「僕の人生の今は何章目ぐらいだろう・・・」 ウルフルズの有名な歌の一節ですが、モーセもまさに、このような気持ちで人生を過ごしていたのではないでしょうか。
圧政のエジプト政権下で産まれたモーセは、桃太郎の原型とも思えるような出来事によって命を救われた後、数奇な運命をたどることになります。 最初の40年をエジプト王宮で過ごし、挫折を経て40年間荒野で羊を飼い、そして枯れ果てた最後の40年で、数百万人のイスラエル人をエジプトから解放する大事業を成し遂げるのです。
しかし、この40・40・40の人生は、聖書の中に均等に書かれていません。 なんと、最初の80年を1章で収め、最後の40年に135章もの筆を費やしているのです。 まさに、人生は若さ・長さではなく、「何のために使ったか」というクオリティが大事だと言えます。
では、記述すべき内容がほとんど無いような、荒野での生活は、無駄だったのでしょうか? 決してそうではありません。神様が誰かを用いるとき、どうしても「神の偉大さ」と「自分の無力さ」を味わう、「砕かれる期間」が必要になります。 その過程を経るからこそ、「何もできない私を使って、神は偉大なことをされる」というスタートラインに立てるのです。モーセはもちろん、初代教会の使徒たちもそうでした。
神様は、モーセや使徒たちと同じように、あなたを用いたい、あなたと一緒に素晴らしい事を成したい、と願っておられます。あなたの人生の荒野は、「神に委ねる従順さ」を学ぶ準備期間なのです。
さあ、あなたの人生は、今何章目ぐらいでしょうか? 荒野での準備期間でしょうか?それとも神様の働きに従事している期間? その繰り返しだよ!という方もいるかもしれませんね。 「何もできない私を使って、神が偉大なことをして下さった!」と、あとがきに自信を持って記せる、そんな人生の物語を書き進めていきませんか?
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