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2024-04-15 15:51

ともだちを定義する/次回ぶぶぶバザールは5月18日/友達と大事な人/谷川俊太郎/友達を定義する/ドレミファ・どーなっつ!ともだち 谷川俊太郎作

・友達を定義する ・次回ぶぶぶバザールは5月18日!・友達と大事な人

ともだち 谷川俊太郎作
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00:05
こんにちは、亀山です。 えっと、今日はですね、
えっと、タイトルにあった通り、 ともだちを定義するっていうのをテーマに、ちょっとお話ししようと思います。
というのもですね、 来月の5月18日の土曜日に、
天ヶ崎キューズモールの三階廉価の広場である、 ブブブバザールなんですけど、
その、
ブブブバザールの今回のそのコンテンツの中の一つで、 ともだちを定義するっていうのを、
するんですよ。 で、
あの、谷川俊太郎さんの絵本の、 ともだちっていう絵本があるんですけど、
これすごくいい本なんですけどね。 あの、
谷川さんの詩と絵で、
谷川さんが、ともだちをそれは、 定義してて、
友達って一緒に帰りたくなる人とか、 友達ってお母さんやお父さんにも言えないことを相談できる人とか、
なんかそういう感じで、 なるほどーっていう、
すごくいい、 染みる絵本なんですけど、
で、 それはまあ谷川さんの友達なので、
じゃあみんなのそれぞれの友達って何だろうっていうのがテーマで、 その友達を定義するっていう、
コンテンツで、 えっとその人その人それぞれの友達、
っていうのを聞かせてもらったり、 まあその紙に書いたりするっていうのがあるんですけど、
で、それが迫ってきたので、 私も、
昨日かな、今一度考えてみたんです。 友達って何やろうってめっちゃ考え、
考えれば、考えるほど、結構迷宮入りして、 グルグルなったんですけど、
まあまあまあ一応結論が出たので、
谷川の友達っていうのを今ちょっと、 話したいと思います。
で、それで、
結論から言うと、私の、
思う友達っていうのは、 あの、
学校という箱の中で出会った人たち、 かつ、
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その中で、当時ノリがあった人や、 なんとなく一緒にいた人、
っていうのが、 友達やなってなったんです。
で、まあその、 何て言うのかな、
あの、
図解で、絵でイメージすると、 あの、
右手と左手、伸ばして、 そこで手を握っている感覚、
で、その、 それでその手を繋いで、お隣さんお隣さんで手を繋いで、
輪になって、
その、 来る感じ、イメージ的に、私のその友達っていうのは。
で、 まあ手で繋いでるから、
後ろからちょこちょこって誰か来て、 ああこんにちはって言ったら、
ああどうぞどうぞって手をパッて離して、 間に入れてあげる、
みたいな感じで、 そういう感覚が友達かなと思ってて、
で、まあ人の手で繋いで、繋がっているから、 何て言うかな、
ギュッて急にこっち側にグイッて引っ張っちゃったら、 痛いし、
そういうブンブンって振り回したら、 手が解けることもあるし、
っていう感じですね。
ふわーっと繋がっている感じで、 っていうのが、
私の中の友達で、 で、なんでそうなったかっていうと、
あの、 会うのはね、今もだいぶ減ったけど、
その小・中・高とかの友達に、
で、 例えば今でもその会う、時々会う子とかだったら、
えっと誰と遊んだんて、その子と遊んだ時に、 誰と遊んだんてなった時に、
ああ高校の時の友達っていう、 説明するんですよ私は。
中学の時の友達とか、 その、そういう言い方を
するのって、 学校っていう箱の中で出会った人たち
オンリーなんですよね。 だから、だからそのさっきの定義を私は当てはめて、
それ以外の友達のことって、
なんか誰、何とこどこの友達とはあんまり 言わへんなっていう感覚で、
で、 でも、なんていうのかな、今特にここ数年で、
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ここ数年で知り合って、 その出会えたことを大切にしたいなって
思う人たちって、私すごく今たくさんいて、 それが、
その人たちのことを友達って呼ぶのかって 考えた時に、
なんか友達っていう言葉よりも、 なんか大事な人っていう言葉の方がしっくりきて、
その友達っていう言葉で連想すると、 やっぱりその学校の中にいる人、
ざっくり、 少々的に、
大きくくりで、 ふわっと、
なんか学校で知り合った人が、 両手を繋いで、
ふわーって繋がってるっていう感覚、 イメージが強いから、
なんかその、
そう、だから違うなぁと思って、 最近だからね、
知り合った人たちって友達っていうより、 大事な人っていう方が、私はすごいしっくりきてて、
そう、だからその友達っていう言葉自体、 枠が私は多分、
ふわーっと、 軽い感じなんかな、その手と手で繋いでるし、
こんにちは、どうぞどうぞ、 みたいなか、どうぞどうぞって入って、
手を離し入れてあげて、みたいな感じで、
って感じかな。 その友達っていう言葉とかにも、
そこまで重きを置いてないっていうか、 明確な、
こうだから友達とか、 こうじゃない人は友達じゃないとか、
そういう厳しい判断っていうのは、 私全然なくって、
そうそうそう、なんかあのね、 1992年に始まったNHKのドレミファドーナツっていう、
番組で、 一度会ったら友達で、毎日会ったら兄弟だっていう歌、
オープニングの歌がね、私それめっちゃなんか、 頭に残ってて、
多分全部歌えるんですけどね。 知ってる人は知ってると思うんですけど、
ミドファドレッシソラオって、 それぐらいなんかこう、友達にっていう言葉に、
なんていうかな、 重みはないっていうか、
軽くあしらってるとかじゃなくって、 なんていうのかな、
みんな友達で、ふわっと友達でいいんじゃない? みたいな感覚で、
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だからその逆にもし、なんていうかな、 親友だよね?みたいな、
そういう確認事項みたいなのが来ると、 すっごい重たく感じるというか、
もうなんか一瞬でスンってこう、 なんかね、
なるというか、 ちょっとなんかセンサーが反応する、
私のちょっと感じで、 感覚なんですよね。
で、なんていうかな、
まあその、友達っていうのは、 学校で知り合った人みたいな感覚やから、
最近知り合ったその、大事な人っていうのは、 なんていうんだろう、
価値観が好きとか、 結構それはね、明確な、
理由というか、はあるんですよね。 友達っていうのは結構ふわっと、
ふわっとしてるっていうか、 誰でもどうぞって感じやけど、
かつ学校で出会ってる人、 学生時代って感じやけど、
その大事な人っていうのは、 価値観が好きとか、話し方が好きとか、
尊敬できるとか、会うと元気になるとか、
なんかその、このことを知りたいなーとも思うし、
私のことも知ってほしいなーって思う、感覚。
で、そういうその、なんていうんだろう、
その、私が友達ってこう、 思い浮かぶ人たちっていうのは、
あのー、地元の人、地元というかね、 結婚する以前に住んでた、
住まいで、 知り合った人がほとんどやから、
結婚してこっちに来て、その後、
ここ最近で、SNSとかもあって、 人との繋がりが、
ね、全然、小学生の時とかには出会う、
は、出会うことができなかった、
人たちとも、やっぱり知り合っていけてるというか、 行動範囲も広くなったし、
やけど、まぁそこで出会った人たちは、なんか、 出会って、
好きやなーって思う人は、なんか、 友達って呼ぶっていうよりは、
大事な人っていう感覚の方が、 私はしっくりするなーと思いましたね。
まぁでも、人によってやっぱり、 きっと全然違うやろうなって思います、その、
自分で考えてても思ったし。
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なんかその、友達っていうのが、
ふわっとしてるから、 例えば、親友っておる?って聞かれても、
全然私思いつかなくって、 でも大事な人おる?って聞かれたら、
すごいたくさんの人の顔が浮かぶんですよね。 で、まぁだからその、
友達にありイコール大事な人、 みたいな感覚かなぁとは、ほとんど等しい、
感じではあるかなっていう感じですね。 その友達っていう、
学生時代に出会って、その当時に 祈りがあった人。
まぁ今でもやっぱり、繋がってるし、 会うメンバーもおれば、
まぁ会わなくなった子もおるけど、 やっぱり元気かなぁとか思うしね。
大事な人、でもあるしね、っていう感じですね。
ただ、私その学生時代、小中高大って、 今思い返せば、
本当の本当の本音をぶつけたりとか、 弱いところを見せられたり、
できずにいた、
上での友達関係やったから、 なんかちょっと私の定義する友達って、
すごい特殊なんかなとか思ってきて、 もし今の自分で、
小学校1年生に戻ったら、 なんかまた全然違う友達の定義が出来上がると思うんですよね。
だからその友達の定義っていうのは、 その人の人生を表す定義になりそうやなぁと思って。
だから、いろんな人の友達の定義を 聞きたいなぁっていうのは、今すごくあります。
なんかね、私に似てるよっていう人の話も 聞いてみたいし、
なんかね、いろんな人が聞きたいので、 ぜひ5月18日、
ブブブワザールで、ぜひ聞かせてください。
なので、 最後に、
もう一度まとめると、 私の中での友達の定義っていうのは、
学校という箱の中で、 出会った人たち、かつ、
当時、ノリがあったり、 なんとなく一緒にいた人っていうのが、
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友達かなって感じですね。
まあね、その考えも、 学校に行ってない人からしたら、
まずね、完全にその、 私の定義とは別物やろうしなぁと思って。
でも私は、そうですね、 今言った感じですね。
はい。 みんなの友達、ぜひ聞きたいです。
5月18日は、ブブブワザールで お待ちしております。
では、今日はこの辺で。 ありがとうございます。
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