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#1749 区別出来ない人
2026-10-16 06:07

#1749 区別出来ない人

#1749 区別出来ない人
「全体主義支配の理想的な対象は、確信を持ったナチスや確信を持った共産主義者ではなく、事実と虚構の区別、真実と虚偽の区別がもはや存在しない人々である。」
ハンナ・アーレント、『全体主義の起源』より

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いします。
全体主義支配の理想的な対象は、確信を持ったナチスや、確信を持った共産主義者ではなく、
事実と虚構の区別や、真実と嘘の区別が、もはや存在しない人々である。
ハンナ・アーレント、全体主義の起源という本からですね。 このハンナ・アーレントという方はですね、女性だったはずなんでね。
全体主義の起源の中でですね、この言葉を残したんですけども、これはですね、なかなかこの特定、何を言ってるかというと、特定の思想に染まった人よりも、
何が本当で何が嘘かを判別する意欲、力を失った大衆こそが最もですね、統治しやすいという、これを言ってるわけですね。
これどうかというと、通常独裁体制はですね、強力な協議によってですね、人々を洗脳すると、こういうふうに考えられがちなんですね。
ところがですね、アーレントは逆の指摘をしてるんですよ。
熱狂的な人はですね、理論の矛盾に気づいた瞬間に離れていくと、反対していくと、反対もすると、だけど真実なんかどこにもないし、全ては操作された情報だっつって諦めて、思考停止してる人ですね。
無知な人も含めてなんですけども、こういう人々はですね、論理的な矛盾があってもですね、動じないんですね。気づかないということですね。
彼らにとって重要なのは、正しさじゃなくて、自分が安心できる物語とか、貴族感だとか、そういったものだからなんですね。
これは心理学で言うとですね、学習性無力感、これの社会版だと、こういうふうに言われてるんですね。
だからあんまりに多くの矛盾する情報に晒され続けるとですね、脳は自己防衛のために判断を放棄しちゃうんですよ。
その結果、事実検証っていう労力がかかりますから、これをポイッと捨ててですね、こういうのを大きいものの主張をですね、心地よい物語として、自分のものとして受け入れて、自分のものにしちゃうということですね。
で、次、全体主義が完成する段階においてね、やっぱり言葉の破壊ってのがあるんですね。
これ古代から伝わるね、知恵や言語学の視点で見るとですね、言葉は現実を形作る土台なわけですね。
だからこの歴史上、やっぱりこういうのいっぱいあったわけですね。
この意図的に言葉の意味を曖昧にされてですね、2点、3点、3点されてみたいなことをやられたんですよ。
日本でもありますよ、微妙に上手に言葉を変えて紛らわしてみたりみたいなことを結構やってますよ。
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例えば1984年ですね、ジョージ・オウェルのですね、ダブルシンクって二重思考ってね、これでも書かれてるんですけども、戦争は平和であるって、これ矛盾ですよね。
でもこれ同時に信じ込ませる段階に到達するとですね、人間は客観的事実を参照する力を失っちゃうんですね。
あとは最近学的に見るとですね、社会を一つの体とみなした場合、真偽の区別がつかない状態ってのは免疫系から見たらね、
自分なのか異物なのかを区別できなかった自己免疫疾患の状態に似てますよねっていうことになっちゃうわけですね。
そうすると社会の防御反応が失われて、外からの介入を無抵抗に受け入れてしまうというふうにもなるわけですよね。
アーレントの指摘がですね、やっぱりアーレントはすごい深くえぐるようなことをちゃんと言ってるなと思うんですけども、
これがですね、例えばマスコミとかテレビとかで語られないんですよ。
これは何でかというとですね、やっぱり消費社会とか経済活動の基盤に似てるからなんですよね。
真実よりもイメージとか事実よりも感情的な納得ってね、こういうのを優先させる人々の性質っていうのはですね、
やっぱりマーケティングとか大衆操作にとっては極めて小都合なんですよ。
だから人がですね、論理的に歴史的な文脈とかに照らしてですね、物事の判断してほしくない。
だから多くの作られた流行とかですね、短期的な熱狂をなるべく維持したいわけですよねっていう感じなんですね。
だからアーレントはですね、何を信じるかっていうことをよりもですね、我々がですね、事実をちゃんと見ようとしてるかとか尊重しようとしてるからとか、
きちっと見極めようとしてるかって、そういう意思を持ってるかっていうですね、これを問いかけてきてるなというふうに感じるわけですね。
だからもうSNSとかでよく見るですね、誰かの足引っ張ったりだとか、誰かにチャチャ入れたりとかそういうことではなくてですね、
やっぱりこの物事を見極める目ですね、感覚ですね、感性ですね、これを消すなよと。
それが平和的な、人間的な、理性的な抵抗なんだよということを言ってるふうにですね、思えてならないわけです。
ということで今日はハンナ・アーレントとですね、全体主義の起源からですね、一文ご紹介させていただきましたということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
また明日お会いしましょう。
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それではバイバイ。
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