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こんにちは、フユコです。 シリーズ人生の主語を取り戻す第5章では、承認欲求についてお話ししています。
第1話では、選ばれない私には価値がない。 第2話では、役に立たない私には価値がないという話をしました。
選ばれたい、必要とされたい、役に立ちたい。 これ自体が悪いわけではない。
でも、選ばれることで私は価値がある。 必要とされることで私はここにいていい。
を確認しているとしたら、私たちが本当に欲しがっているものは 選ばれることや褒められることそのものではないのかもしれない。
今日はそのさらに奥へ行きます。 第3話、承認欲求の本質についてです。
まず今日の結論から行きます。 私は承認欲求を単純に人から褒めてもらいたい要求とは捉えていません。
その奥には他者からの反応を使って私は大丈夫なのか、 これを確認しようとする働きがあることがあります。
つまり、欲しいのはすごいねっていう言葉そのものではなく、 その言葉によって得られる安心なのかもしれない。
今日はここをかなり細かく分けてみます。 例えばね
一生懸命作った資料を上司に見せました。 いいね、よくできていると言われた。嬉しい。
ここで終わるならただ評価を受け取っています。 でもその瞬間にね
ふーっと力が抜けて、 あ、よかったーってなることありませんか?
この、あ、よかったー、これなんです。 何が良かったんでしょう?
資料が良かった? もちろんそれもあります。
でも人によってはその奥に、 あー間違ってなかった、みたいなのがある。
ある人は嫌われてなかったかもしれないし、 ある人は私ちゃんとできる人だった。
またある人はまだ必要とされているかもしれない。
同じ褒められて嬉しいでも、
中で確認しているものは全然違います。
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なので承認欲求が出てきた時に、また承認欲求だ、
人の評価なんて気にしないようにしようよ、とはあまり考えません。
むしろ面白い材料が出てきたと思ってこう聞きます。
私はこの人から何を確認してもらいたいんだろう?
例えばSNS、投稿する、いいねがつく、嬉しい。
でも何度もスマホを見る、再生回数見る、コメント確認する、
いつでも反応してくれる人がいないと気になる。
承認欲求強いな私、って終わらせずもう一段下に掘っていきましょう。
反応がなかったら私は何を意味付けてる?
この発信には価値がない、なのか、私は面白くない、なのか、
もう必要とされてない、なのか、私の方向性間違ってるかも、なのか、
ここがわかると欲しかったものが少し変わって見えてきます。
欲しかったのは100個のいいねではなく、
私はこのまま進んで大丈夫、だったのかもしれない。
仕事も同じです。さすがですね、言われたい。
なぜ?能力があると認めてほしい。なぜ?
能力があるって認められたらじゃあどうなる?何に安心する?
ここにいていいと思える。恋愛でもありますよ。
好きって言ってほしい。もちろん愛情表現としてほしい。それはいいんです。
でも何度言われてもまた確認したくなる。
本当に好き?私のこと嫌いになってない?大丈夫?
だとすると、もしかすると欲しいのは好きっていう言葉だけではなく、
私は見捨てられないっていう安心なのかもしれませんね。
ここで一つ大事なことがあります。承認って効くんですよ。
褒められる、安心する、選ばれる、安心する、
必要とされる、安心する、だからまた欲しくなる。
でももしその承認が自分の中にある不安を一時的に沈めるために使われているとしたら、
効果が切れたらまた確認が必要になりますね。
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昨日褒められた。でも今日はまだ何も言われてない。不安になる。
先月はすごく評価された。でも今月は結果が出ない。不安になる。
昨日好きって言われた。でも今日LINEが短い。不安になる。
これ、承認が足りないからとは限らないですね。
承認によって成立させている私は大丈夫。
これが外側の状況によって毎回更新されるから。
ここ第3章で扱った他立性の自己肯定感そのものですよね。
私は大丈夫。これの根拠が外側にある。
だから外側が変わるたびに確認し直す必要が出てくる。
そうすると承認要求は単なる褒めてほしいではなくなります。
自分の状態を安定させるために他者から確認を取り続ける構造になっていきます。
そしてこれが人生の選択にも影響しています。
例えばね、本心では新しい仕事に挑戦したいの。
でも今の職場では評価されている。頼られている。
あなたがいないと困る。そう言われている。
一方で新しい世界へ行けば誰も自分を知らない。評価されない。
初心者になる。失敗するかもしれない。
必要とされないかもしれない。
すると頭では挑戦したいと思っているのに体が動かない。
この時本当はウォントトゥーじゃないのかな?そう思うかもしれません。
もちろんそういう場合もあります。でもそれだけとは限らない。
もしかすると新しい世界へ行くことは単に仕事を変えることではなく
今まで自分を安心させてくれていた承認を失うことでもあるからです。
できる私。頼られる私。評価される私。必要とされる私。
これを手放してまだ誰にも評価されていない自分になる。
そりゃあ怖いですよね。
脳には変化が起きた時に慣れた状態へ戻そうとする働き、
そう、褒めを、スタシス、向上性ですね。これがあります。
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今の環境が苦しくても今の自分がどう振る舞えば評価されるのか分かっているんです。
そこにはある意味予測可能性があります。
でも現状の外側はまだわからない。
だから現状の外側のゴールを描いた時、わくわくと同時に怖さが出てくることがあります。
これは必ずしもそのゴールが間違っているという証拠にはなりません。
もしかするとこれまで自分を成立させてきた承認の仕組みが使えなくなる怖さなのかもしれない。
だからこそキャリアを考える時にもここを見たいんです。
選ばれる仕事は何?ではなく、私は何をしたい?
私にできる仕事は何?ではなく、私は社会でどんな職業機能これを発揮したい?
人の役に立てる仕事は何?だけではなく、自分はどんな未来を作りたい?
この問いに変えた瞬間主語が相手から自分に戻ります。
でもここでじゃあ他人の承認なんて必要ないんですね。
という話ではありません。人間は社会の中で生きています。
認めてもらえたら嬉しい。ありがとう。そう言われたら嬉しい。
大切にしている人からあなたがいてくれてよかった。そう言われたら嬉しい。
それは全部承認要求だから。そう切り捨てる必要はありません。むしろ受け取ればいい。
問題になるのは承認をもらうことではなく、承認がないと自分の価値まで成立しなくなること。
私は承認を栄養にはしても生存条件にはしない。そんな捉え方をしています。
褒めてもらった。嬉しい。受け取る。
選ばれた。嬉しい。受け取る。
必要とされた。嬉しい。受け取る。
でも夢がない日に自分までなくならない。
そしてもう一つ大切なのは、自分で自分を承認するということも
私はすごい!そう言い聞かせることではないということです。
自分で自分を承認するとはもっと地味です。
私は今日こう思った。私はこれを嫌だと感じた。
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私は本当はこっちへ行きたい。私は今怖がっている。
それをすぐに正しい、間違っているで裁かず、自分の中で起きていることとして認める。
自分の感覚に存在する権利を与える。
私はここが自立性の入り口だと思っています。
例えばみんなが絶対こっちの方がいいよ!絶対いいよ!って言ってる。
でも自分はなぜか違和感がありますよね。こういうこと。
他立的な状態ではみんなが言ってるんだから私がおかしいのかな?そうなります。
でも自立性が育ってくるとみんなはそう思っているんだね。
そして私は今違和感を感じているよ。両方を置いておける。
その上でじゃあ私はどうしたい?これを考えられます。
他人を否定する必要もないし、自分を否定する必要もない。
これが人生の守護、これを自分へ戻すということです。
今日の問いです。
今日は最近認めて欲しい、分かって欲しい、褒めて欲しい、選んで欲しい、必要として欲しい。
そう思った場面を一つ思い出してみてください。
そしてこれから言う3つを聞いてみてください。
1つ目、私はこの人から何を言ってもらえたかった?
2つ目、それを言ってもらえたら私は何を確認できる?
そして最後に、それを誰にも確認してもらえなかったとして、私は本当はどうしたい?
例えばすごいねって言って欲しい。それはなぜ?
私のやっていることには意味がある。そう思いたいから。
じゃあ誰にもそう言われなかったら?
それでもあなたはこれをやりたい?
ここです。
誰にも褒められない。誰にも選ばれない。誰にも必要とされない。
それでも私はこれをやりたいが残るのか?
もし残ったのであれば、そこには他人の承認とは別の自分のWANT TOがあるかもしれません。
逆に、承認がなくなった瞬間、なんか別にやりたくないな。
これが出てきたなら、それも大事な自己理解です。
良い悪いではありません。
ただ、自分は何によって動いていたのかがわかった。
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それだけで人生の選択肢は増えます。
今日は第5章第3話、承認要求の本質についてお話ししました。
承認要求をなくす必要はありません。
褒められたら喜んでいい。選ばれたら嬉しくていい。
必要とされたら誇らしくていい。
ただ、承認が欲しくなった時に一度聞いてみる。
私は今、この人から何を確認してもらおうとしている?
その答えが、私は大丈夫。私は価値がある。
私は間違ってない。私はここにいていい。
もしかすると、今まで外側にお願いしていたその確認を
少しずつ自分の側へ戻していく時なのかもしれません。
最後に今日の一言です。
承認要求をなくすのではなく、承認に何をお願いしているのかを知る。
私を認めて、奥にある私、大丈夫?
これに気づいた時、問いをもう一つ自分へ戻してみる。
誰にも証明してもらえなくても、私はどうしたい?
今日もあなたの人生のハンドルはあなたの手の中にあります。
お疲れ様でした。