あの、実はですね、何年前だろう?
18年前か。18年前だったかな。
で、その時にですね、2009年だ。
あの年以外ですね、ちょっと僕の中で大きかった年で。
というのも、まず2009年頃っていうのは、マジック大会出たりとかしてたんですよ。
とある先輩のお世話になってるマジシャンの方がですね、その方すごく世界的に名の通った方で、海外の大会とか行って名前出すと、ああ、彼ね、すごいよねみたいな。
そういう先輩がいらっしゃったんですね。
で、その方が、イースでマジックの大会があるから出てみないかって言われて、ああ、わかりましたって。
俺も毎年行ってるから一緒に行こうよって言って、ああ、わかりました、心強いですとか言ってたんですけど。
それが2009年の2月で、で、その前の年の暮れくらい、2008年の終わりくらいに電話がかかってきて、
ああ、がんになっちゃってさ、行けないかもみたいな。そんなカジュアルに言う?みたいな。
ちょっと俺、なんか、もう4時入っちゃったからみたいな、そういうテンションでがんになっちゃったからさ、ちょっと一人で行ってくんない?って言われて、わかりました、頑張ってきますって言って。
で、まあ、優勝できて。
でも行く先ね、その行った先でもいろんな人に言われるんですよ。
あいつはどうした?元気なのか?聞いたよ?なんか、病気なんだって?って言って、大丈夫か?って、いやいや、きっと次はね、来年には元気になって帰ってきますよとか言ってて。
で、優勝して、よかったよかった。日本に帰って、で、次の月くらいに会いに行けたんですね。
で、病室行ったら、抗がん剤治療してて、で、その当時47歳ですよ。まだ若い。
その方ね、若いよね。
抗がん剤治療しつつも、耳が副作用で聞こえないから、筆談なんですよ。で、優勝できました。
いや、よかったなと。で、俺も次はね、元気になって次は行くから。行ってて、本当にマジック好きなんだなって、その方。
病室なのにね、もうトランプやら何やら、この人はこういう人なんだなって、本当にまた元気になってほしいなって思ってたんだけど。
それが最後の会話になってしまいまして、で、そういう先輩がいた。その先輩が47歳だった。
で、あとまた別の、マジックとはまた別の、インプロバイザーって僕よく言ってますけど、即興のお芝居をしてたので、
即興のお芝居の先輩の方がいて、その方もまあね、不節制。いつもね、ものすごくガリガリだし、背が高くてスラッとしてらっしゃる方で、若い頃とかいろんなお芝居とか舞台とかでメディアに出てたような活躍した方で、
で、47歳でその方も。で、もう芝居とか稽古が好きだから、お酒飲みまくって夜中まで演劇を語り、日々もうあんまり食欲がないと。
もう義務感で飯食ってるだけだからって言って、稽古場ではもう本当に水飲んだりコーラ飲んだり、夜行ったら居酒屋で飲んだくれて、みたいなそういう生活してた方だから。
なんかね、体自体はそこまで健康じゃなかった気がするんですよ。でもすごくかっこいいし、稽古場では怖いし。
みたいな田舎帰れこの野郎みたいなそういう世代の方ですよ、演劇陣。その方がなぜか僕には結構優しくて、だいじゃんさーって言って、今度稽古場は怖えーとか思いながらですね。
まあでも申請してくださるので、まあ約束した日に行ったんですよ。行ったらその稽古場はなんか本人はいなくてですね。
若い別の方がしょぼーんって座ってて、約束しただれだれです、どうぞ見ててくださいって言って魔物を引き取って帰った。
先輩どうしたんだろうなって思いながら帰って、帰ったら電話かかってきて、知人から。
だれだれさん亡くなったんですって、その先輩が。え、急にって。その電話してきてくれた方も実は前日一緒飲んでたと。仲いい役者さんでね、飲んでて。
何かになっちゃってさ、喧嘩して、帰るわーって帰って、それっきりで帰ってお家で倒れた。えーって。だって昨日俺メールしてたし。
で、そんなことがあって衝撃を受け、そしてその同じ週、5月の、その同じ週の中で、先輩のマジシャンの方からの夫婦も電話で亡くなったそうです。
2人とも同い年の先輩、47歳が同じ週に亡くなり、そしてその同じ週の中で僕の第一子が生まれたんです。
何今週。いり乱れる今週。というのが、もう忘れもしないその一週間だったんですね。
だからなんだって言われたら、たまたまでしょうって言われたらそれまでなんだけども、その時にやっぱり、その先輩方が47歳で亡くなったっていうその年なので、
抱負?2回前は、僕は自分を。 旧社で休むとか。旧社で休むって言ってましたけど、それに近いけどね、ちゃんと生きようと。
生き延びようということですよ。本当に。その当時やっぱり、その年、年代のこと、実感わからなかったですけど、
いざなってみたら何の実感もないんですけどね。今まで通りだし、ありがたいことに体の調子はいいので、いいんですけども、でもちゃんと生きようっていうのが今年かなというところで。
そうなんだね。何かこう、言う数字は、そういうことがあると、何かこう意味深いね。僕にとってはね。意味深くなっちゃうよね。
僕にとってはですけどね。ある意味ね。でも分かる。そういう何かさ、意味を持っちゃうって分かる気がする。
私ね、主人が亡くなった時、62歳だった。で、自分が今61。
ああ、そうだ。
で、来年62。で、何となく、何となく、それを超えられないんじゃないかっていう、何かそういう思いがふって湧く時がある。何の根拠もないけど。
でもそう思って身を澄ますと、同じようなことをおっしゃってる方って結構いて、例えば親御さんね。うちの母は若くして亡くなって、その年が、例えば、50いくつでしたとか、40いくつでしたとかって。
で、それだけの話なんだけど、その方が今度は自分がその年を超えていくっていう時に、何か大きなさ、障害じゃないけど、普通に超えられない線があるみたいね。
思い返せばうちの父もよく言ってた。私のおじいちゃんが亡くなった年、その年を自分が超える時に、これは親父が亡くなった年でってよく言ってた。
その時は私はそんなのに全然耳を貸す心持ちがなかった。今思えば、っていうことに、何か暑い空気の壁みたいなね。暑い空気の壁みたいなものを感じてたんだろうなーってね。何かそういうのってあるのかも。
ちょっとね、感じますね。とはいえですね、その一方で、また数字というものは、ただの数字でしかないっていう考え方ももちろん同時に持っていたいというか、振り返るとかね、節目側とか、あとさっき言った先輩方2人が、
年まで生きて、その先も生きたかっただろうって思いもちょっとやりつつも、逆にネガティブな方向に数字を使わないというか、私も○○歳だから、これはもうとか、何か関係ねえよというのはまた一方で思ってたりするので、
なので、何か結構それを世の中、自分のためにその数字を持ち出して、私はこうこうこうだから、もうこれをやったほうがいい、やらないほうがいいみたいになるところを、あまりそこで苦しまなくてもいいのかなってことをずいぶん思ってますね。
本当そう。安倍だよね。 安倍ですよ。 だから割と攻め込むような、苦しくさせるような使い方をしがちな人っているじゃない。だからそれを逆にすればね、事実は全く意味なくあるだけだから、それをどういうふうに自分にとって楽に解釈していくかっていうね。
安倍ですよ。塩を使うときと梅を使うときと使い分けて、余談ですがその当時ね、その47で先輩が亡くなったその週に生まれた娘がね、もう16?まあおっきいんですよ。まあおっきいし元気で。
で、口内炎できたとか言ってましてね。トマト、トマト無理。トマト普段大好きなんだけど、口内炎にはね。 染みちゃうね。 適面にあのジューシーかつ酸っぱいものはね、効くんですよ。もう地獄らしくてですね。ちょうど舌に口内炎ができたらしくて。 ああ、痛そうだね。 あと兄を食べても当たるから。
で、安倍って聞いててね。安倍ね。塩を使ったり梅を使ったりって両方口内炎に痛えなあと思いながらですね。両方痛いときどうしたらいいんでしょうかみたいなことは思いましたけど、そんな娘が16?になって。
でも、改めてその時に生まれた子があって思うことは、ちゃんと自分よりも魂レベル上がって生まれてきてくれてると思いたいなというか。もちろん物理的なね、生きてきた年数は当たり前ですけど僕より少ないんだけども。
でも、自分の16の時が魂レベル上がってるなって思うんですよね、なんとなく。いろいろ言いたいことありますよ。なんかすごく多くて。昨日おととい連続ですよ。この収録の。結構地方の田舎の方の学校とか行ったりしてやるんですけども、みんなすごい真剣に見てくれて。先生がね、たまたま学校が特別支援のクラスが多めの学校だったんですよ。
で、行く数日前にお電話して、何日に伺いますねってちょっと軽くご挨拶した時に教頭先生が、うちの子たち本当に落ち着きがないから、支援の子も多いしって言って、そこは本当に申し訳ないんですけどよろしくお願いしますねって言われて、全然大丈夫ですよって行くじゃないですか。
で、行ってやってみたら、みんなすごい真剣に見てくれるから、先生方が終わった後に、先生方はね、子供たちはわーって、僕は初めて、当然会う子たちだから。で、僕はわーってショーをやって、みんな楽しかったですか、はーいとか言って、またみんな会おうねーってやった後に、もう先生方がなんかそわそわしてるんですよ。
なんかトラブル、僕なんかまずいことしたかなと思って。で、片付けてたら先生が、すごい神妙な顔で、言うことを聞いてくれる子たちじゃないんです、本当は。
今日すごいなんか真剣に見てて、この子たちもこんなにできるんだって思いましたって言われて、あーそうでしたかって。びっくりしてたんですね、先生方っていうことで。
だから、なんかね、やっぱりこう、いさき人って三宅さんよく言いますけど、小さき人っていうのは、やっぱり自分より下とかね、小さいってことではなくて、もうめちゃめちゃ可能性がある、弱クゲだらけの素晴らしい可能性の塊、これ本当にリスペクトした意味で。
てことを最近実感させてもらってるので。だから、子供、大人っていうよりも、やっぱり大人になるほど背負ってるものとか、縛りが多くなって不自由になっている自分の方がよほどね、いろんなチャンスを逃してるんじゃないかなってことを気づかせてくれますね。
ただ一個だけね、その、保育園とか幼稚園の子たちがね、終わった後ね、またねーとか言って会場から出てくるときにタッチをして、ハイタッチしてくれるんですよ。だけど、もう体中の全力の筋肉を使って、パンばかりに全力で元気だな、もう痛いんですよ、リアルに。
あのクリスマス。で、今のそのうちの小さき人ね、クリスマスにね、サンタさんが来るんだよって言われたからね、ちょっとこう大人としてのかしなみを見せようと思って。
ああ、なんかね、サンタのおじいさんね、トナカイを食っちゃったんだって。
ええ?
だからトナカイで来れないらしいよって言ったの。
どうして?
いたずらに送るね、そういうことね。
大人のたしなみとしてね。そしたら、えー、えーとか言って、どうしてどうして食っちゃったの、トナカイとか言ってたの。
だからどうして食っちゃったんだろうね、他のもの食べるとに、あんのにね、とかどうするんだろうね、とか言ってたわけ。
大人は、あたしはもう言って、その場でゲラゲラ笑って、終わらなかったわけよ。
翌日、幼稚園に行き、先生に相談。
先生、サンタさん来ないんだって、だってバーバがトナカイを食っちゃったって言ったんだって。
で、先生から、驚き、お母さんに、うちの嫁に、そんなお話をおばあちゃんがされたようですけれども、首を振ってる。
それは、って言う。で、嫁が帰ってきて、お母さん、お仕事中ちょっといいですかって、あたしの部屋に入ってきて、
実は、幼稚園の先生から、サンタさんがトナカイを食ったとかって、しました?って言われて、はい、しました。やめていただいていいですか?
申し訳ございません。
なんで、もう本当に、なんでって、ぬ、ぬんでってレベルの話。すごい、もうからがいたかったわけよね。
でも面白いでしょ?シチュエーションとしては。で、その後、嫁に怒られて、すいません、反省しますって言ってから、トナカイ食ってないって、先生が食ってないって言ってたよって言われて。
そこでもまたムクムクと、たしなみとして。
たしなみって言うの?
言わないね。いや、そんなことはない。やはり食ってるはずだよって、先生は知らないんだとか言う、追い討ちもできたんだけど、もう嫁が怖くて。嫁の目が怖くて。嫁さえいなければやったんだけど、うん、食べてなかったみたいだねって。
利口になっちゃったよ、私の方が。
利口になっちゃいましたね。もうちょっと自分の守りというか、怖いちゃいましたね。嫁が怖いというところ。
でもね、小さな人はいくつでしたっけ今?
4つですね。
4つか。もう一生忘れないかもしれないですね。そのぐらいだともう覚えてますね。4つだって。
食っちゃったって、ちっちゃい頃祖母に言われましてっていうのを、それで幼稚園先生に相談しまして、相談して幼稚園先生が母親に言って、しかもその言ったおばあちゃんは仏道の人であるというね、もうなんだかよくわかんない要素てんこ盛りの話をね、一生することになるかもしれませんけどね。