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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いします。
契りは、もともと約束とか、誓いとか、結びつき、こういったことを意味する言葉なんですね。
特定の関係性とか、お互いの合意ということも表しています。
古くは、神様と人とか、または人と人との間に結ばれる強い絆とか約束を指していて、
単なる口約束を超えた深い信頼とか、運命的な結びつきを表現することが多いわけですね。
また、契りが男女関係の場合、肉体関係とか、心の結びつきということが含まれますね。
特に古典文学とかでは、男女が一夜を共にすることを、契り結ぶというふうに表現していましたけども、
これは、単に肉体的な行為を超えて、運命的な結びつきであったりとか、魂の約束であったりとか、
そういった深いところ、心の結びつきとか、こういったものも全部ひっくるめて、契りという表現をされていたわけですね。
平安時代なんかでは、男女が一夜を共にした時点で、契りが成立して、
婚姻関係とか愛情の証というふうに見なされることがあったそうですね。
肉体関係は、心の結びつきを深める行為として、精神性とか運命的な要素を含むと、そういうふうにされていたわけですね。
また、肉体関係なくても、当時の和歌とか手紙のやり取り、これを通じて心通わせること自体が、契りと見なされる場合もあったんですね。
伊勢物語なんか、恋の駆け引きとか、私的な交流が、契りの一部として描かれたようにしているんですね。
ところが、現代において肉体関係という言葉が持つ響きは、男性からすれば、性の吐け口とか、個人の快楽とか、欲求とか、消費とか、だいたいそういうものに偏っちゃってるんですよ。
かつての日本においての千切りと呼ばれたその行為は、単なる男女の合意に基づく契約とか、男女じゃないにしても、合意に基づくものじゃないんですよ。
天上の意志ですよ。天の意志と地上の命ですよ。これが交差する神聖な儀式なんですね。
そもそも肉体関係はそういう扱いをされてましたね。
これが何かと言うと、因と要が合わさって調和する宇宙の調和なんですね。
これを具現化するための、人と人ともことわりでしたね。
理学の理ですね。これなったわけですよ。
まず結びということになりますね。結びの概念というのが、
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古来、男女の結びつきというのが神の定めた縁として、一夜の交わりであっても、それは前世からの因縁とか、神々の意志が地上に現れたものだよと、そういうふうに考えられてきたんですね。
だからちゃんと意味があるし、その前後があるし、背景があるし、ワンナイトとかそういう簡単なインスタントな感じではないんですね。
平安時代の文学とかでよくあるんですけども、肉体的接触というのは魂の深さですね。
その深い度合いをお互いの魂の深度ですね。これを測る物差しなんですよ。
そこには必ず霊的な重みというのがちゃんと伴ってたんですね。
だからこの古来の感覚と、現代の漁師力学が特に漁師もつれというのも、とっても整合性が取れてるなというふうに感じるんですね。
一度密接に関わった漁師同士は、どれほど距離が離れてても、瞬時に影響を与え合うわけですよ。
ということはだよ、以前にラジオでお話しましたけども、たとえワンナイトであろうが、男女がそんな関係になった場合はですね、
それ以来合わなかろうが嫌いなのが何だろうがなんですけども、お互いにエネルギー状態に影響がある。
例えばですね、片方が本当に体調を崩したとか、そういうふうになった場合ですね、もう片方も知らないけども、なんかわかんないけど体調が良くないみたいな。
こういう目に見えない次元で情報を共有し続けるってことがあり得るよということなんですよ。
ところがですね、現在の生産業とかマッチングアプリ、マッチアップの普及っていうのは、こんな魂の共鳴なんかどこへやらなわけじゃない。
本来だったらさ、時間かけながら成立していくのが人間関係ですよ。
男女の場合だったらちゃんとお互い心開いてたとか交わし合ってたとか、その延長線上にこの千切りっていうのがあるにもかかわらず、
人はなんかただの物体っていう感じでね、お互いを落とし目合ってるような感じがするわけですね。
この効率性を重視する風潮っていうのはですね、相手を自分のための条件付けをして処理してるわけですね。
お互い物化してるわけですね。
当然これって敬意にかける扱いをお互いし合ってるわけですね。
快楽とか即時的な満足を求める物質的な行為として切り離されちゃってるわけですよ、今は。
だから千切りなんて、そんな感覚、おっさん何言ってんだみたいな感じなわけですよ。
だから精神性とか魂の交流ができてねえんだよっていう感じになるわけですね。
何か極端に振っちゃったときにですね、我々が人としてすごい大切な部分を失うなんて話もですね、今まで何回もしてましたけども、
完全にこれになってくるわけですね。
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すると精神的な成長ができないとか、魂がちゃんと進んでいくことができないとかっていうことになった場合、
これいずれですね、人間関係の深さだとか意義だっていうのがね、もうわかんないわけですから、
孤独感とか疎外感だとか、今はいいんじゃない?
10年後、20年後、30年後ですよ。どうなるかっていうね、こういうお話になってくると思います。
話戻しますけども、これね、あとはですね、こういった千切りにはですね、
地の神、国津神様のですね、自分や相手が育った背景、土地に根差した土地ですね。
生命、命の重みとか、相手の存在ですね。
その土地で育った相手の存在そのものに対する異形の念っていうのがそもそもあるわけですね。
で、これがもう決定的に欠落してるんですね。
この物質性のね、極端な偏りっていうのはですね、まずどっから始まるのかと自分に対する敬意の欠如なんですよ。
自分を大切にしてない、自分を尊敬してない、自信がない、欠乏感がひどい、みたいなね。
こういうところから来てるわけですね。
だから自分を大切にできてないからこそ、こういう価値観で生きるようになる。
で、そういう価値観で生きていくと孤独感を深めて社会全体もどうなるかというと、
精神的にですね、ポカーンと空洞になっちゃってるみたいな、こういう感じになっちゃうわけですよ。
まずいの、だからこれはね。
で、2番目は千切りというのは神事だよと、神様ごとだよと、そういうことですね。
そもそも千切りが神聖史された背景ですね。
先ほど言った結びの概念大きいんですね。
男女が交わり、命が生まれる。
男が1、女が2、3が命。
だから神様の数字は3だっていうですね、こういう説もあるんですけども。
これはですね、想像を生み出す力に直結しているということですね。
命が生み出されるわけですから、すごいわけだよね。
神道においてさ、男女の交わりっていうのは、
イザナギ・イザナミの蓋柱によるですね、国生みの再現ですね。
カオスから秩序を生み出すっていうですね、とっても神聖な御神事だったわけですね。
で、これね、日本独自のもんじゃないんですよ。
例えばね、古代のシュメールなんかではですね、
イエロス・ガモスってこれね、聖なる婚姻っていうですね、
そういうものとも共通してるんですって、これ普遍的なもんなんですね。
シュメールの儀式はね、王様と女神の化身である巫女さんですね。
これが交わることでですね、土地に豊穣、要はいっぱい作物がなりますよと、
こういうエネルギーをですね、ちゃんと呼ぶと。
こういうふうに信じられてたわけですね。
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で、またね、ヒンドゥ教のね、タントラとかシャクティ派ね、
これはですね、やっぱシバですね。
シバは男性原理、シャクティは女性原理ですね。
これが合わさることで宇宙が作られて維持される、
この根源のエネルギーになるんだというふうに解釈されてるんですね。
で、これよくあるヒンドゥ教に行くとさ、
ヒンドゥ教の寺院に行くとね、リンガっていうですね、シバの象徴ですね。
あの男性の下半身みたいなのがですね、いっぱいですね、あちこちあちこちにあるんですね。
で、これは結局その男性原理っていうものと女性原理のですね、片方ね。
これをですね、お祭りされていて、そちらをですね、拝むという感じですね。
この宇宙の根源的な創造力であったりとか、天と地のね、結びつきであったりとか、
命の源になったりだとかね、これで男性エネルギーと女性エネルギーの調和っていうのをですね、
象徴するとても神聖なシンボルだったりするんですよ。
結合はですね、宇宙すべての命を生み出す神聖な結婚創造と命の源だと。
で、意識シバですね、エネルギーシャクティーが一体化して、
これだから男性性と女性性の原理の調和ですね。
これで宇宙が維持されるっていうような、そういう世界観なわけですね。
またね、形がない最高実在であるシバがですね、物質世界もですね、
シャクティーと交わることで世界が出てくると、現れるとね。
まあこれ無と有ですね。無と有が合わさるわけですね。
この世の中もそうじゃないですか。物質的に見えているものだけじゃないですよね。
例えば私たちの周りには空気があって水蒸気があって、電波みたいなものも飛んじゃっててっていうね。
見えてないものもいっぱいあって、それがですね、全部トータルで。
だから見えてないもの、無と有がですね、調和しながら我々は生きられているということなんですね。
この辺はですね、結局濃厚社会の包丁器官ですね。先ほど言いましたね。
この辺から発展してですね、後に高度な精神的な実践に移行してるんですね。
日本の神道同様ですね、ベーダ文献っていうのがあるんですけども、そちらの方でも天と地の結合が創造の始まりだと。
国生みだね、作られてね、ここにできました、現れましたっていうですね。
その始まりというふうにして語られてます。語られてるんですね。
他にもさ、エジプトとかカナンとかフェニキアとかギリシアとかですね、
あちこちでやっぱり神話が残ってる国ってあるんですよ。
ここはね、やっぱり神話が残ってる国ってのはね、古いのよ。やっぱりすごく古くてですね。
いろいろと歴史をひもといていくと非常にですね、やっぱりその土地に目指したような部分があるんですが、
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ところがですね、同じようなことを語られてるんだよ、どこでも。
だからね、普遍の真理だったりするんだよね、ということですね。
でもなんでね、本来ね、このエッチ、性っていうのは神聖性なわけですね、肉体関係っていうのはね。
これがですね、歴史の表舞台から消えて隠されて変なふうになってきたっていうのかっていう、ここがですね、問題なんですよ。
これね、単なる道徳観の変化とかじゃ、そういう甘いもんじゃないですね。
人類におけるですね、やっぱりね、なんかね、管理したい側がいるわけですよ。
そういう構造とかさ、信仰ね、宗教に対する信仰が変わってきたとかさ、
あとはやっぱり人々の真相真理に目指して意図的なですね、書き換えが行われたっていうですね、こういう歴史があるんですね。
さっきにも挙げた古代宗明とかね、初期の神道だとかさ、この肉体関係っていうのはそもそも宇宙の創造エネルギー結びだったんだよということなのにさ、
でも中央集権的な国家体制っていうものがね、だんだんだんだん整ってですね、そうなるにつれてですね、
なんかこのね、実はこれ制御不能で強いエネルギーになるわけですね。
この団長のね、結びつきっていうのは、これね、管理する人たちにとってみれば危険だなというふうにも思われてきたわけですね。
なぜかというとですね、国家を維持するためには安定した労働力とか兵力だとかね、その確保がですね、不可欠なんですよ。
ところがですね、千切りっていうのがですね、個人の霊的な開放とかね、魂が成長していくだとか、
宇宙と一体化していくだとか、こういうのを目的としているご神事だった場合ですね、
人々はですね、ぶっちゃけどんどん開放されちゃうわけですよ。どんどん目覚めちゃうわけですよ。
みんな本来の自分を生きちゃうわけですよ。
社会的な視点だとか目線だとかですね、そんなものは気にしないようになっちゃうわけですよ。
これ困るわけですよ。
この辺を防ぐためですね、この性っていうのはですね、異例の制度ですね。
それから婚姻とかね、婚姻律っていうですね、こういう枠にですね、押し込められてきたんですね。
例えば明治以降の日本ですね、核調整っていうのを強めたんですね。
これはだから性のエネルギーっていうのはですね、軍事力とか労働力の再生産っていうね、
こういう国家の目的に直結させるためだという、こういう説もあるんですね。
でね、また現代とかはさ、生産業とかポルノとかね、エロ道家とかさ、これ普及させてさ、
これどうなのかと言うと人の精神性を劣化させちゃいますよね。
この辺も見逃せないわけですよ。まんまと私もやられてましたよ。
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本当にね。この辺はさ、やっぱりもうわかるもんね。
相手がさ、人として扱われるんじゃなくてさ、なんか快楽提供してくれる人とかさ、
消費の対象とかさ、抜いたら終わりみたいなさ、そういう感じにして人として扱われなくなっちゃうのよね。
すると相手の主体性で人としての主体性とか存在とか感情とか人格とか魂とか、
そういったものがですね、無視されてしまうわけですよ。
するとこれってさ、古来の千切りがね、相手との魂の結びつきを重視したわけでしょう。
だいぶ違うじゃないですか。真逆に触れてるぐらいの話ですね。
このような人の物価ですね。物、道具扱いね。
これは相互理解とか相互尊重に基づくね、人と人との関係性を築けなくなるので、
共感とか信頼だとか、そんなものが当然つながることができないよね。
どころか、先ほども言ったようにダンジョンの結びつきによって、
結局自分もまたですね、違ったエネルギーをいただきながら成長をするわけですね。
だからそういったものの欠如っていうところにつながってくるわけですね。
もう実際だから物価とか道具扱いなんか、実際SNSとかネット上ではそんなやりとり多いですよね。
このマッチアップだとかマッチングアプリとか生産業の普及はですね、
効率的で即時的な関係性を促進しますから、進めますから、
ダンジョンの長期的な信頼関係、これできなくなります。
愛情を築けなくなりますっていうことに、ここにつながってきちゃうんですよ。
これが結局人がどんどんどんどん退化していってるっていうですね、一つの側面なんですね。
で、お次はですね、宗教的な権威なんですね。宗教です。
中世以降の宗教構造というのは一神教的な価値観なんですね。
あとは金欲を美徳としてたんですね。
これは仏教の一部がそんなでしたね。
神とつながる手段はですね、教会の儀式とか特定の修行っていうのに限定されてたんですよ。
これもやりすぎだよね。本当にね。
ダンジョンの交わりっていうですね、誰もが日常的にできる行為っていうのがですね、
実はとても神聖な行為だっていうふうになってくるとですね、
既存の宗教そのね、権威とか存在意義がですね、失われちゃうんですよ。
結局人のご都合なんですよ。
だから性はですね、穢れ、罪だとか、あるいは定時の本能とか、
こういうことにしてですね、意図的に信者たちに緩くされたんですね。
こんな流れからですね、千切りの持つですね、
命の根源的な創造力っていうのをですね、個人の魂から切り離して、
社会制度の中にですね、閉じ込めてですね、
人をですね、管理しやすい労働力とか消費者にね、
作り変えたりとね、いうことを聞くように深く考えないように、
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そんな簡単に変われないようにっていうですね、
こういう側面があったみたいなんですね。
で、先ほど土地のね、土地だよっていうふうに言ったんですけど、
千切りっていうのはですね、土地の地でね、始まる千切りなんですけども、
そういう書き方もあるんですね。
地は土地なわけですね、土なんですね。
だから古来から世界各国で行われてきた農耕採取ですね。
だから豊穣祈願だとかね、そうなわけですね。
で、結局男女の交わりが豊穣祈願だったわけでしょ。
それは人間の生命力と土地の生産力っていうのがね、
結局一緒でしょとね、同じだっていうですね、
こっから分けれてるとされてたからなんですね。
天の木、天気がですね、地に注いで命、作物がですね、
生み出されるわけじゃないですかね。
天が1、土が2、2つが合わさって3、命、作物が生み出される。
先ほど言ったね、男女と変わんないですね。
男性は天であり、凸なんですよ。
女性は地、畑であり、墓なんですよ。
受けるものが土地なんですね。
我が国の場合、この男女の結びつきっていうのは、
この日本の国土に宿るですね、国津神さんですね。
地上の神ですね。
こう、高等深くつながってですね。
国津神さんは、
土地の秩序とか現実生活の営みっていうのを司る神様なんですね。
天津神さんは秩序とか当地を司るんですね。
国津神さんは人間社会の具体的な悩みや願いを叶える役割、
現実的とか実利的だとかね、
厳正利益的、こんな感じのものが強いので、
地利はですね、国土を現実的に支える人のための神様でもあるわけですね。
だからまたね、農家的なところから見るとですね、
深い信頼関係に基づく身体的な接触っていうのは、
オキシトキシンとかドーパミンとか、こういったホルモンが出るわけですね。
だから他者への共感を高めるだけじゃなくてですね、
自己の自分の免疫系をも活性化させるわけですよ。
つまりね、千切りっていうのは単なる個人の快楽じゃないと。
自らの心身を浄化して、
命の循環を円滑にするための自然の摂理ですね。
こういったものに基づいた、実はとっても医学的な知恵でもあったということなんですよね。
はい、まとめます。千切りはですね、単なる口約束を超えたものですね。
深い信頼、心を開き合ってお互いに受け入れ合ってっていうですね。
ここから始まって精神性ですね。
お互いの精神性や魂ですね。
エネルギーが交じ合う、高め合う、運命的な結びつきであるということですね。
ただ肉体を合わせるのではなくて、そこには魂同士の約束とか誓いとかも備わっていたりしますね。
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心を開き合って結びつきですね。
絆とか信頼関係を深められるからこそ、男女お互いの性が持つエネルギーを交換できると。
で、足りない部分をちゃんと補い合うと、補完し合うと、お互いの魂が成長できるわけですね。
またね、男女の結びつきはですね、霊的な重みを伴う約束なんでね。
神様の定めた縁、縁ですね。運命とか宿命の一部でもあるわけですね。
仏教ではこれ因縁って呼ばれてですね、神道では結びと呼ばれるので、
この辺は全てですね、前世とかですね、神様たちの意思によるものだということですね。
仏さんとかね、神様と人、仏さんと人、または人と人との間に結ばれる運命的な結びつきなんだよということですね。
心とか精神とか魂の結びつきっていうのが縁でね。
単なる契約とか合意だとか、ノリだとか、そんなんじゃないですよ。
そもそもご神事とも言えるような通行の儀式なわけですからね。
だからまあ現代的な観点から見ると体の関係するなんていうのはちょっとおかしいわけですね。
体の相性とか言っちゃってるでしょ。あの辺もだから流行らせた奴がいるんだよね。
どんどんどんどん人を落としていこうということで流行らせた奴がいるかなと思いますね。
逆よね、お互い心を開かなければ始まらないよって。心を開いて結ばれていくから、
ではどうなんの?つーと神聖性ですね。神聖性っていうのは真実の自分ですね。
神聖の儀式と神聖もありますけども、まことに正しい自分ですからね。
本来の自分、お互いが本来の自分であるというところをちゃんと結ぶ行為なんですね。
だからこれが宇宙の調和というところになってくるわけですよ。
さあ今日はですね、朝から霜の話をめちゃくちゃ真面目にしましたということでですね。
しかも20分超えてるわ。どんだけ熱入ってんの。
どうも長らく聞いていただきありがとうございます。
いつもより長くてですね、霜の話が長くてですね、大変失礼いたしましたけども結構真面目だったでしょ、そうは言っても。
こんな側面があるんだよということをですね、少しでもですね、
頭の中にでも入れてもらえればいいのかな、なんていうふうに思います。
ということで今日も最後まで聞いていただきまことにありがとうございます。
また明日お会いしましょう。それではバイバイ。