今週のゲストはドナリー・ヤスコさんです。どうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ヤスコさんと私はいつ会ったんだっけ?もう2年ぐらい前ですか?3年?
そうですね。3年近く経つかな。
今年で3年目ぐらいかもしれないですね。
そうですね。
通訳の仕事でご一緒させていただいたのがきっかけなんですけど、まず最初に簡単な自己紹介をお願いします。
自己紹介、はい。ドナリー・ヤスコと申します。
カナダに来て、今年で丸20年経ちまして、海外に出て24年目になりまして、これ言ったら年バレちゃうんですけど、人生半分超えちゃったなと思っているところです。
最初に、カナダに来て20年、でも海外、最初の4年は違うところにいたんですか?
最初の4年はアメリカです。
留学してたとか?
そうです。留学って言うんですかね。留学って言うんでしょうか。
ハワイにいたので、あまりアメリカと言っていいのかどうか微妙なところなんですが、楽しかったですよ。
で、カナダに来た経緯っていうのはどういう感じなんですか?
経緯はびっくり、アメリカでカナダ人と出会ってしまいまして、
そうか。
そうなんです。もともと寒さが嫌で、おこなつに引っ越そうということでハワイに行ったんですが、びっくりカナダ人と出会ってしまって、
寒いところの人。
冬の雪国に来てしまいました。
でも雪国って言ってもね、PCはまだないですけどね。
で、それが20年くらい前ってことですね。
そうですね。
私はね、今回安子さんに来てもらいたかったのは、安子さんの波乱万丈な人生の話を皆さんに聞いて欲しかったんですけど、
じゃあね、どこから行きましょう?
最初のハワイでカナダ人の方と知り合って、結婚されたんでしょうね、結局。
そうです。結婚して、それをきっかけにカナダに引っ越してきたんですけれども、バンクバに引っ越してきたんですけれども、
お子さんは今何人いらっしゃるんでしたっけ?
1人です。私の子供は1人です。
そうですね。で、子供が生まれ、2004年に子供が生まれて、
で、2006年にその旦那さんが交通事故で亡くなってしまいまして、
で、まあどうするかなっていうか、
その時はお仕事とか何されてたんでしょう?
私は知らなかったです。旦那がデベロッパーをやってて、土地買って家建てたり直したりして、
小市で売るみたいな仕事をしてて、で、もう私は完全に専業主婦を育て中っていう感じだったんで、
え、じゃあ旦那さんが亡くなった時、お子さんは?
2歳です。
2歳か。
ちっちゃいね。
2歳になったばっかりの時で、
で、2歳児抱えて、カナダで仕事はないし、
まあどうするんだという感じだったんですけど、
で、まあね、親とかはもう今すぐ帰ってきなさいって言う感じだったんですよ、もちろん。
だけど、こっちの家族もいるし、一応ね。
で、息子を亡くして、孫までいなくなったらちょっときついだろうなと。
で、まあいろいろ処理もあったんで、旦那の仕事関係の処理もあったんで、
そのままここに最終的にいることを決めて、っていう感じですね。
で、結局じゃあその後、自分で仕事を見つけたんですか?
いや、その後、旦那の仕事関係ですごい処理が大変だったんですよ。
リノベーション中の家とかもあったんで、終わらせて売らなきゃいけないし、みたいな感じで結構時間かかってて、
で、売るときにステージングといって、家に家具入れたりとか、ちょっと綺麗にショールームみたいにして売ったほうが高く売れるので、
そういう例をやったら結構好評だったんですよね。
不動産屋の方とかから、すごいじゃないって言われて、これ仕事になるんじゃないのかなみたいな感じで、
で、そんな軽いノリで、そのショールームを作る会社を自分で起こしてですね。
そうなんだ、すごい。
子育てもしなきゃいけないんで、9時、5時で毎日働くっていうのはちょっときついなということで、
両立できるように自分でその会社を始めて、子育てをしながらやってきた。
すごい。
で、その後はショールームとかを作る、そういう仕事をしてるもんなんで、みなさん家を売りに出すわけじゃないですか。
で、売るときに家具を入れて、綺麗にして、で、はい売れたらみんな引っ越すんで、
引っ越し先のリノベーションとかをやってくれないかっていう話が徐々に入ってきだして、
で、例えば新しい家に引っ越すんだけど、引っ越す前に壁の色変えたいのよね、キッチンを改装したいのよねっていう話が入りだして、
で、そっちをやるようになって、だんだんリノベーションとかデザインの仕事が入ってきだしたので、
インテリアデザインとか。
そうですね。なので、ステージングを始めた時に、オンラインで全部コースを取って、インテリアデザインのコースを取って、
なので、少し知識はあったんで、それからどんどんどんどんそっちに行くようになりまして、
で、ステージングとデザインを続けてずっとやってきました。
今もでもインテリアデザインとかやってますよね?
やってますやってます。
じゃあもうその会社も今できてどのぐらいですか?
できてどのくらいでしょうね?
どのくらいなのかな?10年ちょっと経ちますね。
10年以上経ちますね。
15年?
じゃあなんかこうやっぱりそういう才能があったんですね?
才能っていうわけじゃないと思うんですけど、
まあちっちゃい頃から家見に行くの好きだったんですよ。
家のショールームとか行くのすごい好きで、
で、なんか子供ながらに図面じゃないですけど、
ここにキッチンがあってこっちに何とかがあったらいいんじゃないかみたいな、
そういうことをよくやってたんで。
いやでもね、モデルルームとかショールームに行くのが好きっていう人はいっぱいいると思うんですよ。
私も好きだし、全然家買わないけど、オープンハウスとかあったら行ってみようよって、
近くとかだったら、なんか冷やかしたこととか何回もあるし、
買う気ないのに。
だからそういう人はいっぱいいると思うんだけど、
かといってじゃあ私にインテリアデザイナーになる、
なんていうの、才能があるかって言われたらそんなないと思うし、
だからやっぱり向いてたんじゃないですか?もっともっとね。
まあ興味もあったし。
まあ好きが講じててる感じですかね。
それで、その後は?
その後はですね、デザインの仕事をしてる時にですね、
お客さんに、お客さんと仲良くなって、
ある一人のお客さんと仲良くなってですね、
そのお客さんのことは前から知ってたんですけど、
お客さんになったんで会う機会も喋る機会も多くなって、
で、その人と付き合いをするようになりまして、
で、仕事も普通にしながらお付き合いをしつつ、
彼は3人子供がいたんで、
3人か。
3人男の子がいたんで、
うち含めて一気に4人になりまして、
男の子ばっかり。
男の子ばっかり。
で、当時4人ともアイスホッケーをしてたんで、
すごいな。
すごい、デートもクソもないというか、
毎日誰かがホッケーの試合がある。
洗濯とかすごいでしょ?4人男の子が。
すごいですね。
洗濯機一日中回ってるんじゃないかみたいな感じで、
で、リビングどこかにもホッケーの用具が干されて、
っていう毎日が続いてですね。
で、無事皆さん元気に育ってますけど、4人とも。
彼はですね、家族で何か一緒にやりたいタイプの人だったんで、
子供も含めて。
デートといえばホッケーを見に行くっていう日々が続き、
で、休みになって春休みとかになると、
じゃあ全員でできるスポーツをやろう。
スポーツが好きな人は?
スポーツ好きでしたね。
で、よくスクワッシュとかしてて、
で、家族のスポーツとして、
カイトサーフィン。
彼が好きでやってたんですけど、
で、それで子供たちも全員習わせてですね、
で、私も習い、
で、休みになると家族全員でカイトサーフィン。
楽しそう。
楽しかったですよ。
メキシコにすごい風のいい場所があるんで、
それどこまで行って、
で、もうビーチで1日中カイトサーフィンして、
ビール飲んで、みたいな。
そんな感じのバケーションでしたね。
なんで別に、なんだろう、
どこ行くのも必ずカイトサーフィンがついてくるみたいな。
カイトサーフィンで、サーフボードとカイト?
そうです。カイトをすごい大きいカイト、8mとかあるカイトを広げて、
で、星のところにくっつけるんですよね。
その紐で、それでサーフボードもしくは、
もう1個のボードはスノボみたいな感じの形をしてるボードがあるんですけど、
で、それに足をくっつけて、
スノボに似てるかな、ボードとしては。
それで風、カイトを操りながら風に乗って、海の上をボードで動くと。
それって普通のサーフィンよりも難しいのかな?
風によるので、難しいんですよね。
ちょっとカイトの扱いを誤ると、一気に飛んでってしまうので、
そうか、引っ張られちゃう。
引っ張られて飛んでいったりとか、
カイトが突然、風が入らなくなってパタンと倒れてしまうこともあるので、
カイトの操りみたいなのを最初すごい練習して、
で、やっぱり子供たちは若いので上達が早くて、
私が一番遅かったかな、上達するのはっていう感じで。
子供たちはね、男の子たち、元気もあるし、怖いもの知らずなんで、
それでなんかすごかったですよ。
みんなやっぱすごいなと思って、飛んだりしてましたね。
飛んだり、子供とか特に軽いからね、引っ張られそうな気しますけどね。
そうなんですよね。
体重によって、子供の体の大きさによって、カイトの大きさを変えるんですよ。
で、大きいカイトの方が飛ばないんですよね。
ちっちゃい方が飛びやすくなる。
面白い。
で、もちろんその時はもう再婚されてたってことでしょ?
いや、うちは赤を入れてないです。
あ、そうなんだ。
こっちではよくある。
コモンローってやつですね。
あ、コモンローか。
それがいつ頃の話ですか?
えっと、出会ったのが2015年ですね。
2015、15の頭くらいかな。
今からそういうお付き合いというか、家族、新しい家族の生活みたいな感じになってですね。
で、うちの子にとっては良かったんですよね。
新しくお父さんじゃないですけど、一応男性がいて、兄弟的なものもでき、
なのですごくにぎやかで楽しい毎日だったんですけど。
その時お子さんは何歳くらいですか?
何歳くらいでしょ?
中学生。
そうですね、10歳、11歳、うちの子が11歳か。
で、向こうが一番上が17?
2年ってめっちゃ短い。
ただ、その病気のことでいろんな人にお会いしたんですけど、
そのALS関連の人に、半年で亡くなった方とかもいらっしゃいました。
え、でもその旦那さんが診断された時点、
2019年の4月の時点で、安子さんでもALSとか知ってました?
知らなかったです。アイスバケット中でだったじゃないですか。
で、あれがALSなんですよね。
だけど、私はそのつながりすらなくて。
あれっていつ?あれパンデミックの頃だっけ?
いや、それよりも結構前。
前なんだ。
やってましたね、あの氷水をかぶるやつ。
そうです、そうです。
で、でもそれがALSだということも、私の頭の中ではつながってなくて、
で、それからALSってなんだっていうのも、
とにかく調べだして、どこかに薬はないのか、みたいな感じで。
で、いろんな国によって、
強化が出ている薬があったりなかったり、あるんですよね。
で、カナダになくて、日本にある薬というのがありまして、
別にほら、それで治るわけじゃないんですよ。
進行を遅くするっていう薬なので、
息つくところは一緒なんですけど、少しでも長生きできるように。
で、日本でそういう薬がある。
で、それを輸入している、個人でね、輸入して、
こっちで病院に行って、その薬を検定器で入れてもらっている人とかもいるんですよね。
で、じゃあそれをしないかっていう話になって、まず。
で、偶然うちの実家の近くの病院で、その薬をやっているというところがあって、
で、うちの父にそこに行ってもらって、
で、送れないかと薬を。
で、それが行ったらそこで治療ができないかって話をして、
で、まあ日本に行く話を最初はしてたんですけれども、
その時にアメリカのサンフランシスコにある病院で治験が行われている。
新しい薬が。
で、そこにもじゃあ募集、応募をしてみようって話になって、そこにも応募したんですけどね。
で、そうするとその治験の方にうっかってしまって、いいですよってOKが出たので、
ただこの治験に参加するイコール、その日本の薬は使わないでください。
なるほど。
じゃないとそのどっちで効果が出るかがわからないので、
で、どちらか選択してくださいと言われまして、
で、まあサンフランシスコの治験の方が、
ハイテクというか、今までで一番最先端をいったものだということだったので、
じゃあそっちにしようという話になりまして、
で、それはですね、背中の後ろから手術をして穴を開けたんですよね、背中の背骨のところに。
で、脊髄の液を取り出してですね、
で、それに何か薬を混ぜるのか何にもするのか知らないですけど、
何かそういうことをやって、その混ぜたものをもう一度脊髄に戻すという。
めちゃめちゃ痛そう。
痛そうでしょ?痛いですよ。
で、まあ眠ってるからいいですね。
まあね。
で、まあそのために、じゃあまず検査をします。
先生に会います。
で、次はじゃあ脊髄液を抜きます。
で、また戻って、はい脊髄液を入れますっていうことがずっと行われてたんで、
2週間に1回サンフランシスコに飛んで。
そうなんだ、すごいな。
で、まあね、私も仕事してるし、彼も仕事があったんで、
で、まあもう私はそれをきっかけに、もう私はもうちょっと完全に仕事やめよう。
で、完全に仕事をやめ、まあ子供たちの世話もあるし、
で、まあ彼は会社に行きながら、
まあリモートでやったりなんだかんだしながら、仕事を続けて、
で、そうですね、2週間に1回、で、1人で飛ばないでくださいって言われてたんで、
まあとにかく誰か一緒に、私がまあ基本的に私が一緒に行ってたんですけど、
まあ子供たちもそれなりに大きかったんで、
まあ子供たちにも日帰りの時は子供に一緒に行かせて、
泊まりになる時は私が行ってという感じで、
その生活をずっと続けてまして、
それはどのぐらい続いたんですか?
いや本当だったら1年半とか続ける予定だったんですよ。
ただ2020年の頭に、
まああのなんだろう、だんだんちょっと歩くのもぼつかなくなってるっていうか、
杖とか必要なんじゃないっていうぐらい結構な勢いで、
あの筋肉が衰えてきているのが分かって、
でまあいろいろ、なんか最先端のなんか三輪車みたいな形をした歩行器とか、
なんかいろいろ探してきてですね、いろんなものを試していた時だったんですよね。
でまあ一番、体をずっと動かしておいた方がいいだろうし、
ということで、週末になるとプールに行ってたんですよ。
でそのプールに、2020年の1月に、
じゃあプールに行こう。
でプールに行きました。
プラマ止めました。
歩行器出しました。
で歩行器で一人で行こうとしてたんですよね。
なんて言うんだろうな。
彼は一人で行ってたんだ。
まあ私もいたんですけど、私は車をなんか閉めたりなんとかしてて、
一緒に行ったってことね。
一緒にいたんですけど、待ってて、待ってなかったんですよね。
一人で、大丈夫大丈夫一人で途中まで歩けるからみたいな感じで、
行ったらそこで転んでしまってですね、
思いっきり頭を打って、
でもうなんか大出血になって、
でそのまま救急車で病院に運ばれ、
でまあ頭は大丈夫だったんですけど、
ただ病院はALSだということを言ったので、
治療、最低限のことしかしてくれないんですよね。
もうなんて言うんでしょう、
体が回復する体じゃないことがわかってるじゃないですか。
ALSだから、回復をしないからリハビリとかをする必要はないと。
するだけ無駄だと言われ、
いやいやいや、だってね、みたいな、
もう私たちはすごく納得がいかなくて、
それは納得いかないですよね。
それで理学療法をしつけてくれとか、
作業療法しつけてくれとか、
もうとにかく、
たぶんすごい嫌な患者だったと思うんですよね、
病院からしたら。
でもさ、なんか、やっても意味ないからとかって、
そういう言い方もなんかすごい。
でほらね、ここBCって医者も足りないし、
まあね、リソースが足りないのはわかりますけどね。
そう、わかるんですけど、
それでなんかもう結構ほったらかしにされたんで、
すごい頭に来て、
でまあとにかくやってくれるものは全部やってもらおうと思って、
食いついて、いろいろ、
まあ最初は多少やってくれたかな、
言わないよりはやってもらえたのかもしれないですけど、
でまあそんなことを言っているうちにですね、
2020年のコロナが来まして、
なんとも言えないですけど、
うん、そうね。でも、
靖子さんは彼がそうしたかったから、
なんていうのかな、それでよかったっていう言い方も変だけど、
なんかこう、悔いはないみたいな感じですか。
どっちもどっちかね。
彼の意見を尊重してあげたかったんですけど、もちろん。
今でも思うのが、やってなかったら、あれから例えばあと半年あったら、
なんかもう少し何かできたのかなとか、
例えばね、
あのままの状態で、例えば卒業式まで行けたんじゃないかとか思うと、
ちょっとうーんとも思うんですけど、そんな保証もないんでね。
微妙なとこですね。
いやー、もうすごい。
っていうか、最初の旦那さんも事故で亡くなって、
2人目のパートナーさんも。
ただね、思ったのは、私一番最初に事故で旦那が亡くなった時に、
いや、病気だったらまだ話ができて亡くなるから、
その方がよかったってずっと思ってたんですよ。
ね、事故は本当に何の予告もなく。
最初の旦那さんの時は、病院に駆けつける暇とかもなかったんですか?
治療する暇とかもなかったんですか?
えっとですね、その時、修理をしてる家が7位もバンクバーアイランドにあったんで、
彼はバンクバーアイランドに行ってたんですよ。
で、ここで交通事故で亡くなって即死だったんですよね。
で、バンクーバーにいる私のところに警察がコンコンコンって来て、
なんで警察が来るんだろうと思って、座ってくださいって言って亡くなりました。
で、よくわかんないパニック状態でフェリーに乗ってバンクーバーアイランドに行ったので、
病気とかだったらまだ良かったなって思ってたんですよ、当時は。
で、実際2人目、病気、どっちもどっちですね。
それは何?
またこれも言い方変だけど、望みが叶ったじゃないけど、
2人目の場合は時間があったわけですよね。
そうですね。だからまあ、これは亡くなる前にはやりたいとか、
この話はしときたいとか、
そういうことは全部できたんで、ほぼできたんで、それは良かったんですけど、
なんかそういう話を日々しながら1年以上過ごしていくのって、
すごい精神的に結構きついものがあって、
結構じゃなくて、めちゃめちゃきついと思う。
なんかその、なんていうの、自分でも自覚できないけど、
それは長期的なトラウマになると思うんですよね。
なるでしょ?
なってると思います。
で、そんな臓器の移植に関しても、テストをして、
じゃあ書類を集めてとかするんで、
死ぬ、なんて言うんだろう、
亡くなる方向に行くための準備を私がしてるっていうのが、
なんともすごい複雑な気持ちで。
いや、すごい。
いや、本当にすごいとしか言いようがないんだけど、
でもそれを、それがきっかけで今のお仕事を、
インテリアデザイナーとまた別に今アクセシビリティの、
アクセシビリティコーディネーター?
コンサルですね。
ごめんなさい、アクセシビリティコンサルタントのお仕事もされてるんですよね。
そうですね。
車椅子に乗ってるときに、
結構車椅子でも行けますよみたいなホテルとかも探して、
1泊2泊旅行に行ったりとかしてたんですよね。
で、使えますよ、車椅子でも大丈夫ですよって書いてあるのに、
実際に行ってみるとそうでもない場所っていうのが結構あって、
で、そのたんびにもうなんか私が一回一回イラッイラって、
書いてあるじゃないか、みたいな感じで。
いや、わかる。私でも絶対イラってくると思う。
結構キレててですね。
で、それがきっかけでいろいろ調べだして、
いや、これをちゃんと審査する人はいるべきでしょ、みたいな。
で、まあ調べていくうちに、
そうするとその審査をする人が世の中にはいるんだということがわかってですね。
で、まあ亡くなった後に免許を取ろうと。
その審査をする人になるために免許を取ろうという話になってですね。
だからすごいありがたいことに、
亡くなるのがわかってるもんだから、
僕が亡くなったらこれをしなっていう、
一年間くらいの計画を、計画っていうか別にそのままやらなくてもいいけど、
こうしたらいいよっていうのを結構準備してくれたんですよね。
プランを立ててくれて彼が。
で、まあその中にじゃあこれもしようっていう話になって、
で、まあ亡くなって、
そのリックハンセンファンデーションっていうところがあるじゃないですか、
財団、リックハンセンの財団がやってるアクセサビリティの審査をする。
ビルとかに行ってですね、今のアクセサビリティ状況はどうなのかっていうのを全部審査して、
その冒頭を出して、
で、より良くするにはこういうふうにできますよっていう、
イノベーションのプランとかを出してですね、
免許取りまして、今はその仕事もしながら。
いやー本当車椅子ってかなり場所取るでしょ、あれって。
取ります、取ります。
で、それこそホテルとか家とかで、段差がないから大丈夫ですって言ってても、
回転するのに場所がいるんですよね。
だからただ段差がなければいいっていうのじゃなくて、
こう動けなかったら入れないしね。
そうなんですよね。
で、あとは私はもともとね、車椅子のことしか考えないでこの仕事を始めて免許取ったんですけど、
車椅子だけではなくて、やっぱり目の不自由な方、耳の不自由な方、
あとはお年寄り、足腰が弱ってる場合、
例えば子供でもそうですけど、スポーツとかで足怪我した、骨を切った、
腕が動かない、腰が痛い、
全部そういうのも障害の一部というか、使いづらいくなるってことが多々あるんで、
なので、その免許取った時にすごい色々学ばせていただいて、
1回学ぶとですね、どこに行っても目につくんですよ。
細かいことがいっぱい。
めっちゃわかる。
今ね、安子さんには私が月に1回出しているBIネットワークっていうニュースレターにコラムを書いていただいてるんですけど、
私もやっぱりすごく覚えて、毎回面白いんだけど、
ねえ、ねえ、ほんとほんと。
でも、今そういう仕事とすごい、なんていうの、需要があるでしょ。
そうですね。需要が、まあ、9人も結構してるんで、需要はあってほしいなと。
もっと増えてもらいたいなと思ってますけど。
なんか、私と靖子さんがやってることは全然違う業種なんだけど、ある意味ちょっと似てる。
違う人の目線でものを見る。
私はなんか文化とか、文化的な視点で見る。
これはだから、白人の人が読んだらこれは普通かもしれないけど、
日本人が読んだらちょっとこれはどうなのとか。
それを靖子さんの場合は、建物とかインテリアとか施設とか、そういうコンテクスで見てるわけですよね。
そうですね。で、文化の部分も入ってくるというか、
例えば、東京の建物、コミュニティセンターだったりとか、お店もそうですけど、
例えばトイレのマークを、トイレって英語で書くと読めない人は中にはいるわけじゃないですか。
そうですね。
でもこれをトイレのマークにしてあげると、図にすると、言葉関係なくみんなわかる。
みんなわかるっていうね。
すごいシンプルな単純なことなんですけど、
そういうことで、いろんな文化の人にも合う世の中ができるというか。
素晴らしいですね。
いろいろ話を聞いてたらすでに1時間経ってるんだけど。
そうなんです、あっという間に。
じゃあ最後にちょっと質問をしたいと思います。
これまでかなり大きな試練を何回も拝見してこられたと思うんですけど、
これまでで直面した最も大きな試練は何でしたか?
そしてそれをどうやって乗り越えましたか?
うーん、何でしょうね。
一番大きなっていうのは、最初の旦那が亡くなった時ですかね。
やっぱりそれが一番ね、ショックもある。
もちろん介護をやったこともすごい大変だったんですけど、
介護やってる間って相手まだいるんで、
一緒になんか頑張ってる感があったので、一人じゃない?
確かに。
だけど亡くなった時はその子供を抱えてこれからどうしていこうっていうのが一番大変だったかな。
うん、わかる。
そうですよね。
ありがとうございます。
じゃあこれから10個あんまり深刻じゃない質問をするので、
あまり深く考えずに答えてください。
すいません、なんかもう重くなっちゃって。
いやいや、全然大丈夫です。
じゃあ一番、飽きずに何度も見れる映画は何ですか?
映画?
テレビでもいいけど。
テレビ、今ですね、めちゃめちゃ何回も見てハマってるのが、
トイトルウォトスという。
シーズン1?
シーズン3。
シーズン3まで出てるんですけど、何回見たことか。
あ、そうなんだ。
未だに見返してますけど、すごい奥が深いというか。
なんかあの、みんなが、あれさ、なんていうのかな、
みんながリッチですごいハイエンドのリゾートに泊まってて、
なんかもうドラマの世界でしかないとか思うんだけど、
やっぱりその、ああいう、一昔前だったらそれこそパリス・ヒルトンとか、
キム・カーナーシャンとかもそうか、
いわゆるセレブな人が出てくるテレビとかって、
なんかちょっと批判されたりとかもするけど、
でもね、なんか変にリラックスできるとこがないですか。
なんかこう、お金持ちの人の生活を見るっていうのが、
もちろんくだらないとことかもいっぱいあるんだけど、
あれなんなんだろうか。
なんなんでしょうね。
私ね、セックス&シティがまさにあれで、
なんか、超お金のあるニューヨークの人たちで、
ほんとブランドの服とか着てて、
ちょっと資本主義とか考えだすといろいろアンチになりそうなんだけど、
なんか見ちゃうね。
楽しんでいる自分がいる、ああいうのを。
現実逃避か。
現実逃避もあるのかな。
あとはあれですよね、お金があってもいい生活、
外から見るとすごいよく見えるんだけど、
開けてみると、家族ですごい問題があったり、
ドロドロにしていたりね。
なんか、しょせんみんな人間なんだな、みたいな。
それでちょっと慰められるっていうかね。
慰められる。
なるほど、ありがとうございます。
OK、じゃあ2番、今何を読んでいますか?もしくは最後に読んだ本は?
私、本読まないんですよ。
ああ、そうなんですか。
そうなんです、ポッドキャストを聞きまくってるので。
じゃあ、なんか最近気に入ってるポッドキャストは?
最近気に入ってるポッドキャストは、
えー、なんだっけな、サイモンなんとかっていう人の。
サイモン・シネック?
そうです、そうです。
有名な人ね。
オプティズムっていうやつですね。
えー、あの人もポッドキャストやってるんだっけ?
はい、やってます。
オプティズムっていうポッドキャストがあって、
それはなんか、すごい毎日、毎日でもないのか、
3日に1回くらい出てくるのかな?
すごいタメになったり、面白い話もしてくれて。
結構モチベーションもね、上がる。
そうですね。
えー、ちょっと聞いてみます。
はい、聞いてみてください。
OK、じゃあ3番、座右の銘は何ですか?
座右の銘?
うん。
七転び八起き。
お前はまさに、安子さんの人生そんな感じね。
うん、でもすごい、私も好きな言葉ですけど、すごくいいと思います。
えー、じゃあ4番、何が怖いですか?怖いものは何ですか?
怖いもの、うーん、どうでしょう。
怖いものは、え、これ蛇怖いとかそんなこと言うの?
あー、なんでも、蛇。
蛇とか嫌ですね。
蛇年だけどね、今年ね。
OK、5番、最後に泣いたのはいつですか?
最後に泣いたのはいつですか?
うーん、いつだろう。結構…
覚えてないぐらい、昔、前ってこと?
いやー、じゃないですね。結構泣いてますね。
結構泣くから覚えてないっていう感じかな?
そうです。あの、なんだろう、泣くなってから、普通に生活をしてて、
突然ふと何かを見た時に、とかいうのがあるんで、結構泣いてると思います。
うんうん、わかるわかる。突然来るもんね、ああいうグリーフっていうのは、本当に。
わかります。
えー、じゃあ6番、無人島に島流しにされました。
で、1個だけなんか持って行っていいって言われました。何を持って行きますか?
船とか人とかスマホとかはダメです。
えー、犬。
犬?犬大丈夫ですか?
犬って言った人はいなかったな、今まで。犬か。
でも犬とか一番いいような気がする。
人間のベストフレンドって言うしね。
寮とかもできそうじゃない?
なんか、あの鳥捕まえてこいとか、レス捕まえてこいとか。
そっか、犬か。犬って言った人、今まで一人もいない気がする。
あ、そうですか。
おもしろい、ありがとうございます。
じゃあ7番、どんなことがあなたを脆く感じさせますか?
これは日々感じることなんですけど、
仕事とかしてて三つ盛り出したり、
あとデザインが自分の中ではこれで完成だと思って提出するときって、
一番ドキドキするというか、
これで何これって文句言われたらどうしようみたいな。
いや、ものすごくわかります。
それですかね。
いや、それ多分同じように感じる人はいっぱいいると思います。
すごい。
じゃあ8番、自分の力で変えられることが一つあるとしたら何を変えますか?
世の中にってことですか?
まあそうですね、自分のことでもいいですけど。
なんだろう、もう思いつかないですけど、
今の話の流れから言ってですね、
なくなるってことを、もうちょっとオープンに話せる社会ができたらいいなと思うんですよね。
いいですね。
今ね、日本だと就活とか、
英語圏でも多分、就活に当てはまることがわかんない。
エンドブライフプランニングとか言うのかな、多分。
少しずつ出てきてる感じはしますけどね。
避けられないことなんでね。
確かに。
みんな今、we're actively dyingとかって言いますよね。
今、そこに向かって言ってるから。
そうそう。
だから逆に、なんていうか、それが普通のことっていうか、
タブーししないっていうのは私も大事だなと思います。
ありがとうございます。
じゃあ9番、今ハマっているものは何ですか?
今ハマっているものは、今ちょっとジムにハマってまして、
年齢的に高年期っていうのもあるんでしょうけど、
痩せないんですよ、何しても。
私が日々考えていることと同じだ。
もう何しても痩せないんですけど、
痩せなきゃと思いジムに行き始めてですね、
そしたらもうなんか、行くことにハマってしまいまして。
で、すごい今楽しくて、週に3回4回通ってます。
すごい。
行くまでがね、私とかなわけもない。
行くと楽しいんだけど。
そうなんですよ。で、ジムだといつでも休めちゃうんで、
あえてフィットネスクラスみたいなのに入ってですね、
で、行かなかったらキャンセル料取られるよみたいな。
そうね、やっぱりそういうふうに周りの環境っていうか、
自分をセットアップフォーサクセスっていうかさ、
そうしないとダメだね。
確かに。
そうなんですよ。
あとそのクラスに友達ができたりとかしたらね、もっと行けるようにね。
そうですね。
私もやらないといけないんで、耳が痛いですね。
じゃあ最後、今何に感謝していますか?
感謝、今というか、最初の旦那には息子を残してくれたことに感謝してるし、
2人目の旦那じゃないんですけど、そこの家族とは未だに家族ぐるみなので、
いろいろありがたいなと思ってます。
じゃあその、いわゆるステップさんっていう3人の子さんたちとは今でも普通に交流がある。
そうですね。
はい、もうクリスマス、サンクスティビング、誕生日、いっぱいうちでご飯食べてます。
いいですね。
じゃあ、お子さん今もう大学生ぐらいですか?
そうですね、一番上が27で、一番下も今年、今1年目が終わった大学生なので、
いる子だけになっちゃうんですけどね、どうしても。
でもみんな来てくれます。
素晴らしい。
いや、すごいしか感想がないんだけど、
この間、この間ってもう結構半年ぐらい前かもしれないけど、
バンクーバーで靖子さんに会った時に、
なんか全部話聞いて、すごいと思って、
その時からちょっとポッドキャストでお話をぜひシェアしていただきたいなと思っていたので。
いいねいいね。
すごくないんですよ。
でもなんかやっぱりこう、たぶんあんまりそんなに話す機会もない気がする。
で、周りの人もなんかそんな聞かないんじゃないですか、なんか。
私もなんかねほりはほり聞くのがどうかなと思うけど。
2種類の人がいるなっていうのは私はすごい感じてて、
晴れ物に触るような感じで。
もうなんか完全に避ける。
うん、避けるタイプの人と、
あー、なくなったんでしょ、次すぐ探せばいいじゃんっていう簡単に言う人、
結構いるんですよ、これがまたね。
亡くなられた2人目の夫さんの介護の経験を生かして、
現在はアクセシビリティのコンサルタントということで活動されています。
会話の中でやすこさんが私の運営しているニュースレターで連載をしていただいているという話が出てきますが、
そのニュースレターは2025年12月で一旦休館にしました。
バックナンバーが読みたいという方はお知らせいただければリンクをお送りします。
さて、それでは今週のポジティブです。
今週のポジティブは、眼実に初詣に行けて嬉しかったということですかね。
ご存知の方も多いかと思いますが、私の住んでいるビクトリアから水上タクシーで15分のところにある島に神社がありまして、
そこにお友達のグループで初詣に行ってきました。
この神社に初詣に行くのは今年で確か3回目なので、それ自体はそこまで新鮮味はなかったんですけれども、
私は今年なぜか馬年ということにとってもワクワクしています。
馬が元々好きっていうのもありますけど、目標に向かって駆け抜けるという雰囲気がいいですよね。
今年もお互いいい年にしたいですね。
それでは今週もお聞きいただきありがとうございました。
はみ出し系ライフの歩き方は、プロデューサー・ホストのピアレスゆかりが、
未成都のコーストセーリッシュ領域であるカナダ・ブリティッシュコロンビア州ビクトリアで制作しています。
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さて、ここまで聞いてくださった方に今週の内緒話をお話します。
今週の内緒話は、今年はですね、今年というかこの年末は、あの日本人失格かもしれないんですけど、
もう大晦日めんどくさすぎて、お餅を買わずに年越しするとこだったんですよね。
たまたま大晦日に遊びに行ったお友達のまさこちゃんにお裾分けしてもらって、
あろうじてお正月元日にお雑煮を作ることができました。
もうね、買い物に行く気がなさすぎて、別に正月に餅食べないとダメっていう法律はないから、
時間のあるときに行けばいいやと思ったんですけどね。
本当にね、こう、I'm so lucky everything works out for me というマントラを改めて思い出させてくれました。
すべてうまくいきます。
というわけで、今週も黙らない女、黙らない人でいてくださいね。
余裕とバウンダリーを忘れずに。
Be brave, be kind, but don't be silent.
Your voice matters.
Stay safe everyone and thank you for listening. Bye!