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21. ゲスト編6-1「ウレタンは無限大!異業種から山梨の老舗会社を継いだ衣川さんが語る、事業継承のリアルトーク(前編)」
2025-02-16 25:14

21. ゲスト編6-1「ウレタンは無限大!異業種から山梨の老舗会社を継いだ衣川さんが語る、事業継承のリアルトーク(前編)」

▼今回のトーク内容:

ヒトとコトを語る hitokoto Radio。今回のゲストは、山梨の老舗ウレタン加工会社「衣川ウレタン加工販賣工業所」 の専務取締役、衣川泰知(きぬがわ たいち)さん。美容師から義理のご両親が営む家業のウレタン加工業へと異業種転身を遂げた、そのリアルな体験談をお届けします。


前半では、ウレタン加工業とはそもそも何をする仕事なのか? という基本的な話から、端材を活用したアップサイクル事業など、新たな試みにも迫ります。さらに、家業のアトツギを決意した理由や、入社当初に感じたカルチャーショック、そして業界ならではの魅力や苦労話についても深掘り。


異業種から家業を継ぐことのリアル、昔からの慣習と新たな動きをどう両立させるのか、そしてウレタンの可能性をどう広げていくのか?事業継承の舞台裏と、そこから生まれる新たなチャレンジについて語る20分。ぜひお聴きください!


▼衣川ウレタンさんのWebサイトとInstagramはこちら

https://kinugawauretan.com/

https://www.instagram.com/kinugawauretan/


▼ヘアサロン「CHARBON」のWebサイトはこちら

https://charbon.jp/


▼番組概要:

人口1万人以下の農村で暮らす3人が、地域の魅力を掘り下げながら、日本の未来を考える番組。

暮らし、伝統、歴史を学び、今の日本を100年後に残すためのアイデアや方法を考えます。


▼毎週日曜日17時更新


▼番組ハッシュタグ:#ヒトコト


▼番組への感想やメッセージは以下までお寄せください: ask.hitokoto@gmail.com


▼MC:

👤服部大地(はっとり だいち)

1992年、北海道生まれ。鶴居村の「Heart’n Tree」シェフであり、「The Royal Express」最年少シェフ。地元食材を活かした料理に定評があり、2023年「RED U-35」でブロンズエッグ受賞。現在は食材ハンターやノマドシェフとして各地でポップアップを開催中。


https://www.instagram.com/hattori.daichi/

https://note.com/nomad_chef


👤内田将大(うちだ まさひろ)

1990年生まれ、東京都出身。株式会社ムラシゴト代表。ゼネコンで約7年間、都市開発案件を担当した後、2022年から長野県原村(はらむら)に移住。「日本で最も美しい村」連合専任の地域おこし協力隊として活動する傍ら、2024年に起業。裂織(さきおり)ブランドの推進を日々行う。


https://www.instagram.com/uchimasa07/

https://murashigoto.jp/

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👤長屋詠一郎

1993年生まれ、岐阜県関市板取出身。20代前半は海外で暮らす。6年後、日本のことがもっと知りたいと思い、長野県木曽町に移住。写真や動画を撮りつつ、木曽谷の手仕事と日本で最も美しい村連合の繋がりを活かした一棟貸しの宿「玄草」を準備中。


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https://note.com/genso_kiso


▼後援: 「日本で最も美しい村」連合

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hitokoto Radio- 人の物語を語る時間。
この番組では、人口1万人以下の農村に暮らす3人が、
地域の魅力を掘り下げながら、日本の未来を考えます。
こんにちは、パーソナリティーの内田です。
こんにちは、パーソナリティーの永井一郎です。
はい、今回はですね、ゲストをお呼びしています。
実は、私が長野の原村というところで、
先折りの事業をやってるんですけど、
その先折りの、実はちょっといろんなものを作ってる中で、
お付き合いになるですね、ウレタンの会社さんの、
同世代の方を実は今回呼んでおります。
ということで、早速なんですけど、有限会社、
絹川ウレタン加工販売工業所の専務でいらっしゃる、
絹川太一さんをお呼びしています。
よろしくお願いします。
お願いします。
よろしくお願いします。
はい、そしたら最初に私の方から簡単に、
本当に簡単に紹介させていただきます。
出身はですね、宮城県の仙台市ということで、
北の国からやってきておりまして、
現在ですね、この絹川ウレタンさんというのが、
山梨県の山梨市にあります。
この会社さんがですね、昭和53年、1978年ということで、
もう創業50年ぐらいの会社なんですかね。
すごい老舗の会社さんでして、
今そこの専務という形で、いろんなことをやっております。
実は年代がですね、私のかなり、同世代って失礼なんですけど、
1つ上か2つ上かぐらいということで、
すごい同世代として、いろんなことをやらせていただいています。
私から簡単にこんな感じなので、
よければちょっと太一さんの方から会社と、
あとご自身の紹介していただければと思います。
はい、ありがとうございます。
今ご紹介いただきました、ちょっと長いんですけど、
有限会社絹川ウレタン加工販売工業所の、
現在政務取締役を務めさせていただいてます、
絹川太一と申します。
今日はよろしくお願いします。
お願いします。
じゃあ先に仕事の方の、今の会社の仕事の話なんですけれども、
会社名にウレタンっていう名前がついている通り、
ウレタンの加工をメインとしておりまして、
ウレタンってそもそも何ぞやっていうふうに、
思う方もいらっしゃるかもしれないんですけれども、
いわゆるスポンジですね、
皆さん食器用のスポンジはよく目にすることがあると思うんですけれども、
弊社が山梨県の山梨市という場所にあるんですけれども、
桃とかブドウの山地として有名で、
この辺一帯が隣の甲州市だったりとか、
笛市っていうところ全体で、
桃とブドウが盛んな地域になっておりまして、
その梱包材として下に敷いたり、
上に敷いたりするウレタンを、
もともとはメインの事業としておりまして、
そういったもの、特にその時期ですね、
夏の時期にそういったものをJAさんだったりとか、
いろんな資材屋さん関係、
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それこそ農家さんに直接だったりとかっていうのを、
販売させていただいてたりとか、
それとはまた別の事業として、
主に下請けで劇場関係の椅子の製作だったりとか、
店舗さんとか個人たくさんの椅子の張り替えを主軸として、
その椅子の中で使うウレタンの加工ですね。
そういったものを得意分野としてやっているような会社になります。
ありがとうございます。
確かにこの前も先週も木ぬ川さんのところに伺ったんですけど、
高速道路一宮三坂でしたっけ、
あそこを降りてすぐもう右も左もブドウ畑、桃畑ということで、
そこ間を行くとウレタンさんの会社だなということで、
確かに絶対いりますもんね、デリケートな果物なので。
そうですね、やっぱり今色々な資材出てはいるんですけれども、
やっぱりウレタンに変わるものっていうのが、
なかなか生産性の良さだったりとか取扱いの良さ、
一番はクッション性ですね。
それにやっぱり取って変わるものっていうのは、
まだ現段階ではなかなか変わるものができてきてはいないのかなっていうところはあるんですけれども、
もともと農業資材っていうところを主軸にしていたところから、
椅子の方に足を伸ばしていったのが、
やっぱり今環境だったりとかいろんな問題がある中で、
そういったところのウレタン需要が減ってきてしまうんじゃないかっていう懸念が、
おじいさんの頃にありまして、
おじいさんが経営してた頃に。
そこの授業だけだとやっぱり今後難しいんじゃないかっていうので、
ウレタン加工技術をもうちょっと違う加工ができるようにしていって、
椅子の加工の方を進めていったっていうところがあります。
なるほど、そういう経緯だったんですね。
そうですね。
おそらくウレタンって聞いたときにイメージ長居君とかついたかな。
確かにあんまりウレタンかどうなんだろうみたいな思って、
スポンジって言われたら確かにスポンジかみたいな感じですね。
多分みんなそう思ってる方多いかもしれないですね。
そうだね。
建築やってる人はウレタン、断熱剤で使ったりとか、
結構いろんな場面でよくメニューアップするんですけど、
多分普段皆さん今お尻に座っているソファーが、
多分中にウレタンが入っていることがほとんどだと思うんですよね。
なので実は多分身の回りで皆さん必ず持っているものだったりするんですけど、
この後の話につながるんですけど、ほとんどが見えないんですよねウレタンって。
カバーにこうくるまれて、中になんかプニプニしてるけどこれはなんだろうみたいな感じなんですよね。
なので今本当に仕事でご一緒している中で、
中ってこんななってるんだっていうのが、
それ一番最初に言った時めちゃくちゃ驚きました。
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そうですね。なかなか目に触れる機械でもないですし、
触れるのも結局お尻がほとんどじゃない。
確かに確かに。
なのでやっぱり座り心地とかって皆さん気にされると思うんですけれども、
その中が実際何がどう使われててどうなってるかって意外と目にする機会が少ないので、
そういったところを展示されてる家具屋さんとかもあったりはするんですけども、
やっぱりそもそものウレタンっていう認知がやっぱり少ないっていうのと、
それこそ家具屋さんですらどんなウレタンがあるか、種類がどれだけあるかとかっていうのを、
あまりわからない家具屋さんとかも意外にあったりするので。
意外ですね。なるほど。
なのでやっぱりそこが弊社としては椅子もやりながら、
ウレタンも加工もやってるっていうところを強みとして、
いろいろお仕事させていただいているところであります。
はい、ありがとうございます。
今まさにやっている事業として、
先寄りの丸いおはじき型のクッションとかを作っていただいたりしてるんですけど、
それってなんでこんな私みたいな超冷裁企業と一緒にやっていただいているのかって、
最初本当に嬉しかったんですけど、
なんでこういう小さいことをもう一緒にやっていただけているのかなっていうことを、
ちょっとお話いただきたいなと思うんですけど。
そうですね、その話をするにあたってちょっと僕の経歴がちょっと、
はいはいはい。
ちょっと歪なんで。
ぜひお願いします。いいですね。
ちょっと長くなるかもしれないですけど。
お願いします。
はい、もともとさっきご紹介あったんですけども、
宮城県の仙台市、生まれの仙台市育ちで、
もともと僕全職が美容師なんですけれども、
美容の専門学校まで仙台の美容の専門学校を出て、
その時にたまたま合同の会社の説明会がありまして、
そこでたまたま前に勤めていたところの山梨県の美容室の会社さんだったんですけども、
そこのお話を聞く機会がありまして、
そこのマレーシアの話がすごい熱いかたというか、
すごいそれに惹かれて、
それまで僕全然仙台に残るつもりでいたんですけど、
東京に出ようかどうしようか迷っている中で、
全く違う山梨っていう選択肢が出てきて、
で、なんか普通ちょっと東京に憧れるところだと思うんですけど、
それ以上になんかその熱量にやられて、
すごいですね。
それで山梨県の会社に入りまして、
そこで美容師を8年、
最後5年ぐらいから店長をやらせていただいて、
日本での店長をやらせていただいたりとかっていう経験をさせていただいたんですけど、
09:05
その前職で知り合った方と結婚をしまして、
で、妻の方の実家がこの有限会社に決められたっていうところで、
向こうに入ってるんですね。
まあそれも義理のお父さんの方からどうだっていうことは、
何回かお誘いを受けていたんですけど、
美容師も好きでしたし、
いい仕事だと思ってたんですけれども、
いつか経営をやりたいっていうのがなんか漠然と昔からあって、
独立とかを考えた時もあったんですけれども、
いろいろこう悩んで、
妻とも話をして、
で、最終的に妻の方が、
僕がやらないんだったら自分が継ぐっていうことを言い出したので、
いやいや、ちょっと待てよと。
待てって。
であれば、やっぱり妻も美容師としてすごく優秀だったので、
それであれば僕が入ってやりますっていうところで、
ちょっとお父さんと、
お父さんが結構元々やっちゃうな方だったので、
そうなんですか。
はい。
どうなんだみたいな感じで、
2人で後輩に連れて行ってもらって、
ちゃんと話をしてくれますっていう話をさせていただいて、
会社に入ることが決まったんですけれども、
そのほんと数ヶ月後、まだ僕が入社する前にですね、
そのギリのお父さんがちょっと急に亡くなってしまいまして、
そうなんです。
そうなんですよ。
なのでちょっと手伝いにとか行ったりしたことはあったんで、
何をやってるかぐらいは分かってたんですけども、
全くそういう、なんて言うんですかね、
いわゆる社長からの引き継ぎみたいなことは全くない状態で、
急遽。
入るっていうことはまだせめて決まってたので、
そこのあれはなかったんですけども、
正直どうしようっていうとこからスタートしたっていう。
はいはいはいはい。
で、入社しまして、
まずは現場をっていうところで、
でも非常に社員のみんなも温かく迎えてくれて、
技術を一から。
で、絹が売れたんか、今まで大事にしてきたものっていうところも、
いろいろ教わりながら、
現場経験をある程度積んでいく中で、
やっぱりその、なんて言うんですかね、
主にやっぱり下請けだったりとか、
そういう仕事がメインなところではあったので、
自分がこれから長い目でやっていくっていうことを考えたときに、
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もうちょっと自分たちから発信できる仕事だったりとか、
今までの経験を生かしたものづくりっていうものが、
なんか取り組んでいくことが必要だと思いましたし、
自分自身もそれをシンプルにやりたかったっていうのがあったので、
みんなにも話をしつつ、
こういうことをやっていきますっていうところの中で、
たまたまちょっと内田さんとご縁がありまして、
弊社もそんなに言っても15人ぐらいの、
そんなに大きくない会社なので、
いやいやいや、全然全然。
なので、やっぱり小さいプロダクトから始めていくことがいいなと思ってたので、
その中でやっぱり量産をやってる分、
どうしても端材っていうものが出てきてしまうので、
そこをうまく活用したいっていう弊社のほうのやりたいことと、
内田さんの先寄りっていうプロダクトと、
うまくマッチングする部分があったので、
それでちょっとこういうものを作りたいんですっていうお話をいただいたので、
ぜひやりましょうっていうところがスタートになりますね。
ですね。
長々と。
いやいや、すごい。
もう数分で語れる内容じゃない。
いえいえ、そうなんですよね。
1時間コースぐらいの内容をまとめていただいたと思うんですけど。
ちょっとあの、そうですね、
もともとのお母さん、あとお父さんが、
義理のお父さんのほうで、いわゆる無効養子って言うんですかね。
無効に入ってっていうところまで知ったんですけど、
壮絶なストーリーまでは私も今初めて聞いたので。
そうですよね。
いやすごいですね。
もうトントンと人生のステップが変わっていった感じですね。
そうですね。
何か数年前からやっぱりまさかこんなことしてるとも思ってなかったですし、
それこそ仙台出るときにまさかこんな仕事するとは思ってなかったので。
いやありがとう。
そんなそのちょうど独自プロダクト作りたいっていうときに、
ちょうど私の先ほど言って何か作りたいっていうのが収まったっていうのが、
本当にラッキーっていうかありがたいなと思って。
今実際そのおっしゃってた端材っていうのが、
私今作ってるのが約直径が30センチぐらいの、
今手で表してるんですけど丸い形のクッションなんですけど、
これ30センチっていうのは何かちょっとミソだって伺ったんですけど。
そうですね。
大体そのベニヤご飯とか売ってる、
ホームセンターとかで売ってるサイズって36番っていうサイズが、
大体910ミリの長さが1810とかそのぐらいのサイズだと思うんですけども、
その中で座面、
例えば店舗さんとかでよく皆さんが座られる、
ファミレスとかで座るベンチシートってあるじゃないですか、ソファーっぽい。
あれの奥行きが450とかなんですね、寸法が。
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なので2枚は取れないんですよ、サイズによるんですけども。
2枚は取れなくって微妙に余ったサイズを取るのに300だと取れるんですよね。
はいはいはい。
なのでどうしても余ってしまう、
この微妙な寸法の板をどうしようかっていうところにもうぴったしだったっていうところ。
はいはい、なるほど。
逆に先折りの方も折る幅が実は最大値でも大体40とか50センチぐらいなので、
作れてもちょうど30センチから40センチぐらいのものしかできなかったんですよね、その横幅的に。
なので本当にちょうど私の求めるサイズと、
ちょうど余ってるよ、いらないよってサイズがピタッとあったっていう話だったので。
すごい。
実はそういう裏話もあるんですよ。
そもそもお二人はどこで出会ったんですか?
いい質問ですね。
すごく気になりました。
確かにそうですね、千野の方で、千野市の方で古着屋さんのラゴムっていうのが9年まであったんですけど、
そこの向井さんって方が大地さんとお知り合いって言うんですかね、なんて言うんですかね。
妻の方が遠い親戚、妻同士が遠い親戚。
遠い親戚なんですよね。
ということもあって、クッション作るならいい人知ってるよみたいな形でご紹介いただいたのが最初だったと思うんですけど。
そうですね、その向井さんのところで、もういろいろ活動されてる中で椅子のクッションの提案をしたものがあって、
それはたまたま内田さんが見ていただいて、なんかいいですねこれって言っていただいて。
すごいタイミングですね。
つなげていただいたっていう感じですね。
そうなんですよ。
その椅子も蔵から出てきた、100くらいあったのかな、すごい量の、中国式のデカい椅子なので、
なんか座面が変な形なんですよね。
そうなんですよね。
そこにスポット合うような形のオーダーメイドでクッション作ったとかあって、
最初この村話なんですけど、これすごく高そうですねって話して、これ1個何万円するんじゃないですかって話した時に、
いやそんなことないよということがあって、それならちょっと私も1回やってみたいよっていうことで、
お互いになって、今いっぱい作っていただいてます、そのあたり。
すごい。じゃあお二人が出会うまでに、本当はお父さんとかのいろんな話を、
あと美容師さんとか、人が人をめちゃくちゃつなげて出会ったってことですね、お二人が。
そうですね。
すごいな。映画見てる感じでしたもんね。
ほんとほんと。
お二人が出会うまでのストーリーが映画っぽかったですね。
いやすごい、いい感じ。
そうなんですよね。
なので、なかなかやっぱり先代のお父さんの頃っていうのは、どっちかっていうとあんまり、
なんていうんですかね、そういう外に出たりとかっていうことをあまりされてなくて、
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どっちかっていうと本当に県内の仕事がほとんどだったので、人との出会いだったりとか、
つながりでどんどん派生していく面白さみたいなのは、僕もその出てみて初めて感じてる部分なので、
それは本当に行動してみてよかったなというふうに思っていますね。
いや、こちらこそ本当に嬉しいですね。
ありがとうございます。
どうですか、先ほどのご経歴もあったので、美容師さんからこのウレタンの会社の今専務ということで、
会社に入られたとき、ファーストインプレッションだとか、カルチャーショックとか、そういうことあったんじゃないかなと思うんですけど。
そうですね、最初はやっぱりもう正直何もわかんない部分が多かったので、
そっちでいっぱいいっぱいだったことは特に記憶にあるんですけど、
でもなんていうんですかね、そのよく聞く後継ぎのその難しさみたいなので、結構その前からいる方と揉めるとかあるじゃないですか。
そういったことはあんまり本当になくてですね、結構みんなが受け入れてくれたっていうところが、
自分としてはすごく助かったというか、そこをやっぱり結構一番気にするというか、最初怖い部分ではあるじゃないですか。
そもそも何をやるかっていうより人間関係の方の部分だったりとかで、
ましてはなんかそんな状況だったんで、いやこいつ何言われてもおかしくないじゃないか。
それでも任せてくれたっていうことがすごくやりやすかったっていうこともありますし、
その上で最初に取り組んだのは結構やっぱりその天台社長が一人で引っ張ってきたような会社だったので、
結構簡単に言うとワンマンっていうか、その社長の力が結構依存している部分が多かったので、
いろんなそのやり、なんていうんですかね、伝票だったりとか、システムだったりとかがほぼない、もう手書きがほとんどで、
なのでやっぱりミスも起きますし、忘れてたりとか、いろんなことがで、ちょっと時間がかかっちゃったりとかっていうのがあったので、
僕もともと高校が商業高校だったんで、電飾美容師なんですけど、ある程度のエクセルとか、
そういうのはできる部分があったんで、そういった本当に簡単なシステムっていうほどじゃないですけども、
パソコンでやるものっていうのを積極的に取り入れていって、効率化っていうのを結構意識して取り組んだ部分でありますね。
前の会社もでも結構そうだったんで、そこはカルチャーショックっていうよりは、
21:00
そういうもんかって感じですね。
そういうもんかって感じでしたね。
いやでもちょっと気になったのは、人間関係のところだったので、
それこそ息子さん、本当の息子さんとかで言われたら、なんとなくこう、ああとわかるんですけど、義理のお父さんってことなので、
ある意味、ちょっと言い方悪いですけど、よそ者ではないですか、完全に。
いやまあそうだと思います。
なのでどういう感じだったのかなって、若干そこは気になったところだったんですけど、
大地さんのこのコミュニケーション力、柔らかいコミュニケーション力でやってきたんじゃないかなって勝手に。
なかなかそうですね、息子じゃないのが逆に良かったっていうこともあるかもしれないですね。
逆に。
逆に、なんかやっぱりいろいろ見てると、義理のお父さんも無子なんですよ。
へー。
なるほど。
面白いですね。
そうなんですよ。
それが逆に、なんか変にやっぱり家族感だと、思いをあまりにも継承しすぎてしまったりとか、やっぱりそのお父さんがこうだったからみたいなものに、やっぱり引っ張られちゃう部分ってどうしてもあると思うんですね。
こうしなきゃいけないみたいな。
逆にそれが僕は、良くも悪くもなかったので、それを学びたいって思ってたところでっていうところだったんで、もう思い切ってやるしかなかったっていうところですね。
一応今、義理の母の方が社長をやってるんですけども、結構任せてくださったので、逆にそれが良かったのかもしれない。
確かに。
斜めからの目線もやっぱりありますよね。
要はその、例えば家族とかだともう100%同じ、プライベートが一緒なわけじゃないですか。
そこでそうやって思いとかもやり方とかも共有してるけど、その外から、僕も移住者で街づくりで入ってるので、その外から入るとなんか中では見えないこの良さだったりとか、こういうやり方やったほうがもっと良くなるんじゃない?みたいなのがあったりすると思うんですけど、多分それがうまくいった感じなんですかね。
そうですね。なので、社員の気持ちに寄り添える部分と、まだその経営者経営者してないので、自分もそういう立場から急に要は役がついただけなので、その考え方とかが勿論勉強はしてくるんですけども、急に変わるわけでもないじゃないですか。
そこのバランスが逆に取りつつ、だいたいそういう段階って、やっぱり普通だと社長がいるんで裁量がないじゃないですか。なので本当はこういうふうにした方がいいんじゃないかなって思っていても、やっぱりなかなかそこを実行できないもどかしさを抱えながらやられてる方とかって結構いらっしゃるんじゃないかなって思うんですけども。
そのやれる大変さはもちろんあるんですけど、逆に思い切ってやって良かった悪かったこれはやっぱりやめた方がいいなっていうことだったりとかっていうことがいろいろこう試すこともできましたし、どんどんどんどんじゃあ次これやろうこれやろうっていうところで進められた部分が大きいんじゃないかなって思います。
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いやーありがとうございます。もしかしたら役員と社員とかあと上司部下みたいな感じではなくて、同じ目線からこう入ったことがこうそうしたかもしれないですね。
そうですね。
一言ラジオ、人の物語を語る時間。今回のエピソードはいかがだったでしょうか。
番組への感想メッセージはメールアドレス ask.hitokoto at mark gmail.comまでお寄せください。
コラボしてみたいやこうしたらいいのではというアイディアなどぜひいただけると嬉しいです。
それでは次のエピソードもお楽しみに。またお会いしましょう。
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