1. はんちゃんのカラダとココロを育むラジオ🫶
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2026-01-30 30:59

健全な責任感と、過剰な自己責任を区別することが自己受容の第一歩🌱これも実は性教育

⏰タイムスタンプ⏰
 自分を責めまくっていた中学生時代💀
中学の時に初めて仲良くなった友達A👧
無視されるようになった。
 しんどい気持ちを唯一吐き出せていた友達BとC
    2人がいたことによって救われていた
AとBとCが一緒のクラスになったことで
雲行きが変わる...☁️
 徐々に悩みを聞いてくれなくなったBに
     「人ごとでいいよね...」と言ってしまった私🫠
 その一言をきっかけに
    BとCからも無視されるようになった
    あの一言さえ私が言わなければ....と
    自分を責めまくった🔪
 思春期の頃に感じた過剰な自己責任感は
    大人になってもひっそりとつきまとう🚶
 子どもが問題行動をした時、過剰な自己責任感だと
    「私の接し方のせいで...」「私の育て方のせいで...」で
     自分を苦しめ続ける🌀
 思考は脳の癖🧠
    健全な責任感と過剰な自己責任を区別する
 母と子は一心同体、境界線ゼロのところから
    スタートしている関係🤰
    意識して境界線をひく必要があるよね🕊
 子どもたちの成長過程でお守りになるのが
    自分は無条件に愛されている存在と思えること💝
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    家族や友達との関係で自分を責めた経験はありますか?
 性=生。
    過去の人間関係や家族関係、恋愛で受けた価値観が
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サマリー

このエピソードでは、健全な責任感と過剰な自己責任の違いが自己受容の重要なステップであると語られています。特に、中学生時代のいじめや自己責めの経験がどのように影響を与えるかを掘り下げており、性教育におけるその重要性も強調されています。責任感は親としての役割において重要ですが、過剰に自己を責めることには注意が必要であり、これらの理解が自己受容を高める鍵であるとされています。

鹿児島への旅の計画
はい、みなさんこんにちは、はんちゃんです。
ちょっとね、30分くらいライブをしたいなって思っています。
実はね、私明日から鹿児島に行くんですよ。
私今、島根に住んでるんですけど、
鹿児島にね、ちょっと所要で家族で行くので、
島根からね、鹿児島って新幹線で2時間なんですよね。
あ、嘘嘘。大嘘ついたわ。大嘘つきました。
島根から新山口まで移動して、
新山口から鹿児島まで新幹線で2時間なんですよ。
めっちゃ早くないです?九州すごいなと思って。
結構ね、新幹線使ったら早いんですよね。
でも、島根から新山口まで車で2時間かかるから、
結局結構かかるんですけど、
でもね、意外と鹿児島意外と近いじゃんと思って。
2時間で行けるからね。
だから今私は明日の昼、鹿児島駅の周辺で何食べようかなってちょっと探してました。
あ、まいこ!ありがとう!はんちゃん!まいこ!ありがとう!
今ね、明日から鹿児島なのよ。
鹿児島行くから何食べようかなと思って探してました。
鹿児島ね。
中学生時代の思い出
うちお父さんが鹿児島出身で九州男児なんだよね。
バリバリの九州男児で。
だから私はね、鹿児島と奈良県のハイブリッドです。
ハイブリッドの地です。
まいこ鹿児島。そうなのよ。そうなの。
でもね、鹿児島の地が混じってる割に顔薄いのよね私。
なんかあっちの方ってさ、結構顔がね濃いイメージなんだけど、
私なんでこんなに顔薄いんだろうなって。
まいこは純北海道なんだね。純の北海道。
私はハイブリッドでございます。
今日ね、30分くらい話そうかなって思ったテーマが、
私ね、結構昔は、今は全然そんなことないんだけど、
昔は自分のことが本当に大嫌いで、自分を責めまくってたの。
特にひどかったのが中学生の時期かなって思ってて、
自分の人生を36年間振り返った時に一番しんどかった時期っていうのが、
この中学生の時期で。
まいこもそうなんだよね。思春期の時期ってさ、そうだよね本当に。
本当にしんどかった。
もう命を終わってしまってもいいじゃんって思うぐらい
しんどかったのが私は中学生の時で。
その時は本当に自分責めがすごくって。
そういう自分責めの経験っていうのが、
それを消化せぬまま大人になっていくと、
いろんな影響が出たりするんだよね。
それがタイトルにも書いてるんだけど、
健全な責任感と過剰な自己責任を区別するっていうこと。
これがすごい自己需要をする上で、
とってもとっても大事になってくるなって思ってて。
今私が性教育の講座のワークショップの中でも
このトピックっていうのを扱ってるんだけど、
私が過去どういう自分責めをしていたかっていうと、
中学の時にいじめられたんだよね。
すごく最初中1の頃初めてできた友達がいて、
でもその子にとって私が、
私の取る行動すべてが多分鬱陶しかったんだと思うんだよね。
私はその子と仲良くなりたい、
その子と一緒にいたいっていう思いが多分強すぎて、
結構真似しちゃってたんだよね。
その子の持ってるものとか、髪型とか。
髪型は宿盲矯正だ、宿盲矯正。
私めっちゃくせ毛で、それがすごいコンプレックスだったの。
髪の毛がね。
その友達が、友達もくせ毛で宿盲矯正してめっちゃ可愛くなった。
元から可愛かったんだけど、さらに可愛くなって。
私もあんな可愛くなれるんだったら、私も矯正したいって思って私もしたのよ。
私も自分で言うのもなんだけど、それなりに可愛くなったのよ。
髪の毛がね、まっすぐなったことによって。
私はすごい嬉しかったんだけど、そういうこととか持ち物をね、ちょっと真似しちゃったりとか。
それで多分その子が嫌になって。
まいこ、私も宿盲超コンプレックス。
そうなんだ、矯正だったんだね。
めっちゃね、コンプレックスになるよね、思春期の頃って。
1年生の終わりぐらいに虫とかいじめられるようになって。
でもそれ自体はもちろんしんどかったんだけど、やっぱりその子の家庭の環境とかいろんなこともあって。
その子に対してもいろんな思いはあるんだけど、
そこに関しては私すごくつらかった経験ではないんだよね。
そうじゃなくて、一番しんどかったのが何かっていうと、
その当時いじめられてたときに、そのしんどい気持ちを吐き出していた友達がいて。
その子と話すことによって、自分の気持ちがすごく消化できたりとか、
その子がいてくれたことによって学校も行けてたし、つらい気持ちも分散できてて、すごい仲が良かった。
だけどちょうど1年生から2年生のクラス替えがあって、私をいじめていた子と、
あ、まりちゃんやっほー。あなさんもありがとうございます。
今ね、私の過去の中学時代の話をしていました。
クラス替えがあってね、その私をいじめていた子と、
私がずっといじめられたときに相談していた友達が一緒のクラスになったんですよ。
状況分かります?一緒のクラスになっちゃったのね。
一緒のクラスかと思いながらもいじめみたいなのは続いてたから、
仲良かった友達に引き続きいろんな相談をしてたのよ。
そうなんだけど、たぶん一緒のクラスだからさ、
なんかそっちが仲良くなってきて、だんだん私をいじめてた友達と、
過剰な自己責任の影響
私がもともとすごく仲良かったいじめの話とか悩みを相談してくれていた友達が、
ちょっとずつ距離が近くなっていって、っていう状況があって。
ある日、たぶんLINEじゃないね、当時は何?メール?
当時って何でやりとりしてたっけ?
携帯だったな、直接じゃないな、携帯でね、
また今もちょっとしんどくってっていう話を、
もともと仲良かった友達にしていた時に、
私のしんどい気持ち、悩みみたいなのを、
その時やりとりでね、
あんまり真剣に話を聞いてくれてないなっていう感じが私はして、
その時に私が仲良かった友達に、
そのメールでね、
いいよね〇〇は人事で、みたいな感じで言ってしまったのよ、文章で、メールで。
要は私の話をあんまり聞いてくれてない、理解してくれてないっていう気持ちになって、
適当にあしらわれてるんじゃないかなっていう風に勝手に思い込んでしまって、
人事、悩んでるのね、いじめられて悩んでるのが、悩み聞いてくれてるのに、
人事でいいよねって言ってしまったんですよね。
その人事が、その友達、もともと仲良かった友達は、ちょっとすごく嫌だった。
嫌だった、だと思う。
その人事をきっかけに、完全に私からは仲が切れて、
私のことをいじめていた友達と一緒になって、私を無視するようになったっていうのがありました。
私はそれが本当にしんどくて、何がしんどかったっていうと、
私が言ったたった一言が最後の砦だと思うんだよね。
それまでにも、もしかしたらいろいろあったかもしれないんだけど、その最後の一言。
あの一言を言ってしまったことによって、私の友達だった人から裏切られて、
一番私の心のよりどころだった友達からいじめられるっていう状況があったわけね。
そこで私は本当に自分のことを責めて、私があの一言を言わなかったらこんな結果にならなかったんじゃないだろうかとか、
私のあの一言で、あの一言さえなければっていう自分をものすごい責めました、当時は。
だから私がそのことを言ったせいで、こんなに今私はしんどいんだ、
あの時に時間を戻して、あの一言さえ言わなければこんなにしんどくなかったかもしれないっていう感じで、
自分のことをすっごいすっごい責めたんですよね。
これを何かっていうと、これが過剰な自己責任感っていうのにつながる。
本当にそうだったのかって、本当にあの一言がなかったらこんな結果にならなかったのか、
それはわかんないんですよ。
きっと多分ね、一言で人が変わるって多分ないと思うから、
それまでのいろんな積み重ねとか、関係性とかいろいろあると思うんですよね。
あ、栗子さんこんにちは。ありがとうございます。
今ね、私の中学生時代のすごいしんどかった話をしてるので、
ちょっと聞いててしんどくなったら抜けてください、こっそり。
そう、要は自分があの時、あの一言を言ったせいで、
友達から裏切られたっていう感覚が、当時の私はすごく強く残っていて、
だからすごく自分を責めました。
あの一言を言った自分を呪いたかったし、消えてしまいたかったし、
うん、そうそう。
でね、そうやって自分を責める、過剰に自分を責める。
責め続ける。
それが、まあそのね、それをなんていうかな、その癖っていうか、
そうやって自分のせいでこうなったっていう思い込む癖をずっと持っちゃってると、
例えば、あ、花さん言わなきゃよかったって言って、今でも私あるよ。
あるある、そうそう、あの一言がとかね。
過剰な自己責任の影響
そう、でやっぱりその自分のせいでって思い込む癖って、
いろんなところで出てくるんですよ。
例えば、子育てでもそう。
私のなんか、例えば子供がね、なんか問題を起こしたとか、学校とかであるじゃないですか。
とか、今私の年齢だったら感触がひどかったりとか。
なんかそういう状況を見ると、なんか私の対応の仕方が悪かったとか、
私の育て方が悪かったんじゃないかとか、過剰に自分を追い詰めちゃう。
そこに繋がっていくんですよね。やっぱり自分を過剰に責める、過剰な自己責任っていうところ。
そう、やっぱりそのなんだろうな、こういった過剰な自己責任って事実ではなかったりするんですよね。
私の例で言うと、本当にあの一言のせいなのかと。
おそらくそれまでにいろんな関係とかがあったし、環境の変化もあったし、
また中学生っていうね、また多感な時期っていうのもあったし、
別にあの一言が言った言わなかったは関係なく、自体はいろんな方向に行っていたかもしれない。
そう、だからあの一言のせいじゃないんですよ、簡単に言うと。
そう、だけどそこをずっとずっとやっぱりそのせいで、そのせいでって思い込んじゃうと、
やっぱ思考ってさ、癖になるから、いろんな出来事、何か問題があった時にね、
私が悪かったっていう過剰な自己責任に繋がるなっていう風に思ってるので、
やっぱりなんかその当時のね、自分を振り返って、
あれは本当にそうだったのかって、自分が思い込んでいたことは本当にそうなのかっていうのを、
今ね、その当時は多分難しいから、今振り返ってみて、いやそうじゃないよなっていう、
許すっていうことをしていくっていう作業がやっぱりね、すごく大事だなって、
思うんですね。
そう、だからそのなんだろうな、
やっぱ親としてね、子供に対して責任感っていうのは絶対大事だと思うんですよ。
健全なね、責任感っていうのは、やっぱりお育てをするっていうことはすごく大事なことだから、
それを持つこと自体は大切なんだけど、過剰な自己責任と区別しないといけないよねっていう、
話でした。
責任感と性教育の関連
これもやっぱり自分と相手の境界線を明確に引くっていうところにも、
すごく繋がってくるなって思います。
性教育はそういうね、自分と相手の境界線っていうところをすごく大事にする、
学問っていうのかな、教育なのでね。
そう、なので、そう、だからね。
性教育の視点から見ても、すごい大事なことなんですよね。
マリちゃん、これ無自覚だとすごい苦しくなるよね。
そうそうそうそうそうなのよ。そうなのよ。思考惑星だからさ、
気づいたらね、やっぱり自分、よくさ自分責めって言ったりするよね。
そうそう、自分責めになっちゃうのよ。
本当にそうなのかって。
本当にこれは、今子どもが目の前で感触を起こしているのは、
本当に自分の育て方が悪いのか、そうなのか。
いやいや、人間、誰しもいろんな個性があるからね。
もちろんさ、健全な責任感必要だから、
あ、親のこういう態度がもしかしたら、
この今のいやいやに繋がっているかもしれない、
みたいに思って行動を変えていくっていうのは大切だと思う。
それは健全な責任感かなって思うけど、
やっぱり過剰に感じて自分を責めちゃうと、
本当に抜け出せなくなっちゃうし、
次のステップがなかなか踏みにくいよね、
うん、と思っています。
そう、まりちゃん。
境界線を引く大切さをこの年になって理解したよ。
ねえ、本当にね、境界線大事、めちゃめちゃ大事。
やっぱ家族ってそこの辺曖昧になりがちだよね。
特に母親はやっぱり、母親と子どもってさ、
境界線も何も一緒だった、一心同体だったからね。
母のお腹の中にいた存在だからね。
境界線も何も一緒なのよね。
そこからやっぱり生まれて、
そのね、最大を切った瞬間からも
繋がっていない子と子の存在だから、
今日もさ、性教育のね、授業で学校で小学校5年生に向けて
命のお話っていうのをやって、
今日保護者参観ありだったから、
そのね、授業の後に子どもたちだけ教室に戻って、
親御さんだけ残って、
今日の講座の感想を一人、一言ずつ話してもらうっていう時間を
30分ぐらいだったかな、撮ってたんです。
やっぱりね、子どももさ、だんだん思春期になってくると
腹立つのよ。
いろいろ言ってくるし、
なんかね、冷たい言葉はかれたりするし、
だんだん離れていくし、
寂しくなるんだけど、やっぱり子どもたちにとってね、
一番しんどい時、これからね、
やっぱり自分は無条件で愛されてるだったりとか、
自分は無条件で幸せになっていい存在なんだって、
思えるか思えないかで、すごく違ってくると思うから、
もちろんそれを考えながら、
やっぱり子どもたちにとって、
子どもたちにとって、
子どもたちにとって、
すごく違ってくると思うから、
もちろんそれを家庭で安心安全な場所を作ってあげるっていうのは大前提だけど、
それがなかなか難しい家庭も正直あるじゃない。
だから、家庭もだし、学校もだし、地域もだし、
いろんなところで補い合い、助け合いながら
自己理解とコミュニケーション
見守っていくっていうのをね、成長を。
成長はすごい大事なんじゃないかなって思ったりしますね。
そうなのよ。
そう、だからこのワークね、
性教育の講座の受講生さんたちに向けに作ってるんだけど、
私自身もね、もう一回ちょっと書いてみて、
振り返ってみようかなって思ってます。
そのワークの一つ、全部で何問?
1、2、3、4、5、6、7、8問ぐらいかな。
8問ぐらい確かあるんだけど、
そのうちの質問の一つが、
そう、今私が振り返ったようなこと。
家族や友達との関係で、自分の一言のせいで、
自分がこうしたからと自分を責めた経験はありますか?
それはどんな出来事でしたか?
その思いは今も残っていますか?っていうね、
質問。
それをちょっとその質問で振り返ってもらうっていうのが、
ワークにあります。
今日までね、そう今日まで、
今日1月30日、
今日までのお申し込みなので、
残り1名ね、
お申し込み来るか来ないか分かんないんだけど、
めちゃめちゃ楽しみです、2月からね。
2月から4ヶ月だから、いつまで?
5月までだね。5月まつまつ。
5月まつまつだって。
5月まつまでだね。
はい、すごく楽しみですね。
はなさん、自己理解も含めたのがいいなと思ったよ。
ありがとうございます。
ワークかな。
そう、自己理解ね、めっちゃ大事。
やっぱりね、
全部そこにつながってきますよね。
自己肯定感ってよく耳にするけど、
自己肯定感ってそれだけ単体で高められるものじゃなくって、
まず前提に自己理解と自己需要っていう根っこがね、
あるのでね。
はなさん、自分の性についての考え方って考えたことなかったからさ、
そうですよね。
結構ね、結構ひも付きするするすると。
自分の過去の恋愛とか、人間関係とか、
そういうことね。
あと親子関係、ひも解いていくと結構この性、
性って生きるんだもんね。心に生きるって書いて性だから。
結構ね、つながってくるなって思いますね。
そうそう。
要はね、みんなが生きやすくなるための一つのツールとして、
性教育っていう見方もあるんだよっていうのを、
やっぱり知らない方が多いから、
そこを伝えていけたらいいなっていうふうに思ったりしてます。
はなさん、夫婦での性についての伝え方もある程度揃えたいんだよね。
そうですよね。うんうんうん。思います思います。
なんか、やっぱりそこが共通してると子どもも分かりやすいですよね。
最近、夫は、初めね、娘が、
例えば風呂上がりとかすっぽんっぽんでわーって、
走り回ってるときに、
前までは恥ずかしいから早く服着なさいっていう風に言ってたんだけど、
恥ずかしいっていう単語を使わないでほしい。
大事大事だから服着てっていう風に言ってほしいっていう風に伝えたら、
それはすんなり入ったみたいで、
最近はね、大事大事だからっていう風に言ってくれるようになりました。
華さん、夫と全然違う気がするからさ。
いやそうですよね。っていうかそもそもそこを話すっていうことをなかなかできてないっていうのもありますよね、きっとね。
華さんいいね、それ使おう。ぜひ使ってください。
責任感の違い
でも私もね、パッと言っちゃうのよね。やめて恥ずかしいからみたいな。
でもそのたんびに、ちゃうちゃうちゃう、ちゃうちゃうちゃうってなる。
私も完璧じゃないです。
でもやっぱり恥ずかしい、体って恥ずかしいものじゃなくて、
大事だから服着ようねとか、
大事だからすっぽんっぽんでカーテンのところに行かないでねとか、
そういうほんとちょっとした言葉かけで、自分の理解にもなるんですよね。
そうだから私ずっとね、12年、勉強し始めるともう十何年かな、
20年近く多分なると思うんですよね。
ずっとずっと自分の口で伝えてるから、それが自分の中にも入ってくるっていう感覚はすごくあって。
だからね、やっぱり考え方は夫がそれがどうインストールされるかわからないけど、
でもやっぱり大事だから、体は大事だからっていうのに変えたいなって思ってますね。
そういう話もするときに、なんかこうよくあるじゃん、
夫婦感だから妻が伝えるとあんまり伝わらないっていうか聞いてくれないけど、
例えば先生とか専門家とかそういう人が言うと、
なんか納得するみたいな。あるじゃん、男の人。
そういう意味でも使ってほしいのよね。
だから私よくその助産師の時にね、お母さんに言ってたのは、
助産師さんがこう言ってたからって言っていいよ、なんていうのかな、
そういう風にどんどん使ってって。自分の考えでもね。
自分はこう思っているっていうのを伝えても伝わらないときは、
助産師さんこう言ってたからみたいなって言うと、
すんなり聞いてくれるみたいなタイプの方がいらっしゃったので、
そういうときもどんどんどんどん使ってくださいと。
マインドセットと準備
ハナさん、プロのことは聞くのが男の人あるあるよね。
なんかね、ありますよね。
いいように使ってもらえたらいいなと思います。
ということで5時になっちゃった。ありがとうございます。
あと1人どうかな?来るかな?来なかったとしてもね、
もうすでにお申し込みいただいている7名の皆様がもう本当に最高のメンバーなので、
私はとってもとっても楽しみです。
ゼロ期ってね、なんかね、ドキドキするじゃないですか。
そこに来てもらえたのがね、すごい嬉しくって。
私やっぱ最上志向の人間なので、
後からなんかこれも入れちゃおうかな、あれも入れちゃおうかなとかってね、
なりそうな気がしている。すでに。
はい、なのでね、ぜひ楽しみにしていてください。
一応今日の23時59分まで募集しているので、
これ聞いてくださって気になる方はぜひぜひ。
ゼロ期はね、本当にいろんな意味でお得です。
金銭的にもお得だし、内容的にもお得なので、
ぜひ来てもらえたら嬉しいです。
はい、ということで私はね、明日の鹿児島の準備をしないと朝早いから、
ちょっと今日のうちに荷物の準備をまとめていきたいと思います。
はい、ということで。
あ、そう。
原田さんそうなの?鹿児島へ行くの?
ちょっとね、ほう、ほう、ん?ほう?なんていうの?ほうじ?ほうじで鹿児島に行きます。
うちの、私の父が鹿児島県民なんです。
鹿児島の血、だから私ね、鹿児島の血が流れているの。
鹿児島と奈良のハイブリッドでございます。
なのに顔は薄い。
はい、ということで、遊びに来てくださった皆さんありがとうございます。
あ、花さんありがとうございます。気をつけてね。
まりちゃんもありがとう。気をつけて。
行ってきます。
はい、ということで、夕方のお時間ありがとうございました。
ではでは、バイバイ。あ、くりこさんもありがとうございます。
まりちゃんもありがとう。バイバイ。
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