hitokoto Radio- 人の物語を語る時間。
この番組では、人口1万人以下のお住んで暮らす3人が、 地域の魅力を掘り下げながら、日本の未来を考えます。
こんにちは、パーソナリティーの内田です。 こんにちは、パーソナリティーの服部大地です。
今回は、音楽家のカジー・フタバさんにお聞きする回の後半になります。
前回、韓国に移住された実際のリアルな話をお聞きできて、 めちゃくちゃ面白かったなぁですけど、
次の話に行く前に、ぜひ大地君はシェフということで、 クリエイターさんだと私はちょっと認識していて、
今までの話を聞いてみてどうだったのかなとか、 ちょっと聞いてみてもいいですか?
興味あります。
そうですね、前回はだいぶリスナー側で聞かせていただいてて、 音楽、ちょっとうっといというか、
そんなに音楽をやってた側じゃないので、 わからない部分も多かったんですけど、
なんかすごい一つ共通点あるなって思ってたのが、 やっぱり言語いらないっていうのはすごいあると思ってて、
料理って別に喋んなくてもできるっていうか、 共通言語があるんですよ。
それはすごいそうだなと思ってて、 あとはなんて言うんだろうな、作品じゃないですか、それぞれ。
料理もいわゆる作品に僕は近いなと思ってて、 それを披露する場が世界中に、世界と繋がれるっていうのは、
すごい面白い世界だよなっていう音楽って、 僕も聴くのは好きなので、作ったりはできないんですけど、
でもね、DTM知ったんで、僕もDTMできる。
DTMわからない方は前回聞いていただければ、 DTMに説明されてますので、
さっき知ったばっかりなんだけど。
DTM大地でいらしていただけます。
っていう感じです、すいません。
いやーそうですよね、そうですよね。
あとも楽しみです。
大地くんもね、国を越えてもちろん、その国の調味料とか食材とか、 その国の方の舌の好みとかもあると思うんで、
でも食材と調理するところがあれば、どこでもできるっていうところが、 ちょっと似てるなっていうのは話聞いててちょっと思いましたね。
大地さんどうですかね、聞いてみて。
そうですね、でも言われてみれば、
私も作曲する工程と料理をする工程って、なんか似てるなって思うことがありますね。
面白いですね。
味付けとか、こういう調味料を入れたらこういう味になるとか、
あと全体のバランスを見てどういう調味料を入れたらいいかっていうのを考えたりとか、
なんかそういうのもあるんですよね、やっぱり。
音楽も、どういうサウンドを追加していったら全体がこういうバランスになるだろうとか、
そういうことをすごく考えながら、音楽作ったりとかするので、
本当に多分料理できる人は音楽できるんじゃないかなって思いました。
DTMやっちゃう?
DTMで。
DTMやっちゃう?
面白いですね。
そうですね、特にポップ系の曲とかは、曲の途中に1回しか使えない、
ちょっとしたサウンドが入っているだけで、
あそこ、あのフレーズいいなみたいなところがあったりする。
多分それって料理で言うとスパイスだと思うんですよね。
似てますね、多分その辺りは。
似てると思います。
同じやっぱりさっきハトリさんがおっしゃってたように、
作品を作るっていうことなので、すごい通じるものがあるなって思って、
ちょっと本当は時間が許せばね、その料理の話も聞いてみたいなって思いました。
今日から僕も作曲家になったつもりで頑張ります。
ぜひいろいろね、また次の展開もできたということで、
じゃあちょっと話題を戻して、
簡単になんですけど、そもそもの大学時代の私とカジさんの繋がりってどんなだったかなーっていうのだけ、
ちょっとだけ振り返りたいなと思うんですけど、
先ほども述べたようにですね、カジさんがピアノ、私がベース。
実はこれにあとドラムさえいれば3人で取りようって言うんですけど、
これで曲も演奏できるっていう状態なので、
だいたいベースとピアノとドラムっていうのがセットでしたね。
みなさんね、そのサークル活動が今に何か与えてる影響とかもしあればと思ったんですけど。
はい、そうですね、そもそも私がサークル活動に参加するときって、
サークルが早稲田大学のサークルだったんですけど、
私は全然早稲田の学生じゃなくて、外部の人間だったんですけど、
それでもちょっとあえて外部の大学に行こうって思ったのが、
やっぱりちょっと私音題出身なので、音題ではクラシックを主に専門に勉強してて、
やっぱりちょっと世界がそんなに広がらないなって思ったんですよね。
クラシックだったんです?
そうなんですよ、音題ではほとんど。
今はちょっとやっぱり時代も変わって、もっとクラシック以外の学科も充実してきてると思うんですけど、
私の学科は特にやっぱりクラシックがほぼほぼって感じだったので、
もっと広い分野の人と関わりたかったなっていうのがあって、
ちょっと外部だけど勇気を出して一人で早稲田のジャズサークルに参加したっていう経緯があるんですけど、
やっぱりそのサークル活動で、最初はもちろんサークル内の小さなイベントとかでライブをやるだけだったけど、
そこで出会った人たちといろいろ人づてで、もっと外部でライブをするようになったりとか、
どんどん人間関係も広がって、だんだんサークル関係なくどんどん外部の人とライブやったりとか、
レコーディングやったりとか、アルバム制作したりとか、そこまで繋がっていったので、
それってやっぱり最初の外部のサークルに一歩踏み出すっていう、その一歩がなかったらそこまで来れなかったと思うので、
まず私の身近なところで言うと、コミュニティで言えば、私は韓国では外国人として暮らしてるので、
外国人という目線で言うと、結構外国人向けのプログラムをやってるサポートみたいなコミュニティが結構あって、
地域別に多文化センターって言われる外国人向けの施設だったり、
あと外国人センターとかっていう名前もあるんですけど、
外国人、そのまんまですね。
そのまんまなんですね。
韓国に住んでる外国人をサポートするための施設が結構充実してて、
例えばそこで無料で韓国語の授業を受けたり、あとは料理教室だったり、
あとはバリスタとかネイルアートとか、そういう資格の取得をするための授業だとか、
そういうプログラムが結構充実してて、
私自身もそこで韓国語の授業を勉強して、そこに来たいろんな国の人と仲良くなったりとかして、
あとはイベントコミュニティとかに参加したりとかっていう風にして、結構広げてったんですけれども、
結構そういうのが本当に充実してるなっていうのを結構感じましたね。
これは韓国の国が運営してるもので主に。
地域別っていうのもあると思うんですけど、
大元はやっぱり国が運営してる施設だったりするのが多いので、
そういう意味では結構外国人としては、外国人向けのコミュニティが結構充実してるなっていうのはすごく感じることが多いですね。
知らなかった、全然知らなかった。日本にももしかしたらあるんですかね。
そうですね、日本にももしかしたらあるのかもしれないですけど、
あんまりちょっとやっぱり普通に日本人として住んでるとそういう情報が入ってこないので、
ちょっと日本がどうなのかわからないですけど、
韓国は結構外国人的には本当にサポートが手厚いなって思ったところですね。
いやー面白いですね。本当になんか旅行してると全く出会えない情報なので、
やっぱり現地に移住するっていうのは面白いなと思ったと同時に、
私たちは国内で移動してるだけなので、もちろんその移住者センターなんてもちろんないわけで、
なんかそういうバックアップがあるっていうのは、やっぱり国を超える移住の一つの国内ドミスティックな移住との違いかなっていうのは聞いてて、
思ったと同時に全然知らなかったなっていうのをちょっと今気づきました。
そうですね、なんかその外国人の立場で移住するって言うとやっぱりなんかね、
本当にそういうのがあるんだっていう本当に新しい発見だらけで面白いですよね。
めっちゃ面白いですね。
僕から話すと、そうですね、変わったんですけど、何が変わったかっていうと、地元はいなかったんですよ、全く。
鶴井生まれ、鶴井っていう小さい村に生まれたんですけど、人口ね2500人ぐらいの村なんですよ。
そこの地元愛が全くなくて、タンチョウってわかります?鶴っていう鳥がいるんですけど、あれが住んでるところなんですよ。
あれが住んでるところ。
あれが住んでるところで、それをね、僕ね、カラスだと思ってたぐらい愛があったんですよ。
大丈夫?大丈夫?
ちょっとね、そう思ってたんですけど、イタリアに行って、イタリア人っていうか、イタリアはね、めちゃくちゃ地元愛強いんですよ。
僕の地域とか、もう俺の地域は最高だってみんな言うんですよ、いろんなとこ行ったら。
ここのワインが一番美味いだろうみたいな、ここのチーズ一番美味いだろうって散々言われて、いやどこも美味いよなって思ってて、
こっちのワインも美味しかったっすよとかって話をすると、いやまだ何もわかってないみたいな話になったんですけど、
簡単に言えば本当に、地元愛がめちゃくちゃ強いんですよ、イタリア人って。
そうなんですね。
でも、自信満々に自分たちの歴史について語るんですけど、僕それなかったなと思って、
帰ってきた時に、北海道の自然とか、鶴井村の美しさっていうのにすごい気づかされたんですよね。
よくよく見ると、うちの村いいぞっていう、なんかそういう発見があったんですよね。
だからなんかこれといって、いやここがねめちゃくちゃすごいっていうよりは、
なんかこの自然とかこの環境に離れてみて気づいたっていうのがやっぱ一番大きくて、
それがなんかイタリアに行ってみてなんか感じた一番大きいとこですね。
だから今も鶴井村にいるっていう感じです。
なるほど、やっぱそうですね、離れてみてわかるっていうのはあるので、
そういう意味では本当に、なんか日本の見る目線っていうのもちょっと変わりますよね。
そのうちだくんとかもね、うちだくんはですよね、学生の時に行かれてたんですよね、イギリスに。
厳密には10歳から14歳なので、本当にまだ子供の小学校から中学校ぐらいだったので、
自分で行ったというよりは親の都合で、仕事の都合で行ったので、
半ばは強制的に行ったような形にはなるんですけど、
大地くん話したのと全く同じで、日本のこと全然知らないなっていうのを現地の人と話してて思っていて、
もちろんイギリス人がイギリスの愛があるかというと、そこはわかんないんですけど、
日本ってどんな国だとか、まだ侍いるのかとか普通に聞かれるんですよね。
いないよとは言うんですけど、じゃあ何があんのって言われた時に何も返せないんですよね。
東京タワーとか行っても、うーんってなっちゃうので、
なんかそこで知識の無さっていうのを知ったので、
で、私は15歳から東京に戻ってきて、で、その後高校の時ですね、
私、実は高校大学の附属校にいたので、実は大学受験がなくて、
みんながガリガリ勉強してる時に、実は一人旅とか行ってたんですよね。
しかも青春十足切符でとか。
で、やっぱりその背景には先ほどのお前日本知らないなって言われたことが心に残っていて、
で、日本を全く知らない、47都道府県全部行ったと思うんですけど、
めぐってみて、あ、なんかこう都心だけじゃなくて、
いわゆる農村、農産漁村っていうのってすごい素敵だなっていうのを、
その学生時代に気づいて、で、結果今があるって感じがするので、
共通点はそうですけど、なんていうのかな、
本当に海外出て自分のこう知らなさ、不勉強さを知って今があるって感じです。
いやー素敵、本当に。でも本当にわかります。
やっぱり今私韓国に来てから、
なんかその日本のこと全然知らなかったんだなっていうのをすごく実感して、
日本のこともっと勉強しなきゃダメだなって思ったんですよ。
あーいいですね。
すごく共感しました、なんか今の話を聞いて。
一言ラジオ聞いといてもらえればね、解決しますよね。
そうですね、地方のこととかも、本当に知らないことが私、日本のことも、
特に地方のこととか、本当に知らない言葉だらけだなって思ったので、
ちょっとあの、このラジオを聞いてね、勉強したいなと思います。
そんなことはそんな、ありがとうございます。
言わせた。
ありがたい言葉を。
言わせちゃった。
大地くんが今、言わせちゃったね、今。
いやーそれぐらい聞いていただいてるってことで、本当にありがとうございます、一言ラジオ。
どうですかね、今ポッドキャストの、一言ラジオのオープニングに、
ご自身の作った曲が流れてるんですけど、どうですかね、使われてみて。
いやー本当に、まずはめちゃくちゃ嬉しい、それを聞いたとき嬉しいなって、
あーよかった。
思いました。
で、あの曲なんですけど、あれ実は、本当に昔に作曲したもので、
大学を私は卒業するぐらいの時かな、卒業式直後ぐらいなんですけど、
なんか家に一時的にエレクトーンがあった時があるんですよ。
エレクトーンっていうのは、なんて言ったらいいんだろう、電子オルガンって言うんですけど、
なんかそのピアノみたいな鍵盤があるんですけど、鍵盤が2段あって、
で、その1台だけで、ベースから和音、コードからメロディ、全部その1つのトラックみたいな感じで、
1つの音楽が作れちゃう、エレクトーンっていう楽器が家にあって、
で、そのエレクトーンを使って、ちょっと遊んでスケッチ的に作曲したものがあの曲なんですね。
原型なんです。
あ、そうなんですか。結構前だったんですね。
そうなんです。
当時は本当に遊び感覚で作って、本当に断片的なスケッチで、
しばらくずっと作りっぱなしにして、ずっと放置してたんですけど、
これもやっぱりその30代になって、DTM音楽制作を始めてから、
そういう作りっぱなしになってた曲をちゃんと形にして世に出そうって思って、
で、ちゃんと仕上げて、で、フルートの演奏はフルートの演奏家の方にお願いして、
で、自宅でレコーディングして、で、ちゃんと仕上げたっていう感じなんですね。
え、そうなんや。めちゃくちゃいい曲だなと思って使わせていただいてて、
結構いろいろ聞いたんですよ。いろいろ聞いて、で、
そういった音楽素材をいろいろ聞けるサイトを見た時に、
なんかこの方見たことあるな、あれ、カジさんちゃんってなって、
そういうことか。
そうなんですよ。まさかそこに出された音楽家っていうのは存じ上げていたんですけど、
そこに出してるって思っていて、顔写真付きだったので本当にありがたくて、
絶対そうだと思って、もうその中から決めようとして、
で、まあでも、だからカジさんの中だけで決めたというよりは、
いろんなの聞いて、なんかうーんってなって、
で、カジさんのやつをちゃんとしっかり全部聞いたら、絶対これだなっていう風にして、
今のオープニング曲にたどり着いたとなります。
いや、本当にありがたいですね。
なんかそう、まさかそこでそんな出会いか、そんな再会をするなんていう感じです。
いや、なんか本当にその話を聞いて改めて思うんですけど、
やっぱりあの時作りっぱなしにして、ただその自分のものだけにしなくてよかったな、
ちゃんとその曲を完成して世に出せる形にしてよかったなっていうのを
本当に改めて実感しましたね、今のお話聞いて。
いやー、こちらこそありがたいです。
これでまた音楽とかもしかしたら今後ちょっとずつ変えていったり、
シリーズごとに変えていくとかあるかもしれないので、
その時はもしかしたらオリジナルで作ってくださいみたいなのもあるかもしれないので、
いやー、もちろん、本当に書き下ろししますよ。
いやー、めちゃくちゃ嬉しい。
嬉しいなー、ありがとうございます。本当に。
なんか話を聞いてなおさらね、オープニングの曲が楽しみになりましたよね。
いや、本当はこの収録を早くやりたかったぐらいだったんですけど、
なんでこの曲なのっていうのを今回でお披露目できたので、
また聴いてる方もまたより、大地くん言ったようにね、
このオープニング、ああそういうことがこのオープニングなんだってなると思うんで、
また深みが増しますね。
ありがとうございます、本当に。
なんかこういう形で本当に聴いてもらえるっていうのは、
本当に音楽家としてはやっぱりもう本当に幸せなことですよね。
やっぱり料理もそうです。料理もなんか作った作品を人に食べてもらう瞬間って、
やっぱり本当に超、なんて言うんですかね、幸せホルモンが出る瞬間なんじゃないかなって思うんですけど、
私もやっぱり自分の曲を聴いてもらうっていう瞬間、
そういう瞬間って本当にもう、ああ幸せだなっていう感じですね。
その機会を内田くんがくれて、本当にありがたいなっていう気持ちです。
こちらこそ、最後に一言って聞こうとしたんですけど、今のがいい一言だった気がする。
そうですね、いい一言になっちゃいましたね。
じゃあ大地くん、一言。
え、僕?
なんて言うんですかね、この音楽っていうか、その曲作りっていう部分も、
やっぱり縁だなっていうのをすごい感じていいですね。
なんか料理も結局食材ありきの部分が多いので、
僕も食材の生産者に会いに行ったりだとか、することを結構するんですけど、
その時に出会った食材たちから料理が最終的に出来上がっていくんですよね。
なおかつそれを食べに来てくれる人が、縁あっていろんな人に食べてもらえるっていうのが、
結局料理もそういう世界だなと思っているので、
今回カジさんにお願いできたのも内田さんがまず見つけてくれたからもあったり、
もともとその大学の時のジャズサークルが一緒だったりもあると思うんですけど、
何よりなんかその実験的に作った作品を世に出そうと思って作ったものが、
今ここで作られてるっていうストーリーが、僕にとってはめちゃくちゃ面白いなと思ってて。
確かに。
なんかもう一言ラジオのためにね、縁、なんかその縁があって作られたみたいな感じだと思ってたら、
なんかもう偶然がね、生んだ、あれだったのがすごい嬉しいですね。
何より嬉しい。
そのね、そのきっかけは、まあ私が選んだのもあるけど、
カジさんがそれを残していたっていうのが一番大きいかなと思うので、
本当にこちらこそ感謝しております。
ありがとうございます、こちらこそ。
どうですか、まずやってみて、ポッドキャスト始めてたと思うんですけど、カジさん。
いや、でもなんか本当にパーソナリティの方々もその移住っていう面では、
やっぱり私と共通なところがあると思うので、
私もやっぱりそのこのラジオを聞いてて、すごく勉強になるところが多かったなと思うので、
すごく今後もちょっと聞かせていただきたいなと思います。
ありがとうございます。
前回、前回の回、前々回かな、100回にって話をしたので、
もう1年、2年と言わず、もうずっと続けていく着替えでやっていきたいと思いますので、
カジさんももちろんですし、他のリスナーさんも引き続き聞いてほしいなと思います。
ということで、今回ですね、国を越えて韓国で活動されている音楽家のカジさんに、