1. Qiita FM-エンジニアのキャリアを深掘り-
  2. #86 個人開発をやめないエンジ..
2026-01-06 37:05

#86 個人開発をやめないエンジニアのキャリア論 ─ 株式会社miibo CEO・功刀雅士さんの原点【ゲスト:株式会社miibo 代表取締役CEO 功刀 雅士さん】

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今回からのゲストは株式会社miibo 代表取締役CEOの功刀 雅士さんです


<トークテーマ>

 ・小2で叩き込まれたタイピング、小4でVB6にのめり込んだ開発の原点

・「圧倒的当事者意識」が継続を生む個人開発哲学

・サーバー代のために、初の収益化

・「井の中の蛙」がYahoo!で学んだ、「チーム」のための設計思想

・「まず手を動かす」が招いた失敗。PM力の欠如が招いたスタートアップでの挫折

・キャリアの融合期に訪れたChatGPTの大波と葛藤。そして、独立の決断


<功刀 雅士さんX(Twitter)ページ>

https://x.com/maKunugi


<X(Twitter)ハッシュタグ>

#QiitaFM


<番組へのメッセージはこちらから>

https://forms.gle/K9HyUGy7phDBGpht7

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サマリー

株式会社miiboのCEOである功刀雅士さんが、個人開発を通じて築いたエンジニアキャリアについてお話しします。彼は、プログラミングへの興味を父親から受け継ぎ、自己学習を重ねながら成長してきた経緯を紹介し、AIプロダクトの開発に至るまでの道のりを解説します。 功刀雅士さんはエンジニアとしてのキャリアと個人開発への情熱についても語ります。彼は、自身のアイデアが他者に喜ばれることに興奮を覚え、エンジニアリングを通じて社会に貢献する意義を強調し、個人開発のモチベーションやアイデアの発掘方法についても触れます。 エンジニアとしてキャリアを築く功刀雅士さんは、個人開発を通じて学んだ社会人スキルとその価値を共有します。さらに、スタートアップやエドテック分野での経験を経て成長し、最終的には株式会社miiboを設立するまでの道のりを振り返ります。 個人開発を続けているエンジニアの功刀雅士さんが、株式会社miiboの成り立ちやチャットGPTの影響についてお話しします。彼のキャリアや個人開発への情熱が、技術革新とともにどのように進化しているかが明らかになります。

功刀雅士の自己紹介
日本最大級のエンジニアコミュニティQiita プロダクト開発部部長の清野俊文です。
この番組では、日本で活躍するエンジニアをゲストに迎え、
キャリアやモチベーションの話を深掘りしながら、エンジニアの皆さんに役立つ話題を発信していきます。
今回からのゲストは、株式会社miibo代表取締役CEOの功刀雅士さんです。よろしくお願いします。
功刀と申します。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
功刀さんとは、以前ご飯をご一緒させていただいたことがあって、
その時にQiita FMの話もさせていただいていたんですけど、
今回ゲストとしてお呼びすることができて、僕もすごい嬉しいなと思っています。
いい講演いただいてありがとうございます。
私も最近あまり掛けていなかったですけど、Qiitaでテックブログを書いたり、
自分の開発しているものを書いたりするので、すごいファンだったので、今日は大変光栄です。
ということで、今回は功刀さんがどういう方なのかということを、
いろいろ深掘りする第1回目にしていきたいなと思っています。
いわゆるキャリアのところとか、今されていることとか、
その中での判断をどうやってしてきたのか、いろいろお伺いをしていきたいなと思っています。
功刀さんとお送りする1回目のテーマは、
個人開発をやめないエンジニアのキャリア論、株式会社miibo、CEO功刀雅士さんの原点です。
では、まず最初になんですけど、自己紹介も兼ねて、
今されていることについていろいろお伺いをしていきたいなと思うんですけど、
最初お願いしてもよろしいですか。
はい、承知しました。
くぬぎ雅士と申します。
株式会社miiboという会社の代表とエンジニアをやっておりまして、
miiboでは、ノーコードで生成AIを使ったAIプロダクトを作れるサービスというのを運用しております。
会社と同じくプロダクトもmiiboという名前なんですけれども、
今、ユーザーの皆様にはmiiboを使ってAIチャットボットを作っていただいたりですとか、
AIエージェントを構築いただいたりですとか、
様々なユースケースに対して、
AIのソリューションを作ってもらってそれを運用していただくと、
その開発プラットフォームの開発と、
あとはコザラティング等も含めたご支援をしている、
そのような会社をやっておりますと。
今、会社3年目で頑張っておりますという感じですね。
プログラミングの始まり
まさにいわゆるAIを活用したプロダクトというところを作っていらっしゃると思うので、
ぜひそこまでに至るキャリアのところとか、
なんでプロダクト作りを始めたのかというところをお伺いできたらなと思っています。
よろしくお願いします。
今されていることなのでお伺いできたかなと思うんですけど、
そこに至るキャリアのスタートとして、
まず最初に聞きたいのがプログラミングを始めたきっかけですね。
まずエンジニアをされているというお話だと思うので、
プログラミングがどこから始めたと思うんですけど、
それがいつだったのかというきっかけをお伺いしたいなと思っています。
ありがとうございます。
私、父親がいわゆる日曜プログラマーと呼ばれるような父親の公務員なんですけれども、
週末と後、朝3時から起きて朝7時くらいまで自分でアプリを作っているみたいな、
そんな人間だったんですよね。
なぜか小学校2年生のときにブラインドタッチタイピングを叩き込まれまして、
そこでパソコンに興味を持ったというきっかけなんですけれども、
その父親が当時、競馬予想ソフトを自分で作っていたんですよね。
これなんか大臣、面白いは面白いですけど、
これは面白い世界観があるなと思い、
ビジュアルベーシック6.0という環境を当てがってもらい、
それでスゴロッキーゲームみたいなものを最初に作ったというのが、
小学校4年生くらいだったと思うんですけど、
それが初めてのきっかけで、それでのめり込んでいったという感じですね。
お父様がプログラミングされていて、
それでご自身もいろいろ興味を持ってやられていたということなんですね。
おしゃれです。
ちなみにお父様自体は、
どういうきっかけでいわゆる日曜プログラマーみたいな趣味としてやり始めたんですかね。
これもまた父が大学のときに、
なぜかバレーボール部じゃないのにバレーボールのトーナメント表を作るっていう、
トーナメント表を作るっていうことをしていたらしくてですね。
そこでプログラムを書いたって本人は言ってました。
本人も作るときにどこかでプログラミングに触れて、
そこで興味を持った趣味としてやられていたって感じなんですね。
そうですね。
なるほど。ありがとうございます。
そこから小学生の頃からプログラミングを始めてってお話だと思うんですけど、
そこからずっとやられてるんですか、プログラミングは。
そうですね。
小学校のときそれを始めてから、
自分の年表を書いてみようみたいな、
小学校の総合の授業があった気がするんですけど、
そこでシステムエンジニアになって就職して起業するみたいなのを書いてましたね。
そこからずっとプログラミングやってました。
はいはいはい。
じゃあ本当に小学校もそうだし、中学、高校もずっとやられてた。
そうですね。
一応水泳部とかをやりながら運動もしつつですけど、
家にいるときはだいたい一つテーマを決めて、
ちょっと年が離れた弟もいるんですけど、
大学での挑戦と成長
弟向けの数学計算教育アプリも作ってみたりとか、
対話システムっていうMeeboにつながるような領域は高校からやり始めたんですけれども、
そのテーマを決めて自分のサブプロジェクトじゃないですか、
学校部活サブプロジェクトみたいな、
なんかしっくりこないみたいなのがあり、
ずっとそんな感じで個人開発をずっとやってたみたいな感じですね。
そうなんですね。
でも本当に個人開発のプロじゃないですけど、
ずっと個人開発されてきたってことですね。
父親が公務員しながら個人開発してたっていうのがあったんで、
なんかそういうもんなのかなと思ってたのかもしれないですね。
途中で飽きたりはしなかったんですか?
なんか飽きないですよね。
なんかもう一個常にやってないと、
なんかそこでアイデンティティ保たれないみたいなところがあるような気がしてまして、
題材自体はちょくちょくいろいろ飽きてたんですけど、
なんか常にやり続けるってことにはあんまり飽きてなかったかなっていう感じですかね。
そうなんですね。
いわゆる今のお話だと、
個人開発なので一人でずっとやられてたっていうお話なのかなと思うんですけど、
なんていうんですかね、
いわゆるインプットとか何かを作っていくときに、
いろいろ調べたり学んだりする必要があると思うんですけども、
そこも全部一人でやられてたってことですよね。
当時は大学に出るまでは家でやってたときはですね、
父親が買った分厚いビジュアルペーシックなTips集みたいな本が、
逆引き本とかあるじゃないですか。
ああいうのがすんごい古かったんですよ。
バージョンめっちゃずれてて動かないとかよくあったんですけど、
そういうのを読み漁ってた記憶があります。
そうなんですね。
本当に自分で開発もされているし、
インプットも自分でされているしっていう感じだったんですね。
そうですね。
大学からはちょっといろんなコミュニティとか入ったり、
それこそテックブログ、
ハテナブログとか聞いたとかですね、
そういったものを見始めましたけど、
それまではそんな感じでやってましたね。
ありがとうございます。
そんな感じで個人開発、
一人で趣味としてずっと開発をしているっていう、
小中高時代を過ごした後に、
今のお話だと大学ももちろん、
いわゆるプログラミングというかコンピュータサイエンス系を
専攻されたんじゃないかなと思うんですけど、
それであってますかね。
そうですね。
小倉大学の情報学部というところなんですけど、
そこで高校の時から対話システムという領域に興味があったので、
自然言語処理を扱うような学部で、
研究室で活動していましたね。
ありがとうございます。
また大学、僕も大学でコンピュータサイエンスを学んでいたので、
なんとなく雰囲気はわかるかなと思うんですけど、
ちょっとまたいわゆる自分で開発するものと、
大学で学ぶソフトウェアってちょっと経路が違かったり、
やること違かったりするかなと思うんですけど、
そこのギャップとか感じなかったですか?
めちゃめちゃ感じましたね。
そうなんですね。
感じたんで、
それもさっきのサブプロジェクトじゃないですけど、
別軸でやってた感じはありました。
そうなんですね。
大学に入られても、
大学でプログラミングを学ぶし、
個人開発もやり続けてたって感じなんですね。
おっしゃる通りです。
スクーパー大学、僕も行ったところはRubyがメインだったんですけど、
個人プロダクトとか全然違う言語とか書いてたんで、
言語も違えば、
やっぱり授業の方は、
もうちょっとアルゴリズムとか、
データベース技術の基礎とか、
正規化どこまで突き詰めるかみたいなところとかあるじゃないですか。
でも個人開発ってもうちょっと表面的なことだったんですけど、
結構そこはバランスが取れてたというか、
両方やっといたほうがいいっていうので、
どっちもやったほうがいいなって感覚ではあったんですけど、
結構好きなものと嫌いなもので、
僕は差が出ちゃってた感じはありました。
そうなんですね。
いわゆる大学に入ると、
同じプログラミングを勉強してる学生がいっぱいいるわけじゃないですか。
そうすると、個人開発もそうですけど、
みんなで作るみたいなのも、
結構イベントとして僕はあったなってすごい記憶してて。
はい、ありましたね。
サークルまではいかないけど、
何か作ろうよみたいなノリで何か作るみたいな。
そういうのはされてました。
やってましたね。
ちょっと記憶曖昧ですけど、
うちは自然言語処理系だったので、
スラックにボットがいたんですよね、当時。
一つは経営の字ボットって書いて、
くぬぎボットの略で経営の字ボットみたいなのがあったんですけど、
それをみんなで強化して、
当時そのボットを強化していったら、
お互い人間同士で話すんじゃなくて、
ボットに誰誰くんご飯行けるかなとか、
ボットに行ってその反応した誰かについてくるみたいな、
ボットコミュニティが出来上がって、
それをみんなで作ったりとかっていうのも面白かったですし、
あとはやっぱハッカソンとか出てましたね、
同期とか。
それでちょっと青春するみたいな、
そんなのがありました。
そうなんですね。
じゃあ一人で黙々と作るっていうのが好きというよりも、
作ったものをみんなに使ってもらったり、
それでワイワイしたりするのが結構好きだったりするって感じですか?
そっちの方が好きですね、そうですね。
結構ユーザーありきかもしれないですね。
そうなんですね。
いわゆるプログラミングの面白さって、
いろんなベクトルがあるかなと思ってるんですけど、
いわゆる神秘的なところを磨いていくみたいな面白さとか、
作ったものを作るワクワク、
使っていく時の面白さみたいなワクワク感みたいな、
いろいろあると思うんですけど、
その中でいうとやっぱり、
作ったものが使われるみたいな、
そこら辺がやっぱり好きって感じなんですかね。
エンジニアとしての情熱
そうですね、おっしゃる通りかなと思います。
今のMeeboの事業の形態も多分同じような話なんですけど、
やっぱり土台とか、
みんなが遊べるところを作るとか、
そっちの方にすごい興味がありまして、
アイデンティーとか自己顕示欲的なところを考えていっても、
自分自身というよりも、
自分の作ったものが喜ばれて使われる、
そこにすごい興奮を覚えるというのがありまして、
そこがエンジニアとして触れるのが面白いなと思いますね。
そうなんですね。
その感覚って本当に小学校からずっと開発されてるって話だったと思うんですけど、
どこのタイミングで芽生えたとかってありますか。
ありがとうございます。
2つありまして、
ずっとやってると、
多少の人も使ってくれる人がチラホラ出てきて喜んでくれるっていうのがあるんですよね。
そうすると、
例えばお金稼いだり、
自分が喜ぶことをしてるだけだと得られないこの高揚感みたいなのが、
自分から外れるとあるじゃないですか。
そういうところに価値を享受できるっていうのがエンジニアリングなのかと思うと、
そこにめちゃめちゃ楽しさを覚えたっていうのがポジティブな話なんですけど、
もう一個ネガティブなところでいくと、
自分の発想って結構浅いなというか、
すごい天才的な面白い発想をする人って世の中いっぱいいるじゃないですか。
どっからこれ思いついたんだみたいな、
インプット量だとは思うんですけど、
そうなった時に奇想天外なことをやれるってあんまり自分ないのかなって思った時に、
なんですけど、汎用的に色々できる設計をエンジニア観点で用意するっていうことはできるような気がしたんで、
遊び場とかステージは用意したり、
ここの上で奇想天外なアイデアがポコポコポコ生まれる、
手伝いをすれば世の中も良くなるし、
自分もハッピーだなと思ったみたいなのがあるって感じですね。
個人開発のモチベーション
この自信の無さみたいなのがあります。
作ったものを使ってもらって嬉しいっていうのはもちろんエンジニアとしてはあるかなと思うんですけど、
自分がこれ便利だろうと思ったものが受注ハック使われるとは限らないなと思っていて、
むしろあんまり当たってなかったみたいな、
こういうの欲しいって言われたから作ってみたけど意外とスンとしてるなみたいな、
結構ある気がするんですけど、
実際に作っていく中で、
そこら辺のこういうのがあったら良いだろうなみたいなアイデアってどうやって考えたりしてたんですか?
そうですね、ありがとうございます。
これ難しいですよね。
個人的に多いのは課題を見つけてやるっていうより、
外の課題をヒアリングして見つけるっていうよりも、
当事者のものの方が良いかなと思っておりまして、
自分が直面している課題とか、
自分がめちゃめちゃ強く思っている好奇心とかと密接しているところのプロダクトを開発していくっていうのが良いかなと。
これは個人開発の場合なんですけど。
そうするとやっぱり自分ごと化して、
自分がユーザーの中心にいるんで課題もいっぱい見えて、
使えるものになっていくと。
そうなった時にそれが受けるか受けないかっていうのは、
自分っていうペルソナがどれくらい市場にいるのかとか、
ニッチであってもそれがすごい深い課題になっているかとか、
そういったところになると思うんですけれども、
基本的に当たるか当たらないかって結構運ゲーの要素が多かったりするので、
特に個人開発の場合は続けられるかが勝負なんですよね。
モチベーションが続き続けるか。
そうするとやっぱり自分が圧倒的当事者であることが重要で、
自分の課題を解決するっていうのが継続できるってことにつながるので、
そこを一番重要視しているという感じですかね。
なるほど。ありがとうございます。
当てに行くというより、まず少なくとも自分はあったら便利なものを作っていく。
それが他の人にも受けたら最高だし、受けなかったとしても自分は少なくとも便利なものを
ちゃんと作っていくっていうのをやり続けるっていうのが大事ってことですね。
そうです。
こうやるとすると、今便利じゃなくてもめちゃめちゃ脳汁が出てるっていうのは重要かなと思ってまして、
これ10年、20年やり続けたらとんでもないことになる可能性があるっていう、
このアドレナリンを出し続けてるっていうのが大事かなと思ってまして、
個人開発で今当たらなくても生きていけるっていうのはすごい素敵なことだなと思ってまして、
企業だと2年で再産終わらないとやめちゃうみたいなデッドライがあるわけなんですけど、
個人開発だと今はまだちょっと技術的にいけないと思ってても、
これこのまま進化していったらこうなるかもしれないっていう夢を追いかけ続けられるっていうのが
いろんな制約がありつつもあるので、そこのワクワク感、
このワクワク感を持ちながら常にやり続けられるかっていうのがめちゃめちゃ重要なのかなっていう気がします。
チーム開発の意義
なるほど、ありがとうございます。
本当に自分が、何て言うんですかね、個人開発、前提は個人開発なので、
その瞬間がビジネスが始まってるわけじゃなくて、
やっぱりそのいわゆる趣味というか、ベース自分が作りたいものの起点で始まってるものに対して、
どれだけ自分がそれに対して時間とか手を動かすとか、
そういうコストを払いたいと思えるかっていうところの情熱ってことですよね。
まさにおっしゃってるんです、そうです。
かかるものって結局自分がやるかやらないかで、やれば何かできるし、やらなきゃいけないもんできないって話だと思うので、
そこをやり続けられるぐらい自分が作りたいなって思えるようなものをやり続けるっていうのが大事ってことですね。
そんな気がしますね。
なるほど、ありがとうございます。
すごい今、まだ全然社会人編まで行ってないんですけど、
ここまででもすごいな、なるほどな個人開発を作るっていうところの考え方、
そういうことなのかっていうのはすごい今、理解できました。
大学後半はサーバー代破産しそうになってましたね。
そうなんです。
今のお話は本当に個人開発をとにかく小中高、大学にも入ってもやり続けてたかなって思うんですけど、
そこら辺でいわゆる収益化みたいなのを試したタイミングってあったりしたんですか、そこまで。
大学入るまでは本当に家でやってるって感じだったんですけど、
大学2年生になったタイミングくらいでiPhoneのシリーズがちょっと出たくらいの後だったんですけど、
Android版のシリーズみたいなものを最初に作ってみたんですね。
おしゃべりアシスタントっていうやつなんですけど、
それをアプリに出してみて、それをちょっと収益化、
Androidアプリで収益化したっていうのが初めてのマネタイズだったと記憶してます。
その収益をそのタイミングで試したのはどういうモチベーションだったんですか。
単純にサーバー代がカツカツになってしまったというのと、
いや、それですね。それでした。
なんか儲けたいというより、ランニングコストをまかないたいっていう感じだったってことですね。
そうです。アプリで一攫千金狙ってやろうとかそういう感覚は本当にあんまなかったかもしれないですね。
そうなんですね。本当に自分が作りたいものと、
それが使われるといいなってところのモチベーションが本当にベースってことですね。
人に当てたいというより。
そうですね。そこに取り組んでいるっていう、
自分がいないと若干ソワソワしちゃっているのがあったので、
それを継続するためにっていう感じが強かった気がしますね。
なるほど。ありがとうございます。
なんかここまでのお話を聞くと、
今のMeepoっていうサービスを作るべくして作っているなんて、
なんとなく感じ始めてはいるんですけど、
そこからいわゆるファーストキャリアとして就職はされてますよね、確か。
そうですね。最初はYahooに新卒入しました。
そのタイミングで、いわゆる個人開発みたいなところをずっとやられてたと思うんですけど、
そこでいわゆるYahooさんを選んで就職をした理由というか、
その時考えたことみたいなところをお伺いしてもいいですか。
ありがとうございます。
まさに先ほどの個人開発したおしゃべりアシスタントっていう対話型のシリーズのようなアプリなんですけど、
そこで対話システムは面白いなって、
結構完全にこのテーマでいこうっていうのがあったんですけど、
もう一個はアプリエンジニア、ソフトウェアエンジニアの領域が面白いなっていうのは同時に2つ芽生えてまして、
大学3年生の時にYahooのインターに応募して受かったり行ってみたんですよね。
そしたら当時いた部署の人たちがそれはまた面白い人たちでして、
個人開発ではなかにいてですね、
自分のアプリで食べれるくらい稼ぎながらもYahooでソフトウェアエンジニアしてるとかそういった方とかもいて、
この人たちもなかなか面白い人たちいっぱいいるなと思い、
そのまま面接受けて採用フローに乗っていってもらえたので、
当時大学院行って研究もちょっと対応システムするか就職するか迷ってたんで、
一回ソフトウェアエンジニアとして技術つけるのもありだなと思ってYahooに入ったっていうのがそんなような流れだったような記憶をしてます。
そうなんですね。そのタイミングでインに行くのもシフトしてるんですね。
そうですね。そこはちょっと迷ってましたね。
ちょっと卒論とかだけしか書いたことなかったので、
ちゃんとそこ深めておかなきゃみたいな頭も若干あったという感じです。
でもそれでもやっぱりソフトウェアエンジニアリングをそのタイミングでやっていきたいなというモチベーションでYahooさんに入られたということなんですね。
そうです。なので卒論書いた後に急いで一回論文書いてみようということで、
人工知能学会に急いで論文書いて出して発表だけ先生にしてもらうみたいな、
卒業後にしてもらうみたいなのをやってたんですけど、
ソフトウェアエンジニアを選んで作る方を選びましたね最終的に。
そこからYahooさんのお仕事も始まっていくんじゃないかなと思うんですけど、
Yahooさんの中ではどういうことをされてたんですか。
ありがとうございます。
かなりこれもMeeboと密接してる領域なんですけど、最初にやったのがMyThingsっていうですね、
ZapierとかMakeとかiPaaSって呼ばれる領域あるじゃないですか、サービスごとをつなぐっていう、
ああいうコンセプトのサービスをYahooもやってまして、今ちょっとクローズしちゃったんですけれども、
そこでエンジニアを最初にしてました。
さまざまなサービスをつないで、IoTデバイスとウェブサービスをつないで、
どこどこの位置情報に入ったら鍵が開くとか、通知が飛ぶとかそういうのをやったんですね。
あとは、これ確かオープンになったら言っていいと思うんですけど、
当時Yahooでもスマートスピーカーを作るプロジェクトが動いてまして、
そこの対話システム部分を開発するとかっていうのをやってましたね。
そうなんですね。本当にいわゆるアプリケーションエンジニアなんですかね。
そうですね。アプリケーションエンジニアで対話システムに詳しいアプリケーションエンジニア、ソフトウェアエンジニアってそんな領域かなと思います。
ありがとうございます。
いわゆる大学までは個人開発っていうところでいろいろ自分で何かを作っていくってことはやってたかなと思うんですけど、
やっぱり会社に入るとチーム開発になっていくじゃないですか。
そこのギャップとかってなかったですか?
個人開発と社会人スキルの重要性
めちゃめちゃそれありますよね。
そうなんですね。やっぱり。
大学の時ってやっぱり今みたいに情報もそこまでなかった。
胃の中かわず状態で自分プログラミングできるんじゃないかなと思ってたんですけど、
全然言語違って見えますよね。社会人になってソフトウェアに入れると。
そこの壁にはぶつかりまして、それをきっかけになるんですかね。
今でいうクリアーアーキテクチャーみたいなレイヤードアーキテクチャーとかDDDとか、
そういう堅牢だけど開発を分業してやってきるようなアーキテクチャーを学ぶみたいなのは、
そこから始まったみたいな感じでした。
そうなんですね。逆にいうとそこまでアーキテクチャーみたいなところは関心がなかったというか、
そういう感じだったんですね。
そうです。何て言うんですかね。
ドメインロジックは分けるべきだ、ビューと分けるべきだみたいな、
そういうのはもちろん本で読んで理解したことはあるんですけど、
今見たらめちゃめちゃファットビューコントローラーみたいな、
そういうのはもうありまくってたって感じですね。
そうなんですね。僕もすごい分かるなって聞いてたんですけど。
今の学生さんとかも普通にDDDとか理解してやってるんですごいなって思いますけどね。
本当にすごいですよね。僕も一応学生時代、個人開発はないんですけど、
もの作るの好きで、よく友達に使ってもらうアプリとかをレイズとかに作って、
僕できるんじゃないかなと思ってアルバイトとか行ってたんですけど、
めちゃくちゃコテンパンにされるっていう。
コテンパンフェイス一回挟みますよね。
やっぱ挟みますね。
その時で一番しんどかったことって何かありますか。
コードレビューとかも含めて、個人開発に慣れちゃってるとスピード感結構遅く感じちゃうじゃないですか。
そこをちゃんと今はすごい理解できますけど、
それがなぜ必要なのかを腹落ちするまでの期間っていうのは若干フラストレーションがあったのと、
やっぱすぐに考えて世に出せるっていうのはチームでどうやって考えていくかとか、
合意形成取っていくかみたいな、そういう社会人スキルを身につけるところは一定時間かかったのかなとは思います。
そこが大変なポイントだったかもしれないです。
そこで学べた経験っていうのは今にも生きてますか。
めちゃめちゃ生きてますね。
これはヤフーの次の仕事も含めてですけど、
やっぱり尊敬できる先輩にDDDを教わったりとか、
健能なソフトウェアのアーキテクチャを教わったりとか、
これって今ってAI開発であればそういうアーキテクチャがめっちゃ重要なって話もあるので、
そういうのを学べたっていうのがめちゃめちゃ大きかったですし、
私はそこでアジャイル開発にも結構興味を持ってスクラブマスターの資格を取ったりとかもしてたんですけれども、
そうなんですね。
やっぱりああいうのがエンジニアのコミュニケーションとしてめちゃめちゃ重要だなっていうのは、
今でも使えるスキルだなと思うんで、
そういうのは得られてよかったなと思いましたね。
スタートアップでの経験
ありがとうございます。
ヤフーさんで個人開発として開発してたっていうところから、
いわゆるビジネスマンじゃないですけど、
お金をもらうプロフェッショナルとしての、
エンジニアとしてのいろいろ教授を学んだってことですね。
そうですね。
そこから2社目に転職されてるんですかね。
そうです。
転職をしてます。
そこの転職のきっかけとか理由みたいなところでお伺いしても大丈夫ですか。
ありがとうございます。
ヤフーではソフトウェアエンジニアでずっとゴリゴリとエンジニアをしてたわけなんですけど、
やはり個人開発はずっと続けてたんですよね。
それは引き続き対話システム、Siriのようなアプリとか、
あとは対話APIとかそういうものを作った。
雑談ができるAPIとかそういうのを作ってたんですけど、
そういったものに興味を持ってくださったスタートアップの経営者がいらっしゃって、
その方に一緒にやろうと言われ、
一部個人開発したものも譲渡してその会社でやるみたいな、
そういうチャンスがありまして、
それでちょっとチャレンジをしてみたという感じですね。
そうなんですね。
じゃあいわゆるスタートアップにジョインされたってことなんですね。
もうホヤホヤのスタートアップにジョインしましたね。
そのご自身が作ってたプロダクトも譲渡しつつ。
そのままそれをやりました。
グロースさせていくみたいなことをやられたってことなんですかね。
そうですね。グロースさせるってことをやり始めたんですけど、
これが半年くらいでうまくいかなくてですね。
そうなんですね。
さっきの社会人スキル学んだみたいな話は、
最初のYahooで学んだと思うんですけど、
その後に就職した会社で学んだことも多分にあるんですけど、
それが確かYahoo2年くらいで辞めてるんで、
言うてもあっさっさの状態でいけるやろって思っていって、
全然うまくいかず、サービスも立ち行かなくなり、
そこも辞めるみたいな、
若干そこは僕の失敗期間なんですけど、かなりの。
そういうの挟んだって感じですね。
そうなんですね。
その時は具体的に何がうまくいかなかったんですか。
今振り返ってあるのは、やっぱり最初に手を動かしちゃったみたいなところでして、
計画ねって、それがどれくらいインパクトあるかっていうのをちゃんとそこを考え、
合意形成をとって何かするっていうのが必要な時にですね、
やっぱり手を動かすと何か出るかもしれないっていう、
一瞬の安心感みたいなのが多分あったと思ってまして、
何かちょっと課題に向いちゃった時に、
とりあえずちょっと作って出しちゃうみたいな、
一人でできるしみたいな、
一人でちっちゃくぐるぐる回るっていう、
空に閉じこもった状態が続いちゃったみたいな、
そんなしざの低さみたいなのがあったような気がしますね。
ちょっとあんまり言語化してきてないですけど。
いわゆるプロダクト自体の本質的な部分の改善というか、
ピボットというか、
そういう大きめのアクションっていうよりも、
何か細かい改善の方に手段として目が向いちゃって、
あんまりそもそものいろいろプロダクトとしてのシフトみたいなのができなかったみたいな感じですかね。
そうですね。
PM力とかもうちょっと抽象レアが高い方がだいぶ欠けてたと。
やっぱりデリバリーの数がポンポンポンポンあると、
何か成長してる感出るじゃないですか、ちょっとだけ。
それに依存しちゃってたって感じですかね。
なるほど。ありがとうございます。
そこでもやっぱり失敗体験っていうところを学ばれて、
対話システムへのチャレンジ
また次っていうのがあるかなと思うんですけど、
その次は何されてたんですか?
エドテック領域に行きまして、
これは外に出てたグロービスって会社なんですけれども、
当時ヤフーにいたですね、
先ほども言った個人開発も両軸やってるような先輩たちが、
すごいお世話になった先輩が複数名いらっしゃってですね、
当時その会社は知らなかったんですけど、
エドテック周りをすごい面白く改善しようというのをやってまして、
その動機もそのヤフーのお世話になった先輩がいて面白いなというのもありましたし、
エドテックっていう領域も、
昔弟に対して教育アプリ作ってみたいみたいなのがあったんで、
いいなと思ったんですけど、
一方で2社目で経験した課題があったときに、
そこら辺のスキルを身に付けられるっていうのをすごい感じはして、
MBAをやってる会社なんですけどね、
そういうのもあり、そこに行ってみようかなと思ったという感じですかね。
そうなんですね。
そこでもいわゆるソフトウェアエンジニアとして働かれてたんですよね。
そうですね。エドテックの動画で学習できるアプリを作ってたんですけど、
そこでAndroidとiOSとスクラムマスターのエンジニアとスクラムマスターを併用するみたいな、
そんな働き方をしてましたね。
なるほど。
実際そのヤフーでの学びっていうのと、
2社目での失敗体験っていうところを経ての3社目だったと思うんですけど、
3社目はどういう感じでした?
そうですね。
ようやく社会人として初めてバランスよく働けたなっていう期間だったので、
俯瞰してスクラムマスターやってみたりとか、
PMみたいなこともしてみて、
俯瞰して優先度を見るみたいな基本的なところを学べたっていうのはそうですし、
そこで一緒にやったエンジニアがですね、
ヤフーは大きめな開発が多かったので、
やっぱり小数で回すっていう、
アーキテクチャから作ってデリバリーして回し切るっていうところを小数でやれたので、
アーキテクチャからデリバリーからスクラム、
アジャイル開発とかチーム運用から、
かなり主体性を持ってできたっていう期間が数年あったので、
それはすごいめちゃくちゃためになったなっていう感じですかね。
本当に今までされてきたことが割り返し形になってきた3社目だったってことですね。
そうですね。
そのヤフーの先輩がですね、
かなりDDDとかのアーキテクチャに精通されたソフトウェアエンジニアの方だったので、
そこでもうみっちりそれを教えてもらってですね、
これはどの言語で回すよりもポータブルに使える技術が身についたなっていう、
そんな感覚もありましたね。
そうなんですね。
なるほど。
そのグロービスさんの次がmipoさんですか。
グロービスの後に1回CureAppという会社を挟みまして、
今度は治療アプリという医療系の、
ここら辺で唯一アプリが知見を通って医療認定されてるっていうやつなんですけど、
保険でアプリを変えるっていうやつですね。
そこでグロービスまでは社会人エンジニアと個人開発で対話システムを作るみたいなのが両軸だったんですけど、
そこで合流しまして、
その治療アプリって結構行動変容を促すような体験が求められるので、
そこで対話システムっていうのがすごい使えるだろうというところで、
対話システムの技術基盤を作るエンジニアとして、
そこの会社のCTO室に入ったっていうような転職を1回挟んだんです。
そうなんですね。
そこの転職の理由もまた新しいチャレンジをやっていきたいっていうところがモチベーションとして大きかったんですかね。
そうですね。新しいところをやりたいなと。
あとはちょうどMeeboを起業するという予定はなかったので、
対話システムの方に主軸を戻したいと言いますか、
今までやってきたソフトウェアエンジニアのキャリアと対話システムで融合して何かやりたいっていうのをずっと思ってたので、
それまたYahooの先輩がそこに活躍されていてそこに行ったという感じですね。
それができるという状況を揃って行ったという感じですね。
実際その中でまた対話システムに戻るというかまたそこにチャレンジしていくというタイミングだったかなと思うんですけど、
そこで実際やらせたことはどうでした。
まさにいいテーマだったなと思いまして、
対話システムのどのアプリでも作れる対話システムの基盤を作って、
それをいろんなアプリにMVerseみたいな、ファイアベースみたいな話ですけど、
ライブラリとして搭載していって対話できるようにしていこうということをやりたいなと思って入ったんですけど、
ただちょっとこれは本当に前職に申し訳ないんですけれども、
その時にはもうMeebo作ってたんですよ。
Miiboの創業とチャットGPTの影響
グローブスにいる時からMeebo作ってて、
ロージしてまして、
そして入った数ヶ月でチャットGPTの大波がきまして、
そういうミッションで入ったんですけどチャットGPTの大波がきて、
Meeboも何かなぜかグイグイグイグイ伸びていってですね、
Meeboも法人のお客さんについて手一杯になってしまって、
どうしよう、でもこれチャレンジしないと一生後悔してしまうなみたいな葛藤があり、
Meeboで独立するというのは挟んでしまったので、
僕は前職にはあまりバリを発揮できていないと。
ただこれを送り出していただいてすごい感謝しているんですけれども、
そんな感じでしたね。
そうなんですね。
じゃあMeeboさん、
Meebo自体は本当にまさに個人開発で元々はされていて、
それをやっている中でチャットGPTがやってきて、
一気にそこの需要というか、
お使われるところをグイッと伸びてきて、
主軸に変えたという感じなんですね。
そうです。
さっきの社会人遍歴しながらですね、
2社目で1回ちょっと失敗してしまった後に、
またちょっと何かを作ろうかなというのを個人開発の路線で考えていまして、
そこで今まではSiriのようなユーザーに届ける音声対話システム、
対話パートナーみたいなものを作っていたので、
それを誰でも作れるようにしようみたいに、
1回抽象化してノーコードツールっぽくしたというのを、
グロービス時代だった気がするんですけど、
作り始めてまして、
それをずっと並行してやっていたという感じですね。
そうなんですね。
なるほど。
そこでMeeboさんを今創業されて、
今に至るということですね。
おっしゃる通りです。
なるほど。
その辺りの個人開発のアウトプットは適宜聞いたで書いています。
ありがとうございます。
本当にここまで聞いてみて感じたところで言うと、
本当にくぬぎさんは個人開発というところをやり続けて、
個人開発の意義とモチベーション
ここまできている。
ベースのもちろんキャリアはありつつ、
そこでの学びもありつつも、
本当に個人開発ということをやり続けて、
今にいろんなものがつながっているんだろうなというのを
今すごいお話を聞いていて感じましたね。
ありがとうございます。
フォーカス者ですね。
本当に今までも結構いろんな方にはゲストとして来ていただいて
お話をしたことがあるんですけど、
ここまで個人開発というところでやられ続けている方
初めてだったので、
すごい新鮮で面白かったです。
よかったです。ありがとうございます。
なるほど。
またちょっとMeeboのところのお話とかは
次回お伺いをしたいなと思っているので、
くぬぎさん今日はありがとうございました。
まだまだお話ししたいので、
次回もくぬぎさんとお送りします。
ということで、今回はくぬぎさんのキャリアについて
いろいろお伺いをしてきました。
お話の中でも何回もすでに言っていることではあるんですけど、
本当に個人開発というところをやり続けているというのが
すごいなというのと、
そこのやり続けるというモチベーションのエッセンスというか
そこも今回すごいお伺いすることができたので
すごいありがたいなと思いました。
僕も実は個人でゴニョゴニョ
何か作ったりとかすることは結構あって、
今も実は作ったりしているんですけど、
そこのモチベーションの持ち方みたいなのって
結構難しいなと思っておいて、
本業ももちろんあるし、
その中での自分が持っているミッションとかもいろいろある中で、
そっちにどのくらい時間割こうというか、
そっちやるんだったら仕事やった方がいいんじゃないかみたいに、
そこのバランスみたいなのって
葛藤とかもあったりするのかなと思うんですけど、
自分がワクワクするものに対して、
ちゃんと時間とかコストを使ってやっていくっていう
そのモチベーションが個人開発をしていく中では
すごい大事なんだろうなというのは
今日改めて気づかされました。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
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お相手は聞いたプロダクト開発部部長の清野俊文と、
株式会社miiBO代表取締役、CEOのくぬぎまさしでした。
37:05

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