皆さんこんにちは、hitokoto Radioです。
この番組では、人口1万人以下のノースフォンで暮らす3人が、地域の魅力を掘り下げながら、日本の未来を考えます。
北海道鶴井村の服部大地です。 長野県原村の内田雅弘です。
はい、ということで、今日はちょっと2人収録ということで、よろしくお願いします。 お願いします。
ちょっと僕の持ち込み企画なんですけど、その前にちょっと雑談から入りたいなと思うんですけど、内田さん最近何かありました?
内田 ああ、そうですね。ちょっと奇跡みたいなことがあったんですけど、いいですか? マジで?
内田 いやですね、そうなんですよ。本当に最近、先週の話なんですけど、これ実は初出しですね、よく考えたら。
初出し。 内田 初出し。今ですね、長野市に毎週通ってまして、長野市って言うと実は原村から来るまで2時間くらいかかっちゃうんですけど、
そんな遠いの? 内田 結構遠くて、週2で行ってて、日帰りで行ったりしてるんで結構しんどいんですけど、
それがアーバンデザインスクール新州っていうですね、街づくりのサポートする県の外国団体みたいなのがいて、そこの街づくりスクールっていうのに合計13日くらい通っていて、
えーそうなった。 内田 そうなんですよ、対象が自治体の職員さんなんですよ、本当は。僕は実際会計年度だから、本当にありがたいことに原村からのみ会計年度ってことで、
他がなんとか市の街づくり家の方みたいな感じなんですけど、そこで仲良くなった方が上田市の方がいらっしゃって、
ちょうど上田市に酒蔵が結構有名な酒蔵があって、岡崎酒造さんっていうところがあって、そこに宿も併設されて泊まるっていう、視察兼旅行しに行くみたいな機会があったんですよね。
だったらついでに上田市寄るし、挨拶行こうかなと思って、上田市の都市計画家のとこ行ったんですね。で、挨拶して、ありがとうございましたって帰ろうとしたんですね。
そしたらね、ちょっと待てくださいと言って。 お、なんだなんだ。
ココットラジオの内田さんですか?って、窓口に出た女性の方から言われて、え?って言ったんですよ。マジで?
マジで。でもそれは自分のスクールで知り合った人の目の前に座ってた女性だから、あ、ひとことラジオ伝えたんだなと思って、なんだ伝えたんですねって言ったら、
何それひとことラジオって別の人が言ってて、あ、これ伝えてねえなって。 え、マジでじゃない、知ってくれてたってこと?
そうなんです。すごいじゃん。びっくりした、ちょっと一瞬有名人になった気分になった。
マジで有名人じゃん、そのなんか下り。すいませんってやつでしょ、だって。もしかしてでしょ。
そうそうそう。 ラジオのでしょ。
そのお顔と、あのイラストのお顔と声でわかりましたって言ってて。
マジか。すげえな、声でわかったのしかも。 びっくりだよね。
いやびっくりっすね。
まあでも蓋を開けるとね、1年半前にイエイちゃんと一緒に、シナノマニ新聞っていう新聞に出たことがあって。
はいはいはい、出てたね。 あれを見て聞きましたって言ってて。
え、でも結構前から聞いてたでしょ、そんなソフト。 そういうこと。たぶんね、第1、エピソード10くらいじゃないかな。
いやもうヘビーユーザーじゃん、完全に。 ヘビーディスナーなのか。
いや同じです。 ということがありまして、ありがたいことに知らないところでも聞いてる方いるんだなってエピソードがありましたので、小発だしです。
嬉しい、なんかこれを聞いてくれてる可能性があると思うんですよね。
たぶん聞いてるんじゃないかなと思います。
なんか嬉しいっすね、その展開、なんか僕もそれ遭遇したいわ。
そんなのに。 そうです。
いやでも、うちさえいなかったけど、アブノーマルラジオのときはそうだったんで、アブノーマルラジオ僕初めて出させてもらったときに、うわぁ本物だって言われたんで。
しっかり体験してんじゃん。
そう、ずっと体験してた。超身内だけど、すごいなんか体験してすごい嬉しかったっていうのを思い出してました。
まさにその通りってことで、ちょっとだけ有名人っぽい気分を味わえたって話でした。
いやぁいいなぁ、なんかそれ、ちょっと僕がいるときにそれ起きてほしい現象ですわ。
いやなんかほっこりしますね。
そうね。
これいいなぁ。
ありがたい。
ヒトコトラジオやってもう1年半くらい。
1年半くらいかな、2年たちそうだなってくらいだね。
だって10月、11月がそのくらいだもんね、始まったのが。
うん。
いやすごいね、なんか感慨深いなぁ。
そうか。
ファンが増えてきたんだなぁ。
ね、ちょっと実感がありましたという最初の小話でした。
ありがとうございます。
いやめっちゃ嬉しい。実は我らがマネージャー、ユッキーさんも裏にはいまして、すごいって言ってます。嬉しい。
いやでもいいですね、そういう話なんかちょくちょく聞くようになったかな、今後。
ね、今後どんどん聞いてるって人がいたらぜひ声かけてください。
ぜひ喜びます。
はい、ということで私の話はそんな感じにして、本題に参りましょうか。
はい、僕の近況で言うとね、ちょっと前になっちゃうんですけど、6月に鹿児島県の機械島に訪れたんですよ。
実は初めての離島の経験でして、離島に行く経験で離れた島。
北海道もね、大きい離島といえば離島なんですけど、国みたいなもんだからさ、でかさが。
でかいよ。
だから離島に、離島百貨店とかね、東京の、あそこはどこかな、場所ちょっと忘れちゃいましたけど。
日本橋。
日本橋間って構えてるところで、離島百貨店の方とはお話とかしてたから、離島ってどんなとこなんだろうって思いながら、初めてやっと訪れられた機械島なんですけど。
まずね、空港がめっちゃちっちゃいんですよ。
もう駅みたいなの、ほんとに。
え、そういう感じなんだ。
本当にサイズがめっちゃちっちゃいし、奄美大島から機械島の空港に飛んだんですけど、
そのフライト時間がね、もうマジ何分なのかな、なんか上がって降りるんですよ。
あのシートベルト着用サインが、一瞬だけポブンってなるんですよ。
なんて言ったらいいの、一回消えるでしょ、トイレに立っていいみたいな。
またまた。
いや本当なのよ、これが。
なんかあの、ポンポンもう着陸、着陸体制入ります、すぐかかるんですよ、上がると。
だからそのなんか、日本一短いのかな、今。
日本一短いこの航路になってて、めっちゃ短いんですけど、着いた瞬間に滑走路歩いていくんですよ、もう。
滑走路歩いて行って、現地入りして、僕荷物預けてたんで、ちょっと荷物引き取らなきゃと思ったら、
ゴンドラなんてないんで、普通に窓ガラガラガラって開いて、そっから荷物がこうやって運ばれてくるんですよ、ういしょって。
それで、これ誰のですかって言われて、僕のですって言って、引き取るっていう。
ほっこりすぎでしょ。
ほっこりでしょ。
ほっこりでしょ。
そう、だからね、本当にびっくりした。
なんか空港っていう認識が変わったね、本当になんか駅なんだろうなって、
なんかそのぐらい身近な存在なんだろうなっていうのが、すごいスタートからひしひしと伝わってきた。
いやさ、今、またまた盛りすぎだろって思って聞いてたんだけど、我ががユッキーさんが今画面清えて見せていただいてるんですけど、
これあれかな、無人駅の駅舎かな、みたいな感じの。
みたいな見た目でしょ。
うん、びっくりした。
ただね、ここには中にちゃんと、何て言ったらいいんだろう、セレクトショップっていうのかな、何でもやみたいなのがある。
セレクトショップ。
何て言うんだろうね、電池とかも売ってれば、食品も売っててみたいな、本当に何でもやなのよ。
それキオスクとかやんじゃないの?
違う違う、キオスクではない。地元のお店なんだけど、そのすぐ横にちょっと軽食食べられるお店があるみたいな。
実はね、ちっちゃいんだけど色々あるんですよ。
すごいね。
そう、すごいでしょ。
機械島が初めてだったから、機械島がすごいのか、離島がもうみんなこうなのかはちょっとわからないんだけど、
確かに確かに。
でもここでもう衝撃を受けて。
うん。
今回ね、機械島の土地の話を少しだけすると、珊瑚礁が隆起してできた島なんですよ、機械島っていうのは。
そう、だから土壌がもう珊瑚礁というか石灰系が多くて、
だからそこで作られている果物とか、あとはちょっと後で話せたらいいなと思うのが、
蝶明草って言われる花とか、なんていうの?草?蝶明草って草?草って言っていいのかな?蝶明草って野菜って言ったらいいのかな?とかの話が出てくるんですけど、
そういうのを視察しに行ったのが主な目的で行ったんですけど、
でもね、今回ね、僕食材もめっちゃ面白かったんですよ。
いろんなの見せてもらって、クンマっていう平沢貝、貝なんですよ。
なんて言ったらいいんだろうな、原種の貝みたいな、なんて言ったらいいんだろうな、アンモナイトじゃないな、なんて言うんだろうな。
なるほどなるほど。
見えてる。
見えてる見えてる。
調べてください。クンマで調べたら出ると思いますわ。
ちょっと調べるの注意してくださいね。
ちょっとね。
覚悟を持って調べてください。
苦手な人は苦手かもしれない。
そうだね。ちょっとおってなる。
そう、サンゴションのところにくっついてて、それを取ったりとかして。
おお、おおって感じかしら。
そういうのをやったんですけど、ついて早々これ食べてくださいって言われて食べたのが、一番最初食べたのが僕クンマなんですよ。機械人まで。
どうやって食べたの?クンマ。
あのなんかね、圧力鍋で煮て、くたくたになったこの歯ごたえは残ってるんだけど、煮られたやつを醤油とかでつけてくれたやつ食べたんですよ。
へえ。
美味しかったんですよ。美味しかったけど、いやスタートここ?と思った。ついて早々これ食べるって結構勇気いるなと思う。
なんか長野であれだね、稲子の佃煮食べろみたいな感じでね。
そうそうそう。スタートこれから始まるみたいな感じで。
なるほどね。ちょっと待って、まずそもそもなんで機械島行ったんだっけそもそも。
あ、そうそう機械島行ったのは、食文化、島の食文化っていうのに興味があって、島の食材っていうのに興味があって、そこに美しい村連合のつながりなんですよ。
日本で最も美しい村連合に鶴井村も入ってて、もちろん内山原村も入ってて、で機械島も入ってて。
なるほどね。
で、そこで知っていて、機械島ちょっと、あまみ大島に行く予定があったので、すぐ隣だから行ってみたいなと思ってそれでちょっと行かせてもらったんですけど、
いやそれがね、ほんとになんだろう、あの砂糖級とかね、もちろんあるってことは知ってたけど、それ以上になんか面白い食文化があるんだなっていうのを担当者の方からもう伺ってて、行く前から。
はいはいはい。
そう原さんっていう方なんですけども、その担当者の方がもう一日一杯ずっと付き合ってくれて、いろんなところに連れて行ったんですよ。
えーすごい。
できたんですけど、僕今回食文化の話をしたいわけじゃないんですよ。
なんですか?
いやそう、僕が一番衝撃を受けたのは食文化じゃないんですよ、この機械島に関して。
うんうんうん。
なんかね、島の人の距離感と文化って言うんですかね、ほんと島文化っていうのを初めて体感して、僕はもうなんだろう、衝撃を受けたんですよね。
距離感が近いってことなのかな?
そう、もちろん距離感も近いし、なんかね、ファミリーって感じ、家族って感じ、島に来た人はみんな家族みたいな空気感があって、
なんかまあ、うちもね、アットホームなお店なんで、そういう感じはあるけど、あそこまで家族感出せるかなって思ったら、すごいね、なんか謎があるなと思って、この空気感になるには絶対なんかあるなっていうのが、
一つもう持論というか、言ってすごい感じたのが、歌だなって思いました。歌と踊りがあるじゃないですか。
あるね、確かに。
そう、沖縄とか僕行ったことないから、沖縄もそうかもしんないけど、機械島はもう、機械島の最終日にサバリっていう、ライブハウスみたいなのと居酒屋が合体したみたいなところがあるんですけど、そこでもうみんなでね、歌って踊ってをやったんですよ。
へー、楽しそう。めっちゃ楽しかった。全然踊りもわかんないんですけど、なんかもう何でもいいみたいな、何でもいいからもう踊ろうって言って踊ってたら、なんかすごいね、距離が近くなって、ほんとファミリーって感じだったんですよ。
これもうね、歌と踊りってめちゃくちゃ距離を縮めるし、なんか文化として、なんだろう、島だからね、どっか行くにも船か飛行機を使わなきゃいけない環境で、やっぱり距離感ってめっちゃ大事じゃないですか、人間関係の。
それをしっかり保つための、なんていうんだろう、一つの装置じゃないけど、すごく重要なものなんだなっていうのを、なんか北海道に行ったら全然感じなかった。初めてこういう感覚になったんで、これをね、僕はもうずっと共有したいなと思いながら、いろんなイベントとかいろんな出来事がありすぎて、随分と遅くなるっていうね、みんなにお伝えするのが。
確かにね、その間に塩尻もあって万能町もあって、あれ阿部町もあんのか。
阿部町もあったのよ。
すごい濃いのに挟まれちゃったね、確かに。
そう、だから本当にね、なんだろう、行ったのは6月の中旬、12時とかかな。
阿部町に行く前。
そう、本当にちょっと前に行ってて。
そうなんだけど、北海道から奄美大島に行ってから行ったのかな。
そう、奄美大島で仕事がどっちにしろあったんで、羽田に1回串郎から羽田飛んで、成田から奄美大島に入って。
あ、なるほどね。
奄美大島から機械島っていう飛行機があるんで、そこで入ったって感じです。
実は内田もね、3年前に奄美大島に行って行って視察でね。
えっ、そうなんだ。
大学の研究室の先輩が移住してて、まさに空き家の活用とかやってる方だったんで、
私もね、最終日に、ただのラーメン屋じゃなくて沖縄そばじゃなくて、あるじゃないですか向こうのお店に行ったら宴が始まったんで。
連携始まるよね。
始まるね、面白いよね。
そう、僕は結構海外にいる感覚だったんですよ。なんかすごい。
だしみな感覚になって。
これがその、機械島特有なのかが僕はわかんないですよ。離島ここしか行ったことないから。
そうだよね。
まあ一応奄美大島も行ってるんですけど、奄美大島はちょっと仕事もあったんで、ゆっくりそういう文化に触れてはなかったので、
なんかめっちゃ面白いなと思ったんですよね。離島の文化っていうのが。
だからまあ僕がね、もっと機械島について話したい気持ちもあるんですけど、ちょっとこの後、実は離島つながりでね、
はい。
お一人ゲストを、実はまたしていると。
予備してまして。
はい。まさかの途中からゲストを入れるパターンっていう、新しいパターンをちょっと今回採用させていただいてまして。
実はね、このラジオ時代には出たことあって、万能町の総会の時にもちょっとお話しいただいたりとかしてたんですけど、
離島つながりということで、沖縄県になりますね。沖縄県のタラマ島に今お住まいののぼりさんという方に今日実は来ていただいてまして、
簡単にプロフィール紹介すると、個人授業主としてタラマ島観光コーディネーターという職業をやられていて、
移住されて今5年目ぐらいになるのかなと思うんですけど、のぼりさんをちょっとお呼びして、離島についてタラマ島と機械島同じなのか違うのかみたいなのも一緒に話せたら面白いのかなと思ってます。
じゃあのぼりさんよろしくお願いします。
のぼり さん よろしくお願いします。
お願いします。ここからが本番ですね。
まあせっかくなんでね、のぼりさん。後ほども少し話してもらったんですけど、簡単にさっきの自己紹介プラスアルファでお話ししていただければなと思います。
のぼり 沖縄県タラマ島在住ののぼり役子と言います。
最初は2021年に地域おこし協力隊として沖縄県タラマ島に着任しまして、観光のお勉強をやって、今は卒業後ガイド、プリライター、その他タラマに関わることもろもろのPR活動、たまに空港職員とかいろいろ難則もわらじわいて頑張っています。
連合の活動にも協力隊時代からいろいろ関わらせていただいて、特に内田さんとはお付き合い長いので、今日はちょっと楽しみにしておりましてよろしくお願いします。
内田 よろしくお願いします。
そうなんですよ、私とかえいちゃんは実は地域がほぼ丸被りだったので、当時連合のことにどっぷり使っている協力隊があまりにも少なくて、4分の4のうちのその2人みたいな感じですね。
いやすごいわざわざありがとうございます。
いやいやもう出たかったんで。
あっそうか嬉しいそう言ってもらえて、なんか最近嬉しいですね。一言ラジオはちょっとずつ有名になるし、出たいって言ってくれる人も増えて、なんかそんな大層なラジオ番組になってきたんだなって思うとなんか緊張しちゃうな、そういうこと言うとね。
緊張してないでしょ、大地してないでしょ。
いやいやいや。
いやいやいや。
はい、ということで改めて野森さん、今日はよろしくお願いします。
野森 よろしくお願いします。
まあそれでちょっと、たらま島についても少し紹介してもらった方がいいのかなと思うんですけど、たらま島についてちょっとだけ紹介をお願いします。
たらま島は沖縄県の宮古島と石垣島のちょうど中間にありますちっちゃなまん丸い島で人口は約1000人ちょっと。
主産業は農業と畜産業になります。
特に有名なのが黒糖、サトウキビの生産、これが全国一位ということで、沖縄県から出荷されるサトウキビの40%以上がたらま島のシェアであるということが有名でございます。
また畜産の方も牛さんがすごく有名で、鶴さんも牛さん豚さんのお肉を取り寄せで使っていただいたこともあるんですけれども、牛さん豚さんお肉がとても美味しいです。
本当美味しいですよ。
たらま島 そうなんですよ。沖縄そばに乗っけるとすごく美味しいんですよ。
そんな感じで、基本的にはコンビニがないですっていうのと信号が1個です。
空港は控え島よりちょっと上で進化して、一応コンビニがあります。
ただ空港の滑走路というか敷地を歩くのは一緒です。
ちなみに一昔前のたらま空港は機械島式の荷物渡しでした。
私も機械島に行ってこれ昔のたらまじゃんって思ったところです。
野森さんはたらま島に移住されて機械島も訪問されてるんですね。
去年行ってますね、ちょうどこの時期。
さっきの話で言うと脱線かもしれないけど、信号機が1台しかないって機械島も一緒なんですよ。
それが島を出た後の子供たちの教育なんですって。
信号機っていうものに慣れておかなきゃいけないみたいなので島に1個だけあるって言ってて、
それを誇りげに話してて、すごい僕も嬉しくなったんです。
幼稚園の子とか小学校の低学年の子が駐在さんに連れられて、
はい青になったよ渡ろうねーとか言って、もうほほえましげになってます。
ほんとそうだよな。すいませんちょっと脱線しましたけど。
なんかでもタラマ島へ移住したきっかけとかってあったりするんですか?
最初にタラマを知ったのは、私ダイビングが趣味で元々やってたんですけれども、
沖縄の綺麗な離島で潜りたいっていうのがあって、
最初石垣島や宮古島とか大きい島潜ってたんですけど、もっとないかと思って、
石垣と宮古の間になんかちっちゃい島あるけどここも行けるのかなとか、
思って調べて行ってみたのが初めてのタラマ島だったっていう感じですね。
すげーな、なんかダイビングしたことないですけど、ハマるとそうなるんですね。
そうですね、バカみたいにハマってた時期があります。
でもそれで移住するってなんなくないですか?
ダイビング以外の要素が結構あったので、それですぐに即移住っていうことではなかった。
僕はね、北極海島に行って、うっちーさんの方からさっきアマミ大島行ってとかって話してましたけど、
多分お互い感じてたのが、なんか島独特の文化あるなって思うんですけど、
タラマ島ってなんかそれ行った当初と、今また感じ方変わってると思うんですけど、
なんか行った当初とかってどんな感じだったんですか?この文化みたいな。
そうですね、これはたくさんの人にも言ってるんですけども、
初めてタラマ空港に降り立って外に出た瞬間に目の前でヤギが草をはんでたんですよね。
なんか白いのがいるけどとか思って見たらなんかチラッと見られて、メーってみたいな感じで。
ヤギね。
待って待って、いろんな離島の空港行ってきたけど、空港出てヤギに会うのは初めてだった。
そうなんだ。
空港出てすぐにヤギとかいないじゃないですか、うっちーに。
いや確かにね。
冷静に考えて。
確かに冷静に考えたらいないね。
いないでしょ。
それでまず、タラマってなんか面白そうなんだけどみたいな、そこから始まったっていう感じですね。
そうなんだ。
タラマ空港の写真も出していただいてありがとうございます。
こんなところでございます。
でもタラマについて、一旦移住したわけじゃないですか、移住今してて5年ぐらい経ったってことだと思うんですけど、
分かんないですけど、僕の感覚で言うと、村に入る感覚みたいなのありそうだなと思ってて、
島に入るのに大変だったこととか、結構あったりしたんですか?
島に入るというか、人に馴染むっていう感じですかね、それって。
私の場合は地域おこしとして来たのが幸いだったんですけれども、
まず当時の上司がやっぱり観光の仕事をするっていうことで、いろんな地域の人の集まりに連れてってくれたんですね。
それでもう端から端までも、新しく来ました。
のぼりです。横浜から来ました。どうぞよろしくお願いします。観光の仕事。
横浜の人だ。
そうです。
で、挨拶しながらずっと回って、みんなすごい一発で覚えてくれる。のぼりさんって苗字がいいねみたいな感じで、すぐ覚えてくれて。
確かに確かに。
道で会って、この間会ったね、えっと、くだりさんじゃなくてのぼりですみたいな、そんな感じで覚えてくれて。
最近まで渡さんって呼ばれてたおじいに、違うって言って。
そうなんだ。っぽいな。
確かに。
その辺りではないんですけど。
確かに。
そういう集まりに、最初は先輩方連れてってもらってたんですけども、実際にどこの田舎にもあるんですけど、住んでる区っていうのがあるじゃないですか。
何々区みたいな。
私もたらまのある行政区に入っているんですけど、その区の活動とか集まりとかにも積極的に参加するようにして、顔を見せる感じにしてます。
そうするとだいたい、なんかちょっと飲んでるけど、今から来るかみたいな。
飲んでくれたりとか。
この間、一昨日ぐらいかな、急に夜8時ぐらいに仲良しのニーニーから電話がかかってきて、ヤギ汁作ったけど食べるかーって言って。
へー。
そうなんだ。
ごめんなさいヤギ汁苦手なんですニーニーすいませんって言って。
そうなんだ。でも僕も機械島で初めてヤギ食べたんですよ。
なんか思ってたより全然臭みなくて、ヤギ刺しとかも食べたんですよね。
え、ヤギ刺し?
そう、ヤギ刺しっていうのがあるんですよ。
ヤギ刺し美味しいですよね。
ね、ヤギ刺し美味しいですよね。
ヤギ汁は私苦手なんだけど、ヤギ刺しは食べられる。
なんかね、その、斗築ができるんですよ、島の中で。
だからそれももうおかしいじゃない、なんかあの僕らの感覚で言うと、なんか、斗築できるんですよ、ヤギを。
1日1頭っていう決まりがあんだったかな、なんかあるみたいなんですけど、なんかそういうぐらいで斗築して、新鮮なお肉をそのまま食べられるとかっていうのも。
でも僕さっきもちょっと機械島の文化みたいな話してたと思うんですけど、なんか家族だなって思うんですよ。
なんか来た人も、まあ移住したのぼりさんもそうだと思うんですけど、なんか家族になる感覚がめっちゃ早い気がするんですよ、島って。
なんかそんな感覚が僕にはあって、なんかのぼりさん的にどうだったのかなっていうの気になるんですけど。
まあ私はこの人見知りしない性格っていうのもあったんですけれども、基本的に誘われてよっぽど都合が悪くなければ断らないで顔出して、顔を売るってことを気をつけてました。
で、そうすると、だいたいのぼり酒飲むって一緒の酒飲むと楽しいなみたいな感じで、じゃあ今度また来るかとか言って連絡先交換したり、という感じになって、割ともう半年もすれば馴染んでました。
なんかね、めっちゃいろんなもの食べさせてくれるんですよ。
そう、そう、そう、あのね、食べ物でコミュニケーション取ろうとしてくる皆さん。
美味しいもの作ったから来るみたいな。
あとなんか居酒屋結構多いんですよ、控え島って。
うち多い。
ですよね。なんか僕すごい不思議な感覚で、田舎とか、僕ら小さい村に住んでるとそうなんですけど、居酒屋とか全然なくて、
なんかそれこそちょっと都会に行かないと居酒屋ないイメージだったんですけど、離島に行くとめっちゃあるなって思ったんですよ。
それがなんかもうコミュニケーションを取ることがもうなんか一つの円溜めみたいな感覚があんのかなと思って、めっちゃ面白いなと思ったんですよね。
大島はどうかわからないんですけど、たらまは居酒屋もそうなんですけど、誰かのお家で飲むっての結構かなりするんですね。
はいはいはいはい。
で、私も友達の誕生日とかに、どこどこの屋で飲むからおいでよってお呼ばれすると、
じゃあビールを6缶一ケースこうやってポンって買ってお土産にして、向こうでなんかお肉焼いてくれたりとかしながらみんなで乾杯するみたいなのが結構もう毎月のようにやってますね。
だから逆に今の時期って外で飲むのがすごい楽しいですね。
あ、そうなんだ。
温かいから。
そういう意味で言うと、たらま島、機械島もそうなんですけど、なんかお祭りごととかなんか行事ごとってめっちゃ大事にしてるイメージがあって、
8月踊りとかも、僕調べてね、わかったんですけど、機械島行った時は知らなくて、帰ってきてから調べてたら8月踊りっていうのがあるらしいっていうのがわかって、
だからたらまもあるんですよね、8月踊りっていうのは。
もうね、ありますよ。
何の祭りなんすか?8月祭りで踊り?
8月踊りですね。
踊りか。
こちらは旧暦の8月8日から3日間ですね。
9月ってこと?
はい、ということで、9月18、19、20、お年はです。
はい、これは期限はいついつぐらいから始まったっていう文献は残っていないんですけれども、
かなり古い時期から、江戸時代とかそのぐらいから始まったのではないかというふうに考えられている、
後年踊り、基本的には人頭勢という勢を琉球王朝にたらま島から治めていたんですけれども、
こちらが無事に治め終わるのが旧暦の7月だったそうです。
それで、旧暦の8月に治め終わったお祝いをしようということで、
ちまんちゅの間で始まった民族踊りみたいなのが始まりとされています。
きらびやかな衣装を着てこうやって舞います。
なんかもう記載といえばね、長野県も記載ありますもんね。
我らはそういうアイディアですね。
世の中いろんな祭りがあるけど、やっぱりルーツをたどるとなんかいろいろあるのかなと思うんですけど、
そう、だから機械島も8月踊りがあるんですよ。
ってことは沖縄の文化だけじゃなくて、島国、あの一帯、琉球王国絡んでいるところはみんな8月踊りがあるのかなって思うと。
たこりさん、いい線に行きますね。
お!
沖縄は8月踊りというのがあります。
場所が違っても。
ただ、たらま島の8月踊りは何が違うかと言いますと、
これ、国指定なんです。
国指定重要無形民族文化財に指定されておりましても、
え、なんで?
これは、たらま島の8月踊りは、古くから始められた踊りをもう形を少しずつ変えながら、
現在までも先祖代々脈々と受け継がれているというところが、保存すべきものということで認められまして。
へー、そうなんだ。
そうなんです。
なので、8月踊りは3日間行われるんですけれども、
当該県外からもかなりのお問い合わせをいただきますし、実際にお客さんいっぱい来ます。
もちろん飛行機満席、船満杯みたいな感じですね。
へー、そうなんだ。
お宿も満杯ですね。
すご。
いやー、なんか知らないですよね、そういうのって。
へー、じゃあ400年弱歴史があるってことなんですね。
そうですね、もう少なくとも江戸時代くらいからは始まっていたということで言われています。
すごいねー、北海道はどうかな、その頃。
北海道、江戸地ですね。
ああ、ああいうんですか。
まだ江戸地です。
鶴木村のツヌジもなかったかも。
ツヌジもない、開拓されてないですよ、まだ。
そうですね、タラマ島に人が住み始めたのがだいたい3000年とかそのくらい。
え、3000年?
そうなんだ。
えー、すご。
いやー、なんかすごいですね、なんかそういう意味で言うと、
なんて言うんだろう、僕離島に行ってね、思ったのが、ちっちゃい地球だなって思ったんですよ、なんか。
ちっちゃい地球に来たらみたいな。
やっぱり別に生まれたてとかって言うわけでもないんですけど、隆起して新しい場所だったんですよ、機械島がね、珊瑚礁が。
だからまだまだ新しい島なんですって言ってた時に、これから多分何万年何千年何十万年って経っていくと、何千年挟んじゃったけど途中で。
何十万年経っていくと、なんかすごい今みたいなね、黒土とか赤土とかになっていってって思うと、
なんかそのできたての地球を見てるみたいな感じで、すごいなんか僕、面白かったんですよね。
なんかそこでこう、人間が文化を作るために踊りをしてとか、
なんかその、なんて言うんですかね、まあそれが全てではないんですけど、
なんかこの土地に感謝してる感じもすごい伝わってきて、
それをなんか踊りと歌で表現するとか、
みんななんか楽しい、楽しいよねーみたいな空気感がずっと流れてるんですよね。
それがめっちゃすごいなぁと思って、
北海道にそこまでの文化というか、この土地だからよかったみたいなものがあるかって言われるとまた違う価値観だなぁと思って。
そうですね。離島っていうのはまあ、それだけでね、一種のコミュニティが出来上がるんで、
そう、本当におっしゃる通り。
一致団結みたいな感じなんですよね。
そう、本当に一致団結してて。
うん、もうタラマにいるとそれをすごく感じますね。
なんか8月踊りなんてもうまさにでしょ、まさにもうみんなで作り上げるみたいな感じ。
私も去年も今年も出ますし、また。
あの、去年とか出たらヤジが飛ぶっていうね、みんな私を知ってるから、
うー、のぼりー、がんばれやー、みたいな。
え、それ踊るってこと?
踊りましたよ。
そういうことなんで、これあれを踊るのは誰でも踊れるんですか?
あの、一応配役が決まっていて、その2週間、踊りの2週間くらい前まで配役を決めて、
練習を1週間くらい前から始めるっていう感じになる。
いや、それこそ、なんか長野の大鹿村に行った時に、大鹿歌舞伎ってあるじゃないですか。
はいはいはいはい。
あれもなんかその、まあ簡単に言えばその歌舞伎座が来たりなんてほとんどないけど、
そのまあ、中間地点で1回来たりとかもあるらしいんですけど、
そういうのを自分たちのエンタメとして町民がやろうみたいな、村民か、村民がやろうみたいなところから始まってて、
なんかそれの延長線上で8月踊りもあるのか、ちょっとわかんないんですけど、
間違いなく歌と踊りはあるなと思ってて、
なんか一種の島のエンタメなんだろうなと思って、
それがね、僕はすごいもうめっちゃ感じたんですよ。
なんかもうめっちゃ楽しそうだよ、みんな。
踊ってるときと歌ってるときは。
だからかわかんないんですけど、だからかわかんないんですけど、
島の人たちってみんなカラオケ上手いんですよ。
あ、そうなんだ。
子供も普通に自然にエイサーの踊り真似するしたりとか、
カラオケパブとか行くともう本当にみんな歌が上手い。
すげえな。
いやなんか、そう、それがね、
閉鎖的な空間であるからこそ生まれてるなと思ってて、
もうなんかそれの最上位じゃないけど、
もう島ってもう自分の力では出ることできないじゃないですか。
どうすることができないって言ったらあれなんですけど。
なんか船に乗るか飛行機に乗るか、今だったらそうですけど、
しかないっていう状況だから、
なんか自分たちで何かを生み出さなきゃっていう思いもすごい強いなと思ってて、
そこでね、機械島にいる島歌ももちろん歌うんですけど、
島の歌を自分で作っている時光大さんって人に会って、
その人めっちゃよかったんですよ。
なんかその特攻花がちょっと有名なんですよね、機械島って。
特攻隊が行くときに特攻花を渡す場所でもあったらしくて、
なんかそれの歌を、現代風って言うとあれなんですけど、島歌じゃなくて、
自分がシンガーソングライダーとして作った曲を歌ってくれたんですけど、
めっちゃ感動した、聴いて。
へえ。
めちゃくちゃ感動した。
それあれだね、与田先生が言ってたかな。
あ、そうそうそう。
それこそ与田先生に聴いて、会ってくださいって言われて、
ああ、それだった。
そう会いして、なんか盛り上がって、じゃあ行こうぜって言って、
最後二次会にサバニーっていうところのライブハウスみたいなとこ行って、
みんなで島歌歌ったり、時光大さんが歌ってくれたりしたんですけど、
それめっちゃよかったんですよ、それが。
向井 サバニーね、私も行きました。よかったですね。
いいですよね、サバニーね。
向井 雰囲気も最高。