1. フリー台本読む人
  2. 還る日/Ene
2025-01-12 13:40

還る日/Ene

spotify apple_podcasts youtube

還る日


作:Ene @ene_oeuf 様

BGM:魔王魂


https://giraffe.noor.jp/17years.html


お借りしました!


#フリー台本


【活動まとめ】 https://lit.link/azekura

サマリー

叔父との特別な絆や思春期の苦悩が描かれています。主人公は叔父に特別な感情を抱きつつ、家族との摩擦や成長の過程に直面しています。最終的には、叔父の結婚を通して、家族や親戚の複雑な関係に向き合うことになります。

叔父との特別な関係
アイスクリームの溶けた雫が膝に落ちる その度に記憶の底に蘇ってくる光景がある
私には叔父がいた 当時まだ17歳だった私ともうよそじ近かった叔父はどういうわけか
実の親子以上に気があった いい歳をして結婚もせずに放乱に暮らしていた叔父は気が若く
いたずら好きで遊び好きで子供よりも子供の気持ちをよく知っていた つまるところ私が自分の世界に招き入れてもいいと思える数少ない大人の一人だった
見た目にもよく気を使う人だったので外に出れば一目も引いた 私は叔父と並んで歩くときいつも優越感のようなものを感じていた
いつだか大雨の午後 車で学校まで迎えに来てもらった時たまたま見ていた友達が歓声を上げて
叔父を指差していたことを知っている その声に含まれていたものを知っている
だから私はわざと運転席の叔父に顔を近づけ まるで恋人のようにして礼を言ったのだ
思春期を少しばかりこじらせていた私はこれといった理由もないまま 家族とうまくいっていなかった
親が鬱陶しく学校に行く意味がわからず勉強はつまらなくて 真夜中に声なき声で空に吠えては翌朝ひどい顔で目を覚ます
ルーティーンだった この年頃に誰でも抱えうるそんな悩みを私はうまく処理できずにもて余し
たびたび叔父のマンションに逃げた 母はその都度渋い顔をした
その理由に何がしか不潔なものを感じ取っていた私は母に厳しい文句を言った 私は叔父を身内として信頼していたし
叔父もまた私を目一個として可愛がってくれていた その関係には歪なものは何もなかった
あるはずがないのだ 漫画やドラマではあるまいし
私は叔父の家で風呂を借りそれがさも自分の特権であるかのように キャミソール1枚でリビングを歩き回りアイスを食べながらテレビを見た
叔父は部屋にこもって仕事をしていることもあれば一緒にバラエティ番組を見て 笑ってくれることもあった
私がアイスをこぼしても叔父は決して叱らなかった そして一通り楽しく過ごした後11時になると急に大人の顔に戻り
家まで送るから車に乗れと言い出すのがお決まりだった 11時のシンデレラ
叔父は冗談混じりに私のことをそう呼んだ あと1時間がなんだというのか日付が変わればどうなるというのか
夏休みの旅行計画
私たちは身内なのだ だが叔父は私を絶対に止めてくれなかった
高校3年生の夏休み 私は受験勉強の息抜きという題目で友達数人ととある県の海辺の民宿に
一泊旅行の計画を立てた 新幹線で1時間もかからない距離で予算的にも悪くなかった
その中に男の子もいることを親に隠しての旅行だった だが友達の一人がうっかり口を滑らせて
いもずるしきに私たちの名前もバレた 出発の2日前のことだった
母は男の子と泊りがけで旅行に出るということそのものよりも 田舎の民宿は治安が良くないし何かあれば一生後悔するのだからとかいう理由を
いかにも本題のようにしてその計画に私が加わることを禁じた
民宿にキャンセルの電話をかけたのはうちの母でその際 18歳にもならない高校生が男女で泊まりに来るというのに保護者に連絡をしてくれないのは
非常識だとか文句をつける母の声を他人の声のように思いながら聞いた 喉をぐっと締め付ける感情の名前を見つけられないまま
心だけが体を飛び出して暴れ回っているような気持ちだった
お母さん私は自由なの 昔とは違うの21世紀なの
どうしてわかってくれないの 結局7月の26日から2日間私は予定にぽっかり穴が開き
にほどきもしていないトランクを前に部屋でぼんやりと過ごしていた 空は真っ青でこれ以上なく晴れ渡っていた
暑い日だった 午後になって携帯が鳴り友達からかと思ったが着信名はおじだった
私は不機嫌を隠しもしない声で出た おじは事の天末を母から聞いて知っておりちょっと機嫌取りに連れ出してやるから出て
こないかと明るい声で私を誘った その声に引きずり出されるように私はうんと答えていた
自分の声に滲んだ艶に驚いた ああ
私は女の子なんだ 無性に泣きたい気分が込み上げてきた
おじは私を近所の海岸に連れて行った 車で20分
本当は今頃もっと遠くて綺麗で楽しいところに行っているはずだったのだ 夏祭りもあるという話だったから
浴衣も持って行こうと決めていた 動画を見て着付けも練習していた
男の子は3人でそのうち2人は友達の彼氏だがもう一人は私が前からちょっと気になると 思っていた子だった
旅行に誘って来てくれるなんて思わなかった だから
本当に楽しみにしていたのだ おじは半笑いで私の話を聞いていた
味方してくれるかと思ったがそのうちぽつりと姉さんが正しいよと言った 私は思わずおじの顔を振り仰いだ
見たことのない顔をしていた それは多分私が最も見たくないおじの顔だった
大人の顔 分別の顔
私たちの心臓を洗いざらしのハンカチに包んですりつぶそうとする無機質な顔 おじだけはこんな顔をしないと思っていた
おじさんだけは特別なのだと 私は思ったままそれを口に出した
おじは返事をしなかった 自分の世界からおじが出て行こうとしているような気がした
叔父の結婚と別れ
だから嘘をついた 私もう少女じゃないんだから
おじはまた返事をしなかった びっくりされるか叱られるか笑われるか
予想していた反応のどれも返ってこなかった 私は急に恥ずかしくなって言ったことを全部取り消したくなった
でももう取り返せない バカみたいな嘘をついた
今のは嘘だと言わなければ でも言えない
じりじり肌を焼く太陽の熱と同じだけ辛い沈黙が私を意固地にさせた やがてどれほどか二人で黙り込んだ頃
おじが不意に あっ
と言った 振り向くとおじは空を見ていた
同じ方を見あると真っ青な空に一線 飛行機雲が飛んでいった
私は何が面白いのかという顔でそれを眺めた 沈黙が破られたことはありがたかったがそれだけだった
なあ覚えてるか とおじは言った
私はうんと子供の頃飛行機雲を見るとなぜか怖がって泣いたのだそうだ 他の家族は平気だった
私だけが 見かねたおじがあれはただの飛行機だと教えたが私はその後も飛行機雲を見る
たびに大泣きする子供だった やがて原因もわからないまま4つか5つになる頃には泣かなくなったという
一体何がそんなに怖かったんだろうなというおじののんびりした声が降ってきた 私は知らないと答えた
覚えていない だって今は飛行機雲なんか見ても泣かない怖くなんかない
どんな気持ちで泣いていたのか思い出せない そうやって何でも忘れていくのだ
きっと今日今こんな風にやり場のないもやもやを抱えて息苦しくてたまらないことも 10年後には欠片も残さず消えていく
人は誰でも鈍くなる そうやって自分自身を慣らしながら生きていく
そうでなければあちこちヒリヒリ傷んだままではきっと生きていかれない のんびりした声のままでおじは言った
俺さあさ来月結婚するんだ 相手は長崎の人で半年ほど前に知り合った女性だということだった
×1だった 彼女の仕事の都合でおじも向こうで暮らすことにするのだそうだ
結婚式に呼ばれたが私は行かなかった 体調を崩したと嘘をついた
おじは式の直前の忙しい時に電話をかけてきて にが笑いしながら落ち着いたら奥さんを連れて遊びに行くからぜひ会ってやってくれと言った
かわいい名がいると言ってある奥さんも会いたがっていると 奥さんの名前を何度も聞いたのに一度も覚えられなかった
それから最後に付け足すようにあの分別だらけの大人の声で 体を大事にしなさいと言った
具合が悪いといった嘘のことではなくもっと別の嘘の方に違いなかった 私は返事もできずに通話を切った
おじの声と自分の声が消え失せると信じられないほどの静寂が戻ってきた 私一人いつもの家の部屋にいる
みんなおじをお祝いに行ったのに 今頃結婚式をやっているのに
私一人こんなところに残っている 窓の外の空が真っ青すぎて目に痛い
握りしめた携帯が痛い
なんて居心地が悪いのだろう 家族というもの親戚というもの
好きなのに嫌い 嫌いなのに離れられない
同じ血を持っているのに同じではない でもよく似ている
出来損ないで延々と続くレプリカのような私たち おじの妻になった人の腹からもいずれ新しいそれが生まれて私たちの仲間になる
あの人が父になる 私の手の届かない場所で私の知らない生き物になり
私の知らない世界で息をするようになる 初恋だったかどうかさえもう思い返せない
17歳の夏だった
13:40

コメント

スクロール