長澤文庫Encounter-暗闇の読書会-、異なる職業、年齢、出身のゲストが集い、人生を変えた一冊を読み解く、暗闇の読書会。
そこにエンカウンターしたゲストは、その本から自分に必要な何かを持ち帰れる、偶然ではなく必然の出会いがある場所。
そんなエンカウンターの世界へあなたを誘います。
1月24日、土曜日、長澤文庫Encounter-暗闇の読書会-のスタートです。改めまして、長澤文庫支配人の長澤則子です。
今日はですね、アフタートークというところで、宇治家さんにいらしていただきました。おはようございます。
おはようございます。お願いします。
ありがとうございます。では早速ですが、宇治家さん、自分はどんなことをしているの?っていうようなあたり、自己紹介よろしくお願いいたします。
うなぎ屋?うなぎ屋と、ちょっとコンサルしたり、ふとさんやったり、おじさん?麻雀やってるおじさん?
麻雀は外せないですね。
外せないですね。
宇治家さんのこの何回かのシリーズの中で、麻雀というキーワードが本当に出てきたかと思うので、そんな感じのね。
おじさんだってね、若いですよまだね。ご自身がおっしゃって、いらない。そのまま採用しますけど、みたいな。
というところで、そんな感じで宇治家さんとは進めさせていただきたいと思います。
ではですね、私も宇治家さんには質問したいことがいっぱいでですね、4つほど用意しているんですけど、まず1個目から言っちゃいますね。
宇治家さんがかっこいい生き方をしたいんだよねって。なぜかというと、ご両親に自由にやっていいよっていうふうに言われたから、何の制限もない。
だからこそかっこいい生き方をしたいんだよねっていうところで、改めて何をしたかったのかなというところで、
立ち止まるというところにこのエッセンシャル思考の本があったというお話をしてくださってるんですけど、実際立ち止まってこのエッセンシャル思考を読んで、かっこいい生き方のヒントってありました?
あれですよね、かっこいい生き方のヒントというよりは、みんな本当は好きに生きたりとか好きな価値観で生きたいんだけれども、やっぱり世の中の正解とか流れとか流行とかもあるじゃないですか。
そういう雑音がどんどんどんどん入っていって、忘れちゃう感じなんじゃないですかね。今日は俺はカルボナーラ食うぞって言ってファミレス入ったんだけど、美味しそうなものがいっぱいあるから、違う方に行っちゃう方がいいじゃないですか、担々麺食べちゃったりとかわかんないけど、かきフライ定食食べるかもしれないしみたいな。
その時に店の入る前の俺は何を食べようと思ってたんだっけみたいな、みたいなのに戻れる感じがあるのかもしれないですよね。
分かりやすい。もうね、私本当にすごいなってウジエさんのことを思っている一つとしては、この抽象的なものを具体事例を出して分かりやすく噛み砕いてくださることなんでしょうね。
かっこいい生き方はね、自分の好きっていうその価値観をね、カルボナーラ食いたいんだっていう時はカルボナーラ食えというところが、なんとなくこの本でちょっとヒントとして得られたかなってそんな感じなんですね。
そうですよね、忘れちゃうからね本当にね、本当にカルボナーラのことを完全にすっぱり忘れちゃいますからね、みんなね。
そうね、おすすめとかね、ついあるとそっちの方に目が映ってね、カルボナーラどうしたかなっていう話ですね。
だしね、迷ってほら、なんで俺はカルボナーラ食べたかったんだみたいに言っちゃうじゃないですか、それいらないっていうか、食いたかったんだからそれでいいじゃんみたいな。
なるほど。
ハマっていくじゃない、そうするとね。
確かに。
じゃあもうその感覚っていうところで今は、ウジエさんはかっこよく生きてる感じですか?
どうかわからないですけどね、もう自己満足の世界なんで、自分がかっこいいと思って他からダサくてもね、それは自分がかっこいいんで、そういう意味では好きにっていう感じの方がフィットするのかもしれないですね。
なるほど、好きにっていう感じがね。
私最近ハマってる曲があって、「ヒゲ団のらしさ」っていう曲があるんですよ。まさに今、ウジエさんの話を聞いて、確かにって思ってしまいました。
私があの曲にハマったのは、そういうところもあるのかなって。自分が要するに正解だと思ったら正解だよねっていう感じですよね。
だと思います。
いやー素敵です。では次。2つ目ですわね。
これはですね、これは邪魔だよね、避けたいよねっていうような重大なミスをしないっていうことが1個、この1%っていうところに集中できる一つの方法かもよっていうところを挙げてくださってたんですけど。
それでね、最近また、私本当ウジエさんのFacebookも大好きなんですけど、そこで消防団のコメントあったじゃないですか。
派手に火事になっている、そのところを勇敢に消すっていうところが、みんなかっこいいってわかりやすいけれども、いやいやもともとは火事起こさない方がいいよね。予防の方だよねっていうところ。
でもなかなかそれってさっていうところがコメントあったと思うんですけど、これ重大なミスをしないっていうところで、ウジエさんは何か心がけてたりすることってあったりするんですか。
そこね、最近だと定期研修受けましょうみたいなことかもしれませんし。
そうですね。
でもそれって普通に生きてると、なんだろうね、点取られてもいいから点取るみたいな方に行っちゃうので、スポーツで言ったら。
だから点を取られないっていうかね、自分自ら失点するようなことをいかに避けるかみたいなのをやっぱりマージャンで学んでることが多いかもしれないですよね。
だから負けない。イストリーゲームの最後のイストリーに行くのはどうしても人生の中の競争で打ち勝つことみたいになるじゃないですか。
だからそういう競争に参加しないってのも手なのかなとは思いますよね。
そもそもね、イストリーゲームに参加しない。
そしたらイストリーゲームやってる人たちがいたとするじゃないですか。
ウジエさんどんな感じですか、そのイストリーゲームやってる人の周りにいる、それともどんな感じの立ち位置にいる感じですか。
全体の構造からいきたいんだね。
椅子の数を増やしたくないみたいな。
なるほど。
そしたらみんな座れんじゃねみたいなのはあるかもしれないですよね。
なるほど。面白いですよね。
踊らされてっていうかね、ある意味誰かがそれを仕掛けてるわけじゃないですか。
ウジエさんのフェイスブックの投稿で仕掛けられてるっていう言葉ありますよね。
このあたりどんな感じなんですか、仕掛けられてる、その構造そのものを見ないで仕掛けられてるゲームに乗っちゃってるよねっていうような。
まあね、世の中だいたいそうじゃないですか、みたいなのもあるんですよね。
だからあんまり自分はそういう経験がないから、すごい敏感になっちゃったんだけどね。
親が子供に勉強するようにやっぱこう心向けてくるって、
結果的には親はこう思ってもちろんそれをするんだけど、
なんていうかね、そういう背景が分からないままそれを受け入れると結構大変じゃないですか。
世の中いろんな人がいるだけで、いろんな人の意図が入って、そこに持ってきたい人がいるわけだから。
それももちろん大事なんだけど、それが仕掛けられてるなんて分かって乗ったほうがいいっていうか、乗るにしてもね。
なるほどね。じゃあイストリゲームに参加してもいいけど、その仕掛けられてるっていうその意図を知ってから参加しようね、みたいな。
まあそのほうが楽しめるんじゃない?みたいな。
確かに。
そうですね。それ面白いですね。じゃなければいいんじゃない?イース増やしたって、みたいな感じのこともあるかもしれないしって感じですね。
まあ世の中的にはね、それのほうがみんなハッピーな場合もありますよね。
確かに。
1個しかない、2個しかないっていうのに、座るからこそ希少性があって価値があるっていう線もあるんですけど、そうなると勝者と敗者が生まれるみたいになっちゃうんで、
そういう巻き込まれるのはね、ハッピーじゃないことにも繋がりかねないなって思いますね。
なるほど。でも言っときはおじいさん、軍師っていうのもすごいかっこいい感じがなんとなく自分の中にあるかなーってあったじゃないですか。
それ、どっちかっていうと戦略ねって、勝つとか負けるとかってそういうイメージでもないってことですか?このおじいさんの言う軍師。
戦にしないっていうか、戦しないで目標達成した方がいいじゃないですか。
おっしゃる通り。
それがさっきの予防みたいなのにもちょっと繋がるかもしれないって感じですか。
そうですね。そうしないで、そうなったら一番当然評価もされないんですけどっていう事例もありますけどね。
これね、この事例もありますよね。
戦にして手柄立てたのが分かりやすいですもんね。
戦にしないために水面下で動き回るって誰も戦が起こってないから知らないって話ですよね。
そうですよね。
この事例ってどんな感じです?おじいさんの中で。
だから多分ね、まあそれって多分ね、我々みたいな普通の軍師っていうのは、
そういうところを、例えば企業の幹部だったりとか、政治だったりとか、国がやることだと思うんですよね。
だから、一個人だとね、
そうか、一個人で。え、じゃあ一個人で?
一人で一人で戦ってたんですか?
いや、言った通り一人で戦っちゃうから譲りはないんですけどね。
そう、そう、そういうところの人数が結構多いときも、
一人で戦ってても戦うといっても、二人で戦ってても二人で戦うときも、
でも一個人の範囲で予防とかあるんじゃないですか 事前に備えるってことでしょうね
あーそっか一個人でね
一個人の中でもできることあるよね 予防とか
とにかく大きなミスをしないために
予防とか
大きなミスをしないために
大きなミスをしないために 点を入れられないために
いやーこれねこの視点でなかなかですよね
誰か教えてくんないとね 保険入ることもそうでしょうし
定期検診受けることもそうでしょうし
保険なんか一番分かりやすいかもしれないですよね
確かにね なんとなくイメージちょっと逆な感じが
あったんですよね 前はどっちかって言うと点取りに行く
宇治家さんとか 非決しに行く宇治家さんとか
予防するとか保険に入る定期検診するみたいな
ちょっとすごくイメージと違っている感じが
あんまりだからそうなんですよね
うん
ですね 顔がそうだからそんなイメージなのかもしれないですけど
顔ですか
皆さんこれポッドキャストなので 宇治家さんのちょっとなかなか
素敵な男前な感じが皆さんに伝わらないのが残念ですけど
でも声からイメージしてください とても素敵な方です
使い分けっていうところが時にブレたりするっていうところに
つながったりはしないんですかね
しますよね 例えば使い分けっていう意味では
金額で分けることもあるかもしれないし
重大な決定になればなるほど
狭まっていくっていうんですか 絶対イエスじゃなきゃ
ノーだよねっていうことになると思うんですよね
なるほど 確かに
そうか じゃあもう本当にさっき言われてたように 広げるっていうときと
守るっていうときの違いもあるしっていう 本当に重大っていうところと
そうでもなくて これからちょっとチャレンジみたいな感じのときもあるし
っていうところで やっぱり基準っていうのは変わるっていう感じなんですかね
変わるでしょうし
その問いを持っていくことも大事なのかもしれないですよね
やっぱり人の決断ってかなり
なんていうんですか 周りの状況に流されやすいっていうか
自分にとってその決めごとがどれだけ大事なのかっていう
人によれば健康のために
デザートを食べないという方がいらっしゃって
あるときそのデザートを食べなきゃいけない状況があるかもしれないじゃないですか
そのときにイエスで行くのかノーで行くのかっていうのは
別に1回くらい食べたっていいじゃんっていうのもあるし
自分が決めでやったことだから
デザート食べないって決めてるから このような場でも食べないみたいな
両方あると思うんですよね
両方考えれるのもすごい大事な気はしますよね
流れの中でグニャグニャってなって食べてしまう
っていうのは多分良くないと思うんですよね
そうか 決断してデザート食べる
だったら食べるっていうときも時にはありかもねっていう
なんか今の話で私もマクロビにはまったことを思い出して
今 昔まだ子供が小さかったときに
アトピーかなって思ったときがあって
そのことを指摘されたのがちょうどマクロビの先生だったんですね
マクロビがダメだとかそういう話じゃないですよ
思いっきりそれで私マクロビにグイッとはまる時期があったんですけど
これで人間関係壊すなと思ったんですよ
まずは今デザートの話があったんですけど
ちっちゃい子供が遊びに行かせていただく
相手のお友達のうちに そのときに出されたお菓子っていうのが
ジャンクフードだったりすると
うちの息子はそれを抱えて友達と遊ばないんですよね
もう私怒り浸透みたいな感じなんですよ
何やっちゃってくれてるのみたいな
息子に袖が剥いたりとか
それを出してくれた友達とか
それ一番おかしいのは私じゃないですか
お友達のうちに持っていくなりすればいいんですよね
本当にそれが通したいんだったら
そんな感じのところの部分と最終的に
マクロビの先生ご夫婦がめちゃくちゃそこに
系統していてものすごくストイックだったんですよ
それがかっこよくも見えていたんですけど
あるときにそのマクロビの義理のお兄さん夫婦が
先生のご夫婦が来たんですよね
こんなのなんですよ
海外の方でもあったのでものすごく絵に描いたような真逆な夫婦だったんですよ
ところがその義理のお兄さん夫婦が
ずっと笑ってるんですよ
表情がずっと穏やかなんですよ
そのマクロビの先生ご夫婦は
本当にストイックでこんなもの食べたら
体に悪い精神にも悪い
みたいな感じだったのが
その2組のご夫婦を見たとき
どっちが幸せなんだろうってちょっと思ったんですよね
それでちょっとマクロビがいけないとかそういう話じゃないでしょ
それで本当助けられたところもあるので
自分の関係を考えたときに自分の人生を考えたときに
果たして私が決断するのはさっきの決め事とするのは
どちらでいったほうが幸せなんだろうって思ったときに
ちょっとずつ離れていったっていう感じですね
全然マクロビの考え方がいけないとかそういう話じゃないんだけれども
あまりにも私の場合は0-100で考えるタイプなので
そっちにいっちゃってたなっていうような感じで
自分で決断するんだったら本当にちゃんと自分で決断してっていう
両方持っててもいいなっていうのが今の私な感じですね
本当本質的ですよね
やってるうちにやっぱり
何がしたかったんだみたいなことが薄れていくっていう
健康に
幸せにっていうところが目的と手段の
逆転現象みたいなのってどうしてもね
全員が見守れることだと思うんで
だからこそってことですよね目的手段やっぱり入れ替わることが多い
入れ替わるっていうのは
極端じゃないけどコンビニも
おいしくいただければいいんじゃないっていう感じに
全然なっているので非常にその中では
まあいいですよねある意味そこもトレードオフってことかもしれないですしね
このトレードオフ聞きたかったんですよ宇治家さんに最後この4つ目は
何にもないところから人生
っていうところを成し遂げるっていうところで何でもありだよねって
それでエッセンシャル思考っていうのをさらに取り入れるとトレードオフっていう
ところになるかなって宇治家さんが最後記念資読書のところで
答えを出されてたんですけどこのトレードオフっていうところについて
ちょっとお話伺わせていただけたら嬉しいなって思うんですけどどうでしょう
本当に全部選べないっていうシンプルなことなんですけど
なかなかそれが腹落ちしないっていうか
全部選べるっていうのは錯覚に陥ってるんで
何かを選ぶということはそれ以外の選択肢を捨ててると
いう自覚がやっぱり
モテたらすごい違うっていうかさっきのカルボナーラじゃないですけど
カルボナーラ食べてランチを食べたってことは
それ以外のすべてのランチメニューを捨ててるわけじゃないですか
だからそう思うと決断に切れ味が増してくるだろうし
トレードオフがない中で
決断が増えていくと
やっぱりその決断の非満になるっていう
あれですけど自分のキャパ超えちゃうじゃないですか
ご飯だと物理的限界があるから
2枚も3枚も食べれないからギブアップってなるけど
情報とかやるべきこととか
そうなっちゃうと何も得られない
だから世の中そうなってるじゃないですか
政治の話でもそうだけどこれはダメだって
ダメなのに何でやってるんですかっていうトレードオフで
食品添加物ダメだって
食品添加物を入れなかったら日持ちしませんよ
買ってらっしゃるには腐りますよみたいな
だから食品添加物を摂るということは
ちょっとの健康的なリスク多いんだけども利便性とか
味の安定とかを摂ってるわけでみたいな
選ばなかったら何になるのかみたいな
確かに選んでるっていうのは
もしかしたらさっきの決断しているっていう感覚もないままに
日々流されていくという感じですよね
だから他の全ての可能性を捨ててるって思うと
全然やっぱり
自分の日々してる決断も質も上がるような気がするんですよね
さっきの切れ味が上がるってやつですね
考えすぎてもあれなんですけど
俺カルボナーラ今日昼食べるので本当にいいのかってなっちゃうんだけど
深みにはまらない程度
でももっというと
物事の決断だとあれだけど自分のポジショニングなんかは分かりやすいですよね
ビジネス的なポジショニングっていうかどこに時間足を置くかって両方に置けないじゃないですか
そうですね
そんなうじえさんが今どこに一番
ご自身の人生のポジショニングとしては置いている感じですか
今それで言うと明確に言うと自分は今ポジション取ってないっていうことを
ポジションしてるって言ったら変ですけど
だから焦らない
焦るかもしれないじゃないですか
今じゃあ俺どこに時間足置いてるんだビジネスでみたいなのが
何かに時間足を置くってことはそれ以外の選択肢がないわけではない
一体捨てるわけですから
今はどういう風な選択肢があり何を選べきかっていうのを
選ぶフェーズなので
なるほど選択肢を選ぶフェーズだから
どこにもポジショニングしてないよっていうのがポジショニングなんですね
そうですね
ちょうどこの間ドラマの中で選択しないのを選択するっていうのを
それはもうちょっと