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こんにちは。言葉とアートで人の心を導く英語指導メンタリストそしてライトワーカーアーティストの はじめ先生です。
このチャンネルでは、心の在り方を整えることによって、英語力や人生を劇的に好転させる秘訣についてお伝えしています。
今日のテーマは、桜満開の故郷を訪れて感じたこと、というお話です。
まず最初に告知をさせていただきます。
4月15日水曜日20時より、スピリチュアルエキスポThe Miracle Shiftというオンラインイベントが開催されます。
そのイベントの中で、僕は今の自分を脱ぎ捨てる奇跡を生み出す周波数を纏うソウルシフトメソッドというお話をします。
なかなか人生、自分の思ったように変えたいと思いながら変えられないということがあると思いますが、
それは周波数を変えたらいいんですよ。
でもそれってどうやったらいいの?というのを、ちょっと具体的なお話を交えながらしたいと思いますので、
興味のある方は、概要欄のURLからこのイベントにお申し込みください。
はい、というわけで今日の本題なんですけれども、
先月お彼岸があったんですけれども、
今年は娘の引っ越しとかいろんなことが重なって忙しくて、
結局行けないままになってしまっていたんですよね。
今日たまたまちょっと入っていた時間があったので、一人でちょっとお墓参りに行ってきました。
僕の生まれ故郷は今僕が住んでいるところから車で1時間くらいのところなので、
別にそんなに遠いところではないんですけれども、
今もう両親とも亡くなっていますし、自分も引っ越してしまったので、
なかなかもうそこへ行くことがそんなにしょっちゅうはないんですよね。
年に2回のお彼岸ぐらいかなという感じなんですけれども、
なかなかそんなにゆっくり時間を取って行けるときばっかりじゃないので、
パパッと行ってお参りして終わりみたいなところがあったんですけど、
今日は少し時間に余裕があったので、ちょっとゆっくり過ごそうと思ったんですね。
僕の聖火があったところというのが、近くに川が流れていて、
その川の堤防のところがきれいな桜並木になっているんですよね。
毎年桜並木を家族で歩いたような思い出があったので、
久しぶりに川の堤防に車を停めて、桜並木を歩こうと思ったら、
平日なのにすごいたくさんの人が桜の下でお弁当を食べたりしてたんですよね。
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今日はもう本当に天気もめちゃめちゃ良かったので、
本当に花見日和という感じだったんだと思うんですけれども、
小さなお子様連れとか、あるいはもうリタイアしたご夫婦とか、
本当にいろんな人がたくさんいて、のどかな感じで、
何て言うんでしょうかね、故郷にいるというのもあって、
空気感が本当に柔らかくてリラックスするんですよね。
その桜並木を歩いていたら、自分が通った幼稚園が出てきたんですよね。
うわーっと思ったら、建物が全然昔と変わってないんですよ。
昔散々遊んだ遊具なんかも、そのまま残っているものもあって、
昔あった遊具で今危険だとされてしまって、なくなっているものも増えているので、
変わっているところの方が多いんですけど、
あまり変わってないやつもそのまま残っているのもあって、
いやー、これ55年くらい前だよね、とか思って、びっくりしたんですけど、
結構そのまんまだったんですよね。
その幼稚園の前の正門を見たときに、
あれ、こんなに小っちゃかったかなと思ったんですよね。
だから自分が小っちゃかったから、門とかも大きく思えたし、門柱も大きく思えたんでしょうね、きっとね。
こんな55年も経って見てみると、こんなに小さい建物だったかな、こんなに小さい園邸だったかなって思うんですけど、
それだけ時間が経ったんだなって思いましたね。
その幼稚園からちょっと歩いていくと、もともと国鉄だったんだけれども、
民営化によって第三セクターで運営されている天龍浜名古鉄道というマイナーな列車があるんですけれども、
それの易が実家のすぐそばにあったんですが、そこも懐かしいなと思って行ってみようと思ったんですよ。
歩いて行けちゃうんですけど、そしたらびっくりするほど変わってないんですよ。
改札があるんですけど、改札が太い木で囲われていて、
その木の枠の中に昔は易員さんがいて、ハサミみたいなものを持ってカチャカチャカチャってやってたんですけど、
その木組みが僕が子供の頃に見たまんまの素材が残っていて、
易の待合室の椅子も当時のまま、天井も当時のまま、窓も木製サッシで、
ぐるぐる回す鍵がついている田舎の家にあるようなやつですね。
それがそのまんま残っていて、うわーって本当にタイムスリップしたような感じになりましたね。
ちょっと違っているところといえば、
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僕が生まれた故郷が数年前に放送されたNHKのタイガドラマの
「いいナオトラ」という舞台になったところだったので、
いまだにいいナオトラのキャンペーンみたいなのをやっていて、
赤紫色のいいナオトラのイメージカラーみたいなもので、
いい家のゴモンとゴモンがついた布切れでデコレーションされていて、
でもなんかね、味わいのある感じの易になっていましたね。
その易のすぐそばに、ちっちゃい頃によくオーバン焼きを買ったお店があったんですよ。
そこのオーバン焼き屋のお兄さんというのが当時いて、
その人はいつもアフルヘアみたいな髪型で、目元がちょっとキリッとしていて、
なんかね、かっこよかったんでしょうね。
オーバン焼き屋のお兄さんがかっこいいってちょっとピントがないかもしれないんですけど、
なんかね、当時はちょっとファッションとかもイケてたような記憶があって、
なんかよくわからないけど、ベルボトムのジーンズを履いていた、すごい時代ですね。
ベルボトムのジーンズを履いていた時代って、いつなんだって感じですけど、
もういつだってそれが50年くらい前の話ですよね。
すんごい昔話して笑っちゃいますけど。
そしたらね、そのオーバン焼き屋さんの前に行列ができてるんだよね。
人が待ってるんですよ。え?と思って。今でも営業してたと思って。
あの時のお兄さんは今どうなってるんだろうと思って。
ひょっとしたらいるのかな?お亡くなりになっちゃってるのかな?なんて思って。
で、行ってみたらですね、なんとアフロヘアのままというか、白髪になったもじゃもじゃ頭のおじさんがいて、
ああ、あれはきっとあの時のお兄さんがおじさんじゃなくておじいさんになってるっていう感じでね、
ちょっと衝撃でしたけど、まんまアフロヘアみたいなね、なんだけど、
今にしても分かりましたが、たぶんただの癖っ気だったんですね。ファッションじゃなくて。
で、そのままね、なんかオーバン焼き屋いてらしてね。
その時に思ったのが、いやこの方ほんとこう50年間毎日毎日オーバン焼き屋いて、
いろんな人にね、オーバン焼き屋を届けてきたんだなぁと。
たぶん僕が小学生ぐらいの時に20代の前半ぐらいの雰囲気だったので、
年齢にしたら20個まで上に行かないけど、15とかそのぐらい上なんだと思うので、
70代ぐらいなんでしょうけど、でもお元気にね。
しかもそうやって行列ができるようなオーバン焼き屋さんを経営し続けているっていう、
これってね、やっぱすごいことだなと思いましたね。
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やっぱこう一つのことを心を込めて毎日毎日やり続けている人って、
やっぱすごいなぁって改めて思いましたね。
で、その後で先祖のお墓に行ってですね、
お墓のちょっと簡単にね、お掃除をして、
お墓に刻まれたいろんな皆実を見てたんですけど、
やっぱり気がついてみると、
多分曹祖父の代からの名前が載せてあると思うんですけど、
曹祖父は全く触れたことは当然ないわけですね。
唯一見た覚えがあるのが、昔祖母のお家にあった肖像画というか肖像写真のようなものですね。
二人ともね和装でね。
で、祖母なんかはちょっとね、なんか日本紙みたいな写真だった、
写真だか絵だかわかんないですけど、なんかリアルなね、写真かなあれはやっぱり、
ものだったのを覚えていますけれども、
そういうね、もう覚えてもいないような祖父母がいて、
で、その後に祖父母がいて、そして両親がいて、
そして自分がいて、そこからね、また娘たちがいて、
きっとその娘たちがまた子供を産んでっていうね、
なんか当たり前のことなんだけど、いや命って続いてんだなぁとかね、
思いましたね、なんかねすごく思いましたね。
なんか祖母からはよく戦争の時の話をね、聞かされましたね。
うちは商家、商売をやってた家だったので、
特にちょうどその戦中戦後のね、食料がない時は結構大変だったんですよね。
当時その戦中戦後で食料に困らなかったのは農家さんはね、
なんかやっぱり食べるものが時給自足しているので困らなかったんですけど、
商家はなかなかお金があっても手に入らないというところで、
祖母がリアカーを引いて相当遠くのお家まで、農家の家まで行って、
何か食べ物を分けてもらったようなね、そんな話を聞いたりしましたし。
両親が生前、やっぱりそういう生まれたばかりの頃の、
まだ戦争の名残がね、色濃く残っていた頃の思い出話みたいなものも
いっぱいしてくれたんですが、今本当にそういうことを語れる人って
どんどんどんどんね、少なくなってきてしまっていますよね。
本当に体験した人でなければ伝えられないことっていうのもあると思うので、
今ね、身近にそういうまだ戦争のこととかを覚えている人とかがいたら、
できるだけいろんな話を聞いておくといいのかなと思います。
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お年寄りって、自分もそうですけど、今のことはすぐ忘れるけど、
昔のことってめちゃめちゃよく覚えていると思うので、
何かね、機会があることにわざわざ聞いてあげると、
ボケ帽子っていうかね、アルツハイマーとかになった人でも
昔のことをすごいお話してあげると、めちゃめちゃ記憶が蘇ってきて、
自分の子供の名前もわからなかったのを思い出したりとかね、
そういうことがあるらしいので、まだね、ご高齢のご家族がご健在であれば、
ぜひですね、いろんなお話を聞いてみるといいんじゃないかなと思いますよね。
皆さんもね、ぜひぜひご家族から聞いた戦中戦後のお話とかね、
そんなエピソードがあったらまたコメント欄で聞かせてください。
はい、というわけで、今日も聞いていただいてありがとうございました。
今日のお話が良かったよという方は、いいねやコメント、そしてフォローをお願いいたします。
はい、今日はここまでです。
ご視聴ありがとうございました。
良い一日を。