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はい、フォーニッツ大山レイディオ、大山です。
いつもですね、東方のレイディオをお聴きいただきまして、ありがとうございます。
はい、今回はですね、私の秘密ということで、告白したいと思います。
はい、ということでですね、私の秘密ということでですね、
実はですね、私がツイッターでよくサッカーのことをあげてるんですけど、
実は私サッカーができなくて、子供たちと一緒に練習の手伝いとか審判とかをね、やってるんですけど、
まあ私が実はサッカーできないとか、そんなくだらないですね、話ではなくてですね、
ちょっと真面目なお話をちょっとしたいと思います。
えーとですね、私がですね、勤め人時代に実はパオハラにあったことがありまして、
このスタンドFMもね、ちょっと私いろいろな方のスタイフをですね、配置をしながら、
で、私のファンである国鉄さんが給食されたりとか、
まあいろいろね、勤め人の方のいろいろなお話をちょっと伺ったりするんですけども、
実はですね、あんまり外には大きく言ってなかったんですけど、
パオハラに会いまして、どれぐらいですかね、ちょっと2週間ぐらいですかね、
ちょっと会社を休んだことがありました。
で、その時の状況としましては、私はゼネコンに勤めてましたので、
建築現場をですね、施工を着工から竣工までという形で工事をね、管理してました。
で、だいたい建築の現場っていうとね、1年とか1年半、長い、ちょっとね、
大きいプロジェクトだと2年とかそういうものがありますけれども、
だいたいスパンで、そういうスパンでね、1年とか1年半で現場が変わってということで、
現場が変わればね、その作業所の組織っていうのは当然職員とか入れ替えがありますので、
おそらく他の企業さんとか他の職種の方よりは職場の入れ替わりというのは定期的にそういう形であるのが、
建築現場の作業所の職員の環境というか組織になります。
その中でですね、私がたぶん2013年ぐらいでしたかね、
その当時ね、私の年齢がたぶん15歳、もうちょっと上ですかね、の先輩というか大先輩ですよね。
で、作業所のですね、親分という所長と言われるね、作業所長という方で非常にパワハラで有名な方がいまして、
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私の先輩方もね、その人の下につきまして、かなりパワハラでやられて精神的に参っている人がたくさん現場の中で出ているという、
そういうね、上心の下にね、私がつくことになりました。
いろいろな噂とかね、お話を聞いてましたので、初めてそのね、作業所長の下で働くことになったんですけど、
ある程度ね、そうなることは想定されていました。
どこの現場に行ってもそういうのがあるということをね、職員がね、部下がパワハラにあって、
メンタルがやられてとか、ちょっと窓際族じゃないですけど、
ちょっと心ここにあらずみたいな状態になってということでね、ありました。
で、その作業所長はね、社内的に言いますと、非常に作業所の中では利益をあげてて優秀な作業所長ということで、
社内の評価っていうのは非常に高い方だったんですが、
その代償として職員をかなりね、叩くというか、追い込むような、そういう助手だったんですね。
その人の下に私がちょっとつくということになりまして、
それはね、結局今までそうやって、支店の中で一緒に働かれた方が、
もう二度とこの人の下では働きたくないと、
もうこの人と一緒に現場をやる人がいないというような状態で、
私にちょっと声がかかって、会社の言うね、会社の命令ですので、
待つとめ人ということで、私はそれに従って、
多分でもこうなるかなというのは分かって、先輩方の話を聞いてたので、
そうなるかなというふうには思っておりました。
案の定ね、作業所の方の現場が始まりまして、
しばらく経ってね、私の方にここ先が向かって徐々にエスカレートしていってですね、
来たなと思いまして、しばらくはね、ちょっと様子を見てたんですけど、
いよいよね、ちょっとこれはもうまずいなというような状況になりまして、
まだその時はね、本当に他の先輩方ほどは追い込まれてなかったので、
これ休もうと、これ以上行ったらもう自分が壊れちゃうなと思って、
私は休みました。
で、現場の方のね、1週間ほど休みましたら、
会社の支店の方からね、その上司の部長とかからね、電話が来まして、
親は1回ちょっと支店に来いというような話でね、呼ばれまして、
でまぁ、私はその部長にね、もうこれ以上この方の下では働きませんと、
やってられませんというような形でね、部長を変えてもらうようにお願いしました。
まぁ、しばらくはですね、部長を変わってからもやっぱりちょっとその、
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なんていうんですかね、メンタルをやられた部分がちょっと、
まだ傷浅かったと思うんですけど、やっぱりちょっと自分の中でダメージがあって、
なかなか前向きに仕事に取り組めないような、そういう精神状態ではあったんですけど、
そういった形で、まぁなんとかね、少し時間をかけながら、
パワハラがあってからね、会社を私が独立するまでは2年から2年半ぐらいあったとは思うんですけど、
まぁ少しずつね、精神的な部分がちょっとね、言えてくるような感じで、
まぁなんとかね、そこまでは独立するまでは頑張ったというような感じでしたね。
ですから本当に自分が潰れてる前に、もし勤め人の方で精神的に追い込まれるような状態、
本当にメンタルやられてどうにもならない無気力だとか、そういう状態になってからでは遅いので、
もしそういう環境で今働かれてる方がいらしたら、
本当に思い切って休んだりとか、もしくはSOSじゃないんですけど、
そういう形で部署を変えてもらうとか、そういうのも一つ手段ではないかなというふうに思いまして、
今回はこういうようなレディを撮ってみました。
正直あんまりこういう話っていうのは、私もあんまり表に立って話す内容でもないなと思って、
あんまり人にも話してないんですけど、
よくサラリーマンのお勤めの方の仕事が大変でということをチラッと聞いたりとかいろいろやっぱりします。
私もちょっと同じような思いをしてたりするものですから、
私の場合は最悪その会社、パワハラとかでも給食とかそういう感じであったんで、
結局社内での昇進とかそういうものは、私の前からそういう道もなくなってましたので、
別に不動産もやってましたので、会社を退職する時点では別にそこに何も未練はありませんでしたけれども、
最悪は同じ業種でも他の会社に移ってまた働けばいいかなというふうにも思ってましたし、
そういう形で当時は思ってました。
それで、今私のこういう状況でちょっと振り返って客観的に見ますと、
その当時、私もちょっと大きい会社に勤めてましたので、給料もそこそこいただいてたと思うんですが、
やっぱりその会社の中にずっと長いこと、私20年近くいましたのでいると、
その社内の中にいるのが当たり前ということで、
他の世界というか、他の会社とかそういう状況もわかりませんでしたし、
やっぱりその会社にいることが当たり前という感覚があったので、というところがあったんですけど、
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今こう振り返ると、別にその会社にいる必要性っていうのは全然なくて、
何とでも生き方って変えることができるかなというふうにも私は思ってます。
今振り返るとですね。
だから大きい会社に勤めてたら、その会社という肩書きはなくなるかもしれませんけど、
食べていくには別に何とでも別の会社に移ってもいいし、もしくは自分で事業を始めてもいいしということで、
生き方っていろいろあるし、何とでもそういう気持ちの持ちをやれるのではないかなというふうに、
私は今はすごい感じております。
今回は、ちょっと勤め人の方でお仕事のほうが大変でとか、
一応人間関係とかそういうことでいろいろ悩まれてる方がもしいらしたらということで、
当時の私を振り返ってお話をさせていただきました。
特に私も偉そうに言えるほどの人間でもありませんし、大した経験をしてるわけでもありませんけれども、
一つご参考にいただければと思って一本収録してみました。
今回は以上で終了とさせていただきます。
いつも東方のレイリオをお聞きいただきましてありがとうございます。
それでは失礼します。