00:02
悪い子いねえかぁ。悪い子いねえかぁ。
こんにちは、みなさん。
加賀得意の妖怪魅力掘りこと、ファンタジスタまゆみでございます。
さあ、ちょっとお菓子食べたいから、お菓子食べる。
先ほどね、マダムクミさん妖怪魅力掘りさせていただきました。
あ、間違えた、リンク。ちょっと待って。
これからですね、tetsuroさんっていうね、
Sラボに入ってきてくださって、そして瞑想をされているっていう
tetsuroさんの妖怪魅力掘りを、これからしていきたいと思います。
tetsuroさんとは直接お話しするのは、初めてという感じになりますけれども
聞く瞑想、マインドフルネスラジオ
ミャンマーの森林創意の元創業ってすごくないですか?
そんなtetsuroさんをお呼びしてお話ししていきたいと思うんですけれども
もしかしたら入り方がわからないとこあるかもしれないですね。
こちらからお入りください。
慣れてない人はね、ちょっとわからなかったりすること多いと思いますけれども
ちょっと待ちながらですね。
あ、もういらしたかな。ちょっとだけクッキーを食べさせてください。
ちょっと待ってね。
tetsuroさんの情報をしっかり開いてお話したいなと思うので
その準備をしつつ、いろいろ掘るのが楽しそうなtetsuroさんと
ここからお話ししていきたいと思います。
こんにちは。
こんにちは。
tetsuroさん、初めまして。
こちらこそ初めまして。
悪い子いねえかって妖怪魅力堀に手を挙げてくださいまして
そして4月はテンパりすぎまして
日程を改めさせていただきましてありがとうございました。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
前回ちょっと体調を崩されたりとかしてましたけど大丈夫でしたか?
そうですね。4月はいろんなことがあって
今年も結構大変でした。
大変でしたか。
でもプロフィールを事前に送りいただいてるんですけど
もともといろいろされてた仕事って
本当いろいろなことされてきてますよね?
そうですね。大学で建築を学んで
デザインとかアートとかを結構取り組んでたところから
そういった瞑想とかそっちに行きましたね。
03:03
お仕事を読ませていただくと
もともと不動産の中華営業をされたりとか
企画開発シェアオフィスとかイノベーションとか運営とか
さらにはデザインオフィスの不動産の営業をされたり
どこかでここでビーガンカフェの料理人と接客っていう
この辺で何か大きな
ここにシフトする何かがあったんじゃないですか?
そうですね。結構やっぱりアートとかデザインを行うと
物の見方が変わったりするっていう体験があると思うんですけど
そういうのが積み重なっていって
どっかのタイミングでそれが違う形で現れたっていうところが
ちなみに哲郎さん、私
フードコーディネーターとかの仕事をしてた時もあるんですけど
ビーガン料理家さんの野菜料理家の
障子いじみ先生ってわかります?
いえ、わからない
障子いじみさんっていう結構有名な先生がいらっしゃるんですけど
その方のビーガン料理のアシスタントやってたんですよ
だからビーガンカフェ結構好きだし
行くときはよくいろんなところに行ったりしてたんですよ
そこの私、ビーガンカフェで仕事したのは
その頃瞑想しながら結構放浪していて
そこで何か知り合いがヨガスタジオを開くと
1階にカフェのあるヨガスタジオを開くんだけど
何かのタイミングで手伝うことになったんですよ
そこで行ってみたら料理人がいないと
じゃあ試しに作ってみようって作ったら
じゃあこれでってことになって
料理人になったっていう感じ
もともと料理はお好きだったんですか?
料理は興味ありましたね
いろんなとこ旅していろんなの食べたりするのが好きで
それは興味があって
ぐらいの感じなので
突然始まって
じゃあビーガンの料理とかも特に作ったことがなかったけど
作り始めたって感じだったんですか?
そうですね
インドカレーを作っていて
インドカレーって結構ビーガン
ベジタリアンとか結構簡単といえば簡単なんですよね
それでヨガとかけ合わせて
当然肉とか管理するのも大変じゃないですか
確かに
そういうのもあってビーガンになりました
なるほど逆にね
いろんなのが重なってたまたまじゃないですけど
またまなんだ
あとは私ももともとビーガンだったんです
いつぐらいから?
06:00
20代の後半ぐらい
十数年ぐらい前にビーガンになって
どういうきっかけがあったんですかそれ
もともとは環境問題に関係して
環境問題に対するアクションとして
週末ベジタリアンになるみたいなのがあったんです
そこから始めてなんかビーガン
ベジタリアンしてるうちに
なんかいいのかと思ってどんどんどんどんそこに入っていって
でビーガンに行ったっていう感じです
なんかアスリートの方でもビーガンの方とかいらっしゃるじゃないですか
いるみたいですね
すごいそれでもすごいハードなのとかこなせたりとか
だからなんかその
ビーガンだからどうっていうのも
ただその環境問題から入っていくっていうビーガンだと
海外だと結構そういう方多いですよね
私もビーガン系の人たちとつながったりしてた時期があったから
旅先でドイツに行ったときに
ちょうどビーガンフェスみたいにやってて
そうするとやっぱり環境破壊問題からの
そういう抗議みたいなとかそういうのも張ってて
だいぶハードめでしたけどね海外のは
結構やっぱりこだわって
ちょっと這いた敵というか攻撃的になるみたいな
だからそこのバランスがビーガンって難しいなって
ちょっと思う部分も私あったりして
ただ旅行先とかで胃腸が疲れたりするから
そういう時にビーガンカフェ活用したり
あとは国境関係なくね
ハラルとかいろんな宗教上の問題とかいろんな状況で
いろんな移民の育ちが来てる国とかだと
ビーガンでするのが一番みんなが一緒に食卓を囲めるからって
あるいは自分が育ちのときも
そこで見ると
そういうのがすごく羊のような脈絡があるのかな
そういうのを行ってますね。
ビーガンカフェをする前のきっかけで、旅を結構してたから、いろんな料理にも興味があってて、おっしゃってたけど、どんな旅されてたんですか。旅でもいろいろあると思うんですけど、国もね。
ミャンマーにもいたってことですか?
09:01
そうですね。ベジタリアンを始めて、そういう情報がいろいろ入ってくるっていうか、調べたりすると、
そこに瞑想の話があって、そこでそれがきっかけで瞑想を始めたんですけど、
瞑想をもっと深めていこうと思って、外国の総員に行ったり、瞑想センターを回ったり、聖地を回ったりみたいなことを何年か。
ちなみにどんなとこ回りました?
もちろんインドは行ったし、タイとかミャンマーとかスリランカとか、そういう仏教系の国で回ったりとか、あのあたりは回りましたね。
その中で一番フィットしたのがミャンマーだったんですか?
ミャンマーは、修行環境がすごく整ってたので、ミャンマーは。
ビザの都合とか、やっぱりいろいろ外国行くとあるんですけど、ミャンマーが一番簡単だったというか、適してました。
じゃあ、今も元僧侶ってありますけど僧侶なんですか?
今は僧侶ではないです。
ミャンマーとかタイとかの仏教国って、資格とかそういうのではなく、本当にすべてを捨てて、基本的に所有物をほとんど持たずに出家生活をするんですけど、
そういう状態なので日本ではできないっていう感じですね。
それをやめて日本に戻ってきたっていう。
じゃあ、それを実践を伝えていきたいって思ったって感じですか?
あさや君、こんにちは。
こんにちは。
そうですね。
瞑想だったり、しこやさんが自己探求とか自己対話とか、そういったものを今伝えてるというか、分かち合ってます。
だって瞑想実践1万時間以上って、毎日じゃあ瞑想されてるんですか?
そうですね。今はなんか瞑想するっていう感じもなく、ある意味常に瞑想してる状態でもあるという感じです。
迷って走るじゃない方ですよね。
迷って走ることもあるかもしれない。
瞑想したり、瞑想したりみたいな感じで。
すごい。
なんか、その瞑想していいことっていうか、自分の中で瞑想するようになって良くなった人生において、すごく良かったなって思うとこってどんなとこですか?
そうですね。私、瞑想最初に始めたときに、結構リトリートって言って、瞑想の合宿みたいに参加したの初めてだったんですね。
12:04
戻ったら両親が自分の代わり用にびっくりするくらい変わってたんですけど、
いわゆるこう、自分と、少し抽象的な言い方をすると、自分と世界との関係性がガラッと変わってしまうっていうもの。
いわゆる、世界と自分が繋がるみたいな言い方もできる感じで。
ワンネス的な?
そうですね。ワンネス的なものですね。
なんか、すごく自分のこだわりとか、そういうのが吹き飛んでしまうような感じで。
だから、そのときにビーガンもやめてしまったの。
今はビーガンではない?
今はビーガンではないです。
でも、それわかる気がします。
私も先生についてるときとかは、結構本当にビーガンっぽいことやってたんですけど、
それは前かな?
でもね、全てが自分のもの?
その悪も善も、全て自分の内側で起きてること。
で、私も捉えるようになったんですよね、どっかで。
そうなると、お肉もいただきますみたいな。
私はなったんですけど。
そうですね、まさに。
やっぱり、自分が世界を作ってるっていうか、決めてるのは自分だっていう感覚。
世界が外にあって、その中に自分がポツンといるわけではなくて、
自分の内側に世界ってものがあって、自分の思い次第なのかなっていうところが、すごくはっきりとするっていう。
ほんとそう。
はじめてありますね。
まさに、本当にそう思いますね。
だから、自分と外の断絶がなくなっていくってことですよね。
逆に、例えば外に自分が非難したりしている自分は、また自分の中の何か、そこを非難しているであったりとか。
私もそのアートを描くから、やっぱりそれを表現するときに、
悪も善も全部自分の内側にあるっていうのを、
そしてそれは良い悪いでもないっていうか、
そういう視点で描くようにっていうか、描いてますね。
私も瞑想をしていて、瞑想って全く外に表現するわけじゃないじゃないですか、一人で座っているので。
15:10
私にとっての瞑想っていうのは、すごい想像的なことで、
すごくそこは、自分も表現として瞑想してますってよく言ってましたね。
へー。
瞑想をね、いろんな形の瞑想の方法あると思うんですけど、
私はいろんなとこから瞑想を進められた時期があったんですよ。
何なら最後、うちの父親もNHKで瞑想やってたから撮っといたぞとか言って、瞑想を進められるみたいな。
やけに周りから瞑想を進められるみたいな時期があって、
じゃあちょっと意識してみようかなっていう感じで取り入れましたけど、
完全自己流ですね、私。
いろんなの聞いたり見たりした中で、自分がやりやすく、
要はトランスある、よく言われるトランスっていう状態、
この視点が定まっているのと定まっていないような、
全体の中に自分があるみたいな感じになる感覚になればいいって思ってるから、
何をもって瞑想っていうかっていう感じですけど、
なんちゃって瞑想は私もやってるんで、
ちゃんとやってきた瞑想の方にあれするのはあれですけど、
私は瞑想してトランスっていう状態になっている。
要は自分と外とかスマホとかパソコンとか見えているものとの自分の差異がないような状態、
一体になっているようなそんな感覚になっている時に、
自分のビジョンとか未来の願いとかそういうのを感じたりすると、
すごい叶いやすくなるなって思うんですね。
だから瞑想って私は先ほど哲郎さんがおっしゃったように、
すごい未来創造だと思うんですよね。
って思ってるんですけど、どうですか?
その通りだと思います。
やっぱり瞑想して内側をコントロールできるようになるんですよね。
するとやっぱり外側をコントロールしやすくなる。
やっぱり外側の結果とか他の人とかを変えようとしてもなかなか難しい。
でもやっぱり内側を感じたり、内側を方向づけるって、
なかなかの瞑想的な感覚がないと難しくて、
それを瞑想として取り組んでいくっていうのはすごくあり得ることだと思いますね。
18:10
私もよく瞑想をお伝えする時に、
決まった瞑想法に合わせるってすごく創造的じゃないじゃないですか。
だからそういうことはあまり進めていなくて、
まず好きなようにやってください。
それで何か問題が起こったりうまくいかないんだったら、
何かそういうちょっと技術的なものとか知識を取り入れて、
そこを突破していけばいいのであって、
基本的には自己流で取り組んでいただくのでいいと思ってます。
本当そうですよね。
でもそんなにご自身でも自分が思う短所って言って、
欲望をリセットしすぎるって。
書かれてますけど、
瞑想しすぎると逆に社会と一体かもしれないけど、
欲が薄れたりしません?どうですか?
欲はそうですね、薄れると思う。
欲求を選択できるようになるんですよ。
欲求を選択できる。
持つか持たないかとか、
物に執着しないとか、
起こる起こらないって選択できるんですけど、
なんかそういう修行とかずっとしてると、
リセットする選択をするのが癖になってるというか、
どんどん湧かなくなってくるっていうのも確かに。
でもそうしたらつまらなくないですか?
いや、そんなことないです。
そんなことないですか。
そんなことないですか。
そうですね、むしろどっちでもいいんだと思うんです。
なるほど。
それを楽しんでも、刺激的なもので楽しんでもいいし、
静けさとか安らぎを感じててもいいし、
どっちでもいい感じがしますね。
どっちも楽しいっていうのもいいし。
なんか私ね、
ひめくりカレンダーを今回作ったんですけど、
個展をしたんですけどね。
その中の一番初めに入れてるコメントのメッセージが、
私の好きな言葉なんですけど、
精神的覚悟者であれ、欲深い物質主義者であれ、
っていう言葉が好きなんですよ。
要は、
逆感してしまうと欲っていうのがなくなって、
山に籠る僧侶みたいになることもできるけど、
21:00
せっかくこの地球っていう、
あれに降りてきているから、
じゃあここで具体的な形にして、
自分が思う豊かさとか自分が思う喜びとか、
自分が思う美しさを世の中に出していくっていう、
そういうものを手に入れるでもいいし、
なんかそういうふうに、
ゾルダバブッタでしたっけ?
チベット的な?
チベット的なゾルダバブッタっていうのが、
精神的覚悟者でかつ物質主義者でありなさい、
みたいな、
空海さんぽい話なんですけど、
なんかだから、この言葉が好きなんですよ。
だからなんか、
そういう欲はないんですか?
例えば私、
4月に舞台に行ったんですね。
そこで歌ったり踊ったり、
いろいろ表現するんですけど、
やっぱりそういうのは、
やっていてよって喜びを感じます。
素敵。やっぱりね、表現するというか。
そうですね。
なんか自分なりに、
その舞台ってすごい変わっていて、
リハーサルから公開するんですね。
面白い。
まだできてない、完成しないんです。
当日に本番は半分アドリブみたいな、
半分即興みたいな形で進めてくるので、
その中でやっぱり自分が決められたことを演じるとか、
役割を与えられるとか、
そういうのは全くなくて、
自分なりに行わなきゃいけない。
むしろ決めた通りに行っていると怒られるっていうか、
つまんねえって怒られるみたいな、
そういう場所でやっぱり、
自分としてどういうこの場で表現するんだろうみたいなのに
すごい問われる感じが、
参加したりして。
ある意味緊張感ありますね。
そうですね。
面白い。
それは何人ぐらいが舞台に立つものだったの?
舞台、一応出演者が前後で30人ぐらいいて、
常に30人が舞台にいるわけではないんですけど、
30人いて、それが入れ替わったりしながら進めていくような感じです。
面白い。
ダンスで言うと舞踏っていうダンスがあるんですけど、
舞踏?
舞踏って日本で生まれたダンスなんですけど、
24:02
振り付けがないんですね。
振り付けなしで人前に立って踊るっていうのが舞踏で。
舞踏ってマウニー、普通に漢字で舞踏ですか?
はい、漢字で舞踏。
外国でもローマ字で舞踏って呼ばれてるんですけど、
漢字じゃなくて、舞踏。
漢字でも出てくると思う。
何ですかね。
舞踏って出てきた。
テシガーラ・サブロさんっていう方のダンスは見たことあるんですけど。
大野和夫って人が最初に始めた人で。
はい、書いてありますね。
日本初の身体表現の芸術です。
自分の内側をさらけ出す感じ。
なるほど。
楽しいというか。
形が決まってる。
見たことあるな、この方。
面白い。
なんでこれ興味持ったかっていうと、
ヒーリングの施術してると、
結構体って勝手に動くんですね。
で、舞うみたいな感じになるんです。
クライアントをベッドに寝てもらって、
自分はその周りを舞うみたいな感じなんですね。
そういうのを行ってる時に、なんだろうなと思って調べてたら、
舞踏みたいなのを見つけて、
同じことしてると思って。
ヒーリング施術とかじゃなく、
舞とか舞踏とかっていう形で、
表現させることを最近は楽しんでます。
すごい。
金ピカで踊ってるやつ、どっかで見たことあるんですよ。
白翔族の人とか有名ですよね。
ね、有名です。見たことありますよ。
すごいね。ある意味すごいインパクトがある。
その伝え方を始めたきっかけとか、なんかあるんですか?
どんな思い出があるんですか?
そうですね。瞑想のことを伝える時に、
音声講座を作ったんですね。
それは公式LINEから配布するよって。
それがすごく良くて、
やっぱりなんか声で伝え、音とかで伝える方が、
なんか瞑想にすごく相性が良いし、
そこをずっと思っていて。
で、そうですね。
インスタじゃなくて、スタイフっていうものを知って、
27:03
ぴったりだなと思って。
哲郎さんの瞑想はどんな方にお勧めとかあります?
そうですね。
私自身が瞑想をしていくときに、
物の見方を変えるとか、
自分っていう枠組みを見直したり、
それを手放したりみたいなことを、
ずっと行ってきたことがあって、
そういうことについて何か取り組む時期が来たとか、
そういうのの心が聞かれるとか、
そういう人に来てもらえるといいなと。
なるほどね。
本当に正直、瞑想って形はね、
哲郎さんおっしゃる通り、
型にはまらずに、瞑想は自分らしさのやり方でいいから、
取り入れるのをすごい私もお勧めしたいんですよね。
結局、わちゃわちゃした心のまま考えても、
わちゃわちゃした答えしか出ないじゃないですか。
一旦心を整えて、静かに、冷静に物事を、
ジャッジせずに淡々と見れるような感覚になった時に、
それこそふっと、私本当はこう思ってたんだとか、
感じれたりとか、こうしたいと思っているって気持ちが出てきたり、
はたまたすごくこだわってたって思ってたものが、
執着が取れてサラッとするというか、
そういう時間を1日に1回でも作ることで、
自分が常にフラットに戻れる場所があるってあるだけで、
それが自分にとっての安心感になりますよね。
そうですね。それはすごくあると思う。
私もそういうちいちゃんのきっかけがたくさんあった上で、
今の活動になっているから、
その中でも、私もストレッチ瞑想っていうのをやってるんですけど、
これも自分が一番瞑想しやすい方法を自分の中で見つけて、
それをみんなでシェアして、たまに1月に1回か2回とか、
ストレッチ瞑想とかに行ったりするんですけどね。
だから、まずよくわかんないとかできないっていう人は、
哲郎さんのやつを聞いたら、瞑想がわかりやすく取り入れられたりとかしますかね。
そうですね。
私も一番最初に瞑想について話をするときには、
いかにその瞑想に対して持っている固定観念とか、
30:05
追い込みをまずは外していかないと、取り組みが進まない。
そうですよね。瞑想って苦手なんですよとか、
瞑想をやったけどうまくできなくてっていうのを諦めちゃってる人が多いですもんね。
そうですね。そういうのはやっぱり思い込みとかによるものなんですね。
さやぽんさんも、瞑想半年ほどしました。そこから続かなかったって。
半年続けたって。
すごいですよね。
だから、それこそボックス呼吸でもいいし、
私もヨガの先生と動画を撮ったことがあるんだけど、
それこそ数を数える瞑想とかね。
すごい遠くの音を拾って、ちょっとずつ近い音に耳を澄まして、
聴く耳音をだんだん近い音にしていくっていう瞑想とか、
いろいろあるみたいだから、一番楽で簡単な方法とか、
こうやると心を整える。
そういう意味で、たとえば哲郎さんのところで、
いろんな気軽とか入り方の違う瞑想とかも教えてくれたりするんですか?
そうですね。その人にあったもので、伝えてるっていうのがメインなんです。
瞑想ってたくさんあるようで、
実際行ってることって基本的なところは共通してるんですね。
たとえば、炎に注意を向けるっていうこと。
たとえば音を聴くときに、あの音こういう音だなとか、
そこでああいう音鳴ってるなとかって、
意識がその音に向かってると思うんですね。
その向かってるっていうことと、今度は受け取ることっていうのがあって、
内側で音を聴くみたいな感覚なんですけど、
そのときには外でどんな音かは知らないけれど、
なんか音が聞こえてるなと。
その音によってなんか心地よさを感じてたり、
なんか深い深さを感じてたりみたいなことを受け取る方法ですね。
だいたいその2つをどういうふうにバランスさせるのかっていうことで、
いろんな瞑想法が成り立つ。
へえ、面白い。
だって私、哲郎さんとこうやって喋ってると、
たぶん哲郎さんの脳波みたいな、
なんかそういうのがこっちに来て、
瞑想気分になってます、もうすぐ。
そういうのありますよね。
同調してね。
共鳴したり。
あとそういうふうにその瞑想、
この心地よい感覚がそうかっていうスイッチが、
一回わかるとそこに戻りやすくなるとかもありません?
そうですね、それもあると思う。
私ね、昔京都のすっごい多くの促進仏さんがいる、
33:01
本当にそんなに網だら寺だったけど、
なんかすごくにあるお寺さんがあって、
そこにある方に連れてってもらって、
そこでの縁側でちょっとだけここで瞑想しようかって言われて、
本当に物の短い時間だったと思うんですよ、5分とか。
そこで瞑想らしきものをして、
目を開けた瞬間に見えてくる木々の美しい、
ちょうどこんな季節でした、ゴールデンウィークの時期だったんだけど、
新緑の若いグリーンとか山々にすごい緑があって、
そこにサワサワって風が揺れていて、
それがランダムに、ランダムだけど一体感を持ってそこで揺れてたんですよね。
いわゆる多分F分の1の揺らぎみたいな感覚。
そこで、ああって細かい揺れみたいなのと、
自分がすごい高揚した感覚にそこでなったんですよ。
それ以来、植物たちとかが葉っぱがフワフワフワって揺れてるのを見てると、
その時に感じた一体感とかを思い出すから、
結構早くスイッチに入れたりするようになったんですよね。
だから、哲郎さんも以前リトリートとかで結構瞑想されてたっておっしゃってたから、
一人一人でやる瞑想もそうですけど、
そういう場でちゃんと感じてみるっていうのも一つのアプローチとしてはいいですよね。
そうですね。
やっぱり私の瞑想をどういうふうに取り組んでもらいたいかっていうので、
こういった思考とか物の見方を変えるっていう形で取り組んでもらいたいと思ってるんですけど、
僕たちってどうしても思考で物を捉える。
これはこういう物だとか、こうなってるはずだとか、
これに違いないとか、
そういうの外して感じ取ることって結構普段はなかなかない。
それを瞑想とかして思考沈めて、
瞑想が終わって目を開けた瞬間って、
ある意味世界が自分に飛び込んでくるわけですね。
何かを見ようとして見るわけです。
その時の瞬間って、
私が瞑想を最初の頃にしてた時は、
まるで初めて目が見えた時のような感じで思ってました。
なんかキラキラしてるんですよね。
そういうのはぜひ味わってもらいたい。
確かに初めていろいろな物を見たぐらい、
物がクリアに見えてキラキラ感じる感じですよね。
36:05
私実はそれ瞑想じゃなくて、絵を初めて勉強した時にそれを体験して、
絵?
絵です、デッサンを。
デッサンって見たまま描くじゃないですか。
分かる分かる。私もデッサンの時に思ったそれ。
初めて描いた時に、
頭の中でこうなってるはずだと思って絵を描いたら、
全然上手く描けなかった。
それが突破できた時に、
絵って形を描くんじゃなくて光を描くんだみたいなところに。
私もデッサンを学びに行った時に、
こうなってるだろうっていう、
自分の頭の中のイメージで描くとちゃんと描けないんですよね。
本当にただ目の前のものを見るっていう力がないと、
その通りに描けないんですよね。
だから自分の思い込みとかが結構デッサンって出ますよね。
出ますね。やっぱり表現するってやっぱり出ちゃいますよね。
出ちゃいますよね。
あれ私も思ったデッサンを学びに行った時に。
初めて私瞑想した時に、そのデッサンのことを思い出して、
あの時のこれがあって。
必ずしも瞑想じゃなくてもそれはこのようなんで。
確かに。ただ見るって、
案外ただ見てると思いきや見てないっていう事実があるんですよね、そこにね。
それに気づけるのはやっぱり瞑想もその一つなんですけど、
なかなか自分一人で瞑想してるとそこまで気づくって結構深い体験しないと難しい。
瞑想について話してると確かに似てないですね。
いやそうですね。面白い。
だからいかに思い込みで見てることに気づいたりとか、
あとはこう思ってる子に違いないと思う。
私よく思うんだけど、疑い力ってすごく大事かなと思っていて、
自分はこう思うとかこうに違いないって思ったとて、
本当にそうなんだろうかっていう質問を一回自分自身に投げかけてみるっていうのはすごい大事かなと思うんですよね。
そうですね。
疑う。
よく生きづらさを感じるっていう話ってあると思うんですけど、
生きづらさって結局そうじゃなきゃいけないと思っているから、
他に選択肢が見えなくなっているみたいな状態だと思う。
そうですね。
それこそまたに否定力がないというか。
確かに生きづらいって思ってる人は、選択肢が少ない状態の中で生きようとしてるから生きづらいんですよね。
39:01
本当そうですね。
私も絵を勉強したときに、その前に生きづらさを感じてたんだと思うんです。
なるほど。
絵を勉強してそこに気づいたときに、そういうのがパリーンと砕けた感じがあって。
分かる分かる。私も本当にデッサンをやったとき思ったもん。
私の場合はそれで大学休学してヨーロッパに旅に出るってことでした。
そうなんですか。そこで?
ヨーロッパどのくらい?
ヨーロッパ4ヶ月くらい旅してましたね。
どこ行かれたんですか?
全体的にバックパッカーで。
それはやっぱりそんな選択肢を持ってなかったんです。
学校の中、地域の中、社会の中でどうにかしないといけないと思った。
そういう枠組み外れたら、とりあえず世界行こうと思って見に行っちゃった。
私も一番初めに行った国スペインなんですけど、
なるべく最初から遠くて行きづらいところに行ったほうが、
背面崩れるんじゃないかと思ってスペイン選びましたよね。
そっか。建築をされてたんですもんね。
面白い。
やっぱりデザインとか建築とか、アートとかの物の見方って、
何にでも役に立ちますよね。
そうですね、ほんと。
すごく勉強して良かったなと思って。
そうですよね。
迷走でも、今まで経験してきた哲郎さんがやってきたことと、
さらに、まだ価格反応が起きそうな感じがしますね。
結局、物の、要は先ほども哲郎さんおっしゃってたように、
物の枠組みを変えるきっかけが迷走の一つ。
だとしたら、迷走という形じゃない今までの哲郎さんの経験値から、
何かする概念を外すものっていうのが、まだ出てきそうな気がする。
私は、迷走って何で迷走なのかって、
迷走の方がまだ分かりやすいと思ってる。
なるほど。
本当は、自己探求とか、自分を知るっていうところを直接取り組める状態を目指して。
なるほど。
それはやっぱり可能なんですね、迷走の先にあるっていうか。
そうですね。
その辺はでも、なかなか一対一で話をするときにはそういう話をするんですけど、
なかなか表にはあんまりそういう話をしても、
42:03
なかなか響かないなっていうのを感じて、迷走の話をしてるっていうのはありますね。
なるほど。でも、そんないいけど、
迷走で伝えているその内容を、
今までの建築とか、デザインとか海外の経験とかから培った何かで、
違う形でも哲郎さん表現できそうな気がする。
そうすると、でもそれって例えば、
私はね、そのアート、芸術家って概念の革命家だって思ってるんですね。
やっぱりいろんなアーティストっていうのはね、過去の芸術家が、
こんなことあり得ないだろうっていうのを覆しながら、
どんどん海外の世界を生み出していってるじゃないですか。
アートもそうだけど、建築もそうだと思うんですよね。
私はガウディとかが好きだから、やっぱりすごくスペインに行ったときに、
1900年代の建築物の豊かさとか、生命みたいな迫力と、
生き物みたいな形とか、すごく創造性にあふれていて、
今は効率的にできるように四角く、無駄なく、みたいな建築物とかが増えているけど、
空間っていう形でも、概念を覆すような場ってできるような気がするんですよね。
なんか、体感型枠組み外しみたいなやつやってほしいな。
僕、最近それで取り組んでるのは、舞台で。
舞台する前は、触れるってことだったんです。
あー、なるほど。
別に言葉じゃなく、触れて伝えればいいかと思って。
なるほどね。
伝わる?
伝わる、確かに。
そういう体験は確かにあるんですけど、やっぱり一対一じゃなくて、それを広げるとしたら、やっぱり舞台。
なるほど。確かにね、私もね、結局ね、世の中ね、
AIとかどんどんいろんなことが発達していったら、
じゃあ、日本人間が何できるって言ったら、歌と踊りだと思ってて、
最終的に人は歌と踊りに行くんじゃないかって、結構昔から思ってるんですよ。
だから、ある意味その踊りっていう形で空間を打ってるのかなって。
昔、私の大学の時に、テシガーラ・サブローさんっていう、
45:01
コンテンポラリーの方がいて、何回か、私が好きな教授が好きだったから何回か見に行ったんですよね。
そうすると、その人のダンスを見た後に、外に出ると自分の身体が変わってる感じがしたんですよ。
動きとか歩き方とかまで。
ヤクザ映画見て肩切って出ちゃうみたいな感じで、
そのテシガーラ・サブローさんのダンスを見た後に外に出ると、
すごいかっこよく歩き出すみたいな。
スッと足を出しながら、滑らかに。
その身体を見てるだけでも、こっちにも影響されたりするじゃないですか。
ありますね。
なるほど。
今聞く瞑想ですけど、踊る瞑想になりますね、そのうち。
かもしれない。
私も自分のマインドのコンサルとか色々やってるんだけど、
あらゆる意味で聞く瞑想、書く瞑想、動く瞑想、踊る瞑想、食べる瞑想とかさ、
全てにおいて、やっぱりその瞑想だと思うんですよね。
だから、そういう全ての方面、瞑想にしていきましょう。
踊る瞑想だってやりたいでしょ。
踊る瞑想しよう。
私は最近ライブとかに、ライブハウスに行ったりするんですけど、
そういう時に踊ってるのって、瞑想状態になるためにやってるところあって、
同じ動きとかをしてると、人ってトランスに入りやすくなるじゃないですか。
アフリカのダンスとかも、アフリカのダンスだったら縦に常に飛び続けたりするっていうのは、
ある意味、瞑想の状態になるんだと思うんですよね。
だから、踊る瞑想しよう、さやぽんも。
だから、哲郎さんも色んな角度の瞑想をやってください。
参加するって、さやぽんも。
それは色んなことを取り組んでますね。
私、食べる瞑想とも言ったんですけど、私がビーガン系の先生についている時に、
インドとか、インドのお寺とかでも料理作っていた、
その方はね、クリッシュナとかそういう宗教系の方ではあったんですけど、
インドの神様で、食べる瞑想っていうので、
味見は一切しない、結果はもかせプロセス重視っていう料理の仕方をするんだけど、
切るのとかも、鮮やかな色とか形とか、そういうのを楽しみながら料理して、
神様に捧げた後にご飯をいただくっていう食べ方をする、食べる瞑想っていうのをやっている方がいて、
48:01
その人のご飯がめちゃくちゃ美味しかったんですよ。
プロセスを楽しみながら作って、味見しない、神様に捧げてから食べるっていう。
食べる瞑想って本当にあると思ってて、
みんなこれだけ法食の時代だから色んなものを食べているのに、
何回か私企画でその人のご飯を食べるのをやった時に、
3日間皆さんご飯食べてなかったんですか?ってぐらい夢中になって食事を食べるんですよ。
そのぐらい魂が満ちるご飯だったのかなってあれは思うんですけど、
あらゆる角度で瞑想ってあると思うから、
ぜひそれを色んな形で今後表していってほしいですね。
そうですね。
踊る瞑想もしましょう。
まさに舞踏っていうのは踊る瞑想。
なるほどね。
よく舞踏で面白いなっていうのが、
その場で車で回ってくださいって指示されるんですよ。
そのまま自分が回るんじゃなくて、世界を回してくださいって言われるんです。
それって自分の意識じゃないですか。
でも外から見て分かるんです。
指導してる人、この人はできてる、この人はできてないっていうのが分かる。
自分が回るんじゃなくて世界を回す?面白い。
そこでさらに面白かったのは、
私そういう場があって取り組んでた時にちょっと前に来てって言われて、
くるくる回ったんですね。
指導者っていうか監督が、
この人は動きはど素人だけどちゃんと世界を回せてると。
それができるのか分からないって言っていて、
それはやっぱり私は瞑想でそれができるので、
下手くそな回り方でもちゃんと世界を回せるらしいんです。
すごい。だからやっぱり本当に内側ですね。
だから多分ダンスする人は、
ダンスを通してやっぱり内側を色々と扱ってるんですよね。
その意味でもやっぱりそれは瞑想になってるんだなっていう。
なるほど。面白い。
だから本当に瞑想の感覚が分かると色んなことに活用できますよね。
そうですね。それはすごく。
本当そう思います。内側を整えて内側の世界をちゃんと
コネクトしてると外側もそのようになるというか。
私、朝ね、いつも散歩に行くんですけど、
行った時に体全身を空に向けて大きく大の字に伸びをするんですけど、
でもこの時の私の意識は伸びてるんじゃなくて、
見た目から伸びてる人なんですけど、空抱きしめてるんですよ。
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逆の意志。
こちら側が空を抱きしめるっていう感覚でやってるんですけど。
でもこれね、実践してくれた人がいてめちゃくちゃいいって言ってくれて、
今これみんなに広め中です。
はい。
そんな感じでね、ちょっと哲郎さんには色々瞑想の、瞑想とはというね、
慣れない人もやったことない人もぜひね、瞑想っていうのをまず、
哲郎さんのとこでちょっと習ったりして、
もっと気軽に感じてもらえたりできるといいですよね。
そうですね。
まずは誰でも近い時間にしてみるってことにできるし、
人それぞれ色んなことを感じてみる。
それはすごく面白いですね。
そんな時間を作ると自分とつながりやすくなるし、
物の見え方が変わってきたりとか、こだわってたことが取れたりとか、
もしかしたらこうできるかもしれないって自由度が広がったりとかね。
そんなきっかけで、哲郎さんの音声聞いてみたりとか、瞑想に体験。
無料で瞑想音声講座っていうのを全3回合計60分のことなど、
これ概要欄リンクに貼ってきますので、ぜひ皆さん興味のある方は、
哲郎さんの聞く瞑想マインドフルネスを聞いてみてはいかがでしょうかということで、
今日はありがとうございました。
ちなみに、なんで私の妖怪魅力掘りをしてくれたんですか?
私、その舞台とか、
私今月自分で主催で瞑想リトリートを開くんですけど、
それを祭りだと思ってるんですよ。
うん、素敵。
瞑想って静かだけど、やっぱり内側で起こることは祭りだと思うので、
やっぱりまゆみさんを見かけたときに祭りっぽさがすごく惹かれて、
なんか参加したいと思ったっていうのがあります。
嬉しい。おかげさまで毎日祭りですよ。
いいですね。
いいですね。じゃあちょっとこれからも祭っていきましょう。
間を吊るすんだけどね。
内から外から祭りを起こしていきましょう。
素敵な言葉をいただきました。
ということでね、今日は妖怪魅力堀で鉄朗さんに来ていただきました。
是非ね、瞑想をちょっとやってみたいなっていう方は、
今ね、これをもし配信聞いてくれたと多分さ、
さやぽんとかもいい気分になりませんでした?
この鉄朗さんの声のバイブレーションとか。
なったでしょ?そう。
だから、自分一人だと瞑想の感覚になれないなっていう方は、
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瞑想してるみたいで私も喋りながらだんだん内側に入っていくっていうか、
過去の気持ちよかった瞑想のこととか思い出したりとかしてるから、
多分、もうなんか出てるんですよね。
鉄朗さんからのノウハウが出てる感じがするんで、
是非ね、瞑想苦手っていう方はまずね、鉄朗さんのやつを聞いてみて、
きっかけずくを見せてみてみてはどうかなと思います。
ということで、今日はありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
はい、じゃあまた祭っていきましょう。
Sラボの中でも是非ね、うるさすぎると思うんですけれども、
諦めずですね、絡んでいっていただけたらと思います。
あ、しかもね、ほら、ちょっと最近3月だったっけな、
3月21日とかに、
踊るお経フェスとかにやったりしてたんですよね。
私じゃなくて、別の方が主催集まってやってましたけど、
そういう祭り的なこととかも今後企画してくると思いますので、
是非遊んでいきましょう。
ということで、今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
はい、じゃあまた素敵な午後をお過ごしください。
さようなら。
はい、さよならありがとうございました。失礼します。