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毎日が日曜日、暇人モーニング。略して、暇人ラジオ。毎日、素敵な誰かの名言から朝を始めましょう。
本日の名言は。 本日の名言は、言語は思考の家であるマルティン・ハイデッガーさんですね。ドイツの哲学者の方です。
ハイデッガーさんか。 いやもうこれももう本当昨日と同じくまあそうですよって話なんでしょうけど。
そうですよね。やっぱ思考の家って表現はなんかあれですね。思考の家ってね。
なんか土台とかそんな感じなんですかね。考えるときの。 そうですよね。なんかまあなんて言うんですか。これはだからそうだよな。
逆に思いますけどねすごく。言語ってやっぱその思考っていうところの家からなんかこう出てくるものみたいなイメージでしたけど自分で。逆に思ってましたね。やっぱり言語はなんか最終的なアウトプットでその手前にやっぱり思考があるように思ってたんですけど。
でもその思考自体も言語で考えちゃってますよね。 そうですね。だからそういうことを言ってるんですかねこれは。
そういう感じだと思います。多分なんですけど考えるときの言語が違うと多分思考の仕方全く変わるんだと思うんですよね。
なんか言いますねそれなんか英語で考えたらどうのとかいう人いますね。
なんか自己主張しやすくなるっていうふうにも聞きますね英語だと。主語と動詞がめちゃめちゃはっきりしてる言語の中だと主張がとてもしやすくなるっていうことを言う人は結構多かったりしますね。
なるほどね。だからやっぱこの情緒ある感じとかが好きなのというかになるのはやっぱこういう言葉を使ってるからなんでしょうね。
そうですね。 日本語。
doだけで伝わんないですけどこれやっときますじゃなくて誰が何をどうしてやるのって言うてI do itとか言わないと伝わんないみたいな。
そうですもんね。 やっときますとか。
そうですね。
まあなんかその余白感が俺はすごく日本語の面白いところで好きだなと思うところですけど。
なるほどね。まあでもなんかその何だろうドイツ語なのか英語なのかわかんないですけどそっちだとまだそれもまたあるんでしょうね。
なんかそのなんていうか日本語だと結局その余白みたいななんか謎の部分が結構あるから主語の方が先みたいなふうに思っちゃってるのかもしれないですね自分は。
そうかもですね。余白の中が広いから。でも知らずと多分日本語っていうものに規定されて考え方も多分土台ができちゃってんでしょうね。
そうでしょうね。なんか東洋系はなんかそういうのありそうな気がしますね。
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あとなんか名詞とか概念のなんか細分化とかもやっぱ単語が全く意味が変わってくるのでやっぱそれも違うかなと思うんですよね。
確かになんか面白いですよねあのなんていうか結構この間密教みたいな話をなんか古典ラジオでやってて聞いてたらすごいよくわかるなみたいな話とかが結構あってその言葉の中にですね。
言葉も全然違うんだけどなんか昔の言葉とかほらその仏教用語みたいな話してるけど。
なんかただあのふと考えるとこういう感覚わかるなとかこういう気づきあったなっていうのにただ名前がついてるだけみたいな感じに聞こえたんですよね。
なるほど。
だから先に気づいた人がそういう名前をつけたみたいなまあ星を発見したみたいななんかそういうふうに聞こえたんですよそれいろいろ聞いてたら。
だからなんかなんて言うんですかやっぱこの道のねこの自分の中とかまあ人間まだ誰も名前をつけてない感覚とかなんかああいうのにこう言葉をつけていくとかそれの気づき方をなんかで教えるとかなんかすごいおもろいなと思ってなんか言葉の面白さみたいなそこでちょっと感じたんですけど。
面白いですね言葉はなんか誰かの体験気づきがなんかみんなが共通する感覚になってくるというか。
そうそうそんな感じですよね。
なんか僕最近聞いた話で面白かったなんかアフリカのどっかの部族で幸せですかって聞いたときに本当にあの幸せっていう概念がわからなかったっていう部族がいたっていう話があって。
その部族は人と牛が死ぬとき以外は人間は基本的に幸せが当たり前すぎて幸せって感覚がわからないっていうことを言ってましたね。
なるほどね。
幸せですらそういう感覚がない人たちが今現存してるというか。
なるほどねやっぱなんかその反対の概念がわからないってわからないですからね基本的に幸せが失われたときだからやっぱなんていうかそう全てにおいて結構それは思いましたけどなんかやっぱり失うっていうまあ死ぬから生きるみたいな話でやっぱりこうあの相関関係がありますよねなんかその関係性の中しかないっていうなんか表現をしてたんですけどそういえばそのコテンラジオで物音自体は。
確かに。
右とか左はないみたいなその関係性しかないみたいなそこを見るみたいなまあ確かにと思うじゃないですか。
確かに確かに。
だからそのまあやっぱり良いとか悪いとかがそもそもないということですよねおそらくそれを言うとちょっと待ってやばいこれなんかまたすごい朝からあれになりましたねちょっと良くないですねあんまりこう朝から難解にしすぎるとちょっとやっぱ良くないなって思いますからね。
これももしかしたら僕らの言語の癖なのか。
いやいや危ないですねなんかすごく難解になっていくことがあるのでちょっと良くないんですけどまあでもあれですよちょっとすっげー長くなってきてるよくないんですけどあの言葉は思考の家です。
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いやいや最後読んだだけ。
だからこれをじゃあこれハイデがこう言ったけどまあ俺の話で行かせてもらうと対話はあと思考を作ります。
思考の家です。
そうですね言語を使っていれば思考になってくるってことですね。
しかも対話で紐解いていくことがやっぱりこのなんていうか豊かにねこう生まれていくというかどんどんどんどん繋がっていてどんどん大きくなっていくから結構やっぱり対話っていうのがただ喋るっていうだけよりもさらに上だと思いますね僕は上というかなんていうかねそういう装置というかね。
仕組みって感じですね。
仕組みですね。
そうですねすいませんもうちょっと今日はねとっちらかりすぎてあれだったんですけども皆さんも今日は楽しくね人と対話したりする日にしてもらってねなんかこういい思考を育てていただけるといい1日になるんじゃないかなと思いました。
はい。
そんな感じで今日もいってらっしゃい。
いってらっしゃーい。