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何が芸術を作るのか、あなたはその答えを知っていますか?
才能?努力?それとも偶然?
どれも違います。締め切りです。
意外かもしれませんが、締め切りが世の中の芸術を作っているのです。
デッドラインクリエイツアート、これが我々のモットーであり、
その言葉を体現するサービスでかこそが、
未来を担う芸術家の支えになると信じています。
管理締め切り師によって、マンツーマンで制作をオンライン管理する
当サービスデカは、初回で94%、2回目までに98.9%の利用者が
目的の作品を締め切り内に完成させた実績があります。
芸術のジャンルは一切問いません。
我々はただ、あなたに締め切りの管理だけを提供します。
そして、埋もれずに済んだ作品の数々と、
飛び立っていく芸術家たちの栄光を、
眩しく仰ぐのです。
しかし、それもあくまで締め切りを守れたらの話。
誰かの管理が自分に必要だと感じているそこのあなた!
一度、我々と共に締め切りを守ってみませんか?
デカは来るもの拒まず、
すべての芸術家を、いつでも歓迎します。
お待たせしました。
特に待ってないです。
すみません、急遽オフラインで呼び出してしまって。
代表の永塚さん事務所で、
その上、緊急招集までしてもらえるなんて、
至極光栄の極みです。
私も必死なんです。
ここまで締め切りが迫ってしまっては、
なりふり構っている余裕はありません。
まずはあと3日で、どうやって脚本を書き上げるか、
一緒に知恵を絞りましょう。
悠久で作った3日なんて、
私にとっては1時間みたいなもんですよ。
代表、2ヶ月で5ページしか書けなかった人間に、
1時間で45ページ書けると思いますか?
45ページ書けると思いますか?
コンクールは応募しなければ何も始まりません。
卑屈にならずに、どうすれば残り45ページが書けるか考えましょう。
今までもクソほど考えてきましたよ。
確かに、過去4回も今と同じ状況まで追い込まれ、
結果的に締め切りを逃しました。
ですがそれは、毎日のタスクをことごとく達成できなかった、
遠藤さんご自身が招いた結果です。
ペンネームで呼んでください。
シーズケーキまみれさん。
しかし、それはもう過ぎたことです。
今目を向けるべきは、残された時間についてじゃありませんか?
お宅の管理締め切り師達も同じこと言ってましたよ。
まだ1ヶ月、あと1週間ある。
挙句の果てには残り1日もある。
でも結果かけてないんだから何もなかったんですよ、そこには。
まだ時間があるなんて考えは、
怠惰で怠惰な私にとって無意味なんです。
私はこのサービスで唯一のS級管理締め切り師です。
事実、過去4回の状況と見比べてみていかがですか?
初回は構想すら決まらずに終わっていたし、
前回は2人がかりでも管理ができなかった。
でも、今回は脚本の構成まで決まってます。
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2ヶ月で5ページしか執筆が進まなかったのは予想外でしたが、
実際に書くところまでは来たんです。
あとは書き進めるだけ。
3日間の取り組み方次第では、
私は全く希望を捨てていません。
仮に書けたとして、書校のままの脚本を出したところで、
結果なんて出ませんよ。
そもそも応募すらできたことがないんです。
書校だろうと納得がいかなかろうと、
まずは締め切りに間に合うことが第一です。
意志を強く持って、何が最優先事項なのか思い起こしてください。
あなたの立場は何ですか?プロの脚本家ですか?
違います。脚本学校を出ただけの素人です。
コンクールに応募しなければ?
かつて夢を追った苦い記憶がある、どこにでもいる会社員です。
あなたは何のためにここに来たんですか?
一体何を求めて我々の元を訪れたんですか?
締め切りまでに脚本を書いて応募するためです。
そうです。3日が1時間で過ぎるわけがありません。
私も明日からの業務をすべてキャンセルしてきました。
今からはもうオンラインでのマンツーマンではありません。
当サービスの限界を超え、
私はこの瞬間からあなたのそばを離れません。
物理的マンツーマンに切り替えます。
代表、それはいくらなんでも…
やりすぎですか?そう感じるならいい兆候です。
私はサービスの顧献をかけてこの管理に挑んでるんですから。
でも隣にいられるんじゃ書くときに気が散りますし…
とかなんとかおっしゃるだろうと思って定点カメラを用意しました。
カメラ?
私は近くの代表室からモニターを通して監視します。
少しでも手が止まればすぐさま殴り込みに行けるように。
え?暴力まで振るうんですか?
あ、いえ、今のは口が滑りました。
殴り込みに来たかのような勢いで私が現れるという意味です。
はぁ…それでも十分怖いですね。
でしょ?では、今すぐパソコンと資料をテーブルに広げて始めてください。
このメンタン室は締め切りまで貸し切りました。
寝袋もありますし、食事は全て私が準備する予定です。
あの…ちなみにこれって今回のプランの支払いで足りるんでしょうか?
今気にするべきは脚本のことだけです。
プラン外の費用は全てこちらで負担します。
いいですか?あなたは今脚本のためにのみ生きてるんです。
分かりましたね?
分かりました。
構成は決まってるんだ。
シーンも全部決まってるんだ。
あとは書くだけ。あとは書くだけ。よし。
では、私はカメラを設置したら監視体制に移ります。
3日後、お互いに笑っていられるように頑張りましょう。
はい。
チーズケーキまみれさん。
まみれでいいです。
どうしてパソコンを閉じたんですか?
今書いてるシーンの落とし所が見つからなくて、一旦現実逃避してるんです。
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次に書くシーンは書きやすいですか?
え?まあ、主人公が移動するだけの場面です。
では、今書いてるシーンの終え方は一旦空白でいいので次のシーンに進んでください。
いやいや、それじゃ気持ちが悪くて続き書けないですよ。
今書いてるシーンの終わりは空白でいいので次のシーンに進んでください。
代表。
次のシーンに進んでください。
わかりました。はい。
まみれさん、夕食を買いに行ってきます。何かお弁当以外で欲しいものあります?
あ、じゃあチーズケーキお願いします。
それはコンビニのですか?それとも近くにあるパティシエの店のですか?
パティシエの店が近くにあることは知ってましたし、電車でここに来る時に調べてましたけど、
決して最初から頼もうと思っていたわけではありません。パティシエで。
わかりました。
ちなみに移動中もモニターのデバイスは持ち歩いてますからね。
ちゃんと書きますから。
おはようございます。湿筆日和ですね。
もう少し寝ないと。
今11ページです。あと39ページ残ってます。睡眠は最低限に留めるべきです。
でも、11ページも書けたなんてすごいと思いませんか?
起きてください。冷水で顔を洗ったら5分間の有酸素運動を行います。
冷水はビセかけた方がいいですか?
わかりましたよ。起きますって。
それでは大社のチーズケーキまみれさんよりご挨拶をお願いいたします。
はい。まずこのような賞をいただけて大変光栄に思いますが、
その前に私にはどうしても感謝を伝えたい方がいます。
それはこの湿筆を最後まで支えてくれた恩人、長塚八重さんです。
代表、本当に本当にありがとうございました。
待って。
午後からは随分と監視を緩めてたみたいですね。
すみません。一睡もしていないのでいつの間にか寝てしまってて。
どれくらい進んでますか?
もう2日目の夕方になってしまったので20ページは超えててほしいんですが。
どうして目をそらすんですか?
最後にお昼に代表と話してから一枚も進んでません。
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まみれさん。
はい。
ふざけてんですか?
ふざけてません。
じゃあなんで進んでないんですか?
セリフのやりとりがうまく運べなくて手が止まったからです。
そういう時は一旦空白のまま次のシーンに進む約束ですよね。
思い入れのあるシーンなのでここは空白じゃ進めません。
主人公がノンバイナリーだと友人に伝える場面です。
本当のこと言ったらどうですか?
なんですか?
代表の長束がしばらく来ないからそのうち着替えるんでだらけてたって。
見てなかったくせにどうしてそんなこと言えるんですか?
私は必死に考えてました。ただ進んでないだけです。
もう2日目の日が沈んでるんですよ。
そんなのわかってますよ。
わかってんならどっととかけばいいでしょ。
来たくても描けないからここにお世話になってんでしょ。
無理ですよ。明日が終わるまでに30ページ以上描くなんて。
まだ31時間あります。1時間に1枚以上描いてください。
ネズミですか?
飲水志向。
はい?なんですかそのカッター?
四字熟語です。昔の中国の。
いや、だからカッターは?
霧の代わりです。その逸話の元になった方は
勉強する時に眠気を覚ますため自分の股に霧を指していたそうです。
私がおかしくなったと思ってるでしょう。
でも私は至って正常で理性的です。
万が一のためにポケットに忍ばせてたんです。
余計に怖いですか?
まみれさん、過去4度も管理に失敗したのはあなただけなんです。
5年間でただ、あなた、一人、パソコンを開いてください。
まみれさん!
どうしたんですか?慌てた顔して。
いや、その…
実際に使われたら心配ですか?
ほんのちょっと太もも切っただけでピリッとして眠気が吹き飛びましたよ。
他にも締め切り関連の逸話があれば教えてくださいね。
カッターを渡してください。
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え?どうして?
そんな握りしめてたらキーボードが打ちづらいでしょ。
どうせ早く書けないんですから。スピードは変わりませんよ。
キーボードに血が垂れてますし。
チーズケーキまみれなんてペンネームいっそのことやめて、今回の応募から血まみれで出しましょうか。
それでデビューしちゃったら面白いですよね。
仮眠しますか。
30時間寝るなって言ったのはどこの誰です?
もうとっくに明け方ですね。
あと20時間で23ページ。どう思います?本気で。
これまで以上のペースに上がらないのであれば間に合わないと思います。
そうですよね。私もそう思います。
でも、私今人生で一番追い詰められてるんです。
たとえそれが不納エネルギーだとしても、私人生で一番突き進めてると思うんです。
はい。
そしたらもうこれ以上って一つしかないと思いませんか?
代表、もし今回の締め切りに間に合わなかったら私を殺してください。
お断りします。
できます?
できません。
締め切りはデッドラインなんでしょ?じゃあ私も死ぬくらいの恐怖が待ってないともう書けないですよ。
デッドラインが本当の死を意味してたなんて百何十年前のアメリカ戦時での話です。今の締め切りにはそんな力はありません。
だからその頃の感覚を取り戻そうって話じゃないですか。
死んだら元も子もないです。
書けなくてもそうでしょう。
私も過去に小説を書けずに終わった経験があります。それが今に繋がってます。
だからなんですか?私は代表みたいに会社を起こす能力もないし、過去を今に生かせるようなご立派な人間でもないんですよ。
まみれさん、こんなことで言い争ってるうちにどんどん時間が過ぎていきます。
こんなこと?私は本気で言ってるんですよ。この締め切りを逃したら私は殺される。そういう状況を本気で味わいたいんです。
だからそんな行為には協力できないってさっきから言ってるじゃないですか。
締め切りが芸術を作るとして、その芸術が打削だったらどうなるんですか。永遠に日の目を見ない凡人の作品だったら。
私たちは締め切りを管理するだけのサービスです。作品批評は決して立ち入らない領域としてタブーにしています。
決まり文句はやめてください。
決まり文句じゃなくて決まりです。
もうそういうのいいでしょ。ここまで来たら。払って話しましょうよ。私だって太もも切ってんですから。
アミレさんの脚本についてですか。
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小説書いてたんなら大体はわかるでしょ。締め切りに間に合うようになったとして、今後日の目を見るのかどうかくらい。
それに、これまで何年も芸術家の卵たちがこのサービスを利用してきたんでしょ。大勢のその子も知ってるんでしょ。
なら教えてくださいよ。正常に、理性的に。こんな前例のない監禁までして応募させる価値が私にあるのか。教えてください。
正直に言ったらどうなりますか。
それはその時にしかわからないです。
プロフィールにある通り、アミレさんはノンバイナリーを辞任されてますよね。
はい。10代の頃から。
ご自身が体験してきたであろう内容を盛り込んだ今回の脚本は、これからの時代に必要だと感じる強い力があると思います。
ですが、過去4作の構想や執筆前のプロットも拝見した上ですと、この物語がたとえ日の目を見たとしても、その後も継続して活躍していく普遍的な才能は、もしかするとないかもしれないと思いました。
つまり、一発屋ってことですか。
または、人生をぶつけつかみ取った小学の宝くじをもとでに地道に続けていける可能性がなくはない、とも。
結局、どっちに転ぶかわかんないってことですね。
私も同じですよ。このサービスがこれほどうまくいくとは予想してなかったし、数年後にこんな誰かに刃物を渡すとも、逆に殺してくれと頼まれる日が来るとも思ってませんでしたから。
ヤガツカさんは、私がもし死んだら、どうなりますか?
どうだろう。すぐ忘れるかもしれないし、ずっと覚えてるかもしれない。
さっきから全部二択残しますね。
そりゃ、なんでも二択どっちかで決められるものじゃないですから、世の中。
散々私に二択以下で迫ってきた気がするんですけど。
それは、ちょっとおかしくなってただけです。
でも、殺せとか死ぬとか、そういうのはもう、やめましょうよ。
でも、ここでやめたら、サービスの貢献に関わりますよ。
評判なんてもうどうでもいいです。何が本当に大事かくらい、私にもわかりましたから。
すいません、ちょっと疲れたので寝袋の上に座らせてもらいますね。
ああ、どうぞ。
あらたた、きわきえ。
疲れましたね。
はい。こっち来て一緒に寝ましょう。
でも、ここで寝たら、なんか私たち心中するみたい。
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もしこれ脚本だったら、絶対に死んで終わったんだって解釈されますよ。
え?死なないのに?
私たちは死なないってわかりますけど、他の人は知るすべがないじゃないですか。
あ、じゃあ脚本応募すればいいんじゃないですか?
え?
ほら、応募さえしちゃったら、私たちのこれまでのひどいやり取りのそもそもの前提がなくなって、全部が全部大丈夫になりません?
いや、でもまだ20ページ以上残ってますし、私教授には書けないですよ。
はい。だからもうこの状態のまま送っちゃいましょう。
え、何言ってるんですか?応募規定50枚以上なのに、私27枚しか書けてないんですよ。
27枚の脚本のまんま送るんです。
それは、未完成の作品を提出するってことですか?
審査対象にはなりませんけど、応募したことには変わりないでしょ。
私たち、お互いにいろいろ間違えましたけど、でも27枚も書けたんですよ。
今日入れれば40枚近く書けてたかもしれない。
それって、チーズケーキまみれ史上最高の出来事じゃないですか?
最高…なんですかね。
私はそう思います。もちろん締め切りに間に合わせるのも大事です。
けど、そこまでにもたくさんグラデーションがあるんです、きっと。
これはまみれさんが教えてくれたことです。
私が…
太ももすぐ手当てしますから、カッターなんか使わせてすいませんでした。
ああ、いいえ。私も錯乱してましたから。
ビルの警備室に救急箱があるはずなので、取ってきますね。
少し休んで、朝になったら病院に行きましょう。
はい。
あ、その前に最後にもう一つだけ聞きたいことがあるんですけど。
何ですか?
チーズケーキまみれってペンネームで、脚本家になれると思いますか?
チーズケーキ、お好きですよね?
はい。ちょうど脚本を書き始めた時期に好きになったんです。
好きなものにまみれるのは、いいことなんじゃないですか?
つまり?
つまり…あ、先にカッター渡してもらっていいですか?