00:00
鬼ごっこ
芥川龍之介
彼は、ある町の裏に、年下の彼女と鬼ごっこをしていた。
まだ辺りは明るいものの、ちょうど街角の街灯には、ガスの灯る自分だった。
ここまで来い!
彼は楽々と逃げながら、鬼になってくる彼女を振り返った。
彼女は彼を見つめたまま、一生懸命に追いかけてきた。
彼はその顔を眺めた時、妙に真剣な顔をしているなと思った。
その顔は、かなり長い間、彼の心に残っていた。
が、年月の流れるのにつれ、いつかすっかり消えてしまった。
それから二十年ばかり経った後、彼は雪国の汽車の中に、偶然彼女と巡り合った。
窓の外が暗くなるのにつれ、湿った靴や街灯の匂いが、急に身にしみる自分だった。
しばらくでしたね。
彼は薪煙草をくわえながら、
それは、彼が同志と一緒に刑務所を出た三日目だった。
ふと、彼女の顔へ目を注いだ。
近頃、夫を失った彼女は、熱心に彼女の両親や兄弟のことを話していた。
彼はその顔を眺めたとき、妙に真剣な顔をしているなと思った。
と同時に、いつの間にか十二歳の少年の心になっていた。
彼らは今結婚して、ある郊外に家を持っている。
だが、彼はそのとき以来、妙に真剣な彼女の顔を一度も目の当たりにしたことはなかった。
