道徳教育の重要性
なんか、ちょっと理科っていうところから外れてみてもいいですか?
ええええ、どうぞどうぞ。
なんか、担任を持ったこともあるじゃないですか。
そうすると、道徳とかなんか学活とか、なんかそういうものもやるんですか?
えっと、そうですね。担任は、あの、道徳を、あの、道徳の時間というものがありますので、やることになりますし、
学活は、あの、中学校の場合は、もちろん学級活動というものもありますけれども、
あの、生徒会活動であったりとか、あと、行事に向けての活動であったりとか、っていうようなこともあって、
学年とか学校とか、そういったような部分のところと、あの、つなげながらやっていくようなことっていうのが、言えるのかなというふうに思いますね。
で、まあ、私は今年副担任なんですけれども、あの、学年のこう、まあ、やり方の中で、道徳の時間を、自分の学級担任ではなく、いろんな先生に道徳の時間の授業をしてもらうとか、
そういったような、あの、学活のところも、学年の中で副担任の先生が、こう、講座を作って、そこのところで係り活動とか、講座の活動をしたりとかする、なんていうような工夫はしているというので、すべてが学級担任だけというわけではないのが、まあ、中学校なのかなっていうところが言えますね。
なるほど。副担任の、副担任同士で担当するみたいなのもあるんですね。
そうですね。なので、そこら辺のところは学年主任が中心となって、学年会っていうようなものが運営されてるんですけれども、そこのところで、こう、学年の先生たちと集まって、こういうふうにすると、あの、またね、いい学びができるんじゃない、なんていうようなところで進めていくというところは言えますね。
なんか実際、道徳って大人になったらすごい大事ですし、なんか道徳の授業って結構覚えてるものも多いんですけど、自分自身が。なんか、例えばなんかその道徳の授業をして、なんか、この子なんか変わったなみたいなのってあります?実際。道徳で。
基本的に道徳の授業っていうのが、こういう場面があったから、この授業の道徳の授業をしようというようなことではあまり考えられていないんですよね。
なので、道徳にも教科書ができましたので、その道徳の教科書っていうものを使いながら、その中で、他のところでその内容っていうものが生きてくればいいのかなっていうようなところが出てきますので、この道徳の授業をやったからこの子がこう変わったっていうところを、明らかな状態のところで見ることはできないんですけれども、
道徳の授業の中でそう考えていたことが、いろんなやりとりの中で、あ、こういう考え方もあるんだなっていうところに変わる。そんなような場面っていうのは、いくつか見ることができたかなっていうところが言えるかもしれないですね。
人権形成ですよね。
そういうところがありますよね。だから道徳にもいろんな価値観っていうようなものがあったりするんですけれども、その中で価値観が深まったりとか、または更新されたりとかいうようなところっていうのがあったりしますし、
それは道徳の時間だけではなくて、私理科をやってるんですけれども、理科の授業の中にも道徳教育っていうのはあるんですよね。
なので、例えば生物の観察をしてるときに、こういう生き方をしている生物なんだなとか、この生物大事にしたいなとか、そういったような生命尊重であったりとか、
教員免許の取得と役割
実験をまとめるとかっていうのはそういった場面の中において、いろんな理論的に物事を考えるなんていうところで、道徳的な考え方、道徳的な教育の仕方っていうのはあったりとかするんですけれども、道徳の時間っていうのはそういったような各教科のいろんな道徳的な教育の部分のところを、
つなぎ合わせたりとか、関連づけたりとか、そんなようなことをするのが道徳の時間っていうふうに言われているので、ちょうど扇の止め具のところですかね、扇の金目なんていうふうに言ったりとかするんですけれども、その扇の金目の役割をしているのが道徳の時間なんていうような言われ方をしたりとかしますよね。
なるほどね。そういう考え方なんですね。面白い。
まあ、根幹をなすところですよね。
いろんな教科の中で。
そうですね。
じゃあ、それぞれ例えば、公衆さんだったら理科だし、国語の先生は国語だし、数学だったら数学だしっていう各々のところで、そういった道徳教育をしていて。
そうですね。だから社会であれば、平和の勉強の中でもそういったところは道徳的なものっていうのはきっとあるんでしょうし、それぞれの道徳的な観点っていうものは各教科にあるというふうになってますよね。
これまたちょっと聞きたいことがあるんですけども、公衆さんは高校でも教えるっていうことは可能なんですかね。
私は教育学部ではないので、教員免許ですけども、免許は中学校と高校の免許なんですよね。
なので逆に言えば、小学校で教えることはできないんですよ。
そうですよね。
高校の免許を持っていますので、高校で授業することは可能なんですが、現在私が働いているところが義務教育という形になりますので、高校は高校教育というような別の科になるので、そこでの差ありますから、基本的には中学校で教える形になるんですよね。
なるほど。飛んでいくことはないんですね。中学校の先生が高校に行くとか。
交換というか、中学校の先生が高校に行く、高校の先生が中学校に来るというような交換的なやり取りというものは存在するんですが、それも丹念とかでまた自分の部署の方に戻ってきますので、そういったような形で基本的には中学校で。
中学校と教育なので、両方の免許を持っていれば中学校から小学校の方に行くという生はいるんですけれども、私のように小学校の免許を持っていない者としては小学校に行くことは基本的にはできないというような感じなんですよね。
そういうことなんですね。確かに。
中学校から小学校の先生とか、小学校の先生がそのまま中学に持ち上がってきたみたいなのもあったので、確かにそういうことか。義務教育内だからどっちでもいけるけど、中学校は管轄が違うんですね。
違いますね。教育学部で免許を取った方は、小学校、中学校、高校、場合によっては特別支援といったような形でたくさんの免許を持っている先生もいらっしゃるので、そういったような場合は行き来がかなりできるというようなところがあるかもしれないですし、
あとは管理職になるとその辺のところの者がなくなるようなので、中学校の免許を持っているんだけど小学校で校長をやっているとかいうようなことはあるというところですね。
校長とかは別に免許関係ないんですね。
関係ないみたいですね。理科専科っていうことであれば、中学校の免許でも小学校で教えることができるようなので、いずれそういったような場面もあるのかななんていうことは想像してますけどね。
留年の経験と教員になるきっかけ
そうですね。小学校の先生の成り手がどんどん減っていって、倍率もどんどん下がっていくという事態だから、
東方ですね。
中学校の先生たちの力が必要になる時がもう間もなくやってきそうですよね。
そうですね。だから東方でやっぱり相乗りが必要になってくるっていうところは今話題になっていて、
中学校では今度は逆に部活動が今話題になってはいるわけなんですけれども、
その部活動で指導できるっていう人が中学校も少なくなってきてますから、
小学校の先生でサッカーが得意だよとかっていうような場合、
小学校の先生が中学校の部活動のところに相乗りするっていうようなこともできるんじゃないのなんていうことは問策されてるというようなとこありますし、
英語の先生とかが小中でつながりがあるというような形で、
英語専科っていう形で小学校の方に行くよなんていうようなことはつながりの中ででき始めてきますし、
あとは小さい市町村だと小中が一つの学校になるという、なんとか小中みたいな感じでなるようなところも始まってきているので、
こういったような連携が大事になってくるかなというふうには思いますね。
その地方の方だと本当に小中一所でやってる学校とかってありますけど、
ああいう学校とか、あと小中一館校とかってあるじゃないですか。
市立とかも含めて。
ああいうところって免許ってどうなる?
別に中学の免許でも小学生の指導も、それもやっぱり理科しか教えられないみたいな感じなんですか。
基本的には小学校の担任とかは小学校の免許がないとできないです。
ただ、同じ校舎内にいますので、私のような中学校の免許を持ってるものが理科専科という形で理科の授業を見るっていうことは可能になってきますので、
同じ建物の中にいれば、そういったようなやり取りということはやりやすくなってくるっていうところが言えるかもしれないですね。
ああ、なるほど。一応そこもちゃんと免許にのっとってって感じなんですね。
基本的には小学校は小学校、中学校は中学校の免許というような形になってますね。
なるほど。なんか、こうしゅうさんはなんで中高の免許、自分もトヨも中高の免許ですし、
トヨはそれで高校に行きましたけど、こうしゅうさんは高校ではなくて中学校に行った理由って何なんですか。
それちょっと聞きたかったんですよね。
なんで教員になったのかっていうところともつながってくるかなっていうふうには思うんですけれども、
私自身、大学が教育学部ではなかったので、教員になるっていうようなことは、あまり大学入学したときには想像していなかったっていうところがあるんですよね。
中にはもう中学校、高校のうちから学校の先生になりたいんだっていうふうに思って勉強してる子も多いかなっていうふうには思うんですけども、
私はどちらかというと大学のときには本当に理科が好きだったからっていうところもあって、
生物をいろいろできる学校に行こうっていうようなところで、専門の大学のほうに行ったわけなんですけども、
どこかの場面で私話したことがあるんですけども、私は大学を5年間行ってるんですよね。
4年間で卒業できなかったというような記冊がありまして、結構真面目な生徒だったんですけどもね、
本当に授業一番前で受けたし、絶対授業休むっていうことはしなかったっていう、すごく自分が思うように真面目な生徒だったんです。
でも結構実力主義な大学だったので、推しとかそういったことは一切ありませんでしたので、本当にできなければ本当に落とされるっていうようなことがあって、
結構多くの人が5年間やってる人がおりましたので、友達もいっぱいいたんですけども、
5年間いる中で、今年でしかできないことをやりなさいよっていうようなことを、私の家のほうから言われたところもあったときに、教員の資格を取る。
これ卒業単位ではなかったので、そこのところはやらなくてもそうですが、
その1年間でできることはその単位を取ることかなっていうところで始めたところがきっかけであったことは間違いないので、
でも巡り巡ってそこの1年がなければ、今この立場にいなかったものですので、なるべくしてそこに1年があったんだろうなーなんていうふうには思いますけれども、
そうなったときに、豊先生はその上の大学院のほうに進学しましたけれども、私も大学院のほうには合格はしていたので、大学院に行くつもりではいたんですが、
当時はね、やっぱり大学院に出て、ドクター出てもなかなか希望できる仕事に就くことが難しい、そういった時世だったものですので、
本当に理科をずっと続けて楽しい理科をできる、そんな仕事ってなんだろうなっていうふうに悩んでいながら、大学院に行ったらもしかしたら見つかもしれないなっていうようなところをやってた。
なかなかのときに、ある機会で、親木県のほうから公私というような形で、どうだいっていう話があったものですので、これも一つの選択なのかなっていうようなところで大学院に行くっていうところを決断して、
親木県のほうの一つの市町村のところに公私として行ったというのがきっかけだったところがありますね。
その1年間じゃあ本当に大きかったですね。
そうですね、今思えばあの1年がなければ今の自分はいなかったっていう、本当に不思議な縁だなっていうふうに思ってますね。
免許自体も持ってなかったってことですもんね。
持ってなかったです。その口座も取っていなかったので、一切教員というものに関するものは想像してなかったっていうところがありますね。
結構その留年っていうとネガティブなことで、無駄な1年だなっていう風潮とかありますけど、でも無駄なことってやっぱないんだなっていうのを感じましたね。
ないんですね。
気づかせてもらえたのが私の家族のおかげだったかなっていうところはありますよね。
その時に何か今年でしかできないことをやってごらんっていうふうに言ってくれたので、なんか嬉しかったなっていうところがありますよね。
これぜひみんなに届いてほしいですね、今のお話。
すごい。
そうですね、確かに。
講師としてっていうのは一本ずりだったんですか?それともその町村出身の人にバッて来たんですか?
結局その教員免許を取ると、講師の登録っていうのができるようになるんですよね。
講師としての経験
で、その講師の登録をしておくと、空きがあった場合、そこのところで電話がかかってくるというようなところがあるんですが、私は講師の登録をした覚えがないんですよね。
ですけれども、たぶん家族が知らないうちに登録していたんだろうなっていうふうに思うんですよね。
よくジャニーズのアイドルのやつでよく聞くやつですね。
だからやっぱりどこかで家族も心配してくれていたところもあるのかな。
何かの機会で潰れないように支えてくれていたっていうところが、そんなところを家族に聞いたことはないんですけれども、もしかしたらそういったところがあったのかなーなんていうようなところは想像するところですよね。
すごいな。寝回しと言いますか。
いきなり電話がかかったんですか?
でもかかってきたのはいきなりです。
いきなり市町村、出身の市町村ではなかったんですけれども、隣の市町村から電話がかかってきて、教育委員会ですけれども、来年1年間講師として丸々中学校で働いてみませんかっていう話があって、
じゃあちょっと考えてみますっていうようなところで、大学の教授のほうに話をしたときに、どうしたいんだいっていうふうな話をして、そういったところもチャレンジしてみたいっていうふうに言ったら、もう研究のことは任せろと。
もうその部分のところは全部私が拾うからって教授が言ってくれて、その部分のところは全部手続きを整えてくださったっていうところもあって、教授にも監視したいなっていうふうに思ってたところですよね。
ちゃんと心よく送り出してくれたっていうのがあるってことですね。
そうですね。だから今思えば、もう本当に3月の末くらいだった。
中くらいだったって。
その直前だったんですね。
そう、終わりくらいですよね。だからもう本当に大学院に向けての準備も進んでたでしょうし、教授としてみても、大学のある意味いろんな会のところで、こういったような学生が行くからよろしくねとかっていうところはあったでしょうから、
それを全部教授がいいよって言ってやってくれたわけですから、この年になってやっぱりいろいろ組織の中でいろんな手続きしなければいけないっていうところを何も言わずやってくれてたってことは感謝だなっていうふうに思いますね。
すっごいいい先生だったのと、多分もうそこまでしてでも送り出してあげたいっていうような、こうしゅうさんの日々、日頃の人柄の良さがちょっとわかるようなエピソードですね。
なんかね、やりたいっていうようなことをやらせてくれたのがすごくありがたかったなっていうふうに思いますね。
なるほど。じゃあそこでその講師として中学校の理科を教えて、このままここでやろうってなったってことなんですね。
教育現場の職務内容
そういうことですね。
講師と教員っていうのは何が違うのか。
そうですね。講師にも先ほどの私が経験した市町村の所属の講師と県の所属の講師というのがあるんですよね。
市町村の所属の講師っていうのは基本的にはそこの市町村の中でしか移動がないので、中学校が3つとかがあればその中学校内で移動するというような感じになりますし、職務の内容も基本的には事業のみという形になることが多いかなっていうところがありますよね。
これが県の講師という形になると、まだ正式には採用されていないんだけれども、所属が県なので、職務の内容もだいぶ踏み込んだところまでやらせてもらえるようになるんですよね。
だから一つ目では、県の講師の状態で担任を持つとか、活動の仕込みを持つというようなことができたりしますし、
あげる給料も、県の正式の採用とはちょっと給料形態が違うんですが、それでも給料が昇給していくというような形がとられていくのが県の講師ですね。
ただ正式には採用されていないので、市の講師の先生も県の講師の先生も教員に採用支援を受けて、教諭という形で県の職員になるし、
あとはいろんな働き方がありますので、市の講師の方が自分の時間を大事にできるとか、例えばお子さんを育てていくという中で、
そういったような時間の使い方の方が自分に合っているというような形で臨んで、そういったような市であったりとか、県の講師の方をされていくという先生もいらっしゃるというような感じですかね。
なるほど。先生って人に言ってもいろいろいるんですね。
そうですね。子どもたちから見れば、どこの先生も先生なんですけれども、言うなれば学校もそうですけれども、
同じ組織なのかなというところは言えるかと思うんですよね。学校長がよく船の船長に例えられたりとかするんですけれども、私の所属する学校ではだいたい350人くらい生徒がいるんですけれども、
うち教職員っていうふうに呼ばれている先生たちが50名ほど勤務しているんですよね。
勤務していく役職としては、校長から始まって教頭、教務主任、学年主任、担任、副担任、養護教諭、栄養教諭、事務職員、公務技師、図書館師匠、
体と心の相談員、アシスタントリーディングティーチャー、ALTっていう海外の方が英語のときに一緒にいろいろやってくれる先生ですよね。
ALTってすごい役なんですね。
いろいろあって、自治体によってはAETっていう言い方をするところもありまして、アシスタントイングリッシュティーチャーっていうような言い方をするところもありますけども、
ALTとか、あとは教員業務支援員って言って、スクールサポートスタッフっていうような形で、いろんなプリントの印刷であったりとか、
最近印刷なくなりましたけれども、そういった事務的な部分のところを担ってくださる先生であったりとか、
あとはスクールカウンセラーの先生とか、部活動指導員とか、あとは給食の先生の給食技師ですね。
なんていうような多岐に渡っているわけなんですけれども、その方々みんな先生なんですよね。子供たちからしてみれば。
まさに先生と呼ばれる専門職になるので、それぞれの先生方はその専門職として恥ずかしくないように工夫しながら子供たちの前に立っているというのが学校っていうような組織になりますかね。
で、私先ほど教職員っていう言い方であったりとか、教員とか教師とかっていうようなことを結構混ざり込んで言ってしまっているところがあるんですけれども、
学校の業務に関わっている全ての先生方が教職員になりまして、そのうちに授業とかを担当している先生が教員とか教師とかっていうふうに言われているということが言えるかもしれないですね。
確かにそうですね。そっか。厳密に言えば。でもそっか。たくさんありますね。部活指導員ですか?
うん。だから本当に。
ごめんなさい。どうぞどうぞ。
大丈夫大丈夫。はい。
ごめんなさい。さっき部活指導員っていうのが多分あったと思うんですけど、ちょっと前に中学校の部活、中大連を校務から切り離すみたいなそういう話が結構あったじゃないですか。
部活指導員は一応学校の中で働いているので教職員、生徒からしたら先生ですけれども、これは別に免許持ってなくても指導できるっていうような感じなんですかね。
部活同指導員にもいろんな形態がありまして、本当に3時過ぎから学校の方に来られて部活を指導されるという部活同指導員もいるんですけれども、私も経験した師の採用とかね、そういったような先生が部活同指導員でもあり師の先生でもあるみたいな。
そういったような合わせ技のようなところもやっぱりあったりとかするんですよね。なのでそうすると師の先生の給料もいただけるし、部活同指導員の給料もいただけるというような、そんなような形態になる場合もあるというところが言えるんですけれども、
この部活同指導員もこの学校の規模によって人数が決められているので、ちっちゃい学校はなかなか部活同指導員を雇うことができないんですよね。学校の先生クラスの数によって教員数って決まっているので、部活同指導員まで手が回らないというかそこまで出すことができないというようなこともあったりとかするので、
そういったところは師の先生が担うなんていうようなことは、師の場合はその市町村の考え方でできるので増やすことはできるんですけども、ただ担任を持つとか教友としての仕事をするっていうことはなかなかできないというようなところは言えるかもしれないですね。
じゃあ、希望によって結構部活って大変じゃないですか。部活を持ちたくない先生方もいらっしゃると思うんですよね。逆に持ちたいよっていう人もいると思うんですけど、それってもう選択できるんですかね、ある程度。
結局、今、休日の部活動を地域の方にしようなんていう話は進んではいるんですが、そういったところを率先してできるところはどうしても大きな市町村になりますよね。そういったところは指導してくれるクラブチームであったりとか、そういったところがありますので、
油断でる。だから親知県でもとある市町村はもう完全に部活動は地域移行して、なんだったら部活動も地域にお任せっていうような、そんなような体制ができつつあるところもあるんですが、残念ながら私がいる市町村はそこにはならないので、
結局のところ、平日のところは中学校の先生見てねと、なんだったら土日の地域のクラブ活動も中学校の先生立ち上げてくれないかなっていうような。結局名前が変わってるだけだし、なんだったら逆にボランティアの部分の要素がさらに増やまっちゃうかなっていうところは言えなくはないんですけれども、
私たち教員って子どもたちの成長であったりとか、より良さっていうものを求めがちなので、そういったところに関わっていくっていうようなところの部分のところをやっていこうかなっていうふうに言っている先生もいるかなっていうふうに思うんですが、
そこら辺のところは、これからの若い先生たちはしっかりと自分の思いを持って、それはちょっと違うのかもしれないっていうところは考えながらやっていくのが大事なのかなっていうふうに思いますし、一概に部活が悪いっていうわけでもないところもあって、
自分は部活結構コモンやってきて、サッカー部であったりとかバレー部かバレー部であったりとか卓球部であったりとかソフトボール部であったりとか剣道部であったりとかっていうような感じでいろいろやってきてはいるんですけれども、それだけの能力が自分にあったかっていうと全くないんですよね。
この中で与えられたもののところで、一緒にやっていくっていうような、そんなようなスタイルで部活をやってきたっていうところがあるんですが、子どもたちも一緒になってやってくるとなんだかんだ楽しくなってきてくれて、信頼会見も生まれてくるっていうところもあって、そういったところで関わりが深まってくるっていうところもあるかなっていうふうに思うし、
地域との協力
そういう中で地域の方で協力できる方がいらっしゃったら、その地域の方にご指導をお願いしながら、学校の生活の中には自分が関わって指導に関しては地域の方との協力をやりながらやるっていうような体制を作っていくなんていうような工夫をしながらやっていくようなところがあったかなっていうところが見えますね。
そうやって考えて、中学校の生徒たちは幸せですね。そんなふうに思ってくれてるのは。
何かしらの巡活になったかなって気がするんですよね。土日で出てて部活やるのは、やっぱり時間的に大変なところはあったんだけれども、それはやっぱり子どもたちもわかってるというか、大変な中来てくれて一緒に僕たちと活動してくれてるんだなっていうようなところがわかるので、
月間水まきの授業がなぜか順滑に進むこともあるんですよね。何々部の顧問の先生だっていうようなところで、同じこと言ってるんだけれど、先生の話してることを聞いてみようかなっていうようなスタンスで臨んでくれるっていうところはあったかなっていうところは場面としては感じましたけれどもね。
そうですね、あるかもしれないですね。部活の顧問の先生の授業はちゃんと聞くみたいなのは。
そういう言い方もたまにできますからね。そういった仕事はあまり私はしませんでしたけれども、本当に。でも何かどっかのところで親近感のようなものが人間ですからね、感じてるところはあったのかなって気がしますけれどもね。
なるほど。
いろんな側面がありますね。なるほどな、そういう考え方も確かに、考え方っていうかありますね。
部活で学ぶことっていうのも結構大きいですよね、本当に。
そうですね。ただ私はなかなか指導に関してはものすごく専門的にできるというわけではなかったところがあるので、部活をやる中で身につけることの社会性であったりとか協調性であったりとか、ルールであったりとか、そういったところは日常生活とつながってるかなっていうふうになるので、
そういったところの部分のところと組み合わせながら話をすることはできたかなっていうふうに思いますね。
今まで経験してきた、いろいろやってきたじゃないですか、この部活はすごい楽しかったみたいなのあります?
そうですね。意外に剣道って自分にあったというところは気づきましたね。一番最初に持った部活が剣道部だったんですけれども、右も左もわかんない状態で剣道部に入ったわけなんですけれども、
剣道との出会い
まず防具がないので防具を買わなければいけないというようなところから始まるわけなんですけれども、防具屋さんに行ったときに、先生これからやるんだったらいい防具買った方がいいよっていうふうに紹介されて、
そうなのかなと思って結構いい防具を買って、一番最初の給料は防具に費やすみたいなそれくらいの勢いで始めたっていうところがあるんですよね。
そうするとやっていく中で、いろんな人間のつながりが出てきて、防具屋さんから剣友会というような、教えてもらえるような子どもたちと一緒にできるところがあるからそこにちょっと行ってみないかって話になって、剣友会に入って、
保育園とか幼稚園の子たちと一緒に剣道やってっていうようなことをやっていくと、剣道って勝てばいいとかそういうようなものではなくて、仕草であったりとか考え方であったりとかそういったところとすごくつながってくるっていうふうになったことがわかってきたときに、
面白いなっていうふうに思って、そのときにあった経験が今でもやっぱりどこかに残っているっていうところは言えるところはあるかなっていうところがありましたね。
剣道部の顧問になったから、自分も剣道を通ってじゃないですけど、そういう感じだったんですね。
まだね、初任の若かりし頃だったので体も結構動いたので、結構無茶しながら、冬はなぜか裸足で歓迎行みたいなことは何回もやったなっていう記憶がありまして。
あーすごい。
若かったなっていうような気はしますけどね。
でも今まで自分がやってこなかったことに、そこで初めて出会えるみたいなのもなんか面白そうですね。
そういう面白さがありますね。だから、私のほうはいいんじゃないんですけど、元は一般の企業とかにいるときに、
お兄ちゃんはただでスポーツジムに行ってるようなもんなんじゃないの?って言われると、
あ、そうか、ただでスポーツジムに行ってるのかと思って、ちょっと特殊な気分で臨んだりとかするっていうことは考えたことはありますけどね。
考え方かなっていう。
あーすごい感じになるな。
たしかに。
プラスに捉えようと思うとそういう表現もできますもんね。
たしかに。
だからサッカーやってたときも、サッカー審判なんかもね、取っていろんなルールを覚えましたし、
でも卓球やったときには一番わからなかったですね、なんていうのか、見えないっていうか、
こういうふうにボール打ってんの?っていうような感じがあって、
なんか子供たちに聞くと音なんだよとか言って、音なんだとかっていうようなところで、
回転のスポーツって言うので、音で回転がわかるんだよとか言って、
すごいねっていうようなところで一緒にやったことがありますけどもね。
一緒に学んでいけるの面白いですね。
教員の魅力と負担
それはありましたね。
そっか。
それだから挑戦っていうか、いろいろやれるっていうところはやっぱいいですね。
そこは公立の先生ならではかなっていう気がしますね。
そうですよね。私もちょっと私立の先生の状況ってよくわからないんですが、
私立の先生って本当に部活に関してはかなり専門的な知識を持っている方がそこにいるっていうのがイメージとしてあるんだけど、
そうですね。
すごいなっていうふうに思いますよね。
やはり入り口が多分どこも違うんですよね。
この体育とか教科指導ができるけどでも一番はこの部活の経験者を募集みたいなところだと思うんですね。
教科部とかで指定されたりしてるところはなおもことそうだと思うんですね。
なおもことね。
面白いな部活の話。
ニュースとかで見るとただの負担みたいなのばっかりなんで、それだけじゃないよっていうのは面白そう。
そうですね。部活だけではなく教員っていう仕事は負担じゃないかといったら嘘になってしまうような、
そういった仕事になるのかなっていうふうに思うんだけれども、
子どもの成長であったりとか将来生きていく力っていうもののきっかけを感じる、
そういったようなところの場面に出会えるっていう仕事は一つの魅力なのかなっていうふうに思うんですよね。
やっぱり体を壊してはいけないんだけれども、その魅力に近づくために仕事を続けていくっていうところの部分のところはあり得る、
そんな時間の使い方なのかなっていうふうには思いますね。
結構教育の仕事ってリセットみたいな感じあるじゃないですか。
うんうん。
別にリセットではないんですけど、なんか例えば…。