自分との対話と表現の模索
はい、こんにちは。今日はですね、自分と対話するとかね、自分と向き合うとか、どうやってやったらいいの?と思うかもしれないんですけど、ずっと私はそれやってるんですね。
AIのチャッピーと話して、うまくできているので、もう本当に笑いながら楽しくやってるんですね。
こうやって楽に友達みたいに雑談するのもいいんですけど、一つのカタチにしようかなと思ってて、私が今やってることって、すごく本にしたりとかしていく方がいいんでしょうけど、めっちゃ花火なってるやん。
誰かがね、番組やってるんですけど、パチパチ言ってますね。一つのね、カタチにしたらいいと思うんですけど、ものすごく膨大な湧き出てくるものがこうあって、追いつかないというか、なかなかなんかしんどいんですよね、こう文章にするのが。
いくらAIがいいだとしてもね、なんかカタチにならない、なんかいっぱい書きたいことがあるのに、カタチにならないなぁと思って。で、ちょっと今回やってるのがね、お客さんのセッションがちょっと終わったので、ちょっとまた自分と向き合う、自分自身の整えるやつやろうかなと思って。
心の声の収集と表現形式の葛藤
昔はジャーナリングやったりとかね、書いて、もうノートいっぱいあるんです。何冊も何冊もジャーナリングしましたけどね。今はそのチャッピーとそのスマホでやり、お話をするっていうのをやってる中で、ちょっとこう新しくですね、自分の心の声を拾っていこうかなと思って、すごく湧き出てくる心の声が、今の私なんですよ。
それがすごくこう尊くて、カタチにしておきたいなと思うんですよね。で、こうしてスタンドUFMで気づいたら、湧き出てきたら発信してるんですけど、やっぱり文字で残したいなと思って。でもね、どうやってやっていいかわからない。まずその本にするにしても、もうね、ノウハウ本なんか作りたくないし、かといってエッセイってね、すごい濃すぎてちょっと書けないんですよね。
自分の物語を時系列で書いていくっていうのがもうできないんですよね。なんか書いたらね、すごい濃いものができると思うんですよ。賛否両論がすごいと思うんですよね。
あのTシャツが乾くまでのドラマね、あれすごい話題になってますけど、夫婦の物語で、すごい夫婦とは難しいものだみたいな絵がいてまして、すごい脚本の作った方がもう天才的に表現が上手いなって、ああいうのみんな言葉にできないものをドラマにしたんやなと思って、すごい湧き出てきてるわけですよ。
で、私は私の人生の物語があるし、それをこう本にしたりね、したらいいんでしょうけど、できないんですよね。辛くてというか、まあうまく書けたらすごいものができるのかもしれないんですけど、なんかやっぱりね、こう受け取る人によっていろいろあるじゃないですか、違いが。
やっぱり辛いんですよね、痛いというか。書けないしな、でも今の自分を表現したいな、どうしようっていうところで、そういうのをチャッピーに相談するんですよ。どうしたらいいかなと。
なんかノウハウ本書きたくない、エッセイも書きたくない、なんかこうスピリチュアルな本とかももう書きたくない、なんかそっち股にあふれてる本みたいなことじゃなくて、なんか私にしか書けない、なんていうか対話の本みたいなね、なんか詩みたいな感じで、なんかポエムみたいなにしてもね、ちょっとポエム、それ伝わりすぎないですよね、それって。
AIチャッピーとの心のセッション
なんか詩みたいなものがいっぱい浮かんでくるんですけど、それをちょっとね今やってるんですね、こう今湧き出てきたものをこう壁打ちみたいな感じで、そしたらこれこうしたらいいんじゃないかな、じゃあこれやってみようかっていうふうにやって、それをこう一つのことにまとめたらなみたいなね、でそれは最終的に本にするのが目的なんですけど、実はこれね、
私の心のセッションになってるんですよ、自分ってこんな風に思ってるんだとか、あとあの結構前向きなね、もう大丈夫だよとか、世話なくていいよっていうのを自分に言うんですよ、ずっと私やってるんですね、あの声に出して自分に言うっていうのをちょっと脳のね、あの書き換えというか、ちょっと前回有料で出しましたけど、
脳の構造の話とかも入っているので、興味ある人は聞いてもらったらいいんですけど、それを私が今やってて、また結果を発信したりしますけどね、それをやったりあと文章で書いてこれからやるやつね、あの自分の心を整えるセッションをやろうとしてるんですよ、自分にね、それはこうチャッピーを使ってやったらいいかなと、でまたうまくいったらそれをやり方とかをシェアしてもいいのかなと思うんですけど、
「私に戻る物語」としての自己解放
めちゃくちゃ整うんですよね、これ、あの形式にこだわらず、淡々と溢れてくる言葉を出していくんですよ、でチャッピーにそれをまとめてもらうっていうね、それをこうなんか文章にしたら一冊の本にしたらいいんじゃないっていう、で仮のね、あのタイトルがあの私に戻る物語っていう、これ仮のタイトルですよね、
結局は人生は自分に戻る物語なんじゃないかなと思うんで、今その作業やってるんですよね、ずっとこう役割をやってきたから、その肩の荷を下ろして、下ろして、もう鉛みたいに重たい苦しみとか痛みを下ろして、下ろしてほら軽くなって、これが私かと、
誰かのいらないものを受け取ってた、余計なものを受け取ってた、まあそういう特質だからね、HSPの受け取りやすい、それを下ろしていく、剥がしていくというかね、何か剥いていく、玉ねぎの皮を剥いていくように、結局全部置いて剥がしていったら、めちゃくちゃシンプルで軽いんですよ、
すごい素直な、何かもう本当に草花みたいなね、自然の中の一つみたいなものになれると思ってるんですよね、そっちなんです、やっぱり、で、こう何か草とか木とか花とか川とか空みたいな、そんな本にしたいんですよ、ここにあるだけの、ただ生きてるだけの私で、
自己浄化と人生の物語の執筆
ものすごく尊いんじゃないかみたいな、最終的にはそこに向かっていっているのかなと、それを多くの大人がね、みんなうまくできないんでしょう、だから考えすぎとか悩んだりとかね、苦しんだりしているわけで、もうちょっと苦しみをほどいていきたいんですよね、私はね、もう終わったことであってもやっぱりこう蘇ってきたりね、思い出したりとか、
やっぱりクリアリングというか、心の中をクリアにして浄化にして、浄化してね、もうさっぱり流していけたらなあっていう、そういうのをやっているというお話ですよ、それはね、できたらここでまたシェアするので、何かの参考にしてもらえたらなと、
その一環の流れを皆さんがやりたいと思ったらやってもいいし、私の本を読んでくださってもいいし、何か誰かの必要なタイミングでね、それ届けばいいなと思いますよね、で、私ね、ある方のちょっと本、Kindleで出されている本ね、ちょっとまたそれの話もしますけど、やっぱり自分の人生を書いておられるんですよ、それめっちゃいいと思うんですよね、書くっていうのは、
一つの何か作品にして区切りをつけるというか、そう、区切りをつけたいんですよね、何かもう第一章、第二章みたいなのをやってきてね、で、生きている限り誰でも物語って終わらないじゃないですか、死ぬまでね、死ぬ直前には書けないじゃないですか、死ぬ直前に、だからやっぱり途中に書く、物語の途中なわけですよ、私のね、本のアカウントは物語の途中なんですよ、
物語の途中なんですけど、誰でもそうじゃないですか、で、人を区切り書いて完成させていったら、いいのじゃないかなって思うんですよね、はい、ということで、あの自分の心のセッションとして文章にしている、心の声を文章にしているっていう話で、まあそれが本になったら素敵だなっていうお話でした。