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認めることと認めないことの難しさ
2026-05-31 12:22

認めることと認めないことの難しさ

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亀井博樹プロフィール
🌱フランス料理で調理師
🌱大型パチンコ店で店長
🌱神戸元町で週一回の間借りバー運営
🌱被災地支援金の為のイベント企画
色々な経験を経て、福祉事業を行なっております🏠

#障害福祉 #インクルージョン #発達障害 #知的障害 #SDGs #ヘルプマーク #障害者グループホーム
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サマリー

このエピソードでは、グループホームを運営する亀井博樹さんが、「認めることと認めないことの難しさ」について語ります。障害のある方々が日中の活動を休む選択をした際に、どこまで許容するか、また、社会生活を送る上で許容できない行動との線引きの難しさについて、自身の経験を交えながら解説します。支援者として、利用者の気持ちに寄り添いつつも、より良い支援のために情報共有と連携の重要性を強調しています。

はじめに:グループホームの募集と週末の様子
とも亀井博樹です。一般社内法人Flowという福祉事業を行う会社の代表で、現在は障がいを持つ方向けのグループホーム、グループホームBrunoの、今日は認めることと認めないことの難しさというテーマでお話ししたいと思います。
本題に入る前にお知らせをさせてください。現在グループホームブルーの三ヶ面、またグループホームブルーの三ヶ面2、そしてマンションタイプのグループホームブルーの島崎町では入居者様を募集しております。
そちらの詳細などは公式LINEまたホームページからご確認いただけます。ぜひそちらからよろしくお願いいたします。
今日は5月30日土曜日というところで、作業所がお休みの方もいたり、地域の活動センターに行ったり、移動支援で外食に行かれる方もいたり、週末皆様様々な生活をお過ごしになられたなというところです。
今日は僕も昼間から支援の方に入っておりまして、いろんな方の様子も見ながら勤務の方は今ちょうど終えたところかなというところです。
グループホームというのは一つ屋根の下に皆さん暮らしていらっしゃいますけれども、様々な生活スタイルがあるなというのが特にこの週末見えてくるなといったような感じです。
テーマ提起:認めることと認めないことの難しさ
それでは本題です。今日は認めることと認めないことの難しさというテーマでお話ししたいと思います。
うちのグループホームは、グループホーム全体に言えることかも分からないんですけれども、障害の種類と言ったらあれなんですけれども、3つに大きくカテゴリーとしては分かれるなというところで、
身体障害を持つ方、知的障害の方、精神障害の方、こういう3つに分かれるなというところです。
グループホームブルーノは主に知的障害と発達障害というところを持っていらっしゃる方がご入居されているというような感じなんですけれども、
特に精神障害の方はうちのグループホームの中でも6割、7割ぐらいかなといったような感じです。
精神障害のある方の特性と支援の課題
どういったものが精神障害かみたいなことは今日は一旦割愛させていただくんですが、
そうですね、なかなか不安になったり、気持ち的にしんどくなっちゃったり、
そういうことが症状として多い方がうちのグループホームにお住まいになっている方が比較的多いかなというところなんですけれども、
不安になったり心がしんどくなってしまったりみたいなところのきっかけみたいなところって人それぞれ違うんですけれども、
どんなきっかけがあるにせよ、当然ですけれども、気持ちがしんどくなる、不安になるということは誰しも回避したいんですよね。
当然薬を飲んで落ち着きましょうみたいなのももちろんあると思う。
それは医療として入っていただいているので、とんぶくとか副薬に対して強い拒否反応みたいなものはないですけれども、
とはいえとんぶくとか、とんぶくと呼ばれるぐらいだから本当にしんどくなった時とか、そういう時に飲めるっていうのが一番良くて、
日常的にその副薬というものはするものではないなというふうに考えた時に、不安になったり気持ちがしんどくなっちゃったりする、
そういうこと自体を回避できるのが一番良いなと思うんですけれども、
「休む」という選択の許容範囲
ここで今日のテーマの認めることと認めないことの難しさ、認めないといった言葉がちょっと棘があるのかもわからないですけど、
例えば日中の活動場所、就労支援とか生活解放とか、デイケアとかいろいろ行っていらっしゃる方がいて、
今日は気持ちがしんどいからね、できれば行きたくないっていう方がいらっしゃって、
行かないの選択肢はご自身に委ねているので、しんどかったらお休みしてもいいよっていうところはあったりします。
家にいて、だからグループホームとしてはね、その方々にとってはお家なので、
いくら集団生活といえど、自分のお部屋、お家があるというところで行かないという選択肢を取った時に、
気持ちが落ち着くという方は割と結構いらっしゃるのかなと思います。
こうやって、しんどくなるから行かないという選択肢があって、これを認めるというか、
OKしてお休みされる方もいらっしゃるんですけども、
このしんどくなるからお休む、しんどくなるからお休む、
どこまで許容すると言ったらいいんですかね。
本人にとって、ここまでの許容は、本人にとって余計大きな不穏とか、
気持ち的な負荷みたいなものを引き起こしてしまうんじゃないかという可能性が見えてるよね、
みたいな時って、その手前の行くのを休むとかっていうのを決めるのを認めないというか、
ちょっと今日は頑張っていこうよみたいなところを声掛けすることっていうのがあるんですよね。
支援者としての葛藤と許容の必要性
ちょっと言葉はなかなかうまく伝わってないかもわかんないんですけども、
休まないだけに限らず、日常を暮らしていく中でね、
僕たちグループホームとして支援員としてね、生活に対して伴奏してるわけなんですけども、
本人が思うまま、これをするとかしないとかっていう選択を、
全てを認めるのはなかなか難しいよねっていうところが本当に日々感じてます。
とか言いながらね、僕たちも暮らしていく中で、ここ休まんほうがいいよねとか、
頑張っていこうよみたいなところを行けなかったりし、
休むことってもしかしたら暮らしの中であるのかもわかんないんで、
僕もそこの全てをね、朝は寝起きで、ちゃんと検温して、体重測って、朝食ちゃんと食べて、
日中活動ちゃんとして、夕方帰ってきて、手を洗ってうがいして、
こういう本当に規則正しい生活を送れるのが100点だとした時に、
自分たちが100点の暮らしを毎日叩き出せるかって言ったら、そうではないっていうところも加味して、
僕はね、ある程度の許容っていうのは必要なのかなと思うんですけども、
これを超えちゃうとですね、もっと大きな心の負荷みたいなのがかかるなみたいなところは、
割と僕も、いやここは頑張っていこうって言ったりすることもあったりします。
地域生活における「認める」ことの限界
またグループホームという枠組みだけで考えてもそうなんですけども、
それ以外、地域で暮らしていくっていうことがグループホームとしての一番の課題というか、
乗り越えるべき目標みたいなものだと思うんですけども、
地域で暮らしていくときに、この当事者の方が不穏になるからOKしてあげようっていうのって、
支援者だったら大丈夫だけど、社会にいるときに通用しないよねみたいなところもあったりするわけですよね。
簡単に言うと、例えば外で服脱いで裸になったらいかんよねとか、
それ脱がないと不穏になるから脱いでもOKですよって、
例えばホームの中ではギリギリOKになったとしても、
世間に出たら当然アウトですよねとか、
しんどくなったから道の真ん中で寝っこらかったりとか、
それはダメだよねってあると思うんですけど、
そういうことっていっぱい色々あるので、
社会で生きていく中で、本人がしんどくなるからしんどくならないようにOKしてあげるよみたいなことって、
全部が全部できないよねって考えたときに、
認める認めないの、境目みたいなところってパチッと分かれてるわけじゃなくて、
グラデーションになってたり、その時の状況によって本当に変わってくるなみたいなところで、
日々本当に判断というか、自然の方向性みたいなところで迷うなって思うところが日々あったりしますね。
情報共有による支援の精度向上
結果はそこが正解だったのか、またまたこっちの方が良かったのか、
みたいなことはいろいろあると思います。
僕も毎回毎回100点を出せるわけではないと思うんだけど、
その時に失敗したなっていうことが例えばあったときに、
それを自分の中で留めておくんじゃなくてですね、
当然自分の社内、スタッフ間での情報共有というのはもちろんのことですね。
関わる関係各所でですね、
例えば日中活動の場所、相談支援さん、通院会場、移動支援の事業所さん等々、
関わる事業所さん全てにこういうことがホームであって、
こういう判断をして、こういうお声掛けをしたんだけど、
前回はうまくいったけど、今回はすごく不調になってしまってですね、
結果はちょっとなかなか調子が崩れてしまって、
トンブクを飲んでそれでも落ち着かない時間が数時間続きました、
みたいなことってあったとしても、
僕はもうこれを後悔するというよりも、
やっぱりしっかり情報共有することですね、
そういうこともあるんだなという事例をみんなで共有して、
そこからこの方の支援の方向性みたいなものをより精度を高めていく、
一つの材料になったらいいんじゃないかなというふうに思います。
本当に今日のテーマですね、認めないことの難しさみたいなものって、
本当に日々、本当に今日も土曜日お休みだったので、
普段より日中はホームにいるので関わる時間も増えてくるわけで、
関わる時間が増えるイコール、こういう選択を迫られる回数、機会が多いわけですよね。
なのでここをしっかり情報を共有してですね、
先ほども言いましたように支援の精度を高めていくということ、
情報を共有することでグループブルードだけじゃなくですね、
各事業所の支援者たちがですね、
ブルードさんの情報ごとにこういうことが考えられるから、
こっちでもこうしてみようみたいな、逆もしっかりなんですけども、
そういうふうな体制をとっていくことが大切だなというふうに思います。
結びの言葉
最後までお聞きくださりありがとうございます。
次回の放送もよろしくお願いいたします。
それでは素敵な一日をお過ごしください。
一般社団法人フローの亀井ひろぎでした。
ありがとうございました。
12:22

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