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はい、本日は山根理夫ということで、今回はですね、
次男とのコラボ放送、第3弾ということで、お話ししたいと思います。
引き続きね、三陸海岸の方を、車をちょっと走らせながら、次男と
コラボ放送ということで、さっきね、車を走らせながらさ、
堤防があったじゃない、すんごい高かったなぁ。びっくりしたね。
ここまで津波最高到達点がここですっていうのが表示があって、22メートルとかっつってね。
あの建物のほんと、3月の卒業した時も仙台の方とか行く時に、
まさに仙台の荒浜とか、あと石巻とか、あの辺行ったじゃない、陸前高田か、行った時に資料館とか見たけど、
建物の3階4階の高さまで津波が来たって、あれ見てわかるよね、やっぱりね。
いやーすごいなぁと思って、改めてね、そういうことってあるんだなぁって。
だってそんなの、あなた覚えてないでしょ。あの小さい時にさ、この東日本大震災って2011年だから、
幼稚園時。 14年前でしょ。で、あなた19歳だから5歳とかでしょ。
幼稚園のバスの中ですごい揺れたのは覚えてない。 ああそう。でさ、しばらくしてさ、
あのお父さんと家族であちこち神奈川県内に出かける時にさ、あなたはさ、
パパここ津波来るとかつって、いつも言ってたの覚えてる? いや、あんま覚えてないです。
ずっと言ってたよ、いつも。半年ぐらい。 あのやっぱりほら、
津波でほら船が座礁する、津波が寄せてくるニュースの映像とかあったじゃない。
まあいうのがかなりなんか、ね、その当時5歳のあなたでも相当こうなんか衝撃的だったんだろうね。
覚えてはいないんだ、やっぱり。 いや、覚えてないです。
ああ、なるほどね。まあそういうのがあると言ったってことでね。それ見ながらね、ちょっと思い出したんですけど、
今回はね、まあちょっと子育て、まあ親の私から見たら子育てという部分と、
まあ息子の次男から見た時に、まあ教育っていうかね、あの家庭での教育とかそういうちょっと、
まあお話をちょっとしようかなと思ったんですね。 私の場合はですね、あの
長男の時にね、 まあ
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少年サッカー一緒にこう、私も指導っていうか一緒に練習付き合ったり、
審判とかレフリーとかやりながらね、子供と付き合いながら10年ぐらい、
次男の時も含めてやったんですけど、
結構長男の時はね、兄貴の時はさ、 失敗したなーって思うこと結構たくさんあったのよ。
で、父ちゃんほらこういう性格だから、自分もスポーツやってたから結構負けず嫌いで熱くなっちゃうわけよ。
で、長男の時はさ、結構叱咤激励じゃねえけど、まあいわゆる
根性論じゃないけどね、そういう感じで結構 熱くなっちゃう。親父が熱くなっちゃったもんで、まあ長男は
あんまもう中学高校ぐらいの時はもう見に来ないでくれみたいなね。試合とかでもね。
そんな感じだったのよ。で、 中学の時にね、小学校の時そんな感じでちょっと熱くなっちゃったので、一緒にやってるだけに
負ければ悔しいし、勝てば嬉しいしとかね。 まあそういうのがあったんですよね。
で、中学の時ぐらいにはね、長男からもう試合見に来ないでくれって、もう
なんかそんな感じでね言われたりするのもあって、ちょっと あの行き過ぎちゃったんだなぁと思いながらね、その当時やってたんですよ。
で、あなたの場合はそういうのもあって、 あのまあ一緒にサッカーやってたから一緒に勝てばお喜びするし、
で、負ければ悔しがるんだけども、 感情的な部分はできるだけに抑えようかなと思って、
まあ あの
あなたを尊重してというわけじゃないですけどね。 そんな感じでやってたんですけど。
どうでしたか?あの小学校、中学校、高校と。 まあ一緒にこうずっとサッカーに立ち去って。
まあだいぶあの 試合とかねかなり見に行ったりしたんですけど。
はい。
いやまあ、小学校の時どうだった? 小学校の時は、いや別に
その試合の時とかはもうサッカーにしか集中してなかったっていうか、 あんま周りのことは気にしなかった感じで、
だったんで、まあ別に何とも思ってはなかったと思うんですけど、 まあ中学校の時は、まあ自分が出てない試合とかだったら、まあちょっと恥ずかしいなっていうのは。
ああそういうのあったんだ。
やっぱり、まあそれも高校の時も、 自分が出てない試合はちょっと恥ずかしいなっていうのがあったんですけど。
高校の時は1年生とかそういう時だろうね。
まあそういうのがあったんですけど、 まあでも
やっぱり高校出て、まあ親元離れるっていうあれで、 その
なんていうんすかね、 その親の偉大さじゃないですけど、
まあなんていうか、 その大切さ、家族大切さとか、そういうのは気づいて、
一人じゃ何もできないんだなとか、 そういうのでやっぱりその
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一緒にいて、よくこういう年頃だったら一緒にいて恥ずかしいとか、 あると思うんですけど、自分的にはそういうのがもうなくなったっていうのはあります。
いや父ちゃんはね、中学のね、もう2年か3年ぐらいで、 ちょっと親とあんまりね話したくなっちゃった、思春期でさ、
反抗期っていうわけじゃないんだけど、やっぱりね ちょっとうぜえなーとかってね、自分の親のこと思ってたっけ?
で、高校の時はそういう風に思ってたよ。 で、そういう気持ちがあったんだけど、まあうちの子供2人についてあんまりそういうのがちょっとなかったのかなとは思ってるんですかね。
で、そういうのは多分一緒にずっとサッカーをやってて、 あのー
そういうので何かやってたからかなーとちょっと思ったりしますけどね。
まあ 逆にあれだろう、あなた
いつも父ちゃんいるなーって思ってなかった? 小学校の時も当然コーチ、あとレフリーとか練習の保証とかでいるからさ、
いつもいるじゃん? まあね、お兄ちゃんの時から行ったから、それは当たり前って感じで。
中学の時はねー 見に行ったり見に行けない時もあったと思うんだよなー。で、高校はもう青森だから言ったって行ける時って大きな大会?大会?
だからインターイとか選手権とか 新人生とか、そういう大きい大会。で、あとあなたたちが関東とかもしくは東北の南の方にね
春休みとか夏休みとか遠征がある時に、まぁちょっとそこで試合がまとめて何試合かあるんだったら
まあ見に行くかぐらいの感じでね、行ってましたけど。 周りの選手たちからさ
お前んちまた来てんぞみたいな感じで言われてなかった? まあそんな感じでは、直接言われることはないですけど
まあでも来たのねーみたいな。よく車で来たの?とか。 言われてたんだ。びっくりはしてます。
まあでもなんかみんな見慣れたっていうのかわかんないですけど、 その神奈川と青森っていうのはあんまなんか
その距離の遠さを感じさせないような感じでずっといたんで。 まあでも高校時代も千葉とか静岡まで遠征来てたじゃん。
まあよく来たなぁと思うよね。自分らもよく行ったなぁと思ったけどさ。
だからあなたが青森の高校行かなければ、こんなに青森に、青森まで行くことって多分一生のうちにそんなにないよ。
だから多分、あなたが本当に進学してなければ、青森は多分八戸は行ってなかったと思うし、
もし行ったとしても、お入らせであったり、青森市内の根太とかさ、
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まあそういうのを一回見ればもういいかなって感じで、多分行っても一回二回の話しかないと思うんだけど、
まあこれだけ頻度をね、行ってご縁いただいて、
まあそういう感じでね、
やれたっていうのは非常に、
まあ父ちゃんからしても、子供であるあなたに非常に感謝してるわけよ。
非常に楽しませてもらったなっていう。サッカーだけじゃなくてね。
青森ってこういうところなんだ、八戸ってこういうところなんだとかさ、
やっぱり、お父さんほら鹿児島だからさ、鹿児島で神奈川で、住んでるのは神奈川で、青森。
まあそういうのがあったんで、非常になんか地域性とかそういうものがあるし全然違うしね、
まあ日本ってやっぱり広いなって思うしね、そういうのがいいと思うね。
実際あなたが青森に行ってからって、たまに電話してね、
あのーってぐらいだから、実際に普段の生活なんて当然見れるわけでもないから、
それはもうあなたがね、周りの人に迷惑かけたりとか、
まあ自分で自立しなければいけないというね、そういう中では、
まあ良かったのかなって、最初はね心配ではあったけどね、とは思いますけどね。
だから高校3年間でだいぶ成長して、精神的にも人間的にもだいぶ成長してくれたかなとは本当はね、思いますよ。
どうですか自分の中では、あのー3年間で、中学3年で神奈川離れる時から3年間でまた神奈川に帰ってくる時で、
自分の中ではだいぶ何が変わったと思う?
いやー考え方は変わったと思います。
あ、そうだな。
やっぱなんか、その小学校中学の時はやっぱりなんか自分のことばっかり考えて行動することは多かったと思うんで、
高校に入ってやっぱり周りが見れるようになって、でなんか今はこういう時だなみたいな、そういう考えて行動できるようになったっていうのはあると思います。
まああの、これ親の立場からするとさ、上の長男がずっと神奈川に家にいるからさ、
まあ目につくとどうしてもなんか色々言いたくなっちゃうんだよ。
すごいあってさ、言わなきゃいいんだけど言いたくなっちゃうのもまた親かなと思うんですけど、
まあそういうのがね、あるんだけど、
まああなたに関してはもう言っても見えてないから、わかんないから、
もうさああなたの実践に任せるしかないし、
考え方がね、非常に大人になってくれたなって思ってて、
まあ父ちゃんなんかはあなたに関してはまあ、あのー色んな部分で自立してはくれてると思うんで、
まあ心配することはもう何もないかなと。
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まあ正直もうなんか中学出て高校に行ってからっていうのはなんか、
もう子育ては終わったかなっていうのはね、すごい感じてるんだよね。
そうやってほら、両性活を送ってたから早い段階でほら、
もう親子ではあるけども、一人の男同士の一対一で話しするみたいな、
そういう感じにはなってるのかなとは思うんだよね。
まあ友達ってわけじゃないけどな、それに近い感覚にはなってるのかなと。
まあその中であなたがほら、色々今回サッカーをね、
1年間、大学1年でやって、ずっとリーグ戦終えて、
でここでまあ、選手としては区切りをつけようとか、
まあそういう話もよくよくあなたの考えてることを聞いたら、
まあそれもそうだなと、色々ね、あなたの考えてることだから、
まあそれはあなたの考えを尊重してあげたいなとは思ってたから、
まあそんな感じで思います。
子育てとかね、親と子供の接し方とか、
親から見た目線と子供から見た目線についてね、
今回はね、お話しさせていただきました。
何か言い残したことある?何か他に何か思うことある?
そういう子育てとか教育とかさ、親子の接し方とかさ。
いや、でもそういうのは結局、
言われてあれじゃなくて、自分で感じないといけないと思う。
多分自分が気づけるかどうかって大きいよね。
兄貴はやっぱりさ、常に親が家にいるからね、
なんか気がつけばさ、親が言ってくれるものだと思ってるけど、
まあでも、あなたみたいに寮生活とかしてると、
もう親も当然いないわけだから、
全てなんか自分が、例えばなんか失敗とか、
なんか忘れ物とかさ、なんかいろいろ首があったらさ、
全部全て自分に跳ね返ってくるっていうのがあるからね。
そういう意味では、まあ自立してくれたのかなと思って、
まあそれはちょっと一番嬉しいかなとね。
まあ何がさておきやっぱり、
人としてだいぶ成長してくれたんじゃないかなと思って。
まあ、高校3年間外に出して、
まあいろんな経験も、
多分親にも言えない苦しい思いとかさ、
さっきから特にそうだと思ったけど、
苦しい胸の内とかね、
まあいろんな感情とかあったと思ったけど、
まあそれでも踏まえてね、
なんか大人の階段を通ず、
上がっていってるんじゃないかなと思いますよね。
どうですか?
はい。
そんな感じ?
そんな感じだと思います。
はい。
じゃあありがとうございます。
じゃあ3回目の放送もね、
こちらで終了とさせていただきたいと思います。
いつもですね、東雲のレディをお聞きいただきまして、
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ありがとうございます。
またですね、コメントはいいねもですね、
頂戴しましてありがとうございます。
それでは今回はこちらで失礼いたします。
ありがとうございました。