中でも、やっぱりすごい石尾さん、一体どこであんなトレーニングしてるんだとか、仕事もしてるのにみたいな、おっしゃってて。
石尾和貴
いや、でもそれはもう皆さん多分、会社員の方とか、仕事持ってる方がほとんどだと思うんで、全然、はい、他の方と一緒です。
近藤淳也
はい、じゃあまあそういうお祝い会が、あの方々ともやるんですか?
石尾和貴
あ、そうですね。一応企画いただいてるんで、頑張っていただこうかなと思います。
近藤淳也
あとあれじゃないですか、そのメディアからの取材とかも殺到してるんじゃないですか?
殺到はしてないですよ。
近藤淳也
もう時の人じゃないですか?
石尾和貴
いやいや、本当私はもうモブキャラなんで。
近藤淳也
なんすかそれ。モブは優勝しないですよ。
石尾和貴
いやいや。なので、はい、しれっと、あの隠れながら。
近藤淳也
それはお断りとかもある?
石尾和貴
いや、えっと、ちょっと話せること話せないこともあると思うんですけど、取材はこの後何件かはい、いただく関係では。
近藤淳也
あ、そうなんですね。じゃあいろいろ何か記事とか読めたりもする。
石尾和貴
そうですね。
近藤淳也
かなっていう。
石尾和貴
はい、まあちょっと記事にできるかっていう問題あるかもしれないですけど。
近藤淳也
それはそうでしょう。あ、でも、まあじゃあこの配信は結構ね、割とまとまった分量では割と早めに出る方に。
石尾和貴
だと思います。
近藤淳也
なりそうですよね。
いろいろあの感想した方のね、ポッドキャストが出てくるんで、まあ多分石尾さんには多分一番先に声がかかるだろうから。
まあちょっと間に合わないというか、今度東京に行くタイミングでお願いしてもちょっと遅いだろうなと思ってたら。
石尾和貴
全然そうなんです。
近藤淳也
意外と出てこなくて、ポッドキャストまだ出てないです。
石尾和貴
ポッドキャストはないですね。私はもう全然そのなんか、ポッドキャスターと強い繋がりがあるわけないんで。
いや、ね、だからすごい嬉しいです。ちょっとこういう長いお話を伺える機会をいただきまして。
石尾和貴
いや、あの、IBUKIステーションが聞かせていただいてるんで。
近藤淳也
そうおっしゃっていただいて本当に嬉しいですけど、なんか奥様がこの振り返り会聞かれたっていう。
ああそうですね。あの、全然走ってる人でもないんで、今まで聞いてなかったんですけどやっぱり大会通して、
石尾和貴
まあIBUKIステーションっていうのを認知して、で、まあ大会の話とかを聞くようになって。
それこそ大会終わって1週間後ぐらいでしたっけ。で、なんか3時間ぐらいのそう振り返り会みたいなされてたじゃないですか。
はい。
あれを、あの、毎日。
毎日?
1回聞くだけじゃなくて、毎日聞いてて。
なんでそんな聞いてんのって。
近藤淳也
確かに。
石尾和貴
で、最初たぶん10分か20分ぐらいずっと、あの、近藤さんとか、かずみんとか、桑原さんとか、
あの、私の方を触れていただいてて、それがなんか気に入ってる。
で、ちょっとあの、近藤さんがなんか、私を指してるのかわかんないですけど、
なんか私って正直あんまりそんなしゃべるタイプでもないですけど、
なんか私はなんかそのなんか、黙々となんか目標に向かって頑張ってる姿がなんか好きなんですよねみたいなことをなんか覚えられてるかわかんないですけど、
近藤さんがなんかボソって言ったそのシーンが好きなのか、そこだけめっちゃ何回も聞きました。
近藤淳也
本当ですか。
はい。
え、じゃあ今日のことも話されました?
石尾和貴
話しました。
近藤淳也
なんか言ってました?
石尾和貴
あーだから勝手にちょっと、たぶん近藤さん許してくれると思うんで、一緒に行くとかって言って、
いやでもいいって言ってたんで。
近藤淳也
あーそうなんですか。
いや一緒にね、お話聞いてもいいぐらい。
あ、そうですか。
あの、ちょっと今日は。
いつも聞いていただいてありがとうございます。
いつもから僕が鬼リピしていただいて。
石尾和貴
鬼リピしますね。
近藤淳也
ありがとうございます。
石尾和貴
はい。
近藤淳也
あ、そうですか。
はい、いや僕あの、はい、石尾さんなんか気になる存在なんですよね。
石尾和貴
ありがとうございます。
近藤淳也
はい、なんかすごい興味があって、はい、お話したいなと思ってたんで。
はい。
でも、え、じゃあそうですね、その記事とかはこれからいろいろまた出るかもですけど、えっとその石尾さんご自身としては、なんか喪失感というか。
石尾和貴
はい。
近藤淳也
たまにね、あまりにも大きい目標をこう実現しちゃうと、ぽっかり心のに穴が空いたみたいな感じとか、ちょっとロスになったりとかはされる方もいらっしゃると思うんですけど。
はい。
近藤淳也
石尾さんはどうです?
石尾和貴
あ、そうですね、あのそういった意味だと、えっと正直あんまりそこはないっていうのが実のところですと、あの第1回、第1回っていうかその前回2022にも私出させてもらって感想をしたんですけど、その後の方がやっぱり達成感とか喪失感が大きかったなっていうふうに思ってます。
近藤淳也
へえ。じゃあ今回は今のとこまだ。
はい、そうですね、あのやっぱり前回はずっと何年間もそのトランスジャパン目指してて、で20211回ダメで、あのがっかりもしてて、で22出れてやっぱりすごい嬉しかったし、感想できたっていうのがすごい自分の中ではあの大きなところで、
石尾和貴
大会終わった直後はやっぱり達成感とかすごい満ちたりしてたところもあったんですね。でも今回はやっぱりもうただ感想だけじゃなくて、結構タイムを重視していたところがありました。でやっぱり目標としていたところに全然及ばなかったんで、正直あんまり達成感っていうのがそこまで、はい、今のところはないなっていうところですね。
近藤淳也
なるほど、じゃあやり遂げて喪失感というよりはちょっと失敗というか。
石尾和貴
そうですね。
近藤淳也
やり残した感じが残ってるっていう。
そうですね、やり残しっていうほどでもないんですけど、やっぱり全然まだまだ納得満足はできていないなっていう気持ちですね。
近藤淳也
まあじゃあそこが喪失感にはなってないっていう感じなんですかね。
石尾和貴
そうですね、はい。
近藤淳也
でもその次の目標はまだないんで、練習にちょっと気持ちが入らないみたいにおっしゃいましたけど、特に次は決めてない状況ですか。
そうですね、何かしら出たいなとは思ってはいるんですけれども、まあやっぱり秋のレースとかって結構もう締め切れが終わってたりもしてるんで、ちょっと年内は何か1個ぐらいは出たいなと思ってるんですけれども、まだそこまで大きな目標は決まってないっていうところですね。
近藤淳也
次回のトランスジャパンは。
石尾和貴
次回はそうですね、ちょっとまだ確定ではないんですけど、出れるなら出たいなという気持ちは一応ありますね。
近藤淳也
楽しみですね。ゴール地点で牧野さんが一緒に戦おうって。
石尾和貴
はい、ぜひ。
近藤淳也
もうなんか牧野さんがしおくんと戦うことを宣言しますみたいな。出る前提で話してましたね。
石尾和貴
そうですね、ぜひ。
多分競えるように鍛え直したいと思います。
近藤淳也
じゃあそこは出る可能性がありそうですね。
石尾和貴
やっぱり私結構怪我が多いんで、何もなくちゃんとトレーニング詰め、2年後トレーニング詰めしたらそこはせっかくの機会なんで、挑戦したいなっていう気持ちはありますね。
近藤淳也
じゃあそれも楽しみです。
ちょっとじゃあ振り返りというか、お伺いしたいんですけど、ちょっと大会の話は結構聞いてもいるんでというか、それもぜひ聞きたいんですけど、
ちょっともっと前から、僕ちょっと石尾さんご自身に興味があって。
石尾和貴
私は近藤さん自身にご興味があって。
近藤淳也
人に興味があって、もうちょっとだいぶ前から教えてもらっていいですか。
石尾和貴
いいですよ。
近藤淳也
じゃあ生まれるぐらいから。
石尾和貴
分かりました。
近藤淳也
どこでどう生まれた。
どこ生まれたってあれですかね。
石尾和貴
そうですね、私富山県出身で。
近藤淳也
そうなんですか。
じゃあスタート地点近い。
石尾和貴
そうですね、スタート地点は魚津っていう富山でも比較的東のエリアなんですけど、私は西のエリアなんで、車で1時間ぐらい離れてはいるんですけど、一応富山っちゃ富山で、なじみのある場所ではありますね。
近藤淳也
その後どう育ったんですか。
石尾和貴
でも私はもう普通にずっと地元の普通の公立の、というか公立しかないんですけど、公立の小中とか行って、でも結構活発なタイプだったんで、基本遊びとかは家の山裏とかでみんなで遊んだりとか、近所の神社とかでカンケリしたりとか、
泥系って言うんですかね、地域によって呼び方違うかもしれないですけどやったりとか。
近藤淳也
じゃあ結構自然環境というか、割と自由にどこでも遊べるような場所だったんですかね。
石尾和貴
そうですね、もちろん時々ゲームとかもやったりはしてたんですけど、結構近所の子供と一緒にそういう風に走り回ってみたいなことが多かったですね。
近藤淳也
お生まれが何年でした、今37?
自分は今年37になったんで、平成1年生まれですね。
近藤淳也
平成1年って、1989です。
89年、なるほど、はい。
で、学校はクラブとか入られたんですか。
石尾和貴
そうですね、最初、ほんとちっちゃい時に少しだけサッカーもやってたりしてた時もあったんですけど、基本的には野球その後やりまして、小学校の間野球やりました。
で、中学校上がるタイミングで、足もまあまあもともと早かったんで。
近藤淳也
短距離、長距離。
石尾和貴
両方それなりに。
なので、小学校の時に、実は小学校6年生の時かな。
校内のマラソン大会でも結構順位で走りしてたんで、ちょっと他の小学校の子たちとも競いたいなと思って、各地でなんとかマラソン大会みたいなのあったりするじゃないですか。
そういうのにちょっと出てみようかなって思って、小6の時に初めて出たのが、魚津であった。
近藤淳也
魚津。ここで魚津って。
石尾和貴
そうなんですよ。魚津新キロマラソンっていうのが、今あるかわかんないですけど。
近藤淳也
新キロマラソンってあるんですね。
石尾和貴
結構新キロが有名な土地なんで、っていうのに出て、結構走れて、結構やっぱり自分ってその長い距離とか、他の学校の子たちとも競えるんだなとかっていう自信とかにもなって。
近藤淳也
それは優勝ですか?
石尾和貴
いや、全然そこまでではなかったんですけど、入賞ギリできるかなぐらい。
近藤淳也
でもね、別に陸上の練習してたとかじゃなくて。
石尾和貴
ではないですね。
近藤淳也
いきなり出てってことですよね。
石尾和貴
そうですね。もちろんそれがなんていうんですかね、選手権とかそういうわけでもないんで、なんか近所のいろんな子たちが集まるみたいな感じ。
近藤淳也
でもたまにいるでしょ、その練習してるちゃんと陸上クラブみたいな入ってる子とかもいるじゃないですか。
石尾和貴
そうですね。
近藤淳也
そういう中でってことですよね。
石尾和貴
はい。っていうのを小6の時に3つぐらい出たのかな。
で、大体そんな感じで他の学校の子たちも競えるなと思ったんで、中学校上がるタイミングで野球でもずっとやってたんで、野球やるかちょっと陸上やるかっていうのを結構悩んで、両方とも強い学校ではあったんですけど、
やっぱりちょっと野球の方が楽しかったんで、野球やるかってことで、中学校まで野球を続けてました。
近藤淳也
そうなんですね。
石尾和貴
でもちょっと高校上がるタイミングで、野球は結構もうお腹いっぱいで満足だったんで。
近藤淳也
そうなんですか。ちなみにポジションは何だったんですか。
ポジションは外野で、センターとかレフトとかが多かったかなっていうところですね。
近藤淳也
でもお腹いっぱいになったんですね。
石尾和貴
そうですね。結構厳しいところだったんで。
自分ちょっとあまり団体行動が得意じゃないんで。
近藤淳也
そうですか。それは辞任があったんですか。
石尾和貴
辞任がありますよ。
近藤淳也
中学校の時から。
石尾和貴
中学校の時から。
近藤淳也
でも少年野球とか、中学校の野球部ってなると一番多分チームプレーを求められるっていうか。
石尾和貴
そうですね。
近藤淳也
なんか上下もありそうだし。
石尾和貴
そうですね。そこまで上下関係とか厳しくはなかったんですけど。
結構中学校で野球はやりきったっていうか、十分かなと思ったので。
高校上がるタイミングでは今度陸上をやろうかなと思って。
近藤淳也
ちょっと個人競技の方に。
石尾和貴
個人競技の方で陸上をやったってところですね。
近藤淳也
それは長距離ですか。
石尾和貴
中距離でした。
近藤淳也
800とか。
石尾和貴
800ですね。まさに800やりました。
近藤淳也
僕も中学校は800でした。
石尾和貴
そうなんですか。
近藤淳也
800とか1000とかね。
中距離。
石尾和貴
そうなんですね。知らんかった。
近藤淳也
ちなみにそれは新学校。
石尾和貴
そうですね。地元の方では割と新学校の部類には入るかなってところですね。
近藤淳也
勉強とクラブはどれくらいの真面目さで。
石尾和貴
10ゼロで勉強がゼロで。
近藤淳也
あれ?ゼロ?
勉強がゼロで部活が10でやってました。新学校でしたけど。
近藤淳也
じゃあ相当頑張って走ってた。
そうですね。だから異質だったと思いますね。
石尾和貴
高校入って一番最初のテストで未だに覚えてるのが、
私は新学校に入ったんで一応勉強求められてるんですけど、
なので担任もやっぱり結構そういうタイプであったんですが、
一応陸上部の顧問の先生だったんですね。
私がもう陸上しかしてなくて、それでいきなりクラスで最下位の点数だったんですよね。
あんた最下位だよ。
顧問なんですけど、勉強しっかりやるか部活辞めるか選びなさいみたいなこと言われて。
近藤淳也
勉強しっかりやるか部活辞めるか?両方勉強やるしかないじゃないですか。
部活頑張れはないんですか。
どうしたんですか?
石尾和貴
いやでももう、とりあえずどっちでも頑張るんだよみたいな感じで。
近藤淳也
実際は?
石尾和貴
実際は結局そのままずっと底辺を争いながらっていうような高校生活でしたね。
近藤淳也
でもそれぐらい陸上打ち込んでたんですね。
そうですね、もうずっと、やっぱり陸上が面白かったっていうところがあるんで、
石尾和貴
やっぱり陸上ってタイム伸びると面白いじゃないですか。
で、高校から始めたっていうこともあるんで、最初のうちやっぱり結構タイムが伸びだしたんで、
石尾和貴
面白いなっていうふうに。
近藤淳也
結構高校は新学校だけど、高校校だったんですか?
石尾和貴
いや全然、全くですね。
顧問も一応ついているけど、全然練習来るわけでもなく。
近藤淳也
じゃあもう本当にご自身でただ高みを目指してみたいな?
石尾和貴
そうですね。
近藤淳也
他の部員さんは真面目にやってたんですか?
石尾和貴
それはもちろんモチベーションは人それぞれではあるんですけど、
先輩とかで結構競合の中学とかから出身の先輩とかも何人かいたんで、
その方々が基本メニューを考えられて、
だからいい練習はそれなりにはできてたかなっていう印象ではありましたね。
じゃあ割と自主的っていうか、生徒が自分たちで自主的にやってるクラブっていう感じだった?
そうですね。生徒主体でやってました。
で、時々練習会、他の高校とかの練習会とかに混ざって、
専門的な先生に教えてもらうみたいな感じではあったんですけど、
基本的には生徒主体でしたね。
それはどれぐらいの成績まで?
石尾和貴
いや全然ですよ。
私はインターハイ目標にずっとやってたんですけど、
県でギリ入賞できるぐらいで、
一応入賞できたら、次のステップの北信越大会っていう。
近藤淳也
日本海グループみたいな感じなんですね、そこは。
石尾和貴
5つの県で、富山県、石川県、福井県と新潟、長野の5つ。
近藤淳也
長野もついてるな。
石尾和貴
その5県の入賞者が集まる、ブロック大会という風によく呼んでるんですけど、
括りで言えば関東みたいな括りです。
一応そこには行けたんですけど、全然やっぱり勝負になってなくて、
普通に予選で落ちて、全然全国には届かなかったっていうところです。
近藤淳也
それは800で。
石尾和貴
800で。
ちなみにどれくらい?
石尾和貴
いや全然。
近藤淳也
2分切るんです。
石尾和貴
いやいやもう全然、大したことないんで。
まあそんぐらいです、でも。
近藤淳也
2分ぐらい?
石尾和貴
はい、そんぐらいで全然タイムは大したことなかったです。
近藤淳也
いやいやいや。
あーすごいな、はいはい。
じゃあそこで県の入賞ぐらいまで行かれていって、
はい。
近藤淳也
で、どうなったんですか?
石尾和貴
そうですね、で、結局部活しかしてなかったんで、
引退した後はみんなと一緒に受験勉強とかしてたんですけど、
やっぱりすごい手遅れというところが。
近藤淳也
それいつ頃からですか?
3年のインターファイの予選も行ったんですか?
引退予選とか県大会も。
石尾和貴
3年生の最後引退したのが、北神一大会っていうブロック大会が6月にあったんで、
3年生の6月に引退しましたね。
近藤淳也
あー一緒ぐらいだ、僕も。
石尾和貴
そうなんですか。
近藤淳也
僕は三額競技ですけど、高校はワンゲル部で、
で、一応県予選は通って、東海大会のインターファイ、
インターファイ、1位がインターファイ行って2位が東海大会行くみたいな仕組みだったんです、登山は。
で、東海大会が6月ぐらいにあって、それでなんか部活一応引退みたいな。
東海で勝ち上がって、インターファイっていうブロックじゃないんですか?
じゃないんですよ。
石尾和貴
そうなんですね、もう県で決まるんですか?
近藤淳也
県で、そうですね、登山は三重県は少なくともそうでしたね。
石尾和貴
そうなんですね。
近藤淳也
で、1位でインターファイ目指してたんですけど行けなくて、東海大会でした。
石尾和貴
そうなんですね。今もそれって変わんないんですか?
どうでしょう、そんな。
近藤淳也
もう、え、何年前?30年ぐらい前の話なんで、ちょっと今どうなってるかは。
石尾和貴
そうなんです。
近藤淳也
分かんないですけど、東海大会は弓寄り岳っていう、256の手前の。
そうですよね、聞いたことありますね。
近藤淳也
で行って、北アルプスだったんですけど。
石尾和貴
それって毎年場所は固定されてるんですか?
近藤淳也
どうでしょうね、東海なんでその岐阜が入ってるから、たぶん、
しんほう高尾線から会場にしてやってるんだと思うんですけど、
近藤淳也
ずっと同じ感もちょっと分かんないですけど。
石尾和貴
なるほど、いい場所ですね。
近藤淳也
そうなんですよ、東海はね、やっぱり山がちゃんと。
石尾和貴
確かに。
近藤淳也
でも、ま、富山もそうですけど。
石尾和貴
富山、山だらけですか。
近藤淳也
じゃあ6月頃に引退されて。
石尾和貴
引退して。
近藤淳也
どうなったんですか?
石尾和貴
いやもう手遅れだな。
なので結局やっぱりそれからも一応勉強したんですけど、
石尾和貴
もう間に合わないなと思ってもう浪人する前提で。
浪人。
石尾和貴
で実際浪人することになったっていうところですね。
近藤淳也
ちなみにその公立の新学校ですか?
石尾和貴
公立の新学校ですね、というよりも。
近藤淳也
そのアタック私立があんまりない?
石尾和貴
いやあるんですけど、富山県と言いますか大体どこの地方もそうかもしれないんですが、
やっぱり私立より公立の方が強いですよね。
近藤淳也
見えに似てる気がします、いろいろ。
なんかお話しかたってると近いなっていういろんなものが。
石尾和貴
だと思いますね。
近藤淳也
なんかね、近い気がしますね。
石尾和貴
基本的には中学生はみんな公立に進むもんだっていう前提があるんで、
ずっと公立、公立、公立でいきましたね。
近藤淳也
じゃあ受験はしたけどうまくいかなかった?
そうですね、行きたいところあったんです、結局全然及ばず。
石尾和貴
結果としては1年間浪人することにしたっていうところですね。
近藤淳也
次は希望通り行ったんですか?
石尾和貴
そうですね、一応次のところは1年間浪人の間はそこはしっかり勉強して、
一応行きたいところには行けましたと。
ただ1日、何だろう、毎日10時間ぐらいは勉強してたんですけど。
近藤淳也
やり方が極端。
石尾和貴
そうなんです、だから私すごい極端でやること、もう一つこれ決めたらとにかくそれにしかやらないみたいな感じ。
近藤淳也
1日10時間?
石尾和貴
10時間とかぐらいだったかなって思います。
浪人中ずっとですか?1年間?
そうですね、浪人してるんで。
近藤淳也
でも10時間って、例えば朝の9時から始めても7時でしょ?
昼ご飯とか食べたら8時じゃないですか?
そんな感じ?
石尾和貴
逆にそうですね。
他に何もやらなくていいじゃないですか。
近藤淳也
そうですけど、継続っていうか、1年それやり続けるのは結構なパワー。
石尾和貴
めちゃめちゃストレスでしたね。
近藤淳也
そりゃそうでしょ。
それは自宅でですか?予備校とか行ってたんですか?
正確に言うと一応地元の大学には行ったんですよ。
近藤淳也
入学してるんですか?
石尾和貴
入学はして、ちょっと少しだけ。
近藤淳也
仮面浪人?
いわゆる仮面浪人で。
親は、あんたの行きたいところはそんな浪人してもいけないし、そもそも1年間も耐えられないよって。
石尾和貴
だからせっかく受かったんだったら、その大学でもう4年間待っとしたらいいんじゃないみたいな感じで。
一応行かせてはもらってたんですけど、自分としては行きたいところがあるからということで、大学通いながら受験勉強をし直すみたいな感じでしたね。
近藤淳也
大学も行ってた?
石尾和貴
大学も行ってました。
近藤淳也
で、10時間勉強したんですか?
石尾和貴
そうですね、ちょっとあんまり言い方よくないですけど、大学も最初のほうはあれじゃないですか、上手く、なんていうんですかね。
授業に出れればOKみたいなところがやっぱり。
近藤淳也
だけど時間の確保っていうか、あるし誘惑も多いじゃないですか、いろいろ。
みんな周り楽しそうに。
石尾和貴
楽しそうにやってましたけど、あんまりでもそこは私、惹かれなかったですね。
近藤淳也
10時間毎日、それはまたあれですか、プラン組んでこうやってこれだけやるとみたいな。
石尾和貴
でも、何月には何とかの教科でB判定とかC判定が取れるようにしたりとか、そういうのはおぼろげにはありました。
けれども、なんかもう毎日10時間やれば、何て言うんですかね、絶対それ以上、何て言うんだろう、10時間やれば絶対大丈夫だろうっていう。
近藤淳也
まあ、そんだけあれやね。
石尾和貴
量で自信を尽きるみたいな。
近藤淳也
なんていうかその、予備校行ってない?
石尾和貴
予備校は一応申し込みはして、ちょろっとだけ行ってみたんですけど、なんかもう自分で勉強した方がいいなって思って、
結局もう行かずに、自分でずっと過去問とか問題集とかを1年間ひたすら解いてましたね。
近藤淳也
その、何て言うんですか、自分でプランを立てて、自創する力っていうか、
どうでしょう、浪人する人って、やっぱり予備校行かないと不安とか、なんか自分のやり方だけで1年過ごすってちょっとやっぱり怖いっていうか、
一旦ちょっとかわいじく申し込もうかみたいな。
近藤淳也
なんかそうなると思うんですよね。
そこが多分自分のやり方でやれるって思うには、結構多分自分のやり方への自信というか、
自創できる自信がないと結構難しいと思うんですけど、その力、いつの間にそんな。
石尾和貴
そうですね、自創できる自信っていう言い方になるといい表現、なんですか、耳当たりがいいんで、
でも自分の中ではっていうよりも、なんか誰かに指示されて動きたくないっていう気持ちの方が強いんで、
石尾和貴
だからさっきお話しした、団体行動が苦手っていうところってちょっと近いかもしれないんですよね。
近藤淳也
それはどっから生まれてるんですか、その、何て言うか、自立心と言いますか。
石尾和貴
そうですね、やっぱり自分で考えて動いた方が面白いし、なんかやる気が芽生えるっていうところかなっていうところですね。
まあでもそれこそ、ルーツをたどると、さっきお話しした高校時代とか結構自分で考えてるやつっていうところと近いかもしれないですよね。
近藤淳也
子供の頃とかの遊びとかも関係して。
石尾和貴
いやでもなんか自分の中であんまりその印象はないですけれども、結構親がいろいろ口うるさい人なので、
私結構やっぱり反発をしてたタイプなんで、いや自分でできるわみたいな。
近藤淳也
はいはい。
石尾和貴
だからそういうところはあるかもしんないですね。
近藤淳也
じゃあどっちかっていうと反面教師で。
石尾和貴
反面教師で。
いろいろ言われて反発しながら。
石尾和貴
言われて、いやでもそんな言われなくても自分でできるからっていうことで、自分でいろいろやってたところが今も続いてるんかもしんないです。
だから今も反抗期ですね。
近藤淳也
今も反抗期。
石尾和貴
今も反抗期なんですか。
今も反抗期ですね。
近藤淳也
それはもう幼い頃からですか。
石尾和貴
中学ぐらいからなのかな。
反抗期がみんなの反抗期がずっと私だけずっと続いてるみたいな感じですね。
近藤淳也
ちなみにご兄弟はいらっしゃいますか。
石尾和貴
姉がいますね。
近藤淳也
お姉さんはどんな性格ですか。
同じく反抗してるんですか。
石尾和貴
いやそんなことないと思いますけど、姉の方はもっと協調性が高いかなと思います。
近藤淳也
逆に比較されたとか親から。
石尾和貴
いやそれも性別が違うんでそれはあんまりなかったかな。
近藤淳也
あなたもお姉さんみたいにこうしなさいよみたいなのに反発してたとかではない。
石尾和貴
はないですね。
なるほど。じゃあそういう言われて逆に反発で自分のやり方でやるみたいなのに寄っていったというか。
石尾和貴
寄っていったかもしれないですね。
近藤淳也
でもそれがじゃあ見事身を結んで大学。
大学はどちらだったんですか。
あんまり言ってないです。
石尾和貴
結構スポーツの強い国立大の方に行きました。
それも結局やっぱり自分の中ではずっとスポーツっていうか高校時代にやっぱり陸上すごい一生懸命やってて、
一人でずっとやってたところがあったんでそれは楽しかったんですけどやっぱり競える環境でやりたいなっていう気持ちが強かったんで、
スポーツの強い大学に行こうってことでそこに飛び込んだって形ですね。
近藤淳也
じゃあかなりやっぱりスポーツへの気持ちっていうのは。
浪人で1回ね多分あんまりスポーツしてないと思いますけど、それでもずっと継続してて。
石尾和貴
もうそれしかモチベーションなかったですね。
だからその浪人の1年間はもう全然走らない、走れないけれども大学行ってまた走れればいいやんっていうふうに思ってたんで、
浪人の時の1年は勉強しかしてなかったですし、もうストレスがやばかったんで20キロ太りましたね。
近藤淳也
で?浪人で?浪人中に?
石尾和貴
浪人中に20キロ。
近藤淳也
20キロ太ったんですか?
はい。
近藤淳也
1ヶ月に1キロでも12キロですよ。
石尾和貴
そうです。
近藤淳也
もっと。
石尾和貴
正確に言うと半年で20キロ増えました。
近藤淳也
6ヶ月で20キロ。1ヶ月で3キロずつ増えていく。
石尾和貴
はい。
近藤淳也
すごいですね。1週間で1キロ。
石尾和貴
1週間で1キロぐらいですね。だからなんていうんすかね、高校とかに浪人中高校とかに一応内進書っていうんすかね、手続きに必要な書類とかもらいに行った時とかに、高校1年生だった谷野先生と廊下ですれ違った時に、気づいてないんですよね。
近藤淳也
体型違いすぎて。
石尾和貴
体型違いすぎて。で、後で、お、別人じゃんみたいな。
近藤淳也
そうなりますよね。ストレスで。
石尾和貴
はい、ストレスで。
近藤淳也
すごいな。なかなか激しいですね、いろいろと。
石尾和貴
はい。
近藤淳也
結構むちゃくちゃしますね、ほんと。
石尾和貴
むちゃくちゃしますね。むちゃくちゃ、むちゃくちゃだと思いますね。
近藤淳也
いやー、すごいわ、はい。
石尾和貴
で、それじゃあ、その、スポーツが結構強いっていうか本格的にできる大学っていうのは、もう1回陸上選手として活躍しようとしてたっていう。
まあ、正確に言うと全然実績はなかったんですけど、そういう強い環境に飛び込んで、やっぱりいろいろ学びたい。
で、その学んだことが競技成績のプラスになるんで、それで競技成績を高めたいっていう気持ちが強かったっていうところですね。
なので、大学自体ももうやっぱり部活一遍等な生活を送ってましたっていうところです。
近藤淳也
じゃあ、その体育会っていうのかな。ちゃんとした陸上部に入って、また選手をやり始めたっていう。
石尾和貴
そうですね。
近藤淳也
感じですか。
20キロ太った体で。
石尾和貴
20キロ太った体で。なので、それも入って、なんかまず痩せようっていうところから。
近藤淳也
そっからですよね。足痛めますよね、そんなんで。
石尾和貴
そうですね。なので、やっぱりそれもあって、体重もありましたし、やっぱり1年間走ってないブランクもあったんで、
もう走り出していきなりもう怪我してて、1年目の夏ぐらいまでずっと、なんて言うんですかね、エアロバイクって言うんですかね。ずっと走らずに。
でも、それでもやっぱり痩せてくんですよね。
まあまあ、ストレスもなくなって。
石尾和貴
だから、もう1週間に1キロ痩せるみたいな形で、ほんと。
だから、私はまあ引き続き中距離やってたんですけど、短距離ブロックとかの同期に、久々に会った時とかに、
え、なんか別人じゃん、また。別の日では別人になってんじゃん。
近藤淳也
また今度痩せまくって。
石尾和貴
夏休み、大学の夏休みって1ヶ月か2ヶ月あるじゃないですか、が終わって、
えっと、なんて言うんですかね、その学部が一緒だった人とかに1、2ヶ月ぶりに会ったら、え、逆に何があったの?みたいな。別人じゃん、みたいな。
近藤淳也
そりゃそうでしょうね。見た目が違いすぎる。
石尾和貴
見た目が違ってて、はい。
近藤淳也
一旦、増えた20キロまた戻して。
石尾和貴
戻してっていう感じで、はい。
てな感じな、でしたね。
近藤淳也
で、その後どうなったんですか?
あ、そうですね。で、やっぱり環境としてはすごい恵まれた環境で、周りのレベルが高すぎるんじゃないかっていうぐらい高かった。
石尾和貴
で、やっぱりなんて言うんですかね、スポーツ研究とか科学にやっぱり力を入れてる大学でもあったんで、
やっぱり色々学べるところはすごいプラスになって、あ、面白いなっていうような環境で、3年間、4年間やってました。
ただやっぱり、えっと、怪我がすごい多かったんですね、はい。
石尾和貴
もう半分ぐらいは怪我してたんじゃないかなっていうぐらい。
近藤淳也
高校時代はあんまなかったですか?
高校時代はあんまりなかったですね、はい。
近藤淳也
じゃあ大学の時に結構怪我は?
そうですね、やっぱり強度が高かったんだろうなっていうのが今振り返ると、はい、でした。
石尾和貴
そこをうまく自分がコントロールできなかったっていうのが一番の今思うと反省であったんですけど、結局怪我続きだしたし、
もともとにやっぱり才能面っていうんですかね、実力面的なところもやっぱり足りてはなかったっていうところも大きいんですけれども、
実績残すことができずに終わったっていうような大学生活でしたね。
近藤淳也
じゃあその戦績というか大会の結果とかもそんなに?
石尾和貴
全然ですね、はい。公式戦も結局出られなかったんで、自分としてはやっぱりすごい残念な4年間だったなっていうところですね。
近藤淳也
高校のベストは更新したんですか?
石尾和貴
いやちょろっと更新したぐらいだったかな。
そんな。
全然ダメでしたね。
近藤淳也
それはちょっとショックじゃないですか。
石尾和貴
はい、まあ覚悟はしてたんで、まあ仕方ないかなっていうところですね、はい。
近藤淳也
なるほど、じゃあそんなね、ちょっとスポーツ専門のところに行って、どうなるかと思いきや割と怪我に苦しまれた感じで。
石尾和貴
そうですね、やっぱり苦しかったっていうか辛い期間のが長かったですね、はい。そんな、そうですね大学生活はそんな感じでしたね、はい。
で、どうなったんですかね。
石尾和貴
そうですね、で、ちょうどそのなんて言うんですかね、トランスジャパンの話につなげるならば、
ちょっと大学4年生の時にやっぱり成績も全然ダメで、モチベーションが落ちてたんですね。
で、その時にはもう自分の中ではダメだな、ダメだったなとかって思いながらも、なんかある日たまたま見た何かの記事でトランスジャパンの記事、トランスジャパンを紹介してる記事をたまたま見たんです。
近藤淳也
そこでそんな出会いが、4年生の時に。
石尾和貴
4年生の本当夏の引退間近の時で、引退間近の時とはいえやっぱりもう何も目標がないんで、すごいモチベーションが下がっててっていう時だったんですよね。
で、ちょうど自分の4年間って全然ダメだったなとかって振り返ってる時にその記事見て、距離が415キロっていう、なんて言うんですかね、すごい壮大さ、距離がすごい想像できないような異次元さであったり、
日本海から太平洋をつなぐっていうスケールの大きさが面白いなっていうのと、あとやっぱりスタート地点がウォーズっていう、自分にとって馴染みのある場所っていうところもすごい惹かれて、
まっすぐじゃないけれども、やっぱり走るっていうところが不完全燃焼だったんで、やっぱり何かしら社会人になっても何か目標を立てていきたいなっていうのはおぼろげに、そういう時は思ってて。
近藤淳也
それは誰の記事というかいつ頃の。
石尾和貴
2012年だったんで、たぶん望月さんを紹介した記事だったと思うんですけれども、ほんと何かヤフーニュースか何かのスポーツランとかでポンってたぶん出てきたの。
近藤淳也
じゃあ雑誌読んだとかでもなく普通にネットのニュースとかで。
石尾和貴
ネットのニュースっていうかコラム的な感じだと思うんですけど、だから結構皆さんこの大会目指すときってNHKの放送見てとかそういう方が多いと思うんですけど、
自分はそれでたまたま知って、いつかこういう何ていうんですかね、走るだけじゃなくてやっぱりいろいろありそうだなと思って、面白そうな大会だなと思って、いつか出てみようっていうふうに大学4年生の夏に思ったっていうのがこの大会を目指したきっかけになります。
近藤淳也
そうなんですか、じゃあその時点でもう出てみようだったんですね。
石尾和貴
そうですね、その時はいつか出てみようっていうぐらいなテンションで思ってました。
山はやってたんですか。
石尾和貴
山は全くやってなかったです。
近藤淳也
それで思えます?
石尾和貴
だからこそかなと思って、やっぱり自分は陸上競技でただ走ることだけを突き詰めてダメだったから、走るだけだと多分足りないっていうか何て言うんだろうな、走るだけだと多分いろいろ物足りないところがある、足りてないところがあるから、いろんな複合要素が組み合わさるとまた何かしら面白いチャレンジになるんじゃないかなと思って。
その山もやってない、22歳とかの時に。
石尾和貴
そうですね。
近藤淳也
すごい、なかなか出れるイメージがわからない人が多いと思うんですけど、最初。
いきなり出る想定で。
石尾和貴
出るというか、いつか出れたらいいかなぐらい。
そうなんですね。
石尾和貴
その時はまだ22、23で若かったんで、出場者見ると結構若くて30代とかだったと思うんで、もうこれなら別に30歳とか40歳とかで目指すなら全然まだまだ余地はあれじゃんって思って。
その時は別に何年に出たいっていうの全くなく、いつか出れたらいいかなぐらいで思ってたって感じですね。
近藤淳也
でも救いっていうか逆に良かったですね、次の目標というか。
石尾和貴
そうですね。
その時には社会人になったらちょっと山とかも始めてみようかなとかっていう感じでしたね。
あとあれですね、それと2013年に、その時社会人1年目だったんですけれども、結構自分情熱大陸が好きで。
たまたま見てた情熱大陸にヤマケンさんってわかります?
ヤマケンさんが出て。
100マイルレース出たやつが放映されましたよね。
石尾和貴
ヤマケンさんが出てた回で、もうそれがやっぱりすごい自分の中で印象に残ってて、すごいヤマケンさんってやっぱ楽しそうに走られるじゃないですか。
そのヤマケンさんが出てた情熱大陸のレース、アンドラだったと思うんですけど、景色がすごい良くて。
走るだけってやっぱり自分の中で苦しいもんだとは思ってたんですけど、そうじゃなくてそういう景色とかも楽しみながら、いろんな困難に立ち向かうっていうのが面白そうだなと思って。
その時にトレイルランとかもちょっとやってみたいなとか、山もちょっと面白そうだなって思ったっていうのもありましたね。
近藤淳也
じゃあ情熱大陸のヤマケンさん特集がトレイルランとの出会い。
石尾和貴
出会いみたいな感じでしたね。
近藤淳也
そうなんですね。
ちなみにお仕事はどうやって決まったっていうか、どうしたんですか。
石尾和貴
そうですね、ちょっと仕事の話をするといろいろそれだけでめちゃめちゃ時間かかっちゃうんで。
ざっくり言うと大学卒業した後には1年間ちょっと日本で働いてたんですけど、自分ずっとちっちゃい時から海外で生活したいなっていう気持ちがあったんで、
社会人2年目から3年間ほどちょっと海外で日系企業なんですけど、国で言うとシンガポールになるんですが、シンガポールにちょっと3年間ほど住んで生活してたっていうような。
そうですか、英語はできたんですか。
石尾和貴
いや全然ですよ。
全然話せないんで、だから日系企業なんで周り基本日本語喋れる方が多かったんで、そこあんまり不自由がなかった、不自由はありませんでしたね。
近藤淳也
じゃあ海外赴任のある会社を選んで。
石尾和貴
正確に言うと現地採用みたいな感じですね。
前のところ一回やめてっていう感じで。
近藤淳也
どうでしたシンガポール。めっちゃ高いでしょいろいろ。
石尾和貴
高いですね、でも多分今ほどではなかったと思うんですけど、日本と生活費は変わんないぐらいじゃないかな。
近藤淳也
そうですか、車がバカ高いでしょ。
石尾和貴
車がバカ高いですね。なんかそもそも車を買うための権利が、知ってます?
近藤淳也
なんかなかなかもらえないですよね。
石尾和貴
そうそうそうそう、なんかちっちゃい、東京23区と同じ大きさの国なんで、そこでみんなが車持つと交通麻痺し落ちちゃうんで、そもそも国が車を持っていい数を制限してるんで、その車を持っていい権利みたいなのが何百万、いくらだっけ、500万とか600万とか、多分今もっと高いと思います。
近藤淳也
車の値段以外にね、権利で500万とか。
石尾和貴
それぐらいみたいな感じですよね。で、そっから最後に車買うってなると、もう多分同じぐらいの金額かかるっていう。
近藤淳也
でもなんか税金とかが少なくていいんじゃないですか。
石尾和貴
そうですね、面白いところですよ。自分ちょうどいたとき、シンガポールが建国50周年のタイミングだったんですけど、それをお祝いして、別に外国人であっても、税金半分になってます。50周年だから税金半分っていう。
近藤淳也
意味わからんけど。
石尾和貴
今の日本だと絶対考えられないよ。
近藤淳也
まあまあそうですよね。
石尾和貴
すごいですよね。
近藤淳也
まあ結構ね、わりとトップダウンっていうか、いい意味でなんかすごい早いっていう意識設定が、そういう国って一緒ですけど。
石尾和貴
なかなかダイナミズムで面白い国だなと思いましたね。
近藤淳也
発展も著しいと思いますけど。
石尾和貴
そうですね。
近藤淳也
どうでした、シンガポール生活は。
石尾和貴
そうですね、やっぱりなんていうんですかね、その時にシンガポールはちっちゃい国なんで、そこまで満喫できるところは限られてるんですけれども、他の国とかいろんな国にアクセスしやすかったんで、時々休み取れるときには東南アジアとかの国をいろいろ回って、
観光とかも楽しめたかなっていうような感じの3年間でしたね。
石尾和貴
ただその間は全然走ってもなかったんで、あんまり太ることはなかったんですけれども、ちょっとその社会人1,2,3,4年目は走ったりすることはもうほぼなかったような、そんな感じの生活でしたね。
ただまあ、頭の中でいつかトランスジャパンには出てみたいなっていうのがおぼろげにあったぐらいとかですね。
近藤淳也
なんかね、F1があったりとか、中に浮いたプールの。
石尾和貴
はいはい、ホテル、マリナベイサンズ。
近藤淳也
ベイサンズか、あった頃ですか、その頃は。
石尾和貴
そうですね、はい。
植物園とか、こんなんばっかりですけど。
石尾和貴
はい、ありますね、なんか年々いろんなものが建てられたり作られたりしてますよね。
近藤淳也
はい、その辺ももう建ってた頃。
石尾和貴
もうありましたね、はい。
私も何年だ、何年ぐらい行ってないのかな、7,8年?8,9年ぐらい行ってないのかな。
だからきっとたぶん今私がいても別な国になってるんじゃないかなって。
近藤淳也
そうですかね。
石尾和貴
思いますね、はい、面白い国ですよね。
近藤淳也
カジノもあるし。
石尾和貴
そう、カジノもありますよね。
近藤淳也
カジノはしました?
石尾和貴
カジノしました。
あ、そうっすか、勝ちましたか?
石尾和貴
いや、負けました。
そんなにそういうのははまらない?
石尾和貴
そうですね、たまに現地の知り合いと遊びに行くからぐらいで、行ってたぐらいで。
あそこあれなんですよね、外国人お金かかんないんで。
で、入場料無料なんですけど、入ったら飲み物無料なんですよね。
あ、ちょっと喉乾いたねって言ったらカジノ入って。
近藤淳也
フリードリンクの場所として?
出るみたいな。
近藤淳也
なるほど。
石尾和貴
そういう使い方としては間違ってますけど。
近藤淳也
じゃあそれで、1回海外行ってみたかって言ったって言ってシンガポール行って、3年ぐらい行って教えました?
石尾和貴
3年間ぐらい、そうですね、行って、一応任期と言いますか契約期間が終わったんで、
一旦そこで海外住み体力もなくなったんで、日本戻って生活するかって。
近藤淳也
それはおいくつぐらいのときですか?
石尾和貴
それは何歳だろう、28ぐらいかな。
近藤淳也
じゃあ結構20代の真ん中ぐらいのときに海外で仕事されて。
石尾和貴
そうですね。
で、日本戻ってまた新しく仕事見つけないといけないんですけれども、一応働いて少し貯金ができたんで、
やっぱ今しかできないことやりたいなって思ったんで、ちょっと世界一周したいなって。
欲が、欲というか願望が昔からあったんで、もう今はしようって思って。
で、そうですね、ちょっと半年間、一年近く世界中を旅してたっていう。
近藤淳也
一年世界旅したんですか?
石尾和貴
はい。
近藤淳也
え、すごい。何それ、どういう旅ですか?どこ行ったんですか?
石尾和貴
そうですね、世界一周航空券っていうのが。
ありますね。
石尾和貴
知ってます?
近藤淳也
一周のチケットですね。
石尾和貴
一周飛べるってやつがあって、スターライアランスかワンワールドグループかっていうのがあって、
私ワンワールド系の、日本で言うとJALですけどの方を選んで、いろいろ細かいルールがあるんですけど、
それを活用して世界中を本当、航空券の名前通りぐるっと一周したっていう感じですね。
降りられる国が何個かあるんですよね、っていうか。
石尾和貴
はい、エリアによって決まってて、まず最初に東回りか西回りかっていうのを、
まあちょっと今どうなってるかわかんないんですけど、東回りか西回りかっていうのを選んで、
私はどういうふうに言ったんだ?西回りなのかな?
アジアとかヨーロッパ方面に向かっていく。
近藤淳也
太陽が。
石尾和貴
あ、そうですね、太陽と同じ。
近藤淳也
地点の反対方向に。
石尾和貴
そうですね。
で、特に行きたいなって思ってた国が4つあって、
イスラエル、イスラエルは国かどうかっていうの色々あるんですけど、
イスラエル、アイスランド、あとは国じゃないんですけど、イースターとキューバの4つには行きたいなと思ってて、
で、やっぱりいずれも結構アクセスが難しいところだったんで、
もうここは、社会人だったらそんな簡単に行けないじゃないですか。
だからもうそこは絶対回ろう、時間があるうちに回ろうって思って、
プラスその周りの色んな国を挟むような形でちょっとプラプラ旅してたっていう。
近藤淳也
その4つはなんでですか?
石尾和貴
やっぱなんか惹かれるところがあったっていうところですかね。
イスラエルはやっぱり色々紛争とかもあるじゃないですか。
一方でやっぱり歴史とか文化もあるところなんで、神秘的なところなんで、行ってみたいなっていうところと。
近藤淳也
結構歴史とかは好きなんですか?
石尾和貴
そうですね。
他、なんかめっちゃ強い関心があるかっていうとそうでもないかもしれないんですけど、やっぱりせっかくなんでっていうところ。
近藤淳也
せっかくなんで。
イスラエル、アイスランドは?
石尾和貴
アイスランドはやっぱり自然がすごい壮大ですよね。
近藤淳也
綺麗って感じですね。すごく景色が。
石尾和貴
アイスランドはほんと期待以上でしたね。
近藤淳也
そうですか。何がですか?
石尾和貴
やっぱ自然がとにかく雄大ですね。
それこそ、まだその旅してた時は本格的に山とかトレーラーやってたわけじゃないんですけど、
なんか私結構飽きやすいんで、1回行ったところとかは何回も行きたいなとかってあんまり思わないんですよね。
大会とかも何回も同じ大会出たいなってそんな思わないタイプなんですけど、
アイスランドはやっぱり山とかを知った今だからこそ楽しめる別の、きっと楽しみ方があるんだろうなって思う。
石尾和貴
アイスランドはまた行きたいなってめちゃめちゃ思いますね。
近藤淳也
全然人とかいなさそうですけどね。
石尾和貴
そうですね。すごい自然が雄大で、あそこはまた行きたいなっていうところですね。
近藤淳也
あと何だ?キューバ?
石尾和貴
キューバは時間軸が全然違うじゃないですか。やっぱり鎖国してる国なんで、厳密には鎖国してないですけど、
あとは私結構芸人のオードリーが好きなんで、芸人のオードリーの若林がキューバに一人旅していて、
その話がすごい面白くて行ってみたいなと思って行ってみたっていう感じですね。
近藤淳也
面白かったですか?
石尾和貴
面白かったですね。ちょっとキューバでもいろいろあって、これも話すとたぶん時間くらいかかるんで。
ざっくり言うと何なんですか?
石尾和貴
ざっくり言うと、
近藤淳也
危ないこと?
いや危ない、なんて言うんですかね。やっぱりそういう人間らしい、本当の人間らしさに触れられる国だなって思います。
石尾和貴
やっぱり文明が栄えてないと、人間ってこういう感じなんだなっていうのが、何ですかね。
良くも悪くも本当に人間のエゴを感じられるっていう。普通にやっぱり失礼とかもあるんですよ。
例えばキューバ行くときとかに一応機内で荷物預けるじゃないですか。基本漁られた状態で出てくるんですよ、荷物が。
近藤淳也
飛行機から?
石尾和貴
飛行機というか受取りのときに。たぶんやっぱり検査官の人とか、たぶんやっぱり何か良いものないかなってたぶん盗んでると思うんですよ。
とか、自分はその現地で出会った日本人の人と一緒に行こうとしてたんですけど、やっぱりローカル感味わいたいんで、観光客が乗らないようなローカルバスとかに乗って移動してたんですけど、
そう、もう早速普通に、自分じゃなかったんですけど、その相方の人がすられてたりしてたり。
と思いきや道に迷ってたらめっちゃ親切に教えてくれるんですよ、道を。
だから文明進んでないっていうか、なんていうんですかね、やっぱり人間らしさってこういうところにあるんだろうなと思って。
近藤淳也
ちょっと待って、それをポジティブな捉え方をしたんですね。
石尾和貴
そう、だから純粋に英語でやっぱり人が何か良いものを持ってるんだったらそれが欲しい。
だから盗むっていう人間らしさも感じるし、困ってる人がいるんだったらそれを本当に助けるっていう。
石尾和貴
で、それ別に何人もの人が助けてくれたんですよ。
だから本当に人間が困ってたら助ける。別にそれに何か見返りとか求めるんじゃなくて、純粋に多分親切心として人間を助けたいという気持ちは多分やってくれてるっていう。
正善説も成り立つし、性悪説も成り立つっていうのが人間なんだなっていうのを感じれた国ですね、キューバは。
近藤淳也
それがポジティブな印象というか、怖いとか知恵の悪いとかじゃなくて、生の人間を見たっていうか。
石尾和貴
生の人間を知れる国で。
近藤淳也
人の願望通りの動く人間を見たみたいな。
石尾和貴
そうそうそうそう。面白いですね、キューバは面白い国だなって思いました。
近藤淳也
え、あそこは今は社会主義?
石尾和貴
社会主義だと思いますね。
近藤淳也
ですか?鎖国してるんですか?
石尾和貴
なんかアメリカとの関係があれなんで、アメリカ以外からいろいろ輸入してるかもしれないですけれども、社会主義なんで、だから簡単にやっぱり日用品とか買えないんですよね。
近藤淳也
そういう状態なんですね。
はい。
近藤淳也
まあそこは、そういう人が。
石尾和貴
面白い国ですね。
近藤淳也
生の人間がいる。
石尾和貴
生の人間か。だから、なんだかんだシンガポールにいたときもそうなんですけど、全部で今のところ私50カ国ぐらい回ったことがあって、
近藤淳也
すごい。
石尾和貴
かといって一つ一つがそんななんか長く入れてるわけじゃなくて、ちょろっとしか見れてない国とかもあるんで、なんかそんな簡単には言えないんですけど、
なんか結構、なんて言うんですかね、どこの国が良かったとか、なんかお勧めどことかって聞かれると、紹介するのはやっぱりアイスランドかキューバーをよく紹介しますね。
近藤淳也
そうですか。
石尾和貴
自然が好きだったらアイスランドですし、人間らしさを感じたいんだったらキューバー。
近藤淳也
キューバー。なかなかレベル高い感じはしますけどね、聞いてると。
石尾和貴
お勧めですよ。
近藤淳也
そうですか。
石尾和貴
で、ちょっと私の話ばっかりになってあれなんですけど、大会の方に絡ませるならば、実は前々回優勝者のカイトウさんも結構そういう冒険心がある方で、
ご自身のなんていうんですかね、インタビュー記事とかでも東南アジアかな、インドでなんかいろいろ冒険してたみたいな話とかもありましたし、
前回優勝されてたドイさんも結構これもご自身が話されてることなんでいいかと思うんですけども、結構ドイさんも一時期東南アジアとかいろいろ回られてたっていうこともあるんで、
実はそういう共通点はあったりしますね。
近藤淳也
なるほどね。
石尾和貴
冒険心がある方がやっぱりこの大会で出られる方が多いっていうところかなって思いますね。
近藤淳也
なるほど。
何か繋がるものがあるのかもしれないですね。
石尾和貴
だからきっと次優勝する方もそういうこと。
近藤淳也
海外の。
石尾和貴
海外で航路旅をしてる方が。
近藤淳也
行かない場所に行く。
ちなみにイースター島が残ってるのか、イースター島どうだったんですか。
石尾和貴
イースター島はやっぱりアクセスが難しいっていうところがあるんで、そういうやっぱり簡単に行けないところも行ってみたいなと思って行ったのと、やっぱり結構有名じゃないですか。
近藤淳也
あそこは人住んでるんですか。
石尾和貴
人住んでます。
近藤淳也
住んでる。
失礼しました。
石尾和貴
いやいや。
近藤淳也
国はチリ?
国はチリです。
近藤淳也
チリか。
石尾和貴
イースター島もやっぱり行ってよかったなって思いました。
イースター島って言うと皆さんやっぱりモアイとかの印象が強いかと思うんですけど、普通に海も綺麗ですし、あとはカルデラ。
石尾和貴
結構綺麗なカルデラがあるんですよね。
結構行った人皆さん言うんですけど、モアイよりこのカルデラの方が全然いいじゃんみたいな。
近藤淳也
そうなんですか。
石尾和貴
すごい綺麗なカルデラがあって。
近藤淳也
火山島なんですか。
石尾和貴
火山島なのかな。
だから南米の人なのかヨーロッパなのかまではちょっと覚えてないんですけど、結構そのバカンスの場所でもあるっぽいですね。
近藤淳也
そうなんですね。
石尾和貴
面白いところですね、イースター島が。
近藤淳也
じゃあまあそうやって1年回ってたんですか。
石尾和貴
1年弱ですね。
近藤淳也
すごいですねそれは。
なんか本書けそうじゃないですか。
石尾和貴
いやでもなんて言うんですかね、いろんなやっぱり人はいますけど、私は別にそこまで危険なことはできないんで、もう無難な。
近藤淳也
いやいやいやもう行ってる場所がそもそも。
石尾和貴
やっぱりやばい人たくさんいますよ。
近藤淳也
もっと攻めるってことですか。
石尾和貴
そう、攻めたりやばい経験してる人たくさんいますよ。
近藤淳也
なるほどね、海外でね。
石尾和貴
海外で、でもまあその時は本当に、本当自由で、ストレスの、今日何食べよっかなぐらいしかストレスなかったんで、いい生活でしたね。
近藤淳也
ちなみにその、まあちょっとなんて言うんですか、集団行動苦手って教えましたっけ、野球って教えましたけど、旅の時は結構喋る方ですか、他の旅行者の方とか現地の人とか。
石尾和貴
まあまあまあ別に全く無口っていうわけではないんで、はい、必要に応じては全然、自分から話しかけることはそこまでないんですけど、
てかまあやっぱり旅なんで一応警戒心はあるんで、なかなか難しいところであるんですけれども、この人大丈夫かなって思ったら、まあ仲良くなったりすることはあったりはしましたね。
近藤淳也
じゃあそのさっきの例えば、キューバで生の人間を見たっていうのも、ちょっと引いて観察してるような感じなんですか。
ところがあるかな、はい。
なんか絡んで行ったりはしない?
そこまでかな、はい。
近藤淳也
そんな感じのスタンスですかね。
石尾和貴
そんな感じですかね。
けど普通にヒッチハイクとかもしたりはしてましたけどね。
近藤淳也
そうですか、結構入り込んでますね。
石尾和貴
はい、そうですね。
近藤淳也
なんか意外なんですよ、その。
石尾和貴
本当ですか。
近藤淳也
その、いや、ほんと石代さんのその、ちょっと静かなタイプっていうか、でその黙々と一人で走る陸上とかがあってるかなっていうのと、
いきなりその海外行ってその、なんていうんですか、ちょっと野蛮なっていうか、みたいないきなり入ってて、
ね、ヒッチハイクしたりとかその現地の人といきなり交流し始める石代さんっていうのと、
そんな、なんていうんですか、人との距離感が近いんだか遠いんだかっていうか。
どうなんすかね、やっぱり雰囲気とか時とか場合によるっていうのが一番だとは思いますけど、
石尾和貴
やっぱりヒッチハイクとか困ったからもうしゃーないかみたいな感じのぐらいのテンションでやってたりしてるぐらいですし。
結構人間がお好きなんですかね。
石尾和貴
どうすかね、はい、別に嫌いではないと思います。
なんか別に他の人、なんていうんですか、黙々とやってるっていうのはまあその通りではあるし、
静かっていうのもそうなんですけど、別に私が喋るよりもなんか他の人が喋った方が全然その場にとってプラスだなって思ってるから、
まあ別に喋る必要ないかなぐらいなテンションってはい、いるだけです。
近藤淳也
おしゃべりは好きですか?
石尾和貴
別に嫌いではないですよ。
だけど他の人が喋った方が別にいいと思う。
近藤淳也
常にそう思ってるってことですか。
石尾和貴
常にそう思ってます。
だから今もう11月1日に感想者、感想じゃない、対外出場者の報告会が予定されてるじゃないですか、
私はもうスピーカーじゃなくて傍聴者でいきたいなって思ってるんですよ。
なんで、なんでですか。
石尾和貴
いやだって別に私が喋ると他の人の時間を取ってしまうわけじゃないですか。
近藤淳也
いやいやいや、みんな優勝者の話を聞きたいでしょ。
石尾和貴
いやいやいや、だから私はあの、ひっそりと参加者の方で、参加者というか傍聴者で参加したいなって思って。
近藤淳也
いやあの、何ゴール後のインタビューでも、あの普通の人間なんで放っておいてくださいみたいなこと言ってませんでした。
石尾和貴
そんな感じですね。
近藤淳也
なんて言ってましたっけ。
石尾和貴
ああいや、なんか別にそんななんか廃止立てられるような立場でもないなって思ってるんで、
なんかひっそり、こういう人も居たねえぐらいでいいかなって思って。
そうだよ、わかった。山とかで会った時に、トランスジャパンの優勝者っていうのでね、やっぱり皆さんもあの石尾さんだってなると思うんですけど、
近藤淳也
そうですね。
そういうのが何ですか、特別視されたくないと。
石尾和貴
そうですね。
近藤淳也
そういうことですか。
石尾和貴
特別視は、別に過去、歴代の方々もそんな特別視されたいっていうのは多分そこまではないとは思うんですけど、
別に私なんかそんなすごい実績がある人でもないでしょ。
いやいや、実績が、すごい実績を作っちゃったからですね。
全然ですよ。なので、なんか自分で満足できればいいかなって思ってるんで。
だから、報告会もちょっと正直あまり行きたくないっていう。
近藤淳也
行きたくない。
石尾和貴
ちょっと言ったらダメって言われたって。
まあ、そりゃそうですよ。あれは基本必須なんでしょ。
石尾和貴
必須ではないとは思うんですけど、
一応選択権はあるんですか。
なんかちょっと実行委員の下に、ちょっと行かなくてもいいですかって言って。
近藤淳也
言ったんすか。
石尾和貴
いや、まあ、ちょっと来てねえって。
近藤淳也
まあまあね、そりゃ主役ですよ、そりゃ。
じゃあ、例えば北アルプス歩いてて石尾さんに会ったとしたら、
どういう振る舞いが一番正しいとか嬉しいですか。
あの石尾さんだって、例えば僕が歩いてて思ったとするじゃないですか。
石尾和貴
いや、そもそも私はバレないように。
バレないようにっていうのも変ですけど、
私は認知されないようにしてるんで。
だから、それこそなんて言うんですかね。
まあ、これからは分かんないですけど、
基本、やっぱりトランスジャパンって知ってる人は知ってる大会じゃないですか。
だから、別に優勝してなかったとしても、
石尾和貴
過去出場してるっていうだけでも、
アルプスとか行って、登山者に声かけられる人って結構いるんですよね。
でも、私全然声かけられないんですよ。
近藤淳也
えー、なんで。
石尾和貴
でも、もう声かけられたくないんで、
基本もう帽子かぶってサングラスとかしてるんで。
バレないようにしてるってこと?
石尾和貴
バレないようにしてるし、
まあ、別にもともと日焼けとかもしたくないんで、
そういうスタンスっていうのもあるんですけど、
基本、私声かけられないし、
たぶん来年とかの宿題やってもたぶんそんな感じなんで、
たぶん誰も私に気づかないんじゃないかなっていう。
近藤淳也
あ、じゃあ顔を見せないようにしてるんで、
気づかないようにしたいし、
あんまりそういうふうに言われたくない?
あー、そうですね。
石尾和貴
まあ、もちろんなんか声かけられたらそんな無限にはしないですけど。
近藤淳也
えー、僕が例えば、あ、一緒さんって言ったら。
石尾和貴
はい。
近藤さんならもちろん、あ、近藤さんって。
それはもう世間話すると思いますけど。
近藤淳也
じゃあファンはファン。
ファンですか。
石尾和貴
ファンか。
近藤淳也
石代さんが好きな人がいっぱいいるんですよ。
はい。
いや、いないです。
近藤淳也
北アルプス歩いてたらいるんですよ。
これがいるんですよ。
石尾和貴
いないです。
近藤淳也
いるんですって言ったとして、
いるんですけど、
えー、北アルプス歩いてました。
はい。
あ、サングラスしてるけど石代さんだって分かったとするじゃないですか。
石尾和貴
はい。
近藤淳也
振る舞いとして一番正しいのは何ですか?
石尾和貴
えっ、誰ですかって。
誰ですかって。
近藤淳也
そうなんですか。石代さんですよねって言っちゃダメ。
誰ですかって。
もう声かけないで欲しいってこと?そういう時も?
石尾和貴
まあ特殊な場合にも言いますけど
なんか例えば山頂で他に人いないとかならば全然そこはどうもみたいな感じかもしんないですけど
なんかなんて言うんですかね
石尾和貴
例えば立山の山頂とか他に人がたくさんいて
でなんか全然他の人が全然知らないようになんかあそこだけなんか妙に盛り上がってるねみたいな
なんかあんまり好きじゃないんで
近藤淳也
その騒ぎになっちゃうっていうか他の人も気づいて集まっちゃうみたいなの?
石尾和貴
集まっちゃうのもそうですし集まらなかったとしても
なんだあれみたいになんか思われるのはあんまりなんかそんな望んでないんで
近藤淳也
あの人有名な人なの?みたいなのがあんまりってこと?
石尾和貴
あんまり別にそんなすっごい嫌っていうわけではないんですけど
なんか平たく言うと
なんて言えばいいんですかねちょっと表現が難しいですけど
なんか自分にとってそこまでプラスになることでもないじゃないですかっていうところで
近藤淳也
えーだけどその声かけてもらったら嬉しいっていう人も
石尾和貴
あーもういますね
近藤淳也
いると思います僕は嬉しいですよ
石尾和貴
あー本当ですか
近藤淳也
はい
石尾和貴
すごいっすね
近藤淳也
えーだって近藤さんですかって声を入れたらえなんで僕のこと知ってるんですかって
あ本当ですか
近藤淳也
え思いませんか
あーいや自分は思わないっすね
近藤淳也
全然思わないんすか
石尾和貴
思わないっすね
えだって自分のことを知ってもらってるってそもそも嬉しくないですか
石尾和貴
あーそこが多分違うかもしんないですね
近藤淳也
全然思わないっすね
石尾和貴
全然なんも思わないっすね
えーなんで
なんも思わないところかいやもう自分のことは別に知らなくて大丈夫っすよって
近藤淳也
なんで今日来てくれたんすか
石尾和貴
あーいえいえ
近藤淳也
逆に
石尾和貴
いやいやいや
はいまあいろいろ思うことあるんでって
近藤淳也
え思うこと
石尾和貴
あーいえいえって言うとすごい意味深な表現ですけど
まあなんか別にそんななんか知られたいっていう欲望はそこまでないんで
近藤淳也
あーいや欲望まあ欲望なのか
石尾和貴
はい
近藤淳也
欲望なのかな
石尾和貴
まあちょっといろいろ変な表現になってるかもしんないですけど
近藤淳也
えーそう思うようにしてるとかじゃなくて本当に特に
石尾和貴
特にない
近藤淳也
嬉しいと思わない
石尾和貴
嬉しいはないですね
近藤淳也
えー
石尾和貴
はい
近藤淳也
あそうですか
石尾和貴
はい
近藤淳也
僕は欲にまみれてるんかな
嬉しいというかなんか恥ずかしいっていう気持ちが強いかもしんないですね
近藤淳也
恥ずかしい
石尾和貴
はい
しなんかやっぱりなんて言うんですかね
自分を多分認知してくださるってなったら
まあ一応トレランとかもやってるんで
でも自分ってそんなトレランで実績があるわけでもないんで
そんな自分なんかを認知してもらってるってのは恥ずかしいっていう気持ちが強いんで
近藤淳也
ふふふふ
石尾和貴
ですかね
近藤淳也
はい
うーん
石尾和貴
そんな感じですね
近藤淳也
いやーこれは山で会った時ほんと難しいな
石尾和貴
あほんとですか
近藤淳也
はいあのいやまあ僕はいいよって言ってもらったんであれかもしれないですけど
このリスナーさんは
近藤淳也
これは本当に山で会ってあれ石尾さんだってわかった時どうしていいのか
ほんと今わからなくなってると思う
なるほど
石尾和貴
でもそれは面白いですね
近藤淳也
あそうさせたい
石尾和貴
っていうちょっと天の弱心あるんで
ふふふふ
近藤淳也
そうですか
石尾和貴
はい天の弱なんで
近藤淳也
なるほど
いやちょっとそのミステリアスなところがちょっと魅力だと思うんですけど
近藤淳也
まあじゃあ海外世界一周に戻ると
世界一周じゃあそんな感じでいろんな国行って帰ってきたら
そろそろ仕事みたいな感じだったんですか
石尾和貴
そうですね正確に言うとあの
まあ私前職が公務員だったんですよね
で公務員ってやっぱり公務員試験とかが
終わって採用されるっていうのが一般的で
石尾和貴
実はもう世界一周の旅出る前に公務員試験でもう内定とかもらった段階で
もう夏ぐらいには内定もらっててただ働き始めるのが春なので
それでしばらく時間ができたから
じゃあその次も決まってるしっていうことで
1年近くちょっと放浪してたっていうのが
近藤淳也
じゃあその世界一周の後に公務員になられた
石尾和貴
そうですねもうその就職する前月ぐらいには一通りやりたいことを終えて
公務員をしてたっていうところですね
近藤淳也
何系の公務員
石尾和貴
普通にいわゆる観光庁でそんななんていうんですか特殊な
結構大会出られてる方消防の方とか多かったりしますけど
全然私は普通のよくある
なんですかね独自サービスとかやるような
近藤淳也
行政
石尾和貴
行政ですね一般的な観光庁のところで働いてましたね
そうなんですね
石尾和貴
でそのタイミングで日本に戻ってきたんで
そろそろトレランも始めるかっていうと
ついに走り始める
石尾和貴
一応オオロギにあったんでそろそろトレランとか山とか始めて走り始めるか
っていうのが思っててちょっとやってたんですけど
そう思ったらコロナに入って大会とかも全然なくなっちゃったみたいな感じでした
近藤淳也
でも結構もう最近ですね
そうですねはい
近藤淳也
じゃあ結構その走り始めというか
割と最近のことなんですね
石尾和貴
そうですね
コロナぐらいからってことですか
石尾和貴
コロナちょい前ぐらいから走り始めたですかね
そんな最近のことなんだ
石尾和貴
はい
近藤淳也
はいはいはい
石尾和貴
ですね
近藤淳也
でそこから2022
え?
2022
石尾和貴
が完走してるわけですよね
そうですね
本格的にそれこそ山を始めたのが2019ぐらいにULを始めて
でもやっぱその時はほんと全然何も知識がなかったんで
近藤淳也
山小屋に遅く着いて怒られたって言ってましたね
石尾和貴
そうですねそういうこともありましたね
まぁ遅くって言ってもそんななんか土深夜ってわけではなく
まぁ6時ぐらいに着いて
まぁちょっともう少し早く来ないとダメだよみたいな
そういうところから座ったりとか
まぁ荷物もやっぱりいろいろ余計なもの持ってったりとか
近藤淳也
毎日分の着替え持ってた
石尾和貴
あったりとかあとやっぱり雷雨に突っ込んでって
本当に死ぬ思いをしたりとか
いろいろでもやっぱりその時が一番楽しかったですかね
始めたてがやっぱり
近藤淳也
その時は楽しかった
石尾和貴
やっぱりゼロからいろんなものを
陸上はやっぱりタイムが伸びると面白いのと一緒で
山はやっぱりゼロからだったんで
何をやっても自分にとって学びになるんで
やっぱそれがすごい面白かった記憶ありますね
初めて南アルプスでトランスジャパンのコース行った時とかも
ヘロヘロになりながら
駒金から静岡駅までとか行った時も
すごい時間かかったんですけど
やっぱり何て言うんですかね
面白いなって思ったっていうのは覚えてますね
近藤淳也
そういう変化が楽しいんですかね
石尾和貴
変化が楽しい
やっぱ成長感じられるのが面白かったですかねその時は
逆に今とかは山行っても何て言うんですかね
もう淡々と終わるみたいな感じなので
新たな成長みたいなのがそんなに
石尾和貴
感じられないんで
なんか修行みたいな感じなんですよね
やっぱり今は行っても
だからやっぱり昔の方がいろいろ宿泊してて
面白かったなっていう印象がありますかね
ちょっとなんかゲームみたいな感じですかね
近藤淳也
ゲームは好きですか
石尾和貴
ゲーム好きですね
近藤淳也
どんなゲームをされるんですか
石尾和貴
それこそやっぱRPGとか
ロールプレイングゲームですかね
とか昔よくやってましたし
何でもやってますよ
近藤淳也
今も
石尾和貴
今はあんまりやってないですね
今はでもポケポケっていう
ポケモンのカードゲームのアプリのやつ
近藤淳也
ポケポケ
ポケポケ
石尾和貴
ポケポケってポケモンカードゲーム
オンライン版は毎日やってます
近藤淳也
毎日やってるんですか
結構ゲーマーなんですね
石尾和貴
どうですか
いやでもそんなことないです
昔めちゃめちゃやってたんですけど
それに比べたら今全然やってないですね
ポケモンゲームもその最近やっただけなんで
高校時代から全然やらなくなったし
なんか大人になってちょっと時間できてやってみても
昔ほどそんなハマらなくなったなっていう感じですかね
近藤淳也
じゃあちょっと登山もこう
いろいろやりながら攻略していくみたいな
石尾和貴
そうですね
そういう感じなんですね
石尾和貴
だからまさにそれで
ちょっと総括的みたいな話になっちゃうかもしれないですけど
やっぱ自分の中でTransJapanの何が一番魅力かっていうと
やっぱりそれに近い感覚を味わえるところっていう風に思ってます
リアルロールプレイングゲームだなっていう
難易度の高いRPGみたいな
石尾和貴
それがなんかゲームじゃなくて実体験でできるっていう
まさに冒険じゃないですか
石尾和貴
何が起きるかわかんない
天候とかもそうですし
装備が壊れたとか怪我したとかっていう
そこの事態にも自分で対応しないといけない
すごい極端な話すると
ゲームだったら主人公が死ぬことがあるように
石尾和貴
TransJapanも場合によって結構危険で
そういうことリスクも抱えながらやってるっていう
近藤淳也
リアルに死ぬ可能性ありますからね
RPGじゃなかなか本当には死なないと思いますけど
石尾和貴
やっぱり何て言うんですかね
RPGって何とかステージとか色々あるじゃないですか
砂漠ステージとか氷の世界ステージとか
ダンジョンステージとか
石尾和貴
TransJapanもロードステージとか山岳ステージとか
そういうイメージあるじゃないですか
薬師だけは大ボスだみたいな
ヒジリダイラーも大ボスだと思ったら
ミブだけみたいな
想像していなかった強敵が現れたみたいな
それをどう攻略していくかみたいなところが面白かったり
ロールプレインゲームだったら
どんどん強い
盾を手に入れたとか
剣を手に入れたとか
経験値上げていくみたいな感覚も
まさに必要じゃないですか
TransJapanもどんな
石尾和貴
いろんな装備がある中で何を選ぶかっていうのも
それって多分RPGもすごい考えながらやりますよね
経験値上げるのもそうですけど
だから自分の中では多分
ゲームはまらなくなったのは
TransJapanだとやったからかなっていう風に
石尾和貴
もっと面白いゲームがやっちゃった
っていう風に思ってますね
近藤淳也
なるほど
じゃあまあ
ちょっとそうやって新しい仕事をつかれて
山も始められて
そうですね
近藤淳也
いよいよ山に登り始めましたけど
石尾和貴
山に登り始めましたね
そこから結構
TJAR間奏までが短いと思うんですけど
石尾和貴
そうですね
近藤淳也
どういう感じでいったんですかね
そうですね
石尾和貴
2019年はそうやって宿泊しながら
いろいろ基礎を学んでいって
かと思ったらコロナになっちゃいましたと
でもコロナ中でも一応2020年も山に行って
徐々に自分のスタイルとかが
洗練される確立されていった
っていうようなところになっていきました
で2020年がコロナで延期に
翌年に延期されて
2021年に自分は初めてエントリーしましたと
でその時は通過できればいいかなぐらいのテンションで
一気行ったんですけど
ちょっと先行回はシェルターの方が
ちょっと時間オーバーしてしまって
不通過になってしまったっていうのが
TJARの最初の方の挑戦でしたね
近藤淳也
いきなり出てますけど
ちょっと待ってくださいね
重曹の記録を作るのもありますけど
マラソンのタイムを切ったりとか
大体皆さんトレランレース出てみたりとかされると思うんですけど
そういうのは
石尾和貴
そこはやっぱり私陸上やってたところもあるんで
タイム的なところとかはそこまで難しくなかったっていうのが
実のところですかね
近藤淳也
そうですかじゃあマラソンの3時間20分はすぐ
石尾和貴
そうですねもちろん最初しばらくは知ってなかったんで
戻すのに時間は若干かかったところありますけど
あとは2,3ヶ月走ればそこまでは
近藤淳也
2,3ヶ月走れば3時間20分ぐらいは
石尾和貴
逆にやっぱり山の知識がゼロのところだったんで
そこの方が時間がかかりましたし面白かったですよね
やっぱり全く知らないところだったんで
近藤淳也
トレランはレースとか出てたんですか
石尾和貴
トレランはコロナ前に1つか2つぐらい出てたかと思うんですけど
別にそれは全然でしたね
まだ全然トレーニングを積んでない状況で出てたんで
コロナ中に大会がなかった間にいろいろトレーニングしてて
コロナ明けに出た最初の大会で入賞できたりして
意外と走れるようになってるんだなっていう感じでしたかね
近藤淳也
それは何キロぐらいの大会だったんですか
石尾和貴
最初は西の国っていう
結構皆さん西の国って呼んでる大会の110キロ
近藤淳也
いきなり110出たんですか
石尾和貴
110出たかな
近藤淳也
入賞したんですか
石尾和貴
入賞しましたね
近藤淳也
すごい
石尾和貴
それだけかな出てたの
確かトランスジャパン1回目出る前は
近藤淳也
本当にトランスジャパンだけを目指してるんですね
石尾和貴
それはありますね
やっぱりトランスジャパン出るっていうところを逆算していくと
やっぱりいろいろ準備しないといけないことが多かったんで
石尾和貴
もちろんトレーニングとして走ったりはするんですけど
トレラン重視よりもトランスジャパンに特化したトレーニングとか
荷物の選定とかに時間をかけてたんで
あんまりトレランレースにはその時は出てなかったですね
そんなに興味も
なかったですね
近藤淳也
じゃあ山の力をつけるが一番大きくて
マラソンはサクッとクラスリアして
宿題もこだされて
1回目はツエルがダメで
石尾和貴
ダメでした
受かればラッキーぐらいでは思ってたんですけど
やっぱり落ちた時はすごいショックでしたと
でもその時はやっぱり先行回2日間あるんですけど
もう1日目のチェルタと言いますかチェルタで時間オーバーしたのは自分でも分かってて
もうこれダメだなっていうふうに分かってたんですけど
一応2日目もあったんですよね
すごい落ち込んでたんですけど
その2日目の時とかに今回出てたぼっこさんっていう前田さん
石尾和貴
とか細田さんとかともその時に一緒に進んでて
やっぱりいろいろ励ましてもらってて
自分の中ではそれがすごい救われたっていうか
嬉しかった思いがあったんで
近藤淳也
先行回の時に励まし合いながら走るみたいな
石尾和貴
励まし合いっていうかほとんど励ましてもらってたんです
近藤淳也
そういうケースがあるんですね
石尾和貴
なんて言うんですかね
そこはいろいろあるかもしれないですけど
基本教え合っちゃダメなんですけど
別に話しちゃダメかというとそういうわけではないんで
だから昨日どうだったみたいな話とかしてて
自分こうでしたみたいな感じで
もう自分もダメでしたみたいな
今回出れないですみたいにすごい落ち込んでたんですけど
やっぱり前田さんとか細田さんとかがすごい励ましてくれてて
だからやっぱり自分の中では先にもう完走しちゃったんですけど
前田さんよりも
だから前田さんがやっぱり今回完走されたのは
すごい自分の中でやっぱり嬉しかったですし
ですかねだからそうやって取れらんっていうよりも
自分はやっぱりそういうチャレンジとかをしていきながら
この大会としていろんな人間味のある方と
関わりを持てるようになったのもこの大会での
一つの目指してきてよかったなっていうところはありますかね
近藤淳也
なるほどねそうか出場してる方同士とか挑戦してる方同士って
すごい絆を感じることが結構多いんですけど
そういうシチュエーションで例えばちょっと励ましたりとか
石尾和貴
そういうところでつながりができてると思いますね
もちろん一緒に頑張ってとかもあるかもしれないですけれどもね
近藤淳也
なるほどね
石尾和貴
2021はダメだったんですけど運が良かったのが
2021はそもそも2020が延期されての開催だったんで
2022が翌年にすぐあるたんでそこは気持ちがすごい
すぐ切り替えられたのは良かったかなって思いますね
ダメでも来年また挑戦できるっていう珍しいケースでしたけどね
近藤淳也
じゃあ気持ちはそんな途切れさせずにそのまま来年に向けて
石尾和貴
そうですね
近藤淳也
次はそのシェルターは大丈夫だったんですか
石尾和貴
大丈夫でしたそこはうまくいきましたね
近藤淳也
2022も抽選はあったんですよね
2022は今って抽選2回あるじゃないですか
石尾和貴
戦後回に出れるかの抽選と本戦に出れるかの抽選で
2022は確かやなかったですね
近藤淳也
そうなんですか戦後通ればいけた
石尾和貴
そうですね2022は戦後回までの抽選もなかったですし
戦後回が終わってちょうど30人だったんですよ
そうでしたっけその頃はまだ通ればいけた時代だったんですか
石尾和貴
でしたねやっぱ多分コロナ禍っていうこともあって
エントリー者がそこまでそこまでそこまで多くなかったんですよね
石尾和貴
70人ぐらいだったかなもうちょっと少なかった
近藤淳也
なかなかね山行くのも大変だったりもしましたしね
それ大丈夫だったんですか
石尾和貴
私は全然大丈夫でしたですね
だからその時やっぱすごい嬉しかったですね
近藤淳也
じゃっけん一番最年少で出場でしたけど嬉しくて
石尾和貴
嬉しかったですねやっぱりそれはビュースもらった時やっぱすごい嬉しかったですし
決まった時もやっぱ嬉しかったっていうのは覚えてますね
近藤淳也
実際出てみて紹介の時はどうでした
石尾和貴
そうですねやっぱり初日と言いますかスタート前から
わからないことだらけで気づいたらスタートしてて
なんか冷静に自分を見つめ直せたのが2日目夕方ぐらいで
初めて自分を冷静に見つめ直したぐらいなんか
2022の時はうわっついたと言いますか
ふわふわした感じだったっていうのを覚えてますね
あとはやっぱりすごいスタートから眠かったんですよね
だからスタートから全然体も動かなくって
なんか予定していたタイムでも全然遅くて
この大会はいかに睡眠をうまく向き合っていくかっていう大会だなっていうのを
レース中に自分の中では気づいたと言いますか
そういうふうにしていかないといけないなと思って
1日目と2日目はあんまりだったんですけど
3日目以降しっかり睡眠取りをなったら結構いい感じにいけて
石尾和貴
その時に思ったのがやっぱりこの大会は睡眠がキーっていうふうですね
だから2026もちょっとそこを一番よく考えてたところになりますかね
近藤淳也
1回目の挑戦で見事3位になられて
5日と17時間ぐらいですかねで完走されてますけど
タイムとしては事前に計画されてたのと比べてどうだったんですか
石尾和貴
それも全然計画通りには行ってなくて
全然もっと行けたなっていうし行きたかったなっていうところありましたが
やっぱり完走できたことが一番自分の中で嬉しかったんで
達成感はありましたね1回目の時は
1回目どれくらいのタイムを想定してたんですか
石尾和貴
2回目はうまくはまればいつか切れるかもっていう
近藤淳也
最初からそういう目線だったんですね
石尾和貴
すっごい
っていうとなんか全然高野沢に立ったかもしれないですけど
目標はそれぐらいで置いてました
なるほど
じゃあ睡眠とかも課題っていうのが分かって
近藤淳也
で次がね残念ながら出られないっていう
石尾和貴
そうですね
近藤淳也
24ですかね
そうですね24は辞退しましたね
近藤淳也
膝は3年ぐらい痛かったっておっしゃってました
石尾和貴
3年近く痛かったですね
正確に言うと今もまだ治りきってるかっていうとそうではないんですけど
今はもう痛みはほとんどないんで
病名とかはあるんですか
石尾和貴
いやなんかそこもなんていうんですかね
なんかmriとかいろいろとったんですけどやっぱり明確なところはなく
単にどこか痛めてるっていうよりも
たぶん体の使い方とか体の硬さが原因なんだろうっていうところで
整形外科と言いますか
何ですかね理学療法士の方とかとはやっぱり話したりはして
なんか正確に何ですか一応診断状は保険売れるために何かしら名前つけないといけないんで
なんだその名前みたいな
病名とかついてるんですけどでもそうじゃないよなっていう
そうなんですか具体的にはどのあたりが
石尾和貴
左膝の内側のところですね
近藤淳也
に力が入らない
石尾和貴
画側炎っていうところが一番イメージつきやすいかもしれないですかね
近藤淳也
だけど画側炎じゃないんですか
石尾和貴
画側炎かもしれないかなっていうところですかね
強いて言うなら画側炎ですかね
近藤淳也
それが走ってるとかなり痛むような症状なんですか
石尾和貴
そうですね2023年春ぐらいに炎って
最初はもう曲げ伸ばししただけで結構激痛走って
全然痛みが引かずに
数ヶ月経ってちょっと軽くジョグするかってなってもすぐ痛みが出て
5分ぐらいでも全然耐えられないみたいな感じが最初の半年間ぐらいでしたね
近藤淳也
じゃあ一旦練習もちょっとできないような状態だったのかね
石尾和貴
そうですね
重い荷物持ってちょっと油断してると膝とかに力入れると
それだけでもピキって痛みとかがあってっていうのが最初の半年間ぐらいでしたね
近藤淳也
なんかやりすぎじゃないですか急に
石尾和貴
そんなことはないと思うんですけど
近藤淳也
言ったら2019から22のそこの3年ぐらいで体作られたわけですよね
そもそもそこがもう強度がすごいんじゃないですか
石尾和貴
どうなんすかね
トランスジャパンはそこまで強度高くないと思うんですよね
というのもスピードそんな出さないんで
もちろん体には負荷がかかるんですけど
じゃあ筋肉にすごい負荷がかかるかというとそうじゃないと思うんですよね
なんか筋肉痛もそんなにならなかったですよ今回とか感想しても
近藤淳也
おっしゃってましたよね
石尾和貴
多分皆さんそうじゃないかな
多分それこそ短いスピード出すレースとかの方が筋肉損傷結構大きいんじゃないかなって思いますね
近藤淳也
でも何て言うんですか時間使ってる時間って言いますか
石尾和貴
もちろんもちろん
近藤淳也
しかも急じゃないですかずっと運動しばらくされてない時期があって
さあそろそろやるかって言ってからが結構短いじゃないですか
だからそこでその400キロ走る体を作られたと思うんですけど
ちょっと急だよって体が
石尾和貴
でも痛めたのもやっぱりトレランで痛めてたんで
近藤淳也
強度高いやつやる
石尾和貴
強度高いのちょっとやっぱりレースだったんですけど
ちょっと痛いなって思いながらもちょっと無理しちゃったところがあって
それが今思うとダメだったところなんですけど
痛いなと思ったらやっぱりやめないといけない
やめないといけなかったですね
近藤淳也
じゃあちょっとそういう早いトレランレースとかで
トレランやってる時が
石尾和貴
そうですね
近藤淳也
いいようになったんじゃないかって分析されて
石尾和貴
それがもう原因ですね
近藤淳也
そうなんだ
トレランはちなみに今はお好きですか
石尾和貴
今はもうやってますよ
そうですね
もし次出るならやっぱりもっとタイム目指したいんで
そうなるとやっぱりトレランで鍛えないと絶対いけないんで
トレランをちょっとこれからもう少しちゃんとやっていきたいなっていう気持ちありますね
近藤淳也
そうですか
そういう理由でトレランなんですね
トレランが走ってるのが好きでとかじゃなくて
石尾和貴
どうだろうな
近藤淳也
山もそうですけど
石尾和貴
でもやっぱり綺麗な景色とか見たいっちゃ見たいんで
けどやっぱりトレラン今ここしばらくはやっぱりもう少し
競技性的なところでやっていくかって感じですかね
近藤淳也
とことんトランスジャパンなんだなっていうのを
伺ってると印象ですけど
そうですね
なるほど
近藤淳也
じゃあちょっとねその膝痛められてしばらく走れなくて
でも2024も選考会も通られてその課題もこなされてて
一応山にはいけたっていうことですか
石尾和貴
そうですね
宿題2024の前年の2023の夏頃に皆さん宿題やってるんですけど
その年の前年ですね
で2020
ん?違うか
あ、すいません間違えました
2023に足を痛め
夏も痛かったんですけども無理くりちょっとやっていましたね
あんまり良くないんですけど
近藤淳也
無理くりその
ギリギリ何とか20時間いけたかなぐらいで
石尾和貴
そうですねあんまり痛かったですね
痛いっていうかやっぱり時間経つと痛かったなっていう覚えがありますね
本当課題をこなすためにやりましたね
24は一応前年前回大会完走者はスタッフ選考会のスタッフやれば選考会免除
近藤淳也
あそっか
石尾和貴
っていう
近藤淳也
じゃあそれ出てない
石尾和貴
あのスタッフで24の選考会スタッフでお手伝いしてました
近藤淳也
なるほど
石尾和貴
はい
近藤淳也
でじゃあ通ったけど
石尾和貴
そうですね何人ぐらいいたんだっけな通った人
前年完走者と24の時は選考会通った人プラス前年完走者で48人ぐらいが確か抽選対象だったんですよね
近藤淳也
多分一番多かったですよね
石尾和貴
多かったですね
まあそうですねでも自分はもうやっぱり膝の状態ギリギリまで見たかったっていうところもあったんですけど
多分選ばれても出れないなっていうのは春ぐらいには思ってました
やっぱり練習もできてなかったんで
やっぱり結構その時は結構辛かったですね葛藤があって
まあ選考会もないんで出られる可能性が高い
出られる可能性が高かったんで諦めたくないなっていう気持ちはありました
でも選ばれても多分出ても全然ダメだなっていうところがあって
まあとりあえずギリギリまで様子見ようと思って工程としては最後までやってたっていうところですね
じゃあ春のところからそういう出れるか出れないかっていうラインでカットされてたっていう感じですか
そうですねもっと前からですけどねもっと前からかな
近藤淳也
ずっと痛み抱えてたんだったらそうでしょうね
石尾和貴
でも春の段階はこれも選ばれてもダメだなっていうふうに思ってました
近藤淳也
大浜海岸でイージムさんに電話して事態を告げられて
そっけなく帰ってらっしゃったというか
石尾和貴
それもですねすいませんちょっと私のインタビューの時の受け答えがあんまり良くなかったかもしれないですけど
一応その30人に選ばれ9時で選ばれましたと
まあでも正直ここの中であんまり良くないかもしれないんですけど
選ばれるなっていう気持ちが実はあったんですね
近藤淳也
落としてくれみたいなことですか
石尾和貴
そうこういうこと言うのもあれなんですけど
なんかやっぱ自分の中では選ばれる可能性があったのに
石尾和貴
なんて言えばいいんだろうな
自分から退くっていうのがやっぱりすごい嫌で
なんか9時でちゃんと落としてほしいっていう気持ちがあったんで最後までやってたと
で一方で選ばれても辞退せざるを得ないっていう状況だったんですけど
だからもう9時で落としてほしいなっていうのが実は心の中であんまり良くないんですけど
あって選ばれた時はああっていう気持ちがやっぱりあった
言いながらでもやっぱ選ばれた瞬間は何とか出られないかなっていうのが自分の中でやっぱ一瞬すごい考えましたね
なんか今こんな状況だけど何とか間に合わせて本選出られないかなっていうのを
1日か2日間ぐらいすごい悩みました
近藤淳也
1日か2日
石尾和貴
1日か2日やられて
近藤淳也
結果が出て30人に入ってそっから1日2日
石尾和貴
1日か2日間
近藤淳也
どうにか出られないか
石尾和貴
どうにか出られないかっていうのはやっぱり自体ショットアウトしたんですけどやっぱり出たいなっていう気持ちが
すごい1日か2日間ぐらいめっちゃ悩みましたね
でそうですね
でちょっと自分はその悩んでることはあんまり言ってなかったんですけど
石尾和貴
ちょっとその前回大会中にはいや辞退しようと思ってるっていう人もいたり自分じゃなくて他の人がなんか言って
それがすごいなんか論争を呼んでたりもしてて
いやなんかこれちょっと今自分それ言うとなんかめちゃめちゃ炎上しそうだなとかって思って
誰にも相談できずに
近藤淳也
貴重な枠なのにみたいな人がいるってことですか
石尾和貴
っていう人がやっぱりいてなんか色々揉めたりもしてたんですよね
でなんか誰にも相談できなくてどうしようかなとかって思ってて
近藤淳也
お家族とかもですか
石尾和貴
家族にはもちろん行ってはいたんですけど
でもやっぱり出られないなって
で最後に今でも覚えてるんですけど7月1日2020年の7月1日
確か辞退するかどうかの連絡が7月3日ぐらいまでだったかな
まぁちょっとギリギリまで悩んで
で7月1日に回るタイムで何キロ走れるかどうかっていうのを自分で設定して
これがダメだったらもう辞退しようっていう風に決めたんですね
一旦そういう基準決めて
石尾和貴
でも心の中ではもう絶対できないしできたとしてもダメだろうなと思ってたんですよね
できたとしても途中で足が痛くなったらもうそれはもう辞退しようっていう風に思ってたんですよね
だから自分の中で何かしら理由を決めて辞退させたらいいでそういう風にやって
でそしたら案の定足が痛くなってもうダメだったなって
これはもうすっぱり諦めようと思って
でも1回は走ってみたんですね
石尾和貴
1回はちょっと走って
それは何でかというと2022年の時に同じ時期にその練習をして全然楽勝でできたんですよね
同じ練習をやってみてどれぐらい走れるかっていうのを自分の中で比べて
石尾和貴
次出るならやっぱり2022よりも絶対早いタイムじゃないとダメって思ってたんで
全然やっぱダメだなっていう
それで自分の中ではもう諦めようっていう風に思って
その日の夜に大会実行委員にメールでちょっとやっぱり膝の調子がダメなんで辞退しますっていう風に連絡して
翌日実行委員の方からメールで一言わかりましたと
大会辞退というところではいわかりましたみたいな
すごいあっさりしたメールが返ってきてめちゃくちゃあっさりしてるなとかっていう風に思って
まあでもそれでいいと思うんですよね
飯島さんとか返信してくださったのが飯島さんかわかんないんですけど
近藤淳也
それもわかんないですね
多分飯島さんだと思うんですけど
石尾和貴
もちろん私は22の大会も出てたんで飯島さんとは面識あるんですけど
一選手として公平に見てくださってるわけじゃないですか
変に思い入れもなく一言それだけで返されるというところが信頼できるところなんですけども
近藤淳也
なんか以後の連絡はありませんみたいなことが書いてあったってインタビューで言ってましたけど
石尾和貴
もうすごいあっさり
まあ以降の変更はできませんみたいな
近藤淳也
ああそういう感じだったんですね
石尾和貴
感じで返る存在もないしそれでいいかって思ってたんですけど
そのさらに翌日に同じ実行委員の畑中さんっていう方
同じ富山出身の方なんですけど
その方が気遣って電話くださって
自分の中では誰にも相談できなかったすごいなんて言うんですかね
もやもやしていたところがそうやって気遣ってくださるっていうところが嬉しかったっていうところが
石尾和貴
覚えてますっていうところか
次出れるなら自分の中ではその自分のためでもそうですし
やっぱりこれは自分の勝手な
なんて言うんですかね自分の勝手な推察なんですけど
大会実行委員の方々もやっぱり1レースである限り
速さっていうのはすごい多分期待されてるんじゃないかなって思うんですよね
それこそやっぱり土井さんとかがすごいタイム出された時とかも
やっぱり実行委員の方々ってやっぱりすごいたぶんびっくりされてて
驚いたりしてたかと思うんですよね
だから次自分が出られるんだったら
そうやって自分がすごい悩んでた時とかに
声かけてくださった実行委員の方々とかになんか喜んでもらえたり
驚いてもらえるようなやっぱり結果を残したいっていうのを
その時にすごく思ったっていうのが24の時ですね
だから次出るならやっぱりもうすごいタイム出すんだっていう風に
そういう時は思ってたっていうところですね
近藤淳也
なるほどね
いやその大浜海岸でねその時のお話しされる時に
石尾和貴
一旦ちょっともう言葉が詰まって
そうですね
近藤淳也
急に涙が溢れるっていうシーンがあって
だいぶ多分その辞退されるのがお辛かったというか
そうですね
近藤淳也
だいぶこういろいろ考えてっていうか苦渋の決断だったのかなって
あの涙を見て思ってたんですけど
石尾和貴
そうですねやっぱり簡単に出られる大会じゃないじゃないですか
なのでせっかく出られる権利を
自分から手放すってめちゃめちゃ悔しいなと思って
だからそれが悔しかったなあの時はっていうのを思い出したところですね
そうなんですね
近藤淳也
なんか畑中さんあのね私たちが田中雅人さんのインタビューの後に
ちょっとそのIBUKIインタビューっていうか
させていただいてる時の話だったじゃないですか
でなんかその時に聞かれてた実行委員さんが
その田中雅人さんのインタビューで大体戻ってて
で大坪さん畑さんだけが聞いてたらしいんですよ
石尾和貴
そうなんですか
で畑中さんそこにいなかった
石尾和貴
らしいですね
近藤淳也
で畑さんが後でちょっと待って畑中さんに
なんかこんな話一緒探してたよみたいなのを後で言いに行ったら
真似そうだっけみたいな
石尾和貴
畑中さんは覚えてない
近藤淳也
覚えてないとか言って
絶対照れかしっくしだと思うんですけど
畑中さんちょっとそういうなんかあれなんですかね気遣いの方というか
ちょっと石岡さん大丈夫かなみたいな
石尾和貴
そこやっぱり同じ富山県っていうところがあるかもしれないんですけどね
近藤淳也
もともとお知り合いだったんですか
石尾和貴
いや全然ですよ
それこそ大会通して本選で初めて話をしたっていうぐらいですけど
でもやっぱり他の出場者に比べると同じ富山県っていうところで
共通の話題もあるんで
他の人にはちょっと話をさせてもらってるかなっていうところですかね
近藤淳也
いいですねなんかそういう一言ね
石尾和貴
そうですね
気遣いのあるコメントみたいなのもね来てっていう
石尾和貴
なるほどじゃあまあそれでそういう人の期待に応える走りを次はしようみたいな決意を
って言ったらいやそんなの期待してないよって言われちゃうかもしれないですけど
近藤淳也
いやもう照れかしだと思いますよ覚えてないとかは
そんなわけないでしょうって気がしたし
石尾和貴
まあ単純にもちろん勝手にそういうなんていうんですかね
恩を返すっていう思い綺麗な思いだけじゃなくて
純粋にやっぱり自分の限界として記録を狙いたいという気持ちはもちろんありますけども
近藤淳也
じゃあ24はちょっと断念されて24大会は無難にはなられたんですか
その現地とかは行かれたんですか
一応現地には行きましたね最後の方に
石尾和貴
でもやっぱり悔しかったんで
結果はあんまりそこまでしっかり結果って言いますかなんだろうな
やっぱり悔しいなーって思いながら眺めたりしてましたね速報とか
気持ちはどうでした落ち着いたんですかね
石尾和貴
落ち着いてはいますね落ち着いてはいたけどやっぱ悔しいなーって
自分もそこに本当だったら入れられるのになーとか
はいやっぱ悔しいなーって気持ちが強かったですね
近藤淳也
なんかその辺はどうやって折り合いをつけていったというか
その次に向かう気持ちに持っていかれたんですか
純粋にやっぱりそんないつまででも引きずっててもどうしようもないっていう
そういえばそうですけど多分今までの話聞いてると
近藤淳也
本当TJARだけじゃないですかその目標が
なのでなんていうかあれもこれもってあれば逆に
次はあれがあるしってなると思うんですけど
年間目標レースが2,3個あってみたいなんじゃないんじゃないですか
劇してるとだいぶ
石尾和貴
本当なんて言うんですかね大きくは2つあって
1つは自分の中でやっぱりドラマを作ろうっていう風に思ってて
24ダメだったけど次回以降出れた時には
その悔しさがあるからこそいい結果を残せたっていうようにしていきたいな
っていう風に思ったっていうところが一つと
もう一つは本当今言った通りって次があるじゃないですか
石尾和貴
少なくとも自分の中では
自分の中で一番今まで人生で情熱かけてきたのって
大学4年間の部活だったんですよ
それが全く形にもならなかった
石尾和貴
もう不完全年収のままで終わっちゃったんですよね
でそれってもう次がないじゃないですか
石尾和貴
でもこの大会って別に2年に1回はあるわけじゃないですか
だから次があるだけでも全然自分の中ではマシだと思ってるんですよね
近藤淳也
そういう感覚なんですね
まあねよく言うのは1回ダメだと次2年後なんで
もう気持ちが持たないみたいな方もいらっしゃいますけど
一生さんにとってはあるだけマシみたいな
石尾和貴
あるだけマシ
近藤淳也
たとえ2年後だろうが
石尾和貴
だからちょっとそれこそ今仲良くさせてもらってます
22大会一緒に出てた久保さん
久保っちっていう人とか野田さんっていう野田っちとかも
本当だったら今回一緒に出られたらよかった
今回ちょっと出られなかった
お二人ともすごい落ち込んでるところも分かってるんですけど
自分の中でやっぱり次目指しましょうっていう風に
ずっとお二人を声掛けさせてもらってるんで
自分の中でやっぱそれがすごい本心なんですよね
次があるからやっぱり今回ダメでもやっぱり
そこ一緒に目指しましょうっていう気持ちとか
さらに次がダメでもまだ4年後があるじゃないですか
6年後があるじゃないですか
次があるだけやっぱり自分の中ではいいと思うんですよね
近藤淳也
結構スパンが長いんですね
例えば大学ちょっと陸上頑張ろうって言っても4年とかですけど
とか最初走り出して最初の大会出られるまでが
3年ぐらいで出られてたりしますけど
このチャレンジ自体はもっと長いスパンで続くもんだっていう
感覚は最初からあったんですか
ありますよね
石尾和貴
そうですね
近藤淳也
じゃあそれで24ダメでも次があるぞって割とすぐに気持ちは
もちろん辞退した時は次は目指すっていう気持ちはありながらも
もしかしたら一緒に出られないかなっていう気持ちはもちろんありました
石尾和貴
何が起きるかわかんないですし
気持ちがないっていうこともあるかもしれないですけど
でも24辞退した時は2年後出られないだろうなと思ってました
そうなんですかそれは
石尾和貴
やっぱ怪我もまだまだ先が見えなかったですし
抽選が通るかもわからなかったんで
次出られて早くても4年後とか下手したら8年後とかかもなぐらいの覚悟で辞退はしました
近藤淳也
そうなんですね
でもそうやってちゃんと期待値下げてるのが早くに続けられてるから理由かもですね
石尾和貴
かもしれないですね
近藤淳也
変に高い期待値を置いてない感じが
石尾和貴
やっぱりこの大会ってどうしても運のところがあるんで
そこって期待できないっていうかなるようにしかならないじゃないですか
だからそこはもう割り切ってますね
なるほど
近藤淳也
でもその頃にあれですねトルデジアン出られたりとかは
石尾和貴
そうですね23年です
残念ですよね
それはどうして膝大丈夫だったんですか
石尾和貴
やばいっていうのは変ですけど
だから本当に未だによくあれ完走できたなと思いますね
近藤淳也
じゃあ結構無理した感じ
本当運が良くて運が良くてっていうのは変なんですけど
石尾和貴
トルデジアンって大体その年の2月か3月ぐらいにもうエントリーっていうか入金があるんですよね
で自分が膝痛めたのがその後だったんですよ
近藤淳也
その前にエントリー決めてた
5月とか6月に膝痛めてたんでもうお金払ってるし
石尾和貴
もうちょっとヨーロッパも行く予定だったんで
完走は多分できないだろうなけどせっかく行ってるし
多分ゴールできる可能性5%ぐらいだなとは思ってたんですけど
山小屋で楽しんだりするのも一ついいかなと思って
でちなみにその時も大会前々日ぐらいに旅行なんで重い荷物持った時に
膝にが普通にピキって効きつい走ってこれ絶対ダメだな
近藤淳也
そう思いますよね
石尾和貴
ですしそもそもトレーニングも2、3ヶ月やれてなかったんですよね
全く走ってもないし評価も稼げてなかったんで
本当多分時間オーバーになるのか途中でリタイアなるかわかんないけど
もちろん激痛走ったらもうやめようとは思ってたんですけど
なんかアドレナリンなのかわかんないですけど
痛くなかったですか
石尾和貴
痛くなかった
近藤淳也
最後まで
石尾和貴
最後まで
やっぱり違和感とかで力入りづらい時はあったんですけど
なんか持ちました
近藤淳也
そうなんですね
結果はどうだったんですか
石尾和貴
結果は98時間
100時間切って
それがいいのか悪いのかっていうのはあるんですけど
なんか練習してない割には意外といけたなっていう
近藤淳也
いいんじゃないですか100時間
それ何位だったんですか
石尾和貴
何位だったかな
40、42とか3とか4とかだった気がしますね
近藤淳也
結構多いですよね
日本人で一番
石尾和貴
日本人で3番目でしたね
1番が土井さんで2番が小野さんで3番目が自分でしたね
近藤淳也
土井さんが出た時だ
そうですよね
そうだ
IBUKIステーションで土井さんのトルデジャーの話聞きました
石尾和貴
その年
そっかその時の日本人3位だった
石尾和貴
3番でした
近藤淳也
そうか
でTシャツになって
Tシャツになって
石尾和貴
だから自分の中ではトルデジャーって本当なんか観光気分で行って
なんか不完全燃焼もそもそも燃焼させるものも何もないみたいな状況だったんで
だからトルデジャーをリベンジしたいってよりも
来年その一つ距離が長いトルデグラシエルっていう方に来年はリベンジと言いますか
挑戦したいなっていうふうには思ってて
だからなんかトルデジャーって結構皆さん特別な思いで言ってる方もいらっしゃるかもしれないですけど
ちょっと自分の中ではなかなか燃え尽きれなかったところもあったんですが
なんか後でTシャツに押し払ってるんで
いい大会だったなっていう
いい思い出になったなっていう
近藤淳也
ちょっと補足すると公式のTシャツに石尾さんの写真が使われた
次の年に使われた
石尾和貴
次の年のそもそもウェブサイトのトップページに自分のその写真がデカデカと載ってて
でさらにその写真が大会Tシャツにもプリントアウトされてみたいになってましたね
何の許諾もないし何もTシャツも送ってもらえなかったですけど
石尾和貴
でもあれはその24大会行っていただいた方に買ってもらって
近藤淳也
買ってきたんですよ
買ってきてもらったんですか
石尾さん写ってるよって言って
石尾和貴
じゃあお土産でお願いしますって
近藤淳也
そりゃ買いたくなりますよね
そういう形で去年着られてたんですね
だから来年それを着て大会歩こうかなって
近藤淳也
なるほどじゃあたまたま痛くならず
トルデジアムが乾燥できちゃったけど
でも全然治ってなかったってことですよね
石尾和貴
そうですね
大会後は別にそこまで悪化はしなかったんで
それで何か長引いたってことはないと思うんですけども
ただ結局そうですね1年間ぐらい
23の春先に痛めて
24も夏大会時点でもやっぱり全然ダメで
っていう感じで
ずっとそのまま行って
でもほんとゆっくり良くはなってたっていう感じですかね
近藤淳也
基本はやっぱり負荷かけずに安静にっていうか
元に直していくしかない
負荷かけずにどれぐらい走れるかなっていうのを探っていく感じですかね
石尾和貴
1ヶ月ぐらい安静にしてどうかな走り始める
全然変わってない30分で痛くなったみたいな
じゃあまた1ヶ月休む
もちろんその間リハビリとかもしてはいたんですけど
石尾和貴
全然ダメだなっていうのか
近藤淳也
自転車漕いだりとか他のこととかでもない?
自転車とかも漕いだりはしました
石尾和貴
っていうのがもう2年間ぐらい続いてた感じですね
近藤淳也
それがいつ頃ちょっと走れるかなってなったんですか
石尾和貴
そうですね
もちろんゆっくり本当にゆっくり良くはなって
距離も伸ばせるようになってたんですけど
25年の去年の9月10月ぐらいに急に結構距離が稼げるようになったんですよ
近藤淳也
じゃあシガイチは?
石尾和貴
シガイチも
大丈夫だったんですか
石尾和貴
あれもだから歩く分には全然大丈夫だったんですよ
走るのがダメだったんでシガイチは基本走ってないですよね
歩くならOKっていうので400キロ行けるんですね
石尾和貴
歩くのは大丈夫でした
近藤淳也
それでもあの当時の無補給のコースレコードが作られてますんで
めちゃくちゃ速かったんですけど
石尾和貴
あれは多分他にやられたことが全然いなかったし
今回ベルさんが更新されてるんで
石尾和貴
そうっすね
だからシガイチの時はやっぱり痛かったですね走ると
でも走らなければ痛くないんだなっていうのを確認できたっていう感じですね
近藤淳也
それが秋ぐらいには急に?
石尾和貴
秋ぐらいに急に何がいいのかわかんないんですけど
シガイチ終わった後にPRPっていう再生医療の注射を打ったんですよね
それがいいのかわかんないですがその3ヶ月後ぐらいかな
だいたい効果が出るのってやっぱり1、2ヶ月後って言われてて
で1、2ヶ月経っても全然良くはなかったんですけど
タイミング的には今まで全然ダメだったのが3ヶ月後に良くなったんで
もしかしたらそれが良かったかもしれないですね
近藤淳也
なんすかそれIPSみたいなやつですか?
石尾和貴
IPSが自分はもう詳しくないんですけど
近藤淳也
なんすかそれ
石尾和貴
なんか炎症って自分もあんまりうまく説明できないんですが
血液っていろんな血小板とかかな血小なのかなとかが
うまく働いて炎症とか抑えるらしいんですよね
でPRPっていうのは自分で言えば自分の体から血液抜いて
炎症を抑えるのに必要な血小だったか血小板をぎゅって凝縮させて
それをまたその痛い箇所に打ち込むことで回復力を早めるっていう
近藤淳也
じゃあそういう何にでもなる細胞みたいなんじゃなくて
血小とかそういう引きそうなものを
自分の細胞から集めてきてもう一回入れるって感じ
石尾和貴
大谷翔平とかもやってたんじゃないかな
結構なんかそういうスポーツでは一般的と言いますか
治療としては珍しくない方法っぽいですね
近藤淳也
別にドーピングとかにもなるんですよね
石尾和貴
全然ですただ血液の割を戻してるだけなんで
近藤淳也
赤血球はねドーピングに
石尾和貴
そうなんすか
近藤淳也
エポでしたっけ血を取って赤血球は酸素を運ぶじゃないですか
だから自給計のパフォーマンスめっちゃ上がるんですよ
自分の赤血球置いておいてレース前に入れると
酸素を運ぶ力がめっちゃ上がるんで
近藤淳也
自給計はめっちゃ有利になるんで
ツールドフランスとかもみんなそれやってて一回
アウト
それやってないと勝てないしでも全員やっててみたいな
石尾和貴
やってるのが普通みたいな
近藤淳也
2対1になっちゃって
でもアームストロングとか全員失格になってて
もっと上位で活躍してる人全員がドーピングになって
石尾和貴
それってでも分かるんですか赤血球って別に
近藤淳也
自分の由来なんで
石尾和貴
分かんないんですか
近藤淳也
分かんないけど単純に赤血球濃度が一定以上はアウトみたいな
そうなんですか
近藤淳也
そういう時代があったんです
今はどうか知らないですけど
石尾和貴
高すぎてもダメなんですね
近藤淳也
ダメっていうか単純に血がドロドロになって危ないんで
基本してない人よりもパフォーマンスが出過ぎるから不公平なんで
それありにしちゃうとどこまでもいっちゃうから
基本ダメっていうのがルールなんですけど
プロで活躍するにはもう打ってないと活躍できないみたいな時代が
自転車が一番全員プロなんでやっぱり仕事かかってたりして
純粋に自給力じゃないですか結構自転車って
なので多分すごい効きやすいんだと思うんですよね
それで結構いっとき赤血球戻す戻さないみたいな話
石尾和貴
そんなのあるんですか
ありましたね
近藤淳也
そういう時代があって
石尾和貴
どの基準で引っ掛けるんだろうなっていうのが気になりました
みんな反応するわけだし
ある一定数以上で何もやってないのに引っ掛かる人とかいないかなとか
近藤淳也
先天的に赤血球濃度が高い人はそれの証明をしなきゃダメで
それしてなかったら赤血球濃度が50%以上は基本ダメみたいなルールなんですよ今
石尾和貴
あれですかねみんなバレない49%
近藤淳也
難しいとこですよね
でもそうですねかなりコントロールを今されてたりして
近藤淳也
そういう時代ありましたけどもっとそれだから治癒版ってことですよね
石尾和貴
治癒版PRPは全然ドーピングじゃないと思います
自分が行ってるスポーツクリニックとかでも全然問題ないみたいな
近藤淳也
むしろ打っていただいてね
福音っていうかそんなのが聞いて本当に回復したんだったら
本当に何年間も苦しまれてたやつ
石尾和貴
プロ野球選手とかでも打ってる人とかやっぱりよく聞いたりしますし
ちょっとお金が高いんですよね
近藤淳也
保険とかじゃないんでしょうね
石尾和貴
保険じゃなくてそんな簡単に打てるものでもないし
打つとやっぱめちゃくちゃ痛くて
副作用で1、2ヶ月は走れなかった
近藤淳也
そんなになんですか
石尾和貴
人によるっぽいんですけど自分は最初の1週間ぐらい足引きずってましたね
近藤淳也
そんなに痛いんですか
石尾和貴
痛いですね
多分反応させてるからだと思うんですけど印象で
近藤淳也
ちなみにお仕事はその頃はもう変わってた
石尾和貴
そうですね
さっきのトレデジャーの話に戻すと
ちょうど自分は今転職して民間会社なんですけど
そのトルデジアンの時期に最後の有給休暇を使って
ヨーロッパ旅行しようっていう計画してたんで
だからトルデジアンを辞退してもヨーロッパに行くことは決まってたんで
それだったらレースも出るかっていうところだったんで
近藤淳也
なるほど
なんで転職されたんですか
石尾和貴
そうですね
いろいろあるんですけど
自分は結構やっぱり自由人なところがありまして
団体行動できないっていうところもそうなんですけど
すごい大きいところで言うと
自分一人で生きていける人になりたいなっていうふうに思ってて
どういうことかというと自由に生きれるようになりたいなと
自分で稼げるようになりたいなというふうに思ってて
石尾和貴
それってやっぱりもっと自分のキャリア的なスキルを高める必要がある
どんな環境でも仕事をこなせる人材にならないといけないなというふうに思って
もちろん公務員でもそういうふうになれるかもしれないんですけれども
やっぱりもっと汎用的で高いスキルを身につけたいなっていうのが思いまして
今の会社、今の業界ならよりそういう能力が身につけられるんじゃないかなというふうに思って
転職したっていうところですね
近藤淳也
そっちも割とガーってやってるんですか?
石尾和貴
ガーって言うな
近藤淳也
トランスジャパンや朝鮮もだいぶガーってやってるイメージですけど
仕事も結構スキル身につけたりとか
近藤淳也
勉強したりとかなんか
石尾和貴
そうですね、スキルは身につけるっていうよりも勝手に身についていくみたいな
業務しながら勝手に身についていくっていう感覚ですかね
知識はどうなんだろうな
知識も一応身についてはいるのかな
でもやっぱそれを望んでいってるんであれですけど
やっぱ結構大変、大変かな
近藤淳也
今も?
石尾和貴
はい、業界で言えばコンサルっていう業界で
コンサルもいろいろあるんですけれども
石尾和貴
結構働くときはめっちゃガーって働いて
休むときはもうパタッて休むのが一般的な業界です
今回も今年で言えば5月ちょっと自分ちょうどプロジェクトの切り目で
もう5月ほぼ休みみたいな感じで
それはすごいメリハリがあるんですね
石尾和貴
逆に言うとそこでめっちゃ練習詰めたんでよかったんですけど
6月からまた新しいプロジェクトに入って
またそれが結構大変で
近藤淳也
新しいといろいろ
新しいとやっぱ立ち上げ機とかいろいろあって
石尾和貴
結構フラフラになりながら走ったりしてました
近藤淳也
西尾さんとってはどういう比率なんですか?
その力で入れ具合
その仕事とトランスジャパン
石尾和貴
どうなんですかね
でもこれって結構難しい表現だなと思って
やっぱ仕事って割合で例えれないなっていう風に思いました
やっぱり絶対ここまでやらないといけないっていう基準があるんで
だから仕事が優先ですよね
仕事が優先で絶対ここはやらないといけないっていう
ラインはしっかりやりながら
いかに走る時間を練習するかっていう感覚ですかね
近藤淳也
じゃあ仕事優先はまずあって
それをやりながらどんだけ練習できるか
石尾和貴
そうですね
近藤淳也
そういう感じなんですね
石尾和貴
6月7月はだから全然記憶ないですね
近藤淳也
忙しくて
石尾和貴
忙しくて本当になんか
自分基本二部練習やってるんですよ朝と夜
でも別に1回1回そんな多くは走んないんですけど
朝走る仕事するジムとか家の周り走る
でまた夜仕事するみたいな
をずっと繰り返すみたいな
近藤淳也
ちょっと待ってください朝はまず何時に走るんですか
石尾和貴
朝何時ぐらいかな7時ぐらいかな
近藤淳也
意外と普通だった
石尾和貴
そこまでですよ
近藤淳也
7時にはそれは外?
石尾和貴
外とか最近ちょっとジム契約したんで
ジムに行ったりとか
近藤淳也
走って
石尾和貴
でも自分あれなんですよ在宅ワークが基本なんで
家帰ってシャワー浴びて
近藤淳也
朝は何時
石尾和貴
朝8時か9時ぐらいに仕事始めて
で7時ぐらいに1回終えて
そっからちょっとまたジム都会近所走って
でそのままご飯とか
ちょっと家事とかもやって
石尾和貴
2,3時間ぐらい1回休めて
そっからまた11時とか12時ぐらいまで
近藤淳也
もう1回仕事は来るんですかその後に
石尾和貴
もちろん日にはよりますし
タイミングにもよりますけど
そんな感じかな
もちろんそれは波があるんで
ただちょっと6月7月はその波が
たまたま当たっちゃったかなっていうところで
近藤淳也
その夜に映画見たりとか
くすろいだりとかそういう時間はお酒飲んだりとか
石尾和貴
自分基本そもそもお酒は飲まないんですけど
6月7月は本当に全然そんな言えなかったですね
プライベートの約束とかもほぼ全部断りましたね
近藤淳也
激しい
夜のジム行って
ご飯食べてからもう1回仕事がすごいですね
よくやりますね
石尾和貴
どうなんすかねでもなんかもう
在宅だとそんな感じになっちゃいますかね
あんまり良くないですけどね
近藤淳也
週末は山とか行けたんですか
週末は
石尾和貴
そうですね週末は極力6月7月は毎週行くようにしてました
ただやっぱり7月特に忙しかった時は
本当はチューアルプス行きたかった時もあったんですけど
やっぱり平日が忙しすぎて土日に準備間に合わなくて
チューアルプス行けなかったなっていう時は1回ありましたね
石尾和貴
だいたい月に何キロぐらいとか走られるんですか
そうですね500キロの2万が登るようにしてましたかね6月7月は
近藤淳也
その2万は週末だけでってことか
石尾和貴
週末とあとはジムのトレッドミルとか
近藤淳也
トレッドミルこう軽車つけて何%まで上がるんですか
自分行ってるとこは15-16%ぐらいだったかな
近藤淳也
そうなんですねそんなに急じゃない
石尾和貴
そうですねもっとあればいいんですけど
ただトレッドミルだと下りがないんでそれがちょっとね
あと階段とかですかね
階段近所の階段
ずっと上り下りしてとかですかね
近藤淳也
上田瑠衣さんは40%まで上がる
らしいですよね
近藤淳也
自宅に持ってるらしいですよ
石尾和貴
いいですよね羨ましいな
近藤淳也
40%ってすごい角度ですか
石尾和貴
いや羨ましいですよね
近藤淳也
そうですか
石尾和貴
なんかそもそもなんか多分山近いところとかに住まれてるから
そこでも練習もできるでしょうし
羨ましいですよね
言うても自分は会社員なんで
石尾和貴
できることをやるしかないですね
近藤淳也
それで500キロぐらい走って
そもそもあれですね
今年出れると思ってなかったっていうのが出れたって感じなんですかね
そうですね
石尾和貴
だから何だろうな期待してなかったですね
すごいなんか冷めた感じで抽選とかも見てました
近藤淳也
そうなんですね
石尾和貴
なんか冷めたって言うとすごい語弊があるんですけど
1ファンとして見てるみたいな感じですよね
1ファンとしてなんとかさん抽選通った
よかったとかそんな感じで
自分も通った準備しないとかそんな感じで
でもそれは結局なんか自己防衛として期待して落ちた時に
やっぱりショックが大きくなっちゃうっていうところもあると思うんで
通ったらラッキーぐらいの気持ちでいたみたいな感じですかね
なるほどそれが通って膝もだいぶさっきの細胞が効いたのか戻ってきて
石尾和貴
そうですねと言いながらもあれですやっぱり
去年の10月ぐらい9月10月ぐらいから走れる
徐々に走れるようになったって言っても
最初は1キロ4分半とかでちょっとスピード上げただけで足つったりしてて
やっぱり全然ダメだなっていう感じでしたかね
準備としては万全でもなかったって感じですかね
石尾和貴
秋の段階でまだやっぱりエントリーできるっていう確証もなかったし
むしろたぶん厳しいなと思ってましたね
じゃあ割と最後に向けて調整してたって感じですかね
秋もちょっと本当に疑いながら距離重ねていって
石尾和貴
年明けぐらいでなんか大丈夫かもっていう感覚になって
そこら辺からやっとなんて言うんですかね
しっかりトレーニング積もうっていう感覚になって
1月ぐらいから徐々にボリューム増やしていけるようになった感じですかね
近藤淳也
前回の反省を踏まえてっていうか今回労働のトレーニングがだいぶ積んで
中央に向かうロードもほぼ走りましたっておっしゃったんですけど
それはどういうトレーニングだったんですか
石尾和貴
そうですねそれは峠層って言うと分かる方も分からない方もいるかもしれないですけど
山っていろんなルートで登れるじゃないですか
土とかのサーフェスのところもあれば普通に車とかが走る
綺麗な路面とかもあるかと思うんですけども
結構足をしっかり作りたいなって思ってたんで
そうなったら地面硬くてある程度衝撃あった方が
怪我のディスクもあるんですけれども
足がやっぱ強くなるで
割合としては全部その土じゃなくて
結構そのアスファルトの上を意識して
上り下りで走るようにした割合を増やしたっていうところですね
近藤淳也
結構高い峠ですか
石尾和貴
いや全然ですよ
それこそ奥多摩の方とか高尾とかそこら辺のエリアとかでですね
近藤淳也
じゃあその舗装の林道とかを上り下りしてとか
そうですね
近藤淳也
トレーニングですか
そういうことされてたんですね
効果あったかなと思いますね
近藤淳也
中央までほとんど走ったっておっしゃってましたよね
石尾和貴
そうですねあれはなんか自分でもびっくりするぐらい
結構ちゃんと走れましたね
近藤淳也
堺峠の上りとか結構な傾斜だと思うんですけど
石尾和貴
でしたね
近藤淳也
あれも
石尾和貴
いやさすがにもちろんたまにある気はしましたけど
けど思いのほかいけたなっていうのと
やっぱり練習通りだなって思いましたね
なんか練習のイメージしてて
これとこの傾斜と練習どっちの方が傾斜あるかなと思った時に
練習の時の方が全然傾斜あったなって思うと
やっぱ全然何ですか抵抗感がないんですよね
近藤淳也
ちなみに荷物とかも背負うんですか
峠その時は
石尾和貴
そうですね
もともとトレランなので荷物も持ってはいるんですけど
でも荷物はどうですかね
本線の方がやっぱり重かったりするかもしれないですが
あんまり背わないぐらいかな
近藤淳也
そんなに背負ってるんだ
本当は荷物いろいろ持ってゴリゴリ走りたいんですけど
石尾和貴
自分結構背中が擦りやすくて
だからあんまりそこまで重いものを持って長い時間走り入れないっていうところあります
近藤淳也
擦れる?
擦れる
近藤淳也
痒くなる?
石尾和貴
痒くなる
近藤淳也
あー僕もなります
あーそうですよね
痒い痒いって
石尾和貴
痒いってなるんで
だからあんまり重いものを持って長時間走れないですね
近藤淳也
なるほど
石尾和貴
はい
じゃあそんな練習も積んでいよいよ本番
はい
近藤淳也
本番いきますか
石尾和貴
はい
近藤淳也
神谷ちゃん
石尾和貴
だいぶ時間
近藤淳也
今年の大会のことが聞けるかと思って聞き上げた人は
いつになったら今年の大会の話が始まるんだって思ってるかもしれないですけど
でもいやこれはもうあれですよ
いろんな思いを持って
ついにスタートに立ったんだなってすごいよくわかりましたけど
近藤淳也
どんな気持ちで大会に入っていかれたんですか
そうですね
石尾和貴
今回3つ目標があって優先順位からして
A目標一番高い目標が
4日と12時間
石尾和貴
なので大会記録を超える記録と
2つ目が5日間切り
大会記録は超えれないけどっていうところですね
3つ目の目標が優勝したい
1位になりたいっていうところでした
でなんで優勝が一番3つ目かっていうと
その1つ目と2つ目の目標達成できたら
それは必然的に多分優勝できるだろうなって思ってたんで
石尾和貴
優勝はもちろんしたいんですけど
それ以上にタイムをしっかり目指す大会にしたいなっていうところでした
じゃあ最初にかなり独走はもう想定してた感じ
石尾和貴
いやでもそんなこともないですよ
むしろ誰かしらついてくるかなっていうふうに思ってたんですよね
石尾和貴
蓋開けてみたらあれ全然なんか来てくれないなって思って
近藤淳也
最初っからでしたもんね
石尾和貴
でもバンバ島までは石川さんと一緒に喋りながら進んでいきましたよ
そうか
違う道行ってて合流したみたいな感じでしたっけ
合流して最初の2時間ぐらいかな
石川さんと1時間半ぐらい一緒にいたかな
近藤淳也
でもそれだけでしょ
石尾和貴
そうですね
近藤淳也
あとは一人旅だったんですよね
石尾和貴
あとは一人旅でしたね
近藤淳也
どうしましょう振り返っていきます
石尾和貴
でもそうですね自分の中では誰かついてきたら一緒に行ければいいし
結局一人は一人でそのA目標のタイムを定めて
とにかくそこを目標にしていけばいいやっていうふうに思ってたんで
あんまりそこんな人は影響されなかったです
ひたすらその目標を追っていくだけ
ただそれだけっていう感じでした
近藤淳也
普段からあんまり人は意識しないですか
石尾和貴
トレランレースなら結構意識はするんですけども
今回はもう目標を中心に据えてたんで
近藤淳也
あとあれですよね
これは睡眠が大事だって思われてたけど結局寝れず
全然寝れなかったですね
近藤淳也
そこは対策ってあるんですか
石尾和貴
いや難しいですね
だからA目標を達成するために
その4日と12時間を目標達成するためには
絶対スタート前の睡眠っていうのは必須だなと思ってました
ただ結局それがうまく取れなくて
石尾和貴
もうやっぱスタート前から失敗したなっていう感覚もありましたし
トランスジャパンやっぱり1日目が一番キーだなっていうふうには
自分の中では思ってますので
1日目で7、8割決まるなっていうふうに思ってるんで
その決まる1日目が一番重要なのに
それを左右する仮眠が取れないっていうのは
本当にミスったなと思いましたが
もうどうしてもできないなと思ったんで
もうやれることをやるしかないなっていうところで進めていきましたね
近藤淳也
今回はその宿もホテルも取られて
受付の後に開会式前の間
一回ホテルに入られて寝ようとされたっていう
石尾和貴
そうですね3時間は寝れるなってところだったんで
寝たかったんですけど
寝れなかった
近藤淳也
そこってなんかその次回は対策はあるんですか
石尾和貴
どうしたらね
近藤淳也
あんな時間に寝るの難しいじゃないですか
難しいですね本当に難しいなって思いました
そもそもなんかねやっぱ興奮というか
普通に寝る時間でもないし
石尾和貴
あんまりでも自分そんな興奮もしてなかったはずなんですよね
緊張もないし興奮もしてないし
むしろ土曜日スタート前の前日の朝7時ぐらいに起きたときには
ちょっと眠いなぐらいだったんで
仮眠できるかなって思ってたし
ホテルに向かう途中も少し眠気もあったぐらいだったんですけど
難しいですよね本当に
石尾和貴
どうしたらいいんですかね
近藤淳也
それはもう完全にお一人の部屋で真っ暗にして
石尾和貴
真っ暗にしてですね
寝れなかったんですよね難しいですね
近藤淳也
あれですかねサイクルをずらしていって
12時に起きるみたいなサイクルにずらしていくみたいな感じですかね
石尾和貴
本当に私実家が富山県なんで
結構会場までギリギリ
会場入るギリギリまで実家にいることもできるんで
もっと実家でゴロゴロするとかでもいいのかなっていう気もしたりとか
近藤淳也
むしろ昼まで寝てるとかそっちの方で寝る
石尾和貴
多分朝1回起きて朝めっちゃ早い時間に起きて
昼ぐらいにもう1回寝るとかですかね
朝3時とか4時に起きてですかね
難しいです本当に
近藤淳也
12時スタートっていうのがそもそもね
寝てる時間ですよねっていうとこからスタートしちゃうから
調整が難しそうだなという気がしますけど
じゃあホテル通ってらっしゃったけど
でも横になったらちょっと体は休め?
石尾和貴
だと信じてます
寝ると思いますが寝られずでスタート迎えられる
そうですね
でも思いのほか調子悪くなかったですね
石尾和貴
どこまでだろうな
スゴノコシまでは寝れてる前提で定めた設定を若干負けてたんで
調子悪くないなっていう感じではありましたね
ただやっぱりスゴノコシ以降の薬師だけで
もう夕方ぐらいになるタイミングだったんで
やっぱそこで睡眠が眠気が強くなって
石尾和貴
体の動きが悪くなって
これはまずいなと
石尾和貴
ちょっと本当だったらヤリガタッケ3層まで行きたかったけど
ちょっと次の薬師峠キャンプ場で
1回紙挟もうかと思って寝ようとした
ただ寝れなかった
寝ようとしたけど寝れなくて1時間半ぐらい
結局ゴロゴロして終わったなと思いましたね
近藤淳也
あとインスタグラムの振り返りを拝見していると
今回出られてる選手だけじゃなくて
土井さんや竹村さんのタイムと比べながら
ここでも10分開いたここでも10分開いたみたいな
比べられてたって書かれてましたけど
そこはそういう意識がかなりあったんですか
石尾和貴
ありましたね
やっぱり何かしら目標やった方がいいかなと思うんで
タイムだけじゃなくて
やっぱり何て言うんですかね
今回土井さんは出られないっていうことですし
竹村君もちょっと出ないっていうことで
お二人出てたらやっぱりもっとすごいタイムとか記録目指されて
ガンガン行ってたじゃないですかきっと
この大会を運営してくださる方とかもきっとそういうのって期待されてると思うんですよね
やっぱりお二人のインパクトに比べると
石尾和貴
自分が仮に優勝できたとしても
タイムが微妙って思われるのもちょっと残念だなっていうところもあるんで
タイムはある程度
だからタイム結構出したいなっていう気持ちもあったんで
お二人だったらどれぐらいかなっていうのも結構意識してたっていうところありますかね
近藤淳也
ちなみにその読んでいたら
土井さんや竹村さんの通過タイムよりは遅れてるけど
コースレコーダー狙えるみたいなこと書かれてましたけど
あれはどういうことなんですか
石尾和貴
自分結構あんまり最初からガンガン行けるタイプじゃないんですよね
だから最初
石尾和貴
ビハインドがあっても中アルプスとか南アルプスは自分結構得意だと思ってるんで
そこで思想とかの感じでタイム算出して
これならそのA目標も狙えるかなっていうところで設定したんで
石尾和貴
お二人のタイムを比較するならば
中央とか南アルプスの最後の方で2人を抜かすみたいな
お二人っていうか土井さんの記録を抜かすような感覚でいたっていうところですね
近藤淳也
そうなんですね
じゃあ土井さんと比較的見れば土井さんがちょっと最後の方で少し落ちてるというか
そこまで落ちずに西尾さんは行けるっていう
石尾和貴
行きたいくん想定で組んでましたね
多少ビハインドが北アルプスで出るのは想定通り
全然想定内で
お二人は確か前回大会やりがたけ3走を
23時ちょい前ぐらいに通過してるんですよね
自分の予定では24時超えて通過する予定だったんで
全然ビハインド7は想定の範囲内でした
中央アルプスでちょっと詰めていって
南アルプスで逆転したいなぐらいでやってました
近藤淳也
その10分20分ずつ遅れてるみたいなのって何か見てるんですか
それとももう頭に全部入ってるんですか
石尾和貴
一応ちっちゃい紙にタイムチャートは書いてて
お二人のタイムはここに何時何分通過ってあったんで
早えなって思って
結構攻めてるけどなんでこのタイムで通過できるのってやっぱ思いました
あと10分どうやって積むんだよって思いました
近藤淳也
こんなにやってるのに
じゃあ結構そこのチャートの紙をよく見てみながら
でもそれやっていながらも
石尾和貴
自分の中で一応設定タイムをこなせてたんで
話されるのは全然想定のいいんですけど
石尾和貴
やっぱ早えなって思って
近藤淳也
焦らなくてもいいけど想像がつかないみたいなのがあるんですかね
石尾和貴
どうなんですかね
自分もやっぱ今回練習できたのは半年間ぐらいだったんで
石尾和貴
もう少し長いスパンで練習詰めれれば
もう少しタイムが早められるかもとは思うんですけど
やっぱ早えなって思いますね
ちなみに後続の選手のこととかは
一応ちょっとは気にはしてましたね
石尾和貴
でもどこだろうもう
5式にいた時にはまだ
少し差があるみたいな
ちらっとなんか耳に挟んだりはしたんで
もう結構離れてるんだなっていう感じではいましたね
近藤淳也
眠れずまた出発されて
石尾和貴
カフェインのピルを使っていらっしゃった
一回使いましたね
そうですねやっぱり眠れなかったと言うやっぱり
日が落ちると眠くなってきました
でももうやりがたけまで一気に行くしかないなと思ってたんで
石尾和貴
いかに眠気を紛らわすかっていうところで
一回カフェインピルを黒べごろだけの方で取って
一回取ると3,4時間ぐらいは結構スッキリするんですよね
近藤淳也
それって普通に売ってるものですか
石尾和貴
市販されてるものです
その辺に売ってますね
その辺に売ってるやつです
近藤淳也
カフェインの塊みたいな感じなんですか
石尾和貴
そうですね錠剤みたいなので
近藤淳也
インスタの写真に写ってた透明のやつ
石尾和貴
あれとは別で
別のところに入れてて
カフェインもいろいろあるのかな
石尾和貴
3つぐらい今まで試してる中で
一番自分にとって合うのがこれかなっていうのを
今回も使ったって感じですね
近藤淳也
しばらくは目が覚めるんですかね
そうですね3,4時間ぐらいは持ってましたね
近藤淳也
また西カマで
石尾和貴
西カマでやっぱり切れてちょっとやっぱり眠くなって
そこが大会として一番しんどかった
辛かったところですね
近藤淳也
おっしゃってましたね
その時ってもう一回飲んじゃダメなんですか
飲む手もあったんですけど
石尾和貴
ちょっと2つ理由があって飲まなかったです
1つ目がやりがたけ酸素を超えれば
もうすぐ寝たいなって思って
このタイミングで取ったら
もう2,3時間後しか飽きがないんで
寝れなくなっちゃうなっていうのは怖かった
近藤淳也
逆に寝たいから下ろしていく時もあるんですよね
石尾和貴
今取っちゃうと3,4時間寝れなくなっちゃうんで
取りたくなかったっていうのと
もう1つはカフェイン取ると結構自分は腹下すことが多いんで
石尾和貴
あんまり取りすぎたくないなっていう形ですね
近藤淳也
ちなみにカフェインピールをずっと飲み続けて
寝ずに人間っていけたりするんですかね
どうなんですかね
近藤淳也
ずっと飲み続けたらどうなるんですかね
石尾和貴
いや自分も気になりますよ
いやでも
近藤淳也
眠りってなんなんでしょうね
石尾和貴
いやおかしくなる
頭おかしくなるんじゃないですかね
近藤淳也
絶対おかしくなりそうですけどね
石尾和貴
でもそれこそ3番
違う2番かのペヤング君
カウチさんはロキソニン10兆でしたっけ
近藤淳也
ロキソニン飲んでたら
いけますよって言ってましたね
石尾和貴
なんかロキソニンって1個か2個でも結構負担ありますよね
近藤淳也
なんか痛い時にね
石尾和貴
本当に痛いやつが気づかなさそうな気がしますけど
どうゆうさんも前回大会最後の最後まで
結構ロキソニンか何か分かんないですけど
痛み止め飲むの結構しぶってたみたいな感じだったじゃないですか
それぐらいなもんだと自分も思うんですよね
痛み止め飲むのって
本当最後手段ぐらいで思ってたけど
近藤淳也
10兆飲むのって
そういう意味では本当あれですよね
近藤淳也
TGRはゆるいっていうか
何でもありっていうか
点滴もありだし
点滴どうなのっていうか
そんなのありなんだみたいな結構議論がね
今回起こっておりましたし
石尾和貴
別にドーピングの対象になる大会でもないし
基本なんていうんですかね
自己完結のレースなんで
自分が持っているもので対応するっていう理念であれば
自分がいいならロキソニン10兆飲むのも
いいんじゃないかなと思いますけど
自分だったらできないですね
そこはやっぱりちょっと
一緒さんのラインがあるっていう感じですね
石尾和貴
そうですね
その後の反動がやっぱり怖いですよね
近藤淳也
じゃあカフェインぐらいでっていう感じで
西鎌はじゃあ一番辛くて
辛い点はその眠さですか体力的な
眠さですね
石尾和貴
全然体力足も痛いわけでもないんで
眠くて体が動かないみたいな感じでしたね
近藤淳也
明け方にやりがたけ山荘でした
ちょうど夜を明けるぐらい
ちょうどやりがたけ山荘に着いたぐらいで
石尾和貴
周りが明るくなりだしたぐらいです
近藤淳也
そうでしたよね
登山客がめちゃくちゃいて
石尾和貴
だから登山客からしたらちょうどいいタイミングに来たな
っていう感じだと思います
近藤淳也
すごい出迎え受けてましたね
映像見たらなんじゃこりゃって思いましたけど
石尾和貴
いらっしゃいましたね
ありがとうございますって感じです
近藤淳也
なんとかじゃあ眠気我慢して着いた
眠かったですね本当に
近藤淳也
で摂生で
石尾和貴
摂生で寝て
そこはでも2時間寝れたんで良かったですね
石尾和貴
やっぱ2時間だとまだ眠いかなと思ってたんですけど
意外と目覚めすっきりしてて
石尾和貴
なので2日目は逆に良かったですね動きが
2時間睡眠の割にはしっかり睡眠もそれなりに取れてて
動きもロードですかね
むしろ設定していたその4日と12時間行くには
2日目各ポイントこれぐらいで区間通過しないといけないっていうのも
負けてた感じだったんで
石尾和貴
だから自分のやっぱり目指してるところって
そこまで間違ってないなって実感もあったんで
結局それをじゃあ4日と12時間丸々いかにやり続けるかっていうところが
難しいところであるんですけれども
近藤淳也
どんどんどんどん離れていくわけじゃなくて
逆に追いつくペースも出せてたっていうことですよね
石尾和貴
ビハインドだけじゃなくてちゃんとそこを少し縮めることもできてた
それが2日目からうつぎだけぐらい3日目の途中ぐらいまでは
設定をちゃんとこなせてたり負けたりもしてたんで
目標は決して間違ってないんじゃないかなっていう感覚はありますからね
近藤淳也
うつぎだけぐらいまでは良かったけどまさかの下りでっていう
石尾和貴
そうですね、あのカズミンだと思って
道間違えたっていう様子が配信で流れる
石尾和貴
あれもなんかちょうどそのカズミンさんがインタビュー受ける直前に
なんかトレイルランナーがいていらっしゃって
その方々がバーって行った道があるんですね
自分も無意識でそこがルートなんだって頭の中で思っちゃってて
近藤淳也
左に行く方にその方々降りてったんですね
石尾和貴
降りてったんでだからそこがルートだって思っちゃったんですよね
何の疑いもなく
近藤淳也
そしたら急にすごい囁くが出てきて
石尾和貴
あれ?ここ来たの4年ぶりだから道こんな風になっちゃったのかなって
でもおやおやっていやでもこれはちょっとおかしいよなって思って
石尾和貴
確か1分後ぐらいに戻ってきましたけど
そんなに行かずに帰ってこないと良かったなと思って見てましたけど
全然あの天気も良くてお昼だし
近藤淳也
なんか快適に下れそうな気候でしたけど
そこがそんな辛かったんですか?
でもやっぱちょっとそこら辺から
石尾和貴
実はその2日目ロードしっかり走れとはいたんですけど
その反動がちょっとあまり良くなかったんですけど
足のマメしっかりケアしてなかったんですよね
近藤淳也
そのロードを走ってるとき
石尾和貴
ロードの時に
で自分一応マメとかできづらいあまりできないんですけど
石尾和貴
ちょっと履いてた靴下が左側だけちょっときつくなっちゃってて
靴下脱いでずっとロード走ってたんで
で右は全然できてなかったんですけど
やっぱり左だけ最後足見たらめっちゃでかいマメができてて
全然走ってる間気づいてなかったんですけど
で上りとか平地は大丈夫だったんですけど
やっぱり下りになるとちょっとマメが痛み出して
でその宇都木岳からの下りの池山売れですかね
で痛くてやっぱりちょっと踏ん張りが効きづらかったり
眠気がやっぱり出てきてっていうところで
そこから少しまた暮れが出てきちゃったかなってところでした
近藤淳也
その辺からがいろいろちょっと予定と変わり始めたっていう
そうですね
近藤淳也
ところですかね
ちなみに靴はブルックスの靴を履かれてましたけど
あれはどういう靴なんですか
石尾和貴
あれは富士で4月に富士あるじゃないですか
で優勝したクリスマイヤーズっていうアメリカの選手が履いてて
なんか正直ブルックスはもちろんランニングメーカーとしては知ってるんですけど
トレイルシューツとしてはそんな認知していたわけではなかった
近藤淳也
そうですねあんまりね日本に履かれてる方も多くないと思うんですけど
石尾和貴
なので自分は認知しなかったんですけど
その早い選手が履いてるっていうところで知ったっていうのがきっかけでした
でたまたまスポーツ商品店行った時に見かけて
ちょっと試し履きしてみようと思って履いてみたら結構自分の中では良い感触
近藤淳也
お店の試し履きでわかるんですか
石尾和貴
はいもちろんわかりきれないところもあるんで
実際最終的にはフィールドでテストしないとですけど
フィールドまずフィールドでテストできるかできないかっていうラインがあるとしたらできるとかしたいなと思って
近藤淳也
結構値段は高いんですけど
いくらぐらいするんですかあれ
あれ高いですよ定価44,000円ですよ
44,000円やばいなかなか
石尾和貴
奥さんに言えなかったです
多分奥さんはなんか新しいの買ったんだねぐらいって言ってたんですけど値段言えなくて
奥さんはなんか大会中に知ったらしいです
あの靴そんなにするんだ
近藤淳也
誰かから聞いたの
石尾和貴
誰かがツイッターにあげてるの見て
しかも2足持ってんじゃん
それだけで88,000円か
実際にはもう少しポイントとかも聞いて安く買ったんですけど
まあまあでもやっぱり8万近くは払ってますよね
ちなみにそのブルックスの買う前に別のもう一個高い別メーカーの靴もいいなと思って買ったんですね
石尾和貴
でそれはフィールドテストしてちょっとやっぱり今回の対価に合わないなと思ったんですけど
それもこれまでに買ってきたどのシューズにも高いので
ブルックスはさらにそれを上行くんで
自分3週連続でこれまで買った高い靴を更新し続けてた感じですかね
近藤淳也
でもやっぱそういう新しい気になるモデルがあったらちゃんと試していって
今一番いいのを選ぼうとするみたいな感じですかね
近藤淳也
特にこのメーカーだけっていうのこだわらずに
石尾和貴
こだわりはないですね
でもやっぱりクッションいいものがいいんで
そういった意味だと前回大会とか自分他履いてたんですけど
他とかは結構やっぱり気になるメーカーとかで選択肢に多く入ってきたりしますね
あとはシックスとかノースフェイスとかかな
よく見せたのは
じゃあいろいろ試されて
石尾和貴
いろいろ試しますね
でやっぱり陸上もやってたっていうところもあるんで
結構靴は気になるところなんで
石尾和貴
3年間走れない間にやっぱりいろんな靴が出てて
どれもいいなって思って
いろいろ調べて履いて
最終的に今回の大会で一番合うのが
石尾和貴
履いてたブルックスのやつが一番いいなと思って
近藤淳也
良さっていうのはどういうところなんですか
そうですね
石尾和貴
この大会で言えばロードと山ってすごいメリハリがくっきりしてて
山で言えば滑らないこととクッションがしっかりあること
近藤淳也
Vibramのソールなんですかね
石尾和貴
Vibramの一番いいソールです
メガグリップだったかな
Vibramでもいくつかグレードがあるらしいんですけど
一番いいグレードのメガグリップっていうですね
その分だから高いらしいんですけど
だからラグが全然ないんですよ
近藤淳也
ラグがないんですか
石尾和貴
ラグがないって言うと変ですけどラグが浅いんですよね
ラグあったほうが滑らないじゃないですか
ラグは浅いんですけど全然滑る感覚がないんですよね
かつ軽くて足さばきがしやすいんで
足さばきしやすいっていうことは
登りとか下りもスイスイ行きやすいし
石とかにもつまずきにくいんですよね
で山でも向いてるし
平地は逆にスイスイ走りたいんで
これもクッションとか欲しいんですけど
ある程度の反発とやっぱり軽さと
逆にラグがあるとブレーキかかってる感じで
ちょっと走りにくいじゃないですか
そこはラグがないんで
ロードもしっかり走れる靴なんですよね
だからすごいこの体幹に向いてるなって思って
石尾和貴
一ノ瀬までもそうですし一ノ瀬からも同じ靴
入れ替えはしましたけど
近藤淳也
なるほどでもラグも確かに
泥みたいなとこ走るわけでもないですからね
石尾和貴
そうですね
近藤淳也
岩が多いし
石尾和貴
そうですねラグはそこまでかもしれないですけど
むしろビブラムっていうところの方が大きいかもしれないですね
結構やっぱりイワイワしたところを滑らずに行くっていう観点では
近藤淳也
にしても裸足って
そんな時間もあったんですか
石尾和貴
裸足というかすいません裸足じゃなくて
靴下脱いだだけですね
近藤淳也
どういうことですか
だけど裸足で履いたってことですよ
靴を
石尾和貴
そうですそうです直接で履きました
近藤淳也
それしたことないです
本当ですか
動きそうやしなんか
石尾和貴
どうなんだろう
ちょっと靴下が急になんか締め付けが強くなっちゃって
むくみなのか
急に痛いなと思って今までそんなことなかったんですけど
靴下脱いだら一気に楽になったんで
70キロ靴下なしで走ってましたね
ちょっと反省です
近藤淳也
反省ですね
ちょうど坂井峠でお会いしましたよね
坂井峠でブーンって車に乗ってたら
ちょうど峠越えるときに追いつけて
走ってましたからね確かに
あの時もちょうど左足は靴下履いてなかったですね
石尾和貴
それが良くなかったですけど
近藤淳也
で唯一マルトの営業時間に来られたんで
寄るかと思ったら寄らずにそのまま行かれて
石尾和貴
そうですねちょっとそこは申し訳なかったですね
近藤淳也
全然いいんですけど
同僚の方々が応援されてましたね
じゃあそれで中央も越えて市の瀬行かれて
そこでまた寝ましたね
石尾和貴
そうですね市の瀬ちょうど台風
本当であればもうそのまま
南アルプスの地蔵に入りたかったんですけど
台風予報で台風がちょうど
石尾和貴
これから数時間後に来るっていう予報だったんで
無理して台風の中突っ込むよりも
市の瀬でしっかり寝て
少しでも台風にあたる時間を少なくする
して行った方がいいなと思ったんで
市の瀬で寝ることにしました
石尾和貴
寝れなかったですかね
近藤淳也
それは寝れなかったんですね
石尾和貴
寝れなかったですね
近藤淳也
いやなんかできれば発電機止めてもらえませんかって
市長さんがおっしゃって
本当に止まったんですよね
スタッフの方が
近藤淳也
市長さんしかいないし
睡眠スペースの結構手前まで人はもう入らず
とにかく市長さんを寝かせてあげようみたいな感じの
近藤淳也
シフトでみんなすごい遠まきに
いつ起きるかなみたいな感じで見てたんですけど
寝れなかったんですか
寝れなかったですね
石尾和貴
難しいですね本当に
近藤淳也
そこはだいぶもう来てるじゃないですか
市長さん中央アルプスの下りでも
ちょっと眠気もあったと思いますし
カフェイン入れてたわけでもない
石尾和貴
でもないですね
近藤淳也
人ですかね
石尾和貴
そうですね
あんまり人のせいにはしたくないんですけどやっぱり
人の気配はやっぱ気になってて
そうですね
もちろんレース中なんで
石尾和貴
なんていうんですか
なんて言えばいいんだろう
アドレナリンとかが出てるところあると思うんですけども
やっぱりなんかやっぱ気にはしてたんだと思いますし
石尾和貴
それでも前回は結構ぐっすり寝れてたんですよ
近藤淳也
市のせいで
石尾和貴
市のせいでやっぱその違いってなんだろうなと思ったらやっぱり
眠気が全然違ってて
本当に前回はそんな長い距離やったことも全然なかったんで
やっぱり結構疲労も強くて
眠気もやっぱりその分強くてすぐにどこでも寝れたんですけど
今回は変に余裕がある中で寝ようとしたんで
やっぱりそこが自分が見余ってたところかなっていうところですね
近藤淳也
それだけ実力がついたっていう
石尾和貴
よく言えばそうですね
悪く言うとやっぱもっともっと追い込めた
石尾和貴
追い込んでよかった
近藤淳也
そうなんですか
確かに眠かったけどやっぱりじゃあ本当にすぐ寝れるか
石尾和貴
前回大化に比べるとやっぱり眠気は全然まだまだ緩かったなっていう風に思いますね
そうですかそれやっぱ疲れてる度合いが違ったんじゃないか
石尾和貴
疲れてるのもそうですしやっぱ慣れとかもあるかもしれないんですけど
近藤淳也
全くじゃあ寝れずで
全く寝れなかったですね
石尾和貴
市のせいは本当に寝れなかったですね
近藤淳也
台風に向かって
石尾和貴
台風に向かって
近藤淳也
結構な状況ですねそれはね
石尾和貴
と言いながらもやっぱり地蔵に入ると夜中で誰もいないんで
やっぱり眠気が強くなってやっと寝れるなと思って
シェルターを張って寝落としました
で大雨ですよ
石尾和貴
ここでかやっち
でしたね
寝たんでしたっけそこは
いやもう全然寝なかったですね結局
石尾和貴
だから本当に今回は睡眠に苦労しましたね
でもその時点でこれはもう全然目標には届かないなっていうのを
その時に諦めて
1つ目の目標を諦めていきましたというところですね
近藤淳也
4日と12時間はちょっと難しいだろうって
石尾和貴
もう市のせいぐらいで4日と12は無理だなと思ってたんですけど
でも大会記録の4日と18時間は
まだ頑張れば目指せるなっていうところであったんですね
でも市のせいでも寝れなかったし
石尾和貴
その地蔵寝でも寝れなかったんで
大会記録ももうダメだなっていうのはその時点で思いましたね
じゃあ次5日を目指すかっていう風に一応思ってはいましたかね
近藤淳也
そっから得意の南アイスだったと思うんですけど
でもそこも結局やっぱりしばらく台風の影響で風と雨がずっと強くて
石尾和貴
やっぱりなかなかレイヤリングが難しかったんですよね
そんな疲れてる感じは全然なくて足も動きはしたんですけど
やっぱりレイヤリングで脱ぎ気とかしたり
あと雨なんで足のケアとかも結構そこで時間使って
雨はもう途中で夕方ぐらいに歩みはしたんですけど
風が強くて何枚何を切るかとかっていうところで細かい調整とか色々して
ってなってやっていくうちにやっぱりだんだん予定から遅れていき
さらに豆の方もやっぱりだんだん痛みが強くなってきて
なんかそんな踏ん張れなくなってきたっていうところで
本来タイムを稼ぎたい区間も全然稼げなくなってしまったっていうところで
3匹ぐらいのタイミングでは前回大会で言えば
牧野さんとかが5日と2時間ぐらいだったじゃないですか
だから牧野さんめちゃめちゃ後半上げててそれだったんですよね
自分は確か3匹峠ぐらいでその時の牧野さんと一緒ぐらいの時間だったんですよね
でも今の自分の状態からするとそんな後半上げれないし
それでも5日切れなかったから
もうこれは5日切りもできないなっていうのをその時に悟ったっていう感じですかね
近藤淳也
なるほどね
潮見でダウンを羽織ってましたよね
潮見では羽織ってないっすね
荒川とかですかね
普通にダウン着て歩かれてる映像が来てそんな寒いのか
いや寒かったです
でも戦闘の歩く強度で運動されてるわけじゃないですか
石尾和貴
だいぶ寒かったんですかね
風が強かったですね本当に
持ってってよかったですね本当に
風速ひどい時はやっぱり20越えてたと思う
近藤淳也
そんなにあったんですね
石尾和貴
戦後回の時が確か15ぐらいか15以上みたいな話だったと思うんですけど
戦後回よりも全然強かったんで
多分20は越えてたんじゃないかなって思いますね
近藤淳也
しかもあの週はね結構気温が秋の風みたいな感じで
寒くて
石尾和貴
寒かったですね
そういうのも影響したんですかね
だと思いますね
近藤淳也
でその後はもう寝ずですかずっと
石尾和貴
でその後はですね
4日目は4日目ぐらいからもうやっぱりちょっと少し目標諦め出しましたと
まあでもやっぱり一応自分の中では優勝したいし
何とか1位は突き通したいなという気持ちはありながら進んでいきましたね
ただやっぱり今思い返すとやっぱりもうその5日切れ諦めたぐらいから
結構サンマニアになってしまったなと思いましたね
具体的にやっぱり何ですか各チェックポイントのスタッフと
多めに話をしてしまったなとか
やっぱそれはなんか自分としてはリラックスになるんですけど
タイムを狙う上では削れるポイントじゃないですか
だから後で振り返るとやっぱり自分の中ではそこは甘えてたんで
石尾和貴
もうやっぱり
なんて言うんですかね
行動は変わり始めてたところだったなと思いますね
近藤淳也
ちょっとその目標を諦めたことで気持ちが
切れちゃってましたね
石尾和貴
優勝意識するってなった時も後ろとも結構下がったんで
なんかもう変に行って怪我とかして
続行不可能になるっていうのも嫌だなっていう気持ちも
守りにも少し芽生えてしまってたってところですね
近藤淳也
じゃあそんな筋肉痛にもなかったっていう話でしたけど
別に歩くこと自体は全然潰れてるとかじゃなくて
石尾和貴
そうですね足も全然普通に元気で
眠さはあったぐらいかな
眠さと目がちょっと痛いかなぐらいでしたかね
筋肉疲れは全然なかったですね
近藤淳也
じゃあミヤミヤアルプスも別に潰れてるわけじゃなく
とりあえず行くか
石尾和貴
過方修正した目標と共に行くかみたいな
近藤淳也
行けたって感じ
石尾和貴
だからなんかいいのか悪いのかっていうのはあると思うんですけど
なんかもう淡々と進む
苦しい場面も特になかったみたいな感じで
行ったってところですかね
近藤淳也
苦しくないんだ
睡眠はどうだったんですか
石尾和貴
南は4日目の夜は
本当であれば高山浦避難小屋まで行って寝たかったんですけど
やっぱちょっとどうしても眠気が強くて
途中で2時間ぐらい寝ましたっていうところですね
それで5日目に入って
5日目を高山浦避難小屋ぐらいで迎え
5日目を
5日目をそうですね
近藤淳也
三伏峠から高山浦避難小屋の間で迎えて
相変わらず風強いなっていうまんまで
石尾和貴
ずっと淡々と淡々と各チェックポイント
ちょうど三福から全部山小屋スタッフもいらっしゃるんで
さっきお伝えしたようにやっぱりところどころでスタッフとちょっと多めに会話して
男澤さんがいたりとか
石尾和貴
男澤さんがいて
近藤淳也
竹内さんがいて
石尾和貴
でもなんか百犬ぼらって結構困ってるじゃないですか
やっぱ登山者少ないんですけど
やっぱり登山者少ないところにいる登山者ってやっぱり
変な言い方かもしれないですけどやっぱり元気な方が多くて
そういうところまで来る方だから元気なのか
それともそこにいるスタッフが元気だからか
男澤さんと関さんが元気だったからか
なんかめっちゃ百犬ぼら前後の登山者の方元気でしたね
近藤淳也
そうなんですか元気
普通の方も
めっちゃなんかテンション高かったですね
近藤淳也
テンション高い
そうなんですね
そこはね重曹されるする人しかいないですからね
石尾和貴
でしたね
だから正直あんまり面白いこともなかったです
近藤淳也
登山者さんとはあんまり喋らないですか
石尾和貴
立ち止まって喋ることはないですけど
石尾和貴
応援いただいたらありがとうございますみたいな感じで
近藤さん大南アルプスされて
ウサギだけで美味しかったでしょうか
ウサギ見たんですか
あそこってウサギいるんですか
急に急に何の話ですか
石尾和貴
めっちゃ気になってて
由来気になりません
近藤淳也
気になりますね
なんでウサギだけかって
石尾和貴
本物ですか
近藤淳也
本物ですよ
あそこにいるんですね本当に
山頂にやった着いたと思って
ふーって座ったらぴょんぴょんぴょんぴょんって動き出して
動物がえって思ってみたらノウサギだったんです
本当にいるんですねあそこ
近藤淳也
でもみんなに疑われてますけど
石尾和貴
本当に信じられないですよ
あんなとこにいるんですね
近藤淳也
それが由来かどうか知らないですけど
石尾和貴
でもそうなんじゃないですか他に
こうやって見ないですもん南アルプスで
近藤淳也
そうですよねよく知ってますねその話
石尾和貴
いやいやそれはもう全部
近藤さんのことは全部調べて
近藤淳也
大南アルプスの話を聞いていただいたんですか
石尾和貴
でも自分はやっぱりその時
ウサギだけ登りながら探しましたね
近藤淳也
本当ですか
石尾和貴
でもそうしたら確かに遠くの方に
なんか白っぽい影いるんですよね
僕が見たのに白くはなかった
違うか
近藤淳也
なんかね茶色いやつ
石尾和貴
茶色いじゃあ違うか
近藤淳也
だから
石尾和貴
見ました影を
自分は遠くに白っぽい影を見た時に
あれ本当にウサギかなって
ずっと思いながら登ってました
近藤淳也
そうなんですね
ちなみにそのなんかいろんな人と
いろんな人が応援を受けたと思うんですけど
登山者の方とかその元気な登山者とか
それはどうでした
近藤淳也
あとあれですね
石尾和貴
ライブカメラどうでしたっていうのも聞きたいです
ライブカメラあんま気にしてないですね
石尾和貴
なんかいろいろ応援の論争があるかもしれないんですけど
応援のスタイルですかね
自分やっぱり今回ずっと単独で走ってて
みんなさん結構孤独孤独とかって
おっしゃったかもしれないですけど
あんまり自分の中で孤独の感覚なくて
それは結構応援の方が多くいらっしゃったおかげだと思ってます
でやっぱり集中してる時とか
やっぱしんどい時にうまく答えられない時とかもあるんで
やっぱり苦しい時ももちろんあるんですけど
石尾和貴
やっぱり応援してくださるのはありがたいし
ありがたいなとも思います
でライブも別にそんな気にはならないんですけど
やっぱり強いて言うならば
無言で撮られることはやっぱり
ライブカメラとかスタッフの方とか全然いいんですけど
やっぱり応援にくださっている方で
本当に何も言わずにずっとその場でただ立ってて
ずっとカメラだけ向けて撮られるっていうのはやっぱちょっと
近藤淳也
何も言わずにこうやってカメラ持ってる人がいる?
石尾和貴
っていうのはやっぱり少しいい気はしないんで
怖いですよね
そう怖いんですよね怖いんで
それはやっぱりちょっと自分の中で
怖いなっていうところがある
例えばなんかやっぱりすごいご配慮いただいて
撮ってもいいですかっていうふうに声かけていただいて
それはもちろんOKですし
別になんかカメラ構えてもらって
石尾和貴
頑張ってくださいって撮られるのも別に
自分そんな気にはしないんですけど
何も言わずに本当頑張ってくださいもんとか
写真撮っていいですか?
もう何もなしにずっと撮り続けられるのはやっぱり
なんか怖いというか嫌ですよね
石尾和貴
それ以外は別にそんな気にはならないですけど
近藤淳也
そのコメントをレース中に出されましたよね石岡さんが
石尾和貴
どこから伝わったんですかねあれ
近藤淳也
あれだからちょっとシーン違うんですよね
違うんですか?
石尾和貴
あれはちょっと何て言うんですかね
訂正すると
自分はだからそのちょうどその手前で
無言でただカメラだけを向けて何も言わない人がいたんで
やっぱりちょっとそれは嫌だなっていうのを
ボソッと言ったのがなんか色々歪曲されて
近藤淳也
レース中にちょっと言われた
石尾和貴
スタッフの方に言ったのが
多分スタッフがちょっとそこうまく捉えられなかったというか
正直あんまりそれは投稿してほしくなかったんですけど
石尾和貴
スタッフとのただ話してたところを
なんかちょっと投稿されたのはっていうのはあるんですけど
なんか後で投稿見直したら
えっとなんだっけ
石尾和貴
まあとりあえずちょっとシーンじゃないなっていう投稿は
気になったんですけど
まあまあそこは仕方ないんで
近藤淳也
そうなんですか
石尾和貴
まあ別にそんななんか
いやでもねやっぱりね石岡さんの発言っていうのは
近藤淳也
選手代表みたいなものになるなとは今回思いました
石尾和貴
いや思いました
だからちょっとあーって思いましたね
近藤淳也
全然悪いこと言ってるんじゃないですよ
ただやっぱそのトップ選手がそう言うんで
みんなきっとそう思ってるっていう
近藤淳也
でもう石岡さんが言うなら
石尾和貴
これは多分広報した方がいいみたいな
多分なっちゃったのかなって思いました
近藤淳也
でまあちょっとその応援のマナーとして
声もかけずに撮るのはやめましょうっていう
石尾和貴
そうですね
いやなんかそんな感じになったんだろうなっていうのは
なんとなく
近藤淳也
でそれはちなみにライブ配信班にも降りてきて
ライブ配信カメラも必ず一言
声かけてから撮るようにみたいな
お達しじゃないけどみたいなことになって
まあそんな多分結構みんな聞いてから撮ってた
そうですね
石尾和貴
まあ難しいところですよね
まあ自分の器とかがもっと広ければいいかもしれないんですけど
難しいですよね
それこそ山本さんみたいにフリー素材ですね
まあいろんなタイプの人がね
はいいますけど
やっぱり集中してる人とか集中する場面もあると思うんで
みんながみんなじゃあそうやって生きるかというと
そうでもないと思いますし
石尾和貴
でも少なくともやっぱり自分としては別に
撮られるのは別にそんな嫌じゃないですと
だから今あえてこうやって言わせてもらうと
石尾和貴
撮られるのは別にそんな問題はないですし
お声かけいただくのも問題はないです
ただやっぱり無言で何も言わずにカメラ向けて
そのまま終わるっていうのはやっぱり怖いし
近藤淳也
なんかおかしいじゃないですか
それは人としてちょっとマナー違反というか
まあ多分それが許されるのは
プロ選手とかでプロスポーツ
例えばプロ野球見に行って
なんとか選手じゃパッと撮るみたいな
なんかそこまで行くと僕はありかなという気はするんですけど
石尾和貴
すごい遠くでこっちも気づかないとかならいいと思うんですけど
目の前通ってくのに
本当にカメラだけで何も言わないって
どういうこと?
石尾和貴
しやっぱり自分の中では
1個人がただ挑戦してるだけのレースっていう風に
捉えてるんですよこの大会っていうのは
石尾和貴
だから何ですか第3者の方からしたら
自分って本当にただそこを歩いてるだけの
登山者にしか過ぎないはずなんですよね
でそんな人をただカメラで撮るっていう状況って
やっぱおかしいと思うんですよね
おかしいというか怒り得ないはずじゃないですか
近藤淳也
逆にどう思ってるのかなってちょっと想像すると
あんなNHKで毎回やってるような有名な大会に出ている
トップの選手なんて
それこそ野球中継でいつも出ている
あの有名な野球選手みたいな
なんかそんなイメージなのかと思うんですよ
だから逆に言うと声かけるのも拒ましい
っていうか挨拶できるような存在には
近藤淳也
思えないみたいな方ももしかしたらいるかもしれない
かなりなんか変じゃないですか
プロ野球選手いたからつってなんとかさんとか
そういうんじゃないでしょみたいな
むしろ無言で有名人には声かけないみたいなマナー
みたいな人ももしかしたらいるかもしれない
なんすかね
石尾和貴
まあそうっすね
でもそれならやっぱり
存在をそこまで行くなら
認知されないようにしてほしいなっていうところですか
やっぱこっちとしては
石尾和貴
遠くからならまだ
カメラ向けてるってことはやっぱ存在感があるわけじゃないですか
石尾和貴
そうで
じゃあなんでそこに存在してるかっていうと
やっぱり自分を気にしていらっしゃるわけで
そこで頑張ってくださいっておっしゃってくだされれば
石尾和貴
自分を応援してくださっていらっしゃる方なんだなっていう風に
全然何も違和感なくありがとうございます
って言うんですけど
カメラ向けてるってことはやっぱ自分に
やっぱ興味があって来てくださる方
でもやっぱり無言って
何考えてるかわかんないから
すごい怖いんですよね
石尾和貴
だからあんまりなんか悠長
いろいろまた論争が起きてあるかもしれないですけど
一個人としてやっぱり
石尾和貴
撮っていただくのは全然そんな嫌ではないんですが
やっぱり無言でそのまま終わっていくっていうのは
ほんといないですよ
ほぼいないんですけど
やっぱり1日に1人か2人がいらっしゃったんで
石尾和貴
ちょっと怖かったな怖いっていうか
近藤淳也
おっしゃるようにその
一登山者同士として考えたらあり得ないっていう感覚はありますよね
石尾和貴
登山で普通にすれ違って
いきなりこうやって
近藤淳也
無真似だったりしないですよねっていうのはおっしゃる通り
一登山者っていう立場であれば別に頑張ってくださいとか
石尾和貴
頑張ってくださいっていうのもあるか
一登山者は別になんか
今日どこまで行くんですかっていう
会話は別に全然普通じゃないですか
その感覚で頑張ってくださいありがとうございますって
返すのも全然あり得ると思うんで
なんか自分としては別に声かけられるのもそんな気にはしないですかね
近藤淳也
なるほどね
あとなんかあれですよね
一緒に写真撮ってくださいみたいな人もいたっていう
それもほんと人それぞれだと思うんですけど
石尾和貴
止まれなかったら申し訳ないんですが
やっぱ自分の中ではそこはタイムとか記録を優先しているんで
なんか一個やっちゃうとすごいいろいろ
近藤淳也
じゃあ私も私もってなり始めたらけりないですもんね
石尾和貴
やっぱそこはなんか応援してくださっている方は
やっぱりその選手の挑戦を
多分第一に応援されている方が多いのかなと思うんで
自分の挑戦はタイムを出すこと
石尾和貴
だからそのために
なんていうんですかね足を止めないっていうのは
理解してもらえるのかなっていう風に思ってるってところですかね
近藤淳也
スタンスは選手それぞれだと思うんで
何が優先度が高いかはあると思うんですけど
近藤淳也
石尾さんの思いが聞けたので
そういうことかって分かって
そうですね
石尾和貴
自分全然なんかいろんなスタンスあって
別にそれを問いかけるつもりないですし
石尾和貴
ですかね
近藤淳也
ライブカメラは全然大丈夫でしたか
石尾和貴
全然気にならないかったですね
近藤淳也
そもそも取り組みはどう思われます
石尾和貴
IBUKIステーションのってこと
近藤淳也
今回新たにテレビは入らないんですけど
いろんなボランティアのカメラマンさん山に入って
石尾和貴
スマホで撮って毎日流すって新しい
面白いなと思いましたし
やっぱり自分は他の方がこんな感じなんだっていうのは
今まで分かってるようで分かってなかったので
それを見られたのはやっぱり新鮮で面白かったですね
なんかご覧になられてるって
見てますね
近藤淳也
順番に見てるんですか
順番に見てます
近藤淳也
YouTubeでアーカイブで
どうですか感想としては
石尾和貴
すごいな最初3時間って何喋ってるんだろうと思ったら
確かに3時間必須だって思いながら
近藤淳也
もともと時間見たら3時間になってるけど
何をそんなに長い時間喋ってるかと思ったら
あれどんどん長くなってきますよ
石尾和貴
今やっと6日目なんで
じゃあご自身はゴールされて
近藤淳也
でも自分のゴールのとこあんま見てないですけどね
恥ずかしくて
じゃあ他の方の映像とかを
石尾和貴
そうですね
近藤淳也
順番に見てる
あれ割りでありって感じですか
石尾和貴
可能ならもっとこれからも続けて
引かれるのが自分としては面白いなと思いました
近藤淳也
本当ですか
残ってよかったですか
あってよかったですか
石尾和貴
そうですね
あってよかったんじゃないかなと思いますね
マイナスにはならないんじゃないですかね
近藤淳也
なんか改善点とかないですか
石尾和貴
改善点ですか
すごい考えればあるかもしれないですけど
今パッとは思いつかないんで
そんななんか
すみませんありましたね
やっぱり戦士の声が今回全然聞こえてなかったじゃないですか
それはやっぱりもったいなかったんじゃないかなと思いますけど
でも難しいところですよね
近藤淳也
スマホのマイクでなかなか
そんなぴったりくっついてってわけでもいかなくて
石尾和貴
仕方ないかなと思いますね
近藤淳也
じゅんこさんがね
しおみだけ
あらかわだけか
石尾和貴
ひじりだけ
あ、ひじりだけか
石尾和貴
頂上で待って
避けるチーズの話
近藤淳也
すごい遠くから撮ってるから
なんか石原さんの声があんまり聞こえなかったりとかね
石尾和貴
2人しかわかんないから
近藤淳也
そうですね
じゃあまあちょっと目標
1個目と2個目の目標はならずで
優勝は3つ目の目標は達成されたっていうことで
今後って話ですと
近藤淳也
またやろうかなみたいな
石尾和貴
まあそうですね
今のところはやっぱり
目標タイムをもう1回しっかり目指したいなっていう気持ちが
ありますかねっていうところではありますが
ちょっとまた何が起きるかわかんないんで
そこまで今のところは大会するように向けて
すごい何か意気込んでるわけではないですか
近藤淳也
わかりました
この人と走りたいとかはありますか
石尾和貴
どうだろうな
いやもちろん気持ちで言えば
速い人と競いたいなっていう気持ちがありながら
でも反面でも速い人出ると
じゃあちょっと優勝の可能性薄まるしなとかっていう
そんな気持ちがあったりなかったりとかですかね
近藤淳也
牧野さんがね今度は一緒に走ろうっておっしゃってましたけど
どうですか
石尾和貴
競えるように頑張ります
近藤淳也
他にもあの人とはっていうのは
一緒に挑戦目指されてる仲も
お仲も方もいらっしゃるんですよね
そうですねそれこそさっき名前挙げさせてもらった22で
石尾和貴
まだゴール達成できてない
久保さんとか野田さんは
ぜひ一緒に次回走れたらいいなと思ってますけど
こればっかりはどうしてもできないし
次回走れなくても
引き続き諦めずに4年後とか6年後とか
本人嫌がるかもしんないですけど
自分も次回出れて4年後とか6年後
出てるかわかんないし出れないかったとしても
何かしら大会とかに携わってる可能性があると思うんで
その時に応援できたらいいなとは思ってますが
そんな感じですかね
分かりました
近藤淳也
じゃあまあしばらく石尾さんのトランスジャパン
そのロールプレイングゲームはまだクリアしてない?
いや全然クリアしないですね
近藤淳也
ダスボスはまだっていう感覚ですかね
石尾和貴
攻略本をやっと今作り直しててっていうところで
近藤淳也
まあじゃあしばらくその挑戦は
ロールプレイングゲーム続いてますね
っていう感じですよね
近藤淳也
逆に言うとでもそんな長いことね
熱中できるというかゲームを超えるものが見つかって
そうですね
近藤淳也
良かったですねって言ったらちょっとあれですけど
すごい存在ですねトランスジャパン
石尾和貴
そうだと思いますね
近藤淳也
なんかその人生を豊かにしてくれるもんだって
田中誠さんの質問に答えられてましたけど
石尾和貴
どういう意味なんですかね豊かっていうのは
でもそうですねそれこそやっぱり目標となるものがあった方が
石尾和貴
メリハリと言いますか生きがいがあるかなと思うんで
自分にとっての今の生きがいはいろいろあるんですが
大きな生きがいを感じられるものの一つとしては
この大会をいかに早くゴールするかを考えることとか
実践することだと思っているんで
そこは引き続き目指していきたいなっていうところですね
近藤淳也
じゃあちょっと今度の大浜海岸でライブ配信しながら
4日と12時間きりのゴールを待ってます
石尾和貴
どうなるか分からないですが
ありがとうございます
近藤淳也
長い時間本当に
石尾和貴
ぜひ私は2年後もし出た時にまた近藤さんをより深く知った状況で
近藤淳也
インタビューを答えられるようにしたいなと思います
石尾和貴
なんでですかそっちは別に大丈夫ですよ
面白いんでぜひ近藤さん会を作ってもらいたいですね
近藤淳也
本当ですかじゃあまた機会があれば
長い時間ありがとうございました
またぜひ素晴らしい走りを楽しみにしています
石尾和貴
ありがとうございます
近藤淳也
石岡さんでしたどうもありがとうございました
石尾和貴
ありがとうございました