1. ぎんなん.fm (隆光山法永寺)
  2. #168 同じ宗派より同じ現場、..
#168 同じ宗派より同じ現場、超宗派・超宗教について (2026.10.3)
2026-10-04 19:53

#168 同じ宗派より同じ現場、超宗派・超宗教について (2026.10.3)

#168 同じ宗派より同じ現場、超宗派・超宗教について (2026.10.3)

なぜ、「超宗派」には希望があるのか?【てらつな研修会15】
https://tsunaken15.peatix.com/

【告知】2026年10月4日「ZINE FEST 岩手」出展します
https://workshopvo.com/archives/16014
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/68ca7ec7c95e61734a5d1341

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:14
23時50分、10月3日土曜日、青森県五所川原市法永寺住職、オヤマダです。
今日で168回目の配信になります。前回はですね、9月27日の配信だったので、
1週間ぐらい空いてですね、10月が初めての配信ということになりますね。
前回の配信以降ですね、ずっといろんな忙しくてですね、ほぼというか、全然家には帰ってなかったんですよね。
昨日の夜、やっと家に帰ってきて、やっと家のお風呂に入れて、やっといつものベッドで寝れて、
結構疲れが取れたなぁという感じがしてましたけれども、
僕がいなくてもですね、まだ私婦がなんとかですね、元気にホームなんかも務めてくださいますし、
妻もですね、いろいろとレスチュー頑張ってくれるので、そういった方々の協力がないとですね、こんなお寺を開けられないわけで感謝してますね。
先月の末はですね、全国守保祉神話会の青森大会っていうのがありましてですね、
守保祉というのは日蓮宗のお坊さんの中でも、ご祈祷ができる、荒行を出ているお寺さんたちのことを守保祉って言いますけど、
その守保祉の方々が全国からですね、青森に集まってくると、そして懇親を深めるというか、
そういうような大会があってですね、僕は青森県の守保祉会の副会長というのを務めているので、
ずっとですね、大会自体は青森市でやってたんですけど、なかなかですね、仕事が多くてですね、
夜もあるので、行っ放しだったんですよね。ヘトヘトでですね、抜け殻のような状態でしたけど、
でも帰ってきてですね、すぐに東京ですね、池上の日蓮宗の本部というか、
衆務院でですね、毎年行われている衆応協計研究会議っていうのがあるんですよね。
03:08
これはですね、全国から、県から1人出してですね、現代社会に向けて、
衆装日蓮所人の教えをどうやって伝えて実践していくかっていうのを議論するような会議で、
これがなかなかですね、2日間、本当に丸2日間なので、なかなか毎年ですね、辛い会議というか、
ほんと疲れちゃうんですけど、仕方なくてですね、僕が県内でそういう立場なので、参加してきたんですよね。
本当にですね、全国から優秀な人たちが集まって、いろんな議論するんですよね。
僕は優秀だって言ってるわけではなくて、そういう県でもですね、そういう役割を担っている方々が集合して議論するんですけど、
僕なんかそんなにカツカツですね、意見言える方じゃないし、どっちかっていうと遠慮しちゃうようなタイプなんですけど、
やっぱり一言言いたいっていう、意見のある方たちが集まってくるので、
その意見聞いてるとすごい勉強にもなるし、そういう視点もあるんだなっていう風にして、巻き付くこともありますしね。
だけどその一方で、いろんな意見だけが飛び交っていて、全然議論が深まっていかないっていうこのフラストレーションみたいなのも感じていて、
なんでなんだろうなっていう風にして考えるんですよね。
僕なんかも自分のお寺があって、それなりに忙しくしてて、その中で時間作って、わざわざ丸二日間ですから、結構な時間なんで、
それを費やしてですね、行ってこれかっていうような感じが毎回あるんですよね。
毎年テーマが決まっていてですね、今年のテーマは日蓮仏教をどのように解明するかっていうようなテーマなんですよね、問いなんですね。
この解明っていうのはカタカナで書かれてあるんですけど、ここは二つの意味があって、
06:05
解明すっていう意味での解明、そしてもう一つが開いて明らかにするっていう意味の解明ですよね。
前者の方の解明、解明すっていうのは、どのように日蓮聖人の教えを理解しているかっていうことになるのかな。
もう一つは、開いて明らかにするっていう意味の解明は、教えをしっかりと理解した上で、その内容をどのようにして分かりやすく伝えるかっていうことになるのかな。
なので、理解すること、そしてそれを分かりやすくどうやって伝えるかっていうことですね。
これが今回の大きなテーマなのかなというふうにして理解していましたね。
そのテーマでですね、グループに分かれて話し合うんですけど、
今回2日間通してこのテーマでいろんな話をしてですね、
やっぱりさっき僕が言った、僕が感じているこの議論のかみ合わなさっていうのはどこから来てるのかなっていうふうにことに関して、
ちょっと気づいたことがあってですね、
それは例えば今回の日蓮仏教をどのように解明するかっていう問いっていうのは、
一見すると全国共通の問いのように見えるんですよね。
だけど、誰にとかどこで何を伝えるのかっていうふうにして、
具体的に考えていったときに地域差って出てくるんですよね。
つまり日蓮仏教をどのように解明するかっていう問いで、
誰にって言ったら誰にっていうのはやっぱり地方によって違うわけですよね。
人が違うっていうことは何を伝えるのかっていうのがやっぱり違ってくるわけで、
それはやっぱりその差っていうのはすごい大きいなって感じるんですよね。
都市部の寺院とやっぱり地方寺院では、男神徒との関係が全く違うし、
特に人口の構成も全然違うわけで、
09:00
また地域社会における寺院の位置が本当に各々違うわけで、
それがそういった人たちが東京に集められて、
一つのテーマについて議論しましょうっていう乱暴さが僕は感じたんですよね。
なので、この同じ問いをそれぞれの地域に持っていって、
例えば青森県だったら青森県で、青森県のご神さんたちが集まって、
同じテーマで議論するっていう方がきっと深まっていくだろうなっていう予想はしてるんですよね。
ただですね、この日蓮仏教をどのように解明するかっていう問い自体が、
僕にはとってもつまらなく感じていて、
つまりどこまでも日蓮仏教っていうのが主語で、
すごくですね、閉じた問いと感じるんですよね。
つまり自分たちの教えをどういうふうにして広げていくかっていうだけの話に読めちゃうというか、
そこをどんどん掘っていったところで、
全然相手が見えてこないっていうですね、非常に閉じた問いのように感じるんですね。
なので今回のテーマだと、日蓮仏教っていうのをどういうふうにして理解しているかということ、
そしてそれをどう社会に伝えるかっていう問いの順番になるわけですけど、
やっぱりこれは逆じゃないとダメですよね。
その地域で一体どういったことが起こっているのか、どういった困り事があるのかとかね、
そういったことが一番最初に来て、それに対して宗教者として、
日蓮宗のお坊さんとして何ができるかっていう。
その時に、自分を支えている日蓮仏教っていうのは何かっていうこの順番にならなきゃいけないんじゃないかなっていうふうにして思うんですね。
もう一つはですね、やっぱりなんでこういう問いが出てくるのかっていうことですよね。
その日蓮仏教をどのようにして解明するかっていうような問いが出てくるのかっていうと、
やっぱりこれは日蓮宗の人たちだけで考えているからこうなるんですよね。
12:08
だからそこに非常に危うさっていうのを感じるんですよね。
なのでですね、これからの日蓮宗とか日蓮仏教っていうのを考える上で、
一番最初にやらなきゃいけないのは、やっぱりこの地域で、僕が住むこの地域で何が起きているのか、どんな変化が起きているのかっていうのを、
いろんな宗派の方、いろんな宗教の方と一緒にですね、考えるような機会があればすごくいいですよね。
その上で、じゃあその問題に対して僕らっていうのは何ができるだろうかっていうこと。
そういう機会っていうのが必要なんだろうなっていうふうにして感じましたね。
そういうことの後に、じゃあその日蓮仏教をどのように解明するかっていうことになっていくんだと思うんですよね。
一番後なんだろうなっていうのを、今回ですね。
週6に行って2日間時間を費やしてですね、考えましたね。
そんなことを考えながらですね、キロに着いてたわけですけど、
ちょうどタイミングよくですね、北海道の玉木さんから、ゆるみんラジオの玉木さんからご案内いただいてですね、
玉木さんも所属する北海道の宗派を超えた、超宗派って言いますけど、
有志僧侶団体テラツナの研修会としてですね、
11月30日に行われるのが、テーマはですね、なぜ超宗派には希望があるのかっていうテーマでですね、
研修会が開かれるって案内いただきましたね。
同じくですね、山梨県にもですね、その超宗派の僧侶の団体があってですね、
一般社団法人ソーシャルテンプルっていう法人ですけど、
この事務局長である小島光善さんに、この時はですね、ご案内いただきますということですね。
11月30日ですね。これも早速申し込みました。
15:02
あともう一個ですね、玉木さんから超宗派のイベント、ご案内いただいたんですけど、
これは多分まだ告知されてないっぽいので、話さない方がいいんだろうなと思いますけれども、
やっぱり同じ宗派だけど現場が違う人っていうよりも、宗派とか宗教とかは違うけど、
同じ現場、同じ地域で生きている人の方がやっぱり話は深まりやすいでしょうし、
人口減少とか過疎化とかね、疎走とか供養の変化とか、
いろんな高齢者の孤立とかね、実施問題にしてもそうですし災害とかもありますし、
そもそもその地域で同じ問題っていうのを抱えているんでしょうから、
そういった社会に向き合いながら、超宗教で僕らにできることは何なんだろうかっていう風にして、
一緒にですね、考えていけるような機会というか、そういう場所っていうのが必要だなっていう風にして感じますね。
そうやって考えるとやっぱり山梨のソーシャルテンプルとか、北海道のテラツナとか、
本当に先駆的な素晴らしい活動だなっていう風にして思いますね。
さっきの日連集の集合院でのグループディスカッションの話に戻っちゃいますけど、
その中でも現場では教学、つまり大学とかで学んだことは必要ないっていうようなことを話してた方もいらっしゃいましたけど、
多分その方の現場っていうのは外に向かってないからだと思うんですよね。
一回外に出ると、つまり僕で言ったらこのお寺から一歩出たら、やっぱり教学とかないと立ち位置が揺らいじゃうんですよね。
そういった経験っていうのは外に出て、いろんな宗教とか宗派の人と付き合ってみると実感するんじゃないかなっていう風にして思いますし、
18:01
つまり外に出るから社会に目が向くときにやっぱり教学が必要になるっていうことがあるんですよね。
ということで、今日はちょっと愚痴っていうわけじゃないですけど、僕の考えてることが強く話しちゃったなって思ってて、
聞き返すのが怖いですけど、このまま配信しちゃおうかなと思ってました。
ということで、超宗派っていうのを昨日は考えた日だったなということで、今日はこの辺で終わりにしたいと思います。
10月4日は森岡のジーンフェスに出展する予定で準備してたんですけど、やっぱり仕事が入ってしまいまして、
午前中、午後からはいけるかなと思うんですけど、いろんな方に迷惑をかけながら、明日の午後は森岡でジーンを打ってこようかなと思ってました。
ということで、今日はこの辺で終わりにしたいと思います。
最後まで聞いてくださった皆さんありがとうございます。
では、さようなら。
19:53

コメント

スクロール