1. オッタントットの参考書
  2. #7 店主の履歴書
2023-03-31 21:29

#7 店主の履歴書

3月忙しかったのでネタ切れ…。昔の話しで逃げたいと思います!
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お疲れ様です。 オッタントットの参考書というタイトルでやらせてもらっておりますが、今日はですね思い出話と言いますか
どちらかというと店主の履歴書のような感じになるのかなと思っております。 なんでこんな感じになっているかというとですね、今日はね3月31日営業終了後なんですけども
3月が終わりました。 いろんなタイミングが重なってと言いますか
これまでにないような売り上げを上げておりまして、忙しい1ヶ月でひどく疲れているというところですね。
花粉症とかもありますしね。 仕込みとか営業の忙しさに追われてですね
インプットが全くないんですよね。 なんかこれ気づいた、これ話したいなとか
こういうこと話したら面白いかもなとか、そういうのがね全くないんですね。 なのでちょっとね過去の話に逃げようかなというところで
僕の経歴というか、どういうお店でどういうことをやってきたのかというのをねちょっと 残しておくのもいいのかなと思って
今日お話しさせてもらおうかなと思っております。
まずはですね、僕はこの笹栗町で小中高をやってきましてですね
大学に進学するわけですね。 大学に行きながらですねアルバイトを始めます。
笹栗から城南区まで通っておりましたので、その間にあるですね吉塚駅の目の前ですね。
今ちょっと移転しましたが焼肉受注亭というね焼肉屋さんでアルバイトを始めました。
このお店がちょうど僕が働かせてもらうタイミングがですね
近くではあるんですけどもそこからの移転というところでちょっと規模を大きくするという感じですね
オープニングスタッフみたいなノリだったんですね。 こちら家族経営でされてありましてお母さんが社長であると
長男さんが一応ホールの責任者みたいな感じでね接客を統括すると。
次男さんがですね某有名焼肉店で何年か仕事されてこられて
厨房の方を切り盛りすると。そういう形でやっていると。 僕はアルバイトで入ったんですね大学1年生
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ここでですね僕は接客の仕事をしてたんですけどもこの時に料理してないんですよ。
この時はねめっちゃ怒られましたね。 もちろんね社会のことなんかも何にも知らない
大学1年生で入っているわけですからめっちゃ怒られました。特にねあの長男さんねホール統括してある長男さんにめっちゃ怒られましたよね。
あとはですねもう社長もそうなんですけども本当いろんなところにねご飯食べに連れて行ってもらったり
飲みに連れて行ってもらったりとかして すごくなんか
そういう意味ではね本当社会勉強はすごくさせられたと思います。 特にね食べ物に関してはそうですよね
だいたいいくらぐらい出したらこんぐらいの料理が食べれるんだなみたいなのはなんとなく理解していました その時点で
これはね同級生とかを見てても その時点ではちょっとで突き抜けてたんじゃないかなと思います
本当にいろんなの食べさせてもらって
ありがたいですよね そんな感じで家族感がすごくあってですね
みんなで積み立てして旅行に行ったりとかねそういうこともしてたので 本当に良かったです
大学4年間ずっと続けてですねアルバイトでその後そのまま社員としてね 宿っていただいて2年間ぐらいはやっておりました
2年間続けたわけなんですがやっぱり接客の仕事だったんですね なんとなくですね
将来自分の店ってやっぱり持ちたいなと思ったんですね
将来店持ちたいんだけどもその時何の料理出すんだろうって僕は思ったんです だって料理できないからですね
でそこで 料理しないといけないと自分でやらないといけないって
思っちゃったんですよね だって誰かね料理人を雇うとしたってそんなにこう完全にいろいろ任せれるような料理人って
そんな簡単に見つかるんだっけっていうのも疑問だったので自分でやるしかねえな というところだったんですね
そういうことを考えている時にですねまぁその当時お客さんとして行っていた
マンマミーヤというお店があるんですけどもこちらのオーナーさんからですね 命令をいただきまして
うち一人料理に辞めるんだけど誰か料理人知らないって 言われたんですよ
これはと思ってですねや僕ちょっと経験はないんですけども行っていいですかと そういう感じで転職が決まったんですね
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でもこの受注体の音皆さんにはちょっと迷惑をかけるような形にはなりましたけども ここがまさに人生の転機である
思っていますここでね料理の道に進みましたので ここで出会ったのがですねこのマンマミーヤですね桃池浜っていうところにありますが
あのねヤフー今あれかペイペイドームか ソフトバンクフォークスの本拠地であるペイペイドームのすぐ近く
の桃池浜というところがあるんですけどもここのほんとビーチの中にある イタリアのお店ですね
ここで出会ったねオーナー塩さん この塩さん当時ね30そこそこの年だったと思うんですよね
なんかね料理の腕もすごくいいんですけどもなんかチャレンジングな人というかですね 何だろうまあ独特の経営センスをしているというか本当にこう
お客さんに喜んでもらうためにどうしたらいいのかっていうのをすごく考える人だったん じゃないかなと思います
でなんかね音楽もねレゲエが好きだったっていうのがあってレゲエのイベントとかも よくやってましたよね
でもやっぱロケーションは最高なので 店内があってですねでテラス席っていうのがあるんですよねテラス席に出るともうすぐそこ
ビーチみたいな感じでビーチ降りれるんですよ こんな場所はなかなかないなということで
イベントとかもよくやってましたねすごかった まあここ
そうですねここまででもねいろいろ人がいるな ってね先輩が何人かいたんですけども
けんさんという人がいたんですね はいけんさんって言うのこのオーダーしおさんとですね古い付き合いでして
まあ年も近くてですね この方はね笑いにうるさい人でしたね
いつもまあ面白いこと言ってたんですけどもちゃんと突っ込まないとね怒られるみたいな ところがあって僕は突っ込み得意だったのでなぜか
よく突っ込んでてですね 重宝されておりました
このけんさんはですねムードメーカーでですね 誰とも気兼ねなく付き合いができる人だったんですごくね
知ってる人が多い知人が多いというか友達の多い人でしたね なんかもう歴代スタッフとかもみんな知ってるんじゃないかっていうぐらい
辞める 辞めた後もですねずっと通ってたみたいで
まあこの人は僕はすごく刺激を受けた人ですねこんなに夢を語る人って今までいなかった なって思っています
料理人としてそうですね将来店持つんやみたいなのをガンガン言ってては 暑いなぁと思ってん
これはなんかね僕は刺激になりましたね
あとねもう一人ね先輩がちょっとね遅れて入ってきたような感じなんですけどもまあ もっともともと
働かれていてで1回別の店に行っててまた戻ってきたっていう感じの方 が久保さんですね
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高3っていうのはね明るくってですねお調子者なんですよね 先輩なんですけど言っちゃうと
年いくつかな1個上2個上1個上が近いんですよね 久保さんにはですねなんかあんま怒られたりした経験はないですねもう優しかったですね
なんか面倒見が良くてですねよく相談に乗ってもらってました 僕もなんかちょっとメンタル的にきつい時とかあったのでそういう時もですね話し聞いて
くれて あと独立前もですね結構話聞きに行ったと思いますよ記憶してます
でこの方ですねまあ夢も語ってましたけどね その中でもやっぱ商売系があってですね
まあ今焼き鳥屋さんされてあるんですけども西陣で&という焼き鳥屋されています でこの方もですねもう焼き鳥がやっぱり儲かるんだ
当時僕はねカフェやりたいなぁとか言ったらカフェとか儲からんやろうって焼き鳥が 儲かるねーって言って言ってあったんですよね
でなんかねあそっちも大事だよなって思うからか儲からないかっていうかそういう 考え方もすごい大事だなということに気づかされました
もうだからこの今ね3人まんまみやで先輩あげましたけどこの方たちはもうみんなそれぞれ 店をしているという形ですね
ちょっと先輩3人程度あれかなこれがあるかな まあ最初に言ったオーナーの仕様さんはいこちらは大分県別布市で日向キッチンという
お店をまたにね今されてあるんですけども 今移転するのがな移転するので工事中みたいになっているのかなぁという感じですね
あと県産県産もですね何かの縁なのか大分県別布市同じ別布市ですね こちらでサニーという音カフェをされておりますハンバーグが超絶人気でございますはい
とまあ最後に言いました久保さんも 福岡市の西陣で焼き鳥&というお店されてありますねはい
お店の紹介をしました その後ですねマンマミアまあ1年で僕は辞めるわけですがその後にね
まあほど近い西陣ね久保さんが出している&の近く西陣というエリアで岩砂本舗 という居酒屋に入りますはい
でこの岩砂本舗ではですねまぁ店長の今さんね 今さんという方に料理を1から仕込んでもらうという感じですね
当時ね1年間マンマミアで料理したと言いましてもまあピザと デザートを担当してたという感じであんまり頃料理の幅広く
っていう知識はなかったんですねそこで何かね 本当に料理家から教えてもらってまあ最終的にはね魚刺身とか
そういうこともさせてもらいました だから料理に関しては一番勉強になったのはここかもしれないですね
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本当この頃味噌汁の作り方とかも知らなかったんですね なんかいろいろ調味を入れなきゃいけないのかなとか思ってたんですけども
味噌汁実はねもう出汁と味噌だけで成立すると そういうことも覚えたそういうとですね
ただオーナーがね由美さんっていう女性の方なんですけども まあほんとほぼお母さんですね日々山はもうすごくね
人情味のある方でいろいろこう酒飲んで酔っ払って言い合いとかもした記憶もあります けどねそれでも今でもやっぱ
時々会いたいなと思うお母さんみたいな存在ですね
ここでね結構料理を教えてもらった後にですねまあ辞めることにはなるんですがその後に クッチーナクラウというね
これが福岡市東区の下晴れというとこにありましたもともとはね今泉っていうところ にあったんですけども
まあ移転してきて えー
やるよっていうところにタイミングよく僕がね探してたのでやっぱ結局ちょっとイタリア 戻りたいぞと思ったんですよね
でなのでネットで何かたまたま探して行き着いたという感じですかねそう どうとあれですよ当時だから僕が
多分初めてスマホを手にしたんですよね ソニーのエクスペリアだったと思いますが
当時まだ珍しかったスマホを手にして そのスマホでネットでいろいろ検索して見つけたんですよね
でこのクッチーナクラウなんですけどもねオーナー がまあね
なんだろう 結構大手企業の音飲食系の大手企業出身の方で
まあやっぱなんか料理もねもちろんすごく勉強にはなりましたがその経営館というか ですね
なんかその 今までに経験したことがないようなその感覚を持った方でしたね
なんかそうですね考える 力があるというか何だろうなぁ
なんとも言いがたいけどなんかこの人すごいなっていうのを持った記憶があります はい
なんかねでもそれは合わなかったですね 向こうもそう思ってたと思いますけど
ただすごくね料理に関しては勉強になりましたし 今僕がやっているその洋食系イタリアンとかフレンチとかの
料理の礎になったのはやっぱここの料理じゃないかなとは思っています まあまるっきり真似したりとかはないんですけどね
まあベースにはなってますよねやっぱねー ここでね数年行った後ですね一旦飲食業を離れるんですね
まあ僕も個人的なところで言うと子供二人目が生まれるか生まれないかぐらいのタイミング だったかな
ちょうど生まれるぐらいのタイミングですかねでもやっぱ給料が安いと飲食業がどうしても そういうことでちょっと厳しくなってくるなということで1回離れることになるんですね
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離れて何したかというとねトラックに乗ってたんですね ランと
宅急便を運んでいました でもねここで2年間ドライバーやってましたけどもなんかやっぱり得るものはいっぱいありましたよね
なんか生産性で管理するシステムとかね
あとは何だろうな福利厚生がすごい充実してるのはまあ一部上場のキリが企業なんでですね 公園の充実感すごかったですね
でもなんかねやっぱ働いている人たちからすると結構ね 文文は文句というか愚痴は出てましたよね
結構ね後々問題にはなったんですがただ働きしている時間があるとか まあそういうことで結構ね問題にはなっていました
けども僕からするとねもう飲食業を続けてきた僕からすると すごく待遇がいいんですよ
経量もいいし休みももらえるし福利構成ばっちりだし いや1日ちょっとまあね1時間とかそのくらいただ働きの時間があるからってそれ何なの
っていうか 僕は思ってました正直
やっぱねなんか守ってもらおう会社だから守ってもらおうとするとか なんか楽してね稼い稼ごうみたいな感じの人が多かった印象ですがこれは
わかんないですよ会社全体で見るとそんな人ばっかじゃないと思いますし まあ研修とかでね
まあ他の営業所の方たちと会うと意識の高い方とかもいましたしそういう方と話し するの面白かったです
まあただやっぱ中にはね まあ自分は会社に属してるんだから守ってもらわないといけないとか
なんかもっと楽して給料高いとこに行きたいなっていう感じで安易に転職をトントン していく人とかやっぱりましたね
まあいいですけどね考え方はいろいろでしょ その後にですね
まあ再び飲食に戻るわけですがここでねそのまんまみーやっていうお店 も持ち浜の
ここで働いていた方先輩ですね で時期がね被っていないのでそれほどこう
すごくよく知っていったというわけではないんですがまぁちょっと面識があるぐらい の先輩にお話をいただきまして
規模をね拡大するからということ で誘っていただいたのが今新井塚にありますててというお店ですね
こちらがねちゃんと会社になっていた法人化していたので 福利構成もちゃんとしていましたし
給料もねそれほどこうなんだろ全職 トラックドレバーやってた時とまあ変わらない
ちょっとはねまあ下がるわけですけど同じぐらいというのを提示していただいたので まあそこに行くことになりましたいい図鑑にねしばらく通っていました
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でここでですここはねあのオーナーが2人いるというか共同経営みたいな感じですね 同級生2人なんですけども
1人はね黒木さんという方でこちらをねー すごいホールのなんだもの達人みたいな人ですね
うーんなんだろ接客に関してはほんとスペシャリストでしたね 今でもねやっぱすごいなと思います
あとねそれに対してそのキッチンを任されていたのが江藤さんという方でこちらの方が そのまま宮で働いていた方ですね
8こちらがねほんとね達趣味な方と言いますかね 何だろうな
まあご飯をねいろんなところ食べ行きますし なんなら連休とかあるとすぐ旅行とか言ってまぁ国内海外問わず
a はどこにでも行くような形でですね インプット量がすごい多いいい方でしたよね
なんかね本とかもすごく読んでいっていろんな 僕もね借りて読んだことあります村上春樹の
石段長殺しですねこれとか数が面白かったまあ他にもいろいろ借りたやつあります 僕ね借りパックされた本とかありますけどね
まあそこはもういいです事項でしょ そんな感じでですねまぁ割とでも何の経営に近いところで仕事させてもらったかなと思って
いますなんか僕はその自分の意見があると何でもね 気兼ねなく言わせてもらったのでまあその分
なんかね可愛くなかった社員だったかもしれないですね でもそんなこんなで独立を果たしましたという感じですねはい
ちょっと長々と思い出話みたいになりましたが まあこうやっていろんな音オーナーさんとか先輩方に出会いがあって
マジ今の自分が形成されたんだなぁとは思いますけども まあこの他にもですねその当時いたアルバイトの子たちとか
なんかそういった子たちにもですねちゃんとこう刺激はもらってたなって今すごく 覚えるんですよね
なんだろすごくね多様性がある お店とかもありましたからね
ママミアなんかもねハーフの子も何人かいたしですねそもそもフィリピン人の子がいる とか
留学海外留学してた子がいたとか まあいろいろ本当なんかねこかったんですよねキャラが
まだなのってですかねなんか僕も結構受け入れ力みたいなのすごくある方だなぁと 思っていて
なんかいろんな人の意見を受け入れながらですね今やってきているという感じになっています かね
はいえーということでまあ簡単ではありますが僕のね 経歴みたいなお話をさせていただきましたちょっと長くなりましてすみません
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ちょっとネタがなかったということでこういう形になりましたがまぁ音声ブログ ということでですね
ご一緒いただければと思いますはいまたね何かネタがありましたら こちらで共有したいと思っておりますぜひ
聞いていただければ嬉しいですはい ということで今日もお疲れ様でしたありがとうございます
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