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東京ミュージック・ラブミュージック・トリビア、 明日から使用できます。
ケイ、エアロ・スミット知っていますか?
もちろん知っています。
ヴォーカリストの名前は知っていますか?
うーん…
音楽的な理由は知っていますか?
知っています。
日本のたやきが好きで、 コンサートの前に食べていることは知っていますか?
何?
毎月金曜日と火曜日の通常放送、 毎週土曜日に東京バックステージのチャットセッション。
東京ミュージック・ラブのポッドキャストアプリを探してください。
間違えないでください。
ヒグチ清則の、我思うゆえに我あり。
本日も、経営者で日本一のポッドキャスターのヒグチさんが、 今思うことを語ります。
はい、ということで今日もやっていきたいんですけど、
ちょっとまずね、聞きたいんですよ、さやさんに。
何でしょう?
さやさんって…これどっちかな?
聞いてみるのかな?ちょっと聞いてみようかな。
うん。
優しいですか?
え?
そんなのは相手が決めることでしょ?
あー、そうなんすか?
うん。
え?あ、じゃあ僕が決めるんすか?
優しいかどうかは、自分が決めることじゃないと思うわ。
はー、あ、一個それ答えやな、なるほど。
え?どうなの?私は優しいのヒグチさん?
えっと、僕から見ると優しいです。
あ、バナナあげるから?
うん。
バナナ、飴、ガム、いろんなものをくれるから優しい人です。
よかったわ。
ちなみに自己認識で言うと…
優しいかどうか?
どっちなんすか?
えー、それほんとに難しい。
あ、やっぱ難しいっていう感想になりますか?まず。
答え出ないと思うし、
いや、ほんとにこれは自分が決めることじゃないと思う。
あー、いいですね、いいですね、いいですね。
そういう感想なんですね。なるほど。
ちなみに僕、優しいとずっと思ってきたんです。
自分のことを?
自分のことを。
でも最近ですね、いろんな人と話したら、
これ優しいのかどうかが分かんないんですよ、僕。
と、最近思ってきてですね。はい。
それを言い始めたら、優しいとは何ぞやって話になる。
ということで、本日のテーマはこちらです。
優しさが分からない。
っていうことなんですよ。
いやー、これはちょっと答え出すの難しいですよね。
優しさって突き詰めれば突き詰めるほど、よく分かんない概念やなって思ってきたんですね。
じゃあ、まず問題提起からいきます。
僕がなぜいきなりこういうことを思い始めたかというと、
僕、弟太陽って言うんですけど、
太陽とポッドキャスト番組やってるんですね。
その中で愛の楽曲工房っていう番組があるんですけど、
その中でポロリと太陽が言ったんですよ。
ちょっと最近妻と話してて思ったことがあると、
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優しい人と思ってた人が本当は優しいんじゃなくて、
寛容なだけなんじゃないかって言い出したんですよ。
要は、善意があるかないかっていうのがおそらく太陽の中での定義なんですね、優しさって。
でも、その人に対して善意がない人でも、我慢すれば一見優しく見えるじゃないですか。
受け入れる許容範囲が大きい、広い。
だから、もしかしたら僕、鞘師さんのことをめちゃくちゃ嫌いと思ってるかもしれないじゃないですか。
でも、何をされてもうんうん言っときゃ、何時間かで今日終わるから、
一週間こいつと会わなくていいやって。
ちょっと待って、怖い。なんでそれが例に出てくるのよ。怖い。
いやいや、思ってないですけど、例えばそう思ってたとします。
こいつ嫌いやな、ムカつくなって思ってたとしても、
ぐっと我慢しててニコニコして喋ってたら、
これって優しいことになりません?
優しいなのかな、それは。
優しいことっていうか、ごめんなさい。優しくないかどうか判断できなくないですか。
できない。
そういうことです。
だから、優しくなくても寛容だったら優しいという評価を受けることもあれば、
うわー難しい、それ。
ね、難しいでしょ。だって表面に出ないわけですから。
でもあれば、ものすごく優しいけど、ちょっとしたことでイラつく人は、
優しいけど怒っちゃうみたいなことあるじゃないですか。
いや、それ聞きながらいろんなシチュエーションを今考えているんですけれども、
それって、立場とかその時々ですごく変わっていくなと思ったの。
というのが、優しい言葉をかけるとか、優しい態度で接すること、
イコール優しい、ではないこともあるじゃないですか。
またそこの軸がある。
結局、何でもかんでも優しくて、その相手が言うことをすべて許す。
何でも好きなようにさせてあげるって、一見優しさに見えるけれど、
ただ甘やかしてるだけ。
そういうことです。
で、その結果、相手は破滅していくっていうパターンもあるわけで、
だからもしかしたらそこで厳しい言葉をかける。厳しい環境に置く。
それってその行為自体は全然優しくない。そこだけ切り取ると。
だけど、長い目で見ると、そのおかげでその後自立できたとか、
他の人に対してもその人が寛容になれるような、そんな人間になっていったっていう。
最後まで長い目で見ると、その厳しい言葉をかけた人は実は優しかった。
ということになりますから。
なりますよね。
とても難しいですね。
難しいんですよ。だから子供の教育とかまさにそうですよね。
大丈夫ですよ。
優しい言葉ありがとうございます。
思いっきり咳していいのよ。
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思いっきりして。私が繋ぐから。
激しくなってきた。
難しいな。優しさってなんだろう。
本当に波を荒立てたくないから。
その場が収まればとりあえずいいからってことで、自分の意見も言わない。
相手がえ?って思うことを言ってもそれを指摘しない。
いいじゃんいいじゃん。上手だよ上手だよ。いいね。はい終わりってすれば。
優しい人やな。笑顔でって見えるけど実は怖い人ですもんね。
そうなんですよ。
嫌な人だもんね実は。
それはそうでしょ。
あともっと言うと、これ悪意なくそうなってるやつで言うと、
人に物をあげるとするじゃないですか。
で、もらった人が断れない状況って結構あるじゃないですか。
例えば、友達の家に行った時に友達のお母さんから持って行きなさいって言われたら、
それ嫌いなんでって言えないじゃないですか。
普通言わないですね。
さえさんは僕それちょっと食べれないんですよって言えるじゃないですか。
この関係性だったらね。
俺とさえさんだったら。
でも言えない関係性の時あるじゃないですか。
ありますね。
友達のお母さんから自転車で友達の家遊びに行った時にこれ持って帰りって言われて、
めっちゃ重い袋にみかんいっぱい渡されるみたいな。
嬉しいしありがたいけれどもちょっと困るなって時に、
いやでも今日いらないですとは言いづらいとか。
例えば上司から何かもらったとかね。
そうそうそう。
そういう時って、なんて言うんですかね。
でも本人はいいと思ってやってるんです。
やる側は。
優しさでやってるんですよ。
絶対この子いっぱいみかん食べたら嬉しいと思ってやってるから。
でもこれって本当の優しさじゃなくて、
仮初めの優しさじゃないですか。
うわあ怖いなあ。
それやっちゃってる自分がいたらどうしよう。
え?
まあでも。
私結構ほら。
大丈夫今日バナナ私からもらった人本当はバナナ食べたくないのにとか思ってなかった。
大丈夫?
いやでもバナナとかは多分大丈夫なの。
嫌だったらこそっと持って帰ればいいもんね。
そうそうそう。
これって要はやってる人が気持ちよくなってるだけの可能性のこともあるじゃないですか。
飯食い行くぞっていうのもそうですよね。
なんか上司がじゃあもうめちゃくちゃ長いプロジェクト頑張ったと。
で終わってさあじゃあもうこんだけ頑張ったんやから今日は。
今日納品したから。
おい打ち上げ行くぞ連れて行っちゃうぞって言われてもういや寝てんだよ家で。
帰りたいって思っても言えないみたいなね。
やっと終わったと思ったら上司のご機嫌取りかよみたいな。
それは上司からしたら値切らいでおいしいものを食べさせてあげたいしありがとう伝えたいっていうその優しさのつもりかもしれないけど受け取る側からしたら迷惑ってことね。
迷惑とかいうこともあるから。
難しい。
だからその優しさってよくわかんないですよ。
じゃあちょっとまあ1回目線を変えて。
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なんかね僕やっぱり優しいと思われる行動をするのがいいと言われてきたし。
実際そうじゃないですか。
優しいと思われるような行動したらいいんですよ。
やっぱり重いものを持って困ってる人がいたら助けた方がいいし。
電車に乗ってたら席開けた方がいいかもしれないし。
時もあればね。
もちろん僕妻とか家族とか相方いますよね。
あとビジネスパートナー関わる人友達。
道に行く人全部含めて困ったら助けたいって思ってるんですよ。
これも困ったら助けたいっていうのって一見優しさですよね。
これすら俺優しさなのかなって思うときがあって。
でも優しさってそれは言えると私は思う。
でしょ。僕もずっと思ってたんです。
だってこの行動に優しさっていうラベルが付けられているから。
何か手助けをするっていう行動に優しさっていうラベルが付けられてるんですよ。
だってもし私が助けてもらう立場だったら困ってるときに誰かが手を差し伸べてくれたらそれはありがたいし。
でしょ。
それを純粋に優しいなって思うもん。
優しいなって思うでしょ。と僕も思ってたんです。
もちろん好きだから愛情があるからやることもあるんですけど。
僕それよりもこっちでやってんじゃないかなこの行動みたいな思うときがあって。
それは全体を一個のまとまりと見て最適化したい欲求なんですよ。
分かりますかね。
じゃあどういうことかというと例えば。
ちょっと待って例えが今パッと思い浮かばないんですけど。
じゃあ分かったです。
僕が車で車持ってると。
で妻が駅にいると。
めっちゃ雨降りだしたと。
妻がびしょびしょで濡れて帰るより。
俺が車でピッピッと往復した方がいいじゃないですか。
そっちの方が2人の不幸が減るんです。
だからやるんです。
これって妻のことをものすごく愛してるからとかではなくて。
足して得な方がいいでしょって思ってるんですよ。
でもそういう考え方もあると思うけれど。
雨の中で濡れて帰ったら冷たいだろうな。
気持ち悪いだろうし風邪もひくかもしれない。
大変だよな。
だからこそ自分が行けばそれが全部解消されるから助けてあげたい。
困ってる人を助けたいっていう優しさって言えるんじゃないの?
でもこれはその人の人格に対してやってるっていうよりは。
シチュエーションというかね。
そっちの方が自分が含まれた1個のまとまりが得するからなんですよ。
こういうイメージです。
車みたいに考えてます。
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車の部品です。僕も妻も息子も。
ガソリン切れたらガソリン入れた方がいいじゃないですか。車だから。
ブレーキ壊れたらブレーキ修理した方がいいじゃないですか。
車内が暑かったらエアコンつけた方がいいじゃないですか。
そんな感じなんですよ。
だからブレーキ壊れた時に別に感情ないじゃないですか。
不便じゃないですかブレーキ壊れたら。
だからブレーキに今まで世話になったし
ものすごくこの人のこと考えているからブレーキ直そうって思うじゃないですか。
ブレーキに対して。壊れたのは不便やんな直そうぐらいの感じじゃないですか。
でもそれって実はとっても大事な感覚で
全てがそうやってフラットで
直した方がいいから直す。
手助けした方がいいから手助けする。
全てそれで成り立っていけば
全人類が暮らしやすくなるし
心のバリアフリーにもなっていくわけだし
それとても平和的な良い考え方です。
僕は平和的で良いと思ってます。
ただ優しさっていうレベルじゃないなって思ってるんですよね。
ガソリンは入れないと困るし
亡くなる前に入れるものっていうことだから入れるわけだしね。
ガソリンないと車動かないから入れるだけであって。
でも樋口さん例えば
駅の階段の下で重たい荷物を持って
歩いて登ろうとしているおばあさんが一人いた。
見たらどうします?
僕多分助けるんですよ。
荷物持ちますよって言うでしょ?
それは別に上まで一緒に上がったら
それはそれで終わりでしょ?
そこで一緒にその後
どこか行くわけでもないし
その場でさようならじゃないですか。
って考えた時に
良いこと言いましたね。
僕それも一個の計と思ってます。
全部のひとまとまり。
要は人間が人間を助け合った方が
どう考えてもメリットがあるんですよ。
それは絶対そう思う。
これを優しさや愛情って思ってないです。
そういう社会になったらいいと思ってるだけで。
当たり前ってことね。
それが当たり前になると
社会が良くなると思ってます。
社会が良くなって得するのは
社会なんですけど
聞いてると俺なんですよ。
俺がそういう社会の方がいいからやってるだけ。
ちょっとはい。それ共感できる。
これまで結構考えてきたことがある。
例えばだけど
おばあさん荷物を持ちながら
登るおばあさん
大変そうだったら一緒に持つとかいうのが
持ってあげるじゃなくて
できる人がするっていう
ただそれだけの行為じゃないですか。
例えば背が高い人、低い人いました。
高いところにあるものを取りたい。
背が高い人がパッと取って渡す。
そういう感覚と
優劣はないというか。
そうそう。マジでそう。
同じレベルなんですよね。
それをすべてやればいいと
私もそれ思う。
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最適化されたいんですよ。
面倒くささとか
不愉快とか不幸とか
気持ち悪さみたいなものが
なくなった方がいいから。
だからやってるぐらいの感じなんですよね。
分かる。だからそれを
押しつけ騙しとかそういうことじゃなくて
そっちの方が便利だし
お互いに行きやすいというか
自分が困った時はやってもらえるし
そういう感覚が
全員に広まって当たり前になれば
いいよねっていうことでしょ。
これ私昔から結構考えてたから
すごく分かる。
これよく言われるのは
情けは人のためならず
って言葉あるじゃないですか。
これって情けは人のためじゃなくて
自分のためであるという言葉ですよね。
僕最初小学校ぐらいの時にこれ聞いた時に
情けをかけると
恩返しが返ってくるっていうニュアンスで
捉えてたんですよ。
でも今なんか違くて
全体が一体であって
そのために何か
するみたいなニュアンスになってるんですよ。
だから
自分と他人が別じゃなくて
自分を含めた他人という一個のでかい
人格というか
人間みたいなものがあって
そこに対して一挙投じるみたいな。
そこまでね
広い範囲で考えたことは今までなかった。
でも
言わんとすることはとても分かるし
確かにそれに一個一個
優しさっていうのを
張らなくてもいい
世の中になると
一番いいんだろうなと
全員にとって生きやすい社会
本当は
これは
違うんですけど本当は感謝とかも
いる必要ないんですよ
多分。要は
やってくれてありがとうじゃなくて
やってくれるのが普通で
その代わり自分をやるのが
全く普通だから
ごめんでもありがとうも一切いらないんですよ。
だって僕
左手で荷物持ってて重かったら
左手に
替えるじゃないですか
これ右手
は左手にありがとうって思わなくて
ただ右より
左の方が今ちょっと体力上がってるから
替えてるだけなんですよ
人間もそれくらいの感覚で
だからいちいちありがとうとか
本当は思わなくていいんですよ。
一応違う人間だから僕言いますけど
って思ったんですよ。
これって優しさじゃないなっていう感じ
あーそうね
これがまず一個ですね
そっかー難しいなー
優しさってなんだろうって
言われたら
本当に樋口さんが言う通り
それがすべてが当たり前で
お互いをありがとうって
言わなくてもいいぐらい
すべてが通常
これ当たり前って
全部が全部なるのが一番理想的なんですけど
だけどそんなのって
急にはならないからこそ
現実
だからこそ
相手が嬉しいなって
思うことを
ちゃんと考えながらやれる
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それは優しさって言えるのかも
自分よがりじゃなくて
自分が気持ちいいからやるとかじゃなくて
相手にとって
それもまあ難しいんだけど
最終的に相手の立場に立って
考えた上でやったことは
優しさって言えるかも
ちょっと今
ちょっと光見えた
ちょっと光見えた
ちょっと待って
もう一個言っていいですか
これすぐ終わる話なんですけど
時間まだ大丈夫ですよね
ちょっとすぐ終わる話しますね
もう一個
優しさに見えて優しさに見えない
優しさに見えて優しさじゃない
と思うパターンがあって
僕SNSで
誹謗中傷を受けたことがあるんですよ
一気に
普通の人から見たらそれだけで
プッツン来たりとか
嫌な気持ちになったり
リプライしちゃうかブロックするぐらいの案件
なんでこんなこと言うの
って思って
その人のアカウント見に行ったんですよ
アイコンも設定してない特命のアカウントで
当たり構わず
攻撃しまくってたんですよ
いろんな人を
それ経過ってなって
別にすっと
わからなくなったんですよね
この人妖怪に取り憑かれてる
やなって思ったんですよ
僕興味湧いて
リプライしたんですよね
その時に思ったのが
社会から相手にされてなくて
承認欲求の
化け物になってて
しかも承認欲求を
貯める容器の底みたいなものが
底抜けてて
いくら誰かになんかされても
どろどろ溶け落ちてるんじゃないかみたいなイメージ
があったんですよね
なんかね
これを
確かめたくて声かけるんですけど
声かけられた人は承認されてるわけじゃないですか
これを優しさって捉えることも
できるんですよ
自分のこと見てくれたってこと
見てくれる人がいるんだ反応してくれる人がいるんだ
しかも怒りじゃなくてどうしたんですか
みたいな感じで
これもう1回僕なんでリプライをしたか
分解すると3つあって
まず1個目は多分
相手心の傷あるから癒やしたいな
っていうのがまず1個目
これは優しさに分離していいと思います
癒やしたいと思ってるから
2個目人がどういう状態になったら
こういう挙動を取るのか思考回路
探りてぇな
サンプルとして興味ぶけぇな
3個目が
僕今年の抱負を許すって
決めてるんですけど
自分がどれだけ許すか
知っときたいな
2つ目と3つ目
全然優しさじゃないんですよ
むしろモルモット的に
思ってるし
1個ちょっと難易度が高い
課題ぐらいの感じで思ってるんですよ
研究対象
そういうことですよね
これ
でも一見優しく声かけてるから
これ優しさに
見えるんですよ
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でも僕さっき言ったように
基本的に僕人類って争わないほうがメリットがあると思ってるから
それが現代
社会で僕個体レベルでやれるかどうか
検証実験をして
その実験結果を残したいと思ってるんですよ
おー壮大な実験
だからやってるだけなんですけど
優しさじゃないな
優しさかどうかって言われたら
そうじゃないんじゃないって話ですよね
って思ったんですよ
でも今話しながら
さやさんのさっきのやつと
思ったんですよ
優しさって
優しさってできない
要は行為に対して
ラベルを張るものなんですけど
その行為が
どういう根拠でやってるかって
誰も分かんない
もしかしたら自分でも分かってないから
だから優しさってただ
そういう行為として現れてるだけで
中はもっとぐちゃぐちゃにいろんなモチベーションだったり
あるかもしれない
現体験だったりがあるから
優しい人みたいなものっていなくて
優しい行為しかないのかなと思った
そうかもしれない
行為なんや主体は優しさの
そうかもしれないし
その行為を優しいと
本当に分類できるかどうかは
状況によるね
相手にもよるし
長い目で見たら
実は優しいラベルだった
今見ると違った
逆もあるのかなーなんて思った
絶対的な優しさになってないですね
かもしれない
でももしかしたら逆に
揺るがない優しさっていうのが
そこにあるのかもしれない
あるんかなー
まあでも今のところ
バナナを僕にくれるのは揺るぎない優しさっす
よかった
さゆさんは優しいな
よかったねー
ということで答えが出たのか出てないのかはね
分かんないですけども
本日のアフルーム今日は樋口清則の我を思う上に
我やり優しさが
分からないでした
もちろん分かるよ
あー
おっ
なに
間違えた
お問い合わせご予約は
スタービル博多祇園のホームページからどうぞ