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こんばんは、ほかひびとラジオのTaitoです。
最近、AIエージェントって流行ってるじゃないですか。
クロードコードとかでね、AIのエージェントを作るみたいなので。
これまでチャットGPTとかはね、割と作業の相談とかできるけど、実行までは別のツール使わないと難しいみたいな感じだったけど、
クロードコードとかだと、いろいろローカルのファイルいじって実行までやっちゃいますみたいなね。
なんなら、一人社長で、AIエージェントで経理部がいて、マーケティング部がいて、それを批判的に見る人間も、監査的な役割の人間もいて、
もう一人だけで会社組織をエージェントで作れるみたいなね。
そういう話もあるみたいですけど、そんな話を友達としてたりとかして。
エージェントっていう概念についていろいろ考えたんですよね。
僕すごい気になってる概念で、
エージェントって言ってしまえば、エージェント、エージェンシーとかっていろいろ英語の中で言葉がありますけども、
エージェントっていう言葉自体は名詞で、何かを起こすとか動くもの、作用するものとかっていう意味で、
エージェンシーっていうのは何かを始めたり、状況に働きかけたりとかすることができる力とか感覚のことを言うんですけども、
だからエージェントはそのものごと、ものそのもの。
エージェンシーはその力、その性質、力みたいなことで。
これってすごいいろんなことに重要。
働き方にしても、AIにうまく仕事を投げられるっていうのは、
AIにもエージェンシーが生まれる、目的に向かって走り続ける動力みたいなのが生まれる場所、回路を設計することだと思ってて、
それは何て言うんだろうな、アフォーダンスって言葉あるけど、
例えば座りやすい高さの切り株があったらそこに座ろうと思えるとか、
ドアノブっぽい形のものがあったらひねったら開くんじゃないかって思えるとか、
自分が環境に対して作用できるんじゃないかと想起させるような環境みたいなこと、環境設計みたいな、
そういうことをアフォーダンスって言ったりするんですけど、
それもエージェントと似ていて、何て言うんだろうな、
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主体的でもなければ、能動的でも受動的でもない感じ。
例えばオープンマイクをやるイベントをやるみたいな、
自分たちが新聞を作って配っている、コミュニティをやりたいと思っているみたいなことに対して、
すごく重要なヒントを与えてくれるんじゃないかなという気がしていて、
完成されきった場所にお呼ばれしても、自分はお邪魔者だなという感じになっちゃうけど、
ここって何かできるよねっていうアイディアが湧くっていうか、
ことがあると自分は関与したいっていうことを思えるわけじゃないですか。
それってエージェンシーだなと思っていて、
何だろうな、ある種勝手に自分が目的みたいなのを設計して、
そこに向かって埋め込んだ目的に進んでいこうと思える環境設計みたいな、
そういうことだなと思っていて。
今働いてますけど、仕事の会議でなかなか喋れないみたいな、
発言ができないみたいなチームに対して、
皆さんもっと喋ってくださいねみたいなことを言ってる上司がいたんですけど、
クライアント喋るときに。
それって多分そこにエージェンシーっていうかアフォーダンスがないっていうか、
何かを誘発する仕組みが整ってないからだと思うんですよね。
だからそこに本当に必要なのは、
何かお菓子が置いてあるとか、お茶菓子が置いてあるとか多分そういうことで、
それは具体的にものすごく狭い事例ですけど、
ここに何か自分が作用したら環境が変わるんじゃないかみたいなことを想起させてることっていうのが、
いい場所っていうものを作るには大事だなと思ったりとかしましたね。
アメリカの大学に行った時に、
よく近所の公園に行ってたんですけど、
ポケって池があるんですよ、広い池があるって公園に。
何かね、小石を投げ入れてたんですよね。
その時に池に波紋がポチャーって広がっていくのがね、
見てるのが好きで、
捕飼人っぽい、不老者っぽいですけど、エピソード的に。
何か僕はその時に、
ああ、こんな簡単な行為で世界からの作用を感じられるんだって思ったんですよね。
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結構あってそういうのが、
砂浜でアリが歩いてるなって思った時に、
ちょっとだけ小高い山を意地悪で作ってあげると、
それを迂回したり上に登ったりするっていうだけで、
何かね、ある種、環境は変わるわけですよね。
何かね、介入したいと思う気持ちっていうか、
それは悪い意味っていうわけじゃなくて、
関わり方の可能性がいくらでもあるっていうことを思いつけることっていうか、
そういうのはね、すごく大事なんじゃないかなっていうのは思いますね。
だから、その下北沢でね、
オープンマイクをね、
オープンマイクっていうバーの営業時間後にマイク一本立てて、
誰でも参加していいですよ、歌ったりもしていいし、
詩を朗読したりしてもいいですよっていうアメリカの文化みたいなのがあって、
それをね、ずっとやってるんですけど、
僕はね、それを、
自分がミュージシャンでもないけど、
路上で弾き語りしたことがあって、
1回財布なくなった時にニューヨークで、
もう自暴自棄になってやったんですけど、
その時にね、わーってマイクに向かって声を出したら、
なんかね、遠くの人が振り返ってくれるみたいなね、
手を振ってくれるみたいなことに気づいた時に、
わーっていう街の景色が広がった感じがあったんですよね。
で、
このオープンマイクっていうものそのものはさ、
そのものはさっていうか、
そのものは技術っていうわけじゃなくて、
ノウハウなんで、
ただの方法論だから、
マイク一本あって、
じゃああなた何するってなった時に、
誰か弾き語りして、
次の人も自分で弾き語りとかしたいとかだったら、
いろいろこう、
自分はなんだろうな、
ここで歌えないしなとかって思うかもしれないけど、
別の人間が、
詩を朗読しますって言ったら、
あ、そんなのもありなんだみたいな。
別の人間がスタンドアップコメディやりますって言ったら、
あ、そういうのもできるんだみたいな。
漫才やります、コントやります、
ダンスやります、
ちょっとコーヒー持ってきます、
カレー作ります、みたいな。
あれもマイクから離れても、
なんかこのイベントって何でも持ってきていい場所なんだ。
ってなったら自分もアクセサリー作れるなみたいな。
そういう感じで、
なんかね、
こう、真ん中が空いてるからこそ、
主体性を投げかけるわけでもなく、
完全な柔道でもない、
その柔道体的なものを場に担保してるからこそ、
こう、参加したりしなかったりとかっていうのを選べるみたいな。
それがね、
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エージェンシーってことで、
多分、こういう、僕みたいに、
なんかそういう空間みたいなものだったりとか、
メディアみたいなものに関心があるタイプは、
やっぱそういうところに惹かれるんだなっていうのを、
改めて思い入れましたね。
エージェンシーって言葉の語源とかを遡ったりとかして。
なんかね、
それこそ、
ジラフっていうね、
バーで、たまに来る、
ゲーム会社で、
ゲーム制作してる人がいるんですけど、
なんか、
ゲームって遊びじゃないですか。
で、いい遊びのルールを考えるってことが、
ゲーム会社のね、
使命っていうか、
売れるゲームを作るみたいなのと同時にある、
使命だと思ってて、
それってある種、仮の目的っていうのを立てて、
そこに向かわせる?
なんでもいいけど、キャンディークラッシュとかでもいいけど、
すごい古いな。
ソーシャルゲームあんまりいらないんですよね。
なんか育成するとか、
パズルを整えるとか、
いろいろあったら、
じゃあそれが、
あたかも、
最上目標下のように、
設定して、
自分でバーってね、
ゲームに参加するわけだけど、
その時に、
いいゲームの条件って何ですかってことを聞いたんですよ。
その人が、
自分が、
起こしたアクションに対して、
フィードバックが高速に返ってくること、
って言ってて、
面白って思って。
なんか、それってまさに、
川に、
湖に、
石を投げた時に、
すぐに波紋が広がること、
と一緒だと思うんですよ。
それが例えばテトリスとかだったら、
自分がカカカって動かした時に、
下にすっぽりはまるかどうか、
はまらないかどうかっていうのが、
高速で判断をさせられるわけじゃないですか。
それで自分の指先の動きによって、
失敗した、成功したっていう、
フィードバックが毎回毎回入ってきて、
それが高速に繰り返されるっていうことが、
要は、
なんかある種の、
畜生とみはいとかが言う、
ゾーンっていうかね、
あれ何だっけ、ゾーンじゃないな。
フローか、
フロー状態に入るみたいな、
ゲームの没入を生む、
あの、
きっかけ、仕掛けだったりとかするんですけど、
なんか、
その場に作用したフィードバックが
返ってくるっていうのはね、
なんかすごく、
エージェンシーとか、
アフォーダンスとかに近いもので、
自分はこれができるんじゃないか、
何か作用できるんじゃないか、
介入できるんじゃないかって思ったことに対して、
動けば返ってくるってなったら、
もう自動、自立した機械になりますよね。
だからね、
ちょっと長くなっちゃいましたけど、
あの、
AIエージェントが流行ってるってことでね、
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エージェントっていう言葉の意味を考えて、
見たんですけど、
なんか、
何て言うんだろうな、
エージェンシー?
こう、
物を動かす力というかね、
そういう、
こう、
何だろうな、
何かこう、
いい場所みたいなのを作るときにはね、
人を従わせるとかじゃなくて、
人がエージェントになれるというかね、
動く主体であり、
能動でもある、
その空間が中、
何だろうな、
参入できる場所があるみたいなね、
関与できる可能性を広げるっていうことが、
大事なんじゃないかなと思いましたよっていうね。
そうそう。
あ、なんか話を切り上げようと思ってて、
これで申し訳ないんですけど、
新聞に関しても同じだなと思ってて、
なんかね、
いろいろこう、新聞に寄稿してくれる人とかと話してて、
それこそフィードバックループがあるわけですよ。
この人寄稿してもらったけど、
なんか反応いまいちだったなとか、
喜んでくれたなみたいな人とか、
なんかそういうのがいろいろあってね、
それは編集部の中でも共有しながら楽しくやってるんですけれども、
なんかやっぱりね、
僕が場所に対してメディアでも同時にやりたいなと思ってるのは、
これ参加できんじゃね?みたいな可能性だなと思ってて、
これだったら俺もできんじゃんみたいな想像力の方が、
を生む、で関与、
関わることができそうかみたいなことの方がすごく大事だなと思ってて、
だからね、その作品単体として、
これ自分の作品を見せるんだっていう感じっていうよりは、
なんかその余白、
入り込む隙があるものみたいなものを集めていくみたいな方に、
あの抽象的な関心があるんだなっていうことを思いましたね。
オープンマイクも一緒だけど、
プロだけだったらね、
自分プロにならなきゃだけど、
アマチュアもいるってなったら、
自分何できんだろう?逆にみたいな感じになるっていうか、
なんかね、自分の中のスイッチが入る瞬間があるんですよね。
そんな感じですね。
いろいろ話したいこと増えちゃったけど、
また次の回で話します。
はい、ありがとうございました。