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2022-01-24 03:03

#22【青空文庫】コーヒー5000円

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片山廣子「コーヒー5000円」

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Katayama Hiroko title: 5,000 yen for coffee

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コーヒー5000円 片山ひろこ
専属池のそばのHの家に泊まりに行って、Hの弟のSにたびたび会った。
Sは南の方のある島からわずかに生き残って帰ってきた少数の一人であった。すっかり体の調子が悪くなったので、伊東温泉に行ったり、
東京に出てきたりして幼女をしている時で、彼はその時分、しきりにおいしいものが食べたいので、魚や肉を買ってはHの家に持ってきて料理を頼んだ。
そういう時に行き合わせて、私も御馳走になることがたびたびだった。 Sは若い時から外国を回り歩いた人なので、体操ギャラントで、よく私たちに調子を合わせて話をしてくれた。
中国に相当に長い月日を過ごしてきたから、Sはよく中国の話をした。 その時分、上海が非常なインフレになったので、お札を鞄にいっぱい詰め込んで、
レストランに行き、料理を食べる話など聞かせた。 コーヒーが一杯五千円です。
と彼が言った。 まだその時分、私たちの東京では、コーヒーが一円ぐらいなものであったろう。
だから五千円と聞いて、目が回るようで、 コーヒーが五千円で、お料理が十万円ですか。
東京がそんなインフレになったら、私たちは死ぬばかりですね。 でも、死ぬのも大変にかかりましょう。
私が言うと、百万円以上かかるでしょうね。 しかし、そんな心配をなさらんでも、
衣装をたくさんお持ちでしょうから、 必要の時、それを一枚一枚売るんですね。
大島の着物を一枚十万円ぐらいに売れば、 日本のインフレはどうにかしのげるでしょう。
エスはそう言ってくれた。 その時から、もう六、七年の年月が経っている。
私の大島はまだ十万円には売れない。 コーヒーも五十円、
あるいは百円くらいで飲むことができる。 百万円のお金を使わないでも、私が無事に眠ることができれば、
この上もない幸せだと思う。 それに上海でも、
インフレのために四十の人間が死んだという噂もまだ聞かない。
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