田中 愼一
今日は、意味付け力っていう、意味付けるっていうことっていう話をちょっとしたいなと思ったんですね。
昨日だったかな、今日の朝だったかな。チラッと石破さんが出てくるね。総理が出てくるシーンがパッとあって。
本当に何秒だろう。30秒ぐらいだったと思うんですけどね。
その次にチャンネル変えたら、また石破さんがちょこっと出てて。
大体30秒から20秒ぐらいの映像を、チラッといくつか見てたんですね。
ちょっと変わったかなと。石破さんが発信してるメッセージが変わってきたかなと。
見え方が変わってきたって言った方がいいのかな。
今まではどっちかというと、言行不一致みたいな形でですね、語れど行わずっていうようなイメージが当初つきましたよね。
そういうイメージがずっとしばらく長くついたんだけども、
やっぱりちょっと何か変わった気がしてるんですよ。
それは今、国民民主党との連携で、昨日でしたっけ、補正予算が通ったということで。
いろんな形で、最初的に見てると、一生懸命野党と一緒に連携しながらやってるっていうような姿が、
少し垣間見える事象だったかなとは思って、なんか変わったなと。
だから今後そういうところにも目を振り向けて、どう変わっていくのかなっていうのは見たいと思うんですが、
なんかそう思ったときにですね、ふとですね、よく言いますよね、一を知って十を知るっていうか、
全体は知らないんだけどその一部を知るだけで全体が見えてくるっていうことなんですけども、
一を教えるだけで十を習得してくれるっていう、そういう人ってたまにいるじゃないですか。
そういう人っていうのは、ある意味その意味付け力っていうんですか。
自分の目の前で起こっている些細な事象に関しても、絶えず意味付けていくっていう習慣がある人たち。
そういう人たちっていうのは、一を見せただけで、他の九を全部推測できるような能力。
これはある意味人間にとってはすごく重要な話で、
言い方を変えると先を読むっていうのと繋がってくるのかなと。
だから人間って毎日生きてるんですけども、絶えず自分の先がどうなるかっていうのにすごい関心があると同時に、
それがなかなか読めないっていう、いわゆる苦悩もあるんですけども、
でも今言った、一を教えたら全体の十を知ってくれるような感覚っていうのが、やっぱり人にはあるんだろうなと思って。
ちょっと意味付け力について考えてみたんですけどね。
その意味付け力っていうのは、結局目の前に些細な事象が一つ現れただけで、その背後にある世界がわかるっていう能力だと思うんですけども、
それはなんか超能力みたいなもんじゃなくて、目の前に起こった事象っていうのが自分にとってどういう意味があるのかなっていうのを考える習慣をつくってことですね。
徐々にその目に見えている部分の背後にある見えていない部分っていうのに対するイマジネーションがどんどん湧いてくるんですよ。
そうすると、もしかしたらこの背後にはこういう動きがあって、これはもしかしたらあの件と繋がってるのかな。
他の事象と繋がりがあるのかなっていうような形で、見える部分の背後に、背後霊みたいな形でですね、だんだんイメージが膨らんでくるんですよ。
それはイメージですから見えないんですよ。見えないんだけども、イメージとして捉えることができる。
そうするとですね、目の前で起こっている事象がしっかりとだんだん意味付けられてくる。
だから意味付けられるっていうのは、たぶんそのイメージを膨らますと同じで、
見えている事象はしっかり見てるんだけど、その見えてないところをどんどんイメージで固めて一つの絵を描いていくっていう。
そうするとそれがある程度密度が濃いイメージになってくると、なるほどねっていうふうに自分にとっての意味付けがなされるっていう。
たぶんそういうことだと思うんですね。
だから僕の場合は本当に、石破さんが変わったなって直感的に思ったっていう自分の思考回路を考えていくと、
まずパッと映った一部の映像を見て、これは大きな流れがこれから変わる。
もしかしたら石破さんの見え方っていうのは変わってくるのかなというようなちょっと予感がパッと出てきたっていう。
だからそれっていうのは、いわゆる見えているものを見えてるままにせずに、
見えているものを一旦自分にとってどういう意味があるのかって忌み付けのプロセスをすると、
徐々にその背後にイメージがどんどんどんどん出来上がってきて、
そのイメージがある意味で言うと先を読むっていうのと繋がってくるような、そんな感じですよね。
田中 愼一
なんでこんな癖がついたかっていうと、
昔国政選挙を3年間やった中で、あの当時国民の世論が今どっちに向いてるのかっていうのを調べるのに、
一番使ったのはあの当時はやっぱりテレビなんですね。
テレビを徹底的に、もう2003年の話ですから。
中川 浩孝
ニュースステーションとかそういう時期ですよね。
田中 愼一
まだまだSNSっていうのが未発達で、
結局やっぱり世論っていうのはマスコミの影響が一番でかいっていうことで、
それでやってて、とにかく毎日映像を見て、そっから世論の動向を弾き出して、
それをアドバイスして、選挙のメッセージ発信に役立てたって仕事をずっとやってたんですけども、
それ毎日3年間ぐらいやるとですね、徐々にイメージ力が高まってくるんですよ。
中川 浩孝
まあトレーニングですよね、やっぱりね。
田中 愼一
一種のトレーニングで。
だからなんかちょこっとした事象がね、普通の人はちょこっとした事象だって思っちゃうのも、
そのちょこっとした事象はちょこっとじゃなくて、
実は見えないところがこういうふうに動いてるんだっていうところがだんだん見えてくると、
先読みが本当にできるんですよ、世論の流れの。
少なくてもね、一番激しかった時っていうのは、
例えば3日後、1週間後にどういう流れになるかって見えてくるんですよ。
これ間違いなく見えてくるんですね。
今はちょっとそこの感度が鈍ってるから、そこまでは見えないけど、
当時は3日後ぐらいにこれが動くなとか、
1週間でこういう形になるから、今この時点でメッセージ発信しとかないとダメだなとか、
あのね、見えてくるんですよ、先読みっていう形でね。
だからなんていうのかな、そういう、別に超能力でもなんでもないんだけども、
努力ですか、意味付ける、絶えず目の前で起こっていることを自分に対して意味付けていくと、
いわゆる見えない世界も見えてくるっていうね、言い方。
まああんまりこう気をつけなきゃいけないんですけどね。
見えないものが見えてくるって言うとなんか超能力か、宗教家がなんか思われちゃうけど、
それは別にそんなもんとは全然関係なくですね。
ただひたすらひたすら自分の目の前で起こっている些細なことも大きなことも、
全部自分にとってどういう意味があるんだっていうことで考えていくと、
だんだんイメージが膨らんできて、その目の前で起こっている事象の意味がより明確にわかってくる。
中川 浩孝
そうですね。
田中 愼一
そうすると結果として先が読めるようになるっていうのは、
あの僕の長年の経験の中では自分なりには実証されてるなとは思いますね。
中川 浩孝
確かにね。
確かにでも2000年の前半と比べるとやっぱりソーシャルが入ったことで、
スピード感とかだいぶそこは確かに違いそうですよね。
田中 愼一
まさにSNSが入ったことによって全てスピードが早まったってことですよね。
だから逆に言うと我々もですね、それだけ我々の受信感度もですね、
そのスピードに追いついていくぐらいのものをやっぱり身につけとかなきゃいけない。
そうするとやっぱりどういうトレーニングをするとそういうことができるかというと、
僕の実践的な経験からすると、
やっぱり目の前であることを即自分にとってどういう意味があるのかっていうふうにやっていくってことですね。
これは結構ね、例えば嫌なことが起こりますよね。
要するにピンチ、想定外が起こって、え?って思って予想を裏切られたときも、
これも一つの事象じゃないですか。
それをあえて自分にとってもう一回意味付けをしていくと、
面白いことに、ピンチじゃなく実はチャンスだったってことがよくあるんです。
だから意味付けるっていうのは、ある意味自分自身を守るっていう意味でも、
絶えず意味付けしながら、要するに人間って面白いもんで、
自分の目の前で起こった事象がいい事象だ、悪い事象だって決めつけるじゃないですか。
そこを意味付け力が非常に高まっていくと、
初めはちょっと驚くんだけども、ちょっと待てよって考える。
そうすると様々なイマジネーションが膨らんできて、
これはピンチと考えるよりもチャンスと考えた方がいいんじゃないかっていう。
だからやっぱりね、人間ってイマジネーションの動物なんですよね。
だから日々そのイマジネーションっていうものを鍛えるっていう方法の一つとしてね、
目の前で起こっていることを絶えず自分にとってどういう意味があるのか。
その自分にとっての意味があるっていうのをある程度習熟したらですね、
今度は人にとってどういう意味があるの?
社会にとってどういう意味があるの?ってここになるとね、選挙コンサルの世界に入ってくるんですね。
つまり国民から見るとどういう意味があるのか。
でどういう意味があるかってことは、国民にそういうメッセージが伝わってしまってるっていう。
だから、ある意味、自分にとってどういう意味があるのか。
相手にとってどういう意味があるのか。
社会にとってどういう意味があるのかっていうふうに、その相手を拡大して考えてイマジネーションの規模を大きくしていくっていうね。
これはあの面白いかもしれませんね。
高木 恵子
なんか昔からこう人間ウォッチングしましょうとか、なんかするといいですよとか、なんかそんなことってなんか昔から言われたじゃないですか。
なんかやっぱりこう人を見て、なんかそこでいろいろ考えたり気がついたりみたいな。
なんかそれもトレーニングの一つなのかなと思うと。
田中 愼一
トレーニングでしょうね。人間ウォッチングっていうのは僕から言うと、出会いですね。
人と会ってこうやって話すのも人間ウォッチングで。
だからやっぱりコミュニケーションっていうのをしっかりやっていくっていうのが、ある意味で言うと、これは面白いかもしれない。
コミュニケーションというものがどういう形で人間の先読み力を鍛えるかっていうのは、
コミュニケーションの仕方を変えることによってですね、多分先読み力っていうのが高まるんだと思いますね。
つまりそれは意味付け力が高まってる。もっと言うならばイマジネーション力が高まってる。
だから様々な方向からイメージする能力っていうんですか。様々な視点から。
そうすると基本的には視点の流動化って、僕は昔使ってた言葉あるんだけども、視点を絶えず流動化させていくことによって、
その目の前にいる事象は変わらないんだけども、その意味付けをどんどん自由に変えていって、
その中で自分にとって一番いい意味付けをとって、先を生きていくっていうのはあるんでしょうね。
だからコミュニケーションっていうのは、そういう意味ではコミュニケーションを極めていくと、
徐々にそういう先読み力みたいな、それを支えるイメージ力っていうのが育つんでしょうね。
高木 恵子
なんかまた私の日常的な例題になるかもしれない。
田中 愼一
習慣があるんですね。
高木 恵子
習慣というか、一つの本当、なんか私の体験なんですけど、
本当に若い頃から20代とか30代とか、すごい若い時に集まってたいろんなメンバーとかいるじゃないですか。
で、みんなだんだん大人になってきて、自分の家族とか生活がやっぱり人それぞれに変わってきて、
で、だんだんまた年を取ってくると、久しぶりに会おうよみたいになりますよね。
で、私の友達とあるグループのところで、結構旦那さんが外国人でとか、旦那さんの転勤で海外でとかっていう友達がいっぱいいて、
年に1回とか年に、ひろさんみたいに年に2回とか日本に帰ってくるっていう時に、じゃあみんなで集まろっかみたいな感じになるような、
結構昔からのすごい長い友達たちのグループがある中で、いつからか、なんか私が一番年長者だったんで、じゃあ誰かが帰ってくるから集まろうみたいな感じで、
じゃあいつがいい場所どうしようかみたいなことを音頭とってやってたのが、ある時から、誰が来るのっていうのを私だけに連絡が来るようになる。
そうすると、なんで、例えばメインに帰ってくる、ひろさんならひろさんが帰ってくる。で、ひろさんにみんなずっと久しぶりに会えるわけだから、会おうってストレートになるわけじゃないですか。
なんだけど、そのひろさんじゃなくて、え、たなかさん来るなのか、例えば他の人、そのいわゆるひろさんじゃない他に集まるメンバーで誰が他来るのみたいなことをこそっと私に聞いてくるようになる。
というところで私が、あれ?っていうのをちょっと思って、でやっぱりそれを何回か繰り返すと、どうやら誰々さんと誰々さんは最近あんまり良くないみたいに、だから別にひろさんに会いたくないわけじゃなくて、
集まる、集まるっていうこと自体に腰が重くなっちゃうっていう関係性。でも私の中では、その他に誰が来るのっていう、その自分が空いてる空いてないとか、
中川 浩孝
仲良くないんだなっていうのをね。
高木 恵子
何で聞くんだろう。今までは、だからそういう質問って起きなかったのに、単にひろさんが帰ってくるから、お、みんなで会おうってなるか、その日は何か例えばね、仕事が忙しいとか何とかでとか言って会えない、単純にひろさんと会うスケジュールの可否っていう会話になるのに、
他に誰が来るの?っていう質問が来るっていうその1個のその違う質問ですよね。それでなんか私はこう感じ取っちゃった。あれなんか何かが違う。
田中 愼一
はい、なるほどね。
高木 恵子
っていう、だから、その言葉を気がつくか気がつかないかっていうのも人それぞれで、トレーニングなのか、いろんな経験値なのか、田中さんの言葉で言う感度なのか、わかんないですけど、多分それがやっぱりわかる人とわからない場合でもあるんじゃないのかな。
だから私もそういう意味で言うとちょっとした職業病なのかもしれない。
中川 浩孝
でもなんかそれって聞く人も相手が気がつかないと思って言ってるのか、気づいてほしくて言ってるのか、どっちかなっていう時もあるじゃないですか。
私なんかはそれを言ったらこういうふうに相手に思われるなって思うから、それを言うかどうかをすごい考えちゃうんですけど、そういう人って意外とそういうことを考えてないのかもしれないですよね。
高木 恵子
そうそうヒロさんそれはね、たぶんね、私たちは逆にそのコミュニケーションがわかる人たちは逆にそれを使って相手を動かそうとかできるから、ちょっと意図した感じで喋っちゃうけど、意外と普通の人たちはやっぱりそういう感じでは言わない。
だから余計私はこの言葉で、きっと誰かとあんまり会いたくないのかなとか同じ集まりにその人が来てほしくない人が実はいるのかなって思っちゃうじゃないですか。
でやっぱりその後何回かこうやってると実はそうだったみたいな。
中川 浩孝
だから何か本当に広報とかコミュニケーションとかっていう本当にその職業的な部分じゃなくて、これって本当に普段のそういう個人関係であったりとか本当に普通の生活でまさにこの能力って使えるっていうのは良くないですけど、すごく敏感にやっぱり何か活用できる能力ではありますよね。
高木 恵子
だからやっぱりコミュニケーションは生活の中の必需品ですよね本当にねある意味。
だからといってこの能力この能力というかこのスキルこの感度が高いからといってどうなんだろう日々の生活が良くなってるかっていうと。
中川 浩孝
良くなってるかは確かにわかんないですよね。
高木 恵子
わかんないですけどね。
中川 浩孝
これによって余計な心配しちゃってる可能性もありますよね。
高木 恵子
そうそうそうそう。
田中 愼一
余計な心配しちゃってる可能性はあるでしょうね。
だから逆に言うとそこをどうマネージするか。
自分の中にできたその心配っていう感覚をどうマネージしていくかっていうのも、そう心配するっていうのも一つの事象ですからね。
高木 恵子
そうなんですよね。
中川 浩孝
そうだからそれを1を聞いて10を知るのは全員が同じ10を知るかはわからなくて、
人によってはこういう感じ方になる人もいるし違う捉え方をする人もいるから、
そこが近い人とやっぱり付き合ってると付き合いやすいっていうのもだからありますよね。
高木 恵子
そうなってきますよね。
田中 愼一
やっぱりね同じ風景を見てる人と話すのが楽しいですよ。
中川 浩孝
結局そうなるんですよね。
高木 恵子
年齢を重ねるとそういう風に集約されてきますよね。
若い時はいっぱいたくさんいた方が楽しかったりするけど、
もうだんだん歳をとってくると。
中川 浩孝
1言ったら10知ってくれよって思いますよね。
田中 愼一
でも逆に言うとですね、それは一方ではリスクがあって楽ですから、
同じ風景を見てる者同士で話をしてワーワーって。
同じ風景を見てない人と接するとやっぱりコンフリクトっていうか摩擦が出てくるから、
ああやりにくいな、話しにくいなって思っちゃうんだけど、
でもそういうのも入れとかないと、
ますます自分の見てる風景だけに凝り固まっちゃうと風景そのものの進化っていうのがなくなるから、
だからそれがある意味あれなんでしょうね、老化ということなのかもしれない。
中川 浩孝
でもね、だからそれが私たちくらいの年齢だったら老化でもしょうがないんですけど、
やっぱりエコチェンバーっていうかソーシャルでエコチェンバー現象みたいなのが起きて、
やっぱり自分が何か発言するとそれに近い意見ばっかりは見るようになってしまうっていう、
私たち以上に若い人でそれが起こっているっていうのはちょっと危険だなって思う。
田中 愼一
それは危険ですね。
だから逆に言うと若年老化現象がね。
若年老化現象っていうね。
それはちょっときついと思うね。
中川 浩孝
きついですよね、確かに。
田中 愼一
だから、確かに同じ風景を見てる者同士で話すと楽しいし、楽だし。
高木 恵子
楽なんですよね。
田中 愼一
やっぱりそこはバランスの問題でそういう部分もあるけど、
でも絶えずこうある程度摩擦を感じるような人ともね、風景違う人とも話さないと、
中川 浩孝
そうですね。
田中 愼一
どんどん老化していくよって話ですね。
中川 浩孝
まあ仕事ではそうではなくて。
高木 恵子
仕事の方が多いですからね。
だからプライベートはもういいやって思っちゃいますよね。
思っちゃう。
仕事でこうだからって。
中川 浩孝
そうなんですよ。
田中 愼一
確かにそうか、家帰ってくるとコナンしか見ない僕の生活態度を見てるとですね、
もう俺外で十分やってるからって。
高木 恵子
そうなんですよ。
田中 愼一
十分気使ってるからって。
中川 浩孝
多分そうだと思う。
高木 恵子
だからもういいんじゃない?プライベートのところは楽してっていうのが。
田中 愼一
あるね。
それは間違いなくありますよね。
高木 恵子
そうなってますよね。
中川 浩孝
やっぱりね、若い頃はね、自分の友達って言える人とだけ付き合ってればよかったけれど、
やっぱり社会に出るとそうはいかなくって仕事上付き合いがある人もいるし、
仕方なくやっぱりどうしてもお付き合いしなくてはいけないような人も中にはいますから、
そうなるとやっぱりね、プライベートはせめてなんか自分の気持ちのいい人とやっぱりお付き合いしたいっていう気持ちにやっぱりなってきますよね。
高木 恵子
そうなんです。もうそういうふうになります。
本当に。
中川 浩孝
だからね、やっぱりプライベートではそういう。
田中 愼一
そうなっちゃうんですよね。
でもね、そうするとね、逆に言うとプライベートの時間が増えれば増えるほど人間は、なんていうんですかね、劣ってくる。
高木 恵子
あー、なるほどね。
田中 愼一
結構あるんじゃないかと思って。
高木 恵子
そっかそっか。
田中 愼一
自分の同期の人間の方がどんどんどんどん、みんなもうプライベート空間が、時間がですね、どんどん相乗的に増えてるわけですよ。
で、それと相対してどんどんですね、彼らのですね、物の考え方が硬直化していくわけですよ。
中川 浩孝
あー、でもそうか、だからか。
高木 恵子
なるほど。
中川 浩孝
なんかフェイスブックとかで、やっぱりちょっとこの人大丈夫かなっていう発言がだんだん増えてきた、その引退した人とかにとってやっぱりそういう発言が増えてくるのは、やっぱりそれはあるのかもしれません。
田中 愼一
あるんですよね。
高木 恵子
なるほど。
田中 愼一
だから忙しい現役の時っていうか、そういうのはもう本当忙しいですから、ほとんどプライベート時間ってあんまりなくて。
で、そうするとそのプライベート時間がどんどん増えると、それに従ってやっぱりね、なんていうのかな、どんどんどんどん狭くなってきますよね、物の意見がね。
中川 浩孝
そうか。やっぱりじゃあ自分と意見が違くて、ちょっとあんまりこうコンフォタブルじゃないなっていう人ともやっぱりこう日頃からちゃんとコミュニケーション。
田中 愼一
ある程度やらなきゃいけないですね。現役でバーッとやってる時っていうのはもうしょうがない。もう仕事だから。
中川 浩孝
はい。
田中 愼一
でもプライベートになっても自分の自由っていうことで、だから自分のプライベートが増えたときをいかに逆にいろいろな人と出会うか、話すか、活動するかってすごく重要みたいで。
昔はあんまり考えなかったんだけど、やっぱり結構年をとらえた方でもいろいろ表に出てって、
活動とかいろんなことやられてる方いますよね。
ああいう方っていうのはやっぱりそういうやっぱり発想で、考え方が非常にそれなりにまだオープンですよね。
高木 恵子
なんかやっぱり趣味を持つって、ね、昔こう年配の人たちがすごく言ってたのが今すごくよくわかって、趣味を持つって実は新しい人と出会えますよね。
中川 浩孝
確かに全く今までの環境と違う世界の人と会うと面白いですよね、全く違う考え方が。
高木 恵子
そうそう、でも同じ趣味だから何て言うんだろう、あんまりその基本は、基本の同じ趣味が同じだから。
中川 浩孝
繋がる部分はあります。
高木 恵子
興味が同じじゃないですか。
ただもしかしたら考え方とかいろいろ今までのね、もちろん人生が違うから当然同じじゃない。
だから通常の近くにいる友達たちとは違いますよね。
だからこの趣味を持つってのはすごく今私なんかは実感してて、私もゴルフをやってるから、ゴルフで新しい人に会うと基本ゴルフが基準にあるから。
中川 浩孝
共通言語としてありますもんね。
高木 恵子
そうなんですよ、だからそこでただまあね、いろいろこういう考え方の人だとか、なんかこういう人なんだっていう刺激はだからあるから、やっぱ趣味っていいんだなって今思ってます。
中川 浩孝
そうですね。
田中 愼一
けいこさんゴルフやるんですか。
高木 恵子
もう私はもうゴルファーですよ。
田中 愼一
素晴らしい。
高木 恵子
もうだってもう自分のお休みはほとんどゴルフだから。
田中 愼一
本当に。
高木 恵子
週一でゴルフ行ってますよ、週末は大学。
田中 愼一
すごいな。
高木 恵子
すごいっていうか、だからコロナになってね、やることもなくなって今もう本当に母もいなくなったから、
何にも、本当自分が自由な時間ばっかりだから、
そうそうそう。
でね、あんまりコロナで家にずっといてもなと思って、あの時期でゴルフはね、割とゴルフだけができる、外でできるっていうかオッケーな感じで。
中川 浩孝
確かにそうですね、確かに。
高木 恵子
でももともとやってたんで、もうそれで思い切って会員券を買って。
田中 愼一
すごいな、もともとっていつ頃からやられてたんですか。
高木 恵子
クライアントでゴルフメーカーさんがいたんですよ。