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2026-03-17 16:38

#006 書くことで救われた話。ジャーナリングを続けてきた理由

今回は、私がジャーナリングを続けてきた理由を3つお話ししました。

育児
仕事の人間関係
そしてエンディングノートに向き合った時期。

人生の節目で、書くことがどう助けになったのかを振り返っています。
声日記につながる思いについてもお話ししています。

#手帳 #ジャーナリング #振り返り#トラベラーズノー
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おはようございます、Emmyです。このチャンネルは、子供が育った後のぽっかり感を抜けて、第二の人生を面白がりながら、日々の気づきや心の動きを言葉にしていく、私、Emmyの声の記録です。
改めまして、おはようございます、Emmyです。
今日はですね、5.5キロくらい歩いた感じになっているので、いい運動だったなって思ってます。
足が心地よい疲労感に包まれてます。
この後、ご飯の用意をして、ちょっと早い夕飯というかを食べていこうかなと思ってます。
今準備しているのは、牛肉を朝塩麹漬けにしていたので、それを焼いて、ブロッコリーとご飯と、なんかかなりヘルシーな感じじゃないですか。
でも、牛肉めっちゃ楽しみだなって思ってます。
ここ小話なので、あまり長くしてもあれなんだけど、愛用している調理器具がありまして、長谷園って、長い短いの、長い方の、永遠の永じゃない方の長谷園っていう、陶芸の里っていうか銘柄っていうか窯があって、
そこの長谷園さんの、私、味噌汁鍋っていうお鍋と、多人鍋を愛用してます。
この多人鍋が、すごい帽子みたいな蓋がついているので、何を焼いても部屋がもくもくにならないのが本当にありがたくて、焼き物、炒め物系はもうほぼこの多人鍋で作ってます。
なので今日の牛肉もこれで焼きます。
すごいふっくら仕上がるし、閉じ込めて蒸気も逃がさない感じなので、本当に美味しくなります。
素材の味が、野菜とかを調理してもすごく美味しくなるので、これ手放せません。
という感じで、小話をちょっと膨らませすぎましたが、夕飯も楽しみです。
今日の本題なんですけど、まだまだもうちょっとジャーナリングについての、私の気づきをシェアしたいと思います。
私がジャーナリングを始めたのは、かれこれ16年前くらい、子供が5、6歳、小学校入ったくらいからなのかな。
それまでも手帳とかっていう意味では、もう大学生の頃からずっと書いてきたので、そういう意味では長いんだけど、
ジャーナリングっていう意味では、小学生くらいになった頃、息子がっていう感じでいくと16年くらいになりますね。
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その頃からほぼ日手帳とかも普通に売られていて、そういうのもちょっと書いてみたいという気持ちはあったんだけど、
私そもそも鈴鹿ないっていう自分の性格を自分でちゃんと理解していたので、ほぼ日手帳やっていくのは無理だろうなっていう思いが、確信がありました。
あの時、友人がトラベラーズノートを使っていて、すごいこう、めちゃくちゃシンプルなシステムのノートっていう感じなので、
それが私にすごい合ってるなと思って、カバーである革の1枚ペラッとした革を折って、そこに紐っていうかバンドがついてて、
ノートをそこに挟み込むっていうスタイル、ただそれだけ。
だけどみんなそれを自分色にアレンジして使ってるっていうところがすごい魅力的で、
自分のアイディアも試されてるなっていう気もすごくして、そこが面白いなと思ってトラベラーズノートをまず始めました。
A4を3つ折りしたくらいのサイズ感で、A5よりは小さいっていう感じかな。
それもその当時の使い方としてはすごく私にぴったりのサイズ感で、
いろんな調べ事とかを書いたり、気づきとかを書いたり、それこそジャーナリング、いろんな心の動きとかを書いたりするのに、
小さくなく大きすぎず、携帯するのにもちょうどいいくらいのサイズ感っていう感じで、
まずそこから私のジャーナリング歴が始まりました。
そのトラベラーズノートを多分5、6年くらいなのかな、続けて、
だんだんちょっとサイズが物足りない感じになってきて、もっとジャーナリングが深くなっていって、
モーニングページとかを知り始めた頃、確かA5サイズに移行していったかなという感じです。
A5サイズのノートも最初は365daysノートとか、
白い緑のノートとか、いろいろ使ってきたんだけど、
もうカッコつけずに、とにかく全部一元化して、いろいろ貼りたいし書きたいし、
盛り盛りの何でもノートにしたいっていう思いがあったので、
やっぱりちょっと値段のするノートを買っちゃうと、
もったいないじゃないけど、かけしぶることもあるかもって思ったので、
ここ数年は大人キャンパスノート、黒い大人キャンパスノートの80枚のやつを大人買いして、
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ずっとそれを最近は使ってます。
もうとにかく何でも書いちゃう。
殴り書きとかもするし、乱雑なメモとかもするし、貼ったりもするし、
何でもござれノートです。
っていう風に使っても全然惜しくない一冊のノートの値段だし、
80枚にしてるのは、何かいろいろ貼っちゃうと重くなるので、
完成した時に重すぎないのがちょうど80枚くらいかなっていう感じで、
ちょうど1ヶ月半ぐらいで一冊終わるかな、2ヶ月とか。
あんまり書かない時は2ヶ月持ちますね。
なのですごい書く日は、書く時は1ヶ月から1ヶ月半で終わっちゃうし、
全然書かないような時でも2ヶ月ぐらいで終わるかなっていう感じで、
今過ごしてます。
ジャーナリングをそうやってするようになったのは、
やっぱり育児のいろんな気持ちを受け止めてくれたっていうのは、
私が今振り返って一番思うことで、
今21歳となる息子がおりますが、
男の子育てていくっていうことにあたり、
私は一人しかいないので、
女の子を育てるっていう経験がないから、
女の子だったらどうだったのかまたちょっとわからないけど、
自分とは違う性の子を育てると、
自分の時はこうだったのにとかいうのが一切通用しない育児だったかなって思います。
もちろんそれは女の子育てても自分と同じとは限らないし、
分かり合えないこともいっぱいあると思うんだけど、
さらにそれが強かったかなって思います。
その時々の悩みを誰かに相談するでもなく、
自分の中でちょっとずつ消化するのにジャーナリングがすごい役立ったなって思います。
もちろん子どもに対しての鬱憤とかもありますよね。
ありました。
それをまさか息子にぶつけるわけにはいかないので、
そういうのもどんどん書いちゃって、
不思議と書くと落ち着いて、
私こういうふうに思ってるんだっていう気持ちにラベルがついて、
ラベルがついたことでちょっと小分けにできるっていうか、
常にその気持ちをラベルをつけないとジャグリングしてる感じなんだけど、
ラベルを貼ったことによって保管できる形になったかなっていう。
一旦ここにノートにあるから、この気持ちはここに置いておいていいなみたいな。
それがすごく心の避難場所みたいな感じになってよかったなって思います。
思春期を迎えていろんな難しい時期があったりもして、
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その時々にいろんなラベルを貼って置いておく場所があったので助けになったし、
あとはパートで私、チョコレート屋さんの店長というアルバイトのようなパートのようなのをしていた時があったんですけど、
その時もすごくマネージャーの人とうまくいかない時があって、
でも本当にどうにもならなかったので、
社長に物申して辞めるんであればそれを言ってから辞めてやると思って、
でも直談判するつもりで手紙というかを書きました。
そしたら不思議と自分がなんでこんなにマネージャーとうまくいってないのか、
それをきちんと人に伝える形で感情をぶつけるんじゃなくて、
客観的に分かってもらおうという言葉を尽くして、
そういう真摯な姿勢で続いていくうちにすごく心が穏やかになって落ち着いて、
最終的にはその手紙は社長に出さなかったんですけど、
自分の中でのもやもやがすごく言語化されて落ち着いて、
マネージャーとの関係も少し良くなったというか、結局は辞めたんですけど、
もうどうにもならなかったっていう時間の過ごし方はしないで過ごせたのが、
やっぱり書くことの醍醐味だなっていうのをあの時もすごく痛感しました。
本当にジャーナリングの良さを子育てのいろんな段階、
もしくはそういった人との摩擦があった時に良さを感じたので、
今も手放せず、何も摩擦がなくても書いてるっていう状態です。
多分これからもジャーナリングは手放せないだろうなっていうのをすごくつくづく感じてます。
今までその育児の段階、いろんな仕事上の人との摩擦の段階っていうので痛感していたのと、
次のもう一つの思いもよらなかった段階として、
息子が高校卒業で大学進学で一人暮らしを始めた時に、
エンディングノート、自分の就活っていうのをちょっと意識し始めまして、
エンディングノートを書こうっていうことを始めました。
そうすると、私は現在51歳なんですけど、
それをやろうとした49歳ぐらいの時に、まだまだ生きていくつもりはあるんだけど、
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確実に死っていうものを想像して、そこを想定してエンディングノートを書いていくので、
すごく気がめいるというか、気持ちが不細なんですよね。
今まで約50年生きてきたけど、あと50年は生きられないなっていうことを直面して、
コップの水があと半分あると思うのか、もう半分ないと思うのかっていうのと同じで、
自分の人生も今まできた分はもうない。
だから人生なんかちょっとお先真っ暗みたいな、言い過ぎではあるけどちょっとこう、
大げさに言うとそういう気持ちがして、すごく気持ちが不細なんですよね。
その時にやっぱりジャーナリングが助けてくれました。
なんでこんな気持ちが塞ぐんだろうとか、この先どうやって過ごしていったらいいんだろうみたいなのを、
少しずつほぐして考えて、
逐一自分の気持ちを言葉にして、それを可視化するようにしたら、
まだまだ全然人生捨てたものじゃなくて、
まだまだいろんなことができるっていうふうに思えて、
今すごく前向きに楽しく過ごせていて、これからどうしたいとかっていうこともすごく見据えて、
毎日を過ごすようなことができています。
やっぱりこれもジャーナリングの力だなっていうのをすごく体感して思っているので、
今までジャーナリングしてないっていう人にもおすすめしたいし、
そういうの苦手という人にも何かいい手立てがないかなっていうのを日々模索しているところです。
それの延長に、
昨日とか一昨日ご紹介した講演日記があるんですけど、
そもそも私はこれからの人生、第二の人生を、
エンディングノートを上手に書いていこうっていう活動していきたいなっていうのをちらっと思ってまして、
その活動を始めるにあたって、
ジャーナリングの習慣がないっていう人結構いらっしゃるので、
私と同じように、詩を見つめてちょっと落ち込む人のために、
書かなくてもいいジャーナリングの手法があったらいいなっていうのが、
講演日記の発生のもとではあるんですが、
それを合わせて書く方も声でも何かそういう気持ちの浮き沈みを消化できるような手法を用いて、
エンディングノートを完成させていくみたいな活動がこれからできたらいいなっていうふうに思ってます。
なので、そもそものジャーナリングの良さっていうのも、もっともっと言語化してお知らせしていきたいし、
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ジャーナリングの習慣がない人も、自分は無理って思っている人も、
上手にその気持ちを見つめ直せるテクニックっていうか、
そういうのを見つけ出してお知らせしていけたらいいなって思ってます。
今日はなんだか長々と脱線しながらお話ししていきましたが、
私がジャーナリングを継続した理由3つお話ししました。
一つは息子の思春期とか難しい子育ての段階で助けになったっていうことと、
もう一つは仕事上の人との摩擦の中で助けになったっていうこと。
3つ目にエンディングノート書こうとして、ちょっと落ち込んじゃった自分の気持ちを何とか消化するためにまた助けにして、助けてくれたっていう。
この3段階のより大きなジャーナリングの効果を感じたっていうことについてお話ししました。
皆さんは何かジャーナリングをしてよかったこととか、もし終わりでしたら、ぜひコメントで教えていただけたら嬉しいです。
よろしかったらいいね、フォローもお待ちしております。
今日もここまで聞いてくださってありがとうございました。また次回お耳にかかりましょう。
素敵な一日をお過ごしください。エミでした。
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