声日記の「西の雄」もりっしぃさんが私のエピソードに言及してくれたことが嬉しくて「言及に言及」したお話。
お話に出てくるくわばたりえさんと徳井さんのYouTubeはコチラ☟
最後にしゃべっている「ミシシッピ川以西の空が暗い」の元ネタはコチラ☟

ちなみにアジアの光害マップはコチラ☟

感想 1
サマリー
このエピソードでは、パーソナリティが「西の雄」と呼ばれるもりっしぃさんが自身のポッドキャストで言及してくれたことへの感謝を述べ、その内容について深く掘り下げています。特に、もりっしぃさんの娘への愛情と、自身の娘への思いとの共通点、そして子供の成長における「普通」であることの幸せについて語られます。また、中学受験や子育てにおける親の向き合い方、そして完璧な親である必要はないという考えについても、自身の経験やYouTubeの引用を交えながら考察しています。最後に、もりっしぃさんのモンゴル旅行への言及から、自身の趣味である星空撮影について触れ、暗い空への憧れを語っています。
ゴールデンウィークと収録の状況
こんばんは、GreenFielderです。 ただいまこちらの時間は、4月29日水曜日の夜10時過ぎになっています。
日本の皆様はきっとゴールデンウィークに突入している方も多くいらっしゃるように思います。
日本がゴールデンウィークに突入してくれているので、 こちらは平日なんですけれども、
とにかくですね、日本側からの騒音がですね、 このゴールデンウィーク中というのはなくなると。
つまり日本側からやいのやいの、ああやこうや言われることがないので、
落ち着いてアメリカ側の事業会社のお仕事を淡々とすることができるという期間でして、
なので、例えばこちらで言うところの夕方以降に日本との会議が組まれるということも一切なくなりますので、
そういう意味ではですね、この期間は結構定時に帰れるということで、
今日も早く帰ってきまして、ちょっと軽くトレーニングなどして汗を流して、
汗を流した分美味しくビールをいただいて、この収録をしています。
今日の収録の趣旨は何かと言いますとですね、
もりっしぃさんの言及と声日記界隈
なんと「西の声日記の巨匠」もりっしぃさんがですね、
なんと私のエピソードに言及してくれて、しかもですね、がっつりそれに対して感想なりコメントなりをしゃべってくれていて、
いや嬉しいですね、こういうの。これがやっぱり声日記界隈の住人の醍醐味っていうことになるんですか。
ちょっと私まだ新参者なのであれなんですけど、まあ過去にもですね、
ひろひろしさんとかわらさんとかが声日記で返してくれたりしてまして、
それを聞くたびにどんどんなんかこう声日記にハマっていっている気がするんですけど、
まあそれはさておきですね。
娘への愛情と「普通」の幸せ
もりっしぃさんの方でちょっと触れていただいているのは、
最初にあの「集めるといえば」シリーズに関してもちょっと触れていただいて、これはまたありがとうございます。
はいなんですけど、ちょっと今日メインで喋りたいのは、まず一つがその娘のこと。
もりっしぃさんの娘さんがいらっしゃって、私が聞いたその実質第一回のもりっしぃさんの声日記を聞いたときに、
その娘さんへの愛をすごく感じたんですよね。
で、なんかそこがすでに私も娘を持つ親として、
なんかこうちょっと心が通ずるものがあるなぁとは思ってはいたんですけど、
今回そのもりっしぃさんの私のエピソードへの言及のコメント、お話を聞いてますます、
やっぱりなんか考えている方向性一緒だなぁと思いましてね。
で、私は娘がね、そういう先天性の病気を持って生まれたことで、
娘に対しては大きなものを望まないというか、とにかく元気に成長して大人になってくれたらなということがすごく強く思うところなんですよね。
そういう意味では、もりっしぃさんもおっしゃってましたけど、
普通にはなかなか気づかないけど、
そうやって子どもが普通に育ってくれていることっていうのが、実はすごく幸せなんだなっていうところ。
というのを、私は娘がここまで成長してくれたという体験を通じてすごく強く感じてます。
自身の病気経験と健康のありがたみ
ちなみに言うとですね、普通に生活することの幸せっていうのは、私自身も一つの病気を通じて経験してまして、
これは最初、初回か2回目かの自己紹介エピソードでもちょっとしゃべってるかもしれませんけど、
私は2023年の2月ぐらいかな、
脳梗塞のような症状で病院に救急搬送されたことがあって、
実際にその症状が出たのはほんの5分ぐらいだったかな。
大した時間ではなくて、その後ちょっとすぐに正常に戻ったんですけど、
結局でもその症状が出るということはどっか脳で詰まっているんだろうということで、
いろんな精密検査も受けたし、そもそもその元の原因は何なのかっていうのをかなり調べられたんですよね、病院で。
で、そうこうしている間、その原因がよくわからないという時期は、
当時私趣味で山を登ってたんですけども、 当面山は登るなと医者に言われたんですよね。
で、山に登るって、行こうと思えば行けるよね、いつでも、みたいに思ってたんですけど、
それはあくまで体が健康であるから行けるのであって、
当時その状況になって山を登るのは控えなさいと言われた時に、
すんごく山に登りたくなったんですよ。
で、医者がとにかく1ヶ月はやめときなさいと言われたんだけど、1ヶ月経ったらすぐに山に行きましたね。
いきなり厳しい山には行きませんでしたけど、
で、山に登って、東京都内の低山だったんですけど、
登って、山に登っている幸せみたいなのをすごく感じて、
それ以来、健康でいるうちにやれることはやっておきたいという思いが強くなりましたね。
なので、今はやろうかなと思ったことはとりあえずやる方向で考える。
もうちょっと後でもいいやとか、今はやめとこうとか、そういうことは思わずに、
もしくはこれはお金がかかるからやめとこうとかいうのも、
お金、別に多少高いお金払っても、やらないで後悔するよりはやって後悔した方がいいじゃんというふうにちょっと気持ちが切り替わって、
そのおかげでケチケチすることもやめました。
どんどんやりたいことには金をかけるというふうな考え方になってきましたね。
子供の受験と社会性の育成
というのがまず一つ。もう一つはですね、中学受験とかそういう子供の時に受験をさせるみたいな話で、
父親と母親で意見対立することあるよねっていうお話もされていて、
この件に関するその考え方についても、私の考えともりっしぃさんの考えすごく近くて、
さらにもりっしぃさんが引用していたひろゆきさんの話、
これ実は私も体感的にそう思っているところがあるんですよ。
私が行っていた小学校とか中学校とかって公立だったんですけど、
特に小学校、中学校もかな、要はいろんな人が生徒としているわけですね。
中には超いじめっ子とか、最初から誰とも話さないとか、
家庭の事情もやっぱり皆さんバラバラなんですよね、小中、公立の小中っていうのは。
そこで小さな社会の多様性を見たというんですかね、難しく言うと。
要するにいろんな人がいるなっていうのをそこで体感するんだと思うんですよ、
小学生、中学生で。
私の場合、例えば中学校でいじめられている子がクラスにいましたと。
いじめっ子っていうのは同じ小学校の3人組みたいなのがその子をいじめていて、
そのいじめられている彼がかわいそうだからと思って、
かばおうということをしていたら、いじめの対象が私になったんですね。
それはそれで非常に理不尽ないじめられ方をしましたけど、
でもその時私もつらかったんだけど、
このまま泣き寝入りするのが腹立たしくて、
むしろそのいじめっ子の3人組と昼休みに、
要は例えばですよ、その3人組がいじめっ子を連れて行きます。
なんなら私も連れて行かれますと。
ドッジボールしようとかいう名目で、
ガンガンボールをみんなでぶつけられるみたいなことがあったんですけど、
そこで私がムキになって、投げられたボールをとにかくキャッチすると。
で、逃げないと。
そのボールを奪い取って、むしろ当てに行くというようなことで、
それを毎日毎日昼休みに、むしろこっちからやろうぜって挑んでいったんですよね。
そしたら結局その3人組とは最後は友達になりましたよ。
その3人は結局いじめることもなくなったんじゃないかなと思います。
要はいじめて相手が嫌がる、泣くとかそういうのを楽しむ3人組だったんだと思うんですね、最初。
なんだけどいじめてもやり返してくれる変な奴がいるということで、
彼らもたぶん気持ち変わったんだと思うんですけど、
別にいじめを撃退したとかそういうところではなくて、
そういう子も世の中にいるんだなっていうことが中学時点でもわかると。
で、そういう人がいる中で、社会性についても耐性がつくっているんですか。
耐える能力が徐々に身についていくっていうところがあると、と私は思っています。
私立の中学校とか、なんなら小学校から行ってしまうと、
もりっしぃさんが言うように、いろんな人がいない、
なんというか似通った人たちでのコミュニティができてしまうので、
社会に出たときに、社会人になるとどうしても理不尽な人っているんですよね、
仕事をしていく中で。
そういうときにポキッと折れてしまうっていうことがあるような気がします。
そこって結局いい大学出て、いい成果を収めて卒業して社会人になっても、
そういうところでポキッと折れるのではもったいないじゃないですか。
そういう子どもの育て方をするぐらいだったら、
半分ぐらいは野に放つ状態で、いいんじゃないかなって私は思っています。
子育てにおける親の向き合い方(4つのタイプ)
ちなみにですけど、私の感覚では、
親のタイプとして、子どもに対する向き合い方で4つぐらいタイプがあって、
1つは、まず自分が成長してきた過程の中で、
要するにその成長過程がとても良い体験だった人で、
子どもに自分の通ってきた道、成功してきた道をなぞらせようとする親。
これが1つ。
もう1つは、自分が通ってきた道が非常に良くない道だった。
あれは失敗だったというふうに思っている人で、
子どもには絶対そうさせないようにしようとする親。
これが2つ目。
3つ目は、一応自分がこういうことをやってきて良かったなって思うことを、
一応子どもに追体験はさせてみようとはするんだけど、
無理強いはしないと。
自分が体験していないこともできるだけやらせてあげるし、
子ども自身がこれをやりたい、あれをやりたいといったときに、
まずやらせてみると。
それを止めないということで、
子どもにかなりのフレキシビリティ、道筋のフレキシビリティを与える。
もしくは道を広くしてあげるというか、
どっちに進むかという選択肢を広げてあげようとする親。
4つ目が、完全放任。
何も教えない。
何も口出さない。
という親がいると思うんですけど、
この4つぐらいじゃないかなと思うんですけど、
結局最初の2つは、
あくまでも親の1人の体験でしかないと思っていて、
私もね、
自分がこれをやってよかったから子どもにもやらせたいというのは当然あるんですけど、
ここはちょっともりっしぃさんとは違うんだけど、
所詮はそれは自分が通ってきた道でしかない。
他に何十億人という人間が通ってきた別々の道があるわけですよね。
だから自分の通ってきた道を追随させるというのは傲慢だし、
自分が通って失敗したなと思ったとしたちでも、
子どもにとってはそれも一つの人生の糧になるかもしれないわけで、
だからどちらも別にそこまで何が何でも追従させる、
もしくは阻止する、どっちもする必要はないのかなという気はします。
いや、ただその倫理にもとるようなことをするっていうのは絶対やるなよと、
これは言うべきであろうと思うんですけど、
そういう方向に進んでないんであれば、
あえてそれも強く言う必要はないのかなと思います。
とは言いながら、4つ目の完全放任というのは、
これまたちょっと違うというか、
それで育ってしまう子は育ってしまうんですけど、
もし完全放任をしたときにぼーっとして動けなくなる子であれば、
ある程度お尻を押してあげる。
それもお尻を蹴るんじゃなくて、
背中をそっと押してあげるぐらいの感じで、
ちょっと助走をつけてあげるぐらいのことを、
いろんな方向性でやってあげるっていうのがいいんじゃないかなと思います。
完璧な親である必要はないという教訓
で、関係あるのかないのかちょっと分からないんですけど、
ここからはですね、
じゃあその親がそういう良くないパターンで子供に向き合ってしまうということがあったとして、
それはじゃあ親は罪に感じなきゃいけないのかというと、
それも違うよねって思わせてくれた話がありまして、
それは何かというと、
これYouTubeなんですけどね。
チュートリアルの徳井さんってご存知ですよね、多分みなさん。
チュートリアルの徳井さんが、これまた関西の芸人さんかな、
くわばたりえさんという方のYouTubeチャンネルに登場することがあって、
これちょっとYouTubeのリンクは概要欄に貼っておこうと思うんですけど、
何の話かというと、
くわばたりえさんが子育てをしていて、子供に対して理不尽に叱ってしまうということを、
当時同期なんですね、吉本で。
その同期の徳井さんにそんなことをしてしまうんだというふうに言ったら、
徳井さんが言ったのは、
いやいやと、理不尽に叱ってしまう自分をそんなに責めなくてもいいじゃないと。
子供はそこまで脆いもんでもないし、
親がそこまでパーフェクトな人、人間であるとも思ってないよと。
むしろ親が理不尽に叱る以上に理不尽な人は世の中にたくさんいると。
将来そういう人たちとも会わなきゃいけない、接しなきゃいけないこともあるんだから、
そこまで自分が悪い、自分に罪があるみたいに思わなくても、
子供にとってはそれは一つの人生の成長するにあたっての糧となるというか、
社会性に対する、社会って社会性に対するというか、
世の中にたくさんいろんな人がいるというそういう社会に対する耐性がつくんだから、
別に悪いことばかりじゃないでしょと言ったということを、
そのYouTubeの中でくわばたさんが思い出して、
あんたいいこと言ったわと言っているんですよ。
ちょっとこれ実際見ていただいたらわかると思うんですけど、
ちなみにそのお二人、たぶん我々っていうのは、
もりっしぃさんと私とも年齢が近いと思うんですよね。
なので、だからなのかはわからないですけど、
徳井さんいいこと言うねと、その当時は思ってました。
要するに我々もパーフェクトな人間ではない、パーフェクトな親ではない。
だけど子どもがそれをある程度はわかっているんじゃないかと思って、
あんまり子どもを叱ったりしたときに、
親の人たち、私も含めてですけど、
自分をそこまで責める必要はないと。
子どもはそんなにバカじゃないと、
いうことを最後にちょっと言いたかったので、
喋らせていただきました。
もりっしぃさんのモンゴル旅行と星空撮影への思い
で、最後にもりっしぃさん、6月にモンゴルに行って馬に乗るとおっしゃっていて、
それは私にとってはですね、とっても羨ましい話なんですよ。
なんで羨ましいかというと、私も馬に乗りたいからではもちろんなくって、
モンゴルって世界の中でも最も暗い空の地域なんですね。
で、私は星空を見たり撮影したりというのが趣味なんですけど、
今ですね、そういう空を探すのがアメリカ、特に東海岸はですね、めちゃくちゃ大変なんです。
ものすごくやっぱりね、東海岸沿いのエリア、アメリカのですね、
すごい空が明るいんですよ、都市照明で。
で、今私が住んでいるこの辺りなんていうのは、
もう本当に一等星ぐらいじゃないと見えないっていう空なんですね、普通に住んでいるところからだと。
なので、暗いところを探して旅をしているようなもので。
で、西海岸に行くとね、暗いところがいっぱいあるんですけど、
西海岸というかミシシッピー川を挟んで西側にはかなり暗いところがいっぱいあるんで羨ましいんですけど、
そういう暗いところを暇を見つけては探すということもやってたりして。
で、そういう意味では私の理解ではモンゴルっていうのはかなり暗い、夜暗い。
そりゃそうですね、草原しかないわけで、自然、人工の光はないわけですからね。
なので本当であったら是非もりっしぃさんにカメラを持って行っていただいてですね、
夜空で星を撮影していただきたいなと本当は思ってるんですけど、
まあそれはおそらくされないでしょうけど、モンゴルに行かれるんであれば是非楽しんでお馬さんに乗ってですね、大草原を駆け抜けていただきたいなと思いました。
はい本日は以上です。ありがとうございました。
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