2022-04-23 24:13

79. 漫画家・藤子不二雄史③『藤子不二雄』誕生

第79回は漫画家・藤子不二雄の歩みについてのお話その③

就職を決めた二人は最後の春休みに兵庫県宝塚市を訪れます。ついに目標である手塚治虫先生と対面した二人。目の前で漫画を描き続けるその姿を見て、彼らの夢は一層確かなものになっていったのでした。

そして遂に、二人のペンネームが完成します。


【今回登場した作品】 小学館版学習まんが人物館 藤子・F・不二雄〜こどもの夢をえがき続けた「ドラえもん」の作者/ロスト・ワールド/UTOPIA 最後の世界大戦


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00:03
みなさん、こんばんは。ゆうすけです。
さっぱです。
よろしくお願いします。
お願いします。
続けております、藤子不二雄史ということで、今回3回目ですね。
前回は、2人が初めて新聞に連載を持ったっていう話をしましたね。
ついにね、明日ともに、漫画家としてデビューしたわけですよ。
で、漫画家としてデビューしつつも学生の身分であった2人。
卒業を控え、この後どうするんだいっていう話になった時に、2人は就職を決めるというところまでお話をしました。
A先生、阿美孝先生の方はですね、親戚の紹介というふうな形で、新聞社に就職したようですね。
バリバリのサラリーマンですよね。
そうですね。
F先生、藤本先生の方はですね、お菓子の工場かな、製造会社に就職されたようです。
そうなんだ。
そこで働きながら、学生の時と一緒ですよね。
終わってからとか、お休みの日とかに2人で漫画を書いて、新聞とかね、漫画雑誌とかに投稿していくっていう活動を続けておられたようです。
で、そうなる前ですよね。
本当に、僕らも経験あるんですけどね、社会人になる前の、これが最後の長期の休みかってあるじゃないですか。
まあまあありますね。
働きだしたら、もうしばらく休み取れないだろうなみたいな、そういうやつです。
高校3年生というか、学生から社会人になる最後の春休みですね。
この2人はある場所に行くことを決心します。
どこだと思います?
え?なんだろうな。
いや、でもなんか、やっぱあれじゃないですか。
手塚治虫先生に会いたいみたいな。
正解!
お!やりました。当ててしまいました。
正解です。
2人してね、そうだと。そうだって言ったかどうかわかんないけど、漫画では言ってるんです。
手塚先生のところに会いに行こうと。
富山県高岡市から兵庫県宝塚市まで。
すごい。
学生だけでね、なかなか大冒険だったんじゃないかなと思うんですけども、
2人は手塚治虫先生のところを訪ねるわけですね。
なるほど。
手塚治虫先生宝塚市にお家があったんですけども、
お前押せよみたいな、いやいやそっち側ピンポン押せよみたいな、そんな漫画っぽいシーンも挟みながら出てきました。
当時24歳。
若い。
03:00
手塚先生ね。
はい。
なんか若い、若いね、おもてなり若いですね。
若いですよね。
もうだって、ほんとに他の漫画家目指してる人たちの憧れの人にしては年齢が若すぎるというか。
そうそうそうそうそう。
あのね、この頃すでにジャングル大帝とかも連載してたっぽいですよ。
あー、なるほど。
もうね、みんな知ってますよね、有名な作品。
どうぞどうぞいらっしゃいと待ってましたよっていうことで迎え入れてくれるわけですよ。
あー、僕やったら押しこちびるね。
尋ねていっといて。
いやーでも、私だったら緊張して一言も喋れないと思いますね。
ついにね、言ったら手紙だけのやりとり、漫画を読んでるだけのね、存在だった手塚治虫先生と、
藤子少年、浴子少年は出会うわけです、ここで。
で、上がってくださいっていうことで、上げていただいて。
ここであの傑作が生まれたのかという感動をされるわけですね。
あのね、このエピソードはまあまあこの藤子不二雄氏の中では大きな出来事なので、
もちろん今回の学習漫画のところにも出てくるし、その他の漫画道とかね、
いろんなこの頃の手塚先生に会いに行ったときのエピソードっていうのは絶対出てくるんですよ。
漫画によってはもう手塚先生から語行が指してたりとかさ、
いやわかるよ、わかるねんけどすごくね。
こういう作品を書いたんだよってタイトルをラレーズしてるだけやのに、
一言一言に稲妻が走るみたいなね。
もう深刻化状態ですもんね。
すごいね。
2人が先生の漫画読みましたとか言いながらご挨拶するわけですね。
で、話をしてるんだけども、ちょっとまた仕事がたまっちゃっててごめんねっていうことで、
よかったら僕の仕事場に来ないかっていうことで誘ってもらうわけです。
書斎というか漫画書いてるとこですよ。
もううわーってなりますね。
仕事を片付ける間に、これでも見といてっていうことで渡していただいたものがですね、
前回のエピソードに登場いたしましたロストワールドという漫画の生原稿です。
はい。
もう感動ですよね。何回読んだかもわからないような漫画の、
実際の原稿をね、本人から渡されて見るみたいな。
もうね、どんなにね、漫画や書籍になったとて、
この時の衝撃というか感情っていうのはもう、表しがたいんじゃないかなと。
06:04
はい。
ただね、不思議な感覚に襲われるんですね、2人は。
ぽい。
おかしい。もう何回も何回も読んだはず、ロストワールド。
僕らはこの作品に憧れた。
そしてそれを書いた先生が目の前にいて、本物の原稿を読んでる。
なのに、知らないページばっかりだっていうことになるんですよ。
あの先生、僕たち何回もこの作品読んだんですけども、
これは何なんですかって聞くんですね。
はい。
あ、そのことかと。
実はね、ロストワールドっていうのは、全部で1000ページあったんだけど、
本にすると大きくなっちゃうから300ページに変えちゃったんだよって。
え?
はい。
なのね、この先生はですね、700ページを没にしたんです。
え?3割しか採用されなかったんですか?
そうそう。
やばすぎるでしょ、それ。マジっすか?
はい。ここでまた衝撃ですよ。ビカビカですよ。
いや、それは私も今結構衝撃を受けましたけども。
いや、もうこの天才は1000ページを300ページにして700ページを没にするんだと。
そう言いながら、また背中を向けて漫画を書いてるわけですね、手塚先生は。
もうね、驚いて感銘を受けて、刺激を受けて。
二人はね、事実を知った二人はですね、帰ります。
帰る、はい。
そう、手塚先生の奥さんからは、せっかく遠くまで来たんだからね、泊まっていけばいいのにっていう風に言ってくれはったんですけども、
いやいや、もう僕たちはやらないといけないことがあるんです。失礼しますって言って帰っちゃうんですね。
はい。
結局、電車がなくて大阪行きで一泊したらしいんですけど、その後。
はい、まあまあまあまあ、でも気持ちはね、もうわかってますから。
そう、で、二人はね、ここでもう一度決意するわけですね。僕らは漫画を書いて書いて書いて書きまくるぞと。
うん。
この、やっぱりね、この憧れの先生に会いに行ったっていうエピソードっていうのは、
二人の中で大きいというか、その後の活躍に絶対なくてはならなかった体験だったんじゃないかという風に思うわけですね。
はいはいはいはい。
なかなかね、手塚先生って伝説的なエピソード多いんですよね、こういう。
いや、すごい先生だな、本当に。
なんか僕もね、大体日本の漫画家さんって、たどってたどってたどっていくとこの手塚先生に行き着いたりするんですよね。
うんうんうんうん。
影響力のすごく大きい人なので。
はい。
実際にね、鉄腕アトムとかもすごく有名だし、ジャングル大帝とか。
さっぱさん、なんか手塚先生の作品知ってるやつあります?
09:02
手塚先生の作品、ブラックジャックですか?
そうそう、ブラックジャックもそうだね。
あと日の鳥とか。
そうそう、日の鳥もそうですね。
僕、個人的なあれですけども、宝塚市のそばに住んでたことがありまして。
半球電車で宝塚駅に行けるんですけども、手塚先生のキャラクターがいっぱい描いた電車とか走ってましたよ。
そうなんだ、へー。
で、時が流れましてですね。
はい。
二人が一旦社会人になるにつれて、合間に漫画を描くみたいな感じになっていくわけですよね。
はいはいはい。
学生の時とは違って。
はい。
で、藤本先生。
はい。
地元のお菓子工場に働き出したわけですけども、なんと遅くまで漫画描いてたんでしょうね。
うつらうつらしてしまって。
はい。
事故を起こしてしまってですね。
え?
失敗してしまうんですよ。
え?
はい。
やばいじゃないですか。
うん。この手では漫画が描けないという、そういう事件にちょっと遭遇してしまうわけですね。
まじか、はい。
もう漫画家生命がね、危ぶまれるような出来事ですね、これね。
そうですよね。
で、結局、藤本先生ね、この会社は退職しまして。
もう言ったら、今で言うフリーターというかさ、
アルバイトみたいなことで食いつなぎながら、家でどんどんどんどん絵を描くっていう生活に戻っていかれるようですね。
なるほど。
どんどんどんどん漫画を描いていく藤本先生と、会社が終わったらね、駆けつけてくれて、一緒に描こうってやってくれる浴衣子先生と、ということで二人でやっていくわけですね。
いやいやいいよって、もう会社大変だろって浴衣子は休んだらいいじゃないかって言うんやけど、いやそんなことできないよって二人で一人じゃないかみたいなことを言いつつね。
暑いですね。
暑いね、もうなんかもうやっぱり子供の頃からね、同じ夢追いかけてきた仲間なんだなっていうことが分かるシーンですよ。
いやーいいですね。
で、この頃ですね、二人にペンネームが付きます。
はい。
足塚藤男という名前で漫画を投稿するんですね。
足塚っていうのは、いわゆる手塚先生をちょっとオマージュしてというか。
なるほど。
でも手塚先生、手じゃないですか。
いやもう僕たちは手塚先生に憧れてはいるけども、足元にも呼ばないと。
そういうわけで足塚藤男になったそうです。
藤代がどこから出てきたかちょっと僕分かんないです。
そんな感じで、社会人漫画家みたいなことをやりながら、それでも夢追いかけてきた二人。
1年以上かけて、今度ね、初めてのね単行本というものを完成させるんですね。
12:05
それがですね、ユートピアという作品です。
後に複題がつきまして、現在はユートピア最後の世界大戦というタイトルで本になってます。
足塚藤男名義で1953年に出版された初めての単行本ですね。
ちなみに最初で最後の書き下ろしの単行本というふうに紹介されてます現在は。
いつかお話ししたように、それぞれがそれぞれの作風で別の漫画を投稿したりとかしてたので、
おばっけの九太郎は強作屋って言ったじゃないですか。
本当に二人で手かけたものって多くはないんですよ。
なので、書き下ろしの単行本っていうふうな言い方をすると、これが初めてかつ最後の作品ということですね。
なるほど。
全100ページあるようですね。
これね、さっきというか2本取りがバレる言い方をしましたけども、話しした小太陽とかと似たような、
これは出版物なので事情は若干違うんですけども、こんなやっぱりお二人が大物になると思われてなかったので今回は、
非常に発行物が少ない。当然プレミアついてます今は。
それはそうですよね。
そうですね。内容ですけども、機械文明の発達した未来が舞台になってるんですけども、
この頃ってオートメーション化していくものもどんどん増えていってるわけですね。今のもちろん世の中とは全然違いますけどもね。
人の手がどんどん離れて機械が得られるようになってきたりとかさ、そういうものがどんどんどんどん出てきてる時代なんですね。
ただ、それが発達していった未来っていうのが、それが本当に人類にとって平和なのかというようなお話になってるんです。
最後の世界大戦ってついてる通り、入ったらちょっと戦いのシーンが出てきたりとか。
なるほど。
かなりね、SF感のね、強い作品ですね。
そうですね。
ちなみに、このユートピアっていう言葉よく聞くけど、これって日本語に置き換えると、いわゆる理想郷ってやつなんですよ。
はいはいはい。
で、対する言葉で、ユートピアに対する言葉で、ディストピアっていう言葉もありますよね。
はい、ありますね。
なんていうか、発展しすぎてユートピアっぽいんやけども、管理社会というかさ。
で、なんかそれが行きすぎちゃって、そっからはみ出る人とかは断崖されるとかさ。
そういう作風を含めたお話になってまして、本当に大作ですね。
やはり、画風はこの頃の作品ということで、かなり手塚先生に似てます。
15:06
なるほど、なるほど。
もちろん、画面の構成であったりとか、この世界観とかね、ストーリーの運び方とかっていうのが、ものすごく手塚先生の影響が出てるなっていう風な感じがしてて。
読まれる機会がある方は、この頃にこういう経緯で誕生したんだなっていうのが、割と面白く、他の手塚作品と関連して楽しめるようなお話になってるのでね。
この藤子藤吉を聞いた上で、この文脈の中にある作品なんだなっていう風に思っていただけると、楽しみが増すんじゃないかなと思いますね。
現在、これごめんなさい、わからなかったんでね、ウィキとかで調べたんで、正確な情報かわからないんですけども、現存部数は確認されてるだけで20冊弱ほどということです。
本当に少ないね。
本当に少ないですね、マジで。
で、手塚治虫先生の新宝島ね、何回も登場する。
はい。
新宝島とともに、日本で最も相場が高い単行本ということで、万だらけとかで、100万とかで売ってるようなやつです。
うわ、すごい。
ちなみに、これもウィキ情報で、正確性がちょっとわからないですけども、原作者ですら持っていないと言われ、現在は松本玲司先生、銀河鉄道39とか、宇宙戦艦ヤマトとかのね、高校生時代に130円で買ったやつを持ってるそうです。
ええっ!?
もちろん今はあれですよ、復刻版とかが出てたりとか、あれなんで、本当にだからこの頃の初版本なんてなってきたら、もう面談は飛び出るような値段で取引されるんでしょうけど、作品自体は普通に買って読むことができますんでね。
こういう事情を抱えたというか、作品でございますね。
なるほど。
なんで、状況は変わってきてますよ。学生から社会人になったりとか、働きながらやろうと思ったら怪我しちゃってとかいろいろあったんですけども、2人は着実にキャリアを伸ばしてますね。
そうですね。
この段階ではですね、藤本先生の方は、言ったらもう会社勤めはしておりませんと、浴衣子先生の方は会社勤めしながら、こうやって教作を一緒に世に送り出してっていうふうな活動をしてたんですけども、やがて2人はまた決意をするわけです。
東京に行くことを決心したと。
漫画家として、これからのことを考えたらやっぱり東京に行くべきだと。東京にはね、いろんなやっぱり漫画家を目指してね、集まってくる、助教してくる人たちもたくさんいるし、出版社なんかもほとんど東京にありますから、自分たちが本当に本気で漫画家としてやっていこうっていうふうに思うのならば、
18:22
行くしかないっていうことで、2人は助教することを決めるんです。
おー、なるほど。
1954年、2人は東京に行きます。
そして、時を同じくしてですよ、足塚藤雄と名乗っていたこの2人、藤本の藤、そして阿彦の子っていうのを一文字ずつ取ってですね、藤子藤雄を名乗るようになるんですね、ここから。
藤子藤雄がここで誕生いたしました。
はい。
で、初めはですね、これ僕知らんかったんですけど、東京都の墨田区の両国っていうところに住んだようですね。
阿彦先生の親戚のお家に下宿してたらしくて。
なるほど。
2畳の部屋だったんやって。
狭。
で、寝れへんから、まっすぐやと布団敷いても寝れへんから斜めに寝ようみたいなことをしてたとか、そんな話が出てきたりとか。
寝れないですよね。
2畳で、これちょっと相場があれなんですけど、1ヶ月1万円の部屋に2人で住んだんですって。
で、この1万円っていうのが今の物価で考えたらどんな感じかなっていうのも一応注釈で書いてあったんで読んだら、
当時の大学卒の初任給が約9000円ちょっとやったらそうです。
え、高くないですか?
高いね。狭いのにね。
めちゃくちゃ高い。
やっぱ東京ってハイランクなんですね。
あんまり学習漫画で深掘りされてないけど、あるじゃないですか、この頃のいくらってこれぐらいだったんだよみたいな知識とかは出てくるくせに、さっきのほらさ、食っていけへんから仕事するとかっていう話がもう触れられへんから、この頃も2人でだいぶ頑張ったんじゃないかなと思いますよ。
そりゃそうでしょうね。
いくらね、2人で接班できるとはいえね。
そんなこんなでようやく2人は藤子藤男となりまして、花の都東京に足を踏み入れたわけですね。
今回はこちらでお話を終わろうと思います。
今回はこちらでお話を終わろうと思います。
この後いわゆる時はそうとかさ、スタジオゼロとかね、聞き覚えがあるんじゃないかなという物語に突入していきますので、そちらもぜひお楽しみによろしくお願いいたします。
21:26
というわけで、藤子藤男第3回ということで2人が東京に来ましたね。
ここからだから切磋琢磨していくわけですよ、同じ漫画家を目指す者たちと集って。
いつか僕もね、行きたいと思ってるんですよね、この時はそうっていうところに。
ちょっとね、コロナ云々でいろいろ計画立ててていく予定はあったんですけども、なくなっちゃっていけてないままなんですけどもね。
伝説と言われるいろんな漫画家さんが一緒に暮らしたアパートっていうところにね、これからお話も進んでいきますと。
なんかあるよね、作説ストーリーっぽくまとめてる感はあるよね、この話って。
そうですね。
でも今に比べるとね、この作品を漫画とかね、漫画に限らずですけども作品を自分たちで作ってそれを投稿して。
採用担当の人に見てもらってっていうアクションって、もっともっと手間のかかることだったんだろうなと思うので。
本当にこの諦めないというか、漫画にかける情熱というかね、っていうようなものが語られないところではあったんじゃないかなって思うようなエピソードでしたね。
そうですね。
いやー、なんか改めてね、お二人の話をちょっと振り返るっていうのが、すごく前も言ったけど、僕は楽しいのでね。
皆さんの知ってる話とか初めて聞くような話とかも出てくるかもしれませんけども、もう少しお付き合いください。
はい。
はい。
というわけで少し不思議な糸を割っていきます。この番組では皆様からの感想、反応、そして藤子不二雄作品への愛、お待ちしております。
はい。
宛先の方、サッパさんよろしくお願いいたします。
はい。メールアドレスはfushigi7110 at gmail.com。
Twitterのアカウント名は少し不思議ないと。
ハッシュタグはハッシュタグ不思議な。不思議はひらがな。名はカタカナで検索してみてください。
はい。ハッシュタグをつけていただいてる方、ちょっと返事が届こうとおりますけども、ちゃんと見ておりますので、いつもありがとうございます。
はい。
それから、お名前だけで送っていただけますメールホームの方もご用意しております。
はい。
エピソードの概要欄、それからTwitterの少し不思議ないとアカウントのプロフィールのところにリンクがありますので、どうぞご活用ください。
はい。
というわけで、皆さん次のお話でお会いしましょう。さよなら。
またね。
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