それこそ農家さんに直接だったりとかっていうのを、
販売させていただいてたりとか、
それとはまた別の事業として、
主に下請けで劇場関係の椅子の製作だったりとか、
店舗さんとか個人たくさんの椅子の張り替えを主軸として、
その椅子の中で使うウレタンの加工ですね。
そういったものを得意分野としてやっているような会社になります。
ありがとうございます。
確かにこの前も先週も木ぬ川さんのところに伺ったんですけど、
高速道路一宮三坂でしたっけ、
あそこを降りてすぐもう右も左もブドウ畑、桃畑ということで、
そこ間を行くとウレタンさんの会社だなということで、
確かに絶対いりますもんね、デリケートな果物なので。
そうですね、やっぱり今色々な資材出てはいるんですけれども、
やっぱりウレタンに変わるものっていうのが、
なかなか生産性の良さだったりとか取扱いの良さ、
一番はクッション性ですね。
それにやっぱり取って変わるものっていうのは、
まだ現段階ではなかなか変わるものができてきてはいないのかなっていうところはあるんですけれども、
もともと農業資材っていうところを主軸にしていたところから、
椅子の方に足を伸ばしていったのが、
やっぱり今環境だったりとかいろんな問題がある中で、
そういったところのウレタン需要が減ってきてしまうんじゃないかっていう懸念が、
おじいさんの頃にありまして、
おじいさんが経営してた頃に。
そこの授業だけだとやっぱり今後難しいんじゃないかっていうので、
ウレタン加工技術をもうちょっと違う加工ができるようにしていって、
椅子の加工の方を進めていったっていうところがあります。
なるほど、そういう経緯だったんですね。
そうですね。
おそらくウレタンって聞いたときにイメージ長居君とかついたかな。
確かにあんまりウレタンかどうなんだろうみたいな思って、
スポンジって言われたら確かにスポンジかみたいな感じですね。
多分みんなそう思ってる方多いかもしれないですね。
そうだね。
建築やってる人はウレタン、断熱剤で使ったりとか、
結構いろんな場面でよくメニューアップするんですけど、
多分普段皆さん今お尻に座っているソファーが、
多分中にウレタンが入っていることがほとんどだと思うんですよね。
なので実は多分身の回りで皆さん必ず持っているものだったりするんですけど、
この後の話につながるんですけど、ほとんどが見えないんですよねウレタンって。
カバーにこうくるまれて、中になんかプニプニしてるけどこれはなんだろうみたいな感じなんですよね。
なので今本当に仕事でご一緒している中で、
中ってこんななってるんだっていうのが、
それ一番最初に言った時めちゃくちゃ驚きました。
なので2枚は取れないんですよ、サイズによるんですけども。
2枚は取れなくって微妙に余ったサイズを取るのに300だと取れるんですよね。
はいはいはい。
なのでどうしても余ってしまう、
この微妙な寸法の板をどうしようかっていうところにもうぴったしだったっていうところ。
はいはい、なるほど。
逆に先折りの方も折る幅が実は最大値でも大体40とか50センチぐらいなので、
作れてもちょうど30センチから40センチぐらいのものしかできなかったんですよね、その横幅的に。
なので本当にちょうど私の求めるサイズと、
ちょうど余ってるよ、いらないよってサイズがピタッとあったっていう話だったので。
すごい。
実はそういう裏話もあるんですよ。
そもそもお二人はどこで出会ったんですか?
いい質問ですね。
すごく気になりました。
確かにそうですね、千野の方で、千野市の方で古着屋さんのラゴムっていうのが9年まであったんですけど、
そこの向井さんって方が大地さんとお知り合いって言うんですかね、なんて言うんですかね。
妻の方が遠い親戚、妻同士が遠い親戚。
遠い親戚なんですよね。
ということもあって、クッション作るならいい人知ってるよみたいな形でご紹介いただいたのが最初だったと思うんですけど。
そうですね、その向井さんのところで、もういろいろ活動されてる中で椅子のクッションの提案をしたものがあって、
それはたまたま内田さんが見ていただいて、なんかいいですねこれって言っていただいて。
すごいタイミングですね。
つなげていただいたっていう感じですね。
そうなんですよ。
その椅子も蔵から出てきた、100くらいあったのかな、すごい量の、中国式のデカい椅子なので、
なんか座面が変な形なんですよね。
そうなんですよね。
そこにスポット合うような形のオーダーメイドでクッション作ったとかあって、
最初この村話なんですけど、これすごく高そうですねって話して、これ1個何万円するんじゃないですかって話した時に、
いやそんなことないよということがあって、それならちょっと私も1回やってみたいよっていうことで、
お互いになって、今いっぱい作っていただいてます、そのあたり。
すごい。じゃあお二人が出会うまでに、本当はお父さんとかのいろんな話を、
あと美容師さんとか、人が人をめちゃくちゃつなげて出会ったってことですね、お二人が。
そうですね。
すごいな。映画見てる感じでしたもんね。
ほんとほんと。
お二人が出会うまでのストーリーが映画っぽかったですね。
いやすごい、いい感じ。
そうなんですよね。
なので、なかなかやっぱり先代のお父さんの頃っていうのは、どっちかっていうとあんまり、
なんていうんですかね、そういう外に出たりとかっていうことをあまりされてなくて、
どっちかっていうと本当に県内の仕事がほとんどだったので、人との出会いだったりとか、
つながりでどんどん派生していく面白さみたいなのは、僕もその出てみて初めて感じてる部分なので、
それは本当に行動してみてよかったなというふうに思っていますね。
いや、こちらこそ本当に嬉しいですね。
ありがとうございます。
どうですか、先ほどのご経歴もあったので、美容師さんからこのウレタンの会社の今専務ということで、
会社に入られたとき、ファーストインプレッションだとか、カルチャーショックとか、そういうことあったんじゃないかなと思うんですけど。
そうですね、最初はやっぱりもう正直何もわかんない部分が多かったので、
そっちでいっぱいいっぱいだったことは特に記憶にあるんですけど、
でもなんていうんですかね、そのよく聞く後継ぎのその難しさみたいなので、結構その前からいる方と揉めるとかあるじゃないですか。
そういったことはあんまり本当になくてですね、結構みんなが受け入れてくれたっていうところが、
自分としてはすごく助かったというか、そこをやっぱり結構一番気にするというか、最初怖い部分ではあるじゃないですか。
そもそも何をやるかっていうより人間関係の方の部分だったりとかで、
ましてはなんかそんな状況だったんで、いやこいつ何言われてもおかしくないじゃないか。
それでも任せてくれたっていうことがすごくやりやすかったっていうこともありますし、
その上で最初に取り組んだのは結構やっぱりその天台社長が一人で引っ張ってきたような会社だったので、
結構簡単に言うとワンマンっていうか、その社長の力が結構依存している部分が多かったので、
いろんなそのやり、なんていうんですかね、伝票だったりとか、システムだったりとかがほぼない、もう手書きがほとんどで、
なのでやっぱりミスも起きますし、忘れてたりとか、いろんなことがで、ちょっと時間がかかっちゃったりとかっていうのがあったので、
僕もともと高校が商業高校だったんで、電飾美容師なんですけど、ある程度のエクセルとか、
そういうのはできる部分があったんで、そういった本当に簡単なシステムっていうほどじゃないですけども、
パソコンでやるものっていうのを積極的に取り入れていって、効率化っていうのを結構意識して取り組んだ部分でありますね。
前の会社もでも結構そうだったんで、そこはカルチャーショックっていうよりは、