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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
さあ今日は、2025年のおみそかでございますね。
皆様どんな年でしたか?
私は結構ですね、本当にまたあっという間でですね、充実しててですね、
自分がやりたいこともちゃんとやりながらですね、
来年にやっぱり繋がるようなですね、なかなか面白いお話みたいなのも結構ですね、出てきた。
そんなね、2025年でした。
皆さんはどうでした?自分が来年に繋がるみたいなんですね。
こういうような、何かいい種がですね、
まけたりだとか、それからあと芽が出たりだとか、そんなことありましたかね。
なんかやっぱりせっかくですからね、今年最後のこの1日をですね、
何かこう、いい形でですね、締めていきたいかななんて思うわけですね。
今日はですね、明日とか、明日3月2日だとかですね、
皆さんよく初詣に行くと思うんですけども、
初詣に行こう、初詣に行こうはいいんですけども、
神社とお寺の違いを知らない人って結構今多いのよね。
多いのよ。多いんですよ。
なにが神社で、なにがお寺で、どう違うんだみたいなね。
この辺をですね、今日ちょっとね、一応年の締めとしてですね、
お話ししたいかななんていうふうに思ってますね。
ご存じの方はね、ご存じの方で全然分かっているようでいいと思いますけどね、
一応お話しようかなと思います。
神社はですね、日本古来の神道ですね、古神道というところから始まってですね、
神道に基づいて、自然ですね、それからあるいは祖先を祀ってるっていうね、
人を祀ってるっていう場合もありますよね。
でもお寺っていうのはインド発祥なんですね。仏教に基づいてですね。
だから仏様をお祭りする場所なんですね。
だから神道か仏教かということですね。
もともと日本はアミニズム、世界全体そうですけどね、川とか山とか滝とか海とかね、
こういった自然ですね、自然崇拝というところからそこに手を合わせるというですね、
自然に意見の念を込めてですね、手を合わせるというところから始まってたりなんかいたしますんで、
その大元があっての、そこに社伝ができての神道、神様みたいなふうに思うといいかなと思います。
もともとがね。そこに特定の人物ですね、そういった人を神様、神格化してみたいな、こういうパターンもありますね。
でも仏教はですね、仏像があるんですね。
仏様ですね。釈迦如来ですね。お釈迦様ですね。
三田如来さんとかね。如来と言われるという方たちが結構お祭りされてますね。
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入り口はですね、神社の場合は鳥居がありますね。
でも仏教の場合は三門っていうね、門があるんですね。
そういう違いがありますね。
これね、なんでしょうね。
もともとはですね、神仏集合といって、同じエリア内にですね、神様も仏様もいらっしゃいましたから、
中にはですね、紛らわしいんですよ。
鳥居があるんだけども、なんでここに仏像があるんだみたいな、そういうこともね、あったりなんかね、全然するんですよね。
だからちょっとですね、この辺ね、分かりづらかったというか、紛らわしい部分もあるんですね。
で、参拝方法なんですけども、神社はですね、柏でですね、それから柏で打ちますよね。
でもお寺の場合は、礼拝においてはですね、手を合わせるだけなんで、手を叩かないんですよね。
ただですね、密教系のお坊さんの場合はですね、その儀式ですね、儀式の中でですね、お経を読みながらとか、その前にですね、印を組むわけですね。
その印はもう見せないように組んだりもしますからね。
自分で着物の裾で隠しながらですね、印結んだりとかするんですけど、
そういうときに手をですね、叩いたりだとかっていう方は、場合はあります。
あとは建築様式としては本殿ですね、神様が祀られている場所があるのが神道ですね。
本堂というね、仏像が本堂にあるのがお寺ですね。
宗教的な役割っていうのはですね、神様の御霊祀ったりだとかですね、っていうところが神社で、仏様の教えを説くというのが基本的にこのお寺なんですよ。
教えを説かれる場なんですね、本堂はね、っていうことなんですね。
一応ですね、ここからね、神社っていうのは気を整える場所ですね。
自分の気を整える場所なんですよ。
気を整えて前に進む力を宿すという場所なんですね。
こうね、自然そのものに宿ってる気を祀ったりだとかしてるわけです。
山、川、風、太陽、あらゆる多いのに自然の力ということですね。
人の願いというよりは、だから整えるとか清めるだとか、いわゆる心の曇りを払うということですね。
だから自分の気が濁ったときですね、それから決意固めたいときとか、そういうときにいいわけですね。
気が濁るとかっていうのは何なのか、ずっと人との関係に疲れたとかさ、空気をよどむ場所にいたとかさ、自分分かんなくなっちゃったとかさ、ストレス溜まっちゃったとかさ、そういうときっていうのはだいたい気が濁ってますから、そういうのを清めるために行くという感じですね。
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行ったときはまず感謝からなんです。
お願いはぶっちゃけしちゃだめです、神社もお寺も。そんなお願いをする場所じゃないですよ。
そもそも今日まで無事に生きてることへの感謝であったりとか、今日来させて、無事にご大満足で来させていただいたことへの感謝とか、こういったことをちゃんと伝えるだけでいいです。
これだけで、これがもう本当に目的でもいい。
そもそもですけども、取り潜ったりだとか、手水で清めたりだとか、気を感じてみたりだとか、空気に身を置いてみたりだとか、その空間にいるだけでいいんですよね。
そこでぼーっとしてもいいんですよ、本当に。
それがお祓いになりますから。当然、薬用刑とかお祓い受けるとかしたいかったら、そういうのもしていいかなと思うんですね。
先ほども言ったように、願いよりは宣言なんですね。宣言の場なんですよ。
なので、藤井浅間神社って書いて、あれ宣言神社って読むでしょ。宣言しに行く場所が神社なんですよ。
だから、こうなりますようにではなくて、こうしますという覚悟を伝える場所なんです。
例えば、熊野本宮であったりだとか、あちらのほう、今外国人の方が本当に大勢いらっしゃっていて、熊野古道とかいらっしゃいますけども、
あちらのほうにカラス文字っていうもので書かれた紙が売ってたりするんですね。
そのカラス文字で書かれたその紙に、自分でこれこれこうしますっていうふうに宣言して書くんですよ。
これをもし破った場合は、命取られるみたいなんですね。
昔はそんな話があって、これ今でも売ってますけどね。そんな話があるぐらいなんですね。
だから、こうしますという覚悟をちゃんと伝えに行く。
自分がどう生きるかっていうのを、どうしていくかっていうのを神前で明確にするから、自分の気の方向性がちゃんと定まると、そういうことなんですね。
一方、お寺は心を整える場所なんですね。
道外さないとか、間違えないとか、そういう力をちゃんと宿す場所ですね。
だから人の心を見つめるための場所なんですね。
これはだから仏様の教えがありますから、その教えを通して自分の苦しみの正体を理解したりとか、
自分の心の働きを知ったりだとか、迷いをどんどんどんどん解いていく、そういう場所ですね。
だから、外側でどの子のよりは自分の内側に深く潜っていく場なんですね。
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なので、心が見慣れた時とか、迷いを解きたい時とか、解きたい時とか、感情や思考の癖を見直したい時とか、
内観とか、自己対話だとか、そういったことをしたいなっていう時には、打手付けだったりするわけですね。
なので、あと感情ですね。不安とか怒りとか、悲しみとか孤独とか、心ざわつく時とか、
こういうような時に行くと心の波が自然に静まる、そういう空間でもあるということですね。
先ほど自分の内側と向き合うということをお話ししましたけれども、
読経であったりとか、お経を読んでみたりとか、鐘の音とか、お香の香りとか、ろうそくの炎って、
こういうのは心をちゃんと一点に戻す働きがあったりとか、あるいは心の誇りを払う効果があったりとかするんですね。
なので、自分の思考のくせに気づきやすくなったりもするわけです。
なので、願いよりは気づきを得る場なんですよね。迷いを抜ける知恵を授かる場なんですよね。
なぜ今この苦しみが自分の中にあるのかなとか、自分はどこでどうつまずいているのかなとか、
こういう問いですね、疑問ですね。これを持ちながらお寺に行く。
いると、だんだんだんだんその心が整い始めるということなんですね。
だから、ゆっくり座っていればいいんですよ。本堂に座って、呼吸を整えて、
ただただ静かに自分の内側を感じる、自分と対話するだけでもいいんですね。
お寺というのは急がない場所なんですね。
だから、ずっと長い時間かけてそこにいるということで、十分整っていくようなそういう場所なんですね。
だから両方とも言うと、願いを叶えるため。
多軸でしょ、それって。誰かに叶えてくださいみたいな。
多軸の場所じゃないんですよ、基本的には。
というか、人間基本的にそうなんですよね。本当に。棚からボタンを押すとかじゃないんだって話なんですね。
だから、そういう場所ではない、まず。
だから、双方ともその願いがどこから出てるんですかっていう、何が理由なんですかっていう、
そういったところに自分で気づいたりとか、確認をしたりとか、
あるいは自分でこうしていきたいっていう希望が出てきたときには、
覚悟を決めて宣言するためにある空間なんですよと、そういうことなんですね。
だからもう感謝ですよ、本当に。
もう明日とかあさってとか言ったら感謝ですからね。
もうそれだけで十分なんですから。
ということで、本日最後、2025年のラストの収録とさせていただきます。
本年も本当にいろいろとこんなおじさんのお話にお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。
もう皆さん、いいねくださってる皆さんとか、ちゃんと確認はさせていただいてますので、
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いつもいつもこのぐらいの時間にいいねくれるのやとか、
今日ちょっと遅いのねとか見てるんですよ、ちゃんと見てるんです、本当に。
それで一人一人にありがとうございますねって心の中で思っております。
来年もこの調子で大西さん勝手なことばっかりいろいろとお話しますけども、
飽きずに、飽きさせないようなお話ししなきゃねとは思うんですけども、
飽きずにご拝聴いただければ幸いです。
本当に本年もご拝聴いただきありがとうございました。
また来年もどうぞよろしくお願いいたします。
ご拝聴いただいているあなたの今年があとわずかですけども、
素晴らしい形で締まって、そして来たる2026年がこれまた素晴らしいものになりますように
心から記念しておりますということで、最後まで聞いていただきありがとうございました。
ガンタンも行くよということで、また明日よろしくお願いいたします。
それではバイバイ。