ハト組ホームルーム。
ハト組ホームルーム、主席を取ります。妙優さん。
そして、私、ヒューガー大輔。
ハト組ホームルーム、第53回目。
ということで、このハト組ホームルームは、僧侶で看護師でいらっしゃいます、玉置妙優さんと、
そして、マジシャンでインプロバイザーである私、ヒューガー大輔が、出会っていく石ころと、
それを眺めて、いろいろなことを語り、
あれこれ、ああでもない、こうでもないと、話題を紡いでいく、そんなポッドキャストでございます。
全く平常運転で始まりましたが、実は新年ということで。
あけまして。
あけましておめでとうございますっていうセリフを、その年になって、ずっと会わなくて10月ぐらいに会った人に、
あけましておめでとうございますっていうのが、昔、マイブームだったんですけども、なるべく半月以内ぐらいに言えたらいいなと。
もうね、あけましてって言っても、もう毎年、変な言い方ですけど、私も妙優さんもね、新年を迎えることに関してはベテランじゃないですか。
もう何十何回も。
10回やってますからね。
だから、いい大人になってくると、いやあけましてって、別にって思うところもちょっとある。
あ、そうなんだ。
でも、逆に一周回って、あ、節目って大事だなと思う。ちょっと重いようになってきたりして。
よく誕生日とか記念日なんていうのをね、わざわざ祝うのなんなんっていう人もいますけど。
私も誕生日はもう、人生の中の何かブックから抜けたけど、目次に入ってないけど、でもね、新年はね、やっぱり毎回引き締まるね。
不思議じゃない?なんか普通、寝て起きてさ、毎日毎日の朝と一緒なんだけど、なんかさ、キラキラしいじゃない?
なんか、キラキラしいっていうことは冬だからかな?冬とか空気きれいな時期だからというよりあると思うんですけど、本当はね、また理系的発想から言えば、1月1日とかは、できればね、旬分の日ぐらいにしてほしいんですよ。
ちょうど霧がいいじゃないですか、なんとなく。太陽がちょうど、これから日が伸びてくる。
そんなに違ったんですかね?
そうだよ、だって、あれだよな、中国とか台湾とか、まだ旧暦でお正月やってて、2月の頭ぐらいだよ、たぶん。
旬分は3月の終盤だから、3月20日。そこともちょっとずれてるとは思うんだけど、
でも、なんでこんな寒い時期に、一番寒い時期に、なんかクリスマスだ、大晦日だ、元旦だってバタバタイベントが大変なのが続くんだって思ったりもしたんですけどもね。
そう、何にせよ区切りがないと、人間いつの間にか年がというか、時が経っちゃうもんですからね。
このマイルストーンがさ、必要なんだろうね。だって、じゃないとさ、もうなんかこうダラダラしちゃうじゃない?
そう、全部同じ1日だから。
どこで気分転換していいのかさ、ギアチェンジしていいのかわからなくなっちゃうから、そうやってこう、知恵なんだろうね。
何か区切りをつけるの、季節のイベントとかさ、なんだかんだね。
それがずっと根強くどんな国、文化問わず全部そうですよね。
必ずそうなのは人類共通なんだろうし、
不思議だよ。
新幹線に乗ってるとするじゃないですか。よく教え子に例え話で言うんですけど、新幹線が速いな、進んでるなってちゃんと自覚できるのは、実は窓があって景色が流れてるのが見えるから。
結構新幹線って揺れないじゃないですか、あまり。滑らかにスーッと行くから。
特にこう、もう一定の速度になっちゃったりすると、人間はわからないですよね。進んでるんだかなんだか。
窓が完全ない新幹線だったら、自分は静止してるって思うはずだし。
もう進んでることを自覚できないみたいな。
だから駅が来たりとか景色が流れる、富士山が行くなとか見えることで、進んでるんだって。
人間って初めてそれ自覚できるわけですよ。
地球だってそうだし、地球もずっとぐるぐる回ってることを昔の人はわかんなかったわけですよ。
星は動いてても、自分たちは真ん中にドーンって止まっているのだっていうことを何千年も何万年も思ってたわけですから。
だから外から教えてもらえるってありがたいよね。
確かにね。毎年同じことの繰り返しだから余計にわかるよね。
もう1年経ったんだみたいな。本当に尺度になるっていうのかな。
そうですね。空とか眺めて、オリオン座が最近目立つとか思うとまた冬が来たんだって。
僕は結構そういうので実感したりとかしますけどね。
そういう尺度をね。そんな2026年。
2026年。
令和8年。
去年が、2025年がちょうど昭和100年だったんですって。
昭和生まれとっては年を計算しやすかったんですよ。
昭和101年ですね。
昭和も新世紀になって。
新昭和元年。
そんなですよ。
1926が昭和元年でしたから、2026、昭和101年。
ひゃー。
こうやってひゃーって言う2人も、もうだいぶおじさんおばさん感が出ちゃうんですけど。
いやいやいや。本当。
じゃあ昭和101年。
101年。
定番ですけれども、今年の抱負など。
言っちゃいますか。そういう誰もがやる。
誰もがやる。一応例に習ってね。
大衆的。
だって新年のこれは踏み絵のようなものだから。
そうですね。
ちなみにちょうど1年前のハトグミホームルーム第1回とかは、
ちょっと我々2人とも変に肩に力が入っていまして。
いや、力入ってるって言い過ぎなんですけど。
ありきたりなポッドキャストではなくね。
1回目から、僕が割とテンション高めにね。
そうは言っても収録だから。
ハトグミホームルームって言ったら明井さんが、
いやいやそういうテンション高い感じはやめようよみたいな感じの空気になった時があったんですよね。
その中から1年経ちまして、抱負を語りましょうって言ってるから。
まあまあそれはそれでいいかなと。
流されてるね。
いいんですよ。皆さんと共感していきたいっていうのも大事な要素ですからね。抱負ね。
そうですね。2026年。
じゃあ私からいくとですね。
ちゃんと自分にご褒美をあげられる自分でありたい。
なるほどね。
ことは今ちょっとあげられてないんだ。
あげられてないことはないんですけど、
なんかちょっとね貧乏症というか、
例えばがっつり自分ためにこの日は一日お休みするぞとかね。
がっつりお金をかけてこの日は贅沢するぞみたいなことあんまりやらないんですよね。
で、周りから案件がいろんなこれお願いしていいとかこれどうですかスケジュールとか。
こんなことお願いしたいんですけどって言われた時に、
ああじゃあって言ってパッてついねその人のためにあげちゃうとか。
やっぱりこうどこか自分のことを後回ししちゃうっていうのが、
まあもう癖なんですよね。
それがいい面もあるんだけども。
でもまあ月に1回ぐらいはね。
例えばこの日は自分のための日なんで言えるようになれたらいいななんてことが、
この馬年の抱負。急に馬年とか言ったけど。
日の絵馬からね。
日の絵馬ですか。
確か多分そうだよ。来年。
今年。
今年ですよ。え、日の絵馬?ちょっとそんなこと言ってる場合じゃないから皆さん子供どんどん産んでくださいねって言ってこれをピンとこない人はもう若い世代ですよね。
そうだね。日の絵馬は少なくなっちゃうんだもんね。
なんかなんでしょうその年に生まれた子はあまり幸せにならないとかいう迷信がね。
日の絵馬ってことは60年に1回の。
そう。でもなんかこう物事をやるとか仕事とかねそういう意味では雨かけるらしいよ。
馬だからね。
なるほどね。
いい年見たよ。
いやでも全然ねそんなこと気にしてるもうご時世じゃないですから。
もうどんどんね少子化に抗って産んでいただきたいと思いますけども。
そうなんですね。日の絵馬じゃあ60年前ってことはえっと1966年がそうだったんですね。
そうそう多分そう。
あの頃か。あの頃って僕生まれてないんですけど。
生まれてはないんですけど。あれ妙優さんは。
私生まれてるのの2個下でしょ。
弟さんぐらいの。
そうそうちょうど少なかったのよ。
そうなんですね。
日の絵馬で子供が少なくてクラスが1個減ってるとかなんかそんなようなのを覚えてるよ。
妙優さんの年代だと一人っ子は割と少なめで3人兄弟とかが割と2人3人が当たり前みたいな世代ですよね。
一人っ子はやっぱりちょっとまだ珍しかったかな。一人っ子なんだみたいな感じはあった。
でも2人3人に減ってたのよね。この前はさ4人5人とかさもう多いんじゃない。
うちの父とか母とかみんなそうだからね。4人だ5人だだから。
で今最近ね今このつい先月先々月ぐらいにお会いしたお友達の方がまあとある一般社団法人をやりたい。
一般社団法人こだくさんの会みたいなのをやりたい。
一般社団法人こだくさん。
ちゃんとそれを活動にしていこうみたいな方がいらっしゃいまして。
でそれをその集まりがあったよって写真見せてくれたんですよ。
その重たったメンバー集まりましたって言ってみんなでイェイって集まってるんですけど。
その時にピースじゃなくてみんななんかこういう指とかこういう指をしてるんですよ。
でそれ何ですかって言ったら自分の子供の数をみんな指で合わせてますとか言って。
4とか5とか。
すごいなこの二方もいるのでですねひのえそういうのなんてことがあったんですね。
そうねあったあった。だからまだそういうことを気にする年代だったんだろうね。
私たちのまああの両親の世代だけどね。
今の大学生とかにひのえ馬がって言ってもピンとこない人が多いと思いますね。
気にしないんじゃないかな。
そうですねまあそんな馬年だからこそね走り抜けるまたベタなこと言っちゃったけど走り抜けつつもですね。
まあそんな2026年でございますが妙優さんは抱負。
抱負ね。
いかがですか。
そうね私ねスクヨっていう占いがあるんだけどこれは空海さんが密教持ってきたときに一緒に持ってきたスクヨ教というお経から出ている星読みのものなんだけれども一応密教に足突っ込んでるからそれで見るとね。
去年が去年が私の業の年だったんですよ。
業とは漢字で業と書いて業。
そう業と書いて業。
つまりこう今までやってきたことのやり残したことっていうのがドサッと出てきてそれを解決すべくやり残しのないようにやるべく四苦八苦する年だったのね去年が。
今年はその業が開けてスクヨ的には新しいターンに入る。
結局これまでの業の去年準備したこととか種を撒いたこととかがうわーっと目が出るという星周りに入るので。
それを大馬さんに食べられて身を慣らせるまでさらに今年は走ろうかなと思っているところですよ。
だからなんていうのさっき旧車でねちゃんと休んで人参食べなきゃっていうのもちろんそうだよと思ったんだけど。
今年私的には旧車の門を閉じ。
常に人参は走り続ける。
そんな年になるのかなと思っています。
いいですね。
なんか去年はいわゆる貯めてきた期間。
貯めたものをちょっとまた一つ解決したというかなんというか。
できないことばっかりにあった気がする。
だからもう方法を変えて新しいフェーズにどんどん移っていかないとっていうのが去年だった。
その準備をした。
準備が本当にうまい具合に完了したんで。
今年はどんどんと。
いいですね。
今年はそういうサイクルのところなんですね。
なんかね結構海外に行くタイミングも多いというのもあったりして。
何かまたそこから生まれるかなと思いますし。
やはりねこうそういう外に出ていくとか新しい人と出会う新しい行動をするって
もういかに展開が起きるかってことを僕も痛感したので去年。
この人と出会っただけでとかこの人ちょっと名刺交換しただけでこうなったと結構あるんですよ。
演技だよね。
酔って怒るからね演技っていうのはね。
酔って怒ると書いて。
そう演技なんだよ。
だからどなたかと会ったことに酔って怒ってくるわけだよね。
でも自分がその踏み出したことに酔って怒るものもあれば
まあでも全部が酔って怒る演技なんだよ。
本当にそうですねこれも縁だねなんて本当にそこはね軽々しく言ってるけど
酔って怒ることなんだ。
そうなんですよ。
皆さんはどうだろうね新年をお迎えに来てくれた人たちに
どんな一年だって思っているのかな。
当たり前ですけどどんな文化どんな宗教でもやっぱ新年って何か節目としてちゃんとおもんじるじゃないですか。
まああんまりキリスト教ではそんなイメージはないんですけどね。
まあクリスマスはちゃんと近いからかな。
そうだね。
近いからかな。
そうなんですよ。
ニューイヤーはねそんなに重くしてないけどやっぱお寺はねちゃんと新年はきちっとってどのお寺も例外なくですよね。
だからそこは昔からね当たり前にあったことなんでしょうけど。
うんうんうん。
なるほどね。
皆さんのだから抱負なんかもねぜひこうちょっと送っていただいてですね。
間に合ったら2月ぐらいにご紹介できるかもしれませんのでね。
ちょっといろいろ収録の都合がありましてねサイクルがあるんですけど、
そうぜひそこを寄せていただきたいなと思いますし、
さっきめよいさんが僕は聞いてたんですけどね。
5の年でした。
漢字1文字で書けるんですね。
5の年でした。
そうか。
でもまあ種を蒔いて急に花が咲くもんでもないのが当たり前なんで、
やっぱ年によってね。
今年はこういう年、今年はこうって言っちゃうんですけどね。
今年はこういう年、今年はこうって言っちゃうんですよね。
そうですよね。
花が咲くもんでもないのが当たり前なんで、
やっぱ年によってね。
今年はこういう年、今年はこうって位置づけがあるんでしょうね。
あるんだと思う。
なんかそういう意味で言うと、
去年はちょっとその前の年とかで貯めたものとかが、
少しずつポコポコポコポコ芽吹いた年でもあったなって僕は思って、
だから忙しくなったなっていうのもあって。
今年はさらに。
さらになんですけど、