回復期に見えていたもの、見えていなかったもの
皆さんこんにちは。今昔俺物語の生き直しラジオのお時間です。 全般性不安障害、うつ病、心肌症を経験しました。
精神疾患って本当にめちゃくちゃきついんですよね。 このラジオでは、回復した今の自分が、
あの頃の自分が聞いたら少しでも楽になるようなことを語っています。 今日は、
感慨してから気づいた、回復中には見えなかったこと、 というテーマで語っていきたいと思います。
回復中の僕にはですね、 先のことは
不安は想像しまくってましたけど、 治った自分っていうのは
想像してなかったですし、見えてなかった。 見えてなかったんですよ。
あの症状とか不安とか、 体の違和感とか、
それで検索ですよね。 今日はなんか昨日より悪いなぁとか調子悪いなぁとか、こんなんで治ってんのかなって、
そんなことばかり考えてません? そんなことばっかり考えてました。
でもそれは当たり前なんですけど、もう 毎日がそれで精一杯なんで、
もう 先は見えないですよね。
寛解への道のりと自己理解の始まり
ただ 少しずつ回復して、こう感慨に近づいていくと、
不思議なことに、 症状から少しずつ
離れていって、 この精神疾患が人生の中心ではなくなっていったんですよ。
想像つかないと思うんですけれども、 もちろんこの感慨していく中では、
不安や体調の波がゼロ、 全くなくなったわけじゃなかったんです。
でもそればかり、そういうことばっかり見続けたり考え続ける時間が、 少しずつ減っていってたんですよ。
で その余裕が出てきた。
余裕が出てきて、
感慨して、 そこで始めたのが、
その 何者にもなれなかった、みたいなことを思ってたんですよ、自分は。
でもそもそも、俺は何者なんだ、という ふうにも思ったんですよ。
自分がよくわかんなかったんですよね。 その自分はある種、
自分なりに正しい、 よりよく生きてきたつもりだったんですけど、
精神疾患になって、なんかそれが根底から覆されたという、 自分の人生が、なんか嘘みたいな感じ、
自分が嘘みたいな感じがして、 始めたのが、自分を知る。
自分を知るためのツールと過去の振り返り
俺はどういう人間なんだ、ということを やり始めたんですよ。
当然、回復中にはそんな余裕はありませんでした。 っていう自分を追い追うようになっていったんです。
何が好きなのかとか、何が苦手で、 何を大切にしてきたのかとか、
何が嬉しかったのか、 何時間を使ってきて、何をお金を使ってきたのか、
過去を振り返って、 自分の歴史を掘り下げていったんですよね。
自分の、その時に養子とか、 親のこと、親もどういう風だったのかっていうのも想像していきました。
それをノートに書いていったんですよ。 もう考えることだけなんで、あんまりそれもなんて言うんでしょうね、
正解ってないと思うんですよ。 これを回答をしたら、合ってるとかって。
だから、ぼんやりとした記憶のようなものでいいと思うんですけど、 そういうのを書き継がれました。
他にも、あのツール、 MBTIで、
ビッグファイブとか、ストレングスファインダーとか、 VIAとか、なんかそんなこう、
性格診断みたいなツールって、探すといっぱいあるんですよ。 気になるものはできるだけちょっと試してみた。
そして、その結果をAIにまとめて分析してもらうようなこともしたんですよ。 そうすると、なんとなく、自分の書いたものとか、
その、
AIに見てもらったやつとか、そのツールの診断結果とかで、
なんか、一端的に俺はこういう人間だっていうことを、 まあ表せないんですけど、なんかこう立体的に少しずつ
見えてきたんですよ。 その強みとか、
価値観みたいな、 その時にも考え方の癖みたいのも若干わかったような気がして、
不安を考えてたんですよね。 だから怖いから白黒はっきりつけたかったとか、それがこう、
認知の偏りっていうか、 バランスが取れなくなった要因なのかなぁとか、
そんな風に自分を
見れた。
やりたいことリストと主体的な人生
なんでそういうふうに考えるんだろうとかっていう、その理由も見えてきたんですよね。 さっきのもそうですし、
育ってきた環境とか、 出会った人とか、友人とか、
経験してきたこととか、 そのこう、
過去の積み重ねが、当然まあ今の自分は作ってるんですけど、改めて振り返ると、 こういうふうに思ってたからそういう行動をとったのかなぁみたいなことを
感じてたんですよ。 そうするとなんとなく、自分がこう生きてきたんだなぁみたいな
のがちょっと分かってきた。 あとまあそれからこれからですよね。
これから俺はどう生きていくんだっていう、 そういうことでやりたいことを100個書いてみたんですよ。
もう最初はなんかこう、バーッと書いてたんです。 書けたんですけど、なんか途中から出てこないんですけど、もうとりあえず100個全部
ブワーッ書いたんですよ。 ちょっとでもやりたいこと。で、その中で優先順位をこう決めてって、
えっと、今、この話する前に見たら、 だいたい30、3割ぐらい。
3割ぐらい、 あのー
叶えてたんですよ。 で、でもまあ繰り返しになるんですけど、こういうことは回復中にはきっとやれなかった。
もう目先のこう毎日や生活でいっぱいいっぱいだったんで、 書けなかったのかなって。
でも感慨して未来を考えるとか過去を振り返る余裕が少しずつ生まれて、 で30個叶えることができたと。
で、こう叶えるとなんかそれもうれしいし、 なんか自分がこう選択してるというか、
これをやりたいから こう動いたんだなっていうのが、
なんか主体的って言うんですか、自らこう 責任を持って動いてるっていうのがちょっと思うんですよ。
だからちょっと楽しいっていうか、 なんか機械的じゃなくて自分でこう動くからこっちに進むからみたいなところが、
ある種コントロールができる部分もあって、 ただ叶えられるかどうかわかんないんだけど、
それもその回復と同じで進む工程が自分は楽しいし、 まあ叶えられなかったはもちろん残念なんだけど、
あの それに進んでいくのが楽しいというか、ちょっとした旅の準備をしているみたいなところで楽しいんですよね。
そういった流れでXとかラジオとかKindleも2冊出せたんですけども、
少しずつやってみようっていう、 そう思えるようになっていったんですよ。
回復が未来の行動に与える影響
その回復の目的にした行動が、 その未来の行動にも影響が出てきて、
やってみようかなっていうふうに思えるように前向きになったんですよ。 あんだけ不安とか過去を振り返って自責してた自分が少しずつそうやれるようになってきたんですよ。
今やっていること自体も、自分を知る過程の延長線みたいな感じもするんですけど、
でもこれは本当に回復中の自分には想像もできなかった。 ラジオで自分語りしている自分なんて本当想像できなかったなっていう景色です。
その回復して感慨したから振り返ると、やっぱりこう自分、みんな幸せになりたいじゃないですか。
幸せになるには、自分をまずどうしたら幸せで楽しかったとか、どういう時が幸せだったのかとかっていうのがやっぱり振り返る。
先はわかんないけど過去を振り返ると、その幸せだったなーって強く感じたこととか、何気ない日常が幸せだなーっていうふうに思うことがきっとあったはずなんですよね。
で、この知ることでそれに少しでも近づくと、
効果が感じられると、人間楽しくて、
そんなやることも辛い時もあると思うんですけど、
頑張れるというか、幸せに向かってるんだったらやろうかなーみたいないうふうに自分は思える。
これはでも回復中も同じ流れを組んでるなぁと思います。
で、自分を今でも知っていくと、どんな人生を送りたいのかが少しずつ、これも輪郭というか、ちょっとずつ見えてくるんですよね。
自分は、自由で、健康、もう本当に健康、いいですよね、健康、安心して愛のある暮らしがしたいと。
今まで求めてたんだと思うんですけど、この輪郭が自分を知ることでよりはっきりしてきて、自覚するようになってきたんです。
回復を目指す人へのメッセージ
で、今、回復を目指している人は、今その毎日のこと、ちょっと先、明日とか、それしか見えなくても、それに向かっていって大丈夫だと思います。
それだけで、もう毎日やれてると、自分を褒めて、コーチして、少しずつやっていきましょう。
で、その先に、こう、症状だけじゃなくて、自分自身を見つめられて、自分の幸せを求めていける時間がきっと待ってると思うんで、あの段階があると思ってます。
今日は、感慨の向こうには、そんな景色があったという、感慨して気づいた回復中には見えなかったこと、というテーマでお話ししました。
この放送が、どなたかのお役に立てれば幸いです。
何かわからないことがあったりしましたら、ご質問やレターいただけましたら嬉しいです。
そんな中でも、少しずつ優しく、ゆるく、大体で生きていきましょう。
人生は本望への旅だと思っております。
今昔、俺物語でした。
それではまた、今昔、俺物語の生き直しラジオでお会いしましょう。さよなら。