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2026-11-03 1:05:23

自分の子どもがセクシュアルマイノリティーだったら? 【親子関係とセクシュアリティをめぐる座談】w/マッキー from ゲイで茶を沸かす

おたよりを送る

マッキーの\ちょっと聴いてよ〜/

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20年ぶりに母親と再会した話/子育て広場はヘテロの世界/差別を平気で言えちゃう空気感/自分ができないことを追体験している/マッキーさんの幼少期〜思春期/キスをしなかったことに不満を持たれて別れた/中学3年で両親が離婚/母親と叔母との3人暮らし/不良息子扱い/誰にも言えないことが増えていった/ネグレクト/手紙で攻撃してくる親/最後の手紙でカミングアウト/性ってメリットで選ぶものじゃない/叔母に支配される母親/病院からの電話/母親が倒れた/認知症とがんの叔母/母は脳梗塞/よう来たなー/彼が一緒に/2人ともかわいい息子やねん/20年の誤解/神回答/イケメン好き/認知症で柔らかくなった?/変化/弱った2人を見た瞬間のこと/対等に喧嘩できなくなる/親が弱ったら/雪解けはない/親へのカミングアウト事情/世代によって変わる/一緒に背負える体力/自分の子どもがセクシャルマイノリティーだったら?/受け入れる以外の選択肢がない/何年もかけて/絵本『ようこそ、あかちゃん!』/『きのう何食べた?』/ココメロンの描写/なんでマッキーと彼は一緒に住んでるの?/パパとママと同じだよ/子どもが成人するまでは絶対に言わないで//自分が自分であることが人にとって害になってしまう/自分事になった瞬間に受け入れられない/言っていい時期はいつなのか/包括的性教育/同性婚ができない国/ハード面とソフト面/誰がその環境を作っているのか/親には問答無用で味方でいてほしい/親に突き放される経験は誰にもしてほしくない/うちの子に限って/僕らも幸せに生きてる/この世界にいるためにはこのことを言っちゃいけない/安心できる相手がいない/ゲイ=オネエというイメージ/オカマを見分けるクイズ/セクシュアルマイノリティーの中のマジョリティ/男性特権/男性社会の中で生きる辛さ/社会では仮面をかぶって生きている/ゲイ同士でワイワイ/荒野/ぱち/帰る場所が自分にはなかった/全部親のせい/『ゲイで茶を沸かす』11月14日の東京リアルイベント/ネオ茶漬け/ゲイ茶のカミングアウト回/おしゃべり人情バラエティー

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サマリー

ゲストのマッキーが、幼少期から自分のセクシュアリティに気づき、親族との同居や教育方針をめぐる衝突、ネグレクトを経験した経緯を語る。母親へのカミングアウトは手紙で行われたが、20年後、母親の脳梗塞と叔母の認知症・がんをきっかけに再会し、母親がパートナーを「かわいい息子」と受け入れていたことを知る。親が弱ったことで恨みが薄れ、現在は二人が暮らす介護施設へ月1回通っている一方、対等に喧嘩できなくなる寂しさも語られる。親へのカミングアウトは世代や関係性で異なり、若い時期には一緒に背負ってほしいと思っても、親が高齢になると負担をかけたくないと考える人もいる。子どもがセクシュアルマイノリティーだった場合、親は驚いても受け入れる以外に選択肢はなく、理解には何年もかかる場合がある。絵本や『きのう何食べた?』、ココメロンのように多様な家族を描くメディアの重要性や、包括的性教育の必要性も話題になった。日本では同性婚や同性カップルの子育てに制度上の壁があり、文化的な描写と法律・制度の両面を変える必要がある。親の何気ない否定的な発言が子どもを孤立させるため、親には問答無用で味方でいてほしいという思いが示される。後半では、ゲイ男性が社会の中で経験するマイノリティ性と男性特権の重なり、同じ属性の仲間と集まる安心感、帰る場所のなさと恋人やパチンコへの依存についても語られた。

子育ての場にある異性愛前提
みなさんこんにちは。 オトコの子育てよももやまばなし。 この番組は現在6歳の双子を育てる清田と、3歳の子どもを育てる森田が、育児のよもやまばなしを 座談していく番組です。
メンバーシップサービス、メゾン桃山のサポートでお届けします。
はい、今回もスポーツファイのスタジオよりお届けしておりますけれど、今回はセクシャリティと親子関係というような話をしていこうじゃないかということで、ゲスト会ということで早速お呼びしたいと思います。
ポッドキャスト番組ゲイで茶を沸かすよりマッキーさんです。
どうもマッキーです。
いらっしゃいまーす。
いらっしゃいまーす。
一人で来て緊張してます。
ゲイ茶さんは親番組のね、ももやま小児の方では本当に何度も何度もご一緒させていただいておりますけれど、
こちらの子育てポッドキャスト、そしてマッキーさん一人では。
そうですね、マッキーのちょっと聞いてよという一人番組をやってます。
マッキーさんのその番組で語られた話なんかもちょっと今日は関係していると思うんですけど、
一旦自己紹介をじゃあお願いしていいですか。
はい、え、何を言えばいいんだろう。
なんか皆さんみたいな肩書きがなくて。
いやいや、その番組言えよ、こんな番組です。
そうですね、マッキーのちょっと聞いてよという番組では、僕がアラフォーのゲイなんですけれども、
本当に多岐に渡るお話をしていて、最近だとちょっと母親と、この後話すんですけど、
20年ぶりに再会したっていう話だったりとか、その後のちょっと介護だったりとか、
そういったお話を結構セキュララに話していたりとか、
あとはもう結構ふざけた配信とかもやってるので、そんな感じの番組をやっています。
はい、で、そのマッキーさんを今日お呼びしたのは、どんな経緯というか。
そうですね、自分がちょっとお声掛けさせてもらったんですけど、結構子育てのシーンというか現場において、
特に小さいうち、例えば自分が、ワイちゃんが0歳とか1歳の頃に通ってた子育て広場っていう、
そういう赤ちゃんと親のためのスペースみたいなところがあるんですけど、
そういった場所、保育園もそうだと思うんですけど、では基本的にすごくヘテロセクシャルだけの世界っていうふうになってるんですよね。
それは構造的に仕方ない部分はあるのかなっていうふうには思っていて、
なぜかというとヘテロの親同士の子供っていう関係にやっぱりどうしたってなってることが多いから、
全てではないけれども、子供の親はそうなわけじゃないですか。
だからその人たちがいる空間っていうのは、そういうヘテロだけの世界観になりがちなんだけど、
でも子供がどうかっていうことは分からないし、みたいなことをちょっと思うことが結構あったんですよ。
具体的な子育て広場において、何回か明らかに差別的なことを言っている人がいたりとか、
自分の子供がそうなっちゃったらどうしようとか、そうさせないためにはどうしたらいいですかねみたいなことを言われたりしたことがあって、
それもだからすごい、そういうことが今他の空間だとあんまり言わないようなことを、
そこだとなんか平気で言えちゃうような空気感みたいなのがもしかしたらあるのかなとか、ちょっと思ったりはして、
それは安心感、安心感がある。
ここには男女の異性愛者しかいない前提というのが無意識的に共有されてるんじゃないかってこと?
そう、っていうの側面はあるかなっていうふうに思って、何かしらこういうテーマを子育てっていうことで話してみたいなって思ったんだけど、
なんか専門家を指して行儀良しく解説してもらうみたいなのもちょっとなって思ってた時に、
マッキーさんが、これほんと1年ぐらい前の話なんだけど、子育てのこの番組聞いてくれてるっていうふうにお会いした時に言ってくれて、
全部聞いてます。
なんで聞いてるんだろうってちょっと思ったところもあったんだけど、だからそういう意味ですごいびっくりして、
で、マッキーさん呼んでみたいなって思っていて、それでマキショの最近のお母さんとかおばさんとの関係について色々話してるのを聞いて、
この切り口でお話聞いてみたいって思って、今って感じですね。
ありがとうございます。
マッキーさんは当事者性で言えばゲイ男性で子供を育てるわけではないという立場で、この番組をどんな興味に聞いてくださっているのか聞いてみましょう。
最初は単純に大好きな桃山のお二人がやられてるってことで聞いてみたんですよ。
正直1話2話聞いた段階ではそんなに面白くないってわけじゃないんですけど、自分に関係のない話だなと思って、
なんとなく聞いてたんですけど聞いてるうちにめちゃくちゃ面白くなってきて、それなぜかっていうとやっぱり子育てをする機会がないからなんですよね。
子育てをしているときに子供がどういう成長を踏んだりとか、それに親がどういう気持ちになるかとか、そういうのって結構今まで女性の視点で語られてたと思っていて、
より遠藤かったんですけど、お二人が男性目線というのもそうなんですけど、結構今までタブーとされてきてたような感情をさらっと言ったりするじゃないですか。
公園楽しくないとか、子供をある意味、ちょっと距離を置いて見てるようなところもある気がしてるんですよね。
かわいいかわいいで済ませない感じというか、観察対象みたいな、そういう切り口とかを聞いてるうちに、すごく親にとってもいろんな発見があって成長するいい機会なんだろうなって思ったりとか、
自分ができないことを追体験させていただけてるような気持ちになって、今は本当に毎週楽しみに聞いているっていう感じですね。
ありがとうございます。
嬉しいね。何気ないこと喋っていることだから、そう聞こえるんだとか、そういう感想を持つんだというのは話してても面白いなと思うんですけど、
マッキーの幼少期とカミングアウト
今日のテーマというか、最初は体験からお聞きするっていうのが。
そうだね。
じゃあマッキーさん自身の話、マッキーさん自身のセクシャリティの話っていうところから聞いていくのがいいかなというふうに思うんですけど、
自分がゲイであるっていうことに意識したのは何歳ぐらいの時だったんですか?
僕多分周りから見たら、ちっちゃい頃からそう見えてたはずなんですよ。
女の子っぽいって言われることが多かったりとか、女の子の遊びが好きだったりとかして、
外で遊ぶより女の子と人形で遊んだりとか、絵を描いたりとか、そういうのが自然だったんですよね。
それが小学校高学年とかになってきて、結構男女別れて遊ぶようになってきた時に、
男子グループにいるんだけど、やっぱりめめしく見られてしまったりとか、そういうので徐々に何か違和感は感じてたんですね。
でも僕なんかあんまり人に比べて成長が早い方じゃなかったんで、
中1ぐらいの時にやっと生の目覚め的なところで、みんなが女の子の話をしているのに、
その話をしている男の子の方に興味があるってことに気づいてしまって、
人には言えないけれど好きな子ができたっていうのがもう中1ですね。
その時に多分ゲイなんだろうなって思い始めたんですけど、
それでもまだ曖昧で、結局中学1杯ぐらいはゲイだって断定することができずに、ずっと否定してたんですよ自分を。
きっと自分は女の子のこといつか好きになれるとか、周りと同じように社会人になっていくみたいな気持ちでいたんですけど、
高2ぐらいの時に、いや高3か、高3の時に初めて女性とお付き合いをして、
その子のことは好きだったんですけど、やっぱり性的に何か魅力を感じるとかではなかったので、
クリスマスの日に遊びに行っても、ご飯食べてプリクラとってバイバイするみたいな。
そこでキスをしなかったっていうことに不満を持たれて別れを告げられたっていう経験があるんですね。
その子は逆に大人になってからまた普通に話せるようになったんですけど、
その子きっかけで、女の子とは付き合えないんだってやっと諦めがついて、
大学に入って初めてゲイのマッチングサイトですね、当時は。
に登録をして初めて会った人が初めての元彼というか付き合った人になったっていうような感じで。
ちゃんと一歩踏み出したのも大学1年生の時っていう感じです。
なるほど、キスしないクリスマスのシチュエーションで、
てことは私のこと好きじゃないんでしょみたいな感じに捉える。
そうですね、手も繋がないですし、
僕はでも高校生ぐらいはプラトニックでいけるんじゃないかと思ったんですけど、
それじゃダメだったみたいで。
そうですね、申し訳ないことしたなという。
ゲイであるということはお母さんには伝えはしてるんですか?
そうですね、今はしているんですけど、母親との関係が、
母親と叔母との20年の断絶
高校、簡単にちょっと流れを言うと、
父親と母親がそもそも再婚なんですけど、
中学3年生の時に離婚したんですね。
どっちについていくかみたいな話になって母親の方についていって、
それが関西の母親の地元だったんですけど、
そこで母親一人ではなくて、
おば、母の姉が持っている家に一緒に住むっていうことになったんです。
3人で暮らす。
最初はまだ良かったんですけど、
結構1年もしないうちに、
母親よりもおばが教育ママみたいになってしまって、
独身なんですよ、もう生涯。
子供がいないので、
親っ子に自分のエネルギーを全部注ぎ込むみたいな。
ちょっと勉強ができたんで、
医者にしようみたいな話に2人の間でなっていて、
僕はなる気もなれるとも思ってなかったんですけど、
本当に教育ママみたいになったんです。
僕はでも友達もできて遊びたいし、
アルバイトもしたいしみたいな。
そこが全然合わなくって、
不良息子扱いにされたんですよ。
別に普通に学校にも行ってるし、
ちゃんと標準の成績は取ってるんですけど、
そこから2対1の構図が生まれて、
思い通りに向こうからすぐならない扱い。
そうなんですよ。
でも思春期だったのもあるし、
そこにセクシャリティのこととかもいろいろ絡んできて、
誰にも言えないことが増えていったんですよね。
親との関係悪化とセクシャリティが
友達にも言えない、家でも親にも言えないっていうので、
結構フラストレーションがたまっていて、
毎日怒鳴り合うぐらいの喧嘩をするようになって、
もちろん暴力的なことはお互いないんですけど、
ゆくゆくネグレクトされるようになって、
料理も洗濯もしてくれないみたいな。
もういいやみたいな。
そうなんですよ。
僕は医療系に行くことにしたんですけど、
医者ではなくて、
理学療法の大学を目指すことになったんですけど、
全部親への反発で、
ちょっとずらすみたいなところもあって、
そんな感じでどんどん関係が悪化していったっていうのが、
まず前提ですかね。
セクシャリティの話に関しては、
高校時代は言わなかったんですよ。
大学で一人暮らしで、
地方に出て、
親とは距離を取れたんですけど、
そこから親のなんかこう、
癖なんですけど、
手紙で攻撃してくるんですね。
機械音痴だっていうのもあるんですけど、
いろんな人と手紙で喧嘩するんですよ。
手紙で?
独特ですね。
独特ですよね。
親も、母親と姉は、
さらに上に兄がいるんですけど、
そこも縁を切ってるんですね。
その縁を切る時の喧嘩も全部手紙でやっていて。
レスバトルにしては、
のんびりしたゲーム体験をするとね。
だいぶ時間かけながら、
でもすごいこと書いてあるんですけど。
それが僕とも始まって、
それをもう結構何年もやってたんですけど、
手紙書いてたんですか?
僕も最初は無視してたんですけど、
途中で腹立って書き返したりとかするようになって。
手紙をやりとりしてるうちに、
結婚とかそういう話題が出てきたか、
ちょっと曖昧なんですけど、
僕がもうどうでもいいやと思って、
カミングアウトしたんですね。
手紙で。
それに対して、また向こうが、
いかにゲイであることが、
将来にとって不安要素であるかみたいな。
早くお嫁さんをもらって、
老後の世話をしてもらいなさいみたいな、
そういうことをひたすら言ってくるんですよ。
結構コンサバティブな。
そうなんですよね。
その性って、
メリットで選ぶものじゃないじゃないですか。
そこにあるものなんですけど、
それを何度手紙で言っても伝わらなくて、
カミングアウトしなきゃよかったなとは思ったんですけど、
僕はその時結構縁を切るつもりでもいたので、
会うつもりもなかったですし、
手紙で最後そういう捨て台詞じゃないんですけど、
突き放すような意味で言ったのかなと今思えば。
大体そんな感じです。
その時期は教育ママとおばとも距離が…
それが複雑なのが、
母親はおばに追従してるんですよ。
自分の意見がないんです。
おばが全てを牛耳っていて、
おばと喧嘩してるんです、これも。
なるほど。
そこはニコイチだけど、
そっちにはちょっと主従関係が…
そうですね。
だから僕の中でも母親とおばは同意見って思っちゃってるんですけど、
実は母親はそこまで思ってないみたいなことが
あったっていうのが後々わかるっていう。
手紙を書いてるのはおば&母って感じなんですか?
母はほぼ書かない。
おばが書いてる。
ほぼおばですね。
たまに母も書くことあるんですけど、
ちょっとずれてるんですよね、論点とかが。
なるほど。
その原因も母の自認というかコンプレックスとして、
頭が悪いっていうのをすごくコンプレックスに持ってるんですね。
自分が?
はい。
簡単に言うとおばと母がいてた高校の偏差値が全然違うんですけど、
おばが母を結構支配してるみたいなところがあって、
全部言いなりになってしまうんですよ。
それも腹が立てたんです。
自分の親なのにおばの方に牛耳られてるのが、
結構子供としては納得がいいかなって。
姉にも…
はい、きつかったですね。
なるほど。
すみません、ちょっと脱線した。
いやいやいや、そっからあれですもんね。
病気をきっかけにした再会
結構もう20年。
そうですね。
もう本当に20歳ぐらいに1回帰省してみたことがあるんですよ。
みんなが帰省してるんで、行きたくないけど、
1回行ってみるかと思って行ったんですけど、
半日ともたなかった。
なるほど。
泊まるつもりで行ったんですけど、
泊まるのも嫌で帰ったっていう。
なるほど。
そうです。
そして結構最近の話ですよね。
そうですね。
お電話があったんですよね。
本当にずっと、電話はまれにしたことはあるんですけど、
ほぼ連絡取ってない中で、
急に病院から電話がかかってきて、
仕事中だったんですけど、
それで母親が倒れたっていうことで、
今日か明日にでもすぐに来てくださいっていう風な電話だったんですね。
自分としては縁切ったつもりでいて、
生涯会うことないと思ってたんですけど、
そうか、母親って倒れるんだみたいな。
結構晴天の霹靂で。
倒れたら僕以外に連絡先がないっていうことも、
そこで当たり前なはずなのに、
その時初めて思い立ったんですよね。
倒れたって言われたら行くしかないって思って、
すっごく複雑だったんですけど、
本当に次の日にすぐに駆けつけて。
はい、関西に。
そしたら結構思ったより状況がひどくって、
おばあがそもそも認知症を患っていたのと、
がんもあって入院してたんですね。
その入院先から施設を紹介してもらって、
手続きをしている最中に母親が倒れた。
母親は脳梗塞だったんですよ。
後々わかるんですけど、
今右半身麻痺になってしまって車椅子生活で、
おばあも車椅子生活。
結構牢牢介護の状態になってたことを
そこで初めて知ったんですね。
会いに行った時に、
最初おばあの病院から行ったんですけど、
怒られると思ってたんですよね。
おばあとずっと喧嘩してたし、
会いに来なかったことも怒られるだろうし、
帰れって言われると思って行ったんですよ。
そしたら下の名前ちょっと伏せますけど、
マッキーかみたいな感じで言ってくれて、
陽気だなーって言ってくれたんですよね。
僕結構それが衝撃で、
こっちとしてはもうどんな姿になってるか分からないし、
怒られるんじゃないかと思ってたのが、
すごく温かく迎え入れてくれて、
後々聞いたら認知症があるっていうので、
多分そこら辺の記憶も抜けてるんじゃないかなと思ったのと、
いい部分だけ思い出してくれてるのか、
僕のことは覚えてくれていて、
それで結構涙が止まらなくて、
その後母親に会いに行って、
母親の方は、僕もおばの方ですごい涙したんで、
お互いさらっと会えちゃったんですよね。
なんか久しぶりやなーみたいな感じで会えてしまって、
そこからちょっと介護というか、
自分ではできないんで、
病院の手配したりとか、
介護施設の手配したりして、
今は2人仲良く同じ介護施設に入ってるっていう。
良かったですよね。
そうですね。
パートナーを受け入れた母親
その後2回目ぐらいで、
今一緒に住んでいるパートナーの方と一緒に行くんですよね。
そこの展開も結構急展開だなと思って聞いてたんですけど。
彼、今一緒に住んでる彼がいるんですけど、
3年半ぐらいでしたっけ?
もう4年ぐらい。
あれ何かそうか。
その彼に、昔お母さんとの関係とか聞かれた時に、
いやもうほぼ延期っててみたいな。
紹介してって言われたけど、
そういう関係じゃないからっていう話をしてたんですよ。
なんですけど、今回の一連のことがあった時に、
僕が2回目帰るって言った時に、一緒に帰りたいみたいな風に言ってくれて、
えーって思ったんですよ。
すごいですよね。
そもそも自分もまだ1回会っただけだし、
どうかなと思ったんですけど、せっかく言ってくれてるし、
自分もメンタルが結構ぐちゃぐちゃになってたんで、
支えてもらえるならと思って連れて行ったんですよね。
そしたら、母親に会わせた時に、
僕の彼に向かって、この子ええ子やろーってすごく褒めてくれたんですよね。
それはやっぱり結構緊張しますよね。
だって認めてなかったわけで、そもそも認めてなかったわけで、
どういう感じで、どういう風に紹介したんですか?
そうですね、今一緒に住んでる、お付き合いしてる人だよみたいな感じで言って、
そしたら、全然抵抗なかったんですよね。
お世話になってますじゃないですけど、そういう会話をして、
この子ええ子やろーみたいな話になって。
あとは、その後に看護師さんが来たんですよ。
その時に、息子さん2人いらっしゃったんですねとか言われたんですけど、
そこで母親が、2人ともかわいい息子やねんみたいな感じで、
2人息子っていう言い方をしてくれて、それもすごく僕は嬉しくて、
まだほんと数分しか話してないような間柄だったんですけど、
母親は結構無条件に受け入れてくれてたんですよね。
で、後々聞いたんですけど、
母親は一回も僕に対してセクシャリティ否定したことがないと思ってたんですよ。
全然問題ないと思ってたんですよ。
そうなんですね。
僕は勘違いしてたんですよ。
結婚して、奥さんに世話してもらい、みたいなのは、
どちらかと言うとオバアの…
そうなんですよ。
僕もそこが結構ごっちゃになってしまっていて、
母親は言ってないっていう風に言ってたんですね。
なるほど。
だからそれだけすんなり受け入れてくれたのかなっていうのは思いました。
ある種誤解が20年…
そうですね。
会わなかったらわからなかった誤解。
そうだね。
はい。
どんな気持ちだったんですか。マッキーさんもさ、
そうだよね。
うわ、誤解だったんだという思いがあるのか。
一応、実のハーブ…
いや、押せよって感じ。
押せよ。
言えよ、みたいな。
いくらでも言う機会あったじゃんっていう。
でもこっちが勘違いしてるのも向こうは理解してなかったかもしれないですけど。
ああ、そっかそっか。
そうですね。もっと早く知りたかったですね。
ねえ。
確かに。
その二人とも息子やねん、かわいい息子やねんっていうのは、
素晴らしいなっていう風には思ったんです。
急になんか、受け入れてるっていうことと、
周りからどう見えるか気にするみたいなことって、
またもう一個あるじゃないですか。
そうですね。確かに。
なんか、すごくちょうどいい本人たちにとっても、
全員にとってすごくちょうどいい言い方で、
リアクションされたなと思って。
神回答かもしれないですね。
神回答ですよね。
はい。
本当に神回答だなと思って、
全員がハッピーになる。
確かに。
そのことにすごく自分は感動したというか。
誰も嫌な気しないですもんね。
そうですよね。
わざわざ息子の友達のとか言わなくていいし、
彼も言われたら言われたで大げさだけど嬉しいしみたいな。
みんなが嬉しい。
みんなが嬉しいって。
本当ですよね。
確かに。
でもすごいね。
やっぱ20年、誤解の糸がね、絡んでたっていう。
そうですね。
ことがあるんですね。
本当ですね。
それなりの長い時間。
会ってないからミスコミュニケーションですよね、本当に。
勝手にお互いそう思ってたみたいなことだと思います。
そっか。
おばさんにもその後会いに行ったんですよね。
はい。おばにも会いに行って、
でも結構勇気がいったんですよね。
一緒に住んでる人までは言えるんですけど、付き合ってるとは言えなくて、
結局言わなかったんですよ、一回目会った時。
でもすごく可愛がってくれて、
彼が結構かっこいいんですよ。
だからすごい二人ともイケメン好きなんですね。
そういうリハビリの先生とかも、
イケメンの人捕まえて話してるみたいなところも初めて見えたんですけど、
彼がかっこいいんで結構すごい、なんて言うんでしょうね。
元気な。
そうなんですよ、すごく相性が良くって、
そもそもそれで仲良くなれたのもあるんですけど、
なるほど。
さらに次の時に一人で会いに行って、
この間連れてきた子覚えてる?みたいに言ったら覚えてて、
で、あの人付き合ってる人なんだよって言ったら、
そうやろ?みたいな。そんな分かっとるで、ぐらいの感じで。
彼は付き合ってるって思ってないと思ってたんですけど、
おばはちゃんと認識してたっていう。
その上でちゃんと受け入れてくれてたみたいで、
今はもう全然オープンにしてます。
そこの変化っていうのはどうなんですかね。
認知症だと思うんですよね。
そうかな。
もしかしたら喧嘩をしてた時に高年期とかで、
結構カリカリしてたり、
悪い面ばっかり見てたのが言っても仕方ないとか、
男の人同士でも幸せになればいいとか、
きっとそういう気持ちもあるんだろうなと思うんですよね。
それと、だんだん認知症になって柔らかくなって、
自然に受け入れられるようになったのかな、みたいに
時間が解決したんじゃないかなと。
なるほど。そういう過去にね、
手紙とかを通じて、
要は嫌なこと言われたり、傷つけられたり、
なんでわかってくんねえんだとか、
もっと遡れば受験の発を受け取るじゃないですか。
親が弱った後の恨みと距離
そういう中で、マッキーさんの中にもさ、
不満とか恨みとか、
溜まっててもおかしくなさそうな想像はするんですけど、
時を経て、人が例えば変わったように、
理解あるおばあちゃんみたいになってたとして、
ほっこりする部分はあるかもしれないけど、
お前の過去にやったこと忘れねえぞみたいな気持ちも、
どんぐらいマッキーさんの中にはあったりするんですか?
不思議なんですけど、ゼロです。
本当に二十歳とか喧嘩してたのもあっただなかって、
本当にめちゃくちゃ嫌いだったし、
本当に縁切りたかったし、
それで二十年歩くわけじゃないですか。
恨みだらけだったのが不思議なもので、
時とともにどんどん減ってくんですよね。
何があったわけでもなく、時間。
三十過ぎた頃から、
母親と会わなきゃいけないなって思ってたんですよ。
思ってはいるけど、きっかけもないし、
まだやっぱモヤモヤもあるしで、
向こうも元気なんだろうなと思っていたのもあって、
ずっと考えないようにしてたんですね。
自分の頭の隅から出していたんですけど、
この連絡が来て、
弱った二人を見た瞬間、
どうでもいいなってなったんですよね。
この弱ったおばあさん。
本当におばあさんみたいな見た目になってたんですよ。
二十年もあってないと。
このおばあさんに対して自分が怒ることって、
なんて無意味なんだろうっていうのと、
怒っても相手にならないというか、
こっちも強くなってる。
そうなんですよ。
弱いものに見えてしまって、
それが別にかわいそうとか、
そういうわけではないんですけど、
もういいかってなったんですよね。
本当に不思議なもので、
そこから親孝行したいまでは行かないですよ。
行かないですけど、
最低限不自由のない暮らしをしてほしいとか、
そういう気持ちはあって、
今絶対に月に1回帰るようにしてるんですよ。
すごいですよね。
そうですね。
それも結構施設の職員の方とかにも、
月1来られる方ってなかなかいないですよとか、
すごく感謝というか、
お声かけていただけたりとかして、
自分でもまさかこんな風に
親に対してお世話をする気持ちになると思ってなかったので、
本当に時間と弱った母親とか、
おばの姿を見たっていうこと。
意外とそんなものですね。
なるほど。
弱っていきますからね。
そうですね。
どうなっていくんだろう。
いつまでも。
そんな感じだから。
あ、そうですか。
お母さんが結構やばい奴だったので。
最近はでも70代になって、
しかも入院してて足こすっちゃって。
そうなんですね。
切ない。
入院して、骨折で入院してる母親とか。
切ないですよね。
切ない。
しかも責念の恨みがどうこうっていうわけでは、
そこまではないけど、
でもなんか弱られちゃうとね。
そうなんですよ。
対等でいられなくなっちゃうんですよね。
なんか強いままだとこういうとこでも
くそ味噌に文句言えるんだけど。
本当ですよね。
そうなんですよね。
強者と弱者っていう構図になった瞬間に、
こっちが権利を振りかざすと悪い人みたいになるじゃないですか。
対等に喧嘩できないから。
過去のこととはいえ、
俺も当時のむちゃくちゃな母親だったみたいな話を
遠慮なくできてた感じが
寂しいですね。
悪いっていうか、
こっちは強者みたいになっちゃったから。
そうですよね。大人げないみたいな。
入院とかしないでよみたいな。
弱られちゃうとか、
イースレーラーみたいな感じがちょっとあって。
どうでもよくなりません?だんだん。
その表面上とか、
あってどうこうってのはないけど、
もちろん生活をしてて、
自分のこういう気質って確実にあの時代のトラウマじゃんとか
いっぱい感じることはあるけど、
そことね、
あの野郎みたいな気持ちが
直接的には結びつきは薄くなってるような。
かといって別になんか、
ゼロにはなってない。
なんて言うんだろうな。
そうだね。
もう過去のこととしてね。
みたいなことではなく。
あるはあるけど、
でもなんか弱られちゃうとね。
親に弱られちゃうとなんか。
僕最近、
桃山翔司さんの方で、
ワッコさんの地元に帰るかあったじゃないですか。
あれ聞いてて、
1年前の自分だったら一緒に行かれたんですけど、
なんかちょうどその自分がいろいろあった時期だったんで、
なんか結構胸が苦しくなってしまった部分があって、
いつかワッコさん、
もし親が弱った時に、
この気持ちってどうなるんだろうとか、
なんか自分に照らし合わせて考えちゃって、
だから今は怒れるけど、
なんかワッコさんがいつかどういう気持ちになるかってすごい興味あるんですよね。
なんか変わらない気持ちするんですよ。
そうね。
確かに。
変わらなそうだけど。
ワッコさんは変わらない気持ちする。
分からないね。
変わらないって言うと思うけど。
でも僕もそう思ってたんで、
もしかしたらみたいなことを考えながら聴いてましたね。
程よい距離がいい。
急にね、
雪時計みたいなことは絶対ないと思う。
そうですね。
でもまあとはいえ感じ方は変わるのかもね。
そうですね。
20年。
20年ですもんね。
20年かかったっていう言い方もできるかなと思うし。
そうですね。確かに。
10年だったらこうはなってないかもね。
そうですよね。
親へのカミングアウトと世代差
あとは、
マッキーさんがカリングアウトした時の、
親の対応とかも、
その時やっぱり傷ついたとは思うんですけど、
そのあたりはどうですか?
自分の気持ちですか?
自分の気持ち的には。
受け入れられなかったことは、
別にもうそこまでダメージでもなくて、
一緒に住んでないし、
そもそも関係が悪化してる中の最後のトピックだったんで、
別に、
なんかまあそうだよねぐらいな。
でもなんか一回言ってスッキリしたっていうぐらいな。
周りの方とか見てどうですか?
親との関係とか、
言ってるか言ってないかみたいな話とかも。
結構人によって、
僕のざっくりとした感覚なんですけど、
3割ぐらいの人が言って良好。
3割ぐらいが言って、
あまり良くない。
すごい悪いわけではないですけど、
あんまり受け入れてないんだろうなみたいな。
残りが言ってない。
なるほど。
って感じですかね。
これ結構年々変わってくるんですよ。
20代とかの時はほとんどの人が言ってないみたいな。
30代結構言いたい時期があったりとか。
言いたい時期。
40代でまた増えるんですけども、
言わない人は言わないんだろうなみたいな。
結構40代にさせかかってくると、
親も高齢になってくるんで、
これから死に向かっていく人たちに、
自分たちの重荷を背負わせるのも可哀想だなっていう気持ちになる。
そういう発想か。
自分たちは楽になるんですけど、
新たな悩みを付与しちゃうわけじゃないですか。
一緒に背負える体力がないというか。
20代30代だったら一緒に背負って受け入れて欲しいと思うんですけど、
これ僕の主観なんですけど、
だんだん多分そういう風に考える人が多い気がします。
そっかそっか。
その40代の同世代ぐらいの人の親だと70代とか80代ぐらいの世代の人だと、
いわゆるセクシャルマイノリティの存在であるとか、
社会の中で見えない存在とかにされて、
今よりももっと昔は、
そういう時代の空気を背負ってきた人たちは、
なんつーの変な言い方だけど、
まさか自分家の子供なのかというか、
そういう感じになっちゃうんですよね。
今でもそんなに変わらないんじゃないかなと思うけどね。
変化ってこと感じます?
僕も森田さんの結構わかるんですけど、
だいぶ世間一般ではLGBTっていう言葉が飛び交って、
差別してる人がちょっと古いというか、
価値観遅れてるみたいになってきてるじゃないですか。
なんですけど意外と子育てのシーンだったりとか、
漏れ聞く話ではまだ全然、
世代変わっても色濃く残ってるなっていうのは感じますね。
今の子育てを、
例えば四、五十代の人たちが親だとして、
そういう人たちの中にも全然色濃くあるって話がありますね。
あるってのはどういう感じ?
差別というか。
多様な家族を子どもに伝える
いや僕の子供がセクシャルマイノリティだったら、
ショックっていう。
サウンドショックとか。
そのなんていうのかな、
自分はどうかな、
今は別にショックって、
びっくりはすると思う。
びっくりはすると思う。
正直びっくりはすると思うけど、
もちろん受け入れるというか、
受け入れる以外選択肢がないじゃないですか。
それって本当に。
だって変えられるものじゃないんだからそもそも。
そのようになってるんだから、
それはもう受け入れる以外の選択肢がないわけであって、
だからそういうもちろんつもりだけど、
やっぱりびっくりするっていうのは自分が違うから、
やっぱりびっくりするんじゃないかなとは思う。
そうですよね。
頭では理解してても、
自分の子供から言われたときにやっぱり衝撃はありますよね。
それはびっくりしないかっていうと、
やっぱりびっくりするとは思うけど、
でもそこからじゃないかなっていう気がする。
当事者ってそこからなんじゃないかなっていうか、
同時ないとか無理なんじゃないかなっていうふうに、
自分はね、自分は思ってる。
でもそれは、もともと自分の中に
そういう差別意識みたいなものがあったから、
そうなんだろうなと思う、それは。
結構やっぱりよくあるのが、
最初言われたときに親がリアクションできないっていうのを聞くんですよね。
だからどの親もいきなりそんな、
言ってくれてありがとうみたいなことにはならない。
だからやっぱり一回考えさせてとか、
そういうリアクションがあって、本当に何年もかけて、
徐々に徐々に理解する親が多いっていうのは、
結構聞きますね、周りの話で。
制度というかね、そもそも社会の中に、
家族の形とかもさっきヘテロセクシャル、異性愛者
前提の世界になってるって話があったじゃないですか。
たまたま今日一冊持ってきたんだけど、
これはたまたま知り合いの編集さんがくれた、
よこさかちゃんっていうね。
どこの国のあれだろうな。翻訳している絵本なんだけど、
子供向けの絵本で、
赤ん坊というのがどうやって生まれて、
どうやって育っていくかみたいなのを、
子供が読んで、
生殖の仕組みとかね。
こういう絵本、どこの国なんだろうな。
イギリスか。
いろんな家族の形っていうのが描かれてるんだけど、
普通に例えば、
ゲイカップルと男性のパートナー同士で
子供を育てる人の絵とかさ、
シングル育てる人とか、
祖父母と暮らしてる人とか、
いろんな形。
当然、人種的な話もあるだろうし、
宗教とか、障害を持つ人とか。
こういう風に、
子供が普通に読む絵本として、
別に載ってたり、
街にもいっぱいいるわけじゃないですか。
そういうような社会の中で、
育つこととさ、
日本は特にまだまだ、
ヘテロゼンってパパママいるよね、みたいな。
自分もだから、
そういう中で育ってきたから、
当たり前のこととして、
受け入れる準備が、
今はもう意外とできてる気がするんだけど、
できなかったし、
昔、
昨日並みに食べたにも、
そういうシーンが出てきたりするんですよね。
シロさんが親にしたかしてないかとか。
友人の、
スーパー仲間の方いるじゃないですか。
あの人と話してる中で、
いろいろそういう話題が、
今、あなたのことは、シロさんのことは、
芸男性のことは、友人だから受け入れてるけれども、
自分の子供だったらそれはわからない。
っていう風に言って、
そんなすごいこと言うんだって思ったけど、
だけど、そもそもあんまり描かれないよね。
アニメとかだってさ、
いろんな多様な家族の形、
そもそもステップファミリーが少ないっていう問題もあるよね。
アメリカとかイギリスみたいに。
アメリカの、例えばココメロンっていう、
歌をただ歌っているって、
その後ろにCGのアニメがガーって流れてて、
これはYouTubeの世界視聴ランキングで、
10位以内に入っているような、
そういう番組なんですけど、
そこで結構普通に出てくる。
同性同士の親、男性同士の親で、
子供がいるっていう設定が普通に、
そこにあったりするし。
ワイちゃんとか普通に受け入れてるんですか?
まだそれがどういうことを意味しているのかっていうのは、
あまり分かってないかもしれないけれども、
でもそういう形もあるよねっていうことを、
それは明確に意識して作られているだろうなっていう風には思うんだけどね。
そういう、
マキさんも事前に、
LGBTをめぐる教育とかね、
どう伝えていくかみたいな問題に興味があるって書いてくださったけど、
そこだよね。
目にするものに描かれているとか、
目にする光景にいろんな家族がいるなっていう、
環境そのものが本当は一番ね、
あればいいはずだけど、
目にしてる光景は、
パパとママと子供みたいな家族ばっかりの中に、
でも、
教育って本当はちょっと変な言葉じゃないですか。
そうじゃない人もいるよとか。
当たり前にいれば。
当たり前にいれば、
極論説明する必要もないかもしれないけど、
当たり前じゃないから、なんで?みたいなことを聞かれたりするわけですよね。
なんかそれにちょっと近いエピソードがあって、
友達のお姉さんが、
家族で結構海外に住まれてた方で、
日本に帰ってこられた時に、ちょっと会う機会があったんですね。
彼と一緒に会いに行って、一日楽しく遊んだんですよ。
その一番下の子供が、
小学1年生ぐらいだったんですけど、
みんなで食事をしてる時に、
なんでマッキーと彼は一緒に住んでるの?って、
男同士なのにとは言ってないですけど、そういうニュアンスで聞いたんですよ。
結構僕的にはその場が凍りついたような気がして、
みんな理解してるけど、この小学校1年生の子に、
僕たちは好き同士で一緒に住んでるって言ったら、
親の教育方針によっては、
なんてことを言うんだってなる可能性もあるなって思ったんですね。
で、なんて言ったら、友達だからだよみたいな感じで、
仲良しだから住んでるんだよって言ったんですけど、
結構それが自分の中で嘘ついた感じもしたし、
親にとってこの回答で良かったのかなって結構気にしてたんです。
次の日に聞いてみたら、
次の日の朝ごはんで、
お父さんが子供たちに向かって、
マッキーと彼は付き合ってるから、
一緒に住んでるんだよって、パパとママと同じだよっていう風に
説明をしてくれたって聞いて、
結構LINEだったんですけど、本当に感動してしまって、
なんて素敵な人たちなんだろうと思ったんですね。
で、その人たちはやっぱり海外に住んで、
周りにやっぱり色んな人がいたっていうのを言ってました。
大人だったりとかお友達だったりとか、
セクシャルマイノリティの人たちが当たり前に存在する環境で育ってたから、
そういう偏見とかが全然ないっていうのを後々聞いたんですけど、
その環境の違いっていうのはそういうときにすごく実感しました。
あれですよね、彼のお姉さん。
逆に彼のお姉さんは、
息子さんと娘さんがいるんですけど、
その2人が小さいときに、
彼がお姉さんに対してカミングアウトをしたんですね。
それ自体は受け入れてくれたそうなんですけど、
2人が成人するまでは、
あなたのセクシャリティを絶対に言わないでって言われたらしいんですよ。
僕は結構そのエピソードを聞いたときに、
本当に行き通りを感じてしまって、
実の兄弟にカミングアウトして、
受け入れてくれるところまではいいんですけど、
それを息子たちに言ってはいけないっていうのは結構人格否定というか、
自分が自分であることが、
人にとって害になってしまうっていうようなことと同義だと思うんですよね。
それが結構、僕は聞いたときに本当にムカついたし、
しかもまだ言ってないんですよ。
もうすぐ成人なんですけど、まだ言えてなくて、
そういうのがこの同じ世代でもあるんだなっていう。
そうですよね。
追い込む、迷子的なのに当たる関係の人に言うなと。
隠せっていうことがね。
隠せっていうことを言ってくるってことがさ。
どういうあれなのかね。
そこを聞きたいんですよね。
確かに。
成人になったらなんでいいのかっていうと、
意味がわからないといえばわからないですよね。
寄り添ってみると、まだ善悪の判断とかがつかない多感な時期に、
ゲイだっていう情報が入ってくると、
そういうセクシャリティーもあるんだ、興味が出て、
僕もなってみようかなみたいな。
そういう発想なのかな。
それが全て誤解っていうか、じゃないですか。
そういうもんじゃないし、
お姉さんが自分の子供の影響的なものを心配してるみたいなニュアンスなのかな。
だと思います。
そういうのじゃないですよね。
そういうことじゃないじゃないですか。
お姉さんからすると弟?
弟がそうであることはいいけど、自分の子供たちに、
おじにあたる人が、
っていうのを言わないでくれってことじゃないですか。
自分のセクシャリティーの結果として子供を産んでるのにさ、
人のそれは隠すのかね、隠そうとするのかっていうのは、
でも、
確かにね。
そういうリアルはそっちなのかなって感じも、
そうなんですよ。
自分もしてるけど。
それ多分みんな建前では、
自分の子供がもしゲイとかレズビアンだった時に、
受け入れるとか言ってたとしても、
内心、近くにじゃあいましたってなった時に、
その人と一緒に過ごすことに抵抗を持つ人とか、
自分ごとになった瞬間に、
受け入れられないことってあるんじゃないかなと思っていて、
なんかシスヘテロの方に聞きたいのが、
もし自分の子供に、
子供の近くに身内とかでゲイとか、
そういうセクシャルマイノリティの方がいた時に、
言っていいのかどうかそもそもっていうのと、
言っていい時期とかがあるなら、いつなんだろうっていう。
これが結構人によって違うんじゃないかなと思っていて。
幸いと言ったらあれだけど、
こういう本を普通にもらって、
花丸さんたちは読んでて、
こういうものを通じて、
そういう話を普通にする機会というかがあったり、
あとパートナーのしおりさんも、
こういうものを一緒に読んで、
そういう話をすることの、
とてもいいことだと考える人だから。
素敵です。
今のところそういう話は、
こういうものがあったおかげで、
より話をしやすかったのもあるかもしれないから。
一般的というか、
会みたいなのは別にないと思うんだけども、
いわゆる包括的教育の文脈とかで、
言われているのは、
5歳とか、
小1とか、
それぐらいから、むしろ、
いろいろな多様な形があるっていうことは、
きちんと伝えたほうがいいっていうのは、
例えばユネスコとかが出しているそういう、
WHOだっけな、どっちだか忘れちゃったけれども、
確かそういう風なことが書かれていて、
それはつまり発達段階的に、
そもそも恋愛とか、
そういうことも理解してないですよね。
その前はそういうことすら理解してないと思うんですよ。
ママとパパがいるっていうのはわかるかもしれないけれども、
それがどういうことなのかみたいなことは、
たぶん理解してないだろうし、
だからそういうことをちょっとずつ理解していく段階、
もしかすると好きみたいな感情とかも、
理解していく、
そういう戸惑ううちに立っているような段階で、
ちゃんといろんなものがあるよっていう風に、
伝えたほうがいいですねっていうのは、
今の包括籍制御教育の文脈だと、
そのようにちょっと調べたら書かれていたから、
やっぱりそれはそうなんじゃない。
だからこそココメ論とかもそういう風に、
そういう描写を入れているんだと思うけど。
最初に選択肢ではないですけど、
こういう人たちがいるんだよっていうのを知った上で、
学んでいったほうがスムーズですよね。
そこを隠してずっと学んでいくっていうのは、
やっぱり偏った考え方になってきますね。
そうなんですよね。
制度と社会がつくる環境
カルチャーとか、
メディアとかが、
そういう多様な光景を描くとか、
そういうものが大事な。
一方で、
制度とかシステムっていうのがあるわけじゃないですか、
全部。
例えば名前をかくらん、
男女みたいな前提になっているとか、
あらゆる行為室がどうとか、
もちろんそうやっていろんなインフラとか、
法律もそうですよね。
今のところ同性婚ができない。
そして同性同士のパートナーで、
例えば、
何て言うんだっけ、
里親制度みたいな。
で、子どもを子育てをするみたいなことが、
なかなか日本だとハードルがあって、
それは制度の問題じゃないですか、
法律とか。
そういうハード面でのところと、
文化とかカルチャーのソフト面でのところは、
当然両方の作用があって、
いろいろ社会の光景が変わっていくんだと思うけど、
ハード面でいうと、
むしろ今政治の勢力的には逆を向いているじゃないですか。
その問題もあるよね。
そういう中で、
ソフト面で、
多様な光景をたくさん描こうっていう、
動きはずにあるとは思いつつ、
強固なハード面のね。
やっぱり両方同時に進まないとね。
草の根的なものと、
でもまあ、
その人だけのせいじゃないと思う。
大野さんだけのせいじゃなくて、
それはそういう環境のせいでもあるなっていうふうには思うけどね。
そうですね。
環境とか社会っていうのは、
確実にそうだと思うけど、
誰が作っているのかというと、
大人たちが作っているっていうのは、
いつもこういう話に立ちかえ直面するから、
我々も大人なんで、
その社会をね、
どういうふうに、
していきたいかっていう側の人間、
そういう作っていく側の人間として、
やっぱり振る舞ったり行動したり、
ってことが大事なんだろうなっていうのは、
たびたびね、この番組の最近、
いろんな問題を考えると直面するんだけど。
だからやっぱり知ろうとするとか、
接点を持とうとするとか、
最初はそういうことがきっと大事なんだろうなっていう気はしてますけどね。
そうですね。
あとはやっぱり子ども側で僕はどうしても考えちゃうんですけど、
親にセクシャリティを否定されるとか、
受け入れられないっていうことが本当に、
子どもにとってめちゃくちゃストレスだし、
居場所がなくなる言動なんですよね。
それが意外と世の中にあふれているので、
問答無用で味方でいてほしい親に
突き放されてしまうっていう経験は、
誰にもしてほしくないなっていうのは思っていて、
社会の動きとかで解決できることが一番なんですけど、
まず自分から、
自分の子どもに対して、
言われた時に何かこういう言葉をかけてあげようとか、
シミュレーションしてみたりとか、
絶対うちの子に限ってとかって思っててもそんなことないので、
誰にとっても会っておかしくないし、
会っても別に不幸でもないですし、
僕らはもう幸せに生きているので、
なんかゲイとかLGBTに対してマイナスなイメージを
どうしても持たれてしまうと思うんですけど、
どうかポジティブに受け入れてあげてほしいなとは思いますよね。
あとあれですよね、傷つく場面として、
否定してたら多分傷つきますよね。
自分のことじゃなくても、
そうなんですよ。
例えばテレビ見てて、
そういうLGBTQの人が出てきた時に言ったら、
それじゃあってなっちゃうじゃないですか。
よくあるんですよ。
カミングアウトしようと思ってたけど、
父親がそういう発言をしてるから無理だとか、
やっぱり自分だけじゃないんですよね。
もう延長にいる人たちなので、
その属性に対して何かネガティブな発言をするっていうことは、
子どもにとってすごく萎縮させてしまう言動なので、
それもすごく大事だと思います。
だから何の本で読んだか忘れちゃったけど、
親とか友達とか先生とか含めて、
小さな子どもがさ、
この世界では自分がこの世界にいるためには、
このこと言っちゃいけないんだとか、
自分のある属性に対して、
ずっと嘘をつくとか隠し続けるとか、
子どもでもやるんです。
違う振りをするっていうことをして、
しないとこの場にいられないんだって感じることって、
子どもじゃってめちゃくちゃ、
それはもちろんセクシャリティの問題だけじゃなくて、
いろいろあるかもしれないけど、
他の人種差別の問題とか、
いっぱいあるかもしれないけどその構図自体は、
めっちゃ辛いじゃないですか。
そうですよね。
誰も味方、本当の意味で味方になってくれる、
安心してそこにいられるって場がない。
ここマジで孤独だろうなとか思うし、
それはもう個人の性格や周囲の人間関係によって、
たとえセクシャルマイノリティという共通点があっても、
経験はバラバラだとは思うけど、
マッキーさんの子どもとしての体験を語ってくれたことは、
そういう小さな幼き日のマッキーさんとかがさ、
例えば小学校、中学校の人間関係の中で感じてきたこととかを、
そういう感じさせ方を作っているのは大人を及ぶ社会だからね。
今なおそういうことがまだまだあるとしたらね、
こういう小さい人たちがどんなことを抱えちゃってるのか。
そうだよね、だって描き方だってさ、
ステレオタイプなさ、お姉っぽい描き方とかさ、
タレント自身に罪はないと思うけど、
なんかそういう印象付けとかさ、
売り出し方がわざとそうしてたりとか。
経済の論理とか絡んでいくと、
多くの人が受け入れやすい形にしないと流通しない。
そうすると多くの人がイメージする、
なんかこう、お姉っぽさみたいなものをうまく演出することができる人が売れっ子になる。
その人がまたイメージとして広がりみたいな、
っていう論理もきっとあるよね。
少し前までゲイイコールお姉って思ってる人いましたもんね。
ゲイだって言ったら、じゃあ女になりたいの。
今でこそもう皆さん理解されてると思いますけど、
そういうイメージってやっぱり定着しちゃいますよね。
ゲイ男性の複雑な立場と帰る場所
自分の中にもやっぱあったし、
テレビとか、いわゆる新宿日曜目的な漠然としたイメージで、
勝手に思い込んで。
でもなんかそういうことからだんだん理解が広がってくって、
そういう側面もあれば、
そこでまた固定観念が強化されるみたいな。
このね、ジレンマという。
すごくアンバランスでもあると思うんですよね。
なんかゲイとかって、オカマブームあったじゃないですか。
昔オカマを見分けるクイズとかあったりとかして、
中井くんがやってた番組だったんですけど、
母親がそれが大好きで、番組欄に丸付けて毎回それ見てたんですけど、
今思うととんでもない番組だなみたいな。
女性女性女性オカマオカマみたいな。
その境界線見つけるみたいな。
とんでもないじゃないですか。今やってたら。
そういう時代があって、
ゲイってそういうお姉とかオカマとかって言われてきた時代を経て、
今すごくメジャーになってるけど、
他のセクシャルマイノリティの方、レズビアンの方たちとかってやっぱり露出が少ないんですよね。
2丁目とか見てても、ゲイバーが多分9割とかで、
レズビアンのバーって本当に1割とかそんな感じなので、
同じセクシャルマイノリティの中にもさらにマイノリティがいたりとか、
僕らってある意味、結構もう理解されてる側だなって最近では思ってるんですけど、
どこまで行ってもその情報っていうのが偏っているので、
より辛い思いをしている方たちもまだいっぱいいるなとは思います。
その葛藤はね、いわゆるLGBTの中だと、
ゲイ男性はマジョリティの方に位置付けられると、
ある種特権性を帯びていたりみたいなことで。
あと社会的には男性だからっていう、
そういうのも言われることはありますよね。
男性2人だったりカップルだとやっぱり経済的にもすごく強いですね。
そもそも男性優位な社会の中で、
男性であるっていうことは、社会的には男性だから、
そういう意味ではそこの特権性はやっぱりあるっていう話は一方でありますよね。
でもセクシャリティっていう側面で見ると、
マイノリティということでいろいろ辛い思いをされていることも、
辛い思いをされることも多いっていうようなことだと思うんですけど。
そういう複雑な中で、
ある時はマイノリティ的な苦しみを味わう場面もあれば、
ある時には、いやいや男性じゃない、いいじゃんみたいな風な
見せんで見られてしまうこともあるとしたら、
なんかもうね、こう…
いやいや、簡単に言うけどさ、
セクシャリティがゲイであって、
その男性優位社会の中で生きる辛さもやっぱりあるし、
あるよね。
男同士の関係で。
ホモソの関係の中で生きる辛さっていうのもやっぱりあるわけで、
だからすごいいろんなことが絡み合って、絡み合いまくってるなっていう。
社会ではホモソの中で仮面をかぶって生きてるんですけど、
だからこそプライベートではもうゲイ同士で集まってワイワイやるっていうのが結構
共通で今起きていることというか、社会ではまだできないので、
やっぱり同じ属性で集まると楽しいじゃないですか。
そっちでみんな何とかやり過ごしてるっていう。
そうですよね。
錯覚してますね。楽しすぎて、
もうマイノリティじゃないぐらいに思ってるんですけど、
ふと荒野に出されてみると、そうだマイノリティだったみたいな。
ストリートね。
ストリート荒野。
そうですね。
そう考えるとね、
シスジェンダーエテルセクシャルで健康で組織に属してる男性みたいなのさ、
いわばね、この国ではすごいマジョリティ性だってことだ。
すごいよね。
そうですね。
だからそれは別にその人が望んでそうなったわけじゃないっていうのはあるけど、
やっぱり社会の問題として考えたら、
そういう当事者であるっていう意識は、
すぐなんか透明になっちゃうじゃないですか。
マジョリティって。
当たり前と思っちゃう。
でもそういう属性を持って一応当事者として生きてるっていう意識は、
男性の中にもね、
持つことで初めて。
それは親としてもそうかもしれない。
ママも親もそうか。
そうだね。
だから子供の視点でね、
こういうセクシャリティの問題を考えてみたり、
そこから生じる親子関係っていうところの話はね、
すごいマッキーさんの体験を通じて、
今日はちょっといろいろ考え…
今日なんかめっちゃ良かった。
本当ですか?
めっちゃ自信ないんですけど。
大丈夫ですかね。
でもなんかそういう幼少期の、
思春期の親子関係による圧とか、
相当なストレスだったと思うんですよ。
ですね。
それとマッキーさんのこっちは関係してるんですか?
そうかもしれないですね。
マッキーさんといえば。
親のせいで。
もう一個。
もう1インカスとしてのパチンコあるじゃないですか。
ここ芸者じゃないんで言えるんですけど、
パチンコ大好きなんですね。
ギャンブルの話をしてる時のマッキーさん。
あれ?この人あのマッキーさんだっけ?みたいな。
あったけど、もしかして今日ね。
繋がるのか?
いや、分かんないよ。
でも本当にそういうの自分でも感じるんですよ。
一見真面目に見られるんですけど、
結構アンバランスな部分が多くて、
それが自分がよりどころとするところがなかったりとか、
彼氏に依存するのもそうかもしれないですね。
今まで、今日数えてみたんですけど、
13人と付き合ってきたんですね。
そのコロコロやっぱり彼氏が変わったりとか、
その相手に依存するっていうのは、
帰る場所が自分にはなかったからなんですよ。
実家がない。
それって結構不安定になるんですよね。
社会人だったとしても。
何かあった時に帰る場所がないっていうのは、
誰か自分の帰れる場所を探してるというか、
そういうのもあって多分、
彼氏に依存したりパチンコに依存したりっていう。
全部親のせい。
全部親のせいでした。
分かりました。
あのパチンコのマッキーさんと、
今日のマッキーさんの
何か繋がるとこがあったのか。
逆に繋がりましたね。
逆にね、感じたけど。
マッキーさんのこっちの話も最後まで。
そうですね、また次回。
ぜひ。
絶対子供と関係ないですよ。
それはどうやって結びつけても繋がらない。
まだ親の話は。
心に不安定なものがあるからね。
依存行動っていうのは、
どうしてもつきまとうことだと思うので。
帰る場所、確かにそうだよね。
そう思う。
ハバイルしてきたという側面がきっとあるからね。
何か聞いたことあるんですよね。
幼少期とか成人するまでの間に離婚した、
親が離婚した子供は、
ずっと帰る先を探すみたいな、
寄りどころをずっと求める、
行動するみたいなことを聞いたことがあって、
それも自分の中にずっと残ってるんですよね。
その言葉が。
僕ってそうだったんだみたいな。
僕も番組でよく、
塾長に抱かれたいって言ってます。
そうなんですね。
やっぱ母親に優しく抱きしめられる。
なるほど、それかこう歪んで。
歪んで。
なるほど。
そういうのありますよね。
全部あいつらが悪い。
そうですね、自分は悪くない。
パチンコ。
どうしてもパチンコの話大好きだね。
ありがとうございます。
1個ではないです。
というわけで今日は、
最後にせっかくだから、
ゲイ茶の告知も。
ありがとうございます。
ゲイで茶を沸かすというポッドキャスト番組やってるんですけど、
11月14日に
東京でリアルイベントをやります。
ただチケットが
現段階でも結構少なくなってるんで
もしかしたら完売してる可能性あるんですけど
配信もありますので
ぜひご興味のある方はイベントを
チェックしてください。
これは2026年?
そうですね。
去年のあれなんだっけ?
去年の話?今年?
今年ですね。
どうだよ、2026年の
ポッドキャストアワードでね
本山翔二と
ゲイで茶を沸かすノミネートをしていただき
そうですね。
ゲイ茶さんは
企画書を
いきなり最初呼ばれて
沸きましたね。
一緒に喜んでいただけて
前後にいらっしゃったんで
それでもみんな俺ら不手伝いじゃなくて
佐藤さん共演NGって言われて
そうなんですよね。
パワーが
すごい放たれてる番組なんで
ゲイ茶さん
ルームも
ネオ茶漬けっていう
桃山さんに見習って
始めましたので
そちらもよかったら
ぜひこの番組の
聞いてくださってる人も
スポティファイでシュッと飛べるんで
リンクあるんで
また全然違う
エネルギーが放たれてるので
カミングアウト会とか
みんなに聞いてほしいなって
そうですね
ゲイで茶を沸かすでも
カミングアウト会とか
セクシャリティにまつわる会いくつもあるので
そういったのも
楽しく聞けるので
おしゃべり人情バラエティ
やってる番組ではあるけど
そういうテーマもね
たまに真面目に話してるっていう
そちらもぜひ
聞いていただけたらと思います
というわけでここまで
お聞きいただきありがとうございました
真山翔二の清太でした
堀田でした
ゲストのマッキーでした
また次回もよろしくお願いします
ありがとうございました
01:05:23

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