じゃあ、始めましょうか。はい、じゃあ、白米FM、3回目ということで始めたいんですけれども。あれ4回目だっけ?何回目かわからない。何回目かちょっとわかんないけど、多分3回目でしょ。前回あの番外編ということでちょっとやったけど、
正式な番号で言うと多分3回目の収録なのではないかと思われます。はい、もうだいぶ慣れてきたんじゃないですか。
うん、まあなんかちょっと生活の一部になってきた感じがあるね。そうだね。はい、じゃあ今日もリラックスしてできればいいと思います。人生をよくするために雑談。
そう、雑談ということで。はい、やらせていただきます。で、今日はですね、僕がテーマを持ってきたんですけど、前回までですね、まあ、ウェルビーイングとか幸福とか、あと学びと教育とか、なんかそういうちょっと高尚なテーマがついてきたので、
今回もっと我々の身近なものを扱いたいなと思ってこのテーマを持ってきてます。今日のテーマはですね、お金の本質とは何かということでやりたいと思ってます。はい、お金の本質。
はい、しおくんはお金持ってますか。お金は持ってます。持ってないとね、ちょっと生きるのはつらい、世の中でも。そうだよね、そうだよね。まあ、多少なりとも皆さん持ってるでしょうね、たぶん。
何も持ってないっていう人はたぶん相当稀なんじゃないかなと思ってるんですけど、まあ結構割と身近な、まあ毎日使うよね、基本。なのでちょっとこの身近なテーマについて、でも身近なんだけどお金って何なんだろうなっていうのが結構みんな思ってるんじゃないかなと思ってて、まあ僕も思ってるんだけど、ちょっとそこを二人で今日話せたら面白いんじゃないかなと思ってます。
お金ってその可能性を広げてくれるっていう一方で、結構それにお金に縛られて振り回されるっていうこともあり得ると思うんだよね。だからこれほどこう人の人生というか行動をいろいろ左右している代物っていうのはなかなかないんじゃないかなと思ってて。
なのでお金っていうのは一体何なのかとか、まあこれからの時代お金とどう向き合っていけばいいのかなとか、あと我々子供がいるので、まあ子供に対してお金についてどう教えていけばいいのかなみたいな話が話せたらいいかなと。
はい、思います。
さっそくなんだけど、今そのお金が可能性を広げてくれたってあったじゃん。
なんかとよだくんの中で、お金があったおかげで人生が豊かになったとか、この時はなんか選択肢が増えたなっていう経験はある?
えーどうだろうね、なんか明確にこれっていうのはないんだけど、今ってあんまりそのお金を考えて、なんか自分のやりたいことを諦めるとか、なんか行動を制限するみたいなのが基本的にありがたいことにあんまりないから、そこにあんまり意識はしてないんだけど、
なんかいろいろ本買う時とか、お金がないとこの本買おうかな、買うのやめとこうかなみたいなのを考えるのはちょっと嫌というか、かなと思うね。でもそういうのが今ないので、なんか気になったらすぐに買えたりとかするし、そこはまあありがたいかなと思ってるけど。
なるほど。なんかさ、まあこれも意地悪な質問かもしれないけど、たくさんお金があったらさ、してる行動が変わってるってことはない。それを考えると無意識にお金によって制限がまだあるっていう可能性はあるかなと思うね。例えば、もう無限にお金があったら、例えば世界中を旅行してるとかさ
ああ、そうだねそうだね、確かに確かに っていうのはあるけど実際はしてなくて、まあ二人とも旅行が好きだと思うんだけど、いろんな国を見てみたいとか、それをしてないっていうのはまあちょっと有限だからっていうのがどっかに頭にはあるのかなと思ったのね。一方、確かに俺もその本を買うことに関してはほぼ考えずにとりあえず買うと気になったみたいなことやってるから、そういう意味ではほぼ制限がなくなってる分野もあるかなと思って
うんうんうんうんうん、確かに旅行は
そうだね、お金がもう無限にあったら、行ってるかもしれないね、今の生活をかなぐり捨てて、どっか行ってるかもしれないなーっていうのがあるなぁ
そうね、一方で何だろうな、常に旅行してるみたいな状態だと、たぶんその旅行に飽き飽きするというか、旅行に行ってるのが日常になっちゃうと、たぶんあんまり面白くないんじゃないかなっていう感覚はあるから、そうだねそこに制限があるからこそ楽しめるみたいなところもちょっとあるのかなっていう気はしてるかな
あとはその、リターンと見合ってる感じがしないってことかな、今お金を費やしてそのリターンが無意識に計算されてて、今の状態で十分お金がないから機会を損失してるってことがそもそもない
言いたいことがまとまってないけど、たまにあるその旅行がむしろその使うお金に対してリターンを上げてくれてるってことかなと思ったんだけど、そういうこと?
そうだと思うよ、たまに行くからそこから得られるものが大きいって感じなのかな
もう一方で、お金が人生の幅を広げてくれるって言って、もう一回なんだっけ、後半になってたっけ
なんかそういうのはあえて次は買わないようにしよう、なんだっけ、なんかいい例がパッと思いつかないけど、妻ともよく
これはうまいマーケティング戦略だねとか言いながら、あえて、まあそんなに必要なかったらやっぱりあえて次は買わないようにするとか
えー、それはなんで買わないようにするの?
もうなんか際限がなくなったりとか、次次次ってなっちゃう、そういうあり地獄みたいなのにハマっていきそうな気がするから、もう最初に
なんかあったらいいよねーぐらいだったら買わなくていいかなーみたいな、そういう判断をしている気がする、僕はね
でも一方で、そういうのに乗りたいっていう願望があったりする
特に妻と、喧嘩とまではないけど意見が分かれるのは、そういうのにやっぱりみんなが欲しいと思っているものが欲しい
みたいなのがたまにあるのかなやっぱり、そういうのを僕の中でもう一人の自分がねじ伏せたりすると
自分の外の人をそれでねじ伏せるっていうのは結構大変で、なかなか叶わないなと思う時も
あーそのこれが欲しいと思っている人を、なんかいやそんなのいらないだろうみたいな感じでネジ伏せるのが難しいってこと?
そう、自分だったらコントロールはできるけど他人までは結構難しいなっていうのは思う
それはでも、それを買ってお金を払うことによって自分がなんか幸せというか
になれそうな感じがあるわけではないのか まあその本人はそう思ってるかあんまりそこに意識がないって本当に直感に沿って行動しているだけで
幸せかどうかをいちいち確認してない気がする ような気がするし、僕自身は僕のその
考えのバイアスがあるからさ、そんなのはマーケティング戦略できっと作られたまやかしだみたいなのを言ってる自分がもう一人いるからさ
そういう点に立つと、まあそんなに増えないでしょうとか増えても一瞬で終わるでしょうみたいな感じの見方をしちゃってる気はするね
なんか今俺が感じている感情とちょっと逆だったのが面白いなと思ってて
どっちかっていうと俺お金使いたいんだよね
これを使ったら自分を幸せにしてくれるだろうっていうものを 探しているどちらかというと
だからなんか自分をうまくそれに乗せてくれるというか 術中にはまらせてくれるものがもし出てきたら
逆に嬉しいような気がしたんでね そこまでしてお金払いたくなるような気持ちにさせてくれる何か
それはすでに幸せなんじゃないかってこと? それはすでに幸せなんじゃないかとか
幸せってことじゃない お金を使いたいと思わせる
だからお金を使うことによって今よりより良くなるっていう感覚を抱かせてくれる何かを提示されたら
なんか僕は喜んでそこにお金を出してしまうような気がしているな
面白いねなんか僕ある意味お金に縛られてるのかもね
あげなきゃいけないじゃないけど そういう意味で縛られてるかもって今喋ってて思ったかも
そうそうだから縛られてるってまだいろんな意味があるような気がして さっき最初に言った仕事に追われているとか
社会の要請によって何か使わなきゃと思わされてるってのも一つかもしれないけど 僕の場合は
まだ先が長いじゃん人生僕らの時代って90歳以上まで生きるかもしれない で生きること自体リスクみたいな仕事がないかもしれないのにお金だけは
使うないと生活できなくて 一応シミュレーション上さ何年生きるとしたらどのくらいの効果がないといけないじゃないけど
安全圏みたいなところに達するにはさ まだまだだなーっていうのがあってでそこに達してないとまだ
安心できないんじゃないかなとか思ってるから そこまでは
僕は縛られてるというか 制限されてる感じあるかもね
苦しい ちょっと感じがらめというか使わないようにしようとか 使わないように自分を縛ってくれる考え解釈
まあ不安の要素なんじゃないかなとか 世の中がすごい変わってるから今日お金が稼げている方法が今後も同じように稼ぐ方法と
言って有効かどうかがわからない そこそれが多分一つの不安の原因
お金を稼ぐことが安定的にできることに対して ここに自信を持っているかどうかだよ
なんか前とよだくんも言ったよねなんかちょっと自分でいろいろやってみたからまあなんとか する方法は見つかるだろうみたいな
算段があるから自由になったみたいな
確かにそれはあってそうだな自分でビジネスをやってみて あのお金を稼ぐっていうのはこういうことなのねっていうなんか肌感覚として
あのまあわかったんだよね過去に だからあんまりそこに対して不安がないっていうのは確かにそうだと思ってて
例えばさ肉体労働とかをしていて その自分の体をなんか動かして例えば何でもいいやなんか荷物を運ぶ仕事とかだとして
それは確かに年をとって60とか70になって その仕事をやり続けるのは無理だと思うんだよね
でも例えば僕とかしおくんって全然そういう仕事じゃないじゃない どちらかというと頭を使うというか
いう仕事をしていて そこは多分なんだろう60とか70になっても
そんなにハンディキャップにはならないのではって思ってるんだけど
その肉体的な労働をするっていうのに比べればだけど
そうだねああそうそうだから何らかの形で人に提供価値 人に提供が価値できる
ちょっと待って何らかの形で価値を相手に提供することができればお金は稼げるっていうふうに思ってるんだよね
その価値が何なのかっていうのはまだわかんないしそこは探していかなきゃいけないんだけど
何らかできるだろうっていう感覚があるんだよね僕には
じゃあ自己効力感があるかどうかと自分がそれができそうだと信じれる力
その自分ができそうだなぁと思えるから不安が少ない 不安が少ないとお金に今縛られてない状態ってこと
そうなのかなでも そうかな
でも多くの人ができると思うんだけどなーっていう
僕がどうだからっていうかいう話ではなくて 普通にその誰かに価値を提供したいと思ってれば
どうとでもできるんじゃないかなって思ってるんだけど
でもそれはもしかしたら能力があるのかもしれない なんか人が
自分が無意識にやってとか何らかそんなに大変だと思わなくてもできちゃうことを能力があるっていうふうに定義してる人がいて
その要は学があるとかさ英語が喋れるとかそういう意味の能力じゃなくて
他の人はそれ自体やるのが大変なんだけど自分にとってはそれは苦に感じないみたいなのが
能力の定義だとするとそこにもしかしたら とよだくんの能力があるのかもしれんと思って
話がよくわかんないところにいってるけど そうだねあんまりお金っていう感じじゃなくなってきてるんだけど
例えば隣の家の人がなんか困ってて その困りごとを解決なんだろうな
してあげるから じゃあちょっとお金くれよみたいな
なんかそういうのって誰でもできそうな気がするんだけど
でもそれをブレイクダウンするとさ隣の人がまず困ってることを認識できないといけないじゃん
でこの困りごとを 自分が解決できないといけないじゃん
で結構その2つとも別の能力というか 簡単にみんながみんなできるのかなぁと思ったけど
できないまあそれやっぱりその経験があって そこにまあなんとかできるでしょうっていう算段がついているのが一つ
自由になるというか その
不安から逃れるヒントが隠れているのかなぁと思って ああそうだね
であとは価値って何みたいな話にも関係すると思うんだけど その隣の人が困ってることがわざわざそれを解決できて喜んでくれる
から価値があるってことだと思うんだけど 結構ね難しいと思うんだよなそれを
やるっていうのは だなの
なんか今までの時代だったらそれがわかりやすかったと思うんだよねこれを提供したら 喜んでくれるっていうのが
社会でもう決められてたりとかして なんかこれを提供すれば3種の神器を持ってれば幸せってみんなが持ってるから
逆に3種の神器を持ってない 家はまあそれで困ってる
状態になっててじゃあ作ろうって言って解決策が まあ浮かんで提供できてってなったけど
まあ世の中それぞれ何が足りてないかとかって細分化されてって 右隣の人はこれで困ってるかもしれないけど左隣の人は
全く違うことを考えているかって まずその人たちが何に困ってるかを理解したりその人がどういう人なのかを
理解しているかも
そうだね今聞いて思ったのが確かに自分の隣の 家に住んでる人のことは
わかんないような気がしたんだよね 僕も自分の隣に住んでる人のことを隣の人が何考えてて
何を求めてるかなんか全然わかんないんだよ でもそのインターネットができてきて
多くの人がどういうふうに考えているかとか どういうことを求めているかみたいなのって結構言語化されて
きているなぁと思ってて そこから何かを見出すっていうのは比較的しやすいんじゃないかなと
隣じゃなくて そうそう隣じゃなくて
そうそうそう例えば自分と属性が近い 誰かが何かこういうのに困ってるんだみたいな
のをSNSとかで発信してたとしたら その自分も似たような境遇にあるわけなのでその人の気持ちがある程度
想像つくわけじゃない あでそういうことに困ってるんだったらじゃあこういう解決策が
できるんじゃないかみたいなことは想像できるのかなぁ
自分と似ている人自分がわかる人を探しやすくなったってことかな
そうだね わかりやすい人
なんかあんまりお金っぽい話じゃなくなったね ちょっと戻すかお金っぽい