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こんばんは、ほかひびとラジオのTaitoです。今、4時ですね。土曜日ということで。
前回、高橋くんで麒麟新聞を一緒にやっている高橋くんと二人で宴の振り返りをしたんですけれども、
一人でも喋っていこうかなと思ってね。
普段、下北沢で新聞作ったりラジオ撮ったりとかしてるんですけど、イベントやったりとかしてるんですけれども、
毎年、5月になったらイベントだったりとか、バーの人たちとか、イベントスペースの人たちとかで、
みんなで山梨の平林っていうところにキャンプに行くんですよ。
焚火をやったりとか、音楽をやったりとか、コーヒー出したりご飯出したりとか、いろんな出し物をして、
普段顔合わせてる人たちをみんなで引き連れて宴をしようっていう、祭りですよね。
っていうのをやっていて、5月の23、24で今回も宴をして、早い人はもっと1週間前くらいから前乗りしたりとかしてっていうやつをやって、
それの振り返りをしたんですけどね。
90人強、100人弱くらい集まって、現地の人も加えたら100人くらいって感じなんですけど、
昼間からみんなでサッカーしたりシャボン玉したり、舞台作ったりとか、ご飯作ったりとか、スポーツみたいなのしたりね。
昼間はそういうのを満喫しながら、夜になるといつも下北でやってるオープンマイクっていう感じでね。
いろんな人が入れ替え立ち替わり、ステージに立って演奏したりとか、歌ったりとか、漫才やったりとかっていうのをするっていうやつをね、やって。
その後、夜中の10時くらいまでそれをやって、11時くらいまでやったら、平林の方がDJをやってて、そのDJでみんなで踊って、
夜中遅くまでずっと、ずっと起きて焚き火を燃やし続けて喋ったりとかしてる人もいれば、麺を料理していい感じの締めを作ったりとかする人もいれば、コーヒー飲んだりする人もいれば、みたいなね。
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いつも下北のジラフっていうバー、みんなでやってるやつがあるんですけど、その看板とか持ってってね、出張ジラフみたいな感じでバーがあったりとかっていうね、すごいイベントで。
よく朝もね、みんなで朝ごはん食べたりとか、片付けしたりとかして。
公式には土曜日、日曜日がメインで、日曜日は昼とか夕方までみたいな感じなんですけども、その後もね、後乗りみたいな感じで、もう一晩、もう二晩とか遊ぶ人もいれば、近くのご飯屋さん行ったりお風呂入りに行ったりとかして楽しむ人もいればっていう感じでね。
山梨の平林っていうところから、松の方に実際楽しむ人もいれば、みたいな感じで。
本当にすごいイベントでね。
なんかそのイベントの期間中にライブペインティングしてたりとかね、いろんな人が写真撮ったり動画回したりとかしつつ、なんか割とクリエイティブな人たちとかがね、集まってね、はじめまして、みたいな感じもあれば、おー久しぶり、みたいな感じの再会もあったりとかね。
今回はなんか30人ぐらい大学生で、アカペラやってる人たちがね、来たりとかして、なんか本当にイベントごともない時間に急にアカペラのセッションをしたりとかね、夜中の3時から急にトランペッターが曲聴き始めたりとかね、ラジオ体操したりとか。
なんかね、すごいね、まあまあまあ祭りっていうかね、晴れっていうか、普段は仕事してたりとか自分の創作とか活動している中で、一旦その自然の中に入ってどうやって遊ぼうみたいなのをね、みんなやるんですけど、それがすごい良かったっていうね、振り返りみたいなのをやりましたけれども。
このね、僕の立場としてはね、こういういろいろな活動っていうのをね、すごく興味深いなと思っていて。
で、キリン新聞の4月号は、晴れとけのけ、これ民族学の用語で、けっていうのは日常で、晴れっていうのは祝祭みたいなね、非日常みたいな言葉なんですけれども。
こういうなんだろうな、いわゆるジャンルとかね、世代とかも超えて、本当にいろんな人たちが集まる。
クリエイティブなことをしている人もいれば、そうじゃない人たちもいるっていう、いろんな関わりがあるけど、なんかお互い顔を見知っているっていうね、集まりみたいなものにすごく関心があって。
そういうものの集団の作り方っていうかね、いろいろコミュニティーみたいな言い方もしたりとかするんですけれども、
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そういう民族学、ある種の民族、現代の民族学みたいなものをまとめていくみたいなのをね、やりたいなと思っていて。
それこそ僕の世代だと30歳とかになって、実家が空き家になってとかね、祖母の葬式があってとかって、いろいろ、僕の場合は地方だったりとかするから、都市にいながら地方との関係をどうやって結ぶんだっけとか、
なんか、本当にアプリで頼んだらご飯が届くみたいな生活を都会ではしたりとかもするけれども、同時に食べ物ってこんなに一生懸命日を起こしてからみんなでやって、時間をかけないと本当はできなかったよねとかね、
そういうことに気づかされる体験っていうか、っていうのはすごい大事だなと思っていて、僕の場合はアートの業界にいたけど、アートとか関係なく、一緒に飯食ったよねとか、一緒に焚き火囲んだよねみたいな、そういう感じで仲良くなれることっていうのはすごい大事だし、
なんか共に食べる、共食みたいなケアの文脈であったりとかもするけど、なんかね、一緒に火を起こすとかね、そういうことを一緒に食材を切るとか、そういうことでも一体感みたいなのってあるよなみたいな感覚があって、そういうものを拾い上げていきたいなとかって思ってるんですよね。
まあ今ちょっとラジオで話してるのは、今回の宴の特集校みたいな感じでね、そこで集まった写真をまた新聞にしたいなと思ってて、今土曜日なんですけど、土曜日の朝なんですけど、明日日曜日の夜に、僕は満月の日にバーに立ってるんで、そのバーに立つタイミングで新聞を発行したいなと思っていて、
そのね、エディターズレターっていうかね、編集長からの手紙みたいな、ある種こういう新聞ですよみたいなやつを書かないといけないんだけど、それを何を言えばいいんだろうみたいなことを思ってね、ちょっと頭の中を整理するっていう意味でも喋り始めたんですけども、
いろいろね、イベントが終わってからいろんな人とが割と余韻に浸って、バーで飲んで喋ったりとかね、今日も、なんだ、宴には来れなかったけど、バースデー、誕生日会をジラフでやったりとかして、そこにも人がめちゃくちゃ集まったりとかしてね、
常にね、宴でもやっぱり再会があったり新しい出会いがあったりとかするけど、それはその、要は普段、日常の中でバーとかイベントで行われてることの拡張だから、日常に戻ったとしても、また新しい出会いがあるなっていう感じになったりとかしてね、
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まあまあまあまあ、いろいろ人がうごめいておるわけですっていう感じなんですけどね。
その、なんかこう、なんか自分、下北沢とか山梨に行ったりとかは、そういう繋がりっていうのを、なんかこうみんなで一緒の集大成みたいな形で晴れ祝祭にもってたときに、いろんなことが巻き起こるんですけども、
そこをね、どうまとめるかっていうのはね、ものすごい難しいっていうか、何をフィーチャーしようとしてもこぼれ落ちているだろうなっていうことがすごくあって、
で、自分も、まあ当然、参加して楽しみつつ、片目で、なんかこういうことが行われているなみたいなのを観察しつつみたいなね、才能観察的な関わり方をしている部分もあったりとかするんですけど、
本当にね、体が一つあるだけじゃ足りねーっていうぐらいね、なんかいろんなところで、あ、面白い話が行われてるなとか、わ、この人たちが急に、なんか、なんだろうな、音楽の話し始めたなとか、急に演奏し始めたなとか、急にセッションし始めたなとか、わ、コーヒー出るんだとか、わ、今、美味しいご飯作ってんだとかっていう、なんかいろいろ巻き起こるんですよ。
遠くの、あの、草っ腹で、あの、なんか、何て言ったっけな、モロック?違うな、まだなんかこう、木投げて遊ぶやつとかやったりしてる人がいたりとかね、シャボン玉作ってたり、ライブペインティングしてたり、さっきも言ったけど、まあそういうのがね、行われてると、なんかね、どこに、どこにいても楽しそうみたいなね、あの感覚があって、
とはいえ、体力限界だわって言って、あの、寝たりとかしてると、なんか、いろんなものを見逃しちゃったりとかして、みたいなね、まあまあ、あの、楽しくもあり忙しくもあり、まあでも、なんか前回も喋ったけど、そうやって、まあ自分の体って一つだし、あの、見たり体験できたりとかするものって限られてるから、なんか、ふと、まあ、盛り上がってる場所を離れて、空気を吸ったときに、たまたまいた、トイレで会った人と、
なんかちょっと仲良くしっぽり話したりとかっていうね、あの、なんか、出会いっていうの、その、キャンプ場の中ですら、出会いみたいなものは、一つの縁、縁になるなあ、みたいなところがあって、なんだろうね、すごく、なんか演劇をやってるみたいって、なんか前回言ったんですけども、
なんかそういう感覚があってね、参加してくれた人にアンケートを作ったりとかしてて言って、っていうのもやったりとかしてるんですけど、まあ長かったとか短かったとかっていう感想もあったりとかしつつ、なんか、なんだろうな、うーん、自分の目が、えっと二つじゃ足りなかったみたいなことを言ってくれてる人がいて、すごい面白いなあと思って、僕もその感覚すごいわかるっていうか、うーん、なんかステージを見てる、見ながらも、
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なんか焚き火を見ていたいし、なんか他のこともやっていたいみたいなね、なんか活気のある村ってこういう感じだったんだろうなあっていう感じがありますよね、まあなんか情報、うん、本当別に何もない場所なんだけど、キャンプ場って、けど、なんかそれが故になんかすごくいろんなものが入ってくるっていうか、感受性、感受するものが多いっていう感じがね、
あのー、あってすごく不思議だなあと思いますね、それも人の力だとは思うんですけど、うーん、やっぱりね、あのー、今回の新聞のテーマは晴れ時計の家、あ、晴れ時計の、晴れ、晴れ時計の家っていうのは4月に出して、5月の最初に地場っていうね、場所をフォーカスして下北と山梨とっていうのを出して、
で、次、5月は2回満月があるんでね、5月30日、1日に晴れ時計の晴れっていうのをね、出すんですけども、さてさてっていうね、感じですね、でも前回のラジオでちょっと喋ったんですけど、まあこうやっていろいろな人が集まってご飯を食べたりとか、イベントをしたりとかすると、そこにはこう役割が生まれたりとかね、誰かがこう話をまとめてくれたりとか、伝言をしたりとかっていうのがね、いろいろ発生して、それぞれが本当に小さな村みたいなんですけども、
その中でこう、なんだろうな、手余ってる人とかね、あ、この人喋れてないなーみたいな人とか、みんながいたりとかするけど、なんかそういうのも別にオッケーだよみたいな、ただ自然を感じて、なんかコーヒー飲みに来たとかね、あのハンモックでゴロゴロしてるとかね、展示されてる写真見てるとかね、なんかそういういろんな存在の仕方があるよっていうのはね、なんか伝えたいなと思ってて、
で、あの、いつも新聞はいろんな特集を組んだり、連載を掲載したりとか、ニュースを書いたりとかするんですけど、今回の晴れの会は、まあ宴特集号っていう体でね、写真をバーッと並べるみたいな感じ、それに動詞を添えるみたいな感じにしたいなと思っていて、
まあ動詞っていうのは、その、くべるとか、なんか囲むとか、あの、話すとか、食べるとか、まあいろいろある、そういう動詞、そういう動詞を、動詞をなんだろうな、一緒にすること、行動っていうかね、一つの動詞に集まるみたいなね、囲むっていうものの中にはみんなが集まって、みんなが囲むっていうものを構成しているみたいな、
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なんかそういう、なんかこう、存在の仕方っていうものが、うーん、なんだろうな、まあ晴れ祝祭の、あの、なんだろうな、時間にね、あの年齢とかね、普段何やってるとか関わらず、あの、許容できる、許容される場所になるみたいなのがね、すごくいいなと思ってて、
まあ、なんかそれこそ、最初に宴、もう5年5回くらいやってる、もうそれ以上かな、ちっちゃいのも合わせると、それ以上やってるんですけど、
当時最年少だった、あの、なんかシンガーソングライターの子が、あの宴に参加した時に、その感動で即興で歌を作って、宴っていう歌を作ってるんですけど、その曲の中でね、あの、火を囲め、人は集い、みたいなね、今宵の宴は無礼講っていう、あの、歌詞を書いてるんですけど、
まあ、もともとその祭りみたいなものだったりとかっていうのは、無礼講ですよね。
うーん、ある種人間のが、普段労働的なものでね、なんか色々こう、抑圧されているみたいなね、農村、農業革命以降はね、そういう捉え方されるけど、
労働によっていうものを、普段やってる限り、その、まあエネルギーみたいなものだったりとかね、あの役割を持った、なんか、もの、みたいなものを、こう、解放する時間が必要だっつってね、祭りがあったりとかっていうのは、まああるし、まあもしかしたら、その、なんだろうな、弥生時代とか農業が始まる前も、
そういう、まあどちらかというとその、ね、また別の文脈で祭り、宗教的なものだったりとか、色々あると思うんですけど、祭りをするっていうのはね、絶対あったと思うんですよ、ずっと。
そこではなんか、いつもと違う自分、違う関係性が作れるみたいなね、あの時に仲良くなったから、なんか、普段日常に帰っても、なんかちょっとだけ距離近づいたなとかね、あの時まで全然知らなかったけど、喋りたいなあと思ったみたいなね、なんかこう色々生まれると思うんでね。
そういう、お祝祭の場っていうのはね、なんかもう改めて大事だなと、思いましたね。もうだらだらだらだら、ちょっと色々な思いついたことを喋ってるんですけども。
いやあ、編集、エディターズレターを書かないといけない。
頑張ろう。って感じですね。
今日、今からちょっと作業して、もう4時、朝の4時22分なんですけど、で、デザインして、今日印刷、明日印刷して、夜中に配ろうかなみたいな感じですね。
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で、まあ、新聞やってますって言ってるんですけど、なんかこう、最初はね、デザイナーと2人でやり始めて、で、編集部に高橋くんっていうね、あの人が入って、で、デザインはちょっと相変わらず大変だなと言ってたらね、なんと、
あの、身近な仲間の中からね、2人デザインチーム入ってくれますよみたいな、入ります、入りたいですみたいなことを言ってくれた、あの人がいてね、キリン新聞っていう、まあ、かなり内々でやってる新聞ですが、なんか掃除機になってきてね、なんか編集部が3人、高越が1人、デザインが3人っていう、なんか雪だるま体制になりましたね。
いやー、ほんとこれから楽しみですね。
まあ、キリン新聞って、毎回新聞作ってますってやってる、そのプロジェクトはね、まあこういう、あの下北沢だったりとか、あの、都市と地方みたいなものだったりとかっていうものを、まあ自分たちがこう、顔の見える範囲でね、あの、広げていって、なんだかんだで毎回100部以上、150部ぐらい、100部ぐらいも出して、初めてそれが、あの人の手に回って、
来てるっていうのはね、すごくなんか、まあ実感っていうかね、手触りのある広がり方をしているなーと思ってて、僕はワクワクしてるんですけど、なんかそれこそ宴で会った人の中には、あ、代々木でもこういうのやってるよーとかね、あの、なんか長目黒でもなんか仲良い人たちいるよーとか、なんかいろいろ、あの話聞いて、当然いろんなところにそういうのってあると思うんですけど。
なんかそういう繋がりも含めたら、まあもともとは下北沢拠点にって言って始まってるけど、なんか、バイブスっていうかね、あ、似たような形で、その、仕事をしながらだったりとか、仕事とは別に自分の活動をしていたり、創作や表現とかに限らずとも、なんか、なんだろう、ある種のサードプレイス的な感じで、人と繋がるっていうことに、なんか重要性を見出してくれて、
そういう人たくさんいるんだなーみたいなことを思ったりとかしてね。なんか、すごく、新聞もこれから形が変わっていくんだろうなっていう感じは、あの、思っています。急に新聞の話になっちゃったけど。
実はね、なんか、そもそも紙面で集めて、アナログで渡すっていうのはね、期間限定でやろうと思ってて、日が経っていくと、毎日ね、日が経っていく回を重ねていくごとに、新たな仕掛けをどんどんどんどん繰り出そうかなと思っていてね。
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あ、そういえばステッカーとかも作ったんでね。もし、よかったら下北沢、津軽横丁にあるバージラフっていうところに遊びに来てくれたら、新聞とステッカーをね、お渡しできるかなと思ってるんで。
いやー、なんか、いろいろ、なんだろうな、いろんな人と繋がりたいし、繋がりを可視化したいですね。すごい面白いなっていう、最近っていうことを思ってるんで。そんな感じでちょっとダラダラ喋っちゃったけど、一旦、あの、ギリン新聞で宴の振り返りはここまでです。はい、ありがとうございました。