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#056 更年期は、息子を送り出したあとにやってきた
2026-05-15 13:16

#056 更年期は、息子を送り出したあとにやってきた

息子の大学受験、夫のコロナ、大雪の受験移動、引っ越し、入学式。
大きな役目を走り切った後、私の更年期症状は胃腸の不調として一気に現れました。
検査では異常がなく、更年期外来、漢方、鍼灸、運動を経て少しずつ回復。
無理を手放し、自分の体を労わる大切さを振り返ります。

【目次】
 息子を送り出した後に出始めた更年期症状
 更年期といえばホットフラッシュというイメージ
 私の場合は胃腸に出た更年期だった
 症状が出始めた2023年4月頃
 息子の大学受験と掛け軸工房を辞めた時期
 受験直前の年末に夫がコロナになった
 息子にうつさないために気を張った日々
 大雪の中、大阪受験に付き添った緊張感
 合格、引っ越し、入学式まで走り切った春
 帰宅後、張り詰めていた線が切れたように体調が崩れた
 食べても食べなくてもお腹を下す不安な日々
 胃カメラと大腸内視鏡検査からの更年期外来
 漢方と鍼灸で過ごしたしんどい半年間
 小さな運動から始めて少しずつ回復した道のり
 体重は戻ったけれど、健やかに食べられることが一番
 起こるべくして起こったように感じる更年期の不調
 大きな役目を終えた後に出てきた体からのサイン
 更年期は自分を責めず、ホルモンのせいにしていい
 完璧主義を手放していい
 第二の人生へ向かう気持ち

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サマリー

息子を大学受験に送り出した後、筆者は更年期症状として胃腸の不調に悩まされる。夫のコロナ罹患や大雪の中の受験移動、引っ越し、入学式と大きな役目を乗り越えた後、心身のバランスを崩した経験を語る。検査で異常が見つからず更年期外来を受診し、漢方や鍼灸、運動を経て回復した道のりと、完璧主義を手放し自分を労わることの大切さを振り返る。

更年期症状の始まりと胃腸の不調
おはようございます。このチャンネルは子どもが育った後のぽっかり感を抜けて、第2の人生を味わい尽くしながら、日々の気づきや心の動きを言葉にしていく、私、エミの声の記録です。
今日は、私の更年期症状というのが、息子を送り出した後やってきたっていう話をしてみようと思います。
だいたい更年期って言うと、皆さんパッと思いつくのは、ホットフラッシュとかね、急に暑くなるとか、汗が止まらないとか、あと寝汗で起きる、そういう症状が一番多いかなと思います。
本人にも分かりやすいし、周りも分かりやすい代表格っていう感じですよね。 私の場合は今までまだ一度もそういう症状はありません。
今51歳ですけど、私の更年期症状っていうのは、ほぼ胃腸に出てます。
まず胃もたれ、胃のムカつき、胸やけ、気持ち悪さ、そしてお腹を下すということですね。
私のこういった症状が出始めたのは、息子がちょうど進学して新しい生活が始まった2023年の4月ぐらいからですね、徐々に出始めました。
今振り返ってもあの時期が本当にしんどかったんですよ。 その話を今日ちょっとしていきたいと思います。
どうしてその時症状が出るのかを、私今日お話しするにあたって自分なりにまとめてみたら、
結構頑張ってたなと本当に自分でも思ったので、ぜひその話を聞いていただきたいなって思います。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
息子受験期の出来事:夫のコロナ罹患と大雪の移動
私の更年期の症状って、まずはきっかけは絶対的に息子の大学受験があると思います。
これはね、もう親としてやるべきことっていうことなので、皆さん親であれば必ず通る道でもありそうですよね。
ちょうど大学受験が始まる冬ぐらいに、私ちょうどその時働いていた掛け軸工房での掛け軸を作るっていう仕事を、
あまりにもちょっと手荒れが悪化したので、辞めるっていう決断をして、ちょうど辞めた頃です。
もう息子の受験も近くて、そのお世話っていうかね、家でちょっとゆっくりしてもいいかなって手荒れがひどいので、
掛け軸作っている間に例えば手が出血したりとかして血が付いちゃったりしたら台無しになっちゃうんで、
そういうこともあって辞めるっていう決断に至りました。
そんな感じで息子が高校3年生受験を迎える年末のことですよ。
12月のもういよいよ病院が終わる28日くらいみたいな時に、
夫がなんかちょっと変な咳をし始めて寒気がするみたいな。
えーちょっと待ってよっていうね、本当に最悪なこのタイミングに、普通の風邪ならまだしもなんかちらっとよぎったんです。
コロナじゃないよねみたいな、まさかインフルエンザでもないよねみたいな。
で病院に行ったらもうコロナだったんです。
もう最悪って思ったし、もう恨み事の一つも言いたいくらい喉元まででかかったんですけど、
多分私より誰より本人が一番傷ついてるだろうなって。
息子のこの大事な正念場のタイミングで自分がコロナになっちゃって、
もしこれ移しちゃったらどうしよう。でも自分もしんどいみたいな、すごい多分本人が一番落ち込んでたと思ったので、
私は何も言わず、本当にひたすら息子に移らないようにって一心でケアをしました。
まあその時の私のメンタルも、皆さんお知てしかるべしでしょう。
本当にしんどかったです。
結果的には誰にも移らずに息子も万全の体勢で共通テストの日を迎えて受験もできたし、
良かったです本当に。
国交率が第一希望だったので、共通テスト受けた後、徐々に徐々に私立のいろんな試験が始まりますよね。
ちょうど1月下旬に大阪の大学の試験を受けに行ったんですよね。
すごい雪が降ってたんです。その時寒波がやってきていて、もうひやひやしながらニュースを見てたんです私もね。
結局前乗りすることにして、前乗りして私と息子と2人で行って、大阪のホテルに泊まって、翌日受験の学校に受験受けに行くっていう状態だったんですけど、
もうすでに雪すごいので、新幹線止まったらまずどうしようっていうのと、当日の大阪の交通機関もね、なんかJRが止まってたんですよね。
ホテルから学校までの移動どうしようっていうのを思いました。
一応タクシーの予約も何度も何度も私もチャレンジしてたし、関東の家から夫もなんか予約ができるかどうかすごいゴーとかでね、
にらめっこしてたんですけど、もう結局当日の朝までタクシーも予約できない。だから最悪ホテルから試験会場まで歩くってことも視野に入れて立ち回っていました。
もうその間もずっとね、あの私は気を張ってました。
党の本人をね、結構明らかんとしてるんですよ。
まあでもそれがね、親がつき添いっていうか、一緒に行く醍醐味っていうか良さかなと思うんで、私は私の仕事ができたのかなと今では思ってます。
受験終了後の体調急変と検査
そんな感じで緊張感のある1月2月を過ごし、3月希望だった大学に合格し、
引っ越しをすると、引っ越し準備をして、3月の中旬くらいからかな、引っ越し作業を始めて、4月入学式を迎え、
私は入学式の翌日に息子に行ってらっしゃいって学校に送り出した足で自分は飛行場へ行って、あの関東の自分の家に帰ってきました。
息子と一緒に過ごしてたその一人暮らしで、一人暮らしをしているうちでの数日間から私なんか徐々に徐々に体の変調を感じてたわけですね。
だけどなんとかその時手に入るドラッグストアとかの薬でやり過ごして、
でも心配しながら飛行機の中で調子悪かったらどうしようみたいな不安をねすごい感じながら戻ってきたのをすごく覚えてます。
で帰ってきてからもうなんか一気に坂を転がり落ちるように体調が悪くなりました。
もう今までの何だろう、もうピンピンに貼り詰めていた線が切れたみたいなそんな感じで、もう24時間ずっと気持ち悪いし胃が重いしムカムカするし胸焼け。
でお腹下すんですよ。で何か食べたものが理由っていうんじゃないと思うんですけど、
とにかく何か食べてもくだすし食べなくてもくだすしっていうことが続くからもう何にもできない。
なんか自分の日常生活すら危ういみたいなそんな感じで過ごしてました。
なんか病院行こうにも病院に行けるかなっていうぐらい自分の体が信用できないっていうか。
まあそれでも何とか様子見ながら心急にかかったりしながら過ごしてましたね。
でいよいよ体重が7キロくらい落ちたんですよそれで。
でなんか私もしかしてこれやばい病気かみたいなそんな感じが頭をもたげてきたので
胃カメラとか初めて大腸内視鏡検査もして、まあそうやっていろいろ検査するんだけど何も問題がないんですよね。
それでああいよいよこれは後年期と言っていいかもという状態になりまして、
更年期外来、漢方、鍼灸、そして運動による回復
後年期外来を受診しました。
まああの結果としてはね確かに多少ホルモンの影響は出始めているけども、
今すぐホルモン治療を始めましょうというほどの数値ではないみたいなそんな感じでした。
でも私本当にしんどかったんで先生にもうこの症状どうにかなりませんかって相談したら
じゃあちょっと漢方を取り入れてやってみましょうかってことになって漢方を出してもらうとそんな感じになりました。
でその漢方を飲んだり神経を続けていったりして半年くらいはね本当にしんどかったです。
でもやっと半年くらい過ぎてからちょっとずつ解放に向かってきたかな。
でそうこうしているうちに先生が、神経の先生があまり動けない状態で続くと筋肉も落ちるし、
筋肉が落ちると体液の循環が悪くなって滞ると結局そこがよどむ感じになるので余計冷えるし悪いものが溜まるしむくむし体調不良も悪化するので
ちょっと筋肉つけていこうっていう話で運動を始めました。
例えば運動ってどんなことしたらいいですかみたいなこと言ったら最初はもうジム行ったりとかそんなことできないから
家でできる範囲でスクワットやるとかまあそういう本当に小さなことで始めてっていう話で
少しずつ家の中でできる運動を増やしでだんだん元気になってきたんで外が歩けるようになり
で意識が結構高まってきてジムに行けるようになりでパーソナルトレーニングを受けるようになり
まあそういう感じで回復を進めてきたという感じがありますね ですっかり落ち込んでた体重ももうそんなジムに行く頃になってくると結構ご飯も美味しく
食べれる時もあったりして結局元に戻りました もうあの体重だけはねそのままでいて欲しかったんですけどね
やっぱり健やかが一番なのでまあ多少今増えちゃってそれが恨めしいという気持ちが あってもやっぱりご飯が美味しい方がいいなって今は思っています
更年期を乗り越えて:自分を労わり、第二の人生へ
まあそんな感じでねもうなんか怒るべくして怒ったような私の高年期生涯っていう感じは するんですよ
本当に今こうやって思い返してみてもあの息子の受験の最中に夫のコロナで大雪の移動
引っ越し もう本当によくやったなってあの思います
やっと大きな役目が終わってほっとしたっていう時にわってやってきたね そんな感じ
まあよく耐えたと思いますその大きな役目の最中 乱れたりせずそれが今となってはまあよくやった私っていう気持ちに繋がって
いるかな 今はあの時の自分の不調を思い出しながら
決して無理しちゃいけないって自分の体と相談しながら少しずつやり取りしている っていうそういう感じがしています
高年期って本当に私にとっては自分の体が自分のものじゃないっていうねそんなような 経験でした
なんかなんでこんなに何にもできなくなっちゃったんだ私って結構自分を責めて しまうことってあると思うんですよ
でもあのそういうタイミングですのでホルモンが悪さしてるって思って 全部ホルモンのせいにして自分をねぎらって甘やかしてあげて欲しいなって思います
だいたいこの年齢ってあのいろんな役割が重なる時期だと思うんですよね あのお子様がいらっしゃる場合は例えば受験が重なる時期でもあるかもしれないし
仕事でもあの結構重圧のある職務についている場合とか役割とか ありますよね親のあの介護がある方もいるかもしれない
だからあの完璧主義は本当に手放したほうがいいと思います 最善を選ぼうじゃなくてセカンドベストとか
もうその次このくらいでいいかみたいなそんな気持ちで全然良いと思います 若い時はねこのくらい普通だって思えたことが全然普通じゃなくなる時
なのではいそれを本当に 声を大にして言いたいというわけで今日は私の後年期は息子を送り出した後に
やってきたという話をしてみました 本当の意味で改めましての私の第二の人生がなんかこれから始まろうとしている
かなっていう感じがしています 皆さんもよろしければご意見ご感想コメントやレターなどで教えていただけ
たら嬉しいです いいねフォローも励みになります最後までお聞きくださってありがとうございました
また次回お耳にかかりましょう素敵な1日をお過ごしください エミでした
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