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2019-07-11 13:47

第283回:書くための名前のない技術

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こんにちは、ゴリゴキャストです。今日は、書くための名前のない技術という本を紹介します。
たくさんがささきさんにインタビューした本。
だね、そういえば2人ともゴリゴキャストに、ポッドキャストに出てもらったりとかしていて、
たくさんはしょっちゅうアウトライナーの話をしてもらい、ささきさんとはアップルウォッチの話をしたんだ。
ささきさんにたくさんがインタビューをして、それに後半を追加して一冊の本にしたっていう感じのkdpのやつで、
主にささきさんがというか、シリーズ化する予定らしいんだけど、本とかそういうものを書くにあたって多分いろんな人が名前が付けられていないような無数の技術っていうのがいっぱいあるはずだよね。
そういうのをインタビューしながら聞き出せて、みんなもそういう技を隠れるようになったらいいよねっていう企画から始まった本らしいです。
じゃあ基本テーマは、文章を書くっていうのが基本ってこと?
かな。で、最初の方はささきさんにこれまでどんな感じでその本を書くようになったかとか、どんなことをしているのかみたいなことから始まっていて、
ささきさんがさ、かつてアメリカに留学をしていたっていうのは聞いてて知ってたんだけど、まず最初の本自費出版で出してるんだって。
そのデジタルじゃない時代ってこと?
2004年くらい。その頃に何かで3、40万だかそのぐらいのお金をかけて本を出して、その本を仕事の野橋さんが見つけて読んで、
それきっかけで知り合って、夫婦よりも仲がいいんじゃないかぐらいの2人はパートナーとしていろいろ仕事をしているらしいんだけど、
そこからいろいろとウェブの連載、ライフハックブームっていうのが日本で10年以上前、10年ぐらい前にあったんだけど、
ちょうどその頃にささきさんとか大橋さんとかがまあいろいろやってて、よくウェブの連載とかも見かけたなーっていう時期なのかな。
で、そっから15年間で60冊ぐらい本出してるとかっていう話も聞いて、
なんかいっぱい本出しているイメージはあったけど、そんな恐ろしい数になっているんだっていうのは全然知らん。
はるなもビビってたよね。
本出してるのは知ってたけど、その15年間で60冊って1年4冊ペース?
うん、なんか大体ね3冊から4冊で、たまに強調があるから4冊以上出せている。
でもね、俺単純に自分の話で考えるんだけどね、3冊4冊ってことは3ヶ月4ヶ月で1冊書くってことなんだよね。
それをね、3回ぐらい、1年ぐらいなら続けられるかもしれんけどね、5年の時点でもう無理だわっていう。
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たぶん3年までは人生のすべてをかければやれる気がする、やれる可能性はあるけど、
5年とかはもうどうやったらそんなことができるのか、ちょっと想像ができないレベルっていう感じで。
ゴリゴさんは普段、本書くのは辛かったってずーっと言ってるよね。
うん、辛かった。より正確な言葉で表現するなら、大変だったなのかな。
そのことしか、心の余裕がなく大変だった。
なんかあの忙しいっていう感じがさ、心をなくすって言ってさ、言葉として良くないぞっていう風に言われるんだけどさ、
なんかその心をなくすっていう感じの忙しい感じになる。
だから他のことが全然やれんくなる、本を書いてしまうと。
っていうのを15年間続けられているテクニックというか秘訣というか、まあそういうことがいろいろ聞かれてるんだけど。
その書くためのツールとか、どういう環境で書き進めてるのかとか、そういう話が出てくる。
だね。それに加えてその、例えばどういう時間に書いてるとか、1日どんくらいの時間書いてるとか、
どういうことが大変で、どういうことをやっているかみたいな。
なんかね、いくつか面白いことが、基本的に佐々木さんが喋ってることはだいたい9割以上がすごい特殊で面白いんだけど、
その中でもすげーなーって思ったのが、本も一回途中まで書いて、ずーっと苦労しながら上手くいかねーってなるんだけど、
もうこれはゼロから書き直した方が早いなって思い立って、編集さんにもう一回書き直そうと思いますってメールをして、もう一回最初から書くっていうのが、
すでにそのやることの一部に組み込まれている。
だいたいはもうやり直しになってやり直して書くっていうのが、もう予測されているからそのつもりで本を書いているみたいな話とか。
それってさ、そのやり直すプロセスがもう含まれているというか、もうそれも一つの本を書く作業というか、プロセスの中に組み込まれている。
なんかその佐々木さんの中でそういうつもりでいて、やり直しになることは当たり前の。一般的に例えば俺の話でも、やっぱ途中まで書いておいてさ、また最初からやり直すなんてなったらさ、すごい嫌なんだよね。
でもやればそっちの方が出来が良くなるし、やれば終わるから、さらにやってるとなんだかんだ2倍ぐらいで書けるんだって、速度としては。
その最初に書いたやつよりも早く書ける。
そう、だからまあもう結果、嫌な気持ちになろうがなんだろうが、やればいいっていう、こうすごい理論が話されていたりとか、
あと基本的に書くことというものに全く苦労したりとか、書くためにこういうことをなんか儀式が必要みたいな人とかって割と多いと思うんだけど、
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そのこの場所でしか書けないとか、コーヒーを用意して、それじゃないと書く体制に入れないみたいな、そういうやつ?
っていうのが全くないらしくて、それでね、そのなんでなんだろうっていうのが言語化されていて面白いなっていうのが、
佐々木さんにとってこういうことは書いちゃいけないっていう縛りみたいなのが全くないっていうのとか、
そのこんなことを書いたら恥ずかしいんじゃないか、バカにされるんじゃないか、笑われるんじゃないかっていう感覚が全くないから、
こう、とにかく書けばいいっていう、そのとにかく書けばいいってなんて言ったらいいんだろうね。
まあそのために心理的な障壁が天然で限りなく存在していない。
よくさ、そのノート術系の話でそういうのが出てきて、とりあえず自分の頭ん中に浮かんだものを紙に書き出す。
その時に、これはなんか書いたら恥ずかしいとか、こんなこと絶対できるはずがないみたいな、そういうのはもう全く考えずに手を動かすことが大事だ、みたいなことを言われてて、
実際にそういうのをやって、いろんなことをクリアにしていくっていう方法がいろんなノート術っていうので言われるんだけど、
なんかそれに近いものってことかな。
多分ね、全く一緒なんじゃないかなっていう。
ささきさんのブログとか本とか見てて思うのが、そのだいぶ編集の手が入っているだろうなーって思ってたんだけど、
本の中でまさにそういうことも言っていて、基本的に書くことを書いたら、あとそれを読みやすくするのは、言ってしまえば編集者の仕事なので、そういうのはだいぶ任せていて、
どれだけ文章が違っていてもって言うとちょっと語弊があるかもしれないんだけど、文章をいじくられることに何にも抵抗がない系の著者。
俺も基本的に自分が書いた文章とか、後から人がどれだけ直そうが、もう1回ちゃんと見直しはさせてねっていうのは思うんだけど、どういう風になっていても割とokなんだけど、
そういうの結構嫌う系の著者との人とかは多いらしいんだよね。
そういうのも全くなくて、とにかく書くことが著者の仕事なんだから書けばいいっていうのを極めつけていくと、そういう風になるんだなーっていうのが一冊を読んで分かった印象を一言でまとめると。
あとこの本を見てみて、まだ春名は読んでないんだけど、目次とかなんかパラパラって見た程度なんだけど、
なんかよくあるインタビュー形式の本って、なんか読みにくかったりとかするのが割と多くて、普通の売ってる本の中では。
でもこの佐々木さんにインタビューした本、書くための名前のない技術に関しては、なんかすっごい読みやすい。
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そこはね、たくさんの技量が優れているっていう。
たぶんさ、そのインタビュー形式のやつで読みにくいって思うのは、たぶん喋ってることをそのままテキストに起こしただけで、交互にやりとりが乗ってるだけの本っていうのが、結構な確率であるっぽくて。
そんなにあるんだ。
うーん、個人的な感覚だと、ウェブのインタビューとかもそうかな。
ウェブでクオリティー低いのは、ちょいちょい目にするかな。
そういうのを見てて、その対談とかインタビュー系のやつって、なんか読みにくいなとかって思ってたんだけど、このたくさんがまとめてる形式っていうのは、すっごいなんか読みやすくて、内容もその入ってきやすい。
対談でこう話、2人の掛け合いでしてるんだけど、1個のなんか本になってるっていう、うまく説明できないけど。
裏話的なところを聞いた範囲で言うと、極論を言ってしまえば順番入れ替えたりとか、内容を変えたりとかまでしているっていう。
あ、じゃあこの話したまんまを追ってるわけじゃなくて、本としてこう読みやすいように。
ここの話題はこっちにつなげた方がいいよねっていうのは、順番を入れ替えたりとか、そういうことはしているっていうふうに、多分言っていいと思うので言っていた。
すごく読みやすい。
俺もともとね、インタビュー物って好きでさ、そういうなんて言うんだろう、本としてまとめてしまうとさ、よくも悪くもまとまるじゃん。
そういうふうにまとまるんじゃなくてさ、言っていることの中からいいところを探し出して真似をするみたいな感じのやつは結構好きで。
これもちろんさ、たくさんはアウトライナーを使って書いてる。
まあそれがねそうじゃなかったら、たくさんではなくなってしまうから絶対だと思うっていうか、そうでないはずがない。
ちなみにこれね、そのKDPで出て、その日中に全部読んだんだけどさ、ポッドキャストで話そうと思ったらさ、一気に読みすぎてさ、
頭の中が全然まとめられんくってさ、もう1回ハイライトしながら読み直してさ、それを振り返っていたら結構時間が経ってしまってっていうふうになって、
なんかね2回読んだ本久しぶりだった。
短いから2回読めるっていうのはあるんだけど、でもなんかあの短いのは短いで読みきった感があるのと、
2回読めるぐらいのお手軽感があって、このぐらいの分量割といいんかもなっていうのは思った。
一般的な本として見ればだいぶ短い、ペラペラの本ぐらいの大きさ、長さになるのかな。
それぐらいの方が一区切りっていうか、一息で読めて、振り返るのも2回目とかでいけるから、
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本を読むっていう意味ではそれぐらいのボリュームの方が、なんか自分の身になるような気はする。
これね紙で出さなくていいからっていう話でさ、どういう人と、紙と関わっている人と話すと、誰もが言うのが、そのね薄いと売れないから分厚くしないといけないっていう。
本の分厚さが?
ペラペラはもったいない感じで、本としてのありがたみがなくなるから、その200ページぐらいは作らないといけなくて、
やるから水増しして、最後の方は無理やり詰め込んだようなものがだいたいどんな本でも増えるっていう。
KDPは少なくとも見た目でそれは分からんからさ、お互いにとって、意見はいろいろあるんだろうけど、お互いにとって無駄なことがなくていいっていうことができるのは電子のメリットなのかもしれないなって今思った。
確かに、電子書籍だとどれくらい読み進められてるかみたいなのパーセンテージで表示はできるけど、
こっちの本が紙の本だとこれぐらいの分厚さの分量で、こっちの本だと紙の本だとこれぐらいみたいな、見た目による感覚みたいなのは全くないね。
実際さ、自分でも本屋さんで売ってる本がペラペラだったらさ、あれって思って買わないっていう感覚はわからなくないからさ、
電子だけで出せるっていうのはそういう意味でも良いことですね。
ということで、書くための名前のない技術、ケース1、佐々木翔吾さん編を読んだよっていう話でした。
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