田中 愼一
結構読んでると、いいこと書いてるじゃんとかね、この文章は稚拙だなとかね、いろいろその本との対話が始まるわけですよ。
その中で、破壊者の流儀って何かというと、もともとちょっと仕掛けたことなんですけども、
織田信長っていうのが千利休と組んで、ある意味信長の茶というようなものを作ったんじゃないかなという、ある程度の仮説があって。
今でも鎌倉で活躍されている宗徧流、山田宗徧さんという家元がいて、その方と長らく信長の茶を語ってたわけですね。
ただ語ってるだけじゃつまんないよっていう話で、誰が今の有名人の中で信長が好きな人いないかなと。
僕の記憶ではもう亡くなられた本田宗一郎さんが信長大好きだったんですね。
その当時10年ぐらい前かな15年ぐらい前かな、パッて思いついたのが一人が小泉純一郎さんね。
もう一人が孫正義さんね。
この二人にアプローチして、信長の茶を実際家元に作ってもらって、それを実際やってみて、
願わくばそこから何か本か何かで出しちゃうと面白いんじゃないって話になってですね、家元と。
実際いろいろ画策して、最終的に小泉さんの了承も取り、それから孫さんの了承も取り、
特に孫さんの場合は自分の茶室があるんですね。お持ちなんですね。
その茶室を使おうって話になって、茶会を開いたんです。信長の茶という茶会ということで。
何時間ぐらいだろう。4時間ぐらいやったのかな。その後、食事とか等々ってあったんですけども。
その中で、ここで小泉さんとか孫さんの話をするつもりはないんですけども、
そういうものをやったことがあるんですね。それを本にしたのが、破壊者の流儀っていうことで。
そのとき破壊者という言葉はある意味いい意味で使っていて、
そのときの日本の破壊者っていうのは小泉純一郎と孫正義さんが変えてきたんだなと。
政治を変える、あるいはビジネスを変えるっていう形だよね。
そんな場を作ったんですが、その場はあくまで何て言えばいいのかな。
注目を集めるための、要するにパンダって言ったら怒られちゃうけど、そういう部分なんですけど。
結局その中で、いろいろと戦略コミュニケーションの発想とかそういうのを説いてるんですが。
ただ、そういうこともあって、お茶とコミュニケーションっていう。
特に信長のお茶になんで興味を持ったかっていうと、
やはり信長っていうのは、お茶を単なる稽古ごとで終わらせなかったんですね。
当時第一級のビジネスマンである千利休。
彼は堺の商人として、その当時ナンバーワンのビジネスマンだと思いますけども。
それが千利休と組んで、ひとつの茶の様式を作って。
僕はそれを勝手に侍の茶って呼んでるんですけども。
その流れが今の鎌倉の宗徧流に入ってるっていうことなんですね。
鎌倉の宗徧流ってのは侍の茶って言われてるんですけども。
いずれにしても茶という茶道という茶の場をですね、信長が非常にうまく使ってやってたなと。
具体的には、いわゆる発信基地とした。
情報収集だけじゃなく発信基地とするということで。
例えば長篠の戦いで武田の騎馬軍団を殲滅したときっていうのは、
彼は勝つことは当然わかってるんだけども、勝ち方がすごく重要で。
いわゆる殲滅したという勝ち方じゃないとダメだと。
つまり日本最強の騎馬軍団である武田軍を殲滅したっていう、
それがメッセージとして非常に重要だと。
特にその当時、西国の毛利、毛利勢ですね。
毛利勢っていうのがやっぱり、しっかりと最大の敵にその当時なっていたんで、
毛利に対してそういうメッセージを打ち込みたいと。
織田軍は基本的には、天下一の騎馬軍団である武田軍を殲滅したというメッセージを。
それを彼はどういうふうに、西国の毛利一族に発信したかというと、
田中 愼一
基本的には一つは、京都に戻って茶会を開いて、
そこに公家衆とそれから商人を集めて、
それで実際に自分が見てきたその殲滅戦を語るんですね。
長篠の戦いをこうやってこうやって。
当時、マスコミっていうのはいませんけれども、
マスコミに似た形で情報を全国、津々浦々に流してる人っていうのが2人いて、2種類。
1人は公家衆なんですね。
公家衆っていうのは都がもうボロボロなんで、みんな地域に広がってって、
そこで京都もつながってるから、
そこでいわゆるいろんな情報のやり取りっていうのを公家衆がやってる。
それからもう一人の情報のやり取りの専門家っていうのが商人ですね。
商人がもうあちこちに国の田舎まで乗り込んでって商売やってますから、
そこを通じて情報が流れる。
だから基本的には記者会見してるようなもんなんですね。
お茶会っていうのが。
だからそういうふうに、いわゆるプレスコンフェレンスをやったようなことを茶会でやって、
その当時のマスコミにとって代わる情報の流通を引き受けていた商人と公家衆に対して入れていくっていうね。
非常に面白いやり方で、非常にコミュニケーション上大きかった。
それからもう一つは、当時は信長が他の戦国大名と違ったのは、
土地本位制じゃなくて、銭本位制を早くから取ったっていう話で、
土地は増やしても限界があるわけですね。
土地を増やすのが限界であると、逆に人が動かす量も限界になる。
ところが銭本位制で銭を中心に貯め込んでいくと、
銭はどんどん作れるんですね。土地と違って。
銭を使って彼はある意味勝った。
なぜかというと、織田家っていうのは元々津島の商業町でなんですね。
だから彼らは商人としての感覚がめちゃくちゃ強くて。
だから彼は銭を作ることを普及させるんだけども、
銭っていうものを使って人を動かす。
さらには、茶と関係するところでは、土地や銭に代わった三つ目の価値を作るんですよ。
それは何かというと茶なんですね。茶道。
つまり千利休と組んで、そこあたりにほっぽりっぱなしで作られた汚い器を、
これは素晴らしい、わびさびじゃーって言ってるんですね。
いわゆる価値をイメージさせちゃって、そこにお墨つきつけちゃって。
当時の千利休と信長が組むんですから、なんでもできますよね。
全然無価値だった器を、これは茶器じゃーって。
もうすでにその当時、大名とかそこあたりの武士団っていうのは、
土地をもらうよりも、銭もらうよりも、茶道、お茶会に参加してもいいという許可をもらうことがですね、
もう最大の価値になるぐらい。
つまり茶道というものを一つの第三の、いわゆる土地と銭に次ぐ第三の価値創造したっていうことで、
信長は非常に戦略的に茶道を使い込んだんだなって思いますね。
信長自身もどういうふうに、自分自身に対してその茶道をやったかっていうと、
たぶんですね、やってみるとわかるんですけども、
よく茶道行って、お茶会初釜とかいろいろ行って、
いわゆる点心っていう、ちょっと料理が出るんですけど、
そのときにお酒が少し出るんですが、
何回も飲んだことのある銘柄のお酒が出てきて、それを飲むんだけど、
もう、えーって思うぐらいおいしいんですよ。
つまり、舌の感度が鋭敏になるんですね、お茶会っていうのは。
なぜかっていうと、絶えず緊張してるっていうこと。
それからいろいろなものとの対話が始まる。
つまり、もちろん人と話すっていう場もあるんですが、
それ以上にものを観察する。
そこから何を発想するっていうことがずいぶん多いんですね、お茶会っていうのは。
そのお茶会のプロセスを引いていくと、やっぱり受信感度がまず高まるっていう。
これよく言うんですけど、茶会が終わってから東京に帰る途中の風景が違うんですね。
だから同じものを見てるんだけど、茶会をした後、
その同じ風景を見ると違う意味で見えてくるっていうか。
それほど人間の感度っていうのは、研ぎ澄ますと見えてる風景が変わってくるんですね。
それから発想が当然ながら、感度が高まると高まってくるし。
発想が高まっていくと、やはりそれを表現するっていうか。
だから茶会そのものが表現の場なんですね、一人一人。
それを4時間ぐらいずっとやってると、徐々にみんなの表現が変わってくるんですよ。
特に非言語。言葉を交わす場ってそれほどないんですけども、
それ以上に非言語、動きとか姿勢とか、そういうのがだんだん整ってくるんですね。
だからそれは多分感度が磨かれて、発想が磨かれて、
人間は、所詮は基本的に受信、発想、発信という、表現ですね発信という繋がりをぐるぐる回してるんで、
その一つの限られた時間と空間の中で、4時間ぐらい過ごすと、
徐々に自分の感度が高まり、受信が高まり、発想力も高まり、
表現力っていう発信も高まっていくっていうのが、茶の場で経験できるんですね。
自分自身でも経験できるし、相手の表現を見てると変わってきてるなっていうのがわかるっていう。
田中 愼一
だからある意味、そういうこともあって、リーダーのお茶っていうのをやろうぜって話でずっとやってて、
ああいう本に一つ結実したんですけども。
だからそういう、受信、発想、発信っていうのは、これはみんないつもやってることなんですけども、日々ね。
でもそこをどっちかというと、研ぎ澄ますっていう手法がいろいろあるんだろうなって。
その一つが茶道かなっていうふうに今考えてるんですけどね。
だからふとふと昔の本、自分の本をパッと見て読み出したら、そういう話がわーって出てきて、
茶道以外にも、我々の日頃の中でそういう研ぎ澄ます、
受信、発想、発信を研ぎ澄ますための動きっていうか、プロセスっていうか、
そういうものが重要なんだなっていうのを改めて実感したって、こんな感想なんですよね。
中川 浩孝
この本を読むとわかるんだとは思うんですけれども、実際にその4時間くらい小泉さんと孫さんとお茶会をやって、
あまりしゃべることもない中で、じゃあその中で何をお互い感じ取ったのかというか、何をそこで発見したのかっていうのがすごい興味があるところなんですけど。
田中 愼一
多分ですね、その終わった後、食事会したんですよ。
食事会っていうか、すごい場で料理屋を呼んで、そこで会って、その時に会話がものすごく弾むんですね。
だから4時間という中で間違いなく言葉数は少なく、言葉もですね、例えばいろいろなこの器はいいですねとか、
これはねこういう歴史があるんですよとか、いろいろなものっていうのがたくさん置いてあるんですけどもシンプルに。
そこに対しての話を中心に、信長だったらどう考えたんだろうねとか、小泉さんの考えを言ったり、孫さんの話をしたり。
僕はコミュニケーションの視点から入れたり、あと家元は家元でね、実際4人でやって、4人というか実際5人なんだけど。
そういう中で自分自身も感度が高まって、発想も高まってって、それが最後の食事会のところで非常に盛り上がってですね。
だから連帯というか、エンゲージメントがものすごく深くなったということと。
中川 浩孝
面白いですね。そこでは会話はなかったんだけど、同じ体験をしたことによって連帯感が強まるっていうのはすごく面白いですね。
田中 愼一
それは同じ体験っていうのは、今言ったその自分自身が変わってるなってわかるのと、
自分自身の表現が変わってるんだろうなっていうのがわかるのと、相手の表現も変わってくるっていう。
だからお互いにトランスフォームしてるんですよね、ある意味。
そうすると連帯がものすごく強くなって、その終わった後は今度バンドが入ってきてカラオケやったんですけどね。
そこまで行っちゃったっていうか。
だからその連帯がものすごく強くなる。自分自身の受信発想発信っていうサイクルをぐるぐるぐるぐる回しながら、
自分自身も研ぎ澄まして、自分でもそれを感じるんですけども、
多分相手も変わってきてる。
だから相手も自分自身を見て変わってくる。周りがみんな変わってきて、表現発信が。
だからある程度のレベルまで受信発想発信っていうサイクルが上がっちゃって、
それがある意味結果的にはエンゲージメントをものすごく強めたっていう。
だからたぶん彼はあれ以上ね、例えば部下とのコミュニケーションというかね、
エンゲージメントとか大名とのエンゲージメントっていうんで、
お茶の場っていうのをものすごく活用したんでしょうね、織田信長っていうのは。
だって孫さんだってね、自分で茶室まで作っちゃうんだもんね。
室内ですよ。室内で川が流れてるんですから。
高木 恵子
へーすごい。
田中 愼一
ものすごいんです。はい。
高木 恵子
でもあれですね、企業がやっぱり一昔前からオフサイトとかやり始めてね、
社員の吸引力を高めるみたいなことをやり始めてる企業が多いからね。
そうですよね。
田中 愼一
それは昔で言う、社員旅行じゃなくて、もう少し自由度のあるね。
昔は強制的に社員旅行だったけど、あれはもうなくなっちゃったけど、
でもやっぱりそういうオフサイトで何か場を共有するっていうのは、ものすごく自由だったね。
高木 恵子
チームビルディングみたいな感じでやってますよね、いろんな企業がね。
田中 愼一
僕も結局そういうのをやったんで、結構IT関係の創業者とか、
いわゆるスタートアップの連中とかの若手の連中を呼んで、大体5人ぐらい呼んで、
それを結構定期的にやってたんですよね、家元と一緒にね。
そこでいろいろこういう成果があるなって一時期ずいぶん研究したもんですけどね。
でも日本のトップ経営者って、もう少しもともと日本にあったこのお茶というね。
お茶だけじゃないと思うんですよ。他にもいろいろあると思うんですね。
でもそういうのをやっぱり身につけるっていうのはやっぱり重要でしょうね。
高木 恵子
スティーブ・ジョブズさんから、セールスフォースのマーク・ベニオフに伝わった禅。
高木 恵子
彼らはだからもう多分頻繁に京都に来て禅やってるみたいですよね。
田中 愼一
なるほどね。
高木 恵子
そのトップ、本当に自分たちが最前線のトップの時から、自分がまず禅をやってたみたいですよね。
まあ今も多分、マークさんはやってらっしゃるみたいだけど。
田中 愼一
禅は非常に、そうですね、精神集中させるっていうことと、それから自分をゼロにするっていう。
で面白いもんで、自分がゼロになるとですね、ゼロっていうのは自分の思い込みとか偏見とか好き嫌いとか、
知識とかいうものっていうのをゼロにしていくと、
見えてくる風景がね、変わってくるんですよ。
ってことはそこに感度が高まるから、発想の源が出てくる。
発想の源が出てくると当然表現も変わってくる。
多分そういう効果は間違いなく善はありますね。
ただ色々なやり方があって、禅はどっちかというと自分をゼロにマイナスにしていくっていうやつですね。
もう一つ、密教のやり方は逆で自分をどんどんプラスにしていくっていう。
だからどっちともね、感度と要するに受信と発想と発信力が研ぎ澄まされます。どっちのやり方でも。
だからゼロに近づけていくのか、無限大に近づけていくのか。
高木 恵子
お茶はだからあれなんですよね、無限大の方なんですよね。
田中 愼一
どっちかというとそうですね、無限大に近い方かもしれないですね。
高木 恵子
ゼロにはお茶、ゼロって感じはしないかな?
田中 愼一
いろんなものが入ってきますから。
高木 恵子
そうですよね。
田中 愼一
だから精神集中っていうことで言うと、どっちかというと無限大に、無限大っていうのは文字で言うと空。
空って書いて空の関係。よくゼロと空は一緒だって言うんですけど、全然違うんですね。
無と空は違うんですよ。ゼロっていうのは無として捉えるべきであって、
無と空っていうのがあって、無っていうのは逆に言うとどんどん自分をなくしてきながら新しい風景を見る。
空っていうのは無限大の可能性を秘めてるんですよ。
だからそこから広げていく。
インド哲学の中で空っていうのを研究すると面白いかもしれないです。
もともと生んだのはインド哲学ですから、空っていう概念。
ゼロっていう概念を作ったのはインドですから。
多分インドの哲学の中では、2つの2種類の空を考えて、
1つが無で、1つが本当の空。
禅は間違いなく空をやるっていうことで、密教は一旦無にならないと空に入れないんですよ。
だから空と無っていうのは結構研究課題としては面白いかもしれないですね。
高木 恵子
なるほどね。
ちょっと前からだからサウナブームがすごい若者たちというか、今の人たちにすごい人気で、
結局あれって形を変えた禅じゃなくて、無にすることを割と若い人たちが好んでやってみたいに流行ってきてますもんね。
田中 愼一
やっぱり雑念世界じゃないですか。我々の生きてるところって。
ましてや昔と違って情報過多じゃないですか。
そういう中では自分の頭をゼロにしないとどうにもやっていけなくなるわけですよね。
そういう意味では、坐禅、禅っていうのは非常に重要な手法の一つだと思います。
高木 恵子
で、サウナがちょっとプチブームにずっとなって、
逆になんかこうお茶ってだから少し敷居が高いとか、少し何だろう、昔のことをみたいに思っちゃう人、だから禅とお茶みたいなセットだとすると、
サウナになるような、お茶の今みたいなものがなんか来てくると、サウナみたいになんかお茶の変わったブームができるかもしれない。
田中 愼一
確かにね。宗徧流の場合はヨガの要素を入れてるんですよ。
侍の茶って何が違うかっていうと、他の茶法と違うかっていうと、動きが実は筋トレになってるんですね。
だから終わったらね筋肉痛になっちゃう。
考え方はなんでそうなのかっていうと、侍の発想としてはね、
ジムに通ったりヨガ教室にはいけないから、
自分の日頃の動きの中に、例えば洗濯物をしてる動きとか、食器を洗ってるときの動きとか、庭手入れをしてるときの動きとか、
立ったり座ったりする動きとか、日常の動きの中に筋トレを入れ込んでるんですよ。
高木 恵子
へー。
田中 愼一
それと同時に、いわゆる精神の方も鍛えるっていうことで、実際の作法やプロセスを経ることによって精神も鍛えていくっていう。
筋トレ、メントレもちゃんと含まれてるっていう。そこが面白いなと僕なんかは感じてる。
それを今、けいこさんが言ったように、もう少し入りやすい。
なんか、禅にしても、お茶にしても、なんか色々作法があったなとか、敷居が高いってのは間違いなくあるんで。
高木 恵子
でもサウナがこれだけブームになって、あんまり年齢とか性別関係なく、結構みんながもうハマってるから、一種の無にする空間の中に自分を置いてるわけですよね。
田中 愼一
もともとヨガっていうのは、無になるか空か分かんないけども、ゼロという発想を生んだ理想の境地っていうことで、それになるためにヨガっていうのが開発されて。
ヨガっていうのは意味はあれですね。瑜伽(ゆが)っていうふうにも言うんだけど、悟りの境地ですよ。
だからヨガが動いていながら、呼吸法とか、ヨガの動きとか、体をストレッチするとか、その中でどんどん、心のほうをですね。
要は人間って心からスタートすると絶対ダメで、体の動きから入っていくと心がだんだん落ち着いていくんですよ。
高木 恵子
へー、そうなんだ。