みなさん、こんにちは。ジェネシア・ベンチャーズの一之若です。
創業の軌跡第12回目となる今回は、セーフィーの佐渡島さんにお越しいただいております。
佐渡島さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
では早速ですね、佐渡島さん、簡単に自己紹介をお願いできますか?
私、今43歳なんですけども、大学の時に一回、自分でサービスを作って、
その後、ソニーグループのソネットというところに行って、
ソニーグループの研究所のスピンアウトを手伝って、
その後、今セーフィーという会社を起業して、9年目になっているという形になっています。
簡単に事業内容についても教えていただけますか?
事業内容はクラウドカメラといってですね、
いろんなカメラから映像をクラウド上にアップロードして、
集まってきたデータを基に新しいアプリケーションをいろいろ生み出すようなサービスをやっているんですけども、
一般的には防犯カメラとか、そういったものが今まではものがリアルにあったという世界をクラウド化することで、
より簡単に誰もが使えるサービスにしているというのが今のやっているサービスです。
特に最近、建設現場とかでもたくさんカメラを使っていただいていて、
ウェアラブルといって、今までZoom Meetとかってオフィスでお仕事する人にとっては、
当たり前のツールがあったんですけど、現場を持っている人にとっては、なかなかそういうリモートワークできるツールがなかったんですけど、
そういったサービスで、さまざまな建設現場なんかでも意外と使われている、そんなサービスを運営しています。
なるほど。ありがとうございます。
では早速ですね、創業に至るまでのお話をお伺いできればなと思うんですけど、
もともとご親族の方々で起業家だとか、それに近いような家業をやられている方が多いかなと思うんですけど、
結構そういう起業が当たり前の家庭で育てられたんですね。
そうです。実家で商売をやっているというところはあったんですけども、
特に私は祖母の影響を受けているんですけど、祖母がすごくアグレッシブなおばあちゃんで、
いろんな自分のやりたいことを実現しなさいというタイプのおばあちゃんでして、
自分が何かこういうことをやってみたいというアイデアを言うと、すぐに電話を取って誰かにつないで、
あなたのところに行きなさいみたいな感じで、すぐにつないでくれるような、そういうおばあちゃんだったんですけど、
そんな祖母がたまたま保険の事業をやっていて、
僕は大学生だったんですけど、自分でWebのサービスをいろいろ作ってみたいと思ったんですけど、
お金がなかったので、それだったら一回生命保険を売ってみたらどうかと思って、
B2Bの企業向けの生命保険をソニー生命というところで実はアルバイトしながら売っていって、
それでお金を作って、大学ノートという、大学生のためのノートを交換するコミュニティというのを自分たちで作って、
サービスをしているみたいな、そういうことを大学生的にやっていました。
じゃあ、ずっと昔から自分は企業するんだというか、社長になるんだみたいなのは、潜在的に根付いていたんですか?
いや、そんなに社長になるんだという強い思いは全くなかったんですけども、
自分のやりたいことをどんどん実現していきたいなというのがあって、
大学生のときに、大学ノート.コムといって、大学生のノートを、
僕は学校を1日も行きたくない学生だったので、一番自分が欲しかったのは、
学校のノートだったので、デストマイルノートだったので、
それを交換できるための、いろんな休校情報を配信するようなコミュニティを、
iモードができた瞬間に、自分たちで作って、関西一円の大学でサービスを開始して、
数万人ぐらいの会員規模に、自分でビラ一枚一枚配ってやってて、
それはそれですごい面白かったんですけど、当時、1999年とかで、
全然、まだまだインターネットでサービスを作っていくっていうのが、
なかなか簡単にできるっていう感じでもなかったので、
その事業自体は黒字化してたんですけど、
自分でやっても、あんまりスケールしていくなみたいな実感は全くなかったので、
で、おじさんが結構鉄工のビジネスやってて、
おじさんにいろいろ相談してみたら、
なんかそういうちっちゃなお山の大将みたいなのは、
自分でやるっていうのは、多分今後ともいつでもできるじゃんと、
ただ、人の金使ってちゃんと儲けることを覚えないと、
そんなに大きなビジネスってできないんだから、
そうやってお山の大将みたいにならずに、
人の金使って儲けれる、勉強してみたらって言われて、
確かにそれはそうだなと思って、
それでソニーグループで、
ソネットってインターネットのことをできて、
ソニーの看板を使って新しいことをできるっていうので、
面白いなと思って、
その事業は友達に譲って、
で、ソニーグループに就職したみたいな、
そういう感じですね。
その相談をきっかけに、一つなんかしざが上がったじゃないですけど。
そうですね。
他人の金で儲けなさいってまさに今上場して、
スタートアップがまさにベンチャーキャピタルとか、
いろんな方の資本を預かって、
それをスケールさせていくっていうことをやればやるほど、
その話はすごい深いなって、
今考えてもそのおじさんの一言っていうのは大きかったなって思います。
なるほど。
もちろん佐藤志摩さんご自身もすごいんですけど、
やっぱりその環境は結構特殊な環境ですよね。
周りにそういう方がたくさんいらっしゃるっていうのは。
そうですね。
なんかでもやりたいことをやってる人っていうのは結構多いかなと思ってて、
僕のいとこが、僕の同い年なんですけど、
佐藤志摩洋平って漫画をコルクっていう会社でやって、
宇宙兄弟だとか、ドラゴン桜とか、
そういうのを文学の世界とかでやってるんですけど、
彼も同じ年で、同じばあちゃんからそんな感じで言われてたんで、
好きなことやれよみたいな、
そういう環境であったのは間違いないかなと思います。
なるほど。ありがとうございます。
次にですね、事業アイデアの着想と、
あと初期的なSEIFIの構想、
全体的な構想みたいなところがどのようなものだったのか、
ぜひお伺いしたいんですけど、
もともとSEIFIの事業アイデア自体は、
どのタイミングで、どういうことがきっかけで思いついたんですか。
そうですね、僕はソネットっていう、
ソニーグループのインターネットの会社という形でいたんですけど、
本業はISPという事業で、
インターネットサービスプロバイダー、
いわゆるパソコンのインターネットっていう会社って感じだったんですけど、
入社してから最初の1日目から新規事業やるよみたいな感じで、
すごい自由な会社だったんで、僕は携帯やりたいって言って、
携帯でいろんな事業を作らせてもらったり。
例えば、エニグモさんって上場されてますけども、
エニグモさんの本当に創業に近いタイミングに
ご出資させていただいて協業したりとかですね、
そういうことを、いろんなことをやらせていただく中で、
モーションポートレートっていうソニーの研究所ですね、
キハラ研究所っていう研究所があって、
そこは今でいう携帯のCMOSセンサーが入ってますけど、
リメイン照射っていうiPhoneに入っているような
CMOSセンサーの基礎設計をしていたりとか、
大昔で言うとプレイステーションのGPUを、
NVIDIAより早いGPUを起こすような、
そういったすごく尖った研究所、画像処理系の研究所で、
その中でたくさんの写真を集めてきて、
それを顔の認証をして、立体の3Dを使って、
いろんな自分の顔をゾンビにしたりとか、
化粧をメイクアップしたりとかっていう、
そういうアルゴリズムを機械学習で研究しているような、
そういった研究機関があって、
その人たちが独立するっていって、
モーションポートレートっていう会社ができたんですね。
その会社を何か上場させようみたいな機運があったので、
僕は技術のことが、もっと深く知りたいっていうのがあったので、
そこの会社へ僕行きたいですって手を挙げて、
行かせてもらって、そこの事業開発みたいなことをやってたんですね。
やればやるほど、2012年ぐらいですかね、
ディープラーニングっていうのが出てきて、
やっぱり機械学習をどんどんどんどん、
今までは優秀なプログラマーが、
すごくセンスのあるプログラムをすることで、
画像処理技術っていうのは発展してきたっていうのがあるんですけども、
急激にデータを大量に集めて、
筋のいいアノテーション、ニーズに合った、
いわゆる意味付けをしてあげると、
勝手にアルゴリズムが出てくるっていう世界が出てきたんですね。
それを自分たちで実感している中で、
これはすごい世界が来るぞというのが、
自分の肌感として分かってきて、
この次の社会を構成するのは技術じゃなくて、
データを持っていて、
お客さんとデータが紐づくような世界が、
これはめちゃくちゃ面白いなと思ってたんですね。
その中で、たまたま自分の家を建てたときに、
今までの防犯カメラみたいな概念を初めて知って、
買ってみて、使ってみたら、
何これみたいな、めちゃめちゃ使いにくいじゃん。
だったら、GoProみたいなものをベチョンって
壁に貼り付けておけば、
勝手にアップデートして賢くなるような世界ができると、
自分だけじゃなくて、
多分いろんな人がこれ欲しいだろうなっていうのが思ったので、
奥だけ本の賢くなるカメラっていうのは、
僕らのセーフィーのもともとのコンセプトなので、
それを一緒にやってみたら、
リアルタイムデータが大量に集まってくるので、
こんなすごい世界はないんじゃないかって思って、
後ろに座ってた下崎と森本って2人いたんですけど、
これ一緒にやろうよって買ったら、
森本っていうのが、
こんなの楽勝っすよみたいな感じで言うから、
じゃあやろうぜみたいな感じで、
社内のプロジェクトでスタートして、
これめっちゃ面白いじゃんってなって、
ソニーグループでやるみたいなのがあったんですけども、
やっぱり僕らハードウェアの会社じゃないですか、
ハードウェアって何年も先のロードマップが決まってるような世界の中で、
僕らがやろうとしてる世界って、
いわゆるガジェットみたいな世界で、
そんなガジェットみたいなものを、
そうですね。
やっぱり1個のハードウェアで絶対的に成功するなんて絶対ありえないというのが、
逆に言うと、ハードウェアってある意味コモデティーとかありものだったので、
そこにいわゆるハックしていくじゃないですか、
そこにいろんなアプリケーションを入れていくことの方が、
新しい世界ができるんじゃないかというので、
メーカーが絶対できないこと。
でもウェブの会社だったら、いきなりハードウェアに入るファームウェアですね。
提案してもCanonさんとか、いろんな世界中のグローバルメーカーに提案しても、
ウェブの世界とハードウェアの中に入るソフトウェアの世界は全然違うので、
そんなの採用できないって何度も当然だと思うんですね。
そこのちょうどいいとこ取りをできたっていうのがすごくよかったなと思います。
なるほど。ありがとうございます。
では次にですね、事業についてお伺いできればなと思っています。
今のお話があってから3年半とか4年間ぐらい、
結構ストラグルしていた期間が続いたのかなというふうに思うんですけど、
一番最初に作ったクラウドカメラも不害でほとんどが使えなかったというようなエピソードもあったかなと思っています。
この時のメンタリティじゃないですけど、心が折れそうになるじゃないですか、これだけの損失を出すというのは。
そうですね。
その時どういうことを考えていたとか、どういうふうにチームでやっていくぞみたいな気合を残し続けたかみたいなのって覚えていらっしゃいますか?
そうですね。最初に作った機種が数千台、なかなかネットワークに繋がらないと。
Wi-FiしかインターフェースがないのにWi-Fiに繋がらないみたいな、なかなか厳しい状況で、最初1億上達してとしても3千台とかやってしまうと、
それだけで5、6千万は飛んでいるわけですよね。
その時にどういうふうに思ったかというと、本当にハードウェアの難しさって当然我々メーカーから出身で出てきているので、
そこは知り尽くしていると思ってやっているわけなんですよね。
だけどそれでも初めて作る、それは名古屋のエルモさんというところと競技をして作ったんですけど、
エルモさんにとって初めてのWi-Fiだけのインターフェースのカメラだったので、
アンテナの設計みたいなところがなかなかうまくいかなくて、やってしまったなという感じは当然あったんですよね。
そこから約4年ぐらいかけてやっと1万台まで行くというところで、いわゆるARRが1億に行くというところが、
もう3年半ぐらいほとんど売上が立たないという、そんな世界だったんですけども、
僕らとしてはこの映像をプラットフォーム化してお客さんが欲しいタイミングで、
新しいアプリケーションがまたデータから生まれていくみたいな世界は絶対来るというのは、
自分たちの中の強い確信があったんですね。
ただやっぱりハードウェアとか、もちろんハードウェアがあるということはですね、
熱の問題、工事をしなければいけない問題とか、リアルの問題というのがものすごくたくさんあるんですよね。
それを全部乗り越えていかないとやっぱりスケールできないというところで、
僕らはやっぱりソフトウェアをむちゃくちゃ良くしようというところで、
本当にUXで置いたらすぐ使えるとか、そういったところにやっぱり特化してしっかりとやっていこうというふうに思っていたので、
このハードウェアがもし無理だったとしても、他のハードウェアがオープンなプラットフォームとしてつながっていくことができれば、
必ずどこかではスケールするタイミングが来るんじゃないかというのは信じていたというのがあるのと、
あとは特にですね、我々家のカメラだと思って、最初まさに幕開けの中山さんのところでクラウドファンディングで勢いよくスタートしますが、
家のカメラとしては一部売れるところもあったんですけど、
でも結局その後3年半、いろんなところに売りに行っても全然うまくいかなくて、
実はうちの会社がすごくスケールしたところは建設現場でのカメラで一気にスケールしたところがあるんですよね。
それはお客さんがものすごくきれいに映るから、LTEのルーターとカメラを無理やりプラスチックのボックスに入れて建設現場で使おうとしていたんですよ。
でも当然その当時LTEっていわゆる携帯の電波なんで、いわゆるパケット制限というので2GHz制限がついているわけじゃないですか。
うちのカメラってめちゃくちゃきれいに出すので1日の通信量が5GHz送っているんですよ。
なのに2GHzしか制限がついているLTEがないとなって、
お客さんの話を聞けば聞くほどこの現場にはものすごい苦労と負があるなというのが建設現場に出ると思ったんですよね。
やっぱりものすごくきれいに出したいとか、鉄筋のピッチがちゃんと見えるようにしたいとか、
やっぱりきれいじゃないとできないことがあるというので、そういうことをお伺いしていて、
それで結局LTEのSIMがないとなったら、僕は元々ソネット通信会社にもあるので、
上り回線空いてるだろって言って、上り回線専用SIMを発行してくれって言って発行してもらいながらそれを作っていくんですけど、
さっきの質問にお答えすると、お客さんの現場とか踏み込んでいったところの負が見つかると、
それを自分たちの技術で解決できるというふうに思えると、すごく心がほっとするというか、楽しいなと思っていて、
それで家用のカメラを作っているとか、建設現場のカメラを作っているとか、途中でわからなくなってきているんですけど、
お客さんのことを考えて向き合い続けると、まさにBMFをするためにスケールしないことを徹底しようみたいなところで、
ひたすらどうやったらお客さんが解決できるかというところに向き合ってやっていたなというのが楽しかったんでしょうね。
よく言われるんですけど、お客さんのジョブを発見したというのがすごく大きいなと思っていて、結局自分たちはずっとカメラを売っていると思っていたんですよね。
でも建設現場の人は鉄筋のピッチをきれいに見ることで、行かなくても施工管理ができるとか、安全管理ができるとか、
ある牧場の人は冬の牛のお産でも、こたつでお産が見れるみたいな。
自分たちはカメラ売っていると思っていたが、お客様の普段の日常の行為が非常に負があって、
それを代替するために我々が使っていただいているんだなということが分かっていて、
これはいろんな用途開発していければいろいろできるなというのがあったので、そう思ったかなというところですね。
その中でまさにいろいろなユーザーさんとお会いすると、いろいろな課題も見つかるわけで、
でも一方で、これは里島さんがとある記事でおっしゃられていてすごく印象的だったのが、
選択と集中が必要というのがよくスタートアップでは言われる一方で、
政府はこれまで選択と集中、これまでというか特にPMFまでは選択と集中を行ってこなかったからこそ成長することができたというようなお話をされていたのが印象的で、
この辺りのお話もお伺いしてもいいですか。
よく集中と選択と思っている人がすごく多いなということなんですね。
いわゆる選択と集中なんです。
選択と集中ということは、たくさんあるものから選択して集中してでかくするわけです。
例えば私も原宿とさせていただいて、VCの方とかでもよくトラクションの話とかってすごくされると思うんですよね。
でもそのトラクションが本当に意味のあるトラクションなんだっけ、みたいなことって正直わからないじゃないですか。
そうやってやっている方も僕らも半分わからないわけですね。
家庭用のカメラだと思っていたけど、イストラリカ建設現場に行っていて、
当然、小売店の店の数からすると何十万、何百万だって、建設現場だから一万とかしかないわけで、
でも最後なぜヒットしたんだろうっていうのを僕も深く追いかけていくと、
そのタイミングでお客様は、皆さん建設現場はタブレットで図面を持たなくなったんですね。
よってその図面を持つ代わりにタブレットに全部図面を入れた。
よってそのタブレットでボタンを押したら現場も見れる、図面も見れるが欲しかったんですね。
僕らは最初実は賃貸のアパートも絶対受けると思っていて、賃貸住宅フェアとかそういうところにも出て行ったんですね。
なぜなら賃貸のアパートって管理をしなければいけない。
オーナーさんがいる、住民がいる、管理会社がいるっていう。
それを何とか遠隔地から管理しないといけないので、
論理的に考えたら賃貸のアパートとか家とかそういったところの防犯ニーズの方がむしろバーケットが大きいと僕は思ってたし、
そっちの方が論理的にかなうと思ったんですね。
でも実際に意思決定してるのがオーナーさんなわけですね。
オーナーさんからすると普段別にiPadを使って何かを管理するとか、
インターネットを元に何かをするなんて考えてもいないわけですね。
そうなるとやはり管理会社もオーナーさんにそういうことはしないんですね。
今はすごくしますよ。だけどその当時はしなかった。
飲食のチェーンがもう一個すごくヒットしてるなと思ったのは、
やっぱりタブレットでオーダーするとかっていう日常の中にiPod touchとかタブレットが入ってたんですよね。
その中でインターネットを使うっていう習慣がそこに身についてたから建設現場と飲食店があったんですね。
結局お客様側の使えるシームレスなリテラシーっていうところが僕らは気づかなかったんですね。
やっぱりそこに立つ労働集約型のお仕事をしているっていうところがたまたまヒットポイントだったっていうのがあって、
それは今考えればそうだったって言えるけど、その当時にロジカルに当てれた人がいたかって言われると、
僕はなかなか当てれないと思うんですね。
だからそういう意味でいろんなところをやってみて、
その上で自分の納得する選択をし集中していくことによってやっぱりスケールするんじゃないかなっていうのが思っているところです。
BtoCのサービスだったら当然一個のサービスで集中するわけですよね。
BtoBの例えば車って見ただけでもいっぱいあるじゃないですか。
消防車、救急車、いろんな車あるじゃないですか、トラックとかって。
BtoBの事業でワンプロダクトって実はないんですよ。
やっぱりそのBtoBってその人たちの営みを効率化するって考えたら、
ワンメイクだけではやっぱり難しいっていうのがプロフェッショナルの人たちのユースケースとしてあるので、
そういう意味ではなかなかBtoBの産業で最初から選択するっていうのは非常に難しいなっていうのは思い知りましたね。
パーク社の上野山さん会で上野山さんがお話しされていて印象的だったのが、
事業には大きく二つのフェーズがあると。
一つが集中フェーズ、もう一つが探索フェーズってお話しされていたんですね。
それが順番交代に来るっていう話をされていて、
その話を今思い出したんですけど、
特にそのシード機は、これ僕もいつも支援先にお話しすることなんですけど、
シード機のKPIの一つって僕仮説の数だと思っていて、
例えばABCの中でこの路線で行こう、例えばAの路線で行こうっていうのを決めちゃいがちなんですけど、
実はなんかDとかEとかの方が伸びる確率が高かったりだとか、
なんか有望だったりする中で、
どれだけその最初の段階でその仮説を用意できているかというか、
持っているのかっていうのが重要だと思うんで、
まさにそれが探索していく中でじゃないと気づけないというか、
ロジカルにはたどり着けない部分もあると思うんで、
今のお話はすごく普遍的なお話というか、
どの会社にも結構通ずるようなしさがあるお話だなというのはすごい思いました。
ありがとうございます。
これ追加で聞きたいなと思ってパパッと書いちゃったんですけど、
ネギ目についてちょっとお伺いしたいなと思ってまして、
クラウドカメラっていう市場自体は新しい市場だと思うんですよね。
新しい市場は基本的にはネギ目が難しいというか、
どういう風に価格を設定するかで皆さん悩んでいると思うんですけど、
一番最初に値段の設定をしたときって、
どういうことを意識して決めたとか、その辺りって覚えてますか?
一番最初は本当に僕が欲しいかどうか。
最初に言うと僕なんで。
みたいな感じで欲しいかどうかっていう、
目的的に自分たちの欲しいものを作ろうと。
まずはそこで決めました。
B2Bのときは結構難しくなって、
どうしようってなったんですよね。
やっぱりあらわりとしてインセンティブ出さないといけないしとか、
いろんな観点で難しいなと思って、
最初は、例えば7日間録画、14日録画、31日録画、
91日録画とか360日録画とかってあるんですよ。
それを7日録画が1200円なんで、
14日録画が2400円とかそういう風に決めてたんですけど、
全然売れないんですね。
これはお客さんが売れた金額が
俺らの正解だっていう風に途中で決めて、
90日録画が最初すごい高い値段になったんですけど、
3ヶ月お母さんとかっていうのが
1万円とかって変な値切りしてたんですけど、
それは論理的に考えたらそうだからと思って
積み上げてたんですけど、
これダメだなと思って、
30日録画は2000円とかっていう風に、
お客さんが欲しいと思う値段に全部変えたんですよ。
だからうちの全然荷重兵器でも何でもない値段設計の
あれが付いてるんですよ、ネギ目が。
お客さんが欲しいか欲しくないか、以上ので。
それなんか、ともすると安くしすぎちゃうというか、
安く売りすぎちゃうみたいな懸念もあると思うんですけど、
そこは飲み込んだっていうことなんですかね。
僕らはマーケットがないわけですけど、
そのマーケットのシェアを取らないと、
まず話にならないというのがあるので、
安いか高いかよりも、欲しいか欲しくないかでシェアを取ろうと。
完全にシェアを取っちゃえば、
当然それって値上げするという選択肢だと増えるかもしれないです。
安くしすぎるかしらないか確かにあるんですけど、
まずシェアをしっかり取ろうというのがあって、
セーフィーポケットなんかは逆に月々2万円くらい月額でレンタルという形でいただいているので、
逆に売り手の人がしっかりと紹介して、
インセンティブが取れるような値切りをしていたりするんですね。
物によって、ターゲットによって、
全然値段の幅というのは違うと思っていて、
それは売り手用紙の市場なのか買い手用紙の市場なのかによっても、
値切りって全然違うと思うので、
やっぱり売れるものが正しい値段だという形で設計していたので、
実はセーフィーポケットなんかは僕はスマホぐらいの値段がいいんじゃないかということで、
営業の部長と、
いや俺はもっと安い方がいいとか言って、
めちゃめちゃ議論したんですよ。
でもいや絶対違いますって言って、
営業の部長が、
いや俺は絶対違うって言うから、
もうどっちも売れないから、
じゃあもうオープン価格でって言って、
部長は2万円の価格で出すって言って出してたんですよね。
そしたらそれがすごいヒットして、
逆にすごく我々のARRが上がったっていう経験があって、
自分の思い込みじゃないなっていうのはすごく感じましたね。
なるほど。ありがとうございます。
次行くところを紹介したり応援するからっていう感じで、
辞めたいからダメっていうわけじゃなくて、
その人の意思がそっちに向いてるんだったら、
逆に行ってもらった方がダメなケースっていっぱいあるじゃないですか。
そういう場合は、最近とかは、
スタートアップ行きますと思ったら、
その会社にエンジェルで出資するよとかっていう形もあれば、
転職先をこんな会社あるよとかって相談のることもあるし、
ひたすらそういう、みんながどんな生き方したいのかっていうのを聞きながら、
最適解を測っていくっていうのは、
やっぱりある程度やらないといけないんじゃないかなって思います。
なるほど。
それはちなみに、ずっと昔から、最初から意識できていたのか、
あるきっかけがあって、そういうマインドセットに切り替わったのか、
どんな感じだったんですか?
仲間を大事にするっていうのが、
それは言語化してないですけども、
常にパートナー企業の方、株主の方、お届けのお客様っていうのが、
もともとスタートアップって、
何者でもない人たちが集まって何かを作っていくってことは、
まず例えばIPをしていない会社に、
もし履歴書で入社して途中で、
いや違うって読めたら、
その人の履歴書を書いて、
どこその会社って感じになっちゃうんじゃないですか。
それって本当に迷惑だなって思ってたので、
そういう意味では、仲間を大事にするっていうのは、
その仲間がここって決めたフェーズまでは、
一緒にできることがやっぱり大事なんじゃないかなっていうのは、
それはもう創業の時から、やっぱり3人でやってるっていうのもあったので、
そこはすごく意識して、
さっきの採用についてのところで、
もともとソニーにいたメンバーとかが、
ソニーとその整備を比較して、
そうしたらやっぱりそのソニーに残り続けちゃう人も、
もちろんいたと思うんですけど、
その中で採用できたのがなぜなのか。
どういうところでアトラクトできたのか。
今から振り返ってみて、
ここが魅力に移ってたんじゃないかなとかって思い当たるところってありますか。
それはまさにビジョンとか会社の目指す姿っていうところに、
それをやってみたいと思う人が多くなってくるので、
そういうところを見て、
会社の目指す姿っていうところに、
それをやってみたいと思う人が多くなってくるとすごくいいなと思っていて、
いろんなタイプがあると思うんですね。
すごく社長がカリスマ的で、
あの社長と働きたいみたいな会社もあられると思うんですけど、
決して我々はそういう感じの会社ではないので、
できるだけ会社っていう箱だったら事業っていうことに共感できる人を、
目的を合わせられるようにっていうところが、
一番持続的に成長するために必要なんじゃないかなと思って。
なので、できる限り事業の魅力度を上げていくっていうことが大事なんじゃないかな。
それはお客様であったり、成長性であったり、
パートナーの企業の良さであったり、
タムみたいな可能性みたいなところもあると思うんですけど、
最終的にはやっぱり自分たちの作ったものが支持されるかってことなんで、
良いプロダクトを良いお客様に届けるっていうことを、
ちゃんと集中してやっていくっていうことに尽きるんじゃないかなっていうのは思っています。
なるほど。
そうですよね。
事業に集中して事業を魅力的にしていくことが、
一番採用する上でも魅力になっていくと思うので、
そこはそうですよね、相互作用してますよね。
なるほど。ありがとうございます。
最後にですね、里島さん個人についてお伺いしたいなと思うんですけど、
いろいろなエピソードをお伺いしていても、
すごく粘り強さを感じるなと思ってまして、
一番最初に3年半だとか4年ぐらい、
売り上げもない状態でずっと事業を続けてこられててもそうですし、
あと先ほどおっしゃられた養平さんのエピソードで、
奥さんのお話を拝見しまして、
ずっとプロポーズというか告白し続けて、
パリまで行ってプロポーズをして、
それが今の奥さんになっていると。
そこの粘り強さもあるのかと思って、
すごく面白いなというふうに思ったんですけど、
ご自身で客観的に見て、この粘り強さがどこから来ているのか、
なぜこの粘り強さを持てているのかみたいなところって、
どういう理由とか思い当たるところはありますか?
自分にあんまり強みがあるというのを感じたことがなくて、
だから最後までやるぐらいしか自分ができることってないなと思ってて、
なのですごいバカなんで、
ただリスクを取って、
そしたらリスクを取ったんだったらその責任だと思って、
最後までやってみようみたいなところがあるのかなと思ってて、
自分にスキルがあるというわけではないので、
それぐらいしかやることがなかったという感じはするんですけど。
幼少期とか学生時代とか振り返って、
こういうので粘り強さが大事って気づいたなとか、
粘り強さを得れたなとか、そういうエピソードとかってあったりしますか?
そんなにないんですよね。
大学の時に大学のサイトを作って、
めちゃくちゃこだわってやってたのはビラ配りなんですよ。
良いものを作って満足している瞬間って絶対あるじゃないですか。
でも、例えばこういうペットボトルに入っている水でも茶でも、
目の前にあるからそれを買ってるに過ぎないじゃないですか。
これが日本一うまいお茶だって打ち取ってあまり見たことがない人ですね。
それって趣味なんだと思うんですよね。
俺の世界で一番すごい技術とかすごいサービスとかって言っているので、
ほぼ趣味みたいな世界。
それをお客さんに届けてこそ売り上げがあるし、稼げるわけじゃないですか。
だから自分の作ったサービスを何とかお客さんに届けようと思って、
日本女子大学という女子大のバス停の前と校舎の中に入るかというぐらいのところで、
一気にビラ配って。
その当時、いわゆる芸能ニュースを自分たち作って配信して、
その休校情報を出して、毎日毎日やってたんですよ。
そうするとある日、その学校の8割の子が登録してたんですよ。
そこを突破すれば、ある意味、例えばある女子大がいて、
そこの周りに男子校とかいろんな大学が群がるというふうに仮説を立てて、
このトップピンを何としてでも倒せば、その先にスケールするみたいなのが見えると絶対やりたくなっちゃうんですよね。
なるほど。
だからその意味でさっきの建設現場も、
会社を何とかすれば、もっと大きな業界が広げるんじゃないかなというターゲットをちゃんと明確に詰めて、
そこに一点を集中しているという感覚なんですね。
なるほど。
大学には行けないのに、ビラ配りのためには。
そう、めちゃくちゃ大学に行きました。
なるほど。ありがとうございます。
次がですね、その創業期。
特に今とかではなくて、立ち上げてすぐのタイミングとかで、
こういう経営者だとか企業家をベンチマークしていたなとか、そういう人っていらっしゃいますか?
僕が一番好きな経営者っていうのは、阪急電車を作った小林一蔵さんという方なんですけれども、
阪急電車って関西にある電鉄会社なんですけれども、
梅田に百貨店を作って、高野に線路を引いて、その果てに宝塚歌劇団を作ったんですね。
で、その宝塚歌劇団の脚本を自分で書いて、
その周りを不動産デベロップ、住宅デベロップしていくみたいなのをやってるんですけど、
なんかすごいクレイジーな感じするじゃないですか。
宝塚歌劇団って、女の子をかっこいい男にダンスをさせて、踊らせて、
その脚本を自分で書いて、そのコンテンツで集客しようとか、
まあまあ振り切ってる感じするじゃないですか。
現代版ので、ジャニーさんじゃないけど、
なんかそういう自分オリジナルのコンテンツを勝負して、
未だない世界をインフラ引いて、その周りをデベロップするっていうのって、
なんかすごいかっこいいなと思って、なんかインターネットにもつながるようなっていうのがあって、
それでその小橋一蔵さんっていう人が、僕は結構好きな経営者です。
実際ご自身で経営される中で、こういう点で生きたなとか、
こういう点はすごく自社にも反映できたら、みたいなことってあったりしますか?
やっぱりリアルな世界を全部映像によってデータ化していくって、
いわゆるメタバースっていう、インターネット空間の中に住むっていう世界から、
リアル空間をインターネット化していくっていう、その先の世界じゃないですか。
そうやって未だ誰もやりきった人はいないと思うんですよね。
そこにカメラを敷き詰めて、その空間をいわゆるデータ化していって、
そこを新しい産業をDX自体に作っていったりとかするなって思うと、
なんかすごいインフラの事業をやっているなっていう感じがしていて、
それで電力会社、キャンサイ電力さんがNTTさんにご出資いただくっていうのは、
インフラを作るってすごく面白いなって思っていて、
それで自分たちの会社をデータのインフラにしたいっていうのは、
やっぱりそこから来ているかなって思います。