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2025-10-27 15:08

S2 #125 お題44 「小さい頃のお母さんとの思い出」

はは

サマリー

このエピソードでは、ゲストが母親との思い出を語り、子供時代の関係や感情に焦点を当てています。高度経済成長期の日本での育ちや母の日の思い出、親子関係への反省が語られ、教育的価値が示されています。さらに、母親の忙しさが幼少期にもたらした影響についても触れられています。

子供時代の思い出
毎度、黙れヤドロクでございます。お疲れさんでございます。お元気ですか?
元気やったらええねんで、言うてね。何十回聞かされねえ、って話ですけども。
あざそなに何回も何回も元気よ、元気よ言われて、元気なくなるわ、ちなもんでね。
元気なくならんといてな、ということで、ゆきぃさん。お題ありがとうございます。
小さい頃のお母さんとの思い出。これ見てドキッとしたんですけどね。
私の小さい頃と言いますと、1974年生まれですから、ちょうど高度経済成長の末期、それからバブルへ向かっていく頃ということでね、日本の景気っていうのは良かったんですよ。
だから友働きですな、子供の頃は近くに祖父・祖母がいてましたから、商売やってましたね。
そのお店に預けて、父親・母親は仕事ばっかりしてましたよ。
だから鍵っこやったしね。だから思い出っていうのはないんですよね。思い出と言われるとものすごく難しい。
おじいさん・おばあさんとの思い出ならたくさんあるんですが、やっぱりもっと小さい時っていうのはね、私が物心がつくかつかんの時はね、
おばあが私を連れてね、東京行ったり九州行ったりね、いろんなところぐるぐる回ってたらしいんでね、ほとんど見てもてないのやないかという感じしますね。
夜寝るときぐらいかな、一緒におるのというような感じだったと思うんだが、記憶にあんまりないんですよ。
そういうのが話題が今、親と縁を切ってしまっているようなところにつながっているところもあるんじゃないかなと。
三つ子の魂100までと言います。子供の頃っていうのはやっぱりうだったりぐらい関わらないのやなというふうに思うことありますな。
母との思い出
まあ、景気が良かったし仕事して、やっぱりお金があればそれは自分の子供にも良い思いをさせてやれるというのを考えるのが親心だと思いますが、
それよりも何よりも子供と一緒にいる時間が大事やなというのは、今ここに来て自分がこういうふうに考えるようになってからなんとなくわかることということでね。
そうなったら遅いんですけども。やっぱり難しいところですね。良い思い出、なんかお母さんとの思い出ありますか。
私が記憶に残っている母との思い出と言いますとね、やっぱりあんまり良い思い出ないんですよ。
良い思い出ないというかね、良いこともあったんやと思うんです。だけどね、その印象がかき消されるぐらいの悪い思い出、悪い思い出まで行きまえんな、悪い言葉を言われ。
悪い言葉とそこまできついことはないんやけど、当時の私はショックを受けたというような言葉がありますね。
まあ言葉だけじゃないです。行動も含めてということでしょうな。
まあ子供が悪さしますと父親に怒られる。母親だけにバレてる。お母ちゃん、お父ちゃんに言わんといて。絶対言うんですよ、うちの母親、父親に。
うちの父親に怒るとききついんですよ。7時間ぐらい静察させたりとかね。今で言うたら虐待だっせ。
もう本当に木のハンガーで、手でどついたほうが危ないんでね。うちの父親の場合、木のハンガーでどつかれたり、川のベルトで縛られたりね。神社の浜屋でどつかれたりね。
なんかそんな様子した記憶ありますわ。お母ちゃんにいつも言わんといてって言うんやけど、悪いな自分なんですよ。
なんやけど、お母ちゃんに言わんといてって言うても、言うんですよ、うちの母ちゃんに絶対に。告げ口するんですよ。あれね、これなんでかなって考えたらね、あの人、末っ子だんね。
うちのお母ちゃんね。私、長男でしょ。会わんのですよ。そもそもが。
なんでこの人言うんかなって言うてね。子供のときからね。黙っといてくれって黙っといたらやっぱりお母ちゃんに対しての信用というかね。
やっぱりお母ちゃん、お母ちゃんってなると思うんですけど、ならんのですよ、だから。この人言うもんだって言うと思ってね。
言うのもあったし、だからお母ちゃんにも隠すようになるというかね。お母ちゃんにもバレないようにしようというようなことになってくると思うんですけど。
やっぱり極めつけ子供の頃、母の日にね。市場でうちのおじいさん、おばあさんなんていうのはお店やってましたから、市場の花屋に行きますとカーネーションが母の部屋で売ってます。
おじいちゃんおばあちゃんに小遣い持って、カーネーションは一本こうってね、お母ちゃんに持って行ったんですよ。
お母ちゃんがうん言うてパッと横置いたんですよね。いや母の日やからって言うても、うん言うて。
ありがとうとか嬉しいわとかを期待してるんですよ、子供としては。
うん言うて横にポンと置かれたっていうのはね、これ未だに記憶として残ってるんですよ。
もうそれ以降一切送ってません。
心に決めたんです子供の時に。絶対送らへん。もうあなたに花なんて絶対送りません。一生送りませんって一回決めたんです。
だから一回もないです、花を送ったこと。それ以降。
なんでかってあげてもあんた横にポンと置く人間やからって。
ね、ありがとうとか嬉しいわがない人やから。
だから僕、嫁さんとかに子供がなんかねあれした時には絶対喜べって言うんですよ。
必要以上に。記憶に残るからって。
親子関係の反省
これ大事なことやで言うて。
言うたん覚えてますわ。忙しい時に声かけられたらね、やっぱりその時バッとあると思うんですよ。
わかるんですよそれも。大人の事情や言うのもわかるんです。今になればわかるんですけど。
だからこそやったあかんでっていうことですよね。よくわかります。
あとはねあの、やっぱ中学校時分にお弁当とか作らないで作ってくれてる時もあったんですよ。
お弁当作ってくれたりする時もあるけど毎日じゃないねんね。
寝坊しやがるねん。なんでかって言ったらめちゃくちゃ仕事してるからやん。
わかんねん疲れてんの。
だけど、やっぱそれはやらんなんとかね。
中学校の時なんかは、あの、遠足のお弁当忘れはるんですよ。
でこれは、普段給食やからね。
言うたら滅多とないイベントなんですよね。
でそれの時に、僕2回忘れられてるんですよ。
で、あの1回は、あの近所の、あの当時ね、今みたいにコンビニみたいに便利なんなかったんでね。
山崎パンみたいなところにね、朝ね、シノブフーズかなんかの冷たい弁当売ってたんですよ。
それこうできて詰め替えて1回行った。
これまだマシ。
2回目の時はね、僕はもうええって言って、パン粉で持って行った。
そんならね、これ何弁も話してまんねんね。
先生がかわいそうに思ったんやろね。
自分の弁当でね、俺鼻くらしてんねん言うて、食べえ言うてね、こう何て言うんかな。
かわいそうやなという目で見られたのがね、ショックでね。
お母ちゃん恨んだね、あの時は。
そういうのがあったりとかね。
幼稚園のたまに1週間に1回だけ弁当があんのかな。
それの時にね、バッと蓋開けたらね、周りの子はみんな綺麗な可愛らしい弁当なんですよ。
自分のね、ご飯と卵焼きだけしか入ってんがって。
これはね、食べられへんのよ。
幼稚園まずいわけやないね、そこまでね。
卵焼き好きなんですよ、わたり。
やけど、やっぱりね、周りへの何やろな、何かあったんやと思う。
こういうのがね、ポイントポイントでやらはんんですよ。
やっぱりね、栄養思いでかき消されるんですよね。
やっぱそこはあかん。
最終的に結論、大人、ある程度大人になってからね、
家の中で同居してましたから、最初20年ぐらいはね、結婚してからでもね、
パッと口喧嘩になった時なんかに、
子供はもう親の面倒見るために産んだやん、わたしはってはっきり言わん。
この言葉で最後はアウト、3アウトですよね、たぶんね。
それまでにいっぱいアウトあるけどね。
70アウトぐらいになってるけど。
で、やっぱり口に出す言葉っていうのはね、大きいですよ。
態度とかね、失敗とかはやっぱりどっかこう許せるというか、
仕事しててしんどんやろなとかね、そらそやわなとか、
納得できるとこあったから今までは全然もうしゃあないなーで来てたんやけど、
もうはっきり言葉にしてそれを言われた時に、
そんなふうに表子供を産んだんやと思ったらもうね、
情けのうでね、これはもうあかんなというところに行き着きましたね。
あんたの面倒はわたいは見ません。
っていうことですね。
どないなろうが見ません。
縁を切りますという方向に行ってしまう。
だからどこやとか言おう言いますけどね、そんなやないんですよ。
やっぱりなんか考え方とか価値観の違いということやと思うんです。
そこまで大きな殴り合いになるとか、暴力立てになるとかそんなことはないんですよ。
やっぱり僕が耐えられへんということでしょうな。
嘘でもええねんと。
嘘ついたってええやんかっていうことなんですよ。
なんでほんまに表ること言うてまうのんでしょ。
そこなんですよね。
あとはもうほんとに細かいことですよ。
結婚してうちのボスですね、嫁さんにあわせこせって言うわけですよ。
しゅうとめやからね。
言うんですけど、僕自分の母親は若い時できてへんの見てるんですよ。
で、おばあちゃんにあんな言われたけど私そんな忙しいのできへんわ言うての愚痴を聞いてるわけですよ。
子供の頃。
でしょ。
そういうの自分のとこに来た嫁には言うんですよ。
やれ言うて。どんな忙しかってもやれって言うて。
いやあんたできてへんで怒られてたやんと。
自分ができてへんかったことを人にやれと。
これなんぞやと。
私にそれ耐えられへんのですよ。
親子関係の考察
自分もできてへんかったあんたそんなかまへんかまへんって言うと思ってるんですよ自分の母親は。
私もできてへんかった若い時って言われへん。
耐えられへん僕それ。
だから僕子供にも言うんですよ。
私が親と縁起ってるからお前らいつでも俺と縁起ってかまへんって言うんですよ。
なんでかって俺がやったことやから。
お前らが嫌になるんやったらなんぼでもかまいつでも縁起ってかまへん連絡もよこさんでかまへんって。
寂しいことやけどそれはしゃあないと。
お前らが親を見限るというのは俺も見限ったからお前らを見限る権利があるということやと思うんで。
別に見限らへんかっても見限る権利はあるんですよ。
あるんですけどね。
だからこそですよね。
だから親を人間として大人になったら見なさいということですよね。
育ててもうた恩があるなんてのはキャンチャラおかしいですよ。
3つまでに親子校なんて終わってますね。
だからもう子供が3歳かわいいなでも親子校終わったなと僕思ったもんですよ。
もうこの頃はもう自分らのもんやと。
自分らが生きていく自分らの人生を生きていくもんやと。
何も親にする必要ないと。
親のネタ切りになったからって面倒見る必要もないと思ってます。
なんでかって自分が見にいいから。
自分が見にいいのにね自分が見てもらうなんてのはキャンチャラおかしいですよ。
はっきり言うて。
いろんな人いたりますけどね。
全部が全部間違いとは言いませんが
私の母親との思い出っていうのはこういう話の集大成というかねいっぱい
こんなんばっかりですな。
思い出っていうのはなかなかないんですよね。
悲しい話でございますけども。
あるんですよ多分探しはね。
急にこんなん言ったなとかあんなにおもろかったなとかいう話もあるかもわからないんですけど
それは母親と二人きりでとか母親とだけという思い出はやっぱりないですよね。
その頃やっぱり母親が仕事で忙しかったっていうのが一番大きなポイントやと思います。
母親への感情と影響
一番僕が幼少の頃一番忙しかった時期なんですよ。
これはしゃあないですわな。
ここを責めるということはないんですよね。
そのおかげで生活ができてたわけですからもちろんそこは責めてへんのですよ。
やっぱりその後に起こる出来事を起こった出来事の積み重ねっていうのが
やっぱり親とは一緒におれんなという結論を下した一つの理由であるし
それが孫に与える影響ですよね。
あの価値観が。
その価値観が孫に与える影響を懸念したということですよね。
そこが一番大きなところだと思います。
あんたらの考えはもう一つも孫に入れないでくださいっていうのが僕の考え方やったんで。
僕は自分のおじいちゃんおばあちゃんにはものすごくお世話になったし
ものすごく大事にしたかったけどやっぱり早く亡くなってたりとかしますから
なかなかそんなふうにはできなかったんですけど
おばとかでもねお世話になったので大事にしたい部分もありますけど
なかなか遠くで会えなかったりとかいろいろありますけども
難しいですよね。
人間関係でね親子でもやっぱり一対一の人間ですから
考えさせられてしまうというか
この母親の話をするたびにいろんなことを思い出すんですけど
やっぱり割合として楽しかったことを思い出すっていうのはなかなかないですね。
決してゆきさんの質問が悪いわけじゃないですよ。
たまたま僕が母親との間はこんなんやというだけのことですからね。
僕にもそんな気にすることはない。
さっき言うときますよ。
すいませんっていうことではないですよ。
普通別に僕今母親を死ぬほど憎んでるとかそんなじゃないですからね。
自分の家族とか子供とか孫とかの影響を考えたときに
選択として僕らがちょうど就職云々で移住するという話もあったので
それを機に連絡取らなくなったというだけのことですからね。
憎んでるとかそんなとこまでいかないですから別に。
やっぱり周りとの協力とかいろいろ考えた上で縁を切るという状況になったというだけのことですからね。
質問が悪いわけじゃないので思い出も絶対あるはずなんですよ。
あるはずなんですよ。
全然あると思うんですけど覚えてないんですよね。
出てこないんですよ。
やっぱそれは人間でやる方が1個の印象の悪さで全部が悪くなってしまうっていうのは
僕も体現してます。
僕もいろんな方にそう思われてると思います。
今でも現在進行形で1個の失敗1個の悪いことでみんなにあんな人やって思われてるのは
十分体現してるんで仕方のないことだと理解してますから
それは自分の母親にも当てはまるし自分もそう思ってるから
だから僕だってそう思われてしっかりだと思ってるんで
それはもう全然気にしないでください。
まずいなって言うてね。
中にはお母様が子供の頃に亡くなっておられる方とかもおられて
思い出ないんですって言われてもっと気づいて
私の場合は元気ですよ今でも全然。
お母ちゃん多分ね。
病気とか大病とかしてないし元気で働いてると思いますよ
70越えてもと思うんでね。
別にそんな大変な話題ではないんで
僕からしたらもう些細な話題でございますよ母親のことっていうのは
そんな感じでございます。
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