1. 教育カフェテラス
  2. ドアノブの赤い靴下が意味して..
ドアノブの赤い靴下が意味していたもの
2026-09-08 07:32

ドアノブの赤い靴下が意味していたもの

spotify apple_podcasts
アメリカの教育者ミリアムプロチンスキーさんが、1年目の先生にとっていちばん役に立つのは同僚の友だちだ、と書いた記事を取り上げます。教室を離れられないので水を飲まずにいたら入院した、という自身の経験から始まります。ドアノブに赤い靴下をかけると数分だけ代わってもらえる、という合図の話。授業が滑った日に相談できる相手がいるかどうか。そして、その関係をどう作るかの具体策まで。人としての必要を満たすことが、指導の質にもつながっていく話です。

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:05
教育カフェテラスの時間です。進行役の水野太一です。
アシスタントの高橋紗友香です。今日もよろしくお願いします。
今日は、少し個人的な話から始まる記事です。
レデュトピアの8月28日、アメリカのミリアム・プロチンスキーさんが書いています。
この番組では、国内外の教育の話題を、現場の目線で一つずつ取り上げています。
個人的な話というのはどんな内容でしょうか?
この方が3人目のお子さんを妊娠していた時、早く生まれそうな兆しが出て、入院することになりました。
それは大変です。原因は何だったのでしょうか?
水を飲まないようにしていたからです。
え、飲まないようにしていたのですか?
教室を離れられないからです。子供たちを置いて、自分だけ出ていくことはできない。
だから、飲む量を減らしていました。
トイレに行かなくて済むようにということですね。
お医者さんに、教室は出られないのだと説明したそうです。返ってきた言葉が記事に書かれています。
どんな言葉でしょうか?
知りません。何とかしなさい。あなたがしていることは、あなたにも赤ちゃんにも安全ではありません。
厳しいですが、確かにその通りです。
この方はその時、すでに長く教えていました。
それでもそこで初めて、同じ教科の同僚に、少しの間子供を見ていてもらえないかと頼んだそうです。
長く働いていても、頼めなかったのですね。
頼んだら、同僚は喜んで引き受けてくれました。記事には、もっと早く頼めばよかったという後悔が書かれています。
日本の学校でも同じことは起きていそうです。
授業と授業の間が5分しかない日もあります。
飲む量を減らして調整するという話は、私も何度も聞いたことがあります。
健康の問題として考えたことはありませんでした。
この記事で私が面白いと思ったのが、ある同僚との取り決めです。
どんな取り決めでしょうか?
ドアノブに赤い靴下をかけるのです。
靴下ですか?
合図です。その同僚が続けて授業に入っている時間帯に、こちらは空き時間でした。
相手がトイレに行きたいときや、短い電話をしたいときに、ドアノブに赤い靴下をかけておきます。
それを見たら、代わりに入るということですね。
空き時間の間に、その教室の前を2回ほど通ります。靴下がかかっていたら、数分だけ変わります。
言葉のやりとりがいらないのがいいと思います。頼むという行為そのものが負担ですから。
そこがこの仕組みのうまいところだと思います。頼みにくいことを頼まなくてよくしています。
子どもたちは騒ぎませんか?
慣れてしまって何も起きなかったそうです。それに、毎日必要なわけではないので、押し付けにもならなかったと書かれています。
03:06
お互い様という形が続いているのですね。
この記事は、こういう関係が役に立つ場面をいくつかに分けて説明しています。
次が考えを試す相手としての役割です。
相談相手ということでしょうか。
具体的な例が出ています。ある先生が話し合いの授業を丁寧に計画しました。
ところが、問いを投げた後、教室が静まり返ってしまいます。
想像するだけで辛いです。
その先生は、授業の後に一番信頼している同僚に話しました。
返ってきた助言は、とても単純なものです。
どんな助言でしょうか。
話し合わせる前に、答えの見本をいくつか示しておく。それだけです。
それなら、明るい日から試せます。
この先生自身が言っているのは、そこではありません。
もし家に帰って一人で落ち込んでいたら、この味方には一生たどり着かなかったということです。
失敗として持ち帰るか、直せる場面として持ち帰るかの違いですね。
一人でいると、大抵前者になります。
他にも役割があるのでしょうか。
慣れない教科や学年を担当するときです。
教材や進度の記録を分けてもらえたり、よくある落とし穴を先に教えてもらえたりします。
保護者への対応も、経験のある人に聞きたいところです。
記事にも出ています。難しい保護者とのやり取りや、拘束の解釈をどう考えるか、こういうものは書いたものだけでは分かりません。
それと、気持ちの面もありそうです。
この方が挙げているのは、子供が教室で荒れて家具をかなり倒してしまった日のことです。
それは揺さぶられます。
その後、一番近い同僚と話す必要があった、と書いています。
同じ仕事をしている人にしか、完全には分からない瞬間がある、と書いています。
家族に話しても、伝わりきらないところがありそうです。
大きな出来事がない日でも、子供の一言が放課後まで残ることはあります。
そういうときに、似た経験をした人と話せるかどうかで、受け取り方が変わります。
ところで、その友達はどうやって作れば良いのでしょうか?
それが一番難しい気がします。
そこも書かれています。
まず、週に2回は先生たちの教養の場所で昼食を取る。
自分の教室で食べたくなりますが、一人でいると関係はできません。
分かります。教室で食べる方が楽です。
それから、年度も始めのうちに、農家を歩いて近くの先生に会いに行く。
この時期は採点の量が少なく、経験のある先生の教室の作り方も見られます。
見に行く理由ができるのは良いと思います。
打ち合わせの時間には、意見を求めて丁寧に耳を傾けます。
06:00
放課後の集まりがあれば参加します。
それから、小さなことにもお礼を伝えます。
小さなお礼ですか?
コピー機の前にいるなら、ついでに手伝う。
この程度のことが、長い目で見ると大きいという書き方です。
特別なことは何もしていません。
もう一点、保護社会の前に、同僚に伝え方のコツを聞いておくというのも挙げられています。
私は来年から働きますが、正直に言うと職員室で話しかけるのは怖いです。
忙しそうな人の時間を取ってしまう気がします。
その気持ちは自然です。
ただ、この記事の最初の話を思い出してください。
頼まなかったせいで入院しています。
頼まないことの方が高くつくこともあるのですね。
教えるという仕事は、指導の仕事である前に人がやる仕事です。
水を飲むこと、少し息をつくこと、シャイムまで待てない用事があること、
それを支え合える相手が校内に一人いるかどうかで、1年目の重さは変わります。
赤い靴下の話、しばらく忘れないと思います。
合図を一つ決めておくだけで、頼むという難しさを飛び越えられます。
今日はそこを持ち帰っていただけたらと思います。
教育カフェテラス、今日はここまでです。
最後までお聞きくださってありがとうございました。
次回も先生自身を支える話をお届けできたら嬉しいです。
07:32

コメント

スクロール